K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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POSTE aux MEMORANDUM(6月)月次掲示板
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東日本大震災から七年。 被災された方々に
心よりお見舞い申上げ、死者に哀悼の意を表します。
一日も早い復興をお祈りいたします。 原発の放射能には怒りを。
                                 木村草弥
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このトップページは「月次掲示板」です。最新記事は、この次から始まります。 ↓
sizen266カタツムリ

六月になりました。 嫌な梅雨が始まります。
この梅雨は米作りや飲料水の確保などに必要ですから我慢いたしましょう。


 燕飛ぶ夕まぐれこの幸福は誰かを犠牲にしてゐるならむ・・・・・・・・・・・・・・・・大崎瀬都
 店先のあをき
榠樝の量感をながめをりけふの想ひのごとく・・・・・・・・・・・・・・横山未来子
 虹をくぐるための切符 にぎりしめた掌すこし汗ばんで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大岡亜紀
 生誕をことほぐべしとクリムトは初めて全裸の妊婦を描ける・・・・・・・・・・・・・・・・・ 篠 弘
 をりをりに風の集へる欅の木ざわと出て行く先は知らない・・・・・・・・・・・・・・・・・香川ヒサ
 「鳥の歌」パブロ・カザルス 若き耳には届くなかりしこの弦の音や・・・・・・・・・・三枝浩樹
 曇天をひるがへり飛ぶつばくらの狂ふとも見え喜ぶとも見ゆ・・・・・・・・・・・・・・・・ 松阪弘
 いつかこの古代湖は海につながるらしい水底に秘す一切とともに・・・・・・・・・・・・・林和清
 遠目には桐かあふちかふぢの花いづれかいづれかすむむらさき・・・・・・・・・・・ 沢田英史
 食べるまへも食べても独り わたくしに聞かせるために咳ひとつする ・・・・・・・・永田和宏
 このごろを死者に親しくわがあればなべてうつくし現し世のこと・・・・・・・・・・・ 照屋眞理子
 むせかえる青葉の樹下を行くならば一気に過ぎよ老いてしまうから・・・・・・・・・・佐伯裕子
 夏の家の水栓とざし帰るとき魚鱗もつ水息ひとつ吐く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山下泉
 かき上げるしなやかな指はつか見ゆ風が大樹の緑の髪を・・・・・・・・・・・・・・・・武藤ゆかり
 ペン胼胝の消えたる指がうれしげに操るならねノート型バイオ・・・・・・・・・・・・・久我田鶴子
 土に手をよごして夏の草を引く短歌をつくるよりかひがひし・・・・・・・・・・・・・・・・・阪森郁代

 赤富士に鳥語一時にやむことあり・・・・・・・・・・ 富安風生
 航跡に碧湧き出す朝曇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小池康生
 表情で伝へ合ふなり夏野菜・・・・・・・・・・・・・・・・加藤御影
 身一つの勝負に出たラムネ玉・・・・・・・・・・・・・・栗山麻衣
 麦秋の中なるが悲し聖廃墟・・・・・・・・・・・・・・水原秋桜子
 走り梅雨コンビニの傘よく売れる・・・・・・・・・・・・工藤定治
 星条旗の下に広がる麦の秋・・・・・・・・・・・・・・・・杉原祐之
 うららかに蟻を潰してゐるあなた・・・・・・・・・・さわだかずや
 溢れゆく梅雨の匂いや犬が死ぬ・・・・・・・・・・・・・大中博篤
 ゆふぞらの糸をのぼりて蜘蛛の肢・・・・・・・・・・・・上田信治
 夏雨のあかるさが木々に行き渡る・・・・・・・・・・・・生駒大祐
 文学に夏が来れりガルシア=マルケス・・・・・・・・・赤野四羽
 声帯のゆつくり延びる苗木市・・・・・・・・・・・・・・五十嵐秀彦
 あやめ咲く箱階段を突き上げて・・・・・・・・・・・・・・八田木枯
 蝸牛二段梯子の先頭に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森島裕雄
 青梅雨や部屋がまるごと正露丸・・・・・・・・・・・・・・小林苑を
 初燕来てをり君も来ればよし・・・・・・・・・・・・・・・・相子智恵
 新緑や愛されたくて手を洗う・・・・・・・・・・・・・・・・ 対馬康子
 Tシャツで十七歳で彼が好き・・・・・・・・・・・・・・・降矢とも子
 青梅雨や電車の隅に目をつむり・・・・・・・・・・・・・冨田拓也
 万緑やどの木ともなく揺れはじむ・・・・・・・・・・・・村上鞆彦
 初蚊帳のしみじみ青き逢瀬かな・・・・・・・・・・・・・日野草城
 麦の秋ゴホは日本が好きであった・・・・・・・・・・・京極杞陽
 影が私を見守るふるさと・・・・・・・・・・・・・・・・・大久保さく子
 夢の中まで遠い国のテロル・・・・・・・・・・・・・・・・・平山礼子
 のれん押し上げて客は初夏の風・・・・・・・・・・・・・富永順子
 あれこれ忘れて生きたふりする・・・・・・・・・・・・阿部美恵子
 私の墓場に蝶が来ている・・・・・・・・・・・・・・・・・・野村信広
 もう母でない母と座っている・・・・・・・・・・・・・・・・・島田茶々
 拭いても磨いても老いていく鏡・・・・・・・・・・・・・・・富永鳩山
 夕暮れがもっと一人にする・・・・・・・・・・・・・・・・・・田中亜美
 順風も逆風も鳴り分けている風鈴・・・・・・・・・・・平田キヨエ
 初蝶やくの字くの字で飛ぶ一歩・・・・・・・・・・・・・・・ 盛蓉子
 筍梅雨空のこころになりがたし・・・・・・・・・・・・・・・・ 乾志摩
 円空は作仏聖よ風薫る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山田郁子
 ここもまた空き家となりし花十薬・・・・・・・・・・・・・ 桑田佳穂
 紫陽花はロココ調です六分咲き・・・・・・・・・・・・・・岩根彰子 
 奇数日をわすれてしまう麦の秋・・・・・・・・・・・・・・・・七風姿 


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ここには丸五年間にわたって記事を書いてきましたので、その量は厖大になります。
Doblogの廃止に伴い、急遽とりあえず未整理のまま、こちらに移しました。追々整理して記事としてアップすべきものは、して参ります。

Doblogでは特別の設定をしなくても自動的にアクセスカウンターが表示された。
下記の数字はハードディスクに障害を起す前日─2009/02/07の数値である。

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この日が私のン十回目の誕生日というのも何か皮肉な暗合である。

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 歌集 『茶の四季』 『嘉木』 『嬬恋』 『昭和』(以上4冊、角川書店刊)
 歌集 『樹々の記憶』(短歌新聞社刊)
 歌集 『無冠の馬』(KADOKAWA刊)
 詩集 『免疫系』(角川書店刊)
 詩集 『愛の寓意』(角川書店刊)
 紀行歌文集 『青衣のアフェア』 『シュベイクの奇行』 『南船北馬』(私家版)

木村草弥の本について
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草笛で呼べり草笛にて応ふ・・・・辻田克己
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   草笛で呼べり草笛にて応ふ・・・・・・・・・・・・・・・・辻田克己

「草笛」なつかしい響きである。
うまい人にかかると、どんな葉でも草笛になる。
私は子供の頃から「鈍」な子供で、うまく操れなかった。
掲出の辻田克己は京都・宇治に住む人である。たしか教職にあった人で、今では小さいながら結社を率いているらしい。
この人も「草笛」は巧かったのであろう。
写真の吹き方は葉を平らにして吹いているが、ものの本によると葉を丸めても吹けるらしい。私は見たことがない。
私の亡長兄・庄助が病気療養中に気晴らしに草笛を吹いているのを聴いたことがある。はるかはるかの遠い昔の思い出である。

草笛を詠んだ句は多くはないが、少し引いて終わる。


 草笛の葉は幾千枚もありかなし・・・・・・・・山口青邨

 荒れ濁る海へ草笛鳴りそろふ・・・・・・・・西東三鬼

 子守り子や緑ひねりて草の笛・・・・・・・・平畑静塔

 草笛や物差余すランドセル・・・・・・・・石井花紅

 草笛や眼を遠き雲に据ゑ・・・・・・・・宮原山水

 兄のふく草笛にやや憂あり・・・・・・・・美野田ひろ

 草笛や泣く母の顔子にふしぎ・・・・・・・・伊藤みちこ

 草笛のきこゆるごとき手紙かな・・・・・・・・加藤三七子

 左右の手の草笛の音を吹き分けぬ・・・・・・・・三宅清三郎

 母の忌や野に草笛の輪があふれ・・・・・・・・若つき輝



村島典子の歌「つぐみの木」34首・・・・・木村草弥
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──村島典子の歌──(34)

     村島典子の歌「つぐみの木」34首・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・「晶」102号/2018.6所載・・・・・・

          つぐみの木      村島典子

   鉄塔の下辺に生ひてカニクサは霜月のあさ緑そよがす

   竹叢の伐りはらはれて隠沼のあらはれ出でつ、後の憂鬱

   行き違ふほどのえにしに歌の友 高橋正子 船渡川佐知子

   生きの身のをのれことほぐ冬ざれの山上にきて息ととのへて

   山ノ神の池の面こほり鴨たちのその上をあるく三十羽ほど

   うちつけに眼のあひて鵯一羽飛び立つ「このあたりの者に候」

   「ぬか床は冬眠に入る」と記されし日記出できぬ冬至の記録

   救急車ひたすらに来て止まりたりホーム「悠悠」の柿の木のまへ

   ヒヨドリの落としし柿をツグミらは啄ばみてをり雪のくるまへ

   ヒヨドリの去りてツグミの占領す柿の木はいま鶫の木なり

   食ひちぎるはた皮をむく渋柿を上手く喰らひぬ鶫のやから

   三百個木にのこりたる渋柿は三十八羽のつぐみ養ふ

   熟柿すべて落ちてしまへば鳥どちはつぶれし実をば分け喰らひをり

   雪の朝ふいにぞ眼またたかせ青空の落ちしやうなその沼

   叡山は吹雪きゐるらし対岸にすがた見えねば非在のごとし

   部屋が飛ぶ夢みてをりき覚めぎはに寒の水辺に打ち上げられき

   少時はゆめの中なり天空に白き花みつ湖の上なり

   昨夜見たる欠けゆく月の月蝕の完膚なきまで身を消し去りつ

   月蝕の一夜があけて朝空にスーパームーン全円を見す

   ブルーブラッドスーパームーンと告げられてわが戸惑ひぬ血の色の月

   「畑から直行でござる」泥土をつけし蕪は見得を切りたり

   きさらぎの空を見上げよ飛ぶものは地球を出づるやうに発つなり

   この世での約束ゆつくり解かれゆきいま自由です 鳥の舞ふ空

   かるたはや光の断片摑まむとをのこをみなの膝をのりだす

   朗々とうたふをみなと訥々とよむをのこゐてたのしきろかも

   直に会ふ人こそよけれ神宮の杜にあかるし笑ひ声みつ

   梅林の坂のぼりくる園児らは小鳥の趾のごときをもてり

   おほかたは蕾の固し羞ひて紅梅はわが少女のごとし

   南島より泣きに帰りてきたる娘と猿曳坂に梅を見しころ

   さくらには未だし早しさりながら娘には梅なかんづく紅

   ああ春はいつのまに来ぬ新幹線の高架のしたにイヌフグリ咲く

   あとすこしもうすこしとぞ濡れながら立ち尽したり春まつ林

   ささなみの湖辺あかるし夕桜しるしとなして人たづね来よ

   夕ざくら何処ともなくあらはれて小鳥も人も花をたのしむ
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いつもながらの村島さんの精細な「観察」の行き届いた一連である。
一連は「霜月」から始まって「夕ざくら」で終わっている。
一連34首は、そんな日時の経過を詠んで秀逸である。
いつもながらの、ご恵贈に感謝して紹介を終わりたい。 有難うございました。



   
まどろみて覚むればつよき梔子の香りまとひて黒猫が過ぐ・・・・木村草弥
aaookuchin1梔子

   まどろみて覚むればつよき梔子(くちなし)の
     香りまとひて黒猫が過ぐ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
ものの本によると、この木は本州中南部、四国、九州で見られるものだという。
常緑低木で1メートルから3メートルくらいのものである。葉は光沢があり、写真①のように六弁の香りの高い花をつける。
香りと言っても、とても強い香りで屋外にあるからよいが、とても屋内には置けない強い香りである。

kuchin2梔子の実

花が終わると写真②のような実をつける。
秋になると、この実は漢方薬で解熱剤に用いられたり、自然色素として鮮やかな黄色を出すので、染料やお正月料理のクリキントンの色づけに使ったりする。
以前に住んでいた土地は広かったので、このクチナシの木を植えていた。母が、その実を採集してお正月料理の時に利用していた。
ただ、この木には、こういう香りの強い木を好む虫がわんさとついて困ったものである。人の人差し指くらいもある無毛の虫である。
書きおくれたが、「くちなし」という名前は、この実が熟しても口を開かないので、こんな名前になったという。
なお漢名の「梔子」という字は花が杯に似ているためについたという。

aomushi青虫②

クチナシにつく虫は写真③の虫そっくりではないが、いま手元に、その写真がないので、よく似た虫の写真で代用するが、こんな感じの虫である。
この写真の虫はパセリなどにつく虫でパセリも香りが極めて強い草であるから、この種類の虫には共通するものがある。
成虫はアゲハチョウの類である。

文学の世界では「口なし」と捉えて

   山吹の花色衣主や誰れ問へど答へず口なしにして・・・・・・・・・・・・素性法師

のように詠われた。

私の歌のことだが、黒猫がクチナシの香りをまとって過ぎる、というのは文学的な大げさな表現で、
黒猫が過ぎてゆくにつれてクチナシの香りがした、ということである。
黒猫と白いクチナシの花との対比ということも私は考えた。

以下、クチナシを詠った句を引いて終わる。なお夏の季語としては「梔子の花」である。

 口なしの花咲くかたや日にうとき・・・・・・・・与謝蕪村

 薄月夜花くちなしの匂ひけり・・・・・・・・正岡子規

 山梔子の蛾に光陰がただよへる・・・・・・・・飯田蛇笏

 スモッグにくちなしの白傷付けり・・・・・・・・滝井孝作

 驟雨くるくちなしの香を踏みにじり・・・・・・・・木下夕爾
 
 口なしの花はや文の褪せるごと・・・・・・・・中村草田男

 今朝咲きしくちなしの又白きこと・・・・・・・・星野立子

 くちなしの花より暁けて接心会・・・・・・・・中川宋淵

 夜をこめて八重くちなしのふくよかさ・・・・・・・・渡辺桂子

 辞してなほくちなしの香のはなれざる・・・・・・・・中田余瓶

 山梔子のねばりつくごと闇匂ふ・・・・・・・・森島幸子

 梔子に横顔かたき修道女・・・・・・・・三宅一鳴

 風生れ来るくちなしの花の中・・・・・・・・入江雪子




映画「蚤とり侍」鑑賞・・・・木村草弥
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 ↑ 原作の小説

──映画鑑賞──

      映画「蚤とり侍」鑑賞・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

昨日はイオンシネマ久御山で、標記の映画を見てきた。
いつもはイオンシネマ高の原で見るのだが、夜の時間帯一回のみなので、久御山に替えた。

この映画のことは、この公式サイトに詳しい。 → 蚤とり侍
「あらすじ」から「配役」に至るまで全部みられる。
主役の阿部寛や寺島しのぶ などの濃厚な愛欲シーンを含めて秀逸である。
この映画は原作の小説だけでなく、二、三の小説を取り込んで作ってあるらしい。
結末は、勧善懲悪調のハッピーエンドになっているのも「喜劇」として面白い。
五月半ばに公開されて一か月余だが、もう来週には公開終了となる。
昨日も大きなホールに数人の観客だけという淋しいもの。



蟇歩く到り着く辺のある如く・・・・中村汀女
hikigaeru-hinataニホンヒキガエル

  蟇(ひき)歩く到り着く辺のある如く・・・・・・・・・・・・・・中村汀女

ガマは、オタマジャクシの時期以外は、水に入ることはない。
湿気のある草地や土管や床下、穴の中などに棲息し、夕方に出てきてミミズや虫などを捕らえて食べる。
冬は土の中で冬眠するが、2、3月頃一度冬眠から覚めて池に集り、「抱接」して産卵し、また冬眠に戻り4、5月頃に出てくる。
グロテスクで鈍重、動作も緩慢だが、それが自分を思わせるためか、秀句の多い季語である。
掲出した中村汀女の句も、誤解なく読める秀句である。

掲出の一番目の写真はニホンヒキガエルの横顔である。アズマヒキガエルと、どこが違うのか、私には判らない。
二番目の写真は、それを拡大したもの。

hiki-jisenn2ヒキ耳腺

盛り上がっている部分が、目のうしろにある耳腺であり、講釈師でおなじみの、ガマの油がたーらりたらーり、という所で、特有の毒液を分泌する。
その右側の平たい〇の部分が「鼓膜」である。

img1085ヒキ卵塊

三番目の写真が、浅い水中に産みつけられたヒキガエルの「卵塊」である。
カエル類の卵は、みな紐状のゼラチン質のものに包まれており、中に黒い卵が数百個ないしは数千個入っている。
私はヒキガエルの卵塊は見たことがないが、普通のトノサマガエルやツチガエルなどの卵塊は子供の頃に何回もみたことがある。
カエルの種類によって紐状の太さや長さは、みな違いがある。

img1035ヒキ卵

四番目の写真が、その卵塊を拡大したもの。管の中の黒い粒粒が卵の1個1個である。
この管状のゼラチン様のものは卵の栄養になるとともに、卵を外界から保護する作用も果たしている。
ヒキガエルの卵1個の大きさは直径6ミリと言われている。
卵の大きさとカエルの成虫の大きさは、やはり成虫の大きさと比例して、大きさに違いがあるようだ。
五番目の写真が卵から孵った「オタマジャクシ」である。
はじめは「外鰓」があるが、じきに外鰓はなくなり、写真のような姿になる。

img1098ヒキおたまじゃくし

この後は、後ろ足が出て、前足が出て、だんだんカエルの姿に似て来て、最後に尻尾が取れてカエルの姿になる。
これを「変態」と言うが、このとき水から酸素を得る鰓呼吸から、空気から酸素を得る肺呼吸に替わる。
変態して、すぐの幼体は、形はすっかりカエルの形をしているが、大きさは1円玉に乗るほどの小ささである。
これが大きくなると体長15、20センチにもなるのである。

ヒキガエル、ガマを詠んだ句を引いて終る。

 蝿のんで色変りけり蟇・・・・・・・・・・高浜虚子

 蟇交む岸を屍の通りをり・・・・・・・・・・中村草田男

 てのひらに茶碗の重み蟇鳴くも・・・・・・・・・・大野林火

 蟇総身雨具鎧はせて・・・・・・・・・・角川源義

 蟇のこゑ沼のおもてをたたくなり・・・・・・・・・・長谷川素逝

 蟇出でて一山昏き接心会・・・・・・・・・・中川宋淵

 崖下へ捨てし蟇鳴く崖下に・・・・・・・・・・殿村兎糸子

 蟇子をうとむとはあらざりき・・・・・・・・・・小林康治

 蟇のこゑ一夜鉄塊より重し・・・・・・・・・・目迫秩父

 跳ぶ時の内股しろき蟇・・・・・・・・・・能村登四郎

 蝦蟇よわれ混沌として存へん・・・・・・・・・・佐藤鬼房

 日輪を呑みたる蟇の動きけり・・・・・・・・・・橋間石

 蟇鳴いて孤島のやうな大藁屋・・・・・・・・・・成田千空

 蟇ほども歩まず山に親しむよ・・・・・・・・・・村越化石

 蟇交む川に片肢遊ばせて・・・・・・・・・・福田甲子雄

 だぶだぶの皮のなかなる蟇・・・・・・・・・・長谷川櫂

 蟇は蟇人は人恋ふ夜なりけり・・・・・・・・・・小沢実

 喉袋ふくらみしのみ夜の蟇・・・・・・・・・・奥坂まや

 蟇踏んでしまひし夜のわだかまり・・・・・・・・・・大口公恵





月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第七回・・・・木村草弥
茶の間_NEW

茶の間②_NEW

──月刊「茶の間」連載──(7)

       月刊「茶の間」連載「木村草弥の四季のうた」第七回・・・・・・・・・・木村草弥

       朝まだき茶を焙(ほう)じをればかうばしき香りただよふ一丁先まで

忙しい新茶製造の時期が過ぎても、茶問屋には、やるべき仕事がたくさんある。
農家や仲間の問屋からの仕入れに忙殺され、茶の鑑別や値決めなど神経をすり減らす。
 その一方で、荒茶を加工して茶を「製品」にしなければならないし、得意先への商品の発送にも急(せ)かされる。
 掲出した歌は、そんな情景の一コマであり、小売店などでは客の勧誘のために店頭で「ほうじ茶」機を動かしたりするものである。

   遠赤外線の火を入れをればかぐはしき新茶の匂ひ作業場に満つ

   茶撰機(センベツク)はぷちぷちぷちと小さき灯(ひ)を点滅しつつ茶を撰(よ)り分くる

   定温の零度の気温保たれて冷蔵倉庫に茶は熟成す


 作業場での仕事も機械化されてて近代化が進んでいる。そんな情景の歌を並べてみた。        
 一方、季節は今しも「梅雨」の真っただ中である。  

   梅雨空へ天道虫が七ほしの背中を割りて翔(と)びたつ朝(あした)

   土鈴ふる響きおもはせ驟雨(しゆうう)きて梅雨あけ近しと知らすこのごろ


 梅雨は植物には天然の恵みなのである。葉を摘まれ、疲れた茶の木は水をたっぷりと吸って休む。
 ところが年によっては日照り続きとなることがある。

   酷暑とて茶園に注ぎやる水を飲み干すごとく土は吸ひゆく           
 
 強力なポンプを使って水を流し込むように潅水する。滅多にないが日照り続きの年には苦労する。

 夏場にも茶問屋にはやることが多い。秋から年末にかけての超繁忙期に備えて茶の製品の在庫を積み増して行かなければならない。
 こんな風にして茶問屋の夏は過ぎてゆくのである。               
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連載も半ばを越えた。
今号が着く頃には梅雨の最盛期になっている。
嫌な雨の毎日だが、茶の木にとっては休息の季節なのである。
記事の中で茶撰機(センベック)という個所があるが、これは、この機械の名前であり、この会社の「登録商標」になっている。
画像では「せんべつき」とルビが振られているが、これは編集者がしたことであり、私の原稿との「異同」を示すために、敢えて違った表記にしておく。
このリンクを見てもらえば判ることだが、この機械も今の新型は方式も違って、物凄く進化したのである。販売も世界に進出している。
私の歌の場面は「光電管式」選別ということになる。
本文には書ききれないことなので敢えて書き添えておく。 ご了承を得たい。



蟇誰かものいへ声かぎり・・・・加藤楸邨
azuma8アズマヒキガエル

   蟇(ひきがへる)誰かものいへ声かぎり・・・・・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

蟇─ヒキガエルは、「がま」とも言うが、この頃では目にかからないカエルになってしまった。
ヒキガエルは鳴くことがない、と言われる。繁殖期に、ぐーぐーと底ごもるような声で鳴くという。
私の旧宅にはガマが住み着いていたが、いつしか見かけなくなった。

ガマの説明は後にして、掲出の楸邨の句について先に書いておく。
上に書いたようにガマは鳴かないので、却って不気味であり、だから楸邨は「誰かものいへ声かぎり」と詠んだ。
主観俳句の典型的な秀句である。

一番目の写真は「アズマヒキガエル」という東日本に棲むガマのもの。日本には4種1亜種のカエル目ヒキガエル科が居るという。
学名はBufo japonicus formosus と言い、ハンサムなニホンのヒキガエル、という意味だという。
ニホンヒキガエルは本州の鈴鹿山脈以西と、四国、九州、壱岐、五島列島、屋久島、種子島に棲息。
他にナガレヒキガエル、ミヤコヒキガエルがいる。

03080027ヒキ抱接①

二番目の写真はガマの「抱接」(amplexus)である。
ヒキガエルは産卵のときに雄が雌の背中に取り付いて産卵を刺激するだけ。「交尾」はしない。
精子は産まれた卵(のある水中)に放出するだけ。

03050015ヒキ抱接②

ヒキガエルは雌に比べて雄の数が数倍も多いので、三番目の写真のように複数の雄が一匹の雌に取り付くことが多い。
三番目の写真では4匹が抱接している。その圧力で雌が圧死することが報告されている。
「抱接」はラテン語の「抱擁」から派生して「用語」として使う。

hikigaeru-ushiroニホンヒキ

四番目の写真は西日本に生息するニホンヒキガエルの、背後からの写真である。
なかなか背中全面を撮った写真は多くはない。後で横顔などを詳しくお見せする。
ヒキガエルは、この写真のように背中にイボイボがあるのが特徴である。
普通カエル類の皮膚は湿りを帯びた平滑なものが多いがヒキガエルは、イボがある。
子供の頃、棒でつついたりしていじめたことがあるが、ヒキガエルの背中の皮膚は、とても硬くて丁度ワニの皮のようで、つついても撥ね返るような硬さだった。
アズマヒキガエルとニホンヒキガエルは「亜種」の違いと言われる。先に書いたように三重県西を縦に走る鈴鹿山脈で棲息域を隔てている。

miyako01ミヤコヒキガエル

五番目の写真が「ミヤコヒキガエル」という沖縄に棲むヒキガエルである。胸の模様が本州に棲む2種とは、少し違っている。

このつづきは、BLOGを改めて、同じく蟇を詠んだ句を掲げて載せたい。
そこでは「ニホンヒキガエル」の写真などを載せることにしている。

こういう蟇の写真は気味悪いという人は、見ないようにお願いする。6/23日付のBLOGにつづく。


虹消えて了へば還る人妻に・・・・三橋鷹女
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     虹消えて了へば還る人妻に・・・・・・・・・・・・・三橋鷹女

この句は、いかにも才女だった三橋鷹女らしく、「虹」に何か望みを抱いていたのだろうか。
その虹が消えてしまって、なあんだ、つまんないの、というような彼女の溜息がこぼれてきそうな句である。
消えて了へば、人妻に還る、という把握の仕方も情熱的だった彼女らしい句。

ここで虹の句を歳時記から少し引く。

 虹立ちて忽ち君の在る如し・・・・・・・・・・・・高浜虚子

 虹のもと童ゆき逢へりその真顔・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 虹といふ聖なる硝子透きゐたり・・・・・・・・・・・・山口誓子

 虹なにかしきりにこぼす海の上・・・・・・・・・・・・鷹羽狩行

 野の虹と春田の虹と空に合ふ・・・・・・・・・・・・水原秋桜子

 天に跳ぶ金銀の鯉虹の下・・・・・・・・・・・・・山口青邨

 いづくにも虹のかけらを拾ひ得ず・・・・・・・・・・・・山口誓子

 をさなごのひとさしゆびにかかる虹・・・・・・・・・・・・日野草城

 目をあげゆきさびしくなりて虹をくだる・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 虹を見し子の顔虹の跡もなし・・・・・・・・・・・・石田波郷

 虹が出るああ鼻先に軍艦・・・・・・・・・・・・秋元不死男

 虹二重神も恋愛したまへり・・・・・・・・・・・・津田清子

 海に何もなければ虹は悲壮にて・・・・・・・・・・・・佐野まもる

 別れ途や片虹さらに薄れゆく・・・・・・・・・・・・石川桂郎

 赤松も今濃き虹の中に入る・・・・・・・・・・・・・中村汀女

「虹」は、ギリシア神話では、女神イリスが天地を渡る橋とされるが、美しく幻想的であるゆえに、文学、詩歌で多くの描写の素材とされて来た。
終わりに私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せた「秘めごとめく吾」と題する<沓冠>15首のはじめの歌を下記する。

 げんげ田にまろべば空にしぶき降る 架かれる虹を渡るは馬齢・・・・・・木村草弥


茹であげしアスパラガスが蒼々と皿に盛られて朝餉は愉し・・・・木村草弥
img10282771691アスパラ

    茹であげしアスパラガスが蒼々と
      皿に盛られて朝餉は愉(たの)し・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
私の家ではアスパラガスを菜園で育てている。
アスパラガスというと昔は白いアスパラガスを指したが、近年は新芽のグリーンアスパラが季節のものとして賞味されるようになった。
私の歌も、もちろんグリーンアスパラである。

asuparaimgアスパラ

写真②に緑と白のアスパラを出しておく。白いアスパラは新芽に土を寄せて日光を遮断したものである。
これを茹でても食べられるし、缶詰にして年中食べることが出来る。西洋料理の付け合せなどには、よく使われた。
どちらを好むかは、人それぞれである。
今でもヨーロッパに行くと、アスパラガスの料理が旬のものとして名物だが、いずれも「白」アスパラである。
日本人は季節の「旬」ということを重視するので、先に書いたように近年は緑色のアスパラが盛んに出回るようになった。
写真③が地面から顔を出したアスパラガスの新芽である。
asuparagas3アスパラガス

アスパラガスは地中にかなり太い地下茎を這わせて、その所々から新芽を出す。その良さそうなところを地面すれすれのところから切り取る。
種または苗を植えてから2、3年は根を育てるために新芽の切り取りは、しない。これをすると先で十分な収穫が得られない。
掲出した歌の次に

  アスパラの新芽を食(た)ぶるは一刻(いつとき)ぞ あとはひととせ根を養(か)ふるなり・・・・・・・・・・木村草弥

という歌があるが、このように一年の大半はアスパラの根に堆肥を施すなど、根を養うのである。

asuparagasアスパラ木

アスパラガスは冬の間は地上部は全部枯れる。
春になると新芽が出て、切り取って食べないかぎり、写真④のように茎と葉の茂る形になる。
夏の間は十分に日光を浴びさせて光合成をして、根に栄養を蓄えるようにする。
なよなよとしたもので風で倒れたりして倒伏するので杭や紐で支柱を立てる。
生け花用のアスパラガスは、食用のものとは少し種類が違う。

アスパラガスの産地として北海道は有名だ。

アスパラガスは、植えつけてから十年間は、たっぷりと収穫出来るが、それを過ぎると根が老化して芽が出にくくなるので、改植が必要である。
私の家のものは、今年その時期で昨年新しい苗を植えたので、食べられなかった。

私の持っている歳時記にはアスパラガスの句は収録されていない。






青蛙おのれもペンキぬりたてか・・・・芥川龍之介
00164-1モリアオガエル

        青蛙おのれもペンキぬりたてか・・・・・・・・・・・・・・・・芥川龍之介

厳密に言うと「青蛙」という種類はちゃんと居るのだが、この句の場合、そんな厳密な区別をして作ってあるとは思えない。
一般的に「緑色」の蛙ということだろう。
芥川龍之介については昨年くわしく書いたが、この句を掲出して書いたことはないので、ここで書いておきたい。
写真は「モリアオガエル」である。大きくなっても体長6~7センチくらいのカエルである。
「青蛙」という種類は緑色の体長7センチくらいのカエルで、シュレーゲルアオカエルという、れっきとした名前を持っている。
「モリアオガエル」は本州、四国、九州の平地の低い木や草に棲む。指先に吸盤がある。

00164-2モリアオガエル卵塊

写真②はモリアオガエルの卵塊である。
浅い池や沼のあるところで枝先が水面に張り出した低い木の葉の先に卵を産む。孵った蛙のオタマジャクシは水面に落ちるという工夫である。
写真のように枝先の白っぽい塊が卵塊である。

370742雨蛙

↑ 雨蛙は住宅地なんかの草や木にも繁殖する。
天気が雨模様になってくると、湿気を感知してキャクキャクキャクと鳴く。
私の家の辺りにもたくさん居るが、どこで卵、あるいはオタマジャクシになるのか、いまだに知らない。

 ↓ 上に書いた「青蛙」シュレーゲルアオガエルの写真
9395020シュレーゲル・アオガエル

「シュレーゲル」なんていう外国名がついているが、れっきとした日本の固有種である。
Wikipediaに載る記事を下記に引いておく。
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シュレーゲルアオガエル
Rhacophorus schlegelii

学名
Rhacophorus schlegelii
(Günther, 1858)
和名
シュレーゲルアオガエル
英名
Schlegel's green tree frog
シュレーゲルアオガエル(Rhacophorus schlegelii)は、両生綱無尾目アオガエル科に分類されるカエル。
名前はオランダのライデン王立自然史博物館館長だったヘルマン・シュレーゲルに由来する。
「シュレーケルアオガエル」とも言われる。

分布
日本の固有種で、本州・四国・九州とその周囲の島に分布するが、対馬にはいない。

形態
体長はオス3cm-4cm、メス4cm-5.5cmほど。体色は腹側は白く背中側は緑色をしているが、保護色で褐色を帯びることもある。虹彩は黄色。

外見はモリアオガエルの無斑型に似ているが、やや小型で、虹彩が黄色いことで区別できる。また別科のニホンアマガエルにも似ているが、より大型になること、鼻筋から目、耳にかけて褐色の線がないこと、褐色になってもまだら模様が出ないことなどで区別できる。

生態
水田や森林等に生息し、繁殖期には水田や湖沼に集まる。繁殖期はおもに4月から6月にかけてだが、地域によっては2月から8月までばらつきがある。

食性は肉食性で昆虫類、節足動物等を食べる。

繁殖期になるとオスは水辺の岸辺で鳴く。鳴き声はニホンアマガエルよりも小さくて高く、「コロロ・コロロ…」と聞こえる。卵は畦などの水辺の岸辺に、泡で包まれた3cm-10cmほどの卵塊を産卵する。泡の中には200個-300個ほどの卵が含まれるが、土中に産卵することも多くあまり目立たない。孵化したオタマジャクシは雨で泡が溶けるとともに水中へ流れ落ち、水中生活を始める。

なお、地域によってはタヌキがこの卵塊を襲うことが知られる。夜間に畦にあるこの種の卵塊の入った穴を掘り返し、中にある卵塊を食うという。翌朝に見ると、水田の縁に泡と少数の卵が残されて浮いているのが見かけられる。
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acd0807181054005-p1.jpg
akutagawa-tokyo30w我鬼先生

芥川の句は青蛙の皮膚の色を巧みに捉えてユーモアたっぷりに表現してある。
彼の写真の下の画像は「我鬼先生」と自称した彼自筆の戯画である。

以下、青蛙ないしは雨蛙を詠んだ句を引いて終わりたい。

 梢から立小便や青かへる・・・・・・・・小林一茶

 青蛙喉の白さを鳴きにけり・・・・・・・・松根東洋城

 青蛙ばつちり金の瞼かな・・・・・・・・川端茅舎

 軒雫落つる重たさ青蛙・・・・・・・・菅裸馬

 青蛙影より出でて飛びにけり・・・・・・・・中川宋淵

 空腹や人の名忘れ青蛙・・・・・・・・井上末夫

 雨蛙人を恃みてうたがはず・・・・・・・・富安風生

 雨蛙ねむるもつともむ小さき相・・・・・・・・山口青邨

 枝蛙喜雨の緑にまぎれけり・・・・・・・・西島麦南

 掌にのせて冷たきものや雨蛙・・・・・・・・太田鴻村







わが味蕾すこやかなるか茱萸ひとつ舌に載すれば身に夏の満つ・・・・木村草弥
800px-Gumi1グミの実

   わが味蕾すこやかなるか茱萸(ぐみ)ひとつ
     舌に載すれば身に夏の満つ・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
茱萸(ぐみ)は秋に収穫するものもあるようで、それは種類が違う。ここでいう茱萸は「夏ぐみ」と称するものである。
この頃では栽培種のグミも出ているが、私の子供の頃に親しんだのは、少し渋みのあるグミだった。

gumi20090706グミの実

昔は甘味が簡単には手に入らなかったので、田舎では家の敷地の中に、こういう季節の果樹を植えてあった。
グミは渋みのある中に甘酸っぱい素朴な味の実だった。
人間より先に小鳥たちがよく知っていて、油断すると食べ尽くされてしまうのだった。
実の表面にはざらざらした細かい黄色の点々があった。
ものの本によるとグミ科の落葉喬木とある。食べられるのは苗代グミと唐グミだという。
写真②のものでは実の先に「花」の名残りが、くっついているのが判る。

dsc05439グミの実

生(な)るときには文字通り写真③のように鈴なりに生るものである。
この頃でも散歩しているとグミが一杯生っているのを見ることがある。
時期的には梅雨前の今頃が最盛期である。この頃では食べる人もなく、専ら小鳥のご馳走になっているようだ。
いま食べれば、さほどおいしいとも思わないかも知れない。
この実の生っているのを見ると、さあ夏がやって来たなあ、という感じがするのである。

歳時記に載る句を引いて終わりたい。

 苗代茱萸うれぬ因幡へ流れ雲・・・・・・・・大谷碧雲居

 島の子と岩グミ噛めば雲親し・・・・・・・・中島斌雄

 田植ぐみ子が一人ゐて揺りゐたり・・・・・・・・若色如月

 夏ぐみや童話作家はいつも若し・・・・・・・・河府雪於

 洞窟に八幡様や苗代茱萸・・・・・・・・・関梅香

 苗代茱萸たちまちに葬終りたり・・・・・・・・上野さち子

 夏く゜みの大粒の枝に母歓喜・・・・・・・・竹林清

 夏ぐみや息やはらかに牛老いし・・・・・・・・黒杉多佳史

 夏茱萸を含めば渋き旅愁かな・・・・・・・・村岡黎史



クレソンに高嶺の水がかよひ初め山荘区切るせせらぎがあつた・・・・木村草弥
0山荘
DSC01036クレソン

     クレソンに高嶺の水がかよひ初め
          山荘区切るせせらぎがあつた・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。

この歌につづいて、こんな歌がある。

      クレソンの花のみくまり人の世に師弟のえにしの水が流れる

     蕗の
の苦さは古い恋に似て噛めばふるさと今もみづみづしい・・・・・・・・・木村草弥

IMG_1005せせらぎ

Wikipediaに載る記事を引いておくが、今では「クレソン」で通用する。和名のオランダガラシなんて言う人は誰も居ない。
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オランダガラシ(和蘭芥子)は水中または湿地に生育するアブラナ科の多年草。クレソン(フランス語:Cresson)ともいう。または、クレス(cress)ともいう。
ヨーロッパから中央アジアの原産。
学名としてはNasturtium officinale、N. nasturtium-aquaticum、N. aquaticum、Rorippa nasturtium-aquaticum(別属Rorippa に含める場合)が用いられる。

ヨーロッパ原産。北アメリカ、南アメリカ、アジア(日本を含む)、オセアニアに移入分布する。

特徴
抽水植物もしくは沈水植物。繁殖力はきわめて旺盛。切った茎は水に入れておけば容易に発根するうえ、生長が速い。
オランダガラシは清流にしか育たないという俗説は誤りで、汚水の中でも生育する。
日本でもよく似たコバノオランダガラシ(N. microphyllum またはN. officinale var. microphyllum)とともに川や溝に野生化・雑草化しているのがよく見られる。
葉は奇数羽状複葉、5月頃、茎の先に白い小花を咲かせ、その後細いさや状の種子をつける。

日本には明治の初めに在留外国人用の野菜として導入されたのが最初とされている。
外国人宣教師が伝道の際に日本各地に持って歩いた事で広く分布するに至ったと言われている。
日本で最初に野生化したのは、東京上野のレストラン精養軒で料理に使われたもので、茎の断片が汚水と共に不忍池に流入し根付いたと伝えられている。
現在では各地に自生し、比較的山間の河川の中流域にまで分布を伸ばしており、ごく普通に見ることができる。

爆発的に繁殖することで水域に生育する希少な在来種植物を駆逐する恐れや水路を塞ぐ危険性が指摘されている。
日本では外来生物法によって要注意外来生物に指定されており、駆除が行われている地域もある。

栽培
半水生なので水耕栽培に向いており、特に弱アルカリ性の水でよく生育する。栽培すると高さ 50-120 cm にもなる。
耐寒性は強く冷涼な気候を好む為、夏に水温が上がりすぎると弱る。
日本では品種はないが、イギリスではWater、Water large leaved、Water broad leavedといった品種がある。
クレソンと野生種N. microphyllumとの種間雑種のNasturtium x sterileはサラダ用に栽培されている。
自家栽培
ベランダなどで水耕栽培、プランターを使用し育てることが出来る。水没したままの葉は枯れることがあるが、水面より上の部分が健全なら問題ない。
食品とする場合、衛生上時々水を換えること。湿った畑でも容易に育つ。 アオムシやコナガなどに葉をかじられたり、ハダニも付きやすい。



葉桜となりし座敷の利茶かな・・・・木村亞土/太宰治『パンドラの匣』の底本「木村庄助日誌」
DSCN4367葉桜

   葉桜となりし座敷の利茶かな・・・・・・・・・・・・・・木村亞土

この句は私の兄・木村重信のものである。「亞土」は、その俳号である。兄は学生時代に一時、俳句をやっていたことがある。
私がまだ14、5歳の頃のことだが、記憶力の一番強い頃で、この句のことは、よく覚えている。
実は、この「亞土」という雅号は亡・長兄、木村庄助が使っていたもので、長兄が昭和18年に22歳で死んでから、重信兄が継承して使っていたもの。
亡・長兄、木村庄助は中等学校卒業後、茶業修行のために静岡の某商店に見習い奉公に出ていた。
そこで結核に罹り、帰省して静養。
その間に文学書に耽溺し、その頃の新感覚派の川端康成などを読みふけり、その後、太宰治に私淑し、習作を太宰に送るなどしていた。
兄の没後、結核療養日記「太宰治を偲ぶ」と題したもの──日記とはいうものの、丸善で製本させた立派な装丁のものである──が太宰に送られ、これを元に太宰の『パンドラの匣』が書かれた。
これらのことは、この作品の解説の中で詳しく書かれていて、周知の事実である。全集の中の「書簡集」には太宰からの手紙も収録されている。
この「日記」は戦災で多くが焼失したが、そのうちのいくつかが残り、「日本近代文学館」の展示室に展示されていたという。

庄助日誌

この「木村庄助日誌」には太宰治研究者の浅田高明氏が居られ、私や兄の家に来られて、専門的に、日記と太宰の小説との異同を研究され、5冊の単行本にまとめて上梓されている。
この「日記」は兄・重信の再三の要請に応じて、近年、太宰未亡人・津島美知子氏から3冊が返還されてきて、現在、兄・重信が保管している。
この「日記」が何とか出版されたのは先に、このブログにも載せた。
日陰にあった日記が広く公衆の目にさらされることになり、私たち兄弟としても嬉しい限りである。
Wikipedia─木村重信

私が中学生の頃、家には、庄助の蔵書の文学書などがたくさんあり、私は、それらをむさぼるように読んだものである。
私が今日、短詩形ではあるが、文芸の道に脚を踏み入れるようになったのは、その頃の原体験がもたらしたものである。
「庄助」という特異な命名は、私たちの祖父が立行司・木村庄之助と同姓同名であったが、その祖父が自分の名前から取って「庄助」と名づけたことに由来する。

太宰の小説と、亡・庄助の「日記」との異同などをみてみると、ものすごく面白い。どの作家によらず、何らかの資料が底本として存在するのである。
それでなければ、人間の発想などというものには限界があり、ネタは、すぐに尽きてしまう。
時に、資料提供者と、作家との間に軋轢が生じるが、亡兄・庄助は太宰に私淑していたものであり、その遺言によって「日記」は提供されたものであり、そういう紛争は起るはずもないことであった。

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庄助は療養中に陶芸なども、少し手がけていたので、私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)の中の「茶の歌」と「族の歌その他」に、次のような歌があるので、それを引いておく。
これらの歌はWeb上のHPに載せた自選50首にも含まれるから、アクセスしてもらえば見ることが出来る。

      家族(うから) ・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

    兄・木村庄助
   茶商ふ家に生まれし長(をさ)の子は茶摘みさなかの五月に逝きぬ

   青嵐はこぶ焙炉(ほいろ)の香にぞ知る新茶の季(とき)と兄の忌日を

   宿痾なる六年の病みの折々に小説の習作なして兄逝く

   私淑せる太宰治の後年のデカダンス見ず死せり我が兄

   兄の書きし日記を元に書かれたり太宰治の「パンドラの匣」

   池水は濁り太宰の忌の来れば私淑したりし兄を想ふも

太宰が玉川上水に愛人と投身自殺した年は、雨の多い梅雨で、今でも大々的な新聞報道を忘れない。
太宰の仕事場の机の上には、伊藤左千夫の歌「池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨ふりしきる」が書き抜いてあったという。
私の歌の出だしの部分「池水は濁りーー」云々は、それを踏まえている。

   水茎のうるはしかりし庄助の墨痕出できぬ納屋の匣より

   座右に置く言の葉ひとつ「会者定離」(ゑしやぢようり)沙羅の花見れば美青年顕つ

    祖父・木村庄之助
   立行司と同じ名なりし我が祖父は角力好めり「鯱ノ里」贔屓(ひいき)


      夜咄(よばなし)の茶事・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ

   風化せる恭仁の古材は杉の戸に波をゑがけり旧(ふる)き泉川

   雑念を払ふしじまの風のむた雪虫ひとつ宙にかがやく

   釜の湯のちんちんと鳴る頃あひの湯を注ぐとき茶の香り立つ

   緑青のふきたる銅(あか)の水指にたたへる水はきさらぎの彩(いろ)

   アユタヤのチアン王女を思はしむ鈍き光の南鐐(シヤム)の建水

   呉須の器の藍濃き膚(はだへ)ほてらせて葩(はなびら)餅はくれなゐの色

   手捻りの稚拙のかたちほほ笑まし茶盌の銘は「亞土」とありて

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ここに引いた一番あとの歌の「亞土」は、先に書いた庄助の雅号のことである。


椎落花煩悩匂ふ無尽かな・・・・川端茅舎
20100321164925742椎の花

    椎落花煩悩匂ふ無尽かな・・・・・・・・・・・・・・・川端茅舎

椎(しい)の花は5、6月になると、深緑色の葉に混じって、強い甘い香りのする淡黄色の雄花が穂状に開く。
スダジイとツブラジイがあり、スダジイの実は円錐形、ツブラジイの実は球形と、やや違うが、共にブナ科の常緑喬木、20メートルから25メートルにも達する。
暖地の木である。雌雄同株で虫媒花だが、雄しべが花粉を撒くと、穂ごと雄花は落ちる。
強い匂いで、酔うような異様な雰囲気になる。美しい花ではないが、セクシーな、活力のある空気を生み出す。
だから、掲出した川端茅舎の句でも「煩悩匂ふ無尽」と表現している。
しかも時期としては「落花」を詠んでいるのである。
私の歌にも歌集『嬬恋』(角川書店)所載

   饐(す)ゆるごとく椎の花咲き斎庭(ゆには)なる仁王の像は固く口つぐむ・・・・・・・・・・・・木村草弥

というのがあるが、掲出した句の方が佳いと思って、この句を掲げる。
俳句にも多くの椎の花の句があるが、総じて上に述べたような句境のものが多い。それを引いて終わる。

 旅人のこころにも似よ椎の花・・・・・・・・松尾芭蕉

 尾長どり巣かけし椎は花匂ふ・・・・・・・・水原秋桜子

 椎咲くや恋芽ぐみゐる英語塾・・・・・・・・野村喜舟

 杜に入る一歩に椎の花匂ふ・・・・・・・・山口誓子

 椎の花こぼれて水の暗さかな・・・・・・・・増田手古奈

 椎匂ふ夜を充ち充ちて書きゐたり・・・・・・・・大野林火

 椎咲きてわが年輪のほのぐらき・・・・・・・・松村蒼石

 下品下生の仏親しや椎の花・・・・・・・・滝春一

 椎にほふ未定稿抱き眠る夜も・・・・・・・・能村登四郎

 言葉のあと花椎の香の満ちてくる・・・・・・・・橋本多佳子

 椎咲いて猫のごとくに尼老いぬ・・・・・・・・河野静雲

 花椎の下照る径や子を賜へ・・・・・・・・星野麦丘人

 遠目にはもゆる色なり椎の花・・・・・・・・松藤夏山

 教師みなどこか疲るる椎の花・・・・・・・・上野波翠



忍冬に茶事の客あり朝日窯・・・田下宮子
siryoukan1朝日焼窯芸資料館

   忍冬(にんどう)に茶事の客あり朝日窯・・・・・・・・・・・・・・・田下宮子

朝日焼(あさひやき)は京都府宇治市で焼かれる陶器。
宇治茶の栽培が盛んになるにつれ、茶の湯向けの陶器が焼かれるようになった。
江戸時代には遠州七窯の一つにも数えられていた。
なお、朝日焼の由来は朝日山という山の麓で窯が開かれていたという説と、朝日焼独特の赤い斑点(御本手)が、旭光を思わせるという説がある。
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歴史
宇治地方は古くから良質の粘土が採れ、須恵器などを焼いていた窯場跡が見られていた。
室町時代、朝日焼が興る前には、経歴も全く不詳な宇治焼という焼き物が焼かれ、今も名器だけが残されている。
 今日、最古の朝日焼の刻印があるのは慶長年間のものである。
しかし、桃山時代には茶の湯が興隆したため、初代、奥村次郎衛門藤作が太閤豊臣秀吉より絶賛され、
陶作と名を改めたというエピソードも残っていることから、当時から朝日焼は高い評判を得ていたことになる。
後に二代目陶作の頃、小堀遠江守政一(小堀遠州)が朝日焼を庇護、そして指導したため、名を一躍高めることとなった。
同時に遠州は朝日焼の窯場で数多くの名器を生み出している。
 三代目陶作の頃になると、茶の湯が一般武士から堂上、公家、町衆に広まっていき、宇治茶栽培もますます盛んになり、宇治茶は高値で取引されるようになった。
それに並行して朝日焼も隆盛を極め、宇治茶の志向に合わせて、高級な茶器を中心に焼かれるようになっていった。

朝日焼の特徴
朝日焼は原料の粘土に鉄分を含むため、焼成すると独特の赤い斑点が現れるのが最大の特徴である。
そして、それぞれの特徴によって呼び名が決まっている。

燔師(はんし)
分かりやすく解釈すると、師匠が焼いた物という意味である。赤い粗めの斑点がぽつぽつと表面に浮き出たような器をいう。

鹿背(かせ)
燔師とは対称的に、肌理細かな斑点が見られる器をいう。鹿背とは名の如く、鹿の背中でそれを思わせるような模様から名付けられている。

紅鹿背(べにかせ)
鹿背の中でも、特に鉄分が多く、よりくっきりと紅色が見えるものを指す。
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上に引用した百科事典の記事のように、宇治の「朝日焼」は古い歴史を有している。
写真は「朝日焼窯芸資料館」の建物。

朝日焼は宇治川の川東にあり、宇治橋を上流に向けて数百メートル上ったところにある。
窯元は代々、松林豊斎を襲名していて、当代は15世だったが先年十一月に亡くなり、長男・佑典氏が十六世を襲名された。
因みに先年開催された「伊勢・志摩サミット」で京田辺産の玉露を淹れる急須に、ここ朝日焼のものが使われたという。

「朝日焼作陶館」というのがあり、作陶もできる。
当代の豊斎氏は、事業も大きくされ儲けておられるようだったが、先年敷地の大半を茶問屋の福寿園に買い取ってもらい、ここには「福寿園宇治茶工房」という店舗が開設されている。
先々代(13世ということになるのか)は、芸術家肌のひとで儲けには繋がらなかったかもしれないが、芸術的には良い作品を作られたようだ。
私の父は、「窯だし」のときには招待されて、気に入ったものを何点か所蔵していた。
今もわが家にあるが趣のあるものである。

朝日焼の「急須」は注ぎ口のところが特徴があり、お茶の最後の一滴まで、急須に残らずに注ぎ切れる。

suikazura5金銀花

掲出句の「忍冬」というのは、先に採り上げた「スイカズラ」のことである。
いましも、6月5日は「県祭」が催行されて、たくさんの人で賑わった。

この「川東」地区は宇治上神社や興聖寺のほかに「源氏物語ミュージアム」などもあり、興味のあるところである。
ぜひ一度、脚をのばしてみられては、いかが。

スイカズラの花については先に書いたので、今日は触れない。


君が育て君が摘み来し食卓のスイカズラ甘く匂いていたり・・・・鳥海昭子
suikazuraスイカズラ

   君が育て君が摘み来し食卓の
    スイカズラ甘く匂いていたり・・・・・・・・・・・・・・・鳥海昭子


スイカズラの花言葉は「愛の絆」「友愛」という。
スイカズラの説明をネット上から、以下に、引用しておく。
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スイカズラは、つるは右巻きで、まわりの木などに絡み付いて、よく延び若枝には褐色の毛がびっしりと生えていますが、後で毛はなくなります。
葉は対生、形は長楕円形で先は鈍頭、基の方は円形あるいはくさび形をしています。長さ3~6センチで葉縁は全縁となっています。
スイカズラは、冬にも葉が落ちないことから、忍冬(ニンドウ)の名があります。
花は枝の上部の葉腋から短枝をだし、2個の花をつけます。大きさは3~4センチで花冠の外面には軟毛が生えています。下の方から中頃までは筒状で、その先は上片1、下2片の唇状となっています。色は始めは白で後に黄色となります。甘い香りがあります。雄しべ5、花柱1。
果実は褐色で広楕円形をしています。
生薬名で金銀花(きんぎんか)といいます。
管状になった花を引き抜き、管の細いほうを口に含んで静かに吸うと、良い香りがあって、花の蜜は甘い味がすることから「スイカズラ」といわれています。
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上の説明で「金銀花」というのがあるが、その状態のスイカズラの花が、写真②である。

suikazura5金銀花

白色から薄茶色に変わったのが見てとれよう。
淡紅色に咲く花もあるらしい。

 忍冬のこの色欲しや唇に・・・・・・・・・三橋鷹女

という佳句があるのが、それである。
以下、この花の句を引いて終わる。

 忍冬神の噴井を司る・・・・・・・・・・・・・阿波野青畝

 すひかずら尾根のかなたの椎の群・・・・・・・・・・・・志摩芳次郎

 忍冬の花折りもちてほの暗し・・・・・・・・・・・・後藤夜半

 雨ぐせのはやにんどうに旅二日・・・・・・・・・・・・石川桂郎

 魂魄の塔にすがりし忍冬花・・・・・・・・・・・・沢木欣一

 忍冬の花のこぼせる言葉かな・・・・・・・・・・・・後藤比奈夫

 忍冬乙女ら森を恋ひ来たり・・・・・・・・・・・・・堀口星眠

 渡船場よりすこし風くる忍冬・・・・・・・・・・・・佐野美智

 結界に吹かれ忍冬朱を殖やす・・・・・・・・・・・・松本澄江

 山荘に独りが好きやすひかずら・・・・・・・・・・・・堤俳一佳



鶴首の瓶のやうなる女うたふ<インパラディスム>清しき声音・・・・木村草弥
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    鶴首の瓶のやうなる女うたふ  *
           <インパラディスム>清(すが)しき声音(こはね)・・・・・・・・・木村草弥

                       *「楽園にて」の意。フォーレ「レクイエム」より 

この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。
この歌を作った直接の場面は京都市コンサートホールでのフォーレの「レクイエム」を聴いたときである。
この場面では、私の三女が臨時に編成された合唱団に入って、この「レクイエム」を歌った。
三女は器楽の演奏家だが、気晴らしのために誘われて合唱団に参加したのであった。
もう二十数年も前のことで、私たち夫婦と子供たち一族で行ったが、本格的なコンサートで、幕合間にはホワイエでワインを呑んだりした。

フォーレの「レクイエム」は全部で七曲あり、「イン・パラディスム」は第七曲である。
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第7曲:In Paradisum(楽園へ)


In paradisum deducant angeli:1

楽園へと、導きますように、天使たちが:

in tuo adventu suscipiant te martyres,2

あなたの到着のときに迎え入れますように、あなたを殉教者たちが、

et perducant te in civitatem sanctam Jerusalem.3

そしてあなたを案内しますように、聖なる街エルサレムへと。

Chorus angelorum te suscipiat,4

輪になって歌う天使たちがあなたを迎え入れますように、

et cum Lazaro quondam paupere5

そしてラザロとともに、かつて貧しかった(彼とともに)

aeternam habeas requiem.6

永遠に、保ちますように、安息を。

最後の曲は、棺が運び出されるときに歌われる交唱です。第6曲では一人称の祈りになりましたが、こんどは二人称で「あなた」と死者に語りかけます(ここまで、二人称の対象は神でした)。
魂が楽園へと向かう音楽は、木洩れ日がきらめくようなオルガンのアルペジオで始まります。天を目指すごとく跳躍するソプラノの旋律は、導音が徹底して避けられているのが特徴です(譜例15)。伴奏の和音も、トニカとサブドミナントの揺れ動きで、ドミナントは出てきません。
op48-7-3フォーレ・レクイエム
その分、「そしてあなたを案内しますように」で初めて出る変化音(D♯)は印象的です。伴奏も導音を半音下げて借用和音上の属七で戯れるため、ふわふわと漂う感じ。そして「エルサレム」を何度も繰り返しながらト長調、ホ長調と転調を重ねて、イ長調をドミナントにニ長調に戻ってきます。和音の陰影が変わるたびに、光が異なる方向から差すかのようです。
ハープが加わって最初の形を模倣した後、「そしてラザロとともに」からは頻繁な転調で嬰ハ短調までたどり着きますが、頂点の「永遠の」で大きく舵を切って元の調に戻ります。最後は安定したニ長調のハーモニーで「永遠に保ちますように」が歌われ、作品の冒頭と同じrequiemの言葉で静かに幕を閉じます(この言葉で始まるから「レクイエム」と呼ばれるわけですが、最後も同じrequiemで終えるのは、おそらくフォーレが初めてです)。
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lrg_11064000モリジアニ
掲出した画像は、モリジアニの絵で、彼の描く女は、いずれも「鶴首」のように長いので、感覚的なものとして出してみた。
 
蛇足だか、普通に「鶴首」瓶と言えば、こんなものがある。 

img_192800_24262734_0高麗青磁
 ↑ 高麗青磁鶴首瓶
0924景徳鎮鶴首瓶
↑ 景徳鎮鶴首瓶  


                
イシュタルの門の獅子たち何おもふ異国の地にぞその藍の濃き・・・・木村草弥
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 ↑ ベルリン・シュプレー川の中洲の「博物館島」のペルガモン博物館入口──奥に見えるのが大聖堂
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 ↑ イシユタル門──ペルガモン博物館
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 ↑ イシュタル門・獅子のモザイクの煉瓦壁装飾

   イシュタルの門の獅子たち何おもふ
            異国の地にぞその藍の濃き・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は最新刊の私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。
ご存じの方は目を瞑ってもらって、ここで「ペルガモン」「イシュタル門」のことでWikipediaの記事を引いておく。
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ペルガモン博物館 (Pergamonmuseum) は、ドイツのベルリンにある博物館の1つである。
博物館島にあり、館名の由来にもなっている「ペルガモンの大祭壇」を始めとするギリシャ、ローマ、中近東のヘレニズム美術品、イスラム美術品などを展示する。

博物館島は、ベルリン市内を流れるシュプレー川の中洲であり、かつての東ベルリンに位置する。
中洲の北半分にペルガモン博物館のほか、ボーデ博物館 (Bodemuseum)、旧国立美術館 (Alte Nationalgalerie)、旧博物館 (Alte Museum)、新博物館 (Neue Museum) の計5館の国立博物館が集中している。この地は19世紀半ば、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世によって「芸術と科学のための地域」に定められたものである。

ペルガモン博物館の建設計画は、20世紀初頭の1907年頃から計画されていた。「博物館島」には、1904年、カイザー・ヴィルヘルム博物館(ボーデ博物館の前身)が既に開館していたが、「ペルガモンの大祭壇」を始めとする巨大な展示品を収納するため、新しい博物館の建設が計画された。建築設計は当初アルフレート・メッセルが担当したが、1909年のメッセルの没後はルートヴィヒ・ホフマンが引き継いだ。建築工事は1910年に始まり、第一次世界大戦を挟んで1930年にようやく完成した。

その後、第二次世界大戦の度重なるベルリン空襲でペルガモン博物館を始めとする博物館群は甚大な被害を受けた上、ベルリン動物園近くのツォー高射砲塔に疎開されていたペルガモンの大祭壇は赤軍が戦利品としてレーニングラードに運び去った。美術品が東ドイツに返還され、博物館が再開するのはようやく1959年のことであった。

ギリシャ神殿のような外観をもった本館は「コ」の字形の平面をもち、内部は古代(ギリシャ・ローマ)博物館、中近東博物館、イスラム博物館に分かれている。

東西ベルリンの統一に伴い、ベルリン市内の博物館・美術館の収蔵品は大規模な移動・再編が行われている。1998年にはティーアガルテン公園近くの文化センターに「絵画館」 (Gemäldegalerie) が開館、それまでボーデ博物館とダーレム美術館にあった18世紀までの絵画がここに集められた。博物館島も2004年現在、大規模なリニューアル工事中で、一部の博物館は長期休館しており、完成は2010年の予定である。

主な収蔵品

ヘレニズム期の「ゼウスの大祭壇」、エーゲ海の古代都市ミレトゥスにあった「ミレトゥスの市場門」、バビロニアの「イシュタール門」などが代表的収蔵品である。
ペルガモンの「ゼウスの大祭壇」(紀元前180年-160年頃)-紀元前2世紀、小アジアのペルガモン(現・トルコのベルガマ)で建造された大祭壇が博物館内に再構築されている。全長100メートル以上に及ぶ浮き彫りはギリシャ神話の神々と巨人族との戦い(ギガントマキア)を表したもので、ヘレニズム期の彫刻の代表的なものである。1864年、カール・フーマンらが発見し、ドイツに持ち帰ったものである。
バビロニアの「イシュタール門」(紀元前560年頃)バビロニアの古都バビロンの中央北入口の門を飾っていた装飾が博物館内に再構築されている。青い地の彩釉煉瓦でおおわれた壁面には牡牛やシリシュ(獣の体に鳥のような足、蛇のような首をもった、創造上の動物)を表している。


文献
コンスタンチン・アキンシャ/グリゴリイ・コズロフ『消えた略奪美術品』木原武一訳、新潮社、1997年、ISBN 4-10-535201-6
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ここに引いたように、今のイラクの地にあったイシュタル門その他を、同地を調査したドイツのチームが持ち帰ったものである。

歌集に載る私の歌の一連は、ベルリンの壁崩壊の翌年1990年にベルリンを訪ねたときに作ったものである。

  ペルガモン華麗なる門そのままに掠め来たりてベルリンに据う

         博物館島・ムゼウムスィンゼル
  シュプレー川の青みどろ浮く川の面に緑青の屋根うつす聖堂

  シュロス・ブリュッケゆかしき名残す此の辺り旧王宮の在りしと言へり


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 ↑ ペルガモン博物館正面
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 ↑ ペルガモンの大祭壇
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 ↑ イシュタル門の牡牛のタイルモザイク・部分──モザイクは補修されている

ドイツに持ち去られた現地イラクでは、これだけの建物の返還を求めるのも不可能なので、元の地に「レプリカ」を建ててあるそうである。
念のために、その写真を ↓ 以下、二件とも「レプリカ」
800px-Ihstar_Gate_RBレプリカ
479px-Babylon_detail1_RBレプリカ

こうして見てみると、レプリカは、いかにも稚拙で痛々しいが、今なら、こういう略奪は許されないが、帝国主義はなやかなりし頃は現地の権利など無視された。
だから私の歌では、そういうことへの批判の意味も込めて詠んでおいた。
しかし、ベルリンの博物館の展示は立派で、尊厳を傷つけるところは何もない、と言っておく。
ベルリンに行ったら必見のところである。

遅くなったが「イシュタル」とは、いかなるものなのか、Wikipediaの記事を引いておく。
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450px-Queen_of_the_Night_(Babylon)イシュタル像
 ↑ イシュタル神のレリーフ

イシュタル (Ishtar) は、古代メソポタミアにおいて広く尊崇された性愛、戦、金星の女神。
イシュタルはアッカド語名であり、シュメール語におけるイナンナに相当する。

概要
その親族関係に関しては、異なる伝統が並存する。主なものには、月神ナンナ/シンの娘、太陽神ウトゥ/シャマシュの妹という位置づけがある。他、例えばウルクにおいては天神アヌの娘とされる。

様々な女神と神学的に同定された。主なものはアッカド市の女神アヌニートゥ、バビロン市の女神ベーレト・バビリ(「バビロンの女主」の意)など。ただし、いわゆる母神と同定されることはなかった(よってイシュタルは創造者としての地母神的性格は弱い)。

主な崇拝地はウルク、キシュ、アッカド、バビロン、ニネヴェ、アルベラ。

イシュタルは出産や豊穣に繋がる、性愛の女神。性愛の根源として崇拝されていた一方、勃起不全など性愛に不具合をもたらす女神としても恐れられていた。性同一性障害とも関係付けられ、その祭司には実際に性同一性障害者が連なっていた可能性も指摘されている。また、娼婦の守護者でもあり、その神殿では神聖娼婦が勤めを果たしていた。

イシュタルの正式な配偶神は存在しないが、多くの愛人(神)が知られている。これは王者たる男性が、恋人としての女神から大いなる神の力を分け与えてもらうという当時の思想によっている。最も著名な愛人は、男神ドゥムジ(タンムズ)。イシュタルとドゥムジにまつわる、数多くの神話が知られている。『イナンナの冥界下り』(シュメール語)/『イシュタルの冥界下り』(アッカド語)を初めとするそれらの神話において、ドゥムジはイシュタル(イナンナ)の身代わりとして殺され、冥界に送られる。『サルゴン伝説』においてはサルゴンを見初め、彼を全世界の王に任命する。

しかし、『ギルガメシュ叙事詩』ではギルガメシュを誘惑しようとするものの、イシュタルの愛人に選ばれた男達が不遇の死を遂げていることを知っていたギルガメシュに侮辱され、拒まれた。屈辱を覚えたイシュタルは父であるアヌに泣きつき、アヌは制裁として自分のペットである天の雄牛をギルガメシュに差し向ける。そこでギルガメシュが大人しく詫びれば八方丸く収まったはずだが、ギルガメシュは相棒のエンキドゥと共に天の雄牛を殺してしまった。娘を侮辱された挙句、ペットを返り討ちにされたことで二重に面子を潰されたアヌは大いに怒る。

ギルガメシュは、これ以前にも森の神フンババを自分の力試しのために殺しており、神々の世界では評判が悪かったため、天の雄牛事件を受けてアヌを初めとする神々は遂に彼に死の呪いをかけることを決めた。この呪いはエンキドゥが身を挺して防いだが、ギルガメシュはこれ以降、生者の身にいずれ訪れる死に怯えることとなる。このように、イシュタルはトラブルメーカーとして描かれることもあった。

イシュタルは戦の女神でもあった。戦争に際しては、別の戦神ニヌルタと共に勝利が祈願され、勝利した後にはイシュタルのために盛大な祭儀が執り行われた。その図像は武者姿をしている。

イシュタルは金星を象徴とする女神であり、金星を模した図形がそのシンボルとして用いられることも多々あった。





三代に憂き事もあれ古時計いま時の日に平成刻む・・・・木村草弥
145-4569_IMG古時計大

   三代に憂き事もあれ古時計
     いま時の日に平成刻む・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
「平成」に替わった、早い時期に作ったものだろうと思われる。

今日6月10日は「時の記念日」である。
この歌のように、私の家にも古時計があって、ゼンマイを巻く方式のもので、螺子を巻く仕事は子供に責任を持たされていたものだった。
今の家に建て替えるまでに二度引越しをしたので、いま古時計がどうなったかは判らない。
あるいはどこかに仕舞ってあるかも知れない。

そんなことで、掲出した写真の時計はネット上の「古時計」販売サイトから拝借した。
この時計は明治後期製作の「愛知時計」製のもので、中古品だが58000円の値がついている。
このメーカーは国産時計として割合名前の知られたところである。
この時計などは、まだ値が低い方で、何十万というような高い値のついているものもある。

「時の記念日」ということで、ネット上に載る記事を転載しておく。
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セイコー株式会社(社長:村野晃一)では、2004年の時の記念日(6月10日)にちなんで、現代に生きる日本人を対象とした「時間の過ごし方」についてのアンケートを実施し、男女合わせて500名から回答を得ました。
現代人は、競争社会が激化する中、ビジネスではますます多忙になり、またプライベートにおいても生活環境が変化する中、やりたいこと、やるべきことが積み重なり、時間のやりくりをいかに上手くこなすかが課題となっています。こうした中、人々はどのように時間を管理しているのでしょうか。本調査では、最初に「時間管理が上手くできているか?」、「時間を管理するための考え方や行動は?」といった質問を用意。さらに、時間管理の考え方がストレートに反映される「人との待ち合わせ」について、「待ち合わせる際の約束の仕方」、「待つ時間、待たせる時間の相手別(目上の人、恋人、家族、友人)の許容時間」といった質問に対する回答を求め、相手別、男女別、世代別の意識の違いを分析しました。

さらに、昨年に引き続き、 「日常生活の中で増やしたい時間、減らしたい時間」、「最近、自由な時間が増えているかどうか」といった基本的な質問も用意し、昨年との比較でどのように人々の意識が変化したかを分析し、報告しております。

時の記念日は1920(大正9)年に制定されました。当時の日本人に欧米人なみに時間を尊重する意識を持ってもらう事を願い、生活改善同盟会が「日本書紀」の天智天皇の条、水時計創設の記によって6月10日を選定。時間の大切さをかみしめる日と意義づけられています。

「時の記念日」の認知度について調査したところ、「知っていた」と回答した人が最も多く4割強。「何となく聞いたような気がする」を合わせると、7割以上の人が「時の記念日」の存在を認知しているという結果が出ました。また、年代別で見ると、「知っていた」との回答は年代が上がるにつれて増え、60歳以上では7割近く。また「何となく聞いたような気がする」を合わせた認知度については、40代が93%と最も多いことが判明しました。

意識は高いが実態は…
*意識は高いが、5割以上が不得手と感じている
*遅刻を防ぐために“時計を進める”シンプルな手法を4人に1人が実践
*携帯電話が普及しても、待ち合わせは時刻を指定して

相手を待つなら25分、待たせるなら17分
*目上の人は、待つが待たせない“敬う関係”
*家族は、待たないが待たせる“厳しい関係”
*友人は、待たないし待たせない“節度ある関係”
*恋人は、待ちたいし待たせたい“スイートな関係”

現代人の時間の過ごし方について
*「増やしたい時間」「減らしたい時間」「自由な時間」
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まだまだあるが、以下は省略しておく。
とにかく「現代人」は、時間、時刻に追われている毎日である。
それに、幼い時、若い時に比べて、歳をとると日時の経つのが加速度的に速いのが実感させられる。
絶対的な時間というのは物理的に同じなのに、このような「感覚」というのは、どういうことなのだろう。
「歳月人を待たず」とか「歳月は非情である」とかいう諺があるが、このような諺を作った人は、おそらく老人であって、
私が上に書いたような実感を持ったが故であったろう、と思われる。
「時の日」にあたって私の感慨を披露してみた。


六月の花嫁見ゆるチャペルかな・・・・秋山玲子
c0094541_1017194同志社チャペル

   六月の花嫁見ゆるチャペルかな・・・・・・・・・・・・秋山玲子

この句には「まえがき」があり
<今出川同志社礼拝堂>と書かれている。

同志社大学今出川校地にあるチャペルはアメリカン・ゴシック様式のもので、日本に現存するプロテスタントのレンガ造りチャペルとしては最古のものであり、
重要文化財に指定されている。

「アメリカン・ゴシック」建築についてネット上では、下記のように紹介されている。

純然たるゴシック建築ではありませんが、京都に現存するゴシック建築の特色が見れる建築を挙げておきます。
同志社チャペルの尖塔アーチや壁を支える控え壁(バットレスと言います)がゴシックスタイルの特色です。

同志社チャペル(京都市上京区今出川通烏丸東入ル)
1886年:設計/D・C・グリーン

doshisha1003clarkクラーク記念館

↑ 同志社クラーク記念館(京都市上京区今出川通烏丸東入ル)
1893年:設計/R・ゼール

同志社大学は今出川校地が手狭になったので、先年、今の京田辺市の山手に「田辺」校地を開設した。
ここには工学部と女子大学の全部と「教養課程」の1、2年生が通っているが、ここにも「チャペル」が建てられているが、ネット上で検索出来なかった。
今出川校地の女子大学にもチャペルが別にあるが、ここはアスベストが使用されているとかで、目下は立ち入り禁止のようで、これも検索出来なかった。

kanbaikan寒梅館

写真③は、烏丸通をへだてて西側の新町校地にある2003年新築の「寒梅館」の建物。ここには大小二つのホールと、法科大学院が入っている。
最上階の7階にはフランス料理のSECOND HOUSE will (セカンドハウス ウイル)が入っている。
ここから眺めると東山連峰が目の前にあり、松ヶ崎の大文字山が見える。左に目を移せば、比叡山の稜線が見渡せる。
亡妻の「偲ぶ会」が2006/6/25に催していただいて百人弱の学友たちに集まっていただいたが、その打ち合わせの会を発起人の五人で、このレストランで簡単なディナーを食べた。
おいしかった。
亡妻は法学部出身なので、ここらはゆかりのあるところと言える。

同志社の建物は、どこもみな「レンガ造り」に統一されていて美しい。
田辺校地は丘の稜線上に建物が建っているので、私の住むところからも、目をあげた彼方にレンガの校舎群が見渡せる。

昔は、6月というと梅雨のシーズンで、結婚式は控えられたものだが、西洋のジューンブライドの風習に習ってか、それとも冷房が行き渡って汗ばむこともなくなったので、6月の挙式も普通になってきた。
それでも日本では「仏滅」の日などは敬遠され、「大安」「友引」が混むのは常識になっている。
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折しも、先年の昨日は私の男の孫の結婚式だったが、チャペルでの式で、久しぶりに讃美歌を歌った。
讃美歌は312番と430番で、この歌は結婚式に歌う歌としては定番である。
讃美歌・312番は、同志社はミッションスクールなので、何かの行事があれば、いつも歌われるもの。
「いつくしみ深き 友なるイエスは」という歌詞である。
430番の歌は結婚式専用の歌であり、「妹背を契る 家のうち」という出だしの歌である。
どこの教会の牧師さんか、白皙の外国人で、英語まじりの説教をした。
花嫁の父が、ぼうぼうと泣いていたのが印象的だった。
披露宴では、新郎の祖父として乾杯の音頭を取った。






豌豆の多きところを仏飯に母に供へん七七忌けふ・・・・木村草弥
29c5bea4eddc4ce05ceb-LLエンドウマメ

   豌豆(ゑんどう)の多きところを仏飯に
     母に供へん七七忌けふ・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWebのHPでもご覧いただける。
豌豆は前年の初冬に種を蒔いて発芽させ、一冬を苗で越したあと、春になって育って蔓を出して莢に豆が生るようになる、気の長い作物である。

写真は豆の入った莢(さや)のままのエンドウ豆である。
エンドウ豆には、このように剥いて中の豆だけ食べるものと、莢も一緒に食べる絹莢(キヌサヤ)というものとに二分される。
4E64A04AA27CFD1FAA7D4035CD10DE1C豌豆ご飯

私の歌は豆飯に炊いて仏壇の母の七七忌に供えるというもので21年前の4月に母が死んだ時のものである。
エンドウ豆の時期は5月一杯くらいである。今日の日付で載せるのは、少し時期としては遅い。

写真③がキヌサヤという莢も一緒に食べるものである。
W_endou4052サヤエンドウ

この頃では、この種類は年中ハウス栽培されて出回っている。和食として青みのある副食としてポピュラーなお菜である。

エンドウ豆には、このように2種類あるが、莢のまま食べるのは白豌豆であり、莢を剥いて食べるのは赤豌豆である。これらは「花」の色で区別する。
種を買って蒔いたものはいいが、自家栽培の種を使うと、これらが交配して雑種の豆が出来て困ることがある。
写真④は畑の時の豌豆である。
450px-Doperwt_rijserwt_peulen_Pisum_sativumえんどう豆

この頃では剥き豆はグリンピースとして冷凍されて年中出回っている。しかし固い実であることが多く、採れたての旬の剥き豆の食感とは比べ物にはならない。
採れたての柔らかい豆に、少し塩味をきかせた豆飯は、季節の炊き込み飯として何とも言えない風味を持っている。

古来、俳句にも詠まれてきたので、それらを引いて終わる。

 豌豆の手の枯れ竹に親すずめ・・・・・・・・飯田蛇笏

 びしよぬれの豌豆摘むやほととぎす・・・・・・・・石田波郷

 ゑんどうの凛々たるを朝な摘む・・・・・・・・山口青邨

 豌豆の煮えつつ真玉なしにけり・・・・・・・・日野草城

 豌豆の実のゆふぐれに主婦かがむ・・・・・・・・山口誓子

 酒よろしさやゑんどうの味も好し・・・・・・・・上村占魚

 妻たのし初豌豆の厨ごと・・・・・・・・長谷川春草

 絹莢のうす味の母在りしかな・・・・・・・・山崎秋穂



ひっそりと卯の花匂う露地を来て今は秘密とするものもなく・・・・鳥海昭子
unohana2卯の花

   ひっそりと卯の花匂う露地を来て
     今は秘密とするものもなく・・・・・・・・・・・・・・・・鳥海昭子


「卯の花」は「ウツギ」のことである。
昔の文部省唱歌に

  <卯の花の匂う垣根にほととぎす早も来なきて忍び音もらす夏は来ぬ>

というのがあり、子供の頃から、この植物の名前は知っていた。
花言葉は「秘密」という。
鳥海昭子さんの歌は、この花言葉を巧みに取り入れて詠われている。
この歌に添えた作者のコメントには

    <年を重ねると隠し事も少なくなるものですね。>

とある。

この花は万葉集には24首に登場するという。その多くが、霍公鳥(ほととぎす)とセットで詠まれている。
ここから、先に書いた文部省唱歌の「卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて・・・」という歌が生まれてくるのであった。
この詩の作詞者は、佐佐木信綱である。

万葉集の大歌人・大伴家持の歌に

  卯の花のともにし鳴けば霍公鳥いやめづらしも名告り鳴くなへ(歌番号4091)

というのが知られている。
さらに時代がすすんで『古今和歌集』を経て俳諧の世界にも引き継がれ、芭蕉の『奥の細道』の「白河の関」の章には、旅中の点描として使われている。
陰暦4月の「卯月」は卯の花の咲く月という認識である。「卯の花腐し」「卯の花月夜」などの季語にも登場する。

unohana08卯の花接写

以下、この花を詠んだ句を引いて終わる。

 押しあうて又卯の花の咲きこぼれ・・・・・・・・・・・・正岡子規

 顔入れて馬も涼しや花卯木・・・・・・・・・・・・前田普羅

 卯の花の夕べの道の谷へ落つ・・・・・・・・・・・・臼田亜浪

 花うつぎみごもることをひた惵(おそ)れ・・・・・・・・・・・・安住敦

 卯の花に用無くて人訪ねたり・・・・・・・・・・・・橋間石

 かすみつつこころ山ゆく花うつぎ・・・・・・・・・・・・飯田龍太

 卯の花を高野に見ては涙ぐむ・・・・・・・・・・・・沢木欣一

 卯の花に雨のはげしくなるもよし・・・・・・・・・・・・細見綾子

 前(さき)の世もかく散り敷きし卯の花か・・・・・・・・・・・・中村苑子

 卯の花や流れは鍬を冷しつつ・・・・・・・・・・・・飴山実

 卯の花に豪雨吹くなり鮎の淵・・・・・・・・・・・・橋本鶏二

 卯の花や一握となる洗ひ髪・・・・・・・・・・・・鷲谷七菜子

 ところどころの卯の花に触れてゆく・・・・・・・・・・・・岡井省二

 卯の花の月夜の声は室生人・・・・・・・・・・・・大峯あきら

 谷咲きの初の卯の花機神に・・・・・・・・・・・・神尾久美子

 卯の花へ鎮まる雨の白さかな・・・・・・・・・・・・藤本映湖






雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ/サウイフモノニ/ワタシハナリタイ・・・・宮澤賢治
img_1170918_60100808_5宮沢賢治

       雨ニモマケズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮澤賢治

     雨ニモマケズ
     風ニモマケズ
     雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
     丈夫ナカラダヲモチ
     慾ハナク
     決シテ瞋ラズ
     イツモシヅカニワラッテヰル
     一日ニ玄米四合ト
     味噌ト少シノ野菜ヲタベ
     アラユルコトヲ
     ジブンヲカンジョウニ入レズニ
     ヨクミキキシワカリ
     ソシテワスレズ
     野原ノ松ノ林ノノ
     小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
     東ニ病気ノコドモアレバ
     行ッテ看病シテヤリ
     西ニツカレタ母アレバ
     行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
     南ニ死ニサウナ人アレバ
     行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
     北ニケンクヮヤソショウガアレバ
     ツマラナイカラヤメロトイヒ
     ヒドリノトキハナミダヲナガシ
     サムサノナツハオロオロアルキ
     ミンナニデクノボートヨバレ
     ホメラレモセズ
     クニモサレズ
     サウイフモノニ
     ワタシハナリタイ

     南無無辺行菩薩
     南無上行菩薩
     南無多宝如来
     南無妙法蓮華経
     南無釈迦牟尼仏
     南無浄行菩薩
     南無安立行菩薩

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底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十三巻(上)覚書・手帳 本文篇」筑摩書房 1997(平成9)年7月30日初版第1刷発行

まだ夏が始まったばかりなのだが、岩手県や宮城県など太平洋岸は「冷夏」──東北で言う「やませ」に悩まされてきた。
掲出した賢治の詩は、そういう「やませ」に際して詠まれた作品である。
私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に次のような一連がある。

     みちのく飢饉・・・・・・・・・・・・木村草弥

  やませ吹き稔らぬ村を賢治詠むサムサノナツハオロオロアルキ

  稔らざる粃(しひな)ばかりの稲藁を焼き払ひゐる男の無念

  米穫(と)れず白湯(さゆ)のみゐるかみちのくは茶も売れぬなり平成五年

  みちのくに米穫れざればわが商ひ三割減りて師走に入りぬ

  農すてていづかたに移りゆくらむか「転居先不明」の数おびただし

  歩いても駈けても年は詰まり来て唄はぬ喉を師走風過ぐ

この作品の中の日付を見ると、平成五年が東北の大冷害だったことが判る。
先年、東北に旅したが、その折、この「やませ」というのが低温で濃い霧が立ち込め、何日も何日も日射しが遮られて日照不足で稲が稔らないのだということを体験した。

先年の三月には東日本大震災と大津波に三陸は見舞われた。
宮澤賢治が生きていたら、どんな作品を書いただろうか。

葭切のさからひ鳴ける驟雨かな・・・・・渡辺水巴
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   葭切のさからひ鳴ける驟雨かな・・・・・・・・・・・・渡辺水巴

葭切はウグイス科の小鳥でオオヨシキリコヨシキリがいるが、普通、オオヨシキリの方を言う。
5月に南方から飛来し、主に葭原などの直立する高い草に棲む。
「行々子」とも書くが、これはギョギョシ、ギョッ、ギョッという鳴声から来るものである。
葭の茎に横止まりする。茎を裂いて髄に居る虫を食べるために、この名前がついたという。
初夏から秋まで日本に居て、冬は東南アジアに渡ってゆく。
掲出の写真では昨年の古い葦の茎に止まっているので姿がはっきり見えているが、子育て、営巣の頃は葉が茂って彼らの声はすれども、姿は見えないのが普通である。
新緑の葭に止まって啼く時の写真を出しておく。
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念のために書いておくと「葦」と「葭」とは同じ草で呼び方が違うだけである。

古来、俳句には多く詠まれてきたので、それを引いて終わる。

 能なしの眠ぶたし我を行々子・・・・・・・・松尾芭蕉

 行々子大河はしんと流れけり・・・・・・・・小林一茶

 行々子どこが葛西の行き留まり・・・・・・・・小林一茶

 トロッコの過ぎて静やよし雀・・・・・・・・高浜虚子

 葭切のをちの鋭(と)声や朝ぐもり・・・・・・・・水原秋桜子

 揚げ泥の香もふるさとよ行々子・・・・・・・・・木下夕爾

 月やさし葭切葭に寝しづまり・・・・・・・・松本たかし

 葭雀二人にされてゐたりけり・・・・・・・・石田波郷

 葭切や蔵書のみなる教師の死・・・・・・・・大野林火

 葭切も眠れぬ声か月明し・・・・・・・・相生垣瓜人

 葭切の鳴き曇らしてゆく空よ・・・・・・・・波多野爽波

 葭切や未来永劫ここは沼・・・・・・・・三橋鷹女



重たげなピアスの光る老いの耳<人を食った話>を聴きゐる・・・・木村草弥
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   重たげなピアスの光る老いの耳
     <人を食った話>を聴きゐる・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
この歌の前には

   一つ得て二つ失ふわが脳(なづき)聞き耳たてても零すばかりぞ・・・・・・・・・・・木村草弥

というのが載っているので、一体として鑑賞してもらいたい。
この歌については私が兄事する米満英男氏が同人誌「かむとき」誌上に批評文を書いていただいた中で触れて下さった。
リンクにしたWebのHPでもご覧いただけるので読んでもらえば有難い。
敢えて、ここに書き抜いてみよう。

 <何とも言えぬユーモア、あるいは洒脱な語り口からくる、本音に近い発想の楽しさを湛えている作品を抜き出して みよう。・・・・・車内で見た<老婦人>であろう。
隣の老人の語る<人を食った話>、つまり人を馬鹿にした話を  じっと聴いている。そしてその話をまた作者自身も、思わず聴いてしまう>

というのである。場面設定については読者によって違っていて、よいのである。
米満氏の批評は、私がユーモアないしは皮肉を込めて描きたかったことを、ほぼ書いていただいたと思う。
この歌で私が表現したかったのは<人を食った話>というのが眼目である。
その米満氏も亡くなって寂しくなった。 ご冥福をお祈りしたい。

ピアスその他の装飾品を身にまとうのは古代の風習であった。
今でも未開な種族では、こういう装飾品をどっさりと身につける習俗が残っているが、文明世界でも、この頃は装飾品が大はやりである。
耳ピアスどころか、ボディピアスとか称して臍のところにピアスはするわ、鼻にするわ、脚にはアンクレットというペンダント様のものを付けるなど、ジャラジャラと身にまとっている。
中には、ヴァギナのクリトリスの突起にピアスをするようなのも見られる。
こんなものをしてセックスのクライマックスの時に支障がないのかと、余計な気をもんだりする始末である。

私の歌にも描写している通り、この頃では老人も耳ピアスなどは普通になってきた。
最初には違和感のあったものが、このように一般的になると、そういう気がしないのも「慣れ」であろうか。




高野岬歌集『海に鳴る骨』・・・・木村草弥
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       高野岬歌集『海に鳴る骨』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・角川書店2018/05/25刊・・・・・・

角川書店から標記の歌集が送られてきた。私には未知の人である。
角川書店編集部の打田翼氏か、三井修氏の指示によるものだろう。
高野氏は短歌結社「塔」の会員だという。
私には「塔」には知人が何人か居る。
三井修氏には私の第五歌集『昭和』(角川書店)の「読む会」を東京で開いてもらったときに万般の設営のお世話になった。
三井氏との縁は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)出版記念会のときに出席して批評いただいた時以来、さまざまな世話になっている。
私の第二詩集『愛の寓意』(角川書店)には詳細な「栞文」を頂戴した。
「塔」選者の真中朋久氏には私の第六歌集『無冠の馬』(角川書店)の紹介を京都新聞「詩歌の本棚」の新刊のページで詳しくしていただいた。

前書きが長くなった。本論の、この本の批評に入りたい。
高野氏のことは何も分からない。「あとがき」や「著者略歴」にも何も書かれていない。生年月日も分からない。
この本には「栞」が挿入されていて、加藤治郎「未来の喪失」、川野里子「海が見つめる命」、三井修「立ち上がる景」が書かれている。
それぞれ二ページ半の文章である。掲出した図版のカバー部分にも、その要約が見られる。
三井氏の「栞」文にも「若い女性」とあるだけで何のヒントもないが、その栞文の冒頭の部分を引いてみよう。

<高野岬さんが横浜桜木町にあるNHK文化センターの私の教室に入ってこられたのはもう十年程前であった。・・・・・
葉山のマンションで絵をご趣味とするご主人と二人暮らしであること、お子さんはいないが犬を飼っていること、そしてその犬が死んでしまったこと、また、最近、頭部の手術をされたことなどが作品から窺われる。更に、クッキーなどお菓子作りの腕前もプロ級らしい。・・・・・>

高野氏は「息を掬ふ」三十首の作品で平成29年の「塔新人賞」を受賞されたという。
そのときの作品29首を含む「息を掬ふ」項目の歌が見られる。

*ワンピース風に飛ばされないための棒として駅のホームに立てり
*矢印して「海」と一文字書かれゐる東口から出づ 我が家へ
*定住組少なきリゾートマンションが暮るるにつれて黒くなりゆく
*潮見つつ聴くシンフォニー何処にゐてもブラームスなら信用できる
*海に眼を据ゑつつ夫は衿立てて手品のやうにネクタイをする
*綱つけて散歩するもの失ひて浜へ出ること少なくなりぬ
*都心から従ひて来て朝羽振る波を怖れし海(カイ)といふ犬
*スロープの切れる辺りで四階の吾を振り仰ぐ 君は必ず

この項目に載る歌から引いてみた。
冒頭の「風に飛ばされないための棒」と自分の体を捉えた比喩は目を引くだろう。
「犬」にまつわる歌は多い。巻頭から犬のまつわる歌が出てくる。
いちいち引くことはしないが、子供さんが居ないというので関心が犬にあったのだろう。 その犬が死んだのである。

*栗鼠が鳴くことなども知る社を退きし君と住みゐるこの半島で
*「裏駅」と呼ばるる鎌倉西口で夫待つ我は故郷もなく
*八重洲口出でて日傘を押しひろげ灼くる通りを眩みつつ行く
*踝のかたちが我と同じなり病室に父の足を見てゐる
*よその家の味噌汁飲めぬことなども我が眷属のくらさと思ふ
*海見つつ我等は日々に物を食む木の椅子ふたつ横に並べて

「族」うから─の歌を並べてみた。

その他、二人暮らしなので「旅」の歌も多い。いちいち引くことはしないが
<よもぎ麩の最後のふた切れ椀に入れ京都旅行のおしまひとする>
<珈琲を持つ手の揺れぬ米原でのぞみに越さるるひかり車内に>
<春の野に四つ葉さがせり香具山を描ける君を定点として>   などの歌が見られる。

この本に描かれる景は、ゆるやかに、さりげなく流露する。
<珈琲にさらさら砂糖を入れながら幾つの季節が過ぎただらうか>
<リビングの窓から見つつ住みをれば富士は我が家の重心となる>
<君の亡きあとも浜辺を歩くだらうその日も鷗が飛び立つだらう>
<吹き終へしハモニカ暗き客席にふはりと抛れり井上陽水>
<烏賊の内臓ごふつと流しに引き出しぬ墨の袋はみづかねの色>

小さな幸せの日々と言えるだろう。

*遺言を書く夫を避け春のうた口ずさみつつ掃除す我は
*ドヴォルザークで朝始むれば暮るるまで聴きてしまひぬドヴォルザークを
*夜の浜にフィフィと鳴くもの知りたしと言へど夫にはそれが聞こえず
*幸福であるんだらうなと思ふとき水平に飛ぶ朝のかもめ
*「明るい絵」描くと言はるる夫が今朝パレットに溶くコバルトブルー
*「配偶者」の項目のなし問診票[あなたの家族の病歴」欄に

「夫」にまつわる歌を集めてみた。

いよいよ巻末の「海に鳴る骨」の項目の歌に移りたい。

*ホトトギスの啼かない夏と思ひつつ書き込みのない暦を捲る
*ファイル手にFとふカウンター目指し病院内の往来をゆく
*「九割の完治」を聞けば忽ちに眼は一割を凝視してゆく
*三月後の病院の我思ひつつ祝はれる夜のビールほろ苦

詳しくは分からないが頭部の手術は悪性のものではなかったようだ。
「海に鳴る骨」とは、具体的に何を指すのだろうか。 
多くは語られないままに、海に「散骨」された犬の骨か、いつかは散骨されるかも知れない自分たちの「骨」の鳴る音なのか、さまざまに受け取られよう。

若い、才能ゆたかな作者の登場を祝いたい。
平穏に過ぎゆく世界を詠った歌集として仕方のないこととは思うが、いま一歩「起承転結」があれば、と思ったりする。
今後の推移を見守りたい。
ご恵贈ありがとうございました。               (完)


フェロモンを振りまきながら華やぎて粧ひし君が我が前をゆく・・・・木村草弥
androstanアルファ・アンドロスタンディオール

   フェロモンを振りまきながら華やぎて
     粧(よそほ)ひし君が我が前をゆく・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
この歌にいう「君」とは誰でもよいが、残念ながら私の妻のことではない。

フェロモンというのは、ファーブルの「昆虫記」にも登場する古くから知られる物質であって、昆虫などが雄とか雌を誘引するのに分泌するホルモンである。
今では害虫を駆除する農薬の代わりに、このホルモンが実用化されている。
茶の葉を害するチャカクモンホソガというのが居るが、この駆除にホルモンが開発され実用化されている。
農薬は人間にも害を及ぼすが、こういう生物農薬と言われるものは何らの害もないので有益である。
従来の学説では、人間には器官の退化によりフェロモン効果はないとされてきたが、最近の研究により、
人間にも、その器官の存在が認められため、ここ2、3年の間にフェロモンが急速に脚光を浴びてきた。
フェロモンは鼻の中にある「ジョビ器」という器官で感知するため、本来は匂いとは無関係の物質である。
写真①はヒトフェロモンと称される物質アルファ・アンドロスタンジオール誘導体の模式図である。

この頃では「フェロモン系女優」というような形容詞を使われるようになって来たが、実験の結果では、確かにヒトフェロモンは有効らしいが、人間は、もっと他の、たとえば映像とか視覚とかいうものに左右されることが多いので一筋縄ではゆかないものであろう。

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写真②は、そういうフェロモン香料化粧品の宣伝に使われているものである。
これも、いわゆる「イメージ広告」である。実際の効果とは関係がない。
最近の研究成果を見ると、いろいろ興味ふかいことが載っている。

ナシヒメシンクイという害虫の小さな蛾の雄が出すフェロモンにエピジャスモン酸メチルMethyl epijasmonateというのがあるが、
これは面白いことに、香水の女王と呼ばれるジャスミン香の主要な香り成分でもある。
写真③は、そのフェロモンの模式図。
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人間と蛾が同じ匂いに引きつけられるというのも興味ふかい話ではないか。

私の歌の関連で言うと、女の人に、いわゆる「フェロモン系」と言い得る人は確かに居る。
それがヒトフェロモンのせいばかりとは私は言わないが、そういう魅力たっぷりの人には男性を惹きつけるフェロモンのもろもろが濃厚に発散されているのだろう。
そんな意味で私がメロメロになった女性が(もちろん美貌である)我が前をゆくのであった。


「未来山脈」掲載作品・2018/06 「キティちゃん」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(6)

       キティちゃん・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
               ・・・・・・2018年6月号掲載・・・・・・

   いつだったか夕刊のコラムに「難民かザクレブで女児保護」と

   微笑む小さな女の子の写真が添えられていた

   三歳ぐらいで名前も国籍も言葉もわからずバスに取り残されていた

   ザクレブ近郊の公園から難民集団を運ぶバスの近くに座り込んでいた

   きちんと躾けられた行儀のよい子、と書いてある

   ウルドゥ語にわずかに反応するという

   ウルドゥ語と言えばパキスタンからの長旅だったか

   着ている服は流行の子猫のキティちゃんのアップリケ

   明るい表情が早くも身につけた曖昧な作り笑いに替わり

   その後の報道はないが、その胸のキティちゃんののんびり顔が悲しい
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「未来山脈」誌に復帰して半年が経った。
今まで、亡妻の闘病との伴走のために歌壇から引いた時から「短歌結社」に所属していなかった。
その間も角川書店短歌編集部からは一年か一年半の間隔で作品を求められ、随時、作品が掲載されてきた。
その間、このブログを拠点としてヴァーチャルな世界には関わってきたし、いくらかの作品は「詩」「短歌」の紙媒体の作品として「本」として上梓してきた。
しかし、どこか結社に所属していないと「定型」としてのは「発想」が衰えてしまうことに気付き、光本先生の許に身を寄せることにしたのである。
今さらながら「発想」の枯渇に愕然とする始末である。もとより「加齢」ということに大きな要因があろうが、今となっては地道に歩むしかない。
結社に復帰して半年の感慨である。







白菖蒲過去なくて人生きられず・・・・稲垣きくの
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     白菖蒲過去なくて人生きられず・・・・・・・・・・・・・・稲垣きくの

「花菖蒲」はアヤメ科の多年草。「ノハナショウブ」の栽培変種で、観賞用に水辺・湿地に栽培され、品種が多い。
先日、カキツバタについて書いたところで、それらの違いについて触れておいた。
江戸時代から多数の品種が作られ、広く栽培されて、菖蒲園には愛好家がつめかけたという。
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先日、カキツバタのことを載せたBLOGで、関連として菖蒲あやめのことを書いたところで、菖蒲は6月にならないと咲かないと言ったが、これは間違いで、
5月中旬からそろそろ咲き始めるということである。
菖蒲田が満開になり田一面が花で埋まるのが5月下旬から6月上旬にかけてのことである。
私の住む辺りでは豊富な地下水を利用して各種の花卉栽培が盛んだが、5月中旬には「菖蒲まつり」が開催され、来会者に花菖蒲3本づつがプレゼントとして配られるという。
掲出する写真はいずれも菖蒲あやめである。色や柄もいろいろのものがある。私などは、やはり紫色が好きだが、これは各人の好みだろう。
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私より二つほど年長の花卉栽培専業農家の人が居て、先日の端午の節句には菖蒲をたくさん戴いた。
これは露地のものではなく、ビニールハウスによる促成栽培のものである。
栽培農家としては蕾のうちに出荷し、花屋ないしは消費者の手元についてから花が開くようにするのが普通であるので、
私の方に戴いたのも、もちろん蕾のものであった。花が開いてからは開花期は短く二日ほどで萎れてしまう。
こういう端午の節句の菖蒲とか、お盆の蓮の花とかいう、期日の決まったものは期日に合せて出荷しなくてはならず、それまで花を保存するために
「冷蔵庫」を設置するなど多くの投資が必要である。
一時的に花を切る必要があるので、その時は臨時に人を増やして雇うこともあり、なかなか端(はた)から見て羨むほど楽な仕事ではないらしい。
こういう一時的な需要の集中する花は、その日が過ぎると、とたんに花の相場は大きく下がるのである。
この辺に農家としても経営的な手腕が求められるのである。
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俳句にもたくさん詠まれているが少し引いておきたい。

 夜蛙の声となりゆく菖蒲かな・・・・・・・・水原秋桜子

 花菖蒲ただしく水にうつりけり・・・・・・・・久保田万太郎

 花菖蒲紫紺まひるは音もなし・・・・・・・・中島斌雄

 雨どどと白し菖蒲の花びらに・・・・・・・・山口青邨

 菖蒲剪つて盗みめくなり夕日射・・・・・・・・石田波郷

 菖蒲見に淋しき夫婦行きにけり・・・・・・・・野村喜舟

 黄菖蒲の黄の映る水平らかに・・・・・・・・池内たけし

 花菖蒲ゆれかはし風去りにけり・・・・・・・・高野素十

 菖蒲髪して一人なる身の軽さ・・・・・・・・田畑美穂女

 京へつくまでに暮れけりあやめぐさ・・・・・・・・田中裕明

 花菖蒲水のおもてにこころ置く・・・・・・・・加納染人

 白菖蒲空よりも地の明るき日・・・・・・・・中村路子

 ほぐれそめ翳知りそめし白菖蒲・・・・・・・・林翔

 咲きそめて白は神慮の花菖蒲・・・・・・・・藤岡筑邨

 てぬぐひの如く大きく花菖蒲・・・・・・・・岸本尚毅

 花菖蒲どんどん剪つてくれにけり・・・・・・・・石田郷子

 菖蒲田のもの憂き花の高さかな・・・・・・・・糸屋和恵
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「菖蒲しょうぶ」と「あやめ」は厳密には区別されているらしい。
アヤメは野生のものを指し、菖蒲は栽培種を指すらしい。「属」が同じものか違うのか、などは判らない。一応お断りしておく。



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