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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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POSTE aux MEMORANDUM(8月)月次掲示板
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東日本大震災から九年。 被災された方々に
心よりお見舞い申上げ、死者に哀悼の意を表します。
一日も早い復興をお祈りいたします。 原発の放射能には怒りを。
                                 木村草弥
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このトップページは「月次掲示板」です。最新記事は、この次から始まります。 ↓
011紅蜀葵
 ↑ 紅蜀葵(こうしょっき)

八月になりました。
今月は鎮魂と非戦の誓いの月です。

 天保の時代に顕微鏡をうたいたる短歌が話題 話しつつ行く・・・・・・・・・・・・・・・佐佐木幸綱
 戦ひを中に措きたる九十年辛くも生き得し吾ここに在り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 清水房雄
 思ふべしネルソン・マンデラ九十五歳の顔を作りし人間の世を・・・・・・・・・・・・・・米川千嘉子
 くすり服むたびにおもへり一兵の柊二が師より賜びし「薬」を・・・・・・・・・・・・・・・・・ 武田弘之
 むき出しの額に銃弾撃たれしをだれか写しぬだれかを憎む・・・・・・・・・・・・・・・・ 中川佐和子
 野鳥らは地球の地震察知するや ふと思ひつつこゑを仰げり・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 松阪弘
 釘ぬきに抜かるる釘の鈍き音に浮かび来父の太き親指・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時田則雄
 わりなけれわりなけれどもわが目交をひるがへり過ぐるを蝶も時も・・・・・・・・・・ 照屋眞理子
 ファシズムの影濃くなりてすでにわが帰る国にはあらず日本は・・・・・・・・・・・・・・・ 渡辺幸一
 炎熱の路面は白く明るめりいゆく生類の影一つなし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 春日真木子
 手花火の賑はひ聞けば遠き日のわが子のすがた目にうかびくる・・・・・・・・・・・・・・小野雅子
 人は人を亡くせしのちも生きてゆく死とはさういふものにしあれば・・・・・・・・・・・・・・雨宮雅子
 榛原は拝原ならむ樹とわれの祈りひびかひ空にしたたる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 萩岡良博
 いちじくのジャム食みをれば口中に粒々と鳴る母もありなむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・櫟原聰
 降るものは迅しうるはし隕石も人間もつひにまたたきの塊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喜多弘樹
 海にかへる子亀のやうだはだか児は這ひ這ひをしてうれしさうなり・・・・・・・・・・・・・小谷陽子
 材木を切る職人の肌脱ぎの汗 唐獅子の彫り物綺麗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 藤原龍一郎
 見せられたままを信じる素朴さを昭和のどこかに置き忘れけり・・・・・・・・・・・・・・・武藤ゆかり
 耳奥のリンパのゆらぎ朝床に人となるべくかたちひき寄す・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 久我田鶴子
 ときをりは怪しげなれど蜻蛉は蜻蛉らしきふるまひに飛ぶ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 阪森郁代
 すさまじい愛の言葉は憎しみに見える角度を持つかたつむり・・・・・・・・・・・・・・・・・ 千種創一
 水母より西へ行かむと思ひしのみ・・・・・・・・・・・・藤田湘子
 滝壺をやがて去る水青き真昼・・・・・・・・・・・・・・・・・山本勲
 ナガサキ全滅の報耳にあり夏野 ・・・・・・・・・・・・・舛田瑤子
 昭和史の影の張りつく八月よ・・・・・・・・・・・・・・・ 中島伊都
 菜殻火の昨日へ続く母郷かな・・・・・・・・・・・・・・・藤原月彦
 古書店に昼寝中てふ手書き札・・・・・・・・・・・・・・・・ 金子敦
 夏服のほんのぼたんの掛け違ひ・・・・・・・・・・・・ 津野利行
 福助に届く団扇の余り風・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 杉山久子
 古本に昭和を嗅ぎぬ蝉時雨 ・・・・・・・・・・・・・・・ わだようこ
 黄身潰す朝の儀式やかなかなかな・・・・・・・・・・ 榎本祐子
  影踏みに影のあつまる長崎忌・・・・・・・・・・・・・・河西志帆
 しばらく遠出鳥の手紙をふところに・・・・・・・・・・・ 小池弘子
 桐は実に奇数は次の数を待つ・・・・・・・・・・・・・・ 折勝家鴨
 ひらひらと落ちる信じているものは・・・・・・・・・・・・月波与生
 鬼灯の赤きがうれし誰か来る・・・・・・・・・・・・・・・・市堀玉宗
 大海を呼ぶ指笛の飛び魚ら・・・・・・・・・・・・・・・・・豊里友行
 台風圏四角くたたむ明日の服・・・・・・・・・・・・・・・ 柏柳明子
 マスカットとサラダボールの接地面・・・・・・・・・・・・・神山刻
 夏うぐいす自己陶酔のありにけり・・・・・・・・・・・・・平山圭子
 猫が触れゆくしずかな柱夏の家・・・・・・・・・・・・・森央ミモザ
 あんたがたどこさ翡翠がうしろにも・・・・・・・・・・・・森田緑郎
 逃げ水のどこにも逃げ場なき瓦礫 ・・・・・・・・・・・・有村王志 
 旅楽し京に浪速に鱧尽し・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハードエッジ
 空蝉や脳に沁みたる未完の詩・・・・・・・・・・・・・・吉田透思朗
 夏山に雨の襞なす無辺なり・・・・・・・・・・・・・・・・・佐藤紀生子
 鬼百合やひとり欠伸はを手添えず・・・・・・・・・・・ 川崎千鶴子
 竜神の潟辺に住んで盆踊り・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 舘岡誠二
 金曜日炎帝の吹くトランペット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 佃悦夫
 遠ざかる漢(おとこ)のごとく八月も・・・・・・・・・・・・・ 柚木紀子
 抑止力てふ恐ろしき大夕焼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鈴木幸江
 熱帯夜言葉出て行く歯の透き間 ・・・・・・・・・・・・・・・ 水上啓治
 体臭や向日葵の海ぎらぎらす・・・・・・・・・・・・・・・・佐々木義雄
 星の寿命の最後は爆発合歓の花・・・・・・・・・・・・・・・高橋明江
 辞儀交す乳房の気配百日紅・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今野修三
 かたつむりあしたは海へゆくつもり・・・・・・・・・・・・ 北村美都子
 スーパームーン蛍袋は墓標です・・・・・・・・・・・・・・・・河原珠美
 秋さがす拾った言葉はポケットに・・・・・・・・・・・・・・・・石山一子
 熱帯夜おのれ自身がお荷物で・・・・・・・・・・・・・・・・・・市原正直
 なみなみと水を花瓶(けびょう)に原爆忌・・・・・・・・・・北畠千嗣
 日盛りのマネキンの指空つかむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・盛蓉子
 糠床に一本の釘秋に入る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桑田佳穂
 口中のガレの葡萄が熟れてくる・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岩根彰子
 炎天のくわわと山羊の糞小山・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木牛後


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著書──
 歌集 『茶の四季』 (角川書店刊)
 歌集 『嘉木』 (角川書店刊)
 歌集 『樹々の記憶』 (短歌新聞社刊)
 歌集 『嬬恋』 (角川書店刊)
 歌集 『昭和』 (角川書店刊) 
 歌集 『無冠の馬』 (KADOKAWA刊)
 歌集 『信天翁』 (澪標刊) 
 詩集 『免疫系』 (角川書店刊)
 詩集 『愛の寓意』 (角川書店刊)
 詩集 『修学院幻視』 (澪標刊)
 紀行歌文集 『青衣のアフェア』 『シュベイクの奇行』 『南船北馬』(私家版)

木村草弥の本について
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てのひらに蝉のぬけがら ぬけがらを残して人はただ一度死ぬ・・・永田和宏
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  てのひらに蝉のぬけがら ぬけがらを
      残して人はただ一度死ぬ・・・・・・・・・・・・・永田和宏


この永田和宏の歌は「蝉のぬけがら」を見た目から「人間の生死」にまつわる死生観に話を振って秀逸である。
この歌は『角川現代短歌集成』③巻 から引いた。初出は『風位』(03年刊) 永田和宏については ← に詳しい。

私の第二歌集『嘉木』(角川書店)にも、次のような蝉の抜け殻を詠んだ歌がある。

  空蝉は靡ける萱(かや)にがつしりとすがりて残る 青蝉よ翔べ・・・・・・・・・・・木村草弥

写真の蝉はアブラゼミかと思う。
二番目の写真から三枚つづけてアブラゼミの羽化の様子を載せる。
ll0021.kuma羽化①

二番目の写真は地中から這い出てきて、羽化するために足場をがっしりと固めた様子。
地中から這い出て来るのは目撃者によると夜8時頃からという。
羽化の途中は蝉の肌も弱く、敵に襲われたら一発でアウトなので慎重らしい。
羽化に失敗するのが、いくつもあるらしい。
一番目の写真のように葉っぱにすがって羽化するのもあり、地中から出て来た環境なりに羽化する足場を探すらしい。
いよいよ羽化がはじまり、幼虫の背中が割れて蝉が外に半身を乗り出した様子。
ll0031.kuma羽化②

この姿勢から下の方にのけぞり、全身が外に出た後、足で殻に捕まって、のけぞり姿勢を正し、ゆっくりと時間をかけて羽や全身を伸ばす。
羽にも血液が流れ、蝉の成虫の羽の大きさと色になってゆく。
この姿勢の時間は一晩をかけて、ゆっくりと行われる。こうしてアブラゼミならアブラゼミなりの大きさと色に変わってゆくのである。
昆虫の場合には「変態」という用語を使うこともあるが、蝶や蝉など羽が生えて空を飛ぶものには「羽化」という言葉がふさわしい。
ll0011.kuma羽化③

四番目の写真では、羽化が終った蝉が抜け殻から離れたところに静止しており、右側に抜け殻が見えている。写真で見るかぎり、まだ体の色はアブラゼミにはなり切ってはいない。
朝になれば羽化した蝉は餌(樹液など)や配偶者を求めて飛び立たなければならないから、それまでに全身を成虫の体にしておかなければならない。
蝉の成虫の命はせいぜい10日か2週間と言われている。地中で木の根から樹液を吸って生きる数年の期間のことを考えると、誠にはかない命と言うべきだろう。
その故に日本人は古来から多くの詩歌に詠んできたのである。
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以下、私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載る一連の歌を引用する。
これらはWeb上のHPでもご覧いただける。

     青蝉よ翔べ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   別離とは白き紙かも夏逝くといのちの影をうつしてゐたり

   かるかやにすがりて羽化を遂げし蝶あしたの露にいのち萌え初む

   空蝉は靡ける萱(かや)にがつしりとすがりて残る 青蝉よ翔べ

   青蝉は野仏の耳をピアスとし脱皮の殻を残しゆきけり

   野仏の遠まなざしのはたてなる笠置山系に雲の峰たつ

   <汗匂ふゆゑにわれ在り>夏草を刈りゐたるとき不意に想ひぬ

   ひたすらに地に生くるもの陽炎(かぎろ)ひて蟻の行列どこまでつづく

   罪いくつ作り来しとは思はねど差しいだす掌(て)に蟻這はせをり

   蟻の列孜々(しし)と励みし一日は日の昏れたれば巣穴に戻る

   呵責とも慰藉(いしゃ)ともならむ漂白の水に漉かれて真白き紙は

   翔べるものわが身になくて哀しめば蜻蛉(あきつ)は岸の水草を発つ

   身も影もみどりとなりて畦(あぜ)渉る草陽炎の青田つづける

   法師蝉去(い)んぬる夏を啼きゆくははかなきいのちこそ一途なれ





むずかしいことに/飽いて/どうしてもカンタンにしたい/では/イチニのサン・・・三井葉子
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──三井葉子の詩──

       木槿のはな・・・・・・・・・・三井葉子

     むずかしいことに
     飽いて

     どうしてもカンタンにしたい

     では
     イチニのサン
     わたしたちは肉体のはずかしさを手で拭って
     拭っても
     また垂れている紐のくちをへの字にして
     東の角を曲がる

     すると
     白いフェンスに
     木槿のはなが咲いているのでした。

この詩は、三井葉子詩集『草のような文字』(1998年5月深夜叢書社刊)に載るもの。

三井さんには、こんな俳句もある。

   ひらひらと逝きたまひしをむくげ咲く・・・・・・・・三井葉子

という三井さんの句を載せた。三井さんは俳句も作られているのである。句集も二冊出しておられる。
この句は誰か判らないが「逝きたまひし」と尊敬語になっているので、親しい目上の人の死に際して作られたものだろう。

いま、たまたま開いてみた詩集の中に、この詩を見つけたので載せてみた。
三井さんの詩は、使われている言葉自体は何でもないのだが、「詩」としては、とても「難しい」と、よく言われる。
<非>日常である詩句の典型であろう。
そこらに転がっている言葉を拾ってきて、<非>日常の詩句に仕立てる。
意味があるようで、無さそうで、それが三井さんの詩の特徴である。

例えば、この詩の 第二連の

   では
   イチニのサン

なんていうところが、それである。思いつきで付けられた詩句である。

「詩」は意味を辿ってはいけない。詩句に脈絡は無いのである。
詩人によって発想は、さまざまであり、詩句に起承転結のある人もあれば、「意味的」に辿れる人もある。私の詩などは、どちらかというと辿れる方である。
三井さんの場合は、「辿れない」典型であろう。だから、よく「難しい」と言われる所以である。
詩は、声に出して朗読してみるとよい。
この詩も短いから何度でも朗読できよう。
すると、この詩一編が、不思議な趣をもって立ち上がり、或る「まとまり」となって知覚できるだろう。
そうなれば「詩」の鑑賞として一歩近づけた、と言える。
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韓国では、この木槿ムクゲの花が「国花」になっている。韓国語で言うと「ムグンファ」と発音するが漢字で書くと「無窮花」となる。
次々と咲き継いでゆくので、この名前になったのだろう。日本名のムクゲもこの漢字から来ていると、私は思う。「木槿」は漢名だろう。
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今日は8月9日。長崎にプルトニューム原爆が落とされた。
太平洋戦争の末期だが、8月6日には広島にウラン原子爆弾が落とされ、市街が灰燼に帰した上に、数万人の人が放射線により死んだ。
今や戦後生まれの人が日本人の大半を占めて、戦争を知らない人々が殆どであるが、戦中派の一人として、この日は語り継がれるべきだと思う。
さすがの日本軍閥も敗戦を受け入れるきっかけになった両日である。
私は、その頃、軍需工場に動員され、旋盤工としてロケット砲弾の部品を削っていた。
あれから、もう75年が経つ。






藤原光顕の歌「また春がきて25首」・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(48)

      「また春がきて25首」・・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・「芸術と自由」誌No.320/2020.08掲載・・・・・・・・

        
           また春がきて       藤原光顕

   出色の出来の一語にこだわって春の手前の一日暮れる
   オッ春の風や今のは、気がつけばまだ空いていた心のすきま
   小人とか原始人らと家裏の羊歯退治して また春が来る
   時ところかまわず何にでも躓くそんなバランスで今年の花を見ている
   何年もしょぼくれていた庭の薔薇いっきょに咲けば予兆のようで
   何を思いあぐねていたのだったか気がつけば庭の椅子が夕焼けている
   このままに醒めなくていい 春暁の目覚まし消してまた眼を閉じる
   夢の散歩はいつも垂水のうら山で今夜はすすきの原に分け入る
   ふきのとうの苦さふくめば戦中戦後のふるさとの風 谷間の風
   過ぎる窓の一つ一つの人生をあの人は言う 旅の車窓の
   夕刊も読まないままで寝てしまうどうせ似たような朝刊がくる
   神の民なんていつまで酔ってるか 縦に組まれた新聞読んで
   コロナが連れてきたカタカナ語わかってもわからなくても 怖い
   立ち止まってしばらく顔を向けてやる 時々監視カメラと遊ぶ
   極端な音痴ですから君が代は畏れおおくて ホントなんです
   コロナ禍も大型連休も生き延びて朝からまちがえず薬をのんで
   夕食と並べ食卓におくチェックメモ 内服三種 目薬三種
   一杯半の焼酎で今夜はとりあえず・・・ 八十五年の長さ短さ
   この一杯あたりから心地よい酔いに若いあの日が見えたりしたり
   焼酎一合=短歌一首はまとめること成果はともかく一合は飲む
   明日があるということにして読みさしの本に栞を挟む今夜も
   港の灯も京の外れもごちゃまぜでまァええやないか何かが揺らぐ
   誰も彼もあっさり消えてしまっただれもかれも笑顔をのこして
   ひっかかる いつものようにさりげなく言ったつもりのさよならなのに
   何万年か何兆年かさよならは宇宙をいつまで漂うのだろう
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梓志乃さん編集の季刊誌「芸術と自由」が届いた。
巻頭に藤原光顕氏の連作が載っている。
彼の主宰する「たかまる」誌と比べると、こちらの方が作品的には整っている。緊張感が違うのだろうか。
一連は、自由律とは言っても、日本の伝統的な五、七という「音数律」に、ほぼ沿った形になっている。
美しい歌群と言えるだろう。
私は酒が呑めなくなったので辞めたが、藤原さんは、お好きらしい。私より五歳も若いから当然か。
面白い一連を読ませていただいた。有難うございました。




  
 
長嶋南子詩集『海馬に乗って』・・・木村草弥
海馬_NEW

──新・読書ノート──

       長嶋南子詩集『海馬に乗って』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・空とぶキリン社2020/09/01刊・・・・・・・・・

この本が贈られてきた。
発行日付よりも、ずっと前に届いた。
長嶋南子さんについては、前詩集が出たときに2018/08/02に書いた。 → 『家があった』 参照されたい。

茨城県常総市生まれ。
既刊著書
詩集
『あんぱん日記』 1997年 夢人館 第31回小熊秀雄賞
『ちょっと食べすぎ』 2000年 夢人館
『シャカシャカ』 2003年 夢人館
『猫笑う』 2009年 思潮社
『はじめに闇があった』 2014年 思潮社
『家があった』 2018年 空とぶキリン社
エッセイ集『花は散るもの人は死ぬもの』 2016年 花神社

Wikipediaに長嶋南子の項目が出ている。そこに「実息はイラストレーターのゴンゴンこと長嶋五郎。」とある。
この本の表紙及扉絵は長嶋五郎とあり、ご子息の絵であるらしい。

「海馬」とは何なのか。辞書には、こう書いてある。 ↓
海馬(かいば、英: hippocampus)は、大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
その他、虚血に対して非常に脆弱であることや、アルツハイマー病における最初の病変部位としても知られており、最も研究の進んだ脳部位である。心理的ストレスを長期間受け続けるとコルチゾールの分泌により、海馬の神経細胞が破壊され、海馬が萎縮する。心的外傷後ストレス障害(PTSD)・うつ病の患者にはその萎縮が確認される。βエンドルフィン(=脳内ホルモンの一つ)が分泌されたり、A10神経が活性化すると、海馬における長期記憶が増強する。
神経科学の分野では、海馬体の別の部位である歯状回と海馬をあわせて「海馬」と慣例的に呼ぶことが多い。
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ネットを探したら、これが出てきた。長いが引いてみる。 ↓
詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)    2019-11-06 07:11:02 | 詩(雑誌・同人誌)
長嶋南子「干し柿」(「Zero」12、2019年06月14日発行)

 朝吹亮二『ホロウボディ』の「わたしはむなされていた」は、「意味」がわからない。「意味」がわからないからこそ、私はあれこれ「余分」なことを考える。そして、その「余分」を朝吹の差し出している「余分」と交換する。
 朝吹は「余分」と感じていないかもしれないが、表現されたもの、読者に提出されたものは「余分」と定義してもいいと私は思っている。ほんとうに朝吹にとって必要なものならば、それを朝吹は「ことば」として提出するはずがない。ずっと朝吹自身で抱え込んでいるはずである。他人が読んでかまわないと判断したのは、それがすでに「余分」になったからである。
 詩は、多くの商品のように「売れる」ということは少ない。だからなかなか「商品」とは認められないのだが、少なくとも書いたひとは「商品」にしようとしている。(商売ではなく、芸術のために書いているとかなんとか言うのは、方便である。)そして、「商品」というのは、どんなときでも「余分」なもの、自分では「つかわなくなったもの」である。「ことば(詩)」が特徴的なのは、それを「商品」として売り払ってしまった後も、なおかつ自分のものと言える点である。「売ったはずのことば」は依然として、書いた人の「肉体」のなかに残っていて、それを踏まえて「ことば」からさらに「余分」を生み出し続けることができる。他人が(たとえば私が)、朝吹の「発表したことば(売りに出したことば)」を引き継ぎ、加工して売り出すと「盗作/剽窃」ということになる。「換骨奪胎」という言い方もできるけれど。
 あ、脱線した。
 もとにもどって言いなおそう。
 「詩」だけに限らないが、あらゆる「商品」は、それをつくった人がどう思っているかわからないが、「余分」なのものにすぎない。どれだけ「余分」を生み出すことができるかが、いわば「商品価値」を決める。「ことばの暴走」がときに「詩」として評価されるのは、つまり、そういうことである。
 「意味」以上のものがある。
 その「意味以上」は、どうつかっていいか、「他人(読者)」にはわからない。でも、なんとなく、それを「つかってみたい」という気持ちになる。書いた人に「余分」なものが、なぜか自分には「必要」に見える。「それ、おもしろそう」という感じが、この場合「必要」ということなんだけれど。
 その「余分」をつかえば、何かおもしろいことが自分にもできそう。つまり「余分」を生み出せそうな感じ、自分が自分ではなくなる(自分の限界を越えられそうな気がする)。そういう感じを味わうために、たぶん、ひとは「ことば」を読む。詩を読む。小説を読む。

 という前置きは、必要ないものかもしれないが、私は書いておきたくなった。

 と書いて、やっと、長嶋南子「干し柿」について書き出せるかなあ、と私は思っている。
 何回か書いたが、私にとって長嶋南子は「おばさんパレード」には欠かすことのできないスターである。この「おばさん」はどんな「余分」を持っているのか。「意味」を越える「余分」をどんな具合に吐き出しているか。
 「干し柿」の全行。

渋柿をもらった
皮をむいてベランダに吊るす

わたしをベランダに吊るす
しわしわになって食べごろ
こんなに甘くなるんだったら
もっと前に干せばよかった

ベランダで
陽をあびて風にふかれ
水分が抜けていく
張りがなくなったこのからだ
いまさら甘くなったって

つやつやの渋柿のころがなつかしい
誰にもかじられず
ふくれっ面でななめ向いて
タバコふかしてエラそうにしていたあのころの

 「渋柿」という「もの」と、歳をとって(あ、歳を重ねて)、他人のあれこれを許容できる(受容できる)という「長嶋の事実」が、「甘い」ということばのなかで「交換される」。長嶋は「渋柿」と「自分」を等価交換(意味の明確化)をしている。「商売」している。
 この段階では「余分」は、まだ生まれていない。
 「余分」は「しわしわになって食べごろ/こんなに甘くなるんだったら/もっと前に干せばよかった」という「思い(比喩による強調)」である。といっても、これはきちんと順序だった動きではない。比喩による強調によって意味が明確化されるのだから、ほんとうは、そのふたつ「意味」と「強調(余分)」は区別できない。はっきりしているのは、この「意味」と「余分」をことばにするまでは、「意味」にとって「余分」は必要なものだった。長嶋には、その「余分」がなければ「意味」は成立しなかった。でも、実際にことば(意味)にしてしまったら、もうそれ(余分)はいらない。長嶋には「わかってしまった(意味が明確になった)」ことになる。だから「これ、買ってちょうだい」と売りに出すのである。
 私は、「あ、買います」とすぐに手を伸ばす。「それ」が欲しいのだ。それを自分のものにすれば、自分の知らなかった「意味」が明確になる、と思ってしまう。
 でも、「それ、買います」と言って、それを「自分のもの」にするために、あれこれつかおうとするのだが、うーん、うまくいかない。そうだよなあ。それは長嶋の「肉体」のなかで動いていた、長嶋に必要だったことば(意味を明確にするための過剰)であって、それをそのまま私がつかうという具合にはいかない。自分のつかえるように、工夫しなくてはならない。
 どうすればいいのかな?
 これは、よくわからない。わからないまま、私は、べつのことを考える。長嶋のことばを「つかう」のではなく、それを「目の前」において、自分のことばを動かす。長嶋のつかい方とは違うつかい方をする。(これを、私は「誤読」と呼んでいる。)
 どんなふうにか。こんなふうにである。

 長嶋のことば(詩)は「批評」である。
 「もっと前に吊るせばよかった」は、よく人が言う「もっと前に……すればよかった」という「後悔」の表現ではない。「こんなに甘くなって、だらしない」という「自己批判」を含んでいる。「自己批判」なのに「後悔」を装っている。つまり、この「装い」が「余分」ということになる。そして、それを「売り」に出しているのだ。さて、だれが買うか。買って、どんな顔をしてそれをつかうか。そういう「いじわる」な開き直りがある。この奇妙で、強烈な「いじわる」を私は「おばさん」の特徴だと考えている。「おじさん」にはこういう「いじわる」は思いつかない。「おっさん」は「いじわる」をするよりも「甘えん坊」になる。
 「おばさん」の「批評」は「おばさん」自身にも向けられる。「水分が抜けていく/張りがなくなったこのからだ」という具合に。
 と、思ってはいけない。これは実は「自己批判/自己批評」ではない。「このからだ」と書いているが、「この」からだだけを問題にしているのではない。
 これはねえ、ほかの「おばさん」を笑っているのである。自分を批評するふりをして、ほかの「おばさん」を笑っている。ここが「余分」のポイント。ここに書かれている「しわしわ」の女、(歳をとって、しわが増えた女)、性格(人柄?)が「甘く」なった女を想像するとき、たとえば私は、長嶋を思い浮かべない。私は長嶋にあったことがないから、長嶋がほんとうに存在するかどうかもしれない。長嶋を個人的に知っている一以外は、ここでは「どこかでみかけたおばさん(自分の知っているおばさん)を思い浮かべながら、ここに書かれていることを「事実」だと「誤読」する。
 ここには長嶋を超えていく「余分」、「他のおばさん」につながっていく「余分」が書かれている。
 むりやりがんばっていえば、これは長嶋を「他人」にしてしまって、そのうえで「他人としての長嶋」を笑っている。そういう「余分」なことをするのである。ふつうは、そういう「余分」なことはしない。ちらっと頭をかすめるかもしれないが、かすめたらかすめたまま、かすめさせる。明確に、だれにでもわかるような「ことば」にはしない。
 長嶋のしていることは、他人を笑う(おばさんを笑う)ことで、笑い(批評)を共有することだ。ここで笑った瞬間、共感した瞬間、読者は「長嶋おばさん」になるのだ。
 「他人としての長嶋」を笑った後、長嶋は「ほんとうの長嶋」に帰っていく。つられて、読者も、そこについてゆく。それが最終連。「なつかしい」ということばが特徴的だが、長嶋は、「甘くなった渋柿」ではなく、渋いままの「若い渋柿」を、やっぱりいちばん美しいと感じている。大事にしている。「私はただの干し柿ではない。渋柿だった」と自慢している。この自慢が、また、読者を気持ち良くさせるんだけれど。つまり、自分も「渋柿だった」と思い込ませるんだけれど。

 これってさあ。
 私は、ここで「いじわる」になる。
 これこそ「余分」じゃない? それなりに歳を重ねたんだから、いまさら「若いときは美しかった」なんて言っても、だれが信じる? 歳を重ねたら、やっぱり「渋柿」ではなく「干し柿」にならないと。
 若いおじさん(たぶん、私は長嶋より「若い」と感じている。ウディ・アレンによれば、男は歳をとらないそうだから)は、そういう「いじわる」を言う。
 あ、でも、私がいま書いたことは、ちゃんと長嶋は書いているね。
 やっぱり年の功。
 あるいは、女の強さ。
 「男(おじさん、おっさん)には書けないだろう、ざまをみろ」と、もう笑われてしまっている。
 私はなんとか「ちょっかい」を出したいのだが、いつでも押し切られてしまう。長嶋が先頭に立って「おばさんパレード」に繰り出したら、私は、長嶋に見つからないように電信柱の影にかくれて、それを見つめてみたい。
 見つけられて、あんなところに隠れちゃって、と詩に書かれるような「いじわる」されるといやなので、あらかじめ書いておく。
---------------------------------------------------------------------
長いので適当に読み飛ばしてもらいたい。
ここに引かれている「干し柿」という作品が、今回の本に、同じ題で収録されている。

ところで「海馬に乗って」というフレーズは、どこに出てくるのか。
巻末の近い「わたしは忙しい」という長い詩の中にある。

     ・・・・・・・・・・
   ぼくは ? (はてな)です と息子は書く。

   真夏の高速道路で たったの五秒間で
   息子は ? の国へ海馬に乗って行ってしまった
   戻っておいでと叫ぶ
   海馬にニンジンでも食べさせれば戻ってくるか
   せっせとニンジンを買ってくる
   真夏の空にはいつのまにか
   イワシの大群が押しよせてきた
   海馬は息子を乗せたまま
   戻ってこない
   ニンジンにもイワシらにも見向きもしない

   ──おかねを稼いでおかあを楽にさせたい
   と  ? の国から便りが届いた

      ・・・・・・・・

長い詩の一部である。
とにかく今度の長嶋南子さんの詩は、何だか「不気味」である。
前の詩集『家があった』とは、別の不気味さ、である。
前の詩集から、丁度二年ぶりの本である。長嶋さんは1943年生まれとあるから、まだまだお若い。
またの詩集を期待して不十分ながら筆を置く。有難うございました.。       (完)








陽が射せばトップレスもゐる素裸がティアガルテンの草生を埋む・・・木村草弥
BERLIN~1
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    陽が射せばトップレスもゐる素裸が
          ティアガルテンの草生(くさふ)を埋む・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。
「ティアガルテン」とは、ドイツの首都・ベルリンの中心部に広がる広大な公園で、掲出写真二枚のようなものである。
プロイセンの頃は、王族の狩猟地だった。
写真①のロータリーの真ん中に立つのが「ジーゲスゾイレ」というプロイセンの勝利の塔であり、ここに上るとベルリンが一望できる。
Wikipediaには、次のような記載がある。

<大ティーアガルテン (Großer Tiergarten) はベルリン中心部、ミッテ区のティーアガルテン地区に位置する広大な公園。

単に「ティーアガルテン」といった場合には、この大ティーアガルテンのことを指す場合が多いが、同じくミッテ区のモアビート地区にもティーアガルテンという名の公園があるため、ティーアガルテン地区のものには「大」を、モアビート地区のものには「小」を冠して区別している。

総面積は210ヘクタールで、これはロンドンのハイド・パーク(125ヘクタール)やニューヨークのセントラルパーク(335ヘクタール)と並ぶ規模である。

かつては王家の狩猟場だった。1818年からと1832年-1840年の2回、造園家ペーター・ヨセフ・レンネによって現在の形に整備される。中心部に戦勝記念塔が建ち、公園内を6月17日通りが通る。西にエルンスト・ロイター広場、南西にベルリン動物園、東にブランデンブルク門がある。>

同じ歌集には、掲出の歌につづいて

  半年の長き冬なれば夏の間は陽に当らむと肌さらしゐつ

  湖と森の都のベルリンは<ゲルマニアの森>の逸話おもはす
・・・・・・・・・・・木村草弥

の歌があるので一体として鑑賞してもらいたい。

広大な森だが、ところどころに広い草生があり、夏の間は市民たちが、こぞって真裸になって「日光浴」をする。そんな写真をいくつか出しておく。 ↓

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ベルリンは東西ドイツに分かれていたときは「東ドイツ」に属していたので、長らく開発から置き去りにされてきたが、東西が一体化されて、ドイツの首都となったので、
以後の変貌は著しいものがある。
今回の拙歌集『昭和』に載せたのは「ベルリンの壁崩ゆ」──1990年夏── というものであり、ベルリンの壁が崩された1989年の翌年の夏の紀行が基になっている。

この項目のはじめに

  金髪のビルギュップ女史きらきらと腋毛光らせ「壁」さし示す

  金色の腋毛光れりベルリンの壁跡指して苦難は言はず
・・・・・・・・・・・・木村草弥

の歌があるが、今どきならば、こんな光景はあり得ないが、当時は特に共産圏では「腋毛」を剃るという習慣はなかったのである。
西欧においても、パリなどでは「男の腋毛は良くて、女の腋毛は剃れ、なんておかしい」という運動さえあったのである。
この歌に登場するビルギュップ女史は、私たちのツアーのガイドなどなさっていただいたが、東欧華やかなりし頃は、政治家や学会などの重要な会議の通訳などをされたらしい。
世が世ならば、われわれ下々のツアーのガイドでお茶を濁すような人ではなかったのだが、東欧が崩壊して、仕事が無くなったので、働いておられるのだった。
私はベルリンには、数年後にもう一度行ったが、そのときはベルリンは大改造中で、歌集の中にも歌を載せた「パラストホテル」という東ベルリン有数の名ホテルも解体中だった。
「パラスト」というのは英語でいうと「パレス」宮殿の意味で、旧プロイセンの王宮の跡に建っていた。
つまりパレスホテルということなのであった。当然このホテルは東欧、東独のトップクラスの要人たちが屯するホテルだったようで、その「悪しき」権力のイメージが付き纏い、
なんども経営母体を替えたようだが、解体のやむなきに至ったらしい。
その、まさに解体最中のときに私の二回目のツアーが遭遇して、大きなショックを受けたことを、今も覚えている。
同じ一連に載る

  ヒロシマの原爆ドームのごとくしてウィルヘルム教会廃墟を残す・・・・・・・・・木村草弥

という教会も、歌集を読まれた三浦好博氏の手紙によると、「廃墟」ではなくて、最低限の補修をして「記念堂」として機能しているという。
今の写真を、下記に。 ↓ 右側のノッポの塔のようなのが「新」教会。

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事ほど左様に、ベルリンの変貌は著しい。

  「ベルリンの壁」とり去りて道となす傍に煤けし帝国議事堂・・・・・・・・・・木村草弥

と詠んだ議事堂も、二回目に行ったときは改修されて「新」ドイツ議会として、新たにドームも付加されたりして観光客を迎えていた。
どれもこれも、浦島太郎のような心境に陥る変貌ぶりであった。 ↓ 今の写真を出しておく。
1280px-Reichstag_panoドイツ国会議事堂

ここは1930年代に、ヒトラーが共産党に罪をなすりつけようと「放火事件」をデッチあげたことで有名だったが、敗戦、東西ドイツ分断などで放置されていた。
それらの経緯が、私の歌からも読み取れよう。

そういう意味でも、 この一連は私にとって「記念碑的な」ものと言えよう。歌集に敢えて収録した所以である。


詩と連句「おたくさ」Ⅲ─5・・・鈴木漠
おたくさ_NEW

──鈴木漠の詩──(15)

      詩と連句「おたくさ」Ⅲ─5・・・・・・・・・・・・・鈴木漠
             ・・・・・・おたくさの会2020/07/31刊・・・・・・・・

 詩  鈴木 漠
     時雨の美学
         わが恋は松をしぐれの染めかねて真葛が原に風騒ぐなり    慈圓

  満目蕭条たる山野に草を朽ち
  降りみ降らずみの雨に濡れる枯木
  時雨は侘びや寂びの極致
  時雨を愛した芭蕉の忌日は時雨忌

  さりながら芭蕉の高弟其角
  青楼で語らう「あれ聞けと時雨来る
  夜の鐘の音」とゆらめく紙燭の朱も

  其角に親灸した蕪村にも艶冶な意義
  時雨の句が遺されている「老いが恋
  忘れんとして時雨かな」馴染みの芸妓
  と別れる未練がましさが色濃い

  時雨を侘びの象徴とする常識への懐疑
  花や紅葉の対極に時雨を置かんと乞い

    * 自由律によるソネット交叉韻の試み。
     押韻形式は abab/cdcd/efef/ef

-----------------------------------------------------------------------------
  ソネット平坦韻
          植村光明 捌き
 
        立 夏

  犬猫も主も在家*夏来たる        土井 幸夫 (夏)  a
   涼風に湧けエラン・ヴィタル*     鈴木  漠   (夏)   a
  寄せ返す波頭に心有るごとく      赤坂 恒子 (雑)  b 
    瓢箪作り秘伝繙く           梅村 光明  (秋)   b 

  こんにちは顎のしゃくれしお月さん   三神あすか (月)   c
   新酒土産に会議解散          在間 洋子  (秋)   c
  時空超え仮想の旅を楽しまん      中沢 あき  (雑)   d
    恋の成就に贈るギヤマン*      安田 幸子  (恋)   d

  縁側で友と語らふ日向ぼこ        福永 祥子  (冬)   e
    箱橇遊び斜面でこぼこ         中林ちゑ子 (冬)   e
  優しさが白亜の城を青く染め        森本 多衣 (雑)  f

   春の詩を書くペン先細め             幸夫 (春)  f
  花塗れ紙面閉ざさば即栞         辻   久々 (花)  g
    供養の鐘の響くをりをり        東條  士郎 (春)  g

二〇二〇年五月満尾   ファクシミリ おたくさ連句塾
ソネット平坦韻。押韻形式は aabb/ccdd/eef/eeg
* 在家。小池東京都知事が提唱した ステイ・ホーム。
     エラン・ヴィタル。哲学用語で「生命の躍動」。
     ギヤマン。 ダイアモンドの意。
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鈴木漠氏から、これが届いた。
全部で十二篇の作品が載っている。
健康を回復されたようで、喜ばしい。
益々の、ご健詠を。有難うございました。



 
    

  
暦には立秋とある今日の午後黍の葉鳴らす風吹きいでぬ・・・筏井嘉一
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     暦には立秋とある今日の午後
           黍の葉鳴らす風吹きいでぬ・・・・・・・・・・・・・筏井嘉一


今日は「立秋」である。
しかし、今年の暑さはどうだろう。朝の最低気温が28度を示していたりして、いいかげんにせぇ、という気分だ。
今朝も熱帯夜は免れがたく、南をゆく台風の余波で湿気の多い蒸し暑さである。
これからも暑さは続くだろう。今日以後は暑くても「残暑」と言わなければならないが、まだまだ酷暑真っ盛りという昨今である。嗚呼!

立秋の歌としては、次の歌が古来、人口に膾炙してきた。

   秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる・・・・・・・・・・・・藤原敏行

この歌の詞書(ことばがき)に「秋立つ日によめる」とあるように、立秋の日に詠んだ歌である。
現実には、まだまだ暑い夏だが、二十四節気では、もう「秋」に入ることになる。
「風」のほんのかすかな「気配」によって秋の到来を知る。
この事実を詩にしてみせたことが、季節感に敏感な日本人の心に強くひびきあって、この歌を、今につづく有名な歌として記憶させて来たのである。
この歌は『古今集』巻4・秋の歌の巻頭歌である。
藤原敏行朝臣という人が権力的にはどういう地位にいた人か、私は詳しくないが、この一首で後世に名を残すことになった。

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『古今集』は「夏歌」の最後を凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の次の歌でしめくくっている。

  夏と秋と行きかふ空のかよひぢは かたへすずしき風やふくらむ

この歌には「みな月のつごもりの日よめる」の詞書がついている。
夏と秋とがすれ違う情景を空に一筋の季節の通路を想像して詠んだ歌である。
夏の終りの日に、片側の道から夏が過ぎ去ると、その反対側からは涼しい秋風が吹き始めてすれちがってゆくだろうか、と空想している歌であるが、
現実の季節はまだ暑さの中にあったろう。しかし暦の上では、すでに秋が来ている。

先に書いたように『古今集』の「秋歌」の最初は、それを受ける形で、掲出の藤原敏行朝臣の歌で始まるのである。
このように目に見えない風が、目に見えない秋を運んでやって来たのである。
この歌は実景を詠っているというよりは、むしろ「時の流れ」を詠っている。
こういう人間の「感性」の微妙な働きに対して、繊細に、敏感に耳目をこらす、こういう美意識が、古来、先人たちが大切にしてきた日本人の季節感なのである。
この美意識は、次の『新古今集』になると、ますます研ぎ澄まされ、危ういほどの言葉の結晶になってゆく。

  おしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ

西行法師の歌である。
「心をつくる」秋のはつかぜといった表現には、『万葉集』はもちろん、『古今集』にも見出されない、内面化された風であると言える。
次いで式子内親王の歌

  暮るる間も待つべき世かはあだし野の 末葉の露に嵐たつなり

こういう歌、こういう物の見方になると、風はもう作者の心象風景の中を蕭条と吹き渡っている無常の時そのものになっているとさえ言えるのである。

しかし『古今集』『新古今集』の、いわば虚構の美意識は『万葉集』には、まだあまり鮮明には見られない。
万葉の歌人たちは「秋」を意識する場合にも、現実に秋風に吹かれている萩の花、雁、こおろぎ、白露などの具体物を先ずみて、その目前の秋の景物を詠んだ。
 例えば

  秋風は涼しくなりぬ馬竝(な)めていざ野に行かな芽子(はぎ)が花見に

  この暮(ゆふべ)秋風吹きぬ白露にあらそふ芽子の明日咲かむ見む

  芦辺なる荻の葉さやぎ秋風の吹き来るなへに雁鳴き渡る


このように吹く秋風についても、詠う対象は風そのものではなく、野に咲く萩であり、遠ざかる雁の声を詠うのである。
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いずれにしても、日本の詩人は、季節の節目節目を、先ず敏感に感じ取らせるものとして、風を絶えず意識していた。
おそらく、それは、四方を海に囲まれ、気象条件も海に支配されている島国に住む民族として、風によって生活と精神生活の両面で左右されてきたということと無縁ではないだろう。

筏井嘉一の歌のことに触れるのが後になった。この歌は歌集『籬雨荘雑歌』(65年刊)に載るもの。

立秋に関する歌として

  十張のねぶた太鼓のつらね打ち夏跳ねつくせ明日は立秋・・・・・・・・・・・・布施隆三郎(『北斗のα』97年刊)

というものもある。青森在住の歌人なのであろうか。



蓮の葉は静かになりぬ戦いにさやぎて死にし兵のごとくに・・・香川進
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     蓮の葉は静かになりぬ戦いに
         さやぎて死にし兵のごとくに・・・・・・・・・・・・・・・香川進


今日八月六日は広島に原子爆弾が投下された日である。 その鎮魂の日に因んで、この歌を載せる。
掲出の歌は『角川現代短歌集成』③巻から引いたが、初出は歌集『湖の歌』(84年刊)。
香川進については ← リンクに張ったところなどを参照されたい。
私も一時、彼の主宰する短歌結社「地中海」に席を置いていたことがあり、その「地中海」誌に一年弱ほど彼の自由律の第一歌集『太陽のある風景』について記事を載せたことがあるが、今は纏まっては引き出せないので失礼する。
香川の活躍したのは塚本邦雄や岡井隆らの活動した「前衛短歌」運動に対して、いわば「前衛狩り」を強行したことで知られている。
これは彼一存ということではなく、そういう前衛の運動に対する「短歌界」の保守派の委任を得たような形ではなかったか。
当時、私はまだ歌壇には関係しておらず、事情には詳しくはないが、むしろ関係が無かったからこそ、今となっては客観的に見られると思うのである。
「前衛狩り」は、角川書店発行の月刊誌「短歌」の編集長に山本友一や片山貞美などを送り込むなどの画策の前面に出たのが香川進であったらしい。
今となっては、いろいろの事実が明らかにされているので調べられたい。

a0019858_22541睡蓮

『角川現代短歌集成』③巻には「蓮」「睡蓮」の項にいくつか歌が出ているので、それを引いておく。(出典は省略)

   冲(むな)しきが若(ごと)くしあれと念じけむ墨もて描く蓮(はちす)白花・・・・・・・片山貞美

   睡蓮の円錐形の蕾浮く池にざぶざぶと鍬洗ふなり・・・・・・・・・・・・・・・石川不二子

   水上の雅歌の如しも睡蓮の花ことごとく発光すれば・・・・・・・・・・・・・・山下雅人

   大賀ハス水のうえしげく咲きほこるその下いかに根っこの修羅場・・・・・・・・・・加藤隆枝

   長江のほとりゆ来たる乾草の中より拾ふ蓮実四つ・・・・・・・・・・・・・石川不二子

   睡蓮の葉はなまけもの水面にひつたりと青き己れを伸べて・・・・・・・・・・・・・奥村晃作

   花びらを散らすことなく身を閉じて睡蓮水に帰りゆきたり・・・・・・・・・・・・・陣内容子

   陶酔はきみだけでない睡蓮がぎつしりと池に酔ひしれてゐる・・・・・・・・・・・・・前川佐重郎

   睡蓮の閉ぢて色濃き花びらに明日も開かむ明るさのあり・・・・・・・・・・・・・・林三重子

   交配をみづから拒む蓮の話今朝の思ひのすがすがしけれ・・・・・・・・・・・・・・大河原惇行

a0019858_194529花蓮②

今日、八月六日は、広島に原爆が落とされた日である。
今日は朝から慰霊の行事が例年通り行われる。
今日一日、犠牲者を偲ぶとともに、過去に人間が犯してきた「間違い」を思い起し、平和の意味を問い直したいものである。
掲出した香川進の歌も、それを思い出す「よすが」にしたいからである。
私の「意」のあるところを汲んでもらいたい。



うらごゑのどこからかして夾竹桃・・・高島茂
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       うらごゑのどこからかして夾竹桃・・・・・・・・・・・・・・高島茂

夾竹桃は夏の花である。
私の子供の頃には夾竹桃なんていう木は、そんなには生えていなかったが、今やあちこちに盛っている。
キョウチクトウは葉が狭く、花が桃に似ているという漢名をそのまま転用している。
夾竹桃は原産地はインドだが、江戸時代に中国から渡来して、当初は仏縁の木として寺院に植えられたが、後に一般に植栽されるようになった。
花は6月頃から咲きはじめ9月一杯咲きつづける。
とにかく炎暑が好きな木であり、強健な木なので公害にも強く、高速道路や工場地帯の隔離壁の作用をする木として多用されている。
花の色は紅色、赤色、白色などさまざまである。

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炎天下に咲く花というのは限られており、夾竹桃は夏の花として欠かすことの出来ない花となった。
日本人には八月の原爆記念日、敗戦記念日など炎暑の時期に重い、辛い記憶の日々がめぐって来るが、それらの折々の風景として夾竹桃が強く脳裏に焼きつくのである。
生命力の強さに励まされるという人も居る。ただ毒を持っているので敬遠される向きもある。
明治維新の後の「西南戦役」の際に兵士が、この木で箸を作って十数人が死亡したということが伝えられている。
私の歌にも夾竹桃を詠んだものはあるが、今回は遠慮して、歳時記に載る俳句を引いて終わる。
句に詠まれるのも多く、俳人には好まれる花のようだ。

 夾竹桃戦車は青き油こぼす・・・・・・・・中村草田男

 夾竹桃旅は南へばかりかな・・・・・・・・福永耕二

 夾竹桃花のをはりの海荒るる・・・・・・・・桂信子

 夾竹桃昼は衰へ睡りけり・・・・・・・・草間時彦

 白は目に涼し夾竹桃さへも・・・・・・・・稲畑汀子

 うらごゑのどこからかして夾竹桃・・・・・・・・高島茂

 歯を抜きてちから抜けたり夾竹桃・・・・・・・・角川照子

 夾竹桃河は疲れを溜めて流れ・・・・・・・・有働亨

 夾竹桃燃ゆる揺れざま終戦日・・・・・・・・松崎鉄之介

 夾竹桃しんかんたるに人をにくむ・・・・・・・・加藤楸邨

 夾竹桃奈良のほとけの雀いろ・・・・・・・・角川春樹

 夾竹桃造船の音ぶつかり来・・・・・・・・矢島渚男

 夾竹桃直線の道空港へ・・・・・・・・宮川杵名男

 鬱勃たる夾竹桃の夜明けかな・・・・・・・・平井照敏

 夾竹桃東京砂漠灼けはじむ・・・・・・千代田葛彦
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今日挙げた高島茂の句だが、高島茂のご子息の高島征夫氏が急死された今となっては、感慨新たなるものがある。
征夫氏のブログのサイト<風胡山房>も、主なきままに今だに存在しているが、虚しい限りである。
私のリンクに貼ってあるのも、思い直して消去した。後ろ髪引かれるような想いである。
改めて氏のご冥福を心からお祈りしたい。





朝顔を培ふは多けれど夕顔は珍しと言ひて人は褒めをり・・・木村草弥
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 ↑ 俗称・夕顔─正しくは「ヨルガオ」の花

     朝顔を培(か)ふは多けれど夕顔は
         珍しと言ひて人は褒めをり・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。
「夕顔」と「ヨルガオ」とは混同されて言われるので、注意したい。
私の歌に詠ったのは「ヨルガオ」である。干瓢の原料になる「ユウガオ」のことではない。
私も俗称の「夕顔」としての使用法で詠っていることになる。 混乱させて、ゴメンなさい。
Wikipediaには下記のように載っている。
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ヨルガオ

ヨルガオ(夜顔)とはヒルガオ科の植物の一種。学名Ipomoea alba(シノニムI. aculeata 、I. bona-nox、Calonyction aculeatum)。

 特徴
白花で、熱帯アメリカ原産のつる性植物。原産地においては多年草であるが、日本では春まきの一年草として扱う。4~5月頃に種をまく(発芽には約20度程度必要なので、一般にはゴールデンウィークを目安に蒔くのが望ましい)と、7~10月頃(暖地では11月頃まで)に開花する。花はロート形で夕方から咲き始め翌朝にしぼむ。 日本には明治の始め頃に渡来し、観賞用として栽培された。

ヨルガオのことを「ユウガオ」という人も多いが、標準和名のユウガオ(学名Lagenaria siceraria var. hispida)はウリ科の野菜(かんぴょうの原料となる)で全く別種である。

花言葉は「夜」。

その他
園芸種としては「白花夕顔」や「赤花夕顔」などがあり白花夕顔は直径15cm程の大輪咲きである。上手に開花させるためには水切れしないように朝晩に水を与えて、しおれないように注意しなければならない。 赤花夕顔は和名「ハリアサガオ」といい、茎に多くの突起があることにちなむ。直径5cmほどで極小輪で花の中心が淡い紅紫色に染まる。 どちらも芳香があるので人気が高い。
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また「夕顔」とは「源氏物語」の中の登場人物としても有名である。ただし、植物としては今でいう「ヨルガオ」の花を指さない。
干瓢の原料になる「ユウガオ」の植物のことである。その理由は、この頃には「ヨルガオ」はまだ日本に伝来していないからである。
 これもWikipediaの記事を抄出しておく。

SEIK022aa夕顔の心あてに
 ↑ 「夕顔の心あてに」の物語に因む絵

夕顔 (源氏物語)

夕顔(ゆうがお)とは、
1.『源氏物語』五十四帖の巻の一つ。第4帖。帚木三帖の第3帖。
2.『源氏物語』に登場する作中人物の女性の通称。「常夏(ナデシコの古名)の女」とも呼ばれる。

巻名及び人物名の由来はいずれも同人が本帖の中で詠んだ和歌「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」による。

夕顔の人物像
三位中将の娘で、頭中将の側室と言う立場にあったが、その後市井にまぎれて暮らしている。
若い光源氏の愛人となるも、互いに素性を明かさぬまま、幼い娘を残して若死にする。

父の死後、頭中将(当時は少将)と結ばれて一女(後の玉鬘)をもうけるが、本妻の嫉妬を恐れて姿を消した。「帚木」巻で語られた「雨夜の品定め」で、「常夏の女」として名前が出てくるがその時は聞き流される。

登場する回数こそ少ないものの、佳人薄命を絵に描いたような悲劇的な最後が印象に残る女性。
儚げながら可憐で朗らかな性格で、源氏は短い間であったが彼女にのめりこみ、死後も面影を追う。

後には彼女の娘の玉鬘が登場し、物語に色を添える。

あらすじ
源氏17歳夏から10月。
従者藤原惟光の母親でもある乳母の見舞いの折、隣の垣根に咲くユウガオの花に目を留めた源氏が取りにやらせたところ、邸の住人が和歌で返答する。
市井の女とも思えない教養に興味を持った源氏は、身分を隠して彼女のもとに通うようになった。
可憐なその女は自分の素性は明かさないものの、逢瀬の度に頼りきって身を預ける風情が心をそそり、源氏は彼女にのめりこんでいく。

あるとき、逢引の舞台として寂れた某院(なにがしのいん、源融の旧邸六条河原院がモデルとされる)に夕顔を連れ込んだ源氏であったが、深夜に女性の霊(六条御息所とも言われるが不明)が現れて恨み言を言う怪異にあう。夕顔はそのまま人事不省に陥り、明け方に息を引き取った。
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yorugaoBヨルガオつぼみ
 ↑ ヨルガオつぼみ

歌集に載る私の歌の一連を引いておく。

       夕 顔・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

  かの人に賜(た)びし夕顔ほのかにも門(かど)べに宵を白く灯りぬ

  三本の高き茎立(くくた)ち夕顔は百余の蕾つけゐて嬉し

  昨夜(よべ)咲きて萎れし花はひと日経てはたりと花殻落つるも哀れ

  朝夕に注ぎやる水吸ひあげて競ひて咲ける夕顔いとほし

  鉢に培(か)ふ茎立ち高く二メートル賜びたる人の手数偲ばる

  門に置く夕顔の花みごとにて道ゆく人は歩みとどむる

  朝顔を培ふは多けれど夕顔は珍しと言ひて人は褒めをり

  朝けには早や萎れゐる夕顔に昔語りの姫おもひいづ  

一番後の歌は「源氏物語」の姫「夕顔」のことを指しているのは、言うまでもない。








「未来山脈」掲載作品2020/08「隣の芝生」・・・木村草弥    
未来_NEW

4_107芝生

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(32)

      「隣の芝生」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・・・2020/08掲載・・・・・・・

          隣の芝生      木 村 草 弥

   「隣の芝生は青い」というのは、どういうことだろう

   芝生の青さはどこでも同じだが、隣の分はうちより青く見える

   その背後にあるのは「やきもち」だというわけ

   これをひっくり返すと、他人の不幸は蜜の味だからか

   どちらも人間の真実を突いているとは思いたくない

   最近 の若者は「心理」が好きらしい

   臨床心理学の志願者が多いと聞く

   臨床心理士という資格があって、そのせいかも知れない

   心理が好きだということは、たぶん「自信」がないのである

   自分がどうだとか、他人がどうだとか、それを考える


桃の実のほのぼのと子を生まざりし・・・きくちつねこ
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        桃の実のほのぼのと子を生まざりし・・・・・・・・・・・・・きくちつねこ


白桃と言っても早生から晩生までいろいろ種類があるので一概には言えないが、そろそろ桃が出回る季節になってきた。
「白桃」というのは文学的なイメージの世界では「女性の臀部」を象徴するものとして知られている。
桃のもつ特有のなだらかな丸い形。それに胴に入るくびれの線から、そのように概念づけされて来た。
「シンボル・イメージ小事典」などにも、そう書かれている。

掲出した、きくちつねこ氏の句は、そういう「桃」のイメージでありながら、自身としては「子を産まなかった」と言っている。
女としては「子」を産む、というのが、ひとつの大事業であろう、と私なんかは思ってしまう。
男には子を産むということが出来ないから、羨ましいという気分もあって、そう思ってしまうのである。

「きくちつねこ」氏とは、どういう人なのか。ネット上からの情報では、「新羅三郎譚」という2016/06/19という記事に、こう出ている。

<大野林火の未刊評論から、
北茨城大津港の俳人きくちつねこ(大正11-平成21)を知った。
美容院を経営し、自立、自活しなければならないなかで、 次々佳句を生み出していた。しかもカリエスだった。
第3回山本健吉賞。「蘭」主宰。
句は、野沢節子とよく似ていて、 柔らかく、落ち着いている。
きびきびしたひとであったらしいが、 句の発する花、を求めて人が集まったという。
野沢節子との交流を含め、 阿武隈山系の山々と海を交互に眺めてみれば、 評伝があっても不思議ではない俳人だと思う。>

『五浦』(1994年)という句集があるらしい。

この句は 桃の実の/ほのぼのと子を/生まざりし
と区切れるが、中七は「句またがり」になっている。前衛俳句の頃に多用された手法である。
意味の上からの区切りでは、桃の実のほのぼのと/子を生まざりし
となるところである。前衛俳句が好んだ「二物衝撃」の典型の作品である。
桃の実の後の格助詞「の」は、ほのぼのと、に続くのは自明のことである。「ほのぼのと」の後は言いさしの形で省略されている。
結句は「子を生まざりし」として連体止めになっている。ここは後に「事よ」というような体言が来る筈で、これも省略形になっている。
いずれにせよ、この句は周到に計算し尽くされた句作りになっている。
私は、この句を平井照敏の歳時記から拾った。全五巻の、よく出来た本で、私の愛用していたものである。
  
私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るもので、こんな歌がある。自選にも採っているものでWebのHPでもご覧いただける。

   かがなべて生あるものに死は一度白桃の彫りふかきゆふぐれ・・・・・・・・・・・・木村草弥

いま私の座っている座敷机の前の床の間に、この歌を吉川美恵子さんが書いていただいた軸が掛かっている。
吉川先生は2014年に奈良教育大学書道科教授を退官された。
吉川美恵子さんについては、ここで詳しく書いたので参照されたい。
この歌は、私の最近の「死生観」を濃密に反映したものと言えるだろう。
人間だれでも一度は死ぬものである。一世を風靡する権力者も市井の凡人も、すべて等しく「死」は免れない。
われわれは、そのことを忘れて過ごしがちである。
特に、若い時や健康に恵まれて順調な時には「死」は意識の中にないのが普通であろう。
だが、古来、賢人たちは、このことに何度もメッセージを発してきた。ヨーロッパにおけるキリスト教にいう「メメント・モリ」然りである。
私の歌は、先に書いた「白桃」というイメージを踏まえて「メタファー」を含んでいると理解いただきたい。
白桃という「生」に対応する「死」ということである。
字句の解説をしておくと「かがなべて」というのは、「かが」=日々である。
この言葉には歴史があって「古事記」の倭建命と御火焼の老人との会話

    新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる・・・・・
    日日なべて夜には九夜 日には十日を

というくだりに出てくるフレーズを踏まえている。「なべて」=並べて、であり、「かがなべて」=日々をかさねて、という意味になろうか。
意識して古代の文学的な伝統に連なりたい、というところから、こういう古語を使うことになる。

以下に歌集に載る当該の私の歌8首を引用する。

      かがなべて ・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

  臥す妻に紅ほのかにも合歓の花のこよひ咲き初む つぎねふ山城

  白桃に触れたる指をいとしみてしばらく宙にかざしゐる宵

  唇(くち)を吸ふかたちにも似て水蜜桃(すいみつ)をすする夕べはほのあかりせり

  かがなべて生あるものに死は一度 白桃の彫り深きゆふぐれ

  わが味蕾すこやかなるか茱茰(ぐみ)ひとつ舌に載すれば身に夏の満つ

  執着を離れ得ざればかたつむり寝ても覚めても殻の中なる

  この夏の去りゆくものを追ひたてて炎となりて夾竹桃もゆ

  夕つかた虹の脆さを哀しめばわが痩身をよぎるものあり

一番はじめの歌の終りの部分「つぎねふ」というのは「山城」にかかる「枕詞」である。
ここに引用した歌の小見出しの全体の章名を「つぎねふ山城」としてある。

私のことを喋るのに多言を費やした。お許しあれ。

歳時記から「桃」の句を引いて終わる。
なお俳句では「桃」は秋の季語である。今日では季節感とズレがある。

 さえざえと水蜜桃の夜明けかな・・・・・・・・加藤楸邨

 白桃を洗ふ誕生の子のごとく・・・・・・・・大野林火

 中年や遠くみのれる夜の桃・・・・・・・・西東三鬼

 朝市の雨沛然と桃洗ふ・・・・・・・・中島斌雄

 白桃に触れたる指を愛しみをり・・・・・・・・斎藤空華

 白桃に入れし刃先の種を割る・・・・・・・・橋本多佳子

 水蜜や足を清しく婚を待て・・・・・・・・秋元不死男

 白桃をすするや時も豊満に・・・・・・・・能村登四郎

 白桃や満月はやや曇りをり・・・・・・・・森澄雄

 白桃の浮きしが一つづつ沈む・・・・・・・・小松一人静

 桃冷す水しろがねにうごきけり・・・・・・・・百合山羽公

 乳房ある故のさびしさ桃すすり・・・・・・・・菖蒲あや

 と見かう見白桃薄紙出てあそぶ・・・・・・・・赤尾兜子

 白桃に触れてはがねの薄曇る・・・・・・・・松本秀子

 

軽く飲む筈の深酔さるすべり・・・大牧広
aaoosarusu1さるすべりピンク

       軽く飲む筈の深酔さるすべり・・・・・・・・大牧広


百日紅──「さるすべり」は漢字読みして「ひゃくじっこう」とも呼ばれるが、この木もインド原産という。
最初は仏縁の木だったという。インド=お釈迦様という連想になるのであろうか。だから、はじめは寺院に植えられ、次第に一般に普及したという。
百日紅というのは夏の間、百日間咲きつづけるというところからの意味である。
和名はサルスベリで、木肌がつるつるで、木登りの得意な猿でも滑りそうな、という意味の命名であろうか。
写真の木肌を見てもらいたい。
プロである「植木職人」でも、木から落ちることがある(実際に転落事故が多く体を痛めることがある)ので、験(げん)をかついで植木屋は「さるすべり」とは呼ばず「ひゃくじっこう」と言う。
元来、南国産であるから春の芽立ちは遅く、秋には早くも葉を落してしまう。
この木も夾竹桃と同じく、夏の代表的な花木である。

以下、歳時記に載る句を引く。

 炎天の地上花あり百日紅・・・・・・・高浜虚子

 さるすべり夏百日を過ぎてもや・・・・・・・・・石川桂郎

 いつの世も祷(いのり)は切や百日紅・・・・・・・・中村汀女

 朝よりも夕の初心百日紅・・・・・・・・後藤比奈夫

 さるすべり百千の花観世音・・・・・・・・松崎鉄之介

 一枝はすぐ立ち風のさるすべり・・・・・・・・川崎展宏

 さるすべりしろばなちらす夢違ひ・・・・・・・・飯島晴子

 さるすべり懈(ものう)く亀の争へり・・・・・・・・角川春樹

 秘仏見て女身ただよふ百日紅・・・・・・・・黛執

 いふならば余燼の生や百日紅・・・・・・・・能村登四郎

 百日紅ちちははひとつ墓の中・・・・・・・・上野燎


晴朗の乳と蜜の夢セーヌ川の汀をあゆむをとめに逢ひぬ・・・川口美根子
unnamedマイヨール「イル・ド・フランス」
↑ マイヨール作 イル=ド=フランス像

川口_NEW

──エッセイ──再掲載・初出2018/07/03

     晴朗の乳と蜜の夢セーヌ川の
         汀(みぎは)をあゆむをとめに逢ひぬ・・・・・・・・・・・・・・川口美根子

                         ──イル=ド=フランス──
                 ・・・・・風心社2002/10/20刊・・・・・・・・・

  この歌は国立西洋美術館の展示作品に歌人たちが歌を付ける、とい
  う企画展に際し、川口先生が出詠された歌で、パンフレットのイント
  ロの部分を飾った記念碑的な歌である。
   「イル=ド=フランス」とは、ほぼセーヌ、オワーズ、マルヌ川に
  よって囲まれる地域で、パリを首都とする古代フランスの州名だ。
   1925年のサロン・ドートンヌ出品作がこれである。他の像の「地中海」
  という命名と同様に像の背後に豊かな自然と香り高い文化の地
  域を思わせる題名である。マイヨール作のこの像はほぼ等身大、静け
  さの中にも動きを伴い、若い女性の豊かな量感の優美で安定した裸婦
  像である。植物が自然に成長するように彫刻を作るのがマイヨールの
  信条というが、豊かなマッスと明快なフォルムをもつマイヨールの彫
  刻の雰囲気を過不足なく捉えた名歌である。
   今この像はパリのオルセー美術館で観ることが出来る。
   私も曾遊の場所である。
                        木村草弥 城陽

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マイヨールにとって、自然はあらゆる行動と思索の源であった。自然こそ彼の唯一の信仰の対象であった。
そして女性の肉体は、大自然の秩序と調和、平和と美を集約する小宇宙であった。
《地中海》、《山》、《河》、《春》、《夏》、《夜》、《大気》、彼の数多くの女性像は自然のさまざまな現象を示す名称を与えられている。イル=ド=フランスは、セーヌ、マルヌ、オワーズの三河に囲まれたパリを中心とする肥沃の大地である。
マイヨールは生地バニュルスにおとらずイル=ド=フランスの豊かな自然を愛し、生涯の殆どをこの二つの地方で過ごしている。
1910年、彼は「水の中を歩く少女」のモティーフを構想し、1921年までに3体のトルソの習作を制作した。
このトルソから《イル=ド=フランス》が生まれた。
胸をはり、左脚を軽く後ろに引いて右脚でまっすぐに立つ若さあふれるこの女性像は、もはや歩いているのではなく、大地から生まれて来たばかりの姿で静かに立っている。
左足から腹部そして胸から肩へと続く張り切った弧状のムーヴマンに、垂直な右脚と背後に自然に伸ばして布を持つ両腕、
そして軽く左を向いて直立する頭部の静けさが呼応し、穏やかな律動感を生んでいる。
人体各部のフォルムを、相互の対立と調和の関係のうちに綜合し、一つの秩序ある構造体に組み上げていくマイヨールの手法は、彫塑的というよりむしろ建築的である。

これ以上の解説は不要だろう。
この一個の彫刻から、掲出したような「歌」を創作した川口さんの豊かな想像力を思うのである。 お見事 !



POSTE aux MEMORANDUM(7月)月次掲示板
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東日本大震災から九年。 被災された方々に
心よりお見舞い申上げ、死者に哀悼の意を表します。
一日も早い復興をお祈りいたします。 原発の放射能には怒りを。
                                 木村草弥
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このトップページは「月次掲示板」です。最新記事は、この次から始まります。 ↓
after006ヒマワリ
↑ 向日葵 (ヒマワリ)

七月になりました。
梅雨が明けたら、輝く夏が始まります。


 月ほそくうすく見ゆるを子は言ひて獣あまた載る絵本をひらく・・・・・・・・・・・・・・・・・大口玲子
 三振りを五振りに七味で気合ひ入れ狐も狸もわれも目覚めよ・・・・・・・・・・・・・・・・・川野里子
 熊鷹の一羽を鴉の群れが追ふ集団的自衛権の行使かあれは・・・・・・・・・・・・・・・・真鍋正男
 耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花・・・・・・・・・・・・・・・・・・・吉川宏志
 さはあれど比喩は間接の域を出ずまして暗喩は奢りが臭ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・来嶋靖生
 風渡る聖河のほとり人と人睦みて大悲分けあえるとぞ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・谷岡亜紀
 「安寧」の意味など今日は訊いてくる佐藤かおりに何がありしか・・・・・・・・・・・・・・・・森山良太
 糸吐きて繭を裡よりつくり出す蚕の声きこゆ夏白き昼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桜野ムツ
 能登の海真白にかがやく初夏は来ぬあな瑞々と立山の藍・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 三井健二
 立ちて百日紅坐りては見る千年紅われ息長にその紅を吸ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・春日真木子
 エゾイチゲの花が咲いたと妻が言ひさうかと花を覗きにゆきぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・時田則雄
 つと視野を過ぎし蛍のかの夜よりこの世を夢と思ひ初めにき・・・・・・・・・・・・・・・・・照屋眞理子
 その身美しきこと知りゐるや知らざるや黒揚羽無心に舞ふ夏の朝・・・・・・・・・・・・・・ 石川恭子
 まさかそんなとだれもが思ふそんな日がたしかにあつた戦争の前・・・・・・・・・・・・・・永田和宏
 譫妄の父泣き語る戦ひの空をほととぎす啼きてわたれり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・萩岡良博
 夕月夜美しかりし夢の中しづかにゐたる浴衣の女・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 櫟原聰
 抗へる詩型にあらず。松の木の脂ほどの勁き泪欲しけれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喜多弘樹
 いちまいの小さな地図を拾ひたり葉脈むすうに透けたる葉つぱ・・・・・・・・・・・・・・・・ 小谷陽子
 「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」ON AIR最中にて湾岸戦争勃発したる・・・・・・・藤原龍一郎
 易占に猫の安否を問うている愚かなること限りなけれど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・武藤ゆかり
 ごろすけほう あ、いや、ごろごろわあおおわ 俺が何者かなんてどうでも・・・・・・ 久我田鶴子
 千夜も一夜も越えていくから、砂漠から獏を曳き連れあなたの川へ・・・・・・・・・・・・・ 千種創一
 小余綾(こゆるぎ)の急ぎ足にてにはたづみ軽くまたぎぬビルの片蔭・・・・・・・・・・・  阪森郁代
 真青な中より実梅落ちにけり・・・・・・・・・・・・・・・・・ 藤田湘子
 人類の旬の土偶のおっぱいよ・・・・・・・・・・・・・・・・ 池田澄子
 かなしからずや殻の中まで蝸牛・・・・・・・・・・・・・・・山田露結
 まなうらに新樹流れてひっそり寝息・・・・・・・・・・・・わだ ようこ
 平和な夢だ平和は夢だ鳴かぬ蝉・・・・・・・・・・・・・・・瀬川泰之
 つまみたる夏蝶トランプの厚さ・・・・・・・・・・・・・・・・・高柳克弘 
 水の面に蜂の垂り足触れにけり・・・・・・・・・・・・・・・ 村上鞆彦
 裏庭のカンナ淫らに変声期・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原月彦
 噴水はまこと大きな感嘆符・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 金子敦
 夏の夜や口を開けば覗き込む・・・・・・・・・・・・・・・・・津野利行
 軍艦島かごめかごめでいなくなり・・・・・・・・・・・・・・ 河西志帆
 月見草躰しずかになりにけり・・・・・・・・・・・・・・・・・・折勝家鴨
 匙入れて葛饅頭のひとゆらぎ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 市堀玉宗
 脱皮せぬままに蟹のアポストロフィ・・・・・・・・・・・・・ 月波与生
 語り部と呼ばれ青芒のごとし・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 杉山久子
 黒揚羽旅は罅より始まりぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冨田拓也
 全身を触覚にしてシャワー浴ぶ・・・・・・・・・・・・・・・・北大路翼
 囀りやサラダの御代わりは自由・・・・・・・・・・・・・・・・越智友亮
 緑蔭や脇にはさみて本かたき・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤田哲史
 ががんぼは腕立て伏せして老いてゆく・・・・・・・・・・・・・永井幸
 枇杷甘く合はせ鏡に溺れけり・・・・・・・・・・・・・・・・・・外山一機
 急用のわたしが走る雉走る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小池弘子
 夏橙その手ざわりの過去を言う・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤淳子
 屋根裏に蛇這う音の昭和かな・・・・・・・・・・・・・・・・奥山津々子
 蕗十杷漬け置く桶の水の色・・・・・・・・・・・・・・・・・・五十嵐義知
 モナリザの微笑の先の水羊羹・・・・・・・・・・・・・・・・・・矢野玲奈
 夏木立つばさもちちふさも楽器・・・・・・・・・・・・・・・・・中村安伸
 避暑家族鳥とも違ふ会話して・・・・・・・・・・・・・・・・・・田中亜美
 大ぶりの蜘蛛の巣いい仕事してるなあ・・・・・・・佐々木香代子
 耳朶染まる多肉植物むんむんと・・・・・・・・・・・・・・・・榎本祐子
 こゑふたつ同じこゑなる竹の秋・・・・・・・・・・・・・・・・ 鴇田智哉
 撫でるごとトマト湯むきす子は遠し・・・・・・・・・・・・・・森岡佳子
 さざなみ今もすこしずつ砂になる・・・・・・・・・・・・・・・・・高梨章
 恋愛が模型の丘に置いてある・・・・・・・・・・・・・・・・・福田若之
 岩礁の苔のぬめりの深き夏・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石井薔子
 山の蛾のひとり網戸に体当たり・・・・・・・・・・・・・・・・・ 山田仁
 あられもなき五体ありけり大夕焼・・・・・・・・・・・・・・・・ 秦夕美
 竹は秋の夢二の女猫を抱き・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 桑田佳穂
 ハッカ飴ゴールはみんな正解さ・・・・・・・・・・・・・・・・岩根彰子
 でで虫やきのふのこともはや虚(うつけ)・・・・・・・・・・ 七風姿
 牛糞の苦さを漱ぐリラの風・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木牛後


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 歌集 『嬬恋』 (角川書店刊)
 歌集 『昭和』 (角川書店刊) 
 歌集 『無冠の馬』 (KADOKAWA刊)
 歌集 『信天翁』 (澪標刊) 
 詩集 『免疫系』 (角川書店刊)
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「人間の労苦は風のやうなもの」ギルガメッシュ叙事詩はわが胸を打つ・・・川口美根子
320px-Hero_lion_Dur-Sharrukin_Louvre_AO19862ギルガメシュ像
 ↑ ライオンを捕らえたギルガメシュ像
450px-Queen_of_the_Night_(Babylon)イシュタル像
 ↑ イシュタル神のレリーフ
川口_NEW

──エッセイ──再掲載・初出2018/07/02

     「人間の労苦は風のやうなもの」
          ギルガメッシュ叙事詩はわが胸を打つ・・・・・・・・・・・・・・川口美根子

                ・・・・・風心社2002/10/20刊・・・・・・・

   ギルガメッシュはバビロニア神話の半神半人の英雄。ウルクの王。
  その活躍を謳う叙事詩はBC二〇世紀頃に原型が成り、楔形文字文学
  史上最大の作品として知られる。ギルガメッシュは「初めの男」と称
  されるように、この叙事詩は天地創造の物語として理解できる。
   叙事詩には次のようなくだりがある。
    ギルガメッシユは言った。
    「イシュタルよ!私はお前と聖託の契りを結ぼう。
    我が妻よ!私は頭の黒い若者の上にあって、旭日のように輝き、
    我が大地と共にこれらを照らすであろう」 みどりの大地に花が
    咲いた。エンキドゥとイシュタルは喜んだ。三人の眼下には光の
    少女ピドライと雨の少女タルライが軽やかに舞った。紫の小さな
    花《天の鍵》が丘の下まで一面に咲いていた。
  ベルリンのペルガモン博物館にバビロン遺跡から発掘された「イシ
  ュタルの門」がある。これは女神イシュタルを頌め讃える門である。
                         木村草弥    城陽

--------------------------------------------------------------------
ギルガメッシュ叙事詩 ← については、ここを参照されたい。

これは川口美根子さんの何番目かの歌集『天馬流雲』 (短歌研究社2001/11刊)の附録として刊行されたものである。
川口さんの歌について「未来」の同人たち110人が一人二首づつ評の文章を寄せたものである。

私は先日来、膨大な蔵書の処分をして来たが、詩歌関係の本は、北上市の日本詩歌文学館に段ボール21個にして寄贈した。
川口さんの本も、もちろん、その中に含まれている。
したがって、歌集そのものは今は私の手元には無いが、この「附録」の本だけは手元に残した。

川口さんの読書や見分は旺盛なもので、このギルガメッシュについての歌は、その旺盛な読書を想像させるものである。
私も、その頃は、まだ若かったし、好奇心旺盛な「読書人」だったので、他の人は採り上げそうにない、この歌を選んで文章にした。
ギルカメッシュの本も図書館に貰われていったので手元には無い。

その川口さんも、ご主人の死後、すっかり呆けられて、妹さんの世話で施設に入っておられたが、いつの間にか亡くなられたようで「未来」の広告からも名前が消えて久しい。
川口さんには「未来」マリオン集在籍中は、歌作りの初歩から教えてもらった。
今日、歌集も何冊も上梓できたのも川口さんのお蔭である。川口さんの、ご冥福をお祈りする。
この本が見つかった機会に、敢えてブログに採り上げる次第である。この頃は私はまだブログもやっていなかった。ブログを始めたのは2004年からである。

この本に執筆したのは、もう一件あるが、それは、また後日のこととする。


食べるたび生はあかるみ食べるたび死は近づきぬかなた万緑・・・小谷陽子
IMG_0050万緑

     食べるたび生はあかるみ食べるたび
           死は近づきぬかなた万緑・・・・・・・・・・・・・小谷陽子


この歌は角川書店「短歌」誌2018年六月号に載る「月のぼり来む」12首の中のものである。
新緑の今の季節に照応するものとして引いてみた。
この一連からアトランダムに引いてみる。

     身のことは身にまかせよと身がいへりはつなつひとは酸つぱい野生

     病める日もこの世しののめ日のひかり差してほのぼの生きてゐるなり

     のぞいてもぼんやりわたしが映るだけ井戸の底ひもひとの瞳も

     ひとが逝きひとが生まるるこれの世にたつたひとつの月のぼり来む

------------------------------------------------------------------
小谷陽子さんは「ヤママユ」所属で昭和27年生まれの大阪の方である。
著書として歌集『ふたごもり』(砂子屋書房刊)がある。 詳しくは知らない。
ひらがなを多用した歌づくりが独特である。
前登志夫の「草木蟲魚」の心に沈潜した域を表白しようとしたように思われる。
佳い歌群である。 恣意的な引用をお詫びする。
私はお会いしたことはないが、歌集を進呈したり、また小谷さんから頂いたりする仲である。


桔梗やきりりと辛き飛騨の酒・・・草間時彦
yun_448桔梗本命

  桔梗やきりりと辛き飛騨の酒・・・・・・・・・・・草間時彦

桔梗(ききょう)あるいは漢字の音読みにして「きちこう」とも発音される。
この時彦の句ではキチコウの読みである。

キキョウ科の多年草で「秋の七草」の一つであるから、俳句では秋の季語となるが、実際には六月中旬には咲きだすところが多い。
青みがかった紫のものが多いが、栽培種も多く、白、紫白色、二重咲きなどいろいろである。
矮性の小さな種類もあるが、在来の50センチくらいの高さで、紫色のものが一番ふさわしい。

kikyou4キキョウ白

この句は旅に出て、飛騨の地酒を口に含んでの寸感であろうか。
私も老来、日本酒を嗜むことが多い。ビールなどは夏場しか飲まないようになった。

「万葉集」にいう「あさがお」は桔梗のこととされている。

小林一茶の句に

 きりきりしやんとしてさく桔梗かな

というのがあるが、きっぱりと、すがすがしい野性味のある花と言えるだろう。
私の歌にも桔梗を詠んだものがあるが、昨年に採り上げたので遠慮して、歳時記に載る句を引いて終わる。

yado33kikyouキキョウ矮性

 桔梗の紫さめし思ひかな・・・・・・・・高浜虚子

 仏性は白き桔梗にこそあらめ・・・・・・・・夏目漱石

 かたまりて咲きし桔梗のさびしさよ・・・・・・・・久保田万太郎

 桔梗の花の中よりくもの糸・・・・・・・・高野素十

 桔梗やまた雨かへす峠口・・・・・・・・飯田蛇笏

 桔梗には鳴る莟あり皇子の墓・・・・・・・・平畑静塔

 桔梗いまするどき露となりゐたり・・・・・・・・加藤楸邨

 桔梗一輪死なばゆく手の道通る・・・・・・・・飯田龍太

 桔梗挿す壺の暗さをのぞいてから・・・・・・・・桂信子

 桔梗やおのれ惜しめといふことぞ・・・・・・・・森澄雄

 おもかげをさだかにしたり白桔梗・・・・・・・・細見綾子

 技芸天桔梗花びら露むすび・・・・・・・・沢木欣一

 誰やらの死をたとふれば桔梗かな・・・・・・・・石原八束

 桔梗や男も汚れてはならず・・・・・・・・石田波郷

 百本の桔梗束ねしゆめうつつ・・・・・・・・藤田湘子

 桔梗の色を見てゐる麻酔の前・・・・・・・・宮岡計次

 桔梗咲く母のいのちのあるかぎり・・・・・・・・小桧山繁子
----------------------------------------------------------------------------
写真③は矮性のキキョウである。




黄檗の寺の駄犬や花ざくろ・・・阿片瓢郎
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   黄檗の寺の駄犬や花ざくろ・・・・・・・・・・阿片瓢郎

ザクロは3メートルほどの高さになる落葉樹で、細長い艶のある葉が対生している。
梅雨の頃に赤橙色の六弁の花が咲く。肉の厚い筒型の赤い萼がある。

zakuro5石榴落花

写真②が落花である。先に書いたように厚い筒型のガクであるのがお分かりいただける。八重咲きや白、薄紅、紅絞りなど色々あるらしい。
中国から古くに渡来してきたもので、花卉として育てられてきたが、原産地はペルシアだという。
梅雨の頃に咲く印象的な美しい花である。
ザクロと言えば、花よりも「実」が知られているが、実は徳川時代から食べるようになったという。
ザクロは種が多いことから、アジアでは子孫繁栄、豊穣のシンボルとされてきた。実を煎じた汁でうがいをすると扁桃腺炎にいいと言われる。

zakuro3石榴実
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写真③がザクロの実である。この中には朱色の外種皮に包まれた種がぎっしりと入っている。
種は小さく外種皮を齧るように食べるのだが、甘酸っぱい果汁を含んだものである。果皮は薬用になる。
写真④のように実が熟してくると実の口が裂けて種が露出するようになる。実が熟するのは8、9月の頃である。

私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に

  梅雨空にくれなゐ燃ゆる花ありて風が点(とも)せる石榴(ざくろ)と知りぬ・・・・・・・・・・・木村草弥

というのがある。降りみ降らずみの梅雨空に紅く点もる一点景である。


以下、歳時記に載る石榴の花を詠んだ句を引いて終わる。
花は夏の季語だが、実は秋の季語である。

 花柘榴また黒揚羽放ち居し・・・・・・・・中村汀女

 花柘榴病顔佳しと言はれをり・・・・・・・・村山古郷

 ざくろ咲き織る深窓を裏におく・・・・・・・・平畑静塔

 妻の筆ますらをぶりや花柘榴・・・・・・・・沢木欣一

 花柘榴の花の点鐘恵山寺・・・・・・・・金子兜太

 深爪を剪りし疼きや花石榴・・・・・・・・鈴木真砂女

 掃いてきて石榴の花が目の前に・・・・・・・・波多野爽波

 花石榴階洗はれて鬼子母神・・・・・・・・松崎鉄之介

 花石榴子を生さで愛づ般若面・・・・・・・・鍵和田柚子

 妻の居ぬ一日永し花石榴・・・・・・・・辻田克巳

 
上目つかひ下目つかふも面倒なり遠近両用眼鏡ままならず・・・木村草弥
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     上目つかひ下目つかふも面倒なり
            遠近両用眼鏡ままならず・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。

私は小学校の最終年度から眼鏡をかけている。
近眼は五十歳頃までは、どんどん「近眼」は進行するもので、しかも四十代半ばからは「老眼」も加わってくるから厄介である。
私は左目が特に視力がなく、0.05ぐらいしかない。右目は0.1ぐらいであろうか。
ところが近眼は老化につれて、どんどん緩くなり、その逆に老眼はどんどん進む、というのが曲者である。
「遠近両用眼鏡」を使っていると、物を読む場面によってメガネを使い分けなければならない。
新聞やパソコン画面を見たりするときには、画像②に出したような「老眼用のタマ」の入ったメガネは不自由である。
こういうときには「老眼が全面に入った」メガネが楽である。首を振らなくても目玉を動かすだけで端の方も読める。
だから私は眼鏡を四つ持っている。外出用のチタンフレームの軽いもの。普通の「老眼用のタマ」の入ったフレームの丈夫なもの。陽ざしのきついときの屋外用の度つきのサングラス。
それと先に挙げた「老眼が全面に入った」メガネ、の四つである。
近眼の度数と左右のアンバランスと、いちいちレンズ調節が必要だから、レンズだけで五万円はかかる。物入りである。
度数をきっちり合わせ過ぎると肩が凝ったりするから度数は緩めの方が、いい。
ものすごく細かい字をみるときには「近眼」者は、メガネを外して目を近づければいいから簡単である。

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この一連には、こんな歌がつづいている。

   先の世も来る世も儚(はか)な躓きて現(うつつ)に返る老眼鏡は

   もはや視力矯正かなはぬ目借り刻(どき)ねむりの刻と思ふたまゆら
・・・・・・・・木村草弥

いかがであろうか。


身籠りて子の手花火をまぶしがる・・・遠藤とみじ
WindowsLiveWriter_28bb01dea4b0_7C04_hanabi_2線香花火②

   身籠りて子の手花火をまぶしがる・・・・・・・・・・・・・・・遠藤とみじ

さて、私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)にも次のような歌がある。

   手花火が少し怖くて持ちたくて花の浴衣(ゆかた)の幼女寄り来る

   手花火の匂ひ残れる狭庭には風鈴の鳴るほど風は通らず
・・・・・・・・・・・木村草弥

一体として鑑賞してもらいたい。

この頃では、線香花火というような単純なものよりも、ロケット花火のような派手なものが好まれるようだが、危険も伴い、音も高く「幼女」向きではない。
私の歌のように手花火を「持ちたい」気持ちはあるが、といって「怖い」という幼女の心理状態を、少しは表現できたかと思っている。
線香花火はパチパチと弾けた後に赤い火の玉が夕日のように、しばらく残っているのが面白い。
手花火は幼い頃の郷愁の火の色と言えるだろう。
掲出した句は、里帰りか何かで「身籠った」娘か何かの感情を巧く捉えて句にしている。

以下、手花火を詠んだ句を引いて終わる。

 手花火に妹がかひなの照らさるる・・・・・・・・山口誓子

 手花火のこぼす火の色水の色・・・・・・・・後藤夜半

 手花火の声ききわけつ旅了る・・・・・・・・加藤楸邨

 手花火を命継ぐごと燃やすなり・・・・・・・・石田波郷

 手花火に明日帰るべき母子も居り・・・・・・・・永井龍男

 手花火にらうたく眠くおとなしく・・・・・・・・中村汀女

 手花火のために童女が夜を待ち待つ・・・・・・・・山口浪津女

 手花火にうかぶさみしき顔ばかり・・・・・・・・岡本眸

 
海へ出る砂ふかき道浜木綿に屈めばただに逢ひたかりけり・・・木村草弥
e0016267_815090浜木綿

  海へ出る砂ふかき道浜木綿(はまゆふ)に
     屈めばただに逢ひたかりけり・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。 初出は同人雑誌「かむとき」に発表したもの。

浜木綿の歌としては、古くは「万葉集」巻4(歌番号496)に柿本人麻呂の

   み熊野の浦の浜木綿ももへなす心は思へどただに逢はぬかも

という有名な歌があり、浜木綿の歌と言えば、この柿本人麻呂のものが本意とされてきた。
私の歌も、この人麻呂の歌を多分に意識した歌作りになっている。
この一連15首を全部再掲する。なお、この歌はWeb上でもご覧いただける。

       神の挿頭(かざし)・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

  失せもののいまだ出でざる夜のくだち和紙の吸ひゆくあはき墨の色

  海へ出る砂ふかき道浜木綿に屈めばただに逢ひたかりけり

  わだつみの神の挿頭(かざし)か浜木綿の嬥歌(かがひ)の浜ぞ 波の音を聴け

  ぞんぶんに榎の若葉空にありただにみどりに染まる病む身は

  昂じたる恋のはたてのしがらみか式子の墓の定家葛の

  そのかみの恋文は美(は)し暮れがたの朴の花弁の樹冠に光(て)れる

  蝦夷語にてニドムとぞ言ふ豊かなる森はしろじろ朴咲かせけむ

  くちびるを紫に染め桑の実を食みしも昔いま過疎の村

  よき繭を産する村でありしゆゑ桑摘まずなりて喬木猛る

  桑実る恋のほめきの夜に似て上簇(じやうぞく)の蚕の透きとほりゆく

  絹糸腺からだのうたに満ちみちて夏蚕(なつご)は己をくるむ糸はく

  桑の実を食みしもむかし兄妹(きやうだい)はみんなちりぢり都会に沈む

  六地蔵の導く墓にとべら咲き海鳥の来て石碑(いしぶみ)穢す

  海女のもの脱ぎすててありとべらなる白花黄花照り翳る昼

  節分(しんねん)にとべらの枝を扉(と)に挿せる慣はしよりぞトビラと称(よ)べる


季節くれば花を求めて飛んでゆく美しき翅よ うす青き蝶・・・木村草弥
image013ヒメシジミ
 
    季節(とき)くれば花を求めて飛んでゆく
       美しき翅よ うす青き蝶・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌も、先に挙げた歌のつづきに載るもので私の第二歌集『嘉木』(角川書店)所載。

私の歌に「美しき翅よ うす青き蝶」と詠ってあるので「ヒメシジミ」という蝶の写真を出しておく。
以下に触れる「尺取虫」とは無関係であるから念のため。

Geometrid_caterpillar尺取虫

私の手持ちの写真を活用して書いてみる。
写真の虫は「尺取虫」と言われるもの。
尻尾を木に固定して、頭を上げ、草木に取り付いたら、尻尾を持ち上げて半分くらいのところに持ってゆき、着地したら、また頭を持ち上げて前に進む。
という動作を繰り返して進む。
掲出した写真は、この虫の移動する(進む)様子を二つの画面で見られるので、うまく撮れていると思う。
「尺取り」とは寸法を取るという意味だが、人間が手を使って長さを計ったりするときの指の使い方を考えてもらうと判りやすいと思う。うまい命名だ。
この虫は「擬態」が巧妙で、取り付く草木の色にも合わせる「保護色」になっているので、よく観察しないと食害に気づかないことが多い。

aomusi-komayubatiアオムシコマユバチ
aomusi-komayubati3コマユバチ成虫

先に書いた普通の青虫──モンシロチョウの幼虫(大根やアブラナなどに着く)の天敵として「アオムシコマユバチ」(青虫小繭蜂)というのがいて、
これが青虫の幼虫の体に卵を生みつける。青虫の体内で卵は孵り、虫の体を食べて成長する。
そして時期がくると青虫の体外へ出て、サナギになる。二番目の写真が、その状態である。
三番目の写真が「アオムシコマユバチ」の成虫である。
小さな蜂であるが、人間にとっては「益虫」ということになる。
こういう「天敵」を利用して、大量に「サナギ」を量産し、それを「生物農薬」として販売するというのが、現実に農作業の分野では、やられている。
農薬を使うわけではなく、かつ自然界の生き物を利用しているので生態系を破壊することもない。
これからは益々こうした研究は進んでゆくものと考えられる。結構なことである。


ここで掲出した歌が載る個所の歌を全部ここに採録しておく。

       標本室 ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

  温室に緑を育て蝶を飼ふ少年の日よ記憶のはたて

  青虫がひたすら茎をのぼりゆく新芽の色の何とおいしさう

  季節(とき)くれば花を求めて飛んでゆく美しき翅よ うす青き蝶

  展翅板にうす青き翅と触角が固定されゆく指先を見つ

  感性の両眼をつき刺し飛び去るは標本室の昏き二十五時

  原色昆虫図鑑の中に引かれたるアンダーラインの蝶とびたちぬ

  いつだつて夢と現(うつつ)はうりふたご追伸のやうに思ひ出づるも



入浴剤こよひは「有馬」あすは「別府」せめては家居の夜々を楽しむ・・・木村草弥
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     入浴剤こよひは「有馬」あすは「別府」
          せめては家居の夜々を楽しむ・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第五歌集『昭和』(角川書店)に載るものである。

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暑くなってくると、夏場は私は専ら「シャワー」派である。
毎朝、散歩で大汗をかくので、帰るとすぐにシャワーを浴びる。
私は自宅では、日中はクーラーをつけない主義であり、「節電」でやかましい今どきの生活を実践しているようなものである。
これは私が「体」のことを考えての処置であって、昼間には出来るだけ汗を出すことに留意している健康法である。
だから夏場は、汗をかいたら一日に三回ぐらいもシャワーを浴びることがある。
その代り、夜は宵のうちから寝室はクーラーを利かし、ぎんぎんに冷やしておく。就寝時にはクーラーを半時間または一時間後に「切る」タイマーにして寝る。
これでほぼ朝まで快適に寝られることが実証済みである。

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ところで、私のようなシャワー派ではなく「浴槽」に浸からなければ嫌だという人も多い。
私の知人にも何人も居る。
そういう人たちが愛用するのが、画像にも挙げた「入浴剤」なのである。
有名な温泉地、たとえば別府などに行くと、「湯の花」という温泉成分の粉を売っているが、それを商品にしたのが、これらのものなのだ。
私の知人などは夏場から浴槽に、これを入れている。
風呂に浸かると、どうしても汗をかくので、体のほてりを取るのに苦労するから、私は夏場はシャワーなのである。
さあ、あなたは今年の夏は、どちらで乗り切るのであろうか。


守宮かなし灯をいだくときももいろに・・・服部京女
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   守宮かなし灯をいだくときももいろに・・・・・・・・服部京女

はじめにお断りしておく。掲出の写真はネット上でeco.gooの「ようちゃんの風景」2003/5/24から拝借したものである。
この写真はガラスに張り付いた守宮を撮ったものだが、グロテスクな感じを与えないので、丁度よいと思う。

そろそろ夜にガラス窓などに「ヤモリ」の姿が見られるようになってきた。
守宮は主に人家に棲み、壁や天井、ガラスなどに張り付いて明りに寄ってくる虫を捕らえて食べている爬虫類である。
指には吸盤があって、どんなところにも留まることができる。
体の色は環境によって変化するらしいが、私は夜に家で見かけるので灰色の時しか知らない。
毒はなく、害虫を捕らえる有益な生き物と居えよう。

ガラスに張り付いている場合は、守宮の腹の中の様子が少し透けて見えるので興味ふかい。
呼吸に応じて喉がひくひくと動くところなど面白い。
それにガラスに張り付いている場合は裏面から見えているわけで、守宮の目からは、こちらは見えないので、彼は気がつかないから、ゆっくり観察できる。
名前の由来は、だいたい家の中に居るので「家守」の意味で、この名がついたと言われている。
鳴声が嫌だと言われるが、私はまだ聴いたことがない。
守宮は家の壁や地下の暗いところに10個ほどの卵を生む。これは私は一度みたことがある。

この句は、ヤモリが外灯の笠なんかに張り付いているときには、ヤモリの体が灯に透けて「ももいろ」に見える、という設定が秀逸である。
「かなし」は「愛しい」「いとしい」に通じるだろう。

以下、守宮を詠んだ句を引いて終わる。

 河岸船の簾にいでし守宮かな・・・・・・・・飯田蛇笏

 壁にいま夜の魔ひそめるやもりかな・・・・・・・久保田万太郎(カルカッタの飛行場にて)

 硝子戸の守宮銀河の中に在り・・・・・・・・野見山朱鳥

 灯を待てる守宮雌を待つごときかな・・・・・・・・阿波野青畝

 芭蕉葉に二重写しの守宮かな・・・・・・・・阿波野青畝

 獄いたるところに守宮の夫婦愛・・・・・・・・大喜多冬浪

 静かなるかせかけ踊守宮鳴く・・・・・・・・高浜年尾

 膝に蒲団はさみて寝るや守宮鳴く・・・・・・・・沢木欣一

 守宮ゐて昼の眠りもやすからず・・・・・・・・上村占魚

 昼守宮鳴く経蔵に探しもの・・・・・・・・能仁鹿村

 玻璃に守宮眠れぬ夜の星遠く・・・・・・・・長島千城



宮沢肇詩論集『一本の葦』・・・木村草弥
宮沢_NEW

──新・読書ノート──

       宮沢肇詩論集『一本の葦』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・待望社2020/07/20刊・・・・・・・・

詩人の宮沢肇氏から、この本が贈られてきた。宮沢さんの詩は、詩「邂逅」は、このブ゜ログで紹介したことがある。リンクになっているのでアクセスされたい。

宮沢肇
詩誌「地球」 「未開」 「風」各同人を経て、現在「花」 「佐久文芸 火映」に作品を発表。
1959年 詩集『雄鶏』
1964年 詩集『青春寓話』
1982年 詩集『仮定法の鳥』
1991年 詩集『鳥の半分』 第32回中日詩賞
1996年 詩集『帽子の中』 第8回長野県詩人賞
1997年 『宮沢肇詩集』
2000年 『朝の鳥』
2003年 詩集『分け入っても』 第3回現代ポイエーシス賞
2009年 詩集『舟の行方』 
2015年 詩集『海と散髪』 
1988年 合唱組曲作詞『望月の駒』 三木稔作曲
1996年     〃    『おとめの泉』 太田桜子作曲
2012年 共著エッセイ『信濃追分紀行』 第2回秋谷豊千草賞
日本現代詩人会。 日本文芸家協会所属。
世界芸術文化アカデミー(W .A...A. C.)の終身会員    など

輝かしい詩歴の持ち主であられる。
この本は、一応「詩論集」と書いたが、120ページほどの小冊子である。

「目次」は
Ⅰ 詩人への手紙
     J・シュペルヴィエル
     土橋治重さんの花と禅
     石原武兄の原郷
     一本の葦から想像力へ
     深層につながる詩語を求めて
Ⅱ 詩想片言
     石ころの詩
     故に、詩在り

ここでは「石ころの詩」の冒頭(1)の文章を引いておく。
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すでに存知の人も多いと思うが、まど・みちおさんに、「石ころ」という詩がある。
1979年『風景詩集』に収められている。先ずその全篇を書き写しておきたい。

  夏の まひる
  とある 道ばたの
  小さな石ころが ひとつ
  消えました
  通りがかった
  雲の影が
  ふと 包んで
  持って行ったのでした

  その夜
  世界中の 岩山たちが
  嵐のように 叫び合いましたが
  おとむらいだったでしょうか
  お祝いだったでしょうか


  人の耳には
  ただ そのあたりに
  コオロギの声が 一りん
  小さく光って
  咲いているきりでした

----------------------------------------------------------------------------
この詩から(2)ではポーランドのノーベル賞詩人に話は続き、(10)まで詩論がつづくのでした。
「詩論」を手作業で入力し直すというのは不可能なので、ほんのさわりの部分だけ紹介した無礼をお許しいただきたい。
高邁な詩論集を賜り有難うございました。 これにて「紹介」といたします。      (完)






青虫がひたすら茎をのぼりゆく新芽の色の何とおしいさう・・・木村草弥
030917kityou2黄蝶幼虫

   青虫がひたすら茎をのぼりゆく
     新芽の色の何とおしいさう・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るもので、歌作りとしては、「青虫の目」になって作っている。

予めお断りしておく。
こんな虫の写真を何枚も見せられて、気持ちが悪いという人は、無理して見てもらって体調を崩されては、私の意にそぐわないので、即刻みるのを中止してほしい。

青虫と言っても、ものすごい種類がある。
一番はじめに載せたのは、一般に「青虫」と呼ばれるもの、成虫は「モンシロチョウ」などの幼虫である。
掲出写真のものは「黄蝶」の幼虫。
この種類は皮膚に「毛」がなく、そんなに気持ち悪くはない。

aomushi青虫②

二番目の写真の虫は、もう「青虫」と呼ぶのは、はばかられる。
写っている植物はパセリなどの匂いの強い「香草」類で、これにつく虫は「アゲハチョウ」類のものである。
この写真の虫は長さ5センチ、太さ1.5センチにもなる摑むのも怖いような大きな虫。
小鳥も食べない。ホトトギスなどは好んで食べるという。
蝶や蛾は卵を産んで、孵化して、その葉を食べる対象植物が、予め蝶の種類ごとに決っているのである。
いまアゲハチョウと言ったが、同じ属の幼虫でも、子細に観察すると姿かたちが少しづつ違っているものである。
かんきつ類の木につくもの、山椒の木につくもの、香草につくもの、など皆少しづつ違いがある。
それにアゲハチョウ系の虫は触ると角のようなものを出し、特有の嫌な匂いを出す。
油断すると小さな木や草など数日で坊主にされてしまう。孵化したての頃の幼虫は、みな黒い色をしている。

a-1s青虫アゲハ①

三番目の写真の虫がアゲハチョウ類の幼虫の一般的な形と色である。
もちろん先に書いたように、食べる植物によって虫の種類が少しづつ違っている。

四番目の虫は、クロアゲハの「終齢」期のもの。
kuroageha3クロアゲハ幼虫終齢

私は、特別に「昆虫少年」だったわけではないが、田舎に住んでいれば、こんな虫をいちいち怖がっていては暮らせない。
こういう虫たちとも、自然の付き合いをしてゆくのが「田舎暮らし」というものである。

kuroageha4クロアゲハ蛹

五番目の写真はクロアゲハの幼虫が成育して「サナギ」になったもの。
この中でじっとしていて、その間に「変態」する準備が進み、殻を破って出て成虫の「蝶」の姿になるのである。

以上、手元にある写真を並べて解説してみた。
ただし、私のは学習して専門的に正しく集積した知識ではないので「虫」に詳しい方は、ぜひ間違いを指摘してほしい。よろしくお願いする。


銀漢やどこか濡れたる合歓の闇・・・加藤楸邨
img70合歓の花本命

     銀漢やどこか濡れたる合歓の闇・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

合歓(ねむ)の木はマメ科ネムノキ属。
北海道を除く日本および東アジアから南アジアに広く分布し、山の浅いところに見かける落葉高木。
「ねむの木」というのは夜、羽状複葉の葉がぴったりと合わさるからで、眠るように見える。
葉の付け根の細胞に水分が少なくなるからという。七月ころ牡丹刷毛のような、先がほんのり紅い花を開く。
今となっては少し時期が過ぎたかも知れない。
刷毛のようなところが雄しべで、花弁や萼はその下にある。
花は夕方開花し、日中は萎む。
芭蕉の句に

 象潟や雨に西施がねぶの花

というのがあるが「西施」というのは中国の女で異国に嫁いだ悲運の人。この句はそれを踏まえており、夜咲き、昼つぼむ花は悲運の女性を象徴する。
葉が逆に夜閉じ、昼ひらくのも面白い。「ねむ」という名は、この葉の習性から名づけられたものである。

以下、歳時記に載る句を引く。

 うつくしき蛇が纏ひぬ合歓の花・・・・・・・・松瀬青々

 総毛だち花合歓紅をぼかし居り・・・・・・・・川端茅舎

 雲疾き砂上の影やねむの花・・・・・・・・三好達治

 黒髪を束ねしのみよ合歓挿さな・・・・・・・・佐々木有風

 合歓の花夜は蠍(さそり)座を掲げたり・・・・・・・肥田埜勝美

 合歓咲いてゐしとのみ他は想起せず・・・・・・・・安住敦

 合歓の花底なき淵の底あかり・・・・・・・・中川宋淵

 合歓の花沖には紺の潮流る・・・・・・・・沢木欣一

 どの谷も合歓の明りや雨の中・・・・・・・・角川源義

 風わたる合歓よあやふしその色も・・・・・・・・加藤知世子

 花合歓に夕日旅人はとどまらず・・・・・・・・大野林火

 花合歓や補陀落といふ遠きもの・・・・・・・・角川春樹

 葉を閉ぢし合歓の花香に惑ひけり・・・・・・・・福田甲子雄

 花合歓の下を睡りの覚めず過ぐ・・・・・・・・飯田龍太

 合歓咲けりみな面長く越後人・・・・・・・・森澄雄

 花合歓の夢みるによき高さかな・・・・・・・・大串章

 日本に小野小町や合歓の花・・・・・・・・辰巳あした

 合歓の花不在の椅子のこちら向く・・・・・・・・森賀まり

 紅刷毛かピエロの睫毛か合歓の花・・・・・・・・関容子




仏桑華あかあかと咲く城跡の日だまり小さきイグアナが陽を浴ぶ・・・木村草弥
20070321013714イグアナ

   仏桑華(ハイビスカス)あかあかと咲く城跡の
      日だまり小さきイグアナが陽を浴ぶ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、メキシコのユカタン半島のマヤの遺跡で作ったものである。
ただし自選60首には入れてないのでWeb上ではご覧いただけない。

hibiscusハイビスカス①

ハイビスカスにも色々の改良種があり、色もさまざまなものがあるようだ。
しかし、何と言っても真紅のハイビスカスがメキシコの大地には、似つかわしい。
「ハイビスカス」は学名をHibiscusと言い、学名通りに呼ばれているもの。
アオイ科フヨウ属と言い、「仏桑華」というのは葉が桑の葉に似ているからという和名である。
三番目の花は改良種のピンクのものである。

hibiscus7ハイビスカス③

ハワイでは州の花とされ、レイにされる。
インドが原産地とされるようで、暑いところでは、地中海沿岸、東南アジア、南太平洋など広範な地域に分布する。
熱帯性気候にマッチした鮮やかな花である。

   ハイビスカス子は沖縄の娘を愛す・・・・・・・・・・森信子

というようなハイビスカスにぴったりの句も生れたりする。

「イグアナ」と一口に言っても、さまざまな種類があるらしい。
メキシコのユカタン半島に棲息するイグアナは、恐ろしげな姿はしていない。
灰緑色をしていて、変温動物なので日向で日光浴をしていたりするのが見受けられる。私の歌に詠んである通りのものである。
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以下、私の歌集に載る「マヤ」にまつわる一連の歌を再録する。

       マヤの落暉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   はるばるとユーラシアより来しマヤ人も蒙古斑持つと知れば親しも

   マヤ人は「暦の民」なり一年を三六五・二四日割りいだしたる

   蝸牛(カラコル)と呼ばるる円き天蓋の天文台跡半ば崩えをり

   仏桑華(ハイビスカス)あかあかと咲く城跡の日だまり小さきイグアナが陽を浴ぶ

   日本より三ヶ月経て此処に着きし支倉常長が見しアカプルコ

   トゥルムとは城壁の意なり群青のカリブの海に白く映えゐる

   神殿を西向きに建てしは落日が次の日も昇れと祈りしならむ

   ───マヤはBC3世紀にはすでにゼロの概念を発見してゐた──
   マヤ編める二十進法は十進法より大き数計算すばやく可能

   ユカタンは石灰土壌「セノーテ」は地下水脈の湧きいづる井戸

   午後四時ゆプラサ・メヒコは闘牛を見んと集へる六万の人

   巨大なるすり鉢なせるコンクリート赤きマントに牛突っ込めり

   信篤きインディオ、ディエゴ見しといふ褐色の肌黒髪の聖母

   カトリック三大奇蹟の一つといふグアダルーペの聖母祀れり

   聖母の絵見んと蝟集の群集をさばくため「動く歩道」を設置す


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