K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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ネウマ譜の起伏のごとき午睡かな・・・・・・・・・・・・島本融
a0136223_17372262ネウマ譜
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──再掲載──初出2004/04/29 Doblog──「島本融の詩と句」(再掲載にあたり編集し直しました)

     ネウマ譜の起伏のごとき午睡かな・・・・・・・・・・・・・島本融

「午睡」というのは夏の季語だが、もう夏日の気温の日がつづく昨今であるので、もう夏「仕様」で行きたい思う。
ところで「ネウマ譜」については ← Wikipediaに詳しい。
ネウマ譜というのは一般的にはグレグリオ聖歌の表示法として知られるが、「ネウマ」とは中世の単旋律歌曲の記譜で使われた記号。
旋律の動きや演奏上のニュアンスを視覚的に示そうとしたものが基本。
ネウマ譜とは、上に述べたネウマを使った記譜法。
9世紀頃現われ、高音を明示しないネウマ、高音ネウマ(ダイアステマ記譜法)を経て、やがて11世紀から「譜線ネウマ」へ移行する。
ネウマ譜は先に述べたようにグレゴリオ聖歌の表示法として知られるが、中世の世俗的歌曲も、貴族の館を中心に「吟遊詩人」の歌として流行した。
単声で、譜線ネウマ譜で表わしていた。
最初は、歌詞の上に記号をつけただけだったが、10世紀頃イタリアやイギリスで譜線が登場する。
譜線の数は1本から4本まで増え、線と線の間隔は3度間隔を示すようになり、「譜線ネウマ」と呼ばれるようになる。
後には近代5線譜で古い楽譜が写本されることもあるらしい。期間的には9世紀から14世紀にかけて、ということになる。

実は私はネウマ譜の実物か写本というものを見たことがない。
本で、その存在を知っていたに過ぎないが、2004/04/20付けの新聞で大阪の女性がネウマ譜の装飾的な美しさに引かれて写本を手掛けている、
という記事に触発されて、島本氏の、この句を採り上げる気になった。
昔のヨーロッパの本は、小説でも神学の本でもページの文頭の字は、大きく、しかも色彩的にも極彩色に装飾した「飾り文字」になっているが、
このネウマ譜も、そういう装飾文字で始まるらしい。
装飾的ということからは、この大阪の女性の写本のモデルになっているのは14世紀イタリア式譜面の装飾かも知れない。
ネウマ譜の画像をいくつか出しておいた。
GregorienA4グレゴリオ聖歌17世紀楽譜
 ↑ グレゴリオ聖歌17世紀楽譜

島本融氏については、私のWeb上のHPで一章を設けて句集『午後のメニスカス』の抄出をしてある。
島本融氏は河井酔茗、島本久恵氏のご次男で群馬県立女子大教授などを勤められた美学者である。
美学者としての教養から横文字が多いが、知的な雰囲気に満ちている。以下、句を抄出する。
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 母は闇に坐して涼しき銀河系

 吾亦紅野辺のアウラというべきか

 くすぐられてしなやかな子の夏合宿

 すこやかになまあしやはりさむいという

 てふてふの旧かなめきし羽根づかひ

 秋灯に偽書ほどほどの読みごたえ

 様式とはめだかみごとに散るごとく

 二河白道一輻だけの花の寺

 ミネルヴァの梟を言い冬学期

 十代連はチアののりにて阿波踊り

 謝恩会のゼミ学生の抜き衣紋

 青嵐におののきやめずメニスカス

 酔漢がハモってゆくや歳の暮

 波奈理児のすはだに生絹(すずし)添えまほし

 ビリティスの偽書も編みたし蔦の花


島本融の詩と句・・・・・・・・・・木村草弥(Doblogから再録)
午後のメニスカス

2007/02/20のBlog

──島本融の詩と句──「春昼冬夜譜」抄─(2)

hingisヒンギス

 春寒のややヒンギスのいかり肩・・・・・・・・・・・・・・・島本融

この句の詠まれたのは、いつかは判らないが、つい最近、東レ・パンパシフィック・オープンテニス大会でヒンギスが、アナ・イワノビッチを破り優勝した。
女の魅力としてはシャラポワがロシア美人の典型のようで頭抜けているが、ここは氏の句のことであるから、時事性もあるものとして掲出しておく。
ヒンギスの「いかり肩」というのは、スポーツに疎い私でも感じることである。
何でも句の題材にしてしまう氏の力量に脱帽である。

彫り深く残夏女身の肩甲骨・・・・・・・・・・・・・・・島本融

 諍いを息みて柚子湯にめをとかな

 時雨来てここも野ずえに六地蔵

 春いくたびすこやかのとき病めるとき

 おんな坂すがるるままに萩桔梗

 被昇天ネウマ音譜の浮き沈み

 春愁や童女妖しき逢う魔時

kuroageha-omoteクロアゲハ雌

黒揚羽なつきしような別れよう・・・・・・・・・・・・・・・島本融

 あなたと切れたあの宵晩霜注意報

 傲りつつ女身の背なの夏消ゆる

 なめくじの軌跡あらわにひたむきに

 あの帽子セピアの夏に消えたまま

 内視鏡残夏の旅でどうでした?

 ヴェガならでおぼつかなげの流れ星

meigetu.jpg

満月がよごれて揚がるビル狭間・・・・・・・・・・・・・・・島本融

 新涼のアウラほのかに猫眠る

 すべりやすきひとを庇いてあじさい寺

 夜すすぎを已みて隣人くつろぎし

 切り口というもの蒼し弥生尽

 縁台で臨死を語る人もいて

 ケータイで神輿同士のゆずり合い

 初詣宮司かなしきふけぐあい

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島本融氏の句を二回に分けて載せてみた。
なにぶん数多くの作品の中から、ザッと見ての抄出であり、見落としも多いかも知れない。私好みの句の抄出になった。
見直して、改めて採りたいものは追加したい。


氏には、句集『午後のメニスカス』があり、Web上の私のHPでご覧いただける。
島本融氏は、未知の人であったが、偶然に私のHPを見た、と言ってメールを送って来られて交友するようになった。本人は何も仰言らないが、検索してみて、氏が河井酔茗、島本久恵氏のご次男であること、群馬県立女子大学教授であられたこと、東京工芸大学のことなどが、サーフィンの結果判った。美学者であられる。
島本氏には先年上梓された歌集『アルカディアの墓碑』もある。
氏のホームページは、こちらである。
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2007/02/18のBlog
島本融の詩と句──「春昼冬夜譜」抄─(1)

senbon千本鳥居

初午や鳥居よろしきかしぎよう・・・・・・・・・・・・・・・島本融

この句は島本融氏の「春昼冬夜譜」と題する数百句に及ぶ作品の中から引いたものである。
「初午」については言うまでもないが、今年の場合2月5日だった。二月の最初の午の日を初午と言い、お稲荷さんの祭礼が行われる。稲荷の縁日となったのは、伏見稲荷大社の祭神が稲荷山三ケ峰に降臨したのが、和銅4年2月11日で初午だったからという。
写真①は千本鳥居というもので、この密集した光景は、壮観である。
中には、「傾(かし)いで」いる鳥居もあり、掲出句は、その様子をユーモアたっぷりに詠んでいる。
なお、氏の俳句は「新かなづかい」で作られているので、念のため。
ここでは、出来るだけ多くの氏の作品を引いておきたい。

 人日を発ち行く黴の解脱かな

 からみ餅ふるまいたまう友の妻

 庚申に牧のマリアに片時雨

oni大津絵鬼の寒念仏

廃材にまぎれ大津絵逝きし春・・・・・・・・・・・・・・・島本融

「大津絵」に関しては解説は不要だろう。図版②は「鬼の寒念仏」という伝統的な大津絵である。

 はるうらら邪鬼がねむたい京都奈良

 ファインダーに他生のえにし京は秋

 皿割って叱る人なし秋の暮れ

 みじか日や山越え阿弥陀旅支度

 小春日や聞こえずなりしトカトントン

sperm_16024523精子

えらばるる精子に孤愁栗は花・・・・・・・・・・・・・・・島本融

 啓蟄だサチュロスなども跳ねまわれ

 おぼろ月廃線軌条啣筒小屋

 はすかいに姉三六角ほととぎす

 静脈に顕つ子淡い子おぼろ月

 退色のプリントいつの残夏光

 副乳とためらい傷ところもがえ

image生足

春雷やなまあしあまた下校どき・・・・・・・・・・・・・島本融

 花まんだら描かばや童女熟るるころ

 山下白雨凱晴シチリア山上町

 フラクタルに揺らぎは見えで羊歯に夏

 山椒の棘も乳房も芽生えどき

 ほうやれほ生あるものは歩むべし

azuma8アズマヒキガエル

おどろいて喃語対峙のガマガエル・・・・・・・・・・・・・・・島本融

 彼岸花忉利天ではなんという

 弔うならば蝕の燭の灯わが葉月

 秋水の銘も女身もけざやかに

 春寒のくらき裸像の無言館
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島本融氏は美学者でいらっしゃるから、句作りにも「教養主義的な」ものが反映する。
ここに引用した終りから4句目の
<忉利天>は「トウリ」天と訓むが、この字(リッシン扁に刀)はJIS第二水準の字で、以前はコンピュータ上に表示できなかった。今では或る設定をすれば表示できるようになった。私もソフトのメカには弱いが、「Unicode(UTF-8)」というのがあり、私のパソコンは、それを設定してあるので、こんな難しい「表外漢字」も画面上に出て来る。
島本先生のパソコンの設定、というか「HP作成ソフト」が、それに対応していないらしく、今回の「春昼冬夜譜」についても、先生と私との間で何回かメールのやりとりをした。
さて、この<忉利天>という見慣れない言葉だが、お釈迦さまと生母・摩耶夫人とに関わる「仏教説話」が出典である。ネット上でも見られるが、お釈迦さまが入滅されたとき、摩耶夫人が<トウリ天>から下りてきて、激しく悲嘆に暮れられた。それを見た釈迦が摩耶夫人を諌めた、というくだりが説話にある。
また島本先生のメールによると

<弟子どもが講義中に居眠りをするので釈迦がむかっ腹を立てて、われわれとちがうのは家に帰ってしまうのでなくて、(ついでだから?)天へ上って麻耶夫人の追悼演説をやった、それがトウ利天のどこやらの辻で、清涼寺式釈迦像はその姿を模したのだとか、どこかにくだらないことが書いてあったのを思い出します。>

とある。釈迦入滅に関しては、いろいろの説話が伝わっており<兜率天>(トソツテン)という天上の世界もあるらしい。
とにかく、そんな具合で先生のHPでは「トウリ天」という変な表示になっていて、先生も「漢字で書きたかった」とあとがきでお書きなので、せめて、表示できる私のページでは直しておきたいと思った。
なお、2月15日は、お釈迦さまの入滅された日で、仏教の世界では、あちこちで行事が行われるが、「涅槃会」については、ここを見られるとよい。
奈良国立博物館には「釈迦入滅図」というのが所蔵されているという。
以上、蛇足である。
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2004/11/01のBlog

──島本融の詩と句──(1)

 天動説の夏・・・・・・・・・・・・・島本融

 Ⅰ
降っているなにせの千枚田はどうなった
イベント片付けてひきずって
幟のロゴは Ohne Mondlicht Kafer Wandert だったか
何だったか

ウルトビーズ俺はテレビで眺めて
漁師村の外典も私物化しなかった
コクトーさん嘘でほんとを挑発しましたか

イベント引きずって
梅雨どきの無為はいけません
月が鏡であったならあなたさぞかしうざったい
いえいえまあ 仕事に出るとこではありますけど

 Ⅱ
巨大な櫛と思ったが廃屋だった
人という 火という気配は

実りのうすい秋と幟が野面をこすってゆく
 が
人という体臭は 火という体温は
格子からのぞいて畏れて待っているが返事は来ない

わわけさがって抜け毛のように
モンス・デジデーリョばりの柱廊に
蔓草というには遺骸めいたものがしがみついて

私は目をそらして空をさがした
やがて枯葉色の虹がかかって
近親婚でさびれた聚落の
貴族の裔はいつまでたっても不在だった

 Ⅲ
高名な物理学者で
Bクラスの美術史屋ではない
校了になって三校目、念校取ったのがおととい

俺はもうそしらぬ顔してフェルメールなど見に行った

まあ誤解というのも解釈のうちではありまして
したり顔して俺は
市民講座なんかでいつかしゃべっていた

 Ⅳ
みやこの蝉はペダンティックで
festina lente と啼くそうな
蝉のイントネーションすこし無理でないかい
と思ったが
内科医と変換になった時点で考える

アスクレピオス故地で松籟も蝉も聴いたような
バスは何分遅れだろうと思ったら
夕づつに砂塵を巻きあげて
さだかにクテルは走ってきた

帰国したらまもなく年金生活だ
いまはちょっと耳鳴りふうで
うちでも festina lente と泣きはじめる

 Ⅴ
朝ではなくて薄明の宵というべきか。この寂寞を思う
ものでなくて未来は語れない。

想うならば夕べみちのべの陽射しのアタラクシア、
行くならばかわたれどきの地平をすかし見て、
背伸びの胎児のごとく呼吸を始めよう。

やがて人々が集ってくるそして
ひとつの死を確認する。

あたらしい呼吸の息吹きをひとは、
もう識別することはない。

ひとびとの追憶からとても
とても遠いところで私は、
ときどき朝とも夕べともつかないこの光を、
とても遠い陽射しのように思い浮かべることはあるか
もしれない。

うすれゆく意識のなかにたぶんこの世最期の悟性は、
そう思って途絶える、そして・・・・・・

 Ⅵ
天動説を枉げぬ娘(こ)が居て夏合宿

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同人誌『浪曼群盗』51号・2004年秋季号から転載。
(おことわり)はじめから3行目の横文字Kafer の a の上にはドイツ語の記号・・が付くが、省略してある。日本語変換のワードプロセッサの所為で送信などすると削除されてしまうので、予め省略する。
作者にはおわびする。私のフランス語表記と同じことである。
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掲載しただけでは無責任なので、少し解説する。
島本融氏は美学者であるから、この詩のはしばしに教養が見え隠れする。
3行目のKaferの a の上にはドイツ語の記号「・・」ウムラウトが本来は付くことは先に書いたが、この一連のドイツ語は英語でいうと without moonlight beautiful girl wanderd となろうか。こうして見てみるとドイツ語と英語には名詞や動詞に同じ発生の語というのがあるのが、よく判る。mondlicht=moonlight 、 wander などが、それである。この部分を日本語に直せば、「月(の光) もないのに、きれいな若い娘はさまよう」あるいは「月の光がなくても若いきれいな娘はめだつ」というような意味になろうか。
とにかく「現代詩」というのは、文脈を「意味」で辿っては、イケナイ。ある「詩句」が、そこにオブジェのように在るだけで詩としての存在感を持っているのである。
も一つ横文字を解説しておく。Ⅳの2行目の festina lente というのはラテン語で「急いで!ゆっくり」の意味であり、これは一見して矛盾する言葉だと気づく。この矛盾した詩句が、とても成功している。
また、同じⅣのすぐ後の「ないかい」という語尾を受けて「内科医」という詩句があるのも、とてもシャレている。これはワープロをやる人なら、誰でも経験することで、こういう詩の表現に接すると、思わずニヤリとするのではないか。
そんなこんなで島本氏の、この詩は楽しく読ませていただいた。
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その後、島本氏からメールが来て、Kafer というのは作者の意図では「甲虫」の意味に使われたらしい。この言葉には私が解釈した「若いきれいな娘」の他に「甲虫」の意味もある。私は甲虫も確認したが、私は「娘」の方を採用したのだった。この辺のところが横文字の場合は、難しいところである。お許し願いたい。
なおドイツ語の「・・」ウムラウトを使わずに Kaefer と「ae」と表記することも可能のようである。ただし目下のところは「ae」は発音記号のようなものでドイツ語辞書にはKafer と載っているだけである。
いずれにしても一旦発表された作品は作者の意図を離れて「ひとり歩き」するので、いかように解釈されようと、それは、それで仕方のないことである。私の作品についても同じことは言える。

  
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