K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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菊の花の/紅をふくんだうす紫が/箱にいっぱい/──さっとゆがいて召し上がって──・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(18)再掲載・初出Doblog2005/10/25

        菊の花・・・・・・・・・・高田敏子

     菊の花の
     紅をふくんだうす紫が
     箱にいっぱい

     ──さっとゆがいて召し上がって──
     友のことばがそえられて

     こんなにたくさん
     菊畑がそのまま
     送られて来たような
     花のまぶしさ
     花の香り

     この美しさを
     「食べる?」
     私はそれにあたいするかしら
     花のまえに はじらうばかり

     お盆に盛って
     棚においでの観音様に
     まずお供えして
     ご近所にもおすそわけしましょう

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
----------------------------------------------------------------------
掲出した画像は、食用菊「もってのほか」である。
普通の菊よりも苦味が少ない。 他にも、いろいろの品種があるようである。
この詩にも書かれているように、さっと茹でて「おひたし」のように食べるらしい。
「らしい」と言ったが、私は食べたことがない。

ぶどう棚を渡る風に/葉は枝を離れて落ちる/実りを終えて/安堵の心をみせての/静かな落下・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(16)再掲載・初出2005/10/23

       ぶどう棚の下・・・・・・・・・・高田敏子

     ぶどう棚を渡る風に
     葉は枝を離れて落ちる
    
     実りを終えて
     安堵の心をみせての
     静かな落下

     葉は落ちて
     地から見上げているよう
     光のよさを
     光を受けて紫の色増す
     実りのよさを

     ぶどう棚の下に座って
     落ち葉の一枚を
     ひざにのせている私

     風は少し冷たくても
     秋の深まりを素直に受けて
     落葉からまなぶ
     心の静けさ

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)


夕日の赤/あれは ほおずきの赤/風車の赤/柿の実の赤/糸につるした折鶴の赤の色・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(15)再掲載・初出Doblog2005/10/22

         夕日・・・・・・・・・・高田敏子

     すすきの穂のまねく
     秋の道
     まねかれ
     歩みつづけて
     岬のはずれまで来てしまった

     もう先へは行きようもないけれど
     ひろがる海はおだやかで
     やさしい小舟を浮かばせている

     水平線もはっきり見えて
     海上近くに落ちかかる
     夕日の赤
     あれは ほおずきの赤
     風車の赤
     柿の実の赤
     糸につるした折鶴の赤の色

     夕日は刻々海に近づいて
     円のはしが
     水平線に接したと思うと
     刻々の 時の早さを見せて
     沈んでいった

     沈みきったあとも
     私はまだ 赤の色を追っている
     母が髪に結んでくれたリボンの
     赤の色も思い出され

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)

ダガンダガンは何故蒔かれたか/ネムに似たその木は/熱帯樹の間を埋めて/茂りに茂り 地をおおい・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(13)──初出・Doblog2005/08/02

    ダガンダガンは何故蒔かれたか・・・・・・高田敏子

   ダガンダガンは何故蒔かれたか
   ダガンダガンは何故茂ったか
   ネムに似たその木は
   私のめぐった南方の島々に茂り
   熱帯樹の間を埋めて
   丘にも平地にも バスの走る国道の両側にも
   茂りに茂り 地をおおい
   枝に垂れ下がる実を割ると
   黒褐色の種がこぼれた

   艶やかな黒褐色の種を手のひらに遊ばせながら 木の名を尋ねる私に
   「ダガンダガン」と 裸の土民は答え
   彼もまた腕をのばして頭上の枝から種をとり
   手のひらにこぼして見せた

   ──この種は戦争が終るとすぐ
    米軍の飛行機が空から蒔いた
    島全体に 蒔いていった
   土民は種を手のひらから払い落すと
   空いっぱいに両手をひろげて説明した

    ダガンダガンは何故蒔かれたか
    ダガンダガンは何故茂ったか

   ダガンダガンの種は首飾りや花びん敷になって
   土産物屋に売られている
   1ドル50セントの首飾りを二十本も求めたのは
   この島サイパンで兄一家を失い 慰霊のために訪れたと語る中年の
   夫婦だった

   テニヤン ヤップ ロタ
   どの島々にもダガンダガンは茂りに 茂り 地をおおい

   島の旅から帰って二カ月ほど過ぎた日
   硫黄島に戦友の遺骨収集に行った元工兵の記事が目にとまった
  ──島はギンネムのジャングルにおおわれ 昔の地形を思い出すのに
    困難をきわめた。山刀でギンネムのジャングルを切り倒しながら進
    み ようようにしてかつての我々の壕を発見し 目的を果たすことが
    できた。これは全く死者の霊に導かれたと思うほかはない──

   このギンネムとはダガンダガンに違いない

    ダガンダガンは何故蒔かれたか
    ダガンダガンは何故茂ったか
   南の島々に蒔かれた種が 急速に成長し
   茂り 隠したものの姿が 突然に私の目に浮かんだ
    ダガンダガンは何故蒔かれたか
   首飾りを求めた夫婦はそれについて何んの疑問も持たなかった

   ダガンダガンの首飾りは若い娘の胸にゆれて
   どこかの町を歩いているだろう

    ダガンダガンは何故茂ったか

    (詩集『砂漠のロバ』から)
--------------------------------------------------------------------------
長い詩の紹介になったが、これも単なる観光客あるいは視察者の視点に終らず、この木の蒔かれるに至った原点に迫っている。
詩の技法としての基本であるが「ダガンダガンは何故蒔かれたか ダガンダガンは何故茂ったか」というフレーズのルフランが生きている。
この詩もまた、今月8月を偲ぶのに相応しいと思わないか。


雪はとけてゆく/樹の肌にそって まるく/くぼみを作ってゆく・・・・・ ・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(19)再掲載・初出Doblog2006/02/01

         雪・・・・・・・・・・・・・高田敏子

     樹の根元のまわりから
     雪はとけてゆく
     樹の肌にそって まるく
     くぼみを作ってゆく
     その静かな環(わ)のかたちを見るのが
     私は好きだ

     雪はうっとりと
     とけてゆくのだろう
     とけて雪は
     地の中にしみ入り
     樹の根に吸いあげられて
     樹液に変わるのだ

      枝々の先に いっせいに
      噴きだす芽!
 
     うっとりと とけてゆく
     雪の心が
     あの環のくぼみから
     伝わってくる

(詩集『こぶしの花』から)

菊の花の/紅をふくんだうす紫が/箱にいっぱい/──さっとゆがいて・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(18)再掲載・初出Doblog2005/10/25

        菊の花・・・・・・・・・・高田敏子

     菊の花の
     紅をふくんだうす紫が
     箱にいっぱい

     ──さっとゆがいて召し上がって──
     友のことばがそえられて

     こんなにたくさん
     菊畑がそのまま
     送られて来たような
     花のまぶしさ
     花の香り

     この美しさを
     「食べる?」
     私はそれにあたいするかしら
     花のまえに はじらうばかり

     お盆に盛って
     棚においでの観音様に
     まずお供えして
     ご近所にもおすそわけしましょう

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
----------------------------------------------------
掲出した画像は、食用菊「もってのほか」である。
普通の菊よりも苦味が少ない。 他にも、いろいろの品種があるようである。
この詩にも書かれているように、さっと茹でて「おひたし」のように食べるらしい。
「らしい」と言ったが、私は食べたことがない。

みかんをむく/よい香りが部屋に満ちる/ただよい出る/清らかな香り・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(17)再掲載・初出doblog2005/10/24

            みかん・・・・・・・・・・・高田敏子

     みかんをむく
     よい香りが部屋に満ちる
     ただ一つのみかんから
     ただよい出る
     清らかな香り

     みかんは
     このときを待っていたように
     ふっくらと落ちついて手の中にある

     このときのために
     樹は一年をかけて みのらせ
     人は長い年月をかけて
     樹を育て

     一つのみかんにこめられた
     樹の心 人の心
     太陽の光も
     蜜蜂の姿も
     雨も風も

     私の手の上の一つのみかんから
     浮かび出る
     風景のゆたかさ

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)



草の音/虫の声/草の中に身を沈めていると/私も小さな 虫のよう・・・・・・・・・・・・・高田敏子
030811朝露本命②

──高田敏子の詩──(11)再掲載・初出Doblog2004/10/23

       つゆ・・・・・・・・・・・・高田敏子

    草の音
    虫の声

    草の中に身を沈めていると
    私も小さな 虫のよう
    夏の葉に光る一滴の
    つゆの面に
    私が写っている

    私の小さな存在が
    なお小さな つゆの面に
    写っている

    私は つゆと一つになる
    まろやかに その身をつつむ
    つゆの心になってゆく

    つゆの心に
    なりきったとき
    つゆは葉先にすべり
    ころげて
    地に落ちて 消えた

------------------------------------------
つづけて高田敏子の詩である。この詩は『薔薇の木』(昭和54年)に載るもの。



里いもの葉がゆれている/朝露を まろばせて/清らに優しい 露の玉・・・・・・・・・・・・高田敏子
satoimo里芋の葉

──高田敏子の詩──(10)再掲載・初出doblog2004/10/22

       露の玉・・・・・・・・・・・・高田敏子

     里いもの葉がゆれている
     朝露を まろばせて
     清らに優しい 露の玉

     私は娘の涙を思った
     歯痛に泣いた幼い日の
     涙の玉

     嫁ぐ日のよそおいの
     頬に光った 涙の玉

     娘よ 娘
     あなたが泣くときは私も泣いて
     過ぎてみた月日

     よろこびの 悲しみの
     どちらの涙もなつかしく


この詩は『季節の詩*季節の花』(昭和49年)に載るものである。



ぶどう棚を渡る風に/実りを終えて/安堵の心をみせての/静かな落下・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(16)再掲載・初出2005/10/23

       ぶどう棚の下・・・・・・・・・・高田敏子

     ぶどう棚を渡る風に
     葉は枝を離れて落ちる
    
     実りを終えて
     安堵の心をみせての
     静かな落下

     葉は落ちて
     地から見上げているよう
     光のよさを
     光を受けて紫の色増す
     実りのよさを

     ぶどう棚の下に座って
     落ち葉の一枚を
     ひざにのせている私

     風は少し冷たくても
     秋の深まりを素直に受けて
     落葉からまなぶ
     心の静けさ

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)


夕日の赤/あれは ほおずきの赤/風車の赤/柿の実の赤/糸につるした折鶴の赤の色・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(15)再掲載・初出Doblog2005/10/22

         夕日・・・・・・・・・・高田敏子

     すすきの穂のまねく
     秋の道
     まねかれ
     歩みつづけて
     岬のはずれまで来てしまった

     もう先へは行きようもないけれど
     ひろがる海はおだやかで
     やさしい小舟を浮かばせている

     水平線もはっきり見えて
     海上近くに落ちかかる
     夕日の赤
     あれは ほおずきの赤
     風車の赤
     柿の実の赤
     糸につるした折鶴の赤の色

     夕日は刻々海に近づいて
     円のはしが
     水平線に接したと思うと
     刻々の 時の早さを見せて
     沈んでいった

     沈みきったあとも
     私はまだ 赤の色を追っている
     母が髪に結んでくれたリボンの
     赤の色も思い出され

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)

ふっと人の肩にかけた手/疲れたみにくい皺の中に/・・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(9)再掲載・初出Doblog2004/10/06

         手・・・・・・・・・・高田敏子

     ふっと人の肩にかけた手
     疲れたみにくい皺の中に
     不思議な私がひそんでいる

     この肉体の末葉に生きて
     私の時間をみんなで吸い
     汚れて 痛んで
     そして私を支えている

     私の忘れた過去さえも折り重ねて
     止まった思考の外で
     いま ひらひらと泳いでいる

     この手の甲の背後で
     私の眼はつめたいなげやりの
     まなざししか持てない
----------------------------------------------------
この詩は詩集『雪花石膏(アラバスタ)』に載るもの。
手の皺を見て人生の残年の心情を深くえぐり出した。
詩人というものは、時に非情な心境になって自分を見つめ、さらけ出す。
詩人とは哀しい存在である。

ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている/実りを終えたぶどうの樹は/・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(8)再掲載・初出doblog2004/10/05

           ぶどう畑・・・・・・・・・・高田敏子

     ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている
     実りを終えたぶどうの樹は
     一房 一房を 切りとられ
     その枝を軽くしていった

     ぶどう棚の上の 空は冷めたく澄み
     風もまた冷めたく
     私の着物の布目をとおして吹きすぎてゆく
     ぶどうの葉は かわいた音をたてて散りおちる

     収穫のハサミは鳴りつづけ
     その音に 私は小さく身ぶるいしていた
     私も実りを終えた一本のぶどうの樹
     鋼鉄の刃の冷めたさが 私の胸の乳房にも
     触れる思いで。
---------------------------------------------------
「私も実りを終えた一本のぶどうの樹」という把握の仕方が、この詩を犀利な刃物にしている。
「葡萄を切るハサミの音に身ぶるいする」という詩人の繊細な心情と表現の的確さ。
この詩は詩集『藤』から。


「墓地を買いませんか」/友人がいった/墓地を買うなんて/・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(7)再掲載・初出Doblog2004/10/04

          丘・・・・・・・・・・・・高田敏子

     「墓地を買いませんか」
     友人がいった
     墓地を買うなんて
     私は一度も思ったことはなかった
     「丘の上の海の見えるところです」

     カモメがとんで 波がくだけて
     島がよいの汽船が見えて
     むかし そんな丘に住みたいと思った
     夢二の絵のように坐って
     レモンティーを飲みたいと願った

     ──そう レモンティーはさぞおいしいだろう
     「生もたのし 死もまたたのしです」
     友人は
     引越しの日をたのしむようにいった
     そして最後につけくわえた
     「必需品ですよ」
---------------------------------------------------
掲出の写真は、横浜山手の外人墓地のものである。この詩の「丘の上の海の見える」丘という設定に、なにほどかマッチするのではないか。
この詩は詩集『にちよう日』から。



綿菓子売りのおばさん!/あなたは ずっと昔から/・・・・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(6)再掲載・初出Doblog2004/10/03

         縁日・・・・・・・・・・高田敏子

     綿菓子売りのおばさん!
     あなたは ずっと昔から
     そうしていたのではありませんか

     花火屋のおじいさんも
     ほおずき売りのおばあさんも
     みんな 昔のまんま
     ああ 幼なじみの少年が
     金魚を下げて歩いてくる

     ここは魔法の国ではないかしら?
     アセチレン灯の匂いのなかで
     私は子どもにかえってゆく

     そう すず虫のごちそうは
     キュウリの輪切でしたっけ
----------------------------------------
この詩は詩集『月曜日の詩集』に載るもの。 今ではアセチレンガスの灯はなくなってしまった。



私の手で作ったぶらんこが/乗り手もなくなったまま・・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(5)─再掲──

       鞦韆(ぶらんこ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高田敏子

     私の手で作ったぶらんこが
     乗り手もなくなったまま
     庭木の枝から下がっていて
     子犬のおもちゃになっている

     夜中に目覚めて
     ぶらんこを押している犬
     ぶらんこは
     ときどき こつんと
     犬の頭をたたくらしい

     戸を閉した部屋の中で
     私は文字と遊んでいる
     愛とか死とかの文字を書きながら
     私はときどきちいさな悲鳴をあげる

     月夜か闇夜か知らない庭で
     子犬はぶらんこと遊んでいる
     小さな頭に こつんと当る
     その音だけを 私に聞かして
-----------------------------------------------------
この詩は詩集『砂漠のロバ』に載るものである。
詩人というのは、この詩に書かれるように「文字と遊ぶ」ものである。
「愛とか死とかの文字を書きながら/私はときどきちいさな悲鳴をあげる」というフレーズは、私も詩人として全き同感を表明する。

壕の中・・・・・・・・・・・・・高田敏子
yoruga3ヨルガオ

──高田敏子の詩──(14)──初出・Doblog2005/08/03

        壕の中・・・・・・・・・・・・・高田敏子

   そそり立つ崖の上の壕の中は
   熱い太陽をさえぎって冷たい
   海に面した壁は
   艦砲射撃にうちぬかれて
   赤錆びた鉄骨が曲りくねった線を見せていた

   鉄骨の間から外をのぞいた私の目に
   朝顔に似た花の姿が映った
   白い花の 一りん 二りん
   熱帯樹の茂みに咲いて
   それはまごうことなく朝顔の花

   娘のころ作りつづけた慰問袋の中に
   花の種を入れたことがあった
   朝顔の種 コスモスの種
   私の庭から摘みとった種の一つがここに蒔かれ
   芽ばえ咲き 種をこぼして
   二十年を咲きつづけていたとしたら?
   この想像は少女趣味でありすぎるにしても
   私の心は花から離れることができなかった

   同行の若者たちは 壕の中でもしきりにカメラのシャッターを切っている
   私のカメラはフィルムが切れていた
   幸いにもフィルムが切れていたことで
   鉄骨に手をかけたまま そこにしゃがんで
   私は花を見つづけていた

   ここから見える海はいっそうに青い
   花は青い海を背景に次第に輪郭をはっきりと浮かばせ
   細くのびたつるは 海からの風に倒れては
   また支えを求めるようにして立ち上っている

    (詩集『砂漠のロバ』から)
-----------------------------------------------------
紹介しだすときりがない程である。この詩も先の詩と同様に南の戦跡を訪ねた際のものであり、思慮ふかい雰囲気に満ちている。いかがだろうか。

念のために書いておくが、掲出した写真は「夜顔」の花である。



ダガンダガンは何故蒔かれたか/ダガンダガンは何故茂ったか・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(13)──初出・Doblog2005/08/02

    ダガンダガンは何故蒔かれたか・・・・・・高田敏子

   ダガンダガンは何故蒔かれたか
   ダガンダガンは何故茂ったか
   ネムに似たその木は
   私のめぐった南方の島々に茂り
   熱帯樹の間を埋めて
   丘にも平地にも バスの走る国道の両側にも
   茂りに茂り 地をおおい
   枝に垂れ下がる実を割ると
   黒褐色の種がこぼれた

   艶やかな黒褐色の種を手のひらに遊ばせながら 木の名を尋ねる私に
   「ダガンダガン」と 裸の土民は答え
   彼もまた腕をのばして頭上の枝から種をとり
   手のひらにこぼして見せた

   ──この種は戦争が終るとすぐ
    米軍の飛行機が空から蒔いた
    島全体に 蒔いていった
   土民は種を手のひらから払い落すと
   空いっぱいに両手をひろげて説明した

    ダガンダガンは何故蒔かれたか
    ダガンダガンは何故茂ったか

   ダガンダガンの種は首飾りや花びん敷になって
   土産物屋に売られている
   1ドル50セントの首飾りを二十本も求めたのは
   この島サイパンで兄一家を失い 慰霊のために訪れたと語る中年の
   夫婦だった

   テニヤン ヤップ ロタ
   どの島々にもダガンダガンは茂りに 茂り 地をおおい

   島の旅から帰って二カ月ほど過ぎた日
   硫黄島に戦友の遺骨収集に行った元工兵の記事が目にとまった
  ──島はギンネムのジャングルにおおわれ 昔の地形を思い出すのに
    困難をきわめた。山刀でギンネムのジャングルを切り倒しながら進
    み ようようにしてかつての我々の壕を発見し 目的を果たすことが
    できた。これは全く死者の霊に導かれたと思うほかはない──

   このギンネムとはダガンダガンに違いない

    ダガンダガンは何故蒔かれたか
    ダガンダガンは何故茂ったか
   南の島々に蒔かれた種が 急速に成長し
   茂り 隠したものの姿が 突然に私の目に浮かんだ
    ダガンダガンは何故蒔かれたか
   首飾りを求めた夫婦はそれについて何んの疑問も持たなかった

   ダガンダガンの首飾りは若い娘の胸にゆれて
   どこかの町を歩いているだろう

    ダガンダガンは何故茂ったか

    (詩集『砂漠のロバ』から)
-----------------------------------------------------
長い詩の紹介になったが、これも単なる観光客あるいは視察者の視点に終らず、この木の蒔かれるに至った原点に迫っている。
詩の技法としての基本であるが「ダガンダガンは何故蒔かれたか ダガンダガンは何故茂ったか」というフレーズのルフランが生きている。
この詩もまた、今月8月を偲ぶのに相応しいと思わないか。


若者たちは出かけてゆく/かがやく太陽を浴びに・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩(12)──再掲載・初出・Doblog2005/08/01

        八月の若者・・・・・・・・・高田敏子

    若者たちは出かけてゆく

    かがやく太陽を浴びに

    おいしい空気を吸いに

    むかし このような若者たちは

    軍服を汗にぬらし

    火をふく風のなかへ

    かりたてられていった


    私が水筒に水を満たしてあげた

    あの若者たちは

    いま どこにいるのだろう

    あの若者たちも出かけていった

    笑顔を残して

     (『月曜日の詩集』所載)
-----------------------------------------------------
久しぶりに高田敏子の詩を載せてみる。
現代詩のような難しい語彙を連ねることもなく、平易な、判り易い言葉ながら、高田敏子の詩には深い思想が盛られている。

「八月」という月は日本人にとっては「鎮魂」の月である。
古来「盂蘭盆」の行事として祖霊をお迎えする季節だったが、8/15戦争に負けてからは、現代の鎮魂の行事が新しくはじまることになった。8/6の広島、8/9の長崎も同様の日々となった。
これらを風化させてはならないだろう。
八月のはじめに、この詩を掲げる意味は、それに尽きる。


高田敏子の詩②・・・・・・・・木村草弥(Doblogから再録)
2006/02/02のBlog

──高田敏子の詩──(20)
aaoosuisen2水仙

 水仙・・・・・・・・・・高田敏子

水仙が咲いている
昨年の暮れから ずっと
ひと月余り
水仙の花は咲いている
私の部屋の花びんに

花は少し疲れて
花びらのへりを少しちぢませて
花は私を見ている
夜 机の前に坐る私を
家族の目のないときの私を
誰にも知られない一人のときの私を
少し疲れた花のやさしさで

灯を消しても
花の視線は私の上にあるのだった
闇の中
ほの白い清らかな星のかたちで
私の生をいたわり
静かな眠りへと誘ってゆく

(詩集『こぶしの花』から)
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2006/02/01のBlog

──高田敏子の詩──(19)

  雪・・・・・・・・・・・・・高田敏子

樹の根元のまわりから
雪はとけてゆく
樹の肌にそって まるく
くぼみを作ってゆく
その静かな環(わ)のかたちを見るのが
私は好きだ

雪はうっとりと
とけてゆくのだろう
とけて雪は
地の中にしみ入り
樹の根に吸いあげられて
樹液に変わるのだ

枝々の先に いっせいに
噴きだす芽!
 
うっとりと とけてゆく
雪の心が
あの環のくぼみから
伝わってくる

(詩集『こぶしの花』から)
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2005/10/25のBlog

──高田敏子の詩──(18)
菊ピンク

 菊の花・・・・・・・・・・高田敏子

菊の花の
紅をふくんだうす紫が
箱にいっぱい

──さっとゆがいて召し上がって──
友のことばがそえられて

こんなにたくさん
菊畑がそのまま
送られて来たような
花のまぶしさ
花の香り

この美しさを
「食べる?」
私はそれにあたいするかしら
花のまえに はじらうばかり

お盆に盛って
棚においでの観音様に
まずお供えして
ご近所にもおすそわけしましょう

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
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2005/10/24のBlog

──高田敏子の詩──(17)
mikan21蜜柑本命

 みかん・・・・・・・・・・・高田敏子

みかんをむく
よい香りが部屋に満ちる
ただ一つのみかんから
ただよい出る
清らかな香り

みかんは
このときを待っていたように
ふっくらと落ちついて手の中にある

このときのために
樹は一年をかけて みのらせ
人は長い年月をかけて
樹を育て

一つのみかんにこめられた
樹の心 人の心
太陽の光も
蜜蜂の姿も
雨も風も

私の手の上の一つのみかんから
浮かび出る
風景のゆたかさ

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
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2005/10/23のBlog

──高田敏子の詩──(16)

 ぶどう棚の下・・・・・・・・・・高田敏子

ぶどう棚を渡る風に
葉は枝を離れて落ちる

実りを終えて
安堵の心をみせての
静かな落下

葉は落ちて
地から見上げているよう
光のよさを
光を受けて紫の色増す
実りのよさを

ぶどう棚の下に座って
落ち葉の一枚を
ひざにのせている私

風は少し冷たくても
秋の深まりを素直に受けて
落葉からまなぶ
心の静けさ

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
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2005/10/22のBlog

──高田敏子の詩──(15)
taiyou084夕日本命

  夕日・・・・・・・・・・高田敏子

すすきの穂のまねく
秋の道
まねかれ
歩みつづけて
岬のはずれまで来てしまった

もう先へは行きようもないけれど
ひろがる海はおだやかで
やさしい小舟を浮かばせている

水平線もはっきり見えて
海上近くに落ちかかる
夕日の赤
あれは ほおずきの赤
風車の赤
柿の実の赤
糸につるした折鶴の赤の色

夕日は刻々海に近づいて
円のはしが
水平線に接したと思うと
刻々の 時の早さを見せて
沈んでいった

沈みきったあとも
私はまだ 赤の色を追っている
母が髪に結んでくれたリボンの
赤の色も思い出され

(詩集『こぶしの花』1981年花神社刊より)
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今日から四日間、久しぶりに高田敏子の詩を4編のせることにする。
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2005/08/03のBlog

──高田敏子の詩──(14)
yoruga3ヨルガオ

 壕の中・・・・・・・・・・・・・高田敏子

そそり立つ崖の上の壕の中は
熱い太陽をさえぎって冷たい
海に面した壁は
艦砲射撃にうちぬかれて
赤錆びた鉄骨が曲りくねった線を見せていた

鉄骨の間から外をのぞいた私の目に
朝顔に似た花の姿が映った
白い花の 一りん 二りん
熱帯樹の茂みに咲いて
それはまごうことなく朝顔の花

娘のころ作りつづけた慰問袋の中に
花の種を入れたことがあった
朝顔の種 コスモスの種
私の庭から摘みとった種の一つがここに蒔かれ
芽ばえ咲き 種をこぼして
二十年を咲きつづけていたとしたら?
この想像は少女趣味でありすぎるにしても
私の心は花から離れることができなかった

同行の若者たちは 壕の中でもしきりにカメラのシャッターを切っている
私のカメラはフィルムが切れていた
幸いにもフィルムが切れていたことで
鉄骨に手をかけたまま そこにしゃがんで
私は花を見つづけていた

ここから見える海はいっそうに青い
花は青い海を背景に次第に輪郭をはっきりと浮かばせ
細くのびたつるは 海からの風に倒れては
また支えを求めるようにして立ち上っている

(詩集『砂漠のロバ』から)
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紹介しだすときりがない程である。この詩も先の詩と同様に南の戦跡を訪ねた際のものであり、思慮ふかい雰囲気に満ちている。いかがだろうか。
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2005/08/02のBlog

──高田敏子の詩鑑賞──(13)
ginnemu_0303.jpg

 ダガンダガンは何故蒔かれたか・・・・・・高田敏子

ダガンダガンは何故蒔かれたか
ダガンダガンは何故茂ったか
ネムに似たその木は
私のめぐった南方の島々に茂り
熱帯樹の間を埋めて
丘にも平地にも バスの走る国道の両側にも
茂りに茂り 地をおおい
枝に垂れ下がる実を割ると
黒褐色の種がこぼれた

艶やかな黒褐色の種を手のひらに遊ばせながら 木の名を尋ねる私に
「ダガンダガン」と 裸の土民は答え
彼もまた腕をのばして頭上の枝から種をとり
手のひらにこぼして見せた

─この種は戦争が終るとすぐ
 米軍の飛行機が空から蒔いた
 島全体に 蒔いていった
土民は種を手のひらから払い落すと
空いっぱいに両手をひろげて説明した

 ダガンダガンは何故蒔かれたか
 ダガンダガンは何故茂ったか

ダガンダガンの種は首飾りや花びん敷になって
土産物屋に売られている
1ドル50セントの首飾りを二十本も求めたのは
この島サイパンで兄一家を失い 慰霊のために訪れたと語る中年の
 夫婦だった

テニヤン ヤップ ロタ
どの島々にもダガンダガンは茂りに 茂り 地をおおい

島の旅から帰って二カ月ほど過ぎた日
硫黄島に戦友の遺骨収集に行った元工兵の記事が目にとまった
─島はギンネムのジャングルにおおわれ 昔の地形を思い出すのに
 困難をきわめた。山刀でギンネムのジャングルを切り倒しながら進
 み ようようにしてかつての我々の壕を発見し 目的を果たすことが
 できた。これは全く死者の霊に導かれたと思うほかはない──

このギンネムとはダガンダガンに違いない

 ダガンダガンは何故蒔かれたか
 ダガンダガンは何故茂ったか
南の島々に蒔かれた種が 急速に成長し
茂り 隠したものの姿が 突然に私の目に浮かんだ
 ダガンダガンは何故蒔かれたか
首飾りを求めた夫婦はそれについて何んの疑問も持たなかった

ダガンダガンの首飾りは若い娘の胸にゆれて
どこかの町を歩いているだろう

 ダガンダガンは何故茂ったか

(詩集『砂漠のロバ』から)
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長い詩の紹介になったが、これも単なる観光客あるいは視察者の視点に終らず、この木の蒔かれるに至った原点に迫っている。
詩の技法としての基本であるが「ダガンダガンは何故蒔かれたか ダガンダガンは何故茂ったか」というフレーズのルフランが生きている。
この詩もまた、今月8月を偲ぶのに相応しいと思わないか。
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2005/08/01のBlog

──季節の詩鑑賞──高田敏子の詩(12)──
akari212さくら灯り

 八月の若者・・・・・・・・・高田敏子

若者たちは出かけてゆく

かがやく太陽を浴びに

おいしい空気を吸いに

むかし このような若者たちは

軍服を汗にぬらし

火をふく風のなかへ

かりたてられていった


私が水筒に水を満たしてあげた

あの若者たちは

いま どこにいるのだろう

あの若者たちも出かけていった

笑顔を残して

(『月曜日の詩集』所載)
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久しぶりに高田敏子の詩を載せてみる。
現代詩のような難しい語彙を連ねることもなく、平易な、判り易い言葉ながら、高田敏子の詩には深い思想が盛られている。

「八月」という月は日本人にとっては「鎮魂」の月である。
古来「盂蘭盆」の行事として祖霊をお迎えする季節だったが、8/15戦争に負けてからは、現代の鎮魂の行事が新しくはじまることになった。8/6の広島、8/9の長崎も同様の日々となった。
これらを風化させてはならないだろう。
八月のはじめに、この詩を掲げる意味は、それに尽きる。
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2004/10/23のBlog

──高田敏子の詩──(11)

  つゆ・・・・・・・・・・・・高田敏子

草の音
虫の声

草の中に身を沈めていると
私も小さな 虫のよう
夏の葉に光る一滴の
つゆの面に
私が写っている

私の小さな存在が
なお小さな つゆの面に
写っている

私は つゆと一つになる
まろやかに その身をつつむ
つゆの心になってゆく

つゆの心に
なりきったとき
つゆは葉先にすべり
ころげて
地に落ちて 消えた

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つづけて高田敏子の詩である。この詩は『薔薇の木』(昭和54年)に載るもの。

  
高田敏子の詩①・・・・・・・・・木村草弥(Doblogから再録)

2004/10/22のBlog
satoimo里芋の葉

──高田敏子の詩──(10)

 露の玉・・・・・・・・・・・・高田敏子

里いもの葉がゆれている
朝露を まろばせて
清らに優しい 露の玉

私は娘の涙を思った
歯痛に泣いた幼い日の
涙の玉

嫁ぐ日のよそおいの
頬に光った 涙の玉

娘よ 娘
あなたが泣くときは私も泣いて
過ぎてみた月日

よろこびの 悲しみの
どちらの涙もなつかしく

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またまた高田敏子の詩を載せる。この詩は『季節の詩*季節の花』(昭和49年)に載るものである。
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2004/10/06のBlog

──高田敏子の詩──(9)
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  手・・・・・・・・・・高田敏子

ふっと人の肩にかけた手
疲れたみにくい皺の中に
不思議な私がひそんでいる

この肉体の末葉に生きて
私の時間をみんなで吸い
汚れて 痛んで
そして私を支えている

私の忘れた過去さえも折り重ねて
止まった思考の外で
いま ひらひらと泳いでいる

この手の甲の背後で
私の眼はつめたいなげやりの
まなざししか持てない
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この詩は詩集『雪花石膏(アラバスタ)』に載るもの。手の皺を見て人生の残年の心情を深くえぐり出した。詩人というものは、時に非情な心境になって自分を見つめ、さらけ出す。詩人とは哀しい存在である。
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2004/10/05のBlog

──高田敏子の詩──(8)
9.19koushuuhatake葡萄畑

  ぶどう畑・・・・・・・・・・高田敏子

ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている
実りを終えたぶどうの樹は
一房 一房を 切りとられ
その枝を軽くしていった

ぶどう棚の上の 空は冷めたく澄み
風もまた冷めたく
私の着物の布目をとおして吹きすぎてゆく
ぶどうの葉は かわいた音をたてて散りおちる

収穫のハサミは鳴りつづけ
その音に 私は小さく身ぶるいしていた
私も実りを終えた一本のぶどうの樹
鋼鉄の刃の冷めたさが 私の胸の乳房にも
触れる思いで。
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「私も実りを終えた一本のぶどうの樹」という把握の仕方が、この詩を犀利な刃物にしている。「葡萄を切るハサミの音に身ぶるいする」という詩人の繊細な心情と表現の的確さ。この詩は詩集『藤』から。
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2004/10/04のBlog
──高田敏子の詩──(7)
scan4450横浜外人墓地

  丘・・・・・・・・・・・・高田敏子

「墓地を買いませんか」
友人がいった
墓地を買うなんて
私は一度も思ったことはなかった
「丘の上の海の見えるところです」

カモメがとんで 波がくだけて
島がよいの汽船が見えて
むかし そんな丘に住みたいと思った
夢二の絵のように坐って
レモンティーを飲みたいと願った

──そう レモンティーはさぞおいしいだろう
「生もたのし 死もまたたのしです」
友人は
引越しの日をたのしむようにいった
そして最後につけくわえた
「必需品ですよ」
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掲出の写真は、横浜山手の外人墓地のものである。この詩の「丘の上の海の見える」丘という設定に、なにほどかマッチするのではないか。この詩は詩集『にちよう日』から。
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2004/10/03のBlog

──高田敏子の詩──(6)

  縁日・・・・・・・・・・高田敏子

綿菓子売りのおばさん!
あなたは ずっと昔から
そうしていたのではありませんか

花火屋のおじいさんも
ほおずき売りのおばあさんも
みんな 昔のまんま
ああ 幼なじみの少年が
金魚を下げて歩いてくる

ここは魔法の国ではないかしら?
アセチレン灯の匂いのなかで
私は子どもにかえってゆく

そう すず虫のごちそうは
キュウリの輪切でしたっけ
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この詩は詩集『月曜日の詩集』に載るもの。今ではアセチレンガスの灯はなくなってしまった。この詩は詩集『月曜日の詩集』から引いた。
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2004/10/02のBlog

──高田敏子の詩──(5)
bryuraブランコ

  鞦韆(ぶらんこ)・・・・・・・・・・高田敏子

私の手で作ったぶらんこが
乗り手もなくなったまま
庭木の枝から下がっていて
子犬のおもちゃになっている

夜中に目覚めて
ぶらんこを押している犬
ぶらんこは
ときどき こつんと
犬の頭をたたくらしい

戸を閉した部屋の中で
私は文字と遊んでいる
愛とか死とかの文字を書きながら
私はときどきちいさな悲鳴をあげる

月夜か闇夜か知らない庭で
子犬はぶらんこと遊んでいる
小さな頭に こつんと当る
その音だけを 私に聞かして
----------------------------------------
この詩は詩集『砂漠のロバ』に載るものである。
詩人というのは、この詩に書かれるように「文字と遊ぶ」ものである。「愛とか死とかの文字を書きながら/私はときどきちいさな悲鳴をあげる」というフレーズは、私も詩人として全き同感を表明する。
掲出したブランコの写真が詩の内容とミスマッチであることは、お許し願いたい。
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2004/10/01のBlog

──高田敏子の詩──(4)
P5-4すすき原①

  すすきの原・・・・・・・・・・高田敏子

さようなら さようなら
すすきの穂のくりかえす
さようなら
ひがな一日
すすきは 風に
さようならを おくりつづけている

ごめんなさい
私はあなたに あのような
美しいさようならを したでしょうか

あなたにも あなたにも
いつまでもああして
手をふりつづけていたでしょうか

私はうかつにも
別離がいつもあることに気づかずに
すぎてきたように思う

私のまわりから いつとはなしに
時の流れのなかに
去っていった人たちのことが思われる
すすきの原
----------------------------------------
久し振りに高田敏子の詩を載せる。この詩は詩集『あなたに』に載るもの。余計な私のコメントは必要ないだろう。少しまとめて続けて、いくつか載せてみる。
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2004/04/07のBlog

──高田敏子の詩鑑賞──(3)

 雑草の花・・・・・・・・・・・・・高田敏子

紫大根の花が咲いていた
半日の外出から帰った夕ぐれの
家の戸口の傍らに

いつの間に
そこに芽をのばしていたのでしょう
少しも気づかずにいて
いま目にする花の紫

昨年もそこに咲いていたと
それさえ忘れていた私に
花は静かな微笑の姿を見せている

そう!
こうした雑草は
待たれることなく
咲き出すのだ
人目についても つかなくても
花を咲かせて
咲くことの出来た自分自身に
静かな微笑をおくっているのだ
--------------------------------------
この詩は高田敏子の詩集『こぶしの花』1981年花神社刊に載るもの。
高田敏子の詩も、難解な言葉は何もない。難しい暗喩もない、平易な表現である。それでいて、詩全体から漂う雰囲気に読者は虜になってしまう。この詩の題「雑草の花」というのには引っかかるが、それは「雑草」というものはなく、どんな草にも、みんな名前があると思うからである。事実、作者も詩本文の中では「紫大根」という名前を書いているのだから、題名もそれにしてもらいたかった。
--------------------------------------
高田敏子の詩については2/12付けで2編採り上げたが、それは季節の詩という訳ではなく、「戦争」にまつわる「女」の哀しみというものを採りあげたのだった。
高田敏子の詩集には1954年の『雪花石膏』1955年の『人体聖堂』にはじまって20冊近くが刊行されている。
ここで、同じ詩集に載る短い詩を一つ紹介する。
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aaookobusiこぶしの花

 こぶしの花・・・・・・・・・・・・・・高田敏子

 あなたの好きな
 こぶしの花が咲きました
 ご健勝にお過ごしのご様子
 およろこびしています

四行の文字
四行のことば
誰に見られても困らない
一枚のはがき

長い年月のむこうに咲く
こぶしの花
見上げる花枝の上に
形よい雲のひとひらが浮いていた

 ありがとう
文字にはしないことばを
ひとこと送って
文箱に納める
こぶしの花

ひとひらの雲はそのまま消えずにあって
肩のあたりがふわっと
あたためられている
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2004/02/12のBlog
553-huyou芙蓉白

高田敏子の詩──②

  白い花・・・・・・・・・・・高田敏子

灯を消して
床に体を横たえると
ノートに書き写したことのある
詩の一節が思われて来る
 眠っているものからは降るのだ
 棚引いている雲からのように
 重力の豊かな雨が
リルケの「重力」と題された詩の終連なのだが
私 このとき 微笑を浮かばせている
わが身を横たえて識る
わが身から降るゆたかな雨に
私は微笑をむけている

その微笑は 私がはじめて生んだ子に
乳房をふくませていたときの微笑に結ばれているように思う
私が看護した兵士の
高熱の中で呼びつづけていた かすかな声の女名前に
私が答えていたときの
兵士の微笑 私の微笑 にも似ているように思う

遠い過去の年月から 立ちもどって来た私の微笑よ

闇に白い花が開いてゆく
白いむくげの花のような
私が私自身にむける微笑の鼻を闇に咲かせて
私は眠りに入ってゆく

私はもういまは 哀しみに眠れない夜を持ちたいとは思わない
闇に目を見開いたまま悲しみを見つめつづける力も消え去っている
私の心はもうどこへ行くこともなく私の中にあって
私を眠りに引き入れて行く

毎夜 私はそうして眠る
私一人を包む闇の 眠りの 平和を思って──

窓の下の軒下には 白猫が眠っている
昼間何度かこの家の庭に来て 縁の敷居に前脚をかけ
家の中をのぞき見している猫
宿のない猫が この家の軒下に来て眠っている
猫もいまは雀を追うこともなく
庭の柿の木の幹で爪を研ぐこともなくなっていた
猫も白い花になっている

-------------------------
この詩は詩集『夢の手』の巻頭に置かれているものだ。先に引用した詩「手の記憶」と同様に、私は「母性」というものの「勁さ」を羨ましいと感じる。
こういう言い方は変だが、男には書けない詩である。
この詩も平易でありながら、言葉に無駄がない。
これも戦争にまつわるエピソードを縦糸にして詠われている。これが女の「かなしみ」というものである。
あなたは、どう受け取るだろうか。
この詩も先の詩と同じ日にBLOGGERに載せたものの再録である。
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高田敏子の詩──①
98f696a1.jpg

 手の記憶・・・・・・・・・・・・・・高田敏子

息子が久々に顔を見せて
「お母さん ビール ぬこうか?」
「そうね 冷えてはいないけれど」
私は買いおきのビールを息子の前に置き
センヌキを出し
息子の手がセンヌキをとり上げ
センをぬく手つきを見ている
「コップ !」と言われてあわてて立ち
コップ 二つをとりだして
息子の手がその一つを私に渡し
ビールをついでくれるのを見ている
息子は次に自分の前のコップにつぎ
ちょっと乾杯の仕草をして
一気に飲み干すと
「じゃあ」とコップを置いて立ち上った
「忙しいから また来るよ」
「そうお」 息子を送りだしたあと私は
息子の手ばかりを見つづけていたことを思った

息子の手は 美しかった
三十歳を過ぎたばかりの男の手
若い男の手は みな美しい
つややかで のびやかで 力強い
その手は 私の肩を抱き
「じゃあ」と 挙手の礼をして
日の丸の旗の振られるむこうに消えていった
そして その手は何をしたか

挙手の礼の その
ぴんとそろえた手の形を私は忘れない
私は息子の手に その手を見ていたのだろうか

息子の手は 挙手の礼をしなかった
「また来るよ」と「また」の時間を残していった にしても
美しい男の手が 挙手の礼をしたまま
消えていってしまったことを 私は忘れない

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この詩は1985年花神社刊行の詩集『夢の手』に載っているものである。
高田敏子の詩は、とても平易な言葉で書かれ、現代詩の難解な暗喩もなく、多くの読者を持っていた。
この詩はBLOGGERのサイトに2003.03.13の日付で載せたものだが、ここに改めて収録してみた。
この詩は、母という女の目から見た「戦争」というものの持つ「かなしみ」を、さりげなく詠いあげた小品の秀作である。若い人に、特に読んでほしい詩である。
昨年、この詩を載せたのは、国連などでは多くの国が反対を表明する中で、アメリカが単独でもイラクを攻めるかどうか、が世界の関心の的だった頃のことである。
この頃では、五十数年前の第二次世界大戦を知る人も段々と少なくなって、悲惨な戦時下の体験を語るのも、はばかられるが、敢えて、そんな戦時下のことに触れた高田敏子の詩を採りあげた、と私は書いている。


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