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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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詩・身も心も・・・吉野弘
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 ↑  青土社; 増補新版  2014/4/21刊

──吉野弘の詩──(6)

     身も心も・・・・・・・・・・・・・吉野弘

   身体は
   心と一緒なので
   心のゆくところについてゆく。

   心が 愛する人にゆくとき
   身体も 愛する人にゆく。
   身も心も。

   清い心にはげまされ
   身体が 初めての愛のしぐさに
   みちびかれたとき
   心が すべてをもはや知らないのを
   身体は驚きをもってみた。

   おずおずとした ためらいを脱ぎ
   身体が強く強くなるのを
   心は仰いだ しもべのように。

   強い身体が 心をはげまし
   愛のしぐさをくりかえすとき
   心がおくれ ためらうのを
   身体は驚きをもってみた。

   心は
   身体と一緒なので
   身体のゆくところについてゆく。

   身体が愛する人にゆくとき
   心も 愛する人にゆく。

   身も心も?
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今どきは、何事も赤裸々になってしまったから、こういうピュアな心情は「死語」になったようにも思われるが、大切にしたいものである。



詩・奈々子に・・・吉野弘
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 ↑  岩崎書店  2009/12/19刊

──吉野弘の詩──(5)

      奈々子に・・・・・・・・・・・吉野弘

    赤い林檎の頬をして
   眠っている 奈々子

   お前のお母さんの頬の赤さは
   そっくり
   奈々子の頬にいってしまって
    ひところのお母さんの
   つややかな頬は少し青ざめた
    お父さんにもちょっと
   酸っぱい思いがふえた

   唐突だが
   奈々子
   お父さんは お前に
   多くを期待しないだろう
    ひとが
    ほかからの期待に応えようとして
   どんなに
   自分を駄目にしてしまうか
   お父さんは
    はっきり
   知ってしまったから

   お父さんが
   お前にあげたいものは
   健康と
   自分を愛する心だ

    ひとが
    ひとでなくなるのは
   自分を愛することをやめるときだ

   自分を愛することをやめるとき
   ひとは
   他人を愛することをやめ
   世界を見失ってしまう

   自分があるとき
   他人があり
   世界がある

    お父さんにも
    お母さんにも
   酸っぱい苦労が増えた
   苦労は
   今は
    お前にあげられない

    お前にあげたいものは
   香りのよい健康と
    かちとるにむづかしく
    はぐくむにむづかしい
   自分を愛する心だ
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この詩は、国語の教科書にも採り上げられて、娘の奈々子は、自分の学校の教科書には載らないのを希望したという。
幸い、違う教科書が採用されて安心したというエピソードがあるらしい。
これも有名な、よく知られた作品である。



2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい /ずっこけているほうがいい・・・吉野弘
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──吉野弘の詩──(4)
  
       祝婚歌・・・・・・・・・・・吉野弘


   2人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい
   立派すぎないほうがいい
   立派すぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい
   完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと
   うそぶいているほうがいい
   2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい
   ずっこけているほうがいい
   互いに非難することがあっても 非難できる資格が
   自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
   正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
   正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと
   気づいているほうがいい
   立派でありたいとか 正しくありたいとかいう
   無理な緊張には 色目をつかわず ゆったり ゆたかに
   光を浴びているほうがいい
   健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに
   ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
   そして なぜ胸が熱くなるのか
   黙っていても 2人にはわかるのであってほしい
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この詩は、吉野弘の作品の中でも、よく引かれるものである。
これは吉野が身内の結婚式に招待されたが、所用があって出られないので、式で、この詩を朗読してもらったというものである。
多少は説教ぽいところもあるが、心あたたまる詩である。



電車は満員だった。/いつものことだが/若者と娘が腰をおろし/としよりが立っていた。・・・吉野弘
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──吉野弘の詩──(3)

        夕焼け・・・・・・・・・・・吉野弘

   いつものことだが
   電車は満員だった。
   そして
   いつものことだが
   若者と娘が腰をおろし
   としよりが立っていた。
   うつむいていた娘が立って
   としよりに席をゆずった。
   そそくさととしよりが坐った。
   礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 
   娘は坐った。
   別のとしよりが娘の前に
   横あいから押されてきた。
   娘はうつむいた。
   しかし
   又立って
   席を
   そのとしよりにゆずった。
   としよりは次の駅で礼を言って降りた。
   娘は坐った。
   二度あることは と言う通り
   別のとしよりが娘の前に
   押し出された。
   可哀想に
   娘はうつむいて
   そして今度は席を立たなかった。
   次の駅も
   次の駅も
   下唇をキュッと噛んで
   身体をこわばらせて-----。
   僕は電車を降りた。
   固くなってうつむいて
   娘はどこまで行ったろう。
   やさしい心の持主は
   いつでもどこでも
   われにもあらず受難者となる。
   何故って
   やさしい心の持主は
   他人のつらさを自分のつらさのように
   感じるから。
   やさしい心に責められながら
   娘はどこまでゆけるだろう。
   下唇を噛んで
   つらい気持で
   美しい夕焼けも見ないで。
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吉野弘の詩は、日常に見聞きすることを淡々と作品にしていて、サラーマンなどにも好評だった。
登場した場所もよかった。同人誌「櫂」の同人の川崎洋、茨木のり子や谷川俊太郎、大岡信などとの交友も有効だった。




あり余るやわらかな光を/ ホームで/ 電車を待ちながら・・・吉野弘
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──吉野弘の詩──(2)

     陽を浴びて・・・・・・・・・・・・吉野 弘

   冬の朝
   通勤時間をすぎた郊外電車の駅
   人影まばらな長いホームの
   屋根のないところで
   やわらかな陽を浴び
   私は電車を待っていた

   ひととき
   食と性とにかかわりのない時間
   消費も生産もせず
   何ものかから軽く突き放されていた時間

   何ものか
   私を遥かな過去から今に送り出したきたもの
   無機質から生命への長い道程(みちのり)
   生命の持続のための執拗な営み
   信じがたいほど緻密で
   ひたむきでひたすらであった筈の意思

   その意思に収監されたまま
   私は、そのとき
   ひたむきでもなく
   ひたすらでもなく
   食と性との軛(くびき)を思い
   ぼんやりと
   冬の陽を浴びていた
   逸脱など許す筈のない意思が
   見て見ぬふりをしているらしい、ほんのひととき
   あり余るやわらかな光を
   私は私自身に、存分に振舞っていた
   ホームで
   電車を待ちながら

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この詩のキーワードは「食と性」である。こういう言葉の選択の的確さが何とも言えず見事だ。
また「ひたむきでもなく、ひたすらでもなく」という、二字だけ変えたリフレインが利いている。
1983年花神社刊行の詩集『陽を浴びて』より。私の亡親友・宮田操の好きな詩人である。


四つ葉は奇形と知ってはいても/その比喩を、誰も嗤うことはできない・・・吉野弘
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──吉野弘の詩──(1)

       四つ葉のクローバー・・・・・・・・・・・ 吉野 弘

   クローバーの野に坐ると
   幸福のシンボルと呼ばれているものを私も探しにかかる
   座興以上ではないにしても
   目にとまれば、好ましいシンボルを見捨てることはない

   四つ葉は奇形と知ってはいても
   四つ葉は奇形と知ってはいても
   多くの人にゆきわたらぬ稀なものを幸福に見立てる
   その比喩を、誰も嗤うことはできない

   若い頃、心に刻んだ三木清の言葉
   <幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか>
   を私はなつかしく思い出す

   なつかしく思い出す一方で
   ありふれた三つ葉であることに耐え切れぬ我々自身が
   何程か奇形ではあるまいかとひそかに思うのは何故か

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この詩は詩集『陽を浴びて』に収録されているものである。
この詩もカトラン(ソネット)の形式に則ったものだが平易な言葉を使いながら、鋭い詩語となっている。
いましも、まだ風は冷たいが、もうすぐ春の野にクローバーが萌えいづることであろう。
季節に先駆けて、この詩を採りあげた。


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