K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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坂村真民の詩
yun_2351ソメイヨシノ

2007/03/10のBlog

──坂村真民の詩──(10)

 二度とない人生だから・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう
二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないように
こころしてゆこう
どんなにか
よろこぶことだろう

二度とない人生だから
一ぺんでも多く
便りをしよう
返事は必ず
書くことにしよう

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう
二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

二度とない人生だから
のぼる日しずむ日
まるい月かけてゆく月
四季それぞれの
星々の光にふれて
わがこころを
あらいきよめてゆこう
二度とない人生だから
戦争のない世の
実現に努力し
そういう詩を
一篇でも多く
作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる
若い人たちのために
この大願を
書きつづけてゆこう
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この詩は坂村真民の詩集『二度とない人生だから』に載るものである。
短いものを含めて10日分にまとめて集中して載せてみた。
また折をみて載せたい。
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2007/03/09のBlog

──坂村真民の詩──(9)

 軽いもの・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

重荷になるものは
もう何一ついらぬ
年をとると
すべて軽いのが
何よりの願いだ
軽い布団
軽い服
軽い履物
軽い食事
ただ軽口の人だけは
敬遠しよう
そのほかはみな
軽いのが一番いい
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
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2007/03/08のBlog

──坂村真民の詩──(8)

 からっぽ・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

頭を
からっぽにする
胃を
からっぽにする
心を
からっぽにする
そうすると
はいってくる
すべてのものが
新鮮で
生き生きしている
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
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2007/03/07のBlog

──坂村真民の詩──(7)

 すべては光る・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

光る
光る
すべては
光る
光らないものは
ひとつとしてない
みずから
光らないものは
他から
光を受けて光る
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
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2007/03/06のBlog

──坂村真民の詩──(6)

  一本の道を・・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

木や草と人間と
どこがちがうのだろうか
みんな同じなのだ
いっしょうけんめいに
生きようとしているのをみると
ときには彼等が
人間よりも偉いとさえ思われる
かれらはときがくれば
花を咲かせ
実をみのらせ
じぶんを完成させる
それにくらべて人間は
何一つしないで終わるものもいる
木に学べ
草に習えと
わたしはじぶんに言いきかせ
今日も一本の道を歩いて行く
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
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2007/03/05のBlog

──坂村真民の詩──(5)

  かなしみはいつも・・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

かなしみは
みんな書いてはならない
かなしみは
みんな話してはならない
かなしみは
わたしたちを強くする根
かなしみは
わたしたちを支えている幹
かなしみは
わたしたちを美しくする花
かなしみは
いつも枯らしてはならない
かなしみは
いつも湛(たた)えていなくてはならない
かなしみは
いつも噛みしめていなくてはならない
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
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2007/03/04のBlog

──坂村真民の詩──(4)

  体の中の鶴・・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

わたしの体の中には
一羽の鶴が宿っている
孤独になれば慰めてくれ
不遇になれば励ましてくれ
蹉跌すれば救ってくれる
ふしぎな鶴である
時にはひどくよごれ
羽根もぼろぼろになることもあるが
天に向かって飛び立とうとする気概は
一度も失ったことがない
考えてみるとこのような鶴は
母の体のなかにもいたようだ
きっと母がわたしを孕んだとき
その血をわけてくれたのであろう
孤独ではあるが孤立はしない
和しはするが同じはしない
わたしの体のなかの鶴よ
わたしはおまえと共に生き
おまえと共に老いてゆこう
わたしの鶴よ
大事な鶴よ
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この詩は坂村真民の詩集『二度とない人生だから』に載るものである。
『念ずれば花ひらく』『二度とない人生だから』『宇宙のまなざし』は彼の決定版詩集三部作、と呼ばれている。

2007/03/03のBlog

──坂村真民の詩──(3)

  もっとも美しかった母・・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

もっとも美しかった母の
その姿がいまもなお消えず
わたしの胸のなかで匂うている
きょうはわたしの誕生日
わたしに乳を飲ませて下さった最初の日
わたしはいつもより早く起きて母を思い
大地に立って母の眠りいます
西方九州の空を拝み
満天の星を仰いだ
その日もきっとこんなに美しい
星空だったにちがいない
よく母は話してきかせた
目の覚めるのが早い鳥たちが
つぎつぎに喜びを告げにきたことを
その年は酉年だったので
鳥たちも特に嬉しかったのであろう
そういう母の思い出のなかで
わたしが今も忘れないのは
乳が出すぎて
乳が張りすぎてと言いながら
よく乳も飲まずに亡くなった村びとの
幼い子たちの小さな墓に
乳をしぼっては注ぎしぼっては注ぎ
念仏をとなえていた母の
美しい姿である
若い母の大きな乳房から出る白い乳汁が
夕日に染まって
それはなんとも言えない絵のような
美しい母の姿であった
ああ
いまも鮮明に瞼に灼きついて
わたしを守りわたしを導き
わたしの詩と信仰を支えている
虹のような乳の光よ
春の花のような乳の匂いよ
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この詩は坂村真民の詩集『宇宙のまなざし』に載るものである。
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2007/03/02のBlog

──坂村真民の詩──(2)

  月と鯨・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

妻呼ぶ鯨の
声聞けば
月も冴え冴え
冴えわたる
かつては
陸にいた頃の
ことを知ってる
月ゆえに
鯨も
ほろりと涙する
海よ
輝け
鯨よ
跳べよ
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この詩は坂村真民の詩集『宇宙のまなざし』に載るものである。
話は替わるが、「月と鯨」というと、私は

 島が月の鯨となつて青い夜の水平・・・・・・・・・・・・・・荻原井泉水

という自由律の句を思い出す。この句は、私の少年期とともにあったもので、懐かしい。
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2007/03/01のBlog

──坂村真民の詩──(1)

  朴とタンポポ・・・・・・・・・・・・・・・・坂村真民

わたしが一番好きなのは
朴(ほお)とタンポポだ

一つは天上高く
枝を伸ばしてゆく
野の木であり
一つは地中深く
根をおろしてゆく
野の草だからである
この天上的なものと
この地上的なものを
こよなく愛するがゆえに
願えることなら
この二つを
わたしの眠るかたわらに
植えてもらいたい
風ふけば
朴の花は
ほのかに匂い

タンポポの種は
訪れた人の胸にとまって
わたしの心を
伝えるであろう
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この詩は坂村真民の詩集『念ずれば花ひらく』に載るものである。
ご承知のように、真民の詩は、難しい語句もなく、きわめて判り易いが、多くの読者を引きつけ版を重ねている。
2006.12.11に亡くなられたが、彼の願い通りに、彼の墓の傍らに「朴の木」と「タンポホ」が植えられているのだろうか。
以下、Web上からプロフィールを引いておく。

坂村真民プロフィール

癒(いや)しの詩人、坂村真民(さかむら しんみん)先生
”人はどう生きるべきか”を一生の命題とする祈りの詩人。
分かりやすくて、深く掘り下げられた詩は、幼稚園児から財界人まで、年令、職業を間わず幅広く愛唱され、その生き方とあわせて、「人生の師」と仰ぐ人が多い。

1909年(明治42年)1月6日熊本県荒尾市に生まれ、玉名市で育つ。本名昂(たかし)。
2006年(平成18年)12月11日永眠される。享年97才。

8歳の時、小学校の校長をしていた父親の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男として母親を助け、幾多の困難と立ち向かい、甘えを許さぬ一徹さを身につける。
昭和6年、神宮皇学館(現皇学館大学)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につき、36歳、全州師範学校勤務中に終戦を迎える。
昭和21年から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩作に専念する。

最初は短歌を志し、昭和12年に「与謝野寛評伝」を著している。四国移住後、一遍上人の信仰に随順して仏教精神を基本とした詩の創作に転じる。
昭和37年、月刊詩誌「詩国」を創刊、以後1回も休むことなく毎月発刊、1200部を無償で配布していた。また詩の愛好者によって建てられる真民詩碑は、日本全国43都道府県に分布、その数は海外と合わせれば、現在730余基を数える。

真民詩の愛読者の中には、各界の有名人も多いが、船井幸雄氏は、坂村真民さんを日本を代表する「徳の人」25人の一人として取上げ、次のように評価している。
「彼の作品の最大のポイントは、命あるものへの惜しみない愛と感謝、そして優しい激励であると言えよう。だから現代の社会に疲れた人たちは、救いとともに希望を見出し、愛唱するのである」と。(『清富の思想』)
また斎藤茂太氏は、『プラス思考がその人を強くする』という本の中で、このように言っている。「真民さんの詩や文章には、人を包み込むようなあたたかさがある。それは真民さん自身が本物だからなのだ。」「どん底を見てきた人は、人間に対する眼差しに慈愛が満ちるのだろう。」さらに斎藤氏は、真民さんが挫析と劣等感をバネに詩をつくって来たことに共感し、心から敬意を表している。

真民先生は、〒791-2101愛媛県伊予郡砥部町高尾田167(松山市より車で約20分)にお住まいになられ、大宇宙の大和楽を念願して、老年になってからも毎日午前0時に起床、未明混沌の霊気の中で打坐し、念仏し、称名し、詩作された。午前3時30分には、月の光、星星の光を吸飲し、重信橋を渡って大地に額をつけ、地球の平安と人類の幸福を祈願しておられた。

1974年愛媛新聞賞(文化部門)、1980年正力松太郎賞、1989年愛媛県教育文化賞、1991年仏教伝道文化賞の各賞を受賞。

主な著書は、詩集『自選坂村真民詩集」『坂村真民全詩集』(全6巻)、『朴』『詩国第一集』『詩国第二集』、随筆集『念ずれば花ひらく』『生きてゆく力がなくなる時』『愛の道しるベ』、詩画集『自分の花を咲かせよう』『花一輪の宇宙』『あうんの花』、韓国語対訳詩集『二度とない人生だから』、英文対訳詩集『鳥は飛ばねばならぬ』、独文対訳詩集『タンポポ』など多数です。

全国各地に先生の詩の好きな方々の親睦クラブ『朴の会』があります。朴(ほう)は、先生の好きな木でした。
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「朴(ほお)の木」

・木蓮(もくれん)科。 成長すると高さ20メートルにも達する落葉高木。
・学名 Magnolia obovata
Magnolia : モクレン属
obovata : 倒卵形の
Magnolia(マグノリア)は、
18世紀のフランス、モンペリエの植物学教授
「Magnol さん」の名前にちなむ。

・「ほお」は「ほう」(包)の意で、
大きな葉に食べ物を盛ったことからの命名。
葉はものすごくでかく(多分、日本の樹木の
葉の中で一番大きい?)、おにぎりが
10個ぐらい包めそうなサイズです。
本によると、葉は長さ40cmにも達し、
昔は今でいう紙皿やアルミホイールの用途として
使われた。
・「朴葉焼き(ほおばやき)」
朴の木の葉に、刻んだ山菜と味噌をのせて炭火で
焼いたもの。香ばしくおいしいらしい。
・5月頃、香りのある大きな白い花が咲く。

・幹などの材は軟らかく均質で、今でも
下駄(げた)の歯や家具の引きだし、
版画用の板などに使われる。
・学名の obovata は「倒卵形の」を意味する。
葉っぱの形から。
・別名 「朴(ほお)」、
「朴柏(ほおがしわ)」。

・「わが背子(せこ)が 捧げて持てる ほほ柏
あたかも似るか 青き蓋(きぬがさ)」・・・・・・・ 恵行(えぎょう) 万葉集
「皇祖神(すめろぎ)の 遠御代(とおみよ)
御代(みよ)は い敷き折り
酒(き)飲むといふそ このほほ柏」 ・・・・・・・・・ 大伴家持 万葉集

  
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