K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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朝火事の煙黒々閏月・・・・・・・・・・・・・・・・高島征夫
東京詩歌紀行

緊急にお知らせしなければならない。
親しくお付き合いいただいてきた俳人の高島征夫氏が急逝された。
六月三十日のことらしい。氏の写真などは無い。
心からお悔やみ申し上げる。

下記に引くのが、高島さんのブログ「風胡山房」6/29付けの最後の記事である。
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  朝火事の煙黒々閏月・・・・・・・・・・・高島征夫
               (初出句)

 朝火事のようだった。この季節の火事は珍しい。風もなく穏やかな快晴。文字通り「梅雨晴間」。
 浜に向かう交差点で、海から戻ってくるタレントの山田邦子とすれ違った。7、8人のクルー(カメラ、マイクその他)を引き連れて、皆と談笑しながら町の中心部へ移動していった。見られていることを意識している表情は面白い。俳句には出来そうもないが、今日は不思議な日になりそう。
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高島さんとの「いきさつ」は、私の記事に高島さんの父上・高島茂の句を引いたのをご覧いただいて、向うからコメントを貰ったのが、はじめであった。
その後、北溟社編『東京 詩歌紀行』に「私の東京ポエジー」という特集欄に高島さんの半ページの句と文章が載り、同じ本に私の歌3首も収録されたので、それらの関係から一層親密になったのだった。
念のために「東京ポエジー」に載る記事を引いておく。
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高島征夫(獐)

黒揚羽凶々しくも喉鳴らす
命をかし高尾の森の黄鶺鴒


廿里町(とどりまち)
八王子の高尾に住んでいた頃は、近くの廿里町の山にある多摩森林科学園によく行ったものである。自然のままの景観で、桜の保存林は、全国各地から約1700本、百種以上の品種がおくられて、シーズン中はまさに桜の山といった趣になる。
廿里という名の由来は「秩父まで十里、鎌倉まで十里」という立地からで、その昔、北条氏と武田氏との合戦の場となったところである。八王子市のウェブサイトを見ると、<「廿」という字は、パソコン等で使用する場合は「にじゅう」と入力し変換していただくと表示されます。>と親切丁寧。IT時代の地名案内も一苦労というところである。
科学園からの帰りは、南淺川沿いの道を回って両界橋の袂に出て、川に集まるセキレイ、ジョウビタキ、カワセミなどの野鳥を見るのが常だった。それが叶わぬ時は、ミステリーを持って、駅前の珈琲屋へ。
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2008年四月下旬に私の詩集『免疫系』を上梓する打ち合わせのために上京した際に、高島さんと新宿西口の「ボルガ」で、初めてお会いして歓談して楽しかった。その際、私は名刺代わりに歌集『嬬恋』を差し上げ、お返しに高島茂句集『ぼるが』をいただいたのだった。

高島征夫氏を取り上げた私の記事としては2009/04/20、04/19、02/14を参照してもらいたい。
高島茂氏については2009/04/23、04/22、04/21に詳しいので、よろしく。
新宿西口の「ぼるが」については2009/04/21の記事の末尾に詳しく書いておいた。
「カテゴリー」の「高島征夫の句」「高島茂の句」から入っていただけるので、よろしく。

高島氏のブログが更新されないので、私は異常を感じ、高島氏のやっておられる俳誌「獐」の編集発行人である吉川葭夫氏に電話して、その死を知ったのだった。
高島氏は鎌倉の由比ガ浜の山荘に一人住まいをされていたが、六月三十日の早朝に急死されたらしい。家人が発見されるまで判らなかったようである。
私は遠出している日以外は、毎朝、氏のサイトを訪問して拝見していたのだが、その死の直前に私のサイトを閲覧されている「日時の記録」が所属しているFC2の「訪問者リスト」に残っているのだった。(氏はExciteの他に、FC2にもミラーサイトを持っておられたのである)
これも奇しき縁(えにし)というべきだろう。
改めて、高島征夫氏(小説などの執筆のペンネーム「結城音彦」)のご冥福をお祈りしたい。

高島征夫『近作句』2009/03/23編集・・・・・・・木村草弥
「のろ」誌
 
 高島征夫『近作句』2009/03/23編集・・・・・木村草弥

わかわかし沖の大波春の余波

佐保姫の裳裾きらめき沖に立つ

雪起こしとぞ咲けるなり春の海

豚かとも狼かとも春の雲

春雨もいまだし風の寒かりき

むめがかや昼寝の猫の耳立てて

シベリアの春は遠かり月の牙

朧月グラプトペタルムといふは何

不思議なる春の浅きにラベンダー咲く

旅芸人雨の椿をみつめをり

小鬼らが嬉しさうなり仏の座  (「獐のろ」誌2005年5月号所収)

ぬきんでて雨に山茱萸ひかるかな

啄める福良雀よ春まだし

2009・02・28

水仙の透きとほるなり海眼下  (「獐のろ」誌2005年4月号所収「百句」より)

不作なる年もありけり若布刈る

甘き香の花とも見えず枇杷の花  (「獐のろ」誌2005年1月号所収)

沈丁花書かねばならぬ結び文  (「獐のろ」誌2005年4月号「百句」初出句改案)

啓蟄や朝陽あふぎつ出でて来い

春潮や犬総身の武者震ひ  (2007年3月12日)

ヒヤシンス海の色なる少年愛

航跡の白さすぐ消ゆ春の海  (「獐のろ」誌1993年5月号所収)

ミモザとかアカシアとかフランス花祭

ときどきはポコと音たて春の水  (「獐のろ」誌2005年5月号所収)

仮想空間伝搬春の朧かな

治にあれば乱とぞ鳶春の潮

脳内の電位の波よ春の波

兄と共荷車押せる春あらし  (「獐のろ」誌1999年5月号所収)

ねはんにし浮世に近く波に乗る

人知れず咲きにし思ふ花杏

春は曙血圧計をしかと見る  (2009年3月14日「獐のろ」句会出句

吹かれつつぺダルは重し花辛夷  (「獐のろ」誌2003年5月号所収)

クレソンの花はたまさか野に遊ぶ

點滴の針の冷たき春彼岸  (「獐のろ」誌1993年4月号所収)

老いて朦朧ひらききったるチューリップ

酔ふて見る夢はコビトノチューリップ
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高島征夫の句─(2) Doblogから転載

aaoookura0オクラ花

  おくら咲くひと日の色を誰がために・・・・・・・・・・・高島征夫

先のものと一体として引いておく。

「おくら」は、この頃では、よく食べられるようになった野菜である。
あの独特のネバネバが体にいいと言われている。「花」も、うす黄色の清楚なものである。花は一日花と言われ、それを「誰(た)がために」と捉えたところが優れている。
以下、最近の掲載句からの抄出である。

  ■木瓜の実の熱き日ざしをしかと抱き

  ■法師蝉なきやみ猫のあくびかな

  ■源平はいまも戦のアブチロン

  ■返り咲くわが夾竹桃を禊かな

  ■処暑の雨はや還りなむ祈り新た

  ■どこか遠くへ昼寝も覚めず古電車

  ■サイレンの遠ざかりゆき夾竹桃

  ■裸子の歓声沖へニゲラ咲く

  ■海へ一線犬死なれどカンナさかる

  ■秋浜の光飛ぶもの想い出の

  ■明けぬればほつとためいき野分かな

  ■かくすべしちりめんじわのさるすべり

  ■みそなはす仏もおはしねこじやらし

  ■雨後の天などみてありし青くわりん

  ■青柿のひそと葉陰に実りをる

  ■炎天のブラックベリー飢餓の国

  ■紫御殿二度とかへらぬ夏休み

  ■かくれんぼ鬼も隠れて蛍草

  ■どこか遠くへ古自転車と晩夏光

  ■陸封のドルフィン飛びをり日の盛り

  ■酔ふことも遠き沖なり酔芙蓉

  ■落蝉と思ひし俄に翔びたちぬ

  ■生きてゐる化石ここにも木賊かな

  ■片陰に常盤露草しばし憩ふ

手に入る資料から、とりあえず数十句を引き出してみた。もとよりアトランダムなものである。
高島征夫氏は、サイトを見ればわかる通り、鎌倉の「海辺」に住んでおられる。
したがって、「海」を詠んだ句が多い。毎日の散歩は海辺であるという。
句会などでは喜んで東京に出て来られるらしいが、実は「猥雑な」都会が好きではない、とおっしゃる。
東京都心の生まれでありながら、一時、八王子の「高尾」に住んでおられたらしい。
そんなところから「山棲み」「海棲み」が身についたのかも知れない。
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高島征夫の句─(1) Doblogから転載

kuroageha-omoteクロアゲハ雌

  黒揚羽凶々(まがまが)しくも喉鳴らす・・・・・・・・・・高島征夫

この句が、いつの制作になるものか判らない。
この句は「前衛句」を思わせるような鋭い作品である。「凶々しくも」「喉鳴らす」というフレーズが秀逸である。
『東京詩歌紀行』(日本詩歌紀行3・北溟社2006年刊)の中の「私の東京ポエジー」というエッセイと一緒の欄に載っているものである。
先日来、征夫氏の父君・茂氏のことは、ここでも二回とりあげたが、その交友のきっかけとなったのが高島征夫氏なので、何とか記事にしてみたいと思っていた。
征夫氏には「風胡山房」というサイトがあり、ペンネームを「結城音彦」と言われる。
前にも書いたと思うが高島茂が創刊し、その死後、征夫氏が継承した俳句結社「獐」(noRo)の主宰をされる。
俳句誌その他に精力的に作品を発表しておられるようだが、句集は、まだお出しになっていないと言い、先に書いたサイトにも、まとまった作品は見られないようになっているので、とりあえず「のろ」誌に載る最近の句などを紹介しておきたい。

  ■ゆふがほのねぢれほとびてひらくかな

  ■厭離(おんり)とも思へどはしき浜万年青(おもと)

  ■空蝉のこゑは聞こゆる遠き沖

  ■ほほづゑのあとほんのりと夏終はる

  ■抜歯せし跡のへこみや秋の潮

  ■珊瑚樹の実はむらぎもに沖遠し

  ■南溟に命日もなく父逝くは

  ■鳥影の涼しく過ぎし父ならむ

  ■南溟に嵐あるかや秋の波

  ■と見かう見ちがふ貌して秋怒涛

  ■柘榴打ちリリーマルレーン唄ふべし

  ■ポーチュラカ暑き秋日をものとせず

  ■デュランタの垂るる壁より秋日さし

  ■草原の如く海辺の相撲草

  ■白露なる日の美しき沖となり

  ■無愛想なメグレ警部と秋の雲

  ■沖かけて旅の心も青みかん

  ■信号の赤あざやかに秋の雨

  ■八月の埴輪は踊るおらびをる

  ■ハイビスカス真つ赤に朝は秋めくに

  ■おしろいのアンドロギュヌスへだつなし

  ■父逝けるしんかんとして百日紅
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冒頭に挙げた『東京詩歌紀行』には、私の歌3首も載っている。

うすべにのゆく手に咲ける夕ざくら父なる我の淡きものがたり 

振り返ることのむなしさ腰下ろす石の冷えより冬に入りゆく

ペン胼胝(たこ)の指を擦ればそのさきに言葉乞食が坐つてゐるよ
・・・・・・木村草弥


高島征夫自選「百句」2005年・・・・・・・・・・・木村草弥
「のろ」誌

 高島征夫自選「百句」2005年・・・・・・・木村草弥       

       (1)               

元旦を雪積み流るくわりんの実

信心の薄き身なれども初参り

初詣まんぢゆうの湯気みぎひだり

元旦に怒鳴る声あり雪日影

なにもかも去年に押し込み詣でけり

あめつちはここ元旦の珈琲屋

雪しづく日は燦々と二日かな

尖りしよ硬き冬芽の桜木は

初電話なにゆゑ縺れてをりしかな

青猫のよぎりて吹かる竃祓

武蔵野の雲ひろごりし三日かな

ひよどりの目の縁赤らめ枯木揺る

寒風に抗ひをりし九十九折

水仙の透きとほるなり海眼下


      (2)

手の平の種あたたかし寒に入る                        

たはむれに若菜摘みたりうたごころ

冬の雨柚子のにほへる部屋にゐて

味噌包む青さの失せし朴落葉

枯芙蓉ひかりの中にたふとかり

裸木の中の黒木の寂しさよ

着膨れてひとりはみだし終電車

冬日影ありくも長きホームかな

冬陽炎をちに機関車動かざり

墓標のごとし冬の路傍に石積むは

薄ラ日を背に裸木の力瘤

小正月白き巨塔の焼却場

寒灯のとどかざる闇ポスト鳴る

大寒の我ら絶滅危惧種なる

自転車の検問寒きゆうごころ

一声を寒の鼓と発したる

夜を焦がす山焼き蛇のごとくなり


     (3)

春近しゆつくり跳ぼう兎君                        

成人の日より煙草やめました

マフラーを後ろ結びに出てゆけり

人間は人のみならず裸の木

空のある川冬ざるる薬王院

浅川の冬を雲雀の鳴きにけ

薄鈍の広場汚れし松飾

冬の鵙天に欅の秀のゆるぐ

うつくしや赤き木の実を寒寂光

あかときの首だけ出せる寒さかな

かじかみし手に鉛筆のチビてゐる

日の残る水に動かず寒の鯉

あるくたび寒気に壜の触れ合へり

鯨狩る今も狩る縄文人のウラア

花枇杷や書棚の隅の大図鑑

霙降りカフェラテ淹るる泡の音

白骨樹屹立北風やむことなし

セルロイド擦りし匂ひ林檎かな

      (4)

霙ふる街出し人の遠ざかり

霙ふり傍若無人なる車両

しなやかに生きたしといふ霙降る

霙降るかたくなに席拒みをり

つるつるのレール凍つるを走るがに

橙のひとつ灯せし海の宿

日の匂ひ蒲団ごくらく極楽然

ダリのパン籠冬の眼の見つめをり

馬鹿っちょといわれる由なし寒くもなし

秀の撓り鶸の重さのほどなれる

冬の日や石筍伸ぶに時かけて

寝る時もぎつちよはぎつちよ猯狸

あかときのすがもり光る山家かな

あん肝の舌にこつてりあつき酒

風流も塀のうちなる寒の入り

かじかみし手を振り入る宿場町


       (5)

さびしさの煮凝売りし頃のこと                        

螺旋を捲く音の響ける寒夜かな

寒き夜や時計にはかに動き出す

寒の水笑ひ羅漢に入日あり

ひかり著て大寒の日の雀をる

ぶつかれりラガーら湯気を吹つ飛ばし

冬空にまざとありけり鳥の首

聴き做せり桂の森の三十三才

いとけなし波行く方の浮寝鳥

冬の雨こちらを向きて猫座る

寒き日や磯鵯の丸まつて

薄曇り水仙ひともと原種なる

探梅や当山高尾薬王院

踏切の音消し長き雪の貨車

さながらにそは神の雨春を待つ

影雪のシュプールふかき人傾く

実の消えて鳥は来たらず春待つ木


       (6)

さらさらと波の氷凝り石洗ふ                       

氷凝りの銅像見上ぐ見つめらる

宇宙遊泳・リュージュいづれぞ遅速なる

外套を吊し目張りとなせるなり

冬の影ものみな低く地を這へる

雲光るまなざし黒き寒立馬

日向ぼこ猫は日陰に移動する

寄せかへししぶき氷の花となる

中折れの棕櫚の葉寒くバンバラに

我が足に靴下二枚着膨れし

節分や猫の先導山下る

立春の金魚の力ここにあり

沈丁花書かねばならぬ文のあり

山峡の畑に残りし雪はだら

盆地覆ふ野焼の煙ミルク色

丘の村軒寄せ春のまだ浅し

鴇の雲たちまち褪せし雪嶺に

道の辺の火の見しづかに春の日さす
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高島征夫氏より提供された自選句である。

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e0055861_19485774ルーラン・ゴッホ
  
渦巻ける髭と春くる郵便夫・・・・・・・・・・・・・高島征夫

この句を載せたら、作者がさっそくご覧いただいて、この句にまつわる「自句自註」を知らせていただいた。
それを下記する。

 【この句は『獐』(一九九四年三月号)に載っているからその年の立春頃の作である。十年前(2004年現在)の作品ということになる。この句を一読、誰でも「ゴッホ」を連想するかもしれない。事実、「ゴッホの絵に、郵便配達夫ルーランがある。碧い鳥打帽をかぶって、青い服を着て正面を向く顔中髯だらけのような彼は、威厳すら感じられる。これを人は髯のルーランと呼んで親しんでいる。渦巻ける髯はゴッホの描く麦畑でもあり、糸杉でもある。髯の郵便夫が春を呼んでいるようでもある。」という撰評を師・高島茂から貰った。
 出来上がったものはすでに作者の手を離れているから、こういうことを言うべきではないのだろうが、正直なところ、作者はこの時、それをまったく意識していなかったのである。
 そういう意味で思い出の深い句となった。】
(自註:『獐』2004年4月号「150号記念特集」のための草稿より)

  
海鳴りの激し沖より春一番・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高島征夫
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海鳴りの激し沖より春一番・・・・・・・・・・・・高島征夫

こちらでは2月13日夜更けから14日未明にかけて強い横なぐりの風雨が吹き荒れた。
恐らく今年の「春一番」であろう。
高島氏は鎌倉にお住まいであり、私の住む京都とは少し遅れて同じような天気となっただろう。
私の元BLOGが障害を起して、友人たちへのアクセスもままならない時に、今朝いち早く、このサイトを察知して「訪問」していただいて有難いことである。
その感謝の念もこめて、高島氏の2/14付けに載る「句」と「画像」を紹介しておく。
高島氏は他に小説などを執筆されているので「結城音彦」というペンネームを所持されていて、HPは「風胡山房」と称される。
結城音彦氏のURL→ http://hukosanbo.exblog.jp/

高島氏から、今の季節の句をまとめて送っていただいたので、以下に掲げておく。

 冬凪やジルベールベコー耳なでる

 青き実の潮酸漿なれ冬日濃し

 冬の日ののびやかに享く花茎かな

 らんらんとまなこつぶらにかじけねこ

 数へ日の島影淡しうべなへる

 残生のかくしらじらと柾の実

 冬帽子眉毛隠して海坊主

 さてもドント・ディスターブ晦日猫

 人もまた顔かがやかせ初日の出

 牛雲の寄り添ふてをり二日富士

 広重の松のめでたさことほげる

 ビードロとビーチグラスと四日かな

 初夢やこれでいいのだそうだにや

 蠟梅や汽笛消えゆく尾を引きて

 塩鮭の茶漬けを啜り恙なし

 寒濤や傾くリグの極限に

 曲搗や消えゆくものにかの老舗

 寒濤を聴くはみな若き日の詩人

 べっとう吹き荒れ乗れる者光る海

 寒き日の天竺葵ただならず

 寒木瓜や夙起のならひなぐさまん

 たましひのこほるごとくに蝉氷

 冬凪のバッファのごと波待てる

 寒濤に身を投げ出せりたはむるる

 まつすぐに冬芽の紅し臺與の国

 灯しとや木立蘆薈の花の薹

 はや梅の咲きしところに母者人

 漫ろ神漕ぎ出でまをす冬の濤

 大根の花ゆきずりのでき心

 押し出せば砂鳴る冬の朝開き

 行方なく漂泊ラダー寒濤音

 たゆたへる物干し竿の寒の雨

 焚火して煙管煙草の紫煙かな

 錆色の橋梁ぶあつく冬日落つ

 春夙野芥子は咲ける岩垣に

 節分や猫の先導山下る

 手の平にあふるる若菜おもしろさう

 残りたる雌蕊つややか落椿

 全身で凧揚ぐ園児沖遠く

 爪切草綿毛温いかほうやれほ

 「用途を失った言葉」俳句の冬

 大焚火酔ふごと顔のあつまれり

 動輪のごとく焼酎呑みほせり

 「言葉は心の石」春一番

 遅の井のあふるる春を見てゐたり

 パン屑のかすかに動き春の風

 痼疾ならす春は曙あふぎつつ

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