K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
クラブツーリズム0002
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クラブツーリズム0004

関空0001

 上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間 (1)・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・・・・・2009/12/16~12/20 クラブツーリズム主催・・・・・

この旅は、たまたま見つけたもので旅行は突然に始まった。
この旅は関空発JAL627で14:40発で出国するが、帰りもJAL628便で往復。全食事付き、全観光付きで、費用は何と29800円である。私は一人参加なので一人部屋追加料金18000円が必要だが、シーズンオフで、しかも年末という期間とは言え、何はともあれバーゲン投げ捨ての感じのするような始末である。
安いものには「裏」がある。ともあれトライするのみである。ツアーの同行者は、総勢20人である。

今回の旅には、日本からの「添乗員」は付かない。
各自、関西国際空港に着いて、各自で出国し、上海の浦東国際空港の入国手続きなどが終って一般人との「柵」を出たところに現地ツアーガイドが「クラブツーリズム」の旗を持って待っている、という算段である。

なお、中国に関しては「ももたろうの中国ぶらり旅日記」というサイトに詳しいので参照されたい。
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上海浦東空港からは中国自慢の「リニア」に乗る。
これには数年前にまだ妻が生存中にANAのマイレージの期限切れ消化のために三日間ほど上海に行ったときに乗ったことがあるので旧ブログにも記事を書いたのだが、どこかに行ってしまった。

磁浮

磁浮0001

中国は、さすがに漢字の国らしく、リニアのことを「磁浮」と書く。
乗った感じは、ドイツの技術らしく「硬い」感じがする。最高速度は431キロで、ほんの数秒である。
車両に入った、すぐ上のところに表示板があるので撮ってみたが、写真が小さく不鮮明だが、ご覧いただきたい。
現在は、浦東国際空港から地下鉄「龍陽路」駅まで通じているが「杭州」まで延伸される予定。

リニアを下りた後は、専用バスに乗って、一路、今晩宿泊の蘇州まで行くのだが、途中の上海市内は退勤ラッシュとあって大混雑、どこをどう通っているやら、中国時間16:25に浦東空港に着いているのに蘇州着は21時近くである。
とにかく車が多くて、以前におびただしく走っていた「自転車」というものを見かけず、「電動バイク」が音もなく走っている。上海だけでなく地方でも、そうである。
とにかく「人間」が多い。文字通り、ウジャウジャと居る。
狭い上海市内と近郊で二千万人は居るというし、地方都市という蘇州や無錫も数百万人は居るのだから、日本の感覚でいう「地方都市」とは概念を切り替えなければならない。
後日詳しくお伝えするが、上海のビル、マンションなどの建物の「林立」は、壮観である。
どこもかしこも「建設工事」でごった返して、まして来年の上海万博の工事の追い込みとあって、どこもかしこも工事中。埃が舞い、交通渋滞の拍車がかかる。

さて、蘇州に着いて、ホテルで名物だという奥壮麺やあつあつ餡かけおこげなどの夕食を済ませたあと旧市街「山塘街」散策に行くが暗くていい写真が無い。
ここには翌日、船で連れていってもらったので、そのときの写真などを載せる予定。

山塘街

今晩のホテルは南亜賓館という。

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上海地図0002

  上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間 (2)・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・・2009/12/16~12/20 クラブツーリズム主催・・・・・

蘇州の朝が明けた
はじめに上海と近郊の地図を出しておく。

昨夜は遅くにホテルに着いて、夕食を済ませて「山塘街」という古い街区に行ったが、夜も遅く、寒くて、ツアーガイドともども、早々に立ち返った。
蘇州でのホテルは「南亜賓館」という。旧市街ではなく、新市街の一角に広い道路に面して建つ。
広い幹線道路に面している上に、私の部屋は道路側なので一晩中、車の音や警笛の音がしていた。
ここ「蘇州」や「無錫」は長江下流のデルタ地帯の低湿地で湿度が高くて「霧」や「靄」が多いところらしく、今朝も靄がかかっていて写真写りも悪いので、ご了承願いたい。

南亜賓館0005

南亜賓館0006

このホテルの隣には、フランスのスーパー「カルフール」の大きい店舗がある。
その写真を載せておくが、こちらでは「家楽福」と表記する。ここでも文字の国・中国であることを実感する。
当然ながら「楽」の字は簡略体で写真のような字である。
カルフール0001

「蘇州」については、ここにリンクに貼っておくWikipediaに詳しいのでアクセスせられよ。

 蘇州の名園──留園
今日の観光は、先ず「留園」から。
蘇州にはいくつかの古い名園があるが、「拙政園」には今回は立ち寄らない。数年前に単身で来たときに、現地ガイドを雇って、ここは見たので、丁度よかった。拙政園とはひとまわり小さい感じの園である。
いくつかお庭の写真などを載せておく。

蘇州・留園

蘇州・留園0001

蘇州・留園0002
蘇州・留園0003
蘇州・留園0004
 冠雲峰と名づけられた太湖石

「留園」は清代の建築造園様式を伝える名園である。蘇州ばかりではなく、中国四大名園にも上げられるという。ここは徐時泰が個人庭園を造園した明代の嘉靖年間(1522~1566年)にまで遡る。
清代の18世紀末には、劉恕により改築されて「劉園」となり、さらに清代の光緒年間(1875~1908年)に大規模な改築工事が行われた後、「留園」と呼ばれるようになった。
園内は四つの景区に分けられており、各々の楼閣が花窓や透かし彫りで飾られた長い回廊で結ばれている。透かし彫りのデザインは実にさまざまで、ひとつとして同じものはないという。
廊壁には、歴代の名書家による三百点以上の見事な墨跡『留園法帖』なども見られる。
先に写真に載せた高さ6.5メートルの太湖石・冠雲峰も見逃せない。
今は冬で枯れてしまっているが、夏の季節には池には美しい花蓮が咲き乱れる。

「舗道」は細かい色とりどりの石で模様がかたどられている。以下、それらを紹介しておく。


留園・舗地0001

留園・舗地

撮ってきた写真のいくつかを順不同で出しておく。
蘇州・留園0005

蘇州・留園0007

蘇州・留園0008

今回の旅の現地ツアーカイドとして同行してくれた孫さん(左)と助手の張さん。
二人とも中国・東北部のハルビンの出身で、現地の専門学校で日本語を学んで、仕事の多い上海に来て働いている。
張さんは、まだ日本語ガイドのライセンスを取得していなくて、目下勉強中という。
まだ言葉の端々に拙いところがあり、微妙な日本語表現が会得できていない。

蘇州・留園0009

漢字の国だと実感するものが多いが、これはその一例で、トイレなどの清掃直後で床が水に濡れている場合などに、この標識が置かれる。
ご覧になって、いかがですか。私は、こんなところにも関心を持って写真にしたりするのである。
蘇州・留園0010

私の旅行中、日本列島は「プレ・クリスマス寒波」とも言うべき激しい寒波に襲われ、北国の積雪だけではなく、首都圏でもかなりの積雪があり、現地で見る日本のNHKのテレビでも交通機関の運行停止などのニュースが見られた。
中国も同じく、とても寒くて朝の最低気温はマイナス3度などの数値を示していた。
そんな中での外歩きは、寒くて、とても辛い。事前に日本気象協会の天気予報を見てきたので、厚い防寒着は用意してきたのだが、冬の外歩きは大変だ。
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 寒山寺
寒山寺

寒山寺0001
 寒山寺入口

寒山寺0002

日本でも「寒山(かんざん)、拾得(じっとく)」で有名な寒山寺を見学する。
中国のお寺というと、写真のように外壁が黄色に塗られていることが多い。
ここは市の中心部から車で20分のところにある禅宗寺院。南北朝、梁の天藍年間(502~519年)の創建だが、唐の貞観年間(627~649年)に寒山、拾得という二人の僧が住職となったのを境に「寒山寺」と改名された。
清代末期には兵火に焼かれてしまったが、1860年に再建され現在の形になった。
森鴎外の小説に「寒山拾得」という作品がある。この寺の謂れの二人についてのエピソードが読めるので、リンクしてみてください。

寒山寺0003

寒山寺0004
 五百羅漢像

寒山寺0005

鐘楼が建っており「鐘」を撞くことが出来る。一回5元とか聞いた。
寒山寺0006

この鐘楼のすぐ近くに、有名な唐代の詩人・張継の「楓橋夜泊」の詩を刻んだ石碑が建っている。
この碑の「拓本」が有名で、今までは沢山刷られてきたが、今は拓本採取は禁止されているという。
私は、最初に中国に行ったときに、この拓本を買ってきたが、まだ表装はしていない。

寒山寺0008

この碑の詩に書かれる「楓橋」というのは、次に写真を載せる橋のことらしい。 ↓
買って帰った蘇州風景写真ハガキからスキャンしておく。
蘇州。楓橋

境内には五重塔が建っているが、中国では五重塔を建てるという習慣はないらしく、この塔も日本の信者たちの寄付で建てられたらしい。
寒山寺0007

以上をもって寒山寺の見学を終る。
その間、昼食を挟んで「細密な蘇州刺繍」研究所やシルク工場などを見学したが省略する。
これらは見学に名を借りた物品販売が目的で、今回のツアーのはじめのところで「裏がある」と書いたのは、そういうことで、ツアー料金の安さを物品販売の店に頻繁に入ることによって勘定を合せているということなのである。
因みに、シルク店では、すらりとした見事な肢体のモデル数人によるファッションショーがあって、しばし目の保養をさせてもらったが、写真は遠慮して撮らなかったので、残念ながらお見せできない。
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 虎丘──斜塔
虎丘斜塔

虎丘斜塔0001

虎丘は、越王との戦いに敗れた呉王──闔閭が葬られた小高い丘。
葬儀の三日後に墓の上に白い虎がうずくまっていたという伝説から、この丘の名がついた。
丘に建つ雲厳寺塔は、宋代建隆2年(961年)創建の蘇州最古の塔。地盤沈下で3.5度傾いており、東洋の斜塔と呼ばれる。傾きは下から見上げるのと反対方向になっているので、下からは傾きは、よく判らない。
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 山塘街 船で遊覧
昨夜、夜も遅くなって見られなかった山塘街を船で遊覧する手配をガイドがしてくれた。
時間的には夕暮れが、もうすぐやって来るという午後遅くだった。
水郷・蘇州の面影の一端に触れられたのは幸いだった。しかし寒かった。順不同で写真を載せておく。

山塘街船遊覧

山塘街船遊覧0001

山塘街船遊覧0002

山塘街船遊覧0003

山塘街船遊覧0004

山塘街船遊覧0005

山塘街船遊覧0006

これで第二日は終るのだった。今夜は無錫泊り。

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上海がに

  上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間 (3)・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・・2009/12/16~12/20 クラブツーリズム主催・・・・・

無錫の宿泊のホテルは美麗都大酒店という。新市街の大通に面したホテルで、設備は、ここが一番良かった。
「麗」という字は、簡略体では、旁(つくり)の部分を省略したものにされるので写真を見てもらいたい。
先ず、このホテルの写真を出しておく。
無錫

無錫0001

無錫0002

折りしも中国でもクリスマスが盛大に祝われるらしく、ホテルのフロントには、↓ のような装飾がされている。
無錫0006

大通には朝早くから車が往来し、中国人の悪い癖で、やたらに警笛を鳴らすのでやかましい。
道の風景の写真も出しておこう。
無錫0003

無錫0005

先に少し書いたが、自転車というのが極めて少なくなり、電動バイクが音もなく行き交う。
写真にも二列になって進んでくるバイクの姿が写っていよう。

トップ写真には「上海がに」を出してみたが、名前は上海がにでも、実は、この蟹は、ここ太湖で獲れるのである。
淡水カニということである。詳しくは、後で。
 
無錫──太湖遊覧
先ず、太湖のミニ遊覧(約30分)から、今日のツアーは始まる。
「太湖」は大きさとして日本の琵琶湖の二倍半あるという大きなもので、それでも中国では四番目という。
先にも少し書いたが、低湿地で湿度が多く一年中靄に包まれていると言い、からりと晴れた日は一年に数日しかないという。今日も靄がかかり、湖全体が薄墨色に染まっていて、見通しは利かない。
「太湖」については ← リンクに貼ったWikipediaに詳しい。

先ず太湖の写真を出しておこう。
太湖

太湖0001

太湖0002

太湖0003

この小船が漁師のカニを獲る船である。船の傍に見えるのは養殖用の網らしい。
太湖0004

船室の真ん中で喋っているのが無錫の現地ガイドの人で、この人は日本企業の通訳なども勤めるベテランで、日本語も正確である。孫さんなどには参考になったのではないか。
太湖0005

 淡水パール工房
遊覧船を下りて、「淡水パール」工房で、淡水パールの採れるカラスガイを割って中から三十個くらいの真珠を取り出す実演などを見る。以下が ↓ その写真。
淡水真珠

海の養殖真珠には人工で貝殻などで作った「核」を挿入するが、淡水真珠ではそんな作業は無く、自然に貝の中に入った砂が核になって真珠になるという。実演の貝は四年ものであったが、大きな粒を採取しようとすると十年~十五年とかの年数が必要だという。

ここを出て、他に「泥人形工場」を見学した後、「白魚の卵炒め」などの江南料理の昼食を摂って、後は一路、上海市内へ。

 南京路の散策
上海の目抜きの通りの南京西路にある伊勢丹前で解散して散策に出るが、寒くて早々に伊勢丹に駆け込んでコーヒーを飲んで時間をつぶす。
また「茶芸館」で茶を売りつけられるが買わない。

 上海がに
夕食は外灘の豫園の近くにあるレストランで「上海蟹」一匹つきの上海料理を賞味する。
上海蟹は直径10センチほどのもので、ズワイガニやタラバガニなどを食べなれているものには物足りないし、食べるところも少なく珍味とは言いがたい。
食事は毎日々々中国料理の連続で、江南料理とか上海料理とか、いくらかのバラエティはあるものの、変化に乏しい。
今晩の料理は、上海料理というだけあって質的には上の部類に入るだろう。
29800円という料金では、文句も言えまい。

ここを出て、別料金で「上海雑技団」のショーを見にゆく。日本円で3900円である。
上海雑技団は複数あり、後で検索してみると、私たちの見たのは「上海白玉蘭劇場」のショーだったのである。← リンクに貼ってあるので詳細は、ここを見られよ。
私は、この前来たときに一度見ているが、内容的には同じようなものだった。最終ショーはバイク5台による金属球の中での爆走で極めてスリリングなショーだった。
ここは写真撮影は可だが、フラッシュは団員の演技の邪魔になるので禁止であり、照明も落としてあるのでカメラは使わなかったので写真は無い。
上海雑技団

 ↓ ショーが終ってから壇上で団員たちとの記念写真撮影付きである。
上海・雑技団メンバーと

来年五月からの「上海万博」を控えて、外灘(ワイタン)はどこもかしこも工事中で掘り返している。

今晩の泊りは「上海南駅」北方の地下鉄一号線「漕宝路」駅ちかくの「光大会展中心大酒店」英語表記ではEVERBRIGHT INTERNATIONAL HOTEL というところ。
設備は古く、私の部屋のスチールサッシの窓が壊れていて締まらず冷たい風がスースー入って寝付けない。
ツアーガイドの孫さんは自宅に帰ってしまっているので、仕方なくエアコンを最大にして一夜を過す。
出来たときは、最新鋭のホテルだったと思われるが、年月が経って、設備も古くなり、あちこち壊れて、最新のホテルが続々と建つ今となっては、建て替えられる運命にあるのだろうと推測される一夜だった。
そのホテルの写真 ↓ 。
上海ホテル

上海ホテル0001

上海ホテルから

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上海・森ビル記念写真

上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間 (4)・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・・2009/12/16~12/20 クラブツーリズム主催・・・・・

 上海──いま世界で一番活気のある街
トップに出した写真は、上海浦東地区に建つ、日本の森コンツェルンが15年の歳月をかけて建設した「上海環球金融センター」の記念写真帖に載るものである。
この写真帖の右側にメジャーがあり、その数値が474メートルと表示されるように、目下のところ中国最高の高さを誇っている。
この建物については「上海環球金融中心」というWikipediaの記事に詳しい。
この写真の右隣に建っているのが「金茂大廈」通称・ジンマオタワー(421m)というビルで、ここにも展望台が設けられている。森ビルが完成するまでは、ここが最高だった。

 浦東地区──黄浦江の東に林立する高層建築群
この日は朝8:30にホテルを出て、森ビルの開場が九時からなので、時間消化のために浦東の黄浦江の岸辺で対岸の写真を撮ったりする。
それらの一端を載せておく。
上海外灘
 ↑ 時計塔のあるビルと隣接する和平飯店などの歴史的建造物群

上海外灘0001

上海外灘0002

これらは「外灘(ワイタン)」と称する黄浦江岸に建つもので、かつては上海の東岸は、ここまでしかなかった。
前は広大な「潟」の浅い海だった。それが埋め立てられて、高層建築や浦東国際空港など上海の新しい都市機能の多くが、この浦東地区に集中するに至っている。
その中でも高層建築物が一番集中している地区の地図を出しておく。
上海・地図詳細図②

 「上海環球金融中心」──森ビルに入る
写真に見えるSWFCとは「上海ワールドファイナンシャルセンター」の頭文字を取ったものである。

森ビル

森ビル0001

上海・森ビルパンフと入場券
 ↑ これが入場券とパンフレットである。
入場には地下から入る。朝早くから多くの人たちがつめかけ、先端の展望台の部分は幅は数メートルと狭いので、人数を見ながら入場を規制している。エレベータは高速で毎秒数十メートル上るので一分足らずで94階に着く。
ここからはエスカレータで97階、100階へと上る。
料金は階数によって異なり、100階展望台は100元である。 以下、先端の展望室の内部からの写真などを載せる。

森ビル100階
 ↑ 100階展望台内部・ガラス張り──幅は数メートルしかない

森ビル100階0001
 ↑ 床は強化ガラス張りで、下を覗けるようになっている。揺れているようで怖い。

森ビルから俯瞰
 ↑ 独特の球形をしたテレビ塔を俯瞰する

森ビルから俯瞰0001
 ↑ 「金茂大廈」通称・ジンマオタワーを俯瞰する

森ビルから俯瞰0002

森ビル100階0002
 ↑ 案内ガール

上海・森ビル記念写真0002
 ↑ 有料で撮ってもらった私の姿

上海・森ビル記念写真0001

因みに、現在、世界で一番高いビルは、台湾・台北市にある「台北101」(508m)で、ここも「台北国際金融大楼」という名前で金融支配を象徴するようなものである。
しかし、この 「台北101」の展望台の高さは公表されていないので最上階の高さでいうと439.2mであり、ここ森ビルは展望台の高さが492mだから、目下は世界一だと誇っているのである。
↑ ↓ 詳しくは、それぞれリンクを見られよ。
金融危機などで倒産を心配されたアラブ首長国連邦の「ブルジュ・ハリファ」(尖塔高824.55m、展望台高531.3m)が、ほぼ外構が完成していたこともあって、いよいよ間もなく「2010年01月04日」にオープンすることになって、世界的な高さ競争も熾烈である。
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「新天地」を散歩する

上海・新天地

上海・新天地0001

上海・新天地0002

ここ「新天地」は淮海中路という市の中心部の南側を東西に走る通りのエリアにある。
地下鉄一号線「黄陂南路駅」と「常熟路駅」を結ぶエリアである。この辺りは元フランス租界であったところで、現在も洋館や並木道も残り独特の雰囲気の残っている地区。
今は冬の時期で寒いのでテラス席で憩う人も少ないが、ヨーロッパの街角のようにオープンエアになっているカフェなども見られる。
私は買うものもないので、カフェでコーヒーを飲んだ。
あと昼食に「小龍包」などの上海料理なるものを賞味する。
「上海博物館」というところに連れ込まれるが、何のことはない「玉(ぎょく)」などの細工物の売りつけであった。
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あと上海旧市街での観光の一つの目玉である「豫園」に行く。

 「豫園」──上海随一の名園だが周囲の店屋の喧騒に包まれる
上海・豫園入口
 ↑ せせこましいが、ここが「豫園入口」である。
この入口の前の池には池を斜めに横切るように「九曲橋」というのがあり、その真ん中に「湖心亭」という歴史的な茶館があるのだが改修中で趣がないのは残念だった。

上海・豫園入口0001

上海・豫園0002

上海・豫園0003

豫園について、Wikipediaの記事を引いておく。蘇州の留園などの大庭園を見てきたものには、ここは狭いし、猥雑で喧騒に過ぎる。
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豫園(よえん)は中華人民共和国上海市黄浦区安仁街に位置する明代の庭園。

「豫」は愉を示し、すなわち「楽しい園」という意。面積は約2万m²。もとは四川布政使(四川省長にあたる)の役人であった潘允端が、刑部尚書だった父の潘恩のために贈った庭園で、1559年(嘉靖38年)から1577年(万暦5年)の18年の歳月を費やし造営された。完成した時には父は没していたといわれる。清代初頭、潘氏が衰えると荒廃するが、1760年(乾隆25年)、上海の有力者たちにより再建され、豫園は南に隣接する上海城隍廟の廟園となり「西園」と改称された。当時は現在の2倍の広さがあった。1853年(咸豊3年)園内の点春楼に小刀会の司令部が置かれた。1956年、西園の約半分を庭園として改修整備し現在の豫園となる。残りの部分が豫園商城となる。1961年に一般開放され、1982年は国務院により全国重点文物保護単位となる。入園には大人30元。子供10元。

装飾や様式は伝統的(中華-上海的)でありつつ、周辺は中華的な高層な建築物が並んでおり、観光地として豫園商城と呼ばれている。お土産物店や飲食店が軒を連ね、小籠包の本家を名乗る南翔饅頭店などがある。
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以下の二枚の写真は、ここを取り巻く周囲の店屋の写真。
中には長い行列の出来ている食い物屋があったりする。
この日も寒い日で、私は予め「湖心亭」でお茶を飲むことにしていたのだが、それが叶わずスターバックしかないので(ここのバカでかい紙カップは私の好みではない)うろうろと歩くばかりで困った。

上海・豫園

上海・豫園0001
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夕食には「北京ダック」の名門・全聚徳で北京料理を賞味する。
さすがに名門だけあって出てくる料理も味がよく、最後に出てきた「北京ダック」もコックが目の前で皮を削いでサーヴするので趣があった。
カメラのフィルムが切れていたので私の撮った写真はないので「全聚徳」のHPから引いておく。
私たちの行ったのは地下鉄一号線「上海火車站」駅の近くの、天目西路にある店らしい。

cs03918_6北京ダック

これで、今日の観光はすべて終了し、ホテルに戻る。
ガイドに言って部屋をチェンジしてもらったが、浴槽のないシャワーのみの部屋だったが、暖房がよく利いたので、辛抱して、そのままにする。

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朱家角0005

  上海・蘇州・無錫・朱家角ミニ旅 5日間 (5)・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・・2009/12/16~12/20 クラブツーリズム主催・・・・・

 朱家角の観光
ここは上海市青海区にあり、市中心部から西へおよそ48kmに位置する。
昔は、この辺りが上海の旧地だったとも言われる。万暦年間(1573~1620年)に出来た水郷古鎮で、漕港河と朱泖河に囲まれ、運河が網の目のように張り巡らされているという。
大小さまざまの橋が見られるほか、水郷めぐりも出来るという。
トップページの写真は、この古鎮への入口の楼門である。

朱家角0006
 ↑ 楼門を過ぎてゆくと「放生橋」という石造りの全長72m、幅5.8m、高さ7.4mの江南地方最大級の石橋。
1571年に慈門寺僧・性潮和尚による募金で建立された。橋の下では魚を放つことだけが許され、殺生を禁じて漁獲を禁止していたため、この名前がついた。橋の上から川へ魚を放つと善行を積むとされ、今では観光客用に金魚が売られている。
 ↓ 下の二枚は、その橋の上からの対岸の風景。
朱家角0007

朱家角0008

 ↓ 橋の手前の横丁の風景。
朱家角0009

 ↓ 観光バスの駐車場となっている広場の「商城」というショッピングの建物(中国ではショツピングセンターの意味で「商城」を使う)
朱家角0010

この写真は広場に面した西洋式のコーヒー店の二階から撮影。
私は風を避けて、ここでカプチーノを呑んで過す。
 ↓ この店のくれた「ティツシュ・ペーパーのホルダー」
朱家角

バス0001
 ↑ 私たちを五日間乗せてくれた専用バス。車体が古く、座席が固定せず、すぐ倒れてしまう癖があった。

上海へ引き返し、民芸品店などに連れ込まれた後、香港のボート・レストランにような龍頭をかたどった黄浦江に係留した水上レストランで何種類もの「麺」の出てくる店で昼食を摂り、後は一路、開通したばかりの「盧浦大橋」を渡って浦東国際空港に向かう。
この辺りは黄浦江を挟んで「上海万博会場」であり、突貫工事で建物や敷地の整備が行われている様子が見える。
同行者の中には「間に合うのかいな」という声もある始末。
shanghai-xupu-bridge.jpg

来年の「上海万博」は黄浦江を挟んだ会場で開催される。 ↓ の地図に予定会場が書かれている。
上海地図・浦東
地図下部の「南浦駅」の近く、「盧浦大橋」(赤い∴のマークがついている橋)が両岸の会場をつなぐ橋となる模様。

先の地図が見にくいので、別の地図を出しておく。↓
荳頑オキ蝨ー蝗ウ_convert_20091226104729

出してはみたものの、これも見にくいが、お許しあれ。

上海万博の「日本館」が12/26に竣工したという。
日本館は「紫蚕島」と称されるらしいが、その最新の画像は「ももたろうのぶらり中国旅日記」に載っているので参照されたい。

途中、リニアの高架線路と平行して道が走るので、リニアが疾走するのを二度見ることが出来た。

17:30発 JAL628便で出国し、関空着20:35。

この地域の旅については

★地球の歩き方「上海・杭州・蘇州・水郷古鎮」(タイアモンド・ビッグ社)
★地球の歩き方ポケット「上海・杭州・蘇州」( 〃 )
★街歩きMAP「杭州・蘇州・上海」(昭文社)

などが詳しい。参照されたい。

(気がつけば加筆することもあることを書いておきたい)




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