K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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卒業研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・細見和之
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──細見和之の詩──(1)
     
      卒業研究・・・・・・・・・・・・・・・細見和之

     高橋君の卒業研究のテーマは
     絵本とデリダ
     彼が言うには
     絵本の本質はめくること
     だから
     <メクリチュールと差異> ───
     すると犀が一頭あらわれて
     河馬との違いを証明してくれと泣きすがる
     そんな懐かしい
     <ソシュール以前の>土手のうえで
     日がな一日過せたらいいね
      
     あっ あれは明けの明星? 宵の明星?
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この詩は「季刊びーぐる 詩の海へ」第十号(2011/01/20刊)に載るものである。
細見和之については前に山田兼士のところで引用して書いておいた。
「びーぐる」の四人の編集同人のうちの一人である。
哲学者のソシュールの「エクリチュール」を、うまくもじって作ってある。
四行目の下線部の「めくること」のところは原文では「傍点・・・・・」だが、表示できないので下線にした。
ご了承を。
次に、もう一篇、引いておく。
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      手前の虹・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・細見和之 

     結婚して間もないころ
     妻とふたりで城崎へ出かけた
     福知山線の丹波大山駅を過ぎたところで
     窓の外に虹が見えた
     山の彼方ではなく
     山の手前
     ほとんど手で掴めるすぐそこに
     その虹はかかっていた

     その後三年で
     私たちは早々と破局を迎えていた
     私は昼間翻訳の仕事にかかりきりで
     夜はひたすら酒をあおっていた
     私が飲み疲れて眠るころ
     ようやく妻は外の勤めから戻ってきた
     やがて妻は
     いくつかの家財道具とともに
     家を出た

     それから
     月に一度だけ妻と食事をしたり
     映画を見たりする日々が続いた
     右往左往ののちに
     私たちは元の暮らしにもどったが
     その間たがいに
     虹の話はしなかった
     これからもきっとしないだろう

     私たちのまなざしに
     ぼんやりとした
     その始まりと終わりまでを
     まるで無防備に差し出していたあの虹

『家族の午後』(澪標、2010年12月20日発行)から


この詩について、谷内修三が、こんな批評を書いている。 ↓
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細見和之『家族の午後』(澪標、2010年12月20日発行)
私は3連目がとても好きだ。特に、「その間たがいに/虹の話はしなかった」というところが好きだ。もっと厳密にいうと、「その間」が好きだ。
 「その間」って何?
 「学校教科書文法」から言えば、月に一度食事をしたり、映画を見たりする「間」、ということになる。別居して、右往左往して元の暮らしにもどるまで、ということになるかもしれない。
 ところが、私の「印象」では、そうはならない。
 「その間」は、「学校教科書文法」の指し示す「その間」とは違う。「その間」ではなく、むしろ、「その後」である。元のように二人で暮らしはじめてから以降、そのときから「いままで」である。
 だからこそ「これからもきっと」ということばが続くのだ。
 別れて、またくっついてから「いままで」虹の話をしなかった。だから、これからも話しはしない。しないだろう。

 「その間」は別れてからくっつくまで(もとにもどるまで)ではない--ということは、また別の意味も持ちはじめる。別れて、くっついて、それからいままで、であるなら、「その間」は、また「別れる前」をも指しているかもしれない。ごたごた(?)がある前--つまり、虹を見て、それから別れるまでの間、その間も二人は虹の話をしなかったのだ。二人は一度も虹の話をしていない。
 けれど。
 その、虹を見た記憶は、話さなくても二人に共有されている。
 私には、そんなふうに読めるのである。私はそんなふうに「誤読」してしまうのである。

 このとき「手前」ということばが不思議な感じでなまなましく生きはじめる。


山の彼方ではなく
山の手前
ほとんど手で掴めるすぐそこに
その虹はかかっていた


 ここにあるのは不思議なレトリックである。
 虹は山の彼方であろうが、山の手前であろうが、「ほとんど手で掴めるすぐそこに」など、ありはしない。手に掴めるところにある虹は、水道管が破裂したときにできる虹くらいなものである。列車が走りながら見る虹は、どんなに山の手前にあっても手に掴めるはずはない。
 「手に掴める」はレトリックである。そうであるなら「山の手前」もレトリックである。「山」と「私」の「間」が「山の手前」であり、そこにあるのは「はっきりしない間(ま)」である。そして、はっきりしないからこそ、その「間(ま)」はなまなましく動く。「間(ま)」の距離、広がりは、存在しながら、存在しない。「距離」は存在しないが、隔たっているという感覚は存在する。
 「間(ま)」は感覚なのである。「手前」も感覚なのである。「私」が感じている「もの」なのである。
 この存在しながら存在しない「間(ま)」--それこそが、二人がくっついたり、わかれたり、そしてまたくっつくときに、二人の間(あいだ)にあるものなのだ。
 それは明確にしてはいけないもの、明確にはならないものなのだ。ただ、あ「間(ま)がある」と感じて、それを受け止めていくしかないものなのだ。


私たちのまなざしに
ぼんやりとした
その始まりと終わりまでを
まるで無防備に差し出していたあの虹


 この最後の4行は、虹のことを語ってはいない。ふたりのことを語っているのである。ふたりは、ふたりの関係を、その始まりと終わりまでを、まるで無防備に、たがいに差し出している。その始まりと終わりはぼんやりしているけれど、つまりことばにしようにも明確にはならないものだけれど、「肉体」のなかではしっかりとわかっていることである。どこを踏み外せばまた別れるのか、どこに手をさしのべればこのままつづいていくことができるのか--そういうことが「手で掴む」ではなく「手に触れる」ようにわかるのだ。それは、いわば「手の前」にあるのだ。
 1連目「山の手前」は「山の」「手前」ではなく、「手の前」であり、その手の向こうに(手の彼方に)山があるのだ。

 細見にとって、大切なものはいつでも「手前」、「手の前」にあるのだ。「手前の虹」とは「手の前の虹」である。

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細見和之
ほそみ・かずゆき
1962年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了、現在 大阪府立大学人間社会学部教授。博士(人間科学、大阪大学)。ドイツ思想専攻、詩人。
主な著書に『アドルノ』(講談社)、『アドルノの場所』、『ポップミュージックで社会科』(以上、みすず書房)『アイデンティティ/他者性』、『言葉と記憶』、『ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む』(以上、岩波書店)。主な訳者にべンヤミン『パサージュ論』(共訳、岩波現代文庫)、アドルノ『否定弁証法講義』(共訳、作品社)、ヨーナス『生命の哲学』(共訳、法政大学出版局)。
主な詩集に『言葉の岸』(思潮社)、『ホッチキス』(書肆山田)、『家族の午後』(澪標、2010年12月20日発行)などがある。

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