K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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NHK朝ドラ「べっぴんさん」のモデルについて・・・・・・木村草弥
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↑ 石津謙介
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↑ 「ファミリア」創業者・坂野惇子

──映画鑑賞──

     NHK朝ドラ「べっぴんさん」のモデルについて・・・・・・・・・・・・・木村草弥

このドラマは実在した神戸の会社「ファミリア」などがモデルになっている。
このドラマについてはWikipediaなどに詳しい。
ドラマに登場する人物などの詳しいブログ「べっぴんさんのモデル・坂野惇子の立志伝」というサイトはドラマの進行に合わせて読めるので、ご覧ください。
ここでは、それらの事実について追っかけることはしない。
私の青春時代にも存在した事象に触れて、回想的に書くことになる。

キアリスのモデルは老舗子供服メーカーの「ファミリア」
連続テレビ小説『べっぴんさん』がいよいよ今週をもって終わる。
清川あさみさんが刺繍担当されたオープニングにはじまり、夢に向かって邁進する女性たちの姿に、朝から元気をもらえた。
ドラマで躍動する4人の女性たち、「きみえ」「あけみ」「りょうこ」「すみれ」。
それぞれの頭文字をとって「キアリス」と名付けられたメーカー。
そのモデルとなっているのが、今でも多くの人々に愛される老舗子供服メーカー「ファミリア」である。
主人公・坂東すみれのモデルとなった人物が、ファミリアの創業者の一人、坂野惇子(ばんのあつこ)氏。

●坂野惇子
レナウン創業者佐々木八十八の3女として誕生した坂野さんは、戦後の神戸山の手で、労働経験の少ない女性友人たちと力を合わせベビー洋品店を開店。「子どものため、ママのため」の服作りに情熱を注いだ。
昭和25年に創業したメーカー「ファミリア」は、阪急百貨店への出店を皮切りに、その後多くの百貨店に出店を続け、今や皇室御用達の子供服メーカーになるまで成長を遂げた老舗子供服メーカーである。

この店舗はママ同士がコミュニケーションを取りやすいように設計されており、ワークショップやパーティーイベントなども数多く企画されている。
創業当時の「子どものため、ママのため」というコンセプトが、今なお強く受け継がれていることがわかる。

株式会社ファミリアは神戸市に本社を置くベビー・子供服メーカーの名門だ。終戦まだ間もない1948(昭和23)年に4人の主婦が始めた「赤ちゃんにも、お母さんにも、誠実な製品作り」をポリシーにしたビジネスは堅調に成長した。いまや社員825名(男性88名、女性737名)を擁し、年商は119億9200万円(いずれも2016年1月期)に達する。
 創業〝主婦〟の一人・坂野惇子さんの孫で、同社代表取締役社長・岡崎忠彦氏(46)はこう語る。
 「小さい頃、実家から近かったので、毎週末、おじいちゃん・おばあちゃんの家に泊まりに行きました。その際に、明日着る服やズボン、靴をおばあちゃんにプレゼンテーションします。『この洋服にはこれを合わせて、この靴を履きます』といった感じです。でも、ダメだしが出ることもあるんですね。その時には家までダッシュで帰り、別のコーディネートを提案します。今思うと、これが私のセンスを磨くのにとても役立ちましたね」
 ファミリアを創業した主婦とは、坂野惇子、田村光子、田村枝津子(のちに江つ子と改名)、村井ミヨ子の4氏である。その中で岡崎社長が愛情を込めて「おばあちゃん」と呼ぶ坂野惇子さんが、NHK朝ドラ「べっぴんさん」のヒロインである「坂東すみれ」のモデルにほかならない。
 惇子さんと夫・通夫みちお氏との間にできた一人娘は、神戸を拠点とした岡崎財閥の流れをくむ岡崎晴彦氏(のちのファミリア2代目社長)に嫁ぎ、2人の間にできた長男が忠彦氏だ。忠彦氏は惇子さんにとっての初孫にあたる。

 4人の創業者の中で最も年上なのが田村光子さんで1907(明治40)年に生まれた。以下、18(大正7)年生まれの坂野惇子さん、19(大正8)年生まれの田村枝津子さん、23(大正12)年生まれの村井ミヨ子さんと続く。
 この4人の主婦には極めて特徴的な共通点がある。いずれも正真正銘、筋金入りの「深窓の令嬢」だったという点だ。
 惇子さんは佐々木営業部(現・株式会社レナウン)の創業者で貴族院議員を務めた佐々木八十八氏を父にもつ。光子さんの父も同じく貴族院議員で、洋反物卸問屋・神田屋田村商店(現・田村駒株式会社)の創業者・田村駒治郎氏だ。また、光子さんの義妹であり、惇子さんと甲南女学校で同級生だった枝津子さんの父は、ゴムベルトを製造する阪東調帯護謨株式会社(現・バンドー化学株式会社)の社長・榎並充造氏である。最後のミヨ子さんは日綿実業株式会社(現・双日株式会社)の東京支店長で、海外赴任も長かった中井栄三郎氏を父にもつ。

このドラマの中で英輔として登場するが、ドラマはあくまでもフィクションであり、モデルの生きた事実とは違う。
モデルになったのは、私たちの青春時代に一世を風靡した「ヴァン・ルック」を創始した石津謙介である。

石津 謙介(いしづ けんすけ、1911年10月20日 - 2005年5月24日)は、20世紀に活動した日本のファッションデザイナー。「ヴァンヂャケット(VAN)」の創業者。高度経済成長期にあたる1960年代の日本に登場した男性ファッション「アイビールック」の生みの親で、“メンズファッションの神様”と呼ばれた。日本メンズファッション協会最高顧問。岡山県岡山市出身。
明治大学在学時には自動車部や航空部を創部した
岡山の紙問屋の次男として生まれる。岡山師範学校附属小学校から旧制第一岡山中学(現・県立岡山朝日高校)を経て、明治大学商科専門部に入学。スポーツ万能であるとともに流行の先端をいく遊びに長け、明大在学中はオートバイ・クラブ、自動車部、航空部などを創部した他、ローラースケート、乗馬、水上スキーなどにも興じた。また、現在の金額にして約40万円程度にもなる背広を誂え、当時最先端の流行・風俗を楽しむという学生生活を送った。
明大卒業後は実家の紙問屋の経営を引き継ぐ。趣味でグライダーを自製・操縦し、日本軍航空兵の訓練の教官などもしていた。1939年には妻子とともに中華民国・天津の租界に移住し、服飾関連の仕事に従事した。太平洋戦争終戦後、米国東海岸の名門大学(アイビーリーグ)出身者である米国兵士の通訳を担当し、伝統を活かしたアイビーファッションの魅力を学んだ。
帰国後は佐々木営業部(レナウン)勤務を経て、1951年に独立し、大阪市南区に石津商店を設立。1954年には「有限会社ヴァンヂャケット」に改組し、「VAN」ブランドを発表する。ネーミングは「前衛」「先駆」を意味するヴァンガード (Vanguard) にちなんでおり、写真評論家の伊藤逸平が出版していた風刺雑誌「VAN」から使用許可を得ていた。
特にブレザーとボタンダウンシャツをベースとした学生のファッションスタイルを「アイビールック」として紹介し、若者のファッション文化に改革をもたらした。さらに銀座にある「みゆき通り」をそれを着た若者で埋め尽くす「みゆき族」まで登場した。

このドラマに「坂東営業部」として登場するのは、「レナウン」である。
「レナウン、レナウン」と連呼する華やかなコマーシャルなどは、今も耳に残る。それは、こんな会社。 ↓

株式会社レナウン(Renown Incorporated)は、東京都江東区に本社を置くアパレル企業である。中国の繊維会社大手、山東如意グループ(山東省)の連結子会社。
創業者の佐々木八十八が、1902年(明治35年)に大阪で衣料品の販売を手掛ける「佐々木商会」を設立。その後メリヤスを中心とした繊維商品の製造も手掛けるようになり、1923年(大正12年)から、その前の年にイギリスの皇太子エドワードが訪日した際の御召艦「レナウン」にあやかり、「レナウン」を商標に登録し用い始める。また、グループ内のダーバンも、供奉艦として「レナウン」に同行していたイギリス巡洋艦「ダーバン(英語版)」からの命名である。
1960年代より、若い女性向け衣料品メーカーとして人気を博した。NETテレビ(現:テレビ朝日)の『日曜洋画劇場』でCMを放送し、特に小林亜星作曲によるCMソング「レナウン娘」と「イエイエ」でなじみの、弘田三枝子歌唱による「ワンサカ娘」のプロモーションは、ポップなファッショナブルさと女性を全面的に押し出した内容で、日本で初めて日本国外のCM作品賞を受賞し「日本のCM製作レベルを国際級に押し上げた」と評されている。また、1980年代には、CMのサウンドロゴに電子音を用いるという、現在でも画期的な試みをしたこともある。(1990年1月にロゴマークを一新していた。

しかし繊維産業の浮沈はひどく、レナウンも今や中国企業の子会社となっているのである。




映画・チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

   映画・チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜・・・・・・・・・・・・木村草弥

2009年3月、福井県立福井商業高等学校のチアリーダー部JETSが、全米チアダンス選手権大会で優勝した―――
この実際に起こった奇跡のような出来事は、普通の女子高生たちと彼女たちを支えた一人の教師との絆の物語でした。
それはそれは誰も観たことのない青春感動サクセスストーリーがあったのです。
今作は、この実話をもとに「サッカー部に所属する憧れの男子生徒を応援したい」という軽い気持ちでチアダンス部に入部してしまったごくごくフツーの女の子が、顧問の先生からの鬼のような厳しい指導、チームメイトの支えによって成長し、たった3年でチアダンス部が全米大会を制覇するまでの軌跡を描いた感動のエンターテインメント作品です。
決してきれいごとだけでは語れない、大きな大きな夢への挑戦。幾多の困難に遭いながらも、情熱と忍耐で乗り越えた彼女たち。
クライマックスで魅せるその笑顔は、今がんばっている人、そしてかつてがんばったことのある人には、きっと届くはず。
あなたの人生をも応援してくれる、そんな作品です。

キャスト
友永ひかり - 広瀬すず
玉置彩乃 - 中条あやみ
紀藤 唯 - 山崎紘菜
東多恵子 - 富田望生
永井あゆみ - 福原遥
山下孝介 - 真剣佑
村上麗華 - 柳ゆり菜
矢代浩 - 健太郎
絵里 - 南乃彩希
大原櫻子
大野 - 陽月華
ひかりの父 - 木下隆行(TKO)
多恵子の母 - 安藤玉恵
教頭先生 - 緋田康人
校長先生 - きたろう
早乙女薫子 - 天海祐希

スタッフ
監督:河合勇人
脚本:林民夫
音楽:やまだ豊
主題歌:大原櫻子「ひらり」
挿入歌:大原櫻子「青い季節」
企画プロデュース:平野隆
プロデューサー:辻本珠子、下田淳行
共同プロデューサー:前田菜穂、原公男
音楽プロデューサー:桑波田景信
チアダンス振付・指導:前田千代
ラインプロデューサー:及川義幸
撮影:花村也寸志
照明:永田英則
美術:金勝浩一
装飾:湯澤幸夫
録音:小松崎永行
編集:瀧田隆一
VFXスーパーバイザー:小坂一順
スクリプター:杉本友美
助監督:李相國
制作担当:高瀬大樹
特別協力:一般社団法人 日本チアダンス協会
スペシャルサンクス:福井県立福井商業高等学校チアリーダー部 JETS
配給:東宝
制作会社:ツインズジャパン
製作:映画『チア☆ダン』製作委員会
メディアミックス
『チア☆ダン 「女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」の真実』(角川文庫)




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若い人のエネルギーを注入してもらおうと、久しぶりにイオンシネマ高の原で映画を見てきた。
本日、封切られたばかりの映画である。実話を映画化したもので現実感がある。 佳い映画だった。
足を振り上げてのラインダンスは圧巻だった。
終わって出てきたら、三月の土曜日ということで、ロビーは幼稚園、小学生たちの団体でゴッタ返していた。


河瀬直美監督・樹木希林主演・映画『あん』を観る・・・・・・・・・・・・木村草弥
あん①
あん②
あん③
あん④

──映画鑑賞──

     河瀬直美監督・樹木希林主演・映画『あん』を観る・・・・・・・・・・・・・木村草弥

樹木希林主演の映画を観るのは『わが母の記』以来、久しぶりである。イオンシネマ高の原で観た。
冒頭から黄色い電車がしきりに走る場面があり、見たことのある車両だなと思っていたら西武電車の車両だった。
ほぼ全編が東村山市内で撮影されたらしい。
ロケ地となった国立ハンセン病療養所「多磨全生園」のシーン。
撮影場所となった園内や西武線久米川駅前の桜並木、空堀川の河原などである。

主演は樹木希林、どら焼き屋を演じる永瀬正敏、店を訪れる女子中学生・内田伽羅などである。

ストーリーは、
「萌の朱雀」で史上最年少でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞、「殯の森」ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した河瀬直美監督が、2014年に旭日小綬章を受章した名女優・樹木希林を主演に迎え、ドリアン助川の同名小説の映画化。
あることがキッカケで刑務所暮しを経験し、どら焼き屋の雇われ店長として日々を過ごしていた千太郎。
ある日、店で働くことを懇願する老女、徳江が現れ、彼女が作る粒あんの美味しさが評判を呼んで店は繁盛していく。
しかし、徳江がかつてハンセン病を患っていたという噂が流れたことで客足が遠のいてしまい、千太郎は徳江を辞めさせなければならなくなる。
おとなしく店を去った徳江だったが、彼女のことが気にかかる千太郎は、徳江と心を通わせていた近所の女子中学生ワカナとともに、徳江の足跡をたどる。
千太郎役に永瀬正敏、ワカナ役には樹木の孫娘である内田伽羅が扮した。



動画の引用で申し訳ないが、ストーリーを知ってもらいたいためである。

<あんを炊いているときのわたしは
 いつも、小豆の言葉に、耳をすましていました。
 それは、小豆が見てきた雨の日や晴れの日を、想像することです。
 どんな風に吹かれて小豆がここまでやってきたのか、
 旅の話を聞いてあげること。
 そう、聞くんです>

映画の中での、徳江のセリフである。

原作はドリアン助川の『あん』(ポプラ文庫)で、この本が出て、樹木希林と河瀬直美に一冊づつ贈呈して映画化を望み、ここに実現したのだという。

買ってきた「あん」オフィシャルブックの中で、監督・河瀬直美が、こう書いている。  ↓

    慈しみあう世界の扉へ     河瀬直美

桜は死をイメ ージする花だ。
あんなにも狂喜的に乱れ咲き、あんなにも潔く散り急ぐ花もほかにはないだろう。
だから人は、その人生を託すように桜を愛でるのか……。

そんな満開の「桜」の木の下で出会った二人。千太郎と徳江。
彼らの生きてきた時代やその人生は明らかに違うが、それぞれの魂がさまよっている場所は限りよく近い。
社会はいつも人の希望を叶えるとは退らない。
時に希望を奪う場所でもある。

前半三分の一あたりで徳江がかハンセン氏病患者であるということが明かされてからのこの物語は、
一気に深みを増し、人間の本質的なありようを克明に描きはじめる。
わたしは、この人生の宿命のようなものを、「あん」という物語にのせて映像で表現することに出逢えた悦びを、今、かみしめている。
複雑な時代背景をべースに人間の悟りを得る、高らかなものであればと思う。

またこの物語において「壁」の存在は特別な意味を持つ。
その「壁」は、彼らの人生を確実に思盧深くする。
千太郞が味わった壁は、自らのあやまちによって。
対して、徳江のそれは、否応もなくそうさせられてしまった時間の、それも膨大な人生のほとんどに影響する。
すべてを否定され、人格を奪われ、子を産むことも許されなかった時代。そんな中で、徳江が悟った世界──。
彼女の感じる「幸せ」のありようは、私たち現代社会を生きる人間に多くを学ばせる。
この時代に誕生されるべくして誕生する物語。
それは、人間の尊厳を奪われてもなお「生きよう」とした人の物語である。

桜の咲く時期に出逢ったふたりが、季節を一巡してまた桜の時期に魂と魂で出逢うこの物語は、「ものの声を聴く」という行為から結実してゆく。
千太郎の告白と徳江の告白。それらは知らないふりをしていればやり過ごせること、やり過ごしてきたことを、再度、つなぎなおす作業でもある。
そうしてやがて、自分たちは「人間である」とうその一点にしがみつき、誇りを持って「生きる」ということの真実がたち現れるのだ。

閉ざされた「壁」の存在を超えた心でつながりあえる作品として、この世に誕生されるべき「あん」という映画。
人は幾度の挫折を釆り越えて、その高みに行くことができるのだろう。
もの言わぬものと向き合い、もの言わずともそれらが変化しはじめるとき、その交歓を描く作品になればと思う。
人生の後悔。自暴自棄。この世で自分はまったく役にたっていないのではないかという焦燥感。
それでも、いやそれだからこそ持ち続ける、かけがいのない未来への想い──。

わたしが観なければ、夜空にあらわれた満月も存在しないのと同じだ。
ただそこに在るだけではない。わたしがいるから、それが存在する。

お互いがお互いをそう想いあい慈しみあう世界への扉が、ここにある。
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深刻だが、佳い映画だった。
樹木希林はガンに侵され、闘病中の身であるという。 ご自愛を祈りたい。

河瀬直美 永瀬正敏 樹木希林 内田伽羅 の皆さんの詳しくは、 ← このリンク先で。




東映映画 『サクラサク』 鑑賞記・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


347866view002サクラサク①
347866view003サクラサク②
347866view006サクラサク⑤
347866view005サクラサク④
347866view004サクラサク③

──映画鑑賞──

      東映映画 『サクラサク』 鑑賞記・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

実力派俳優緒形直人を主演に迎え、さだまさし原作の短編小説を映画化した感動の家族ドラマ。
父親が認知症を発症したことにより、改めて家族の大切さを痛感した主人公が、もう一度絆を取り戻そうと奮闘する姿を映し出す。
『利休にたずねよ』などの田中光敏が監督を務め、妻役に南果歩、父親役にベテランの藤竜也がふんする。
原作者のさだ自身による主題歌はもとより、切なくも美しい人間模様が胸を打つ。

妻子を顧みず仕事に打ち込んできた会社員の俊介(緒形直人)は、妻(南果歩)との仲も修復が難しいほどに冷え切っていた。
次第に息子(矢野聖人)や娘(美山加恋)との関係もぎくしゃくし、一家は崩壊寸前に思えた。
そんな中、同居する父親(藤竜也)が認知症になり、俊介はそれまでバラバラだった家族を取り戻そうとある提案を持ち掛け……。

「サクラサク」ムーヴィー ← 原作者であり挿入歌の作曲もした「さだまさし」のインタヴューが聴けるので参照されたい。

津田寛治さんが語るサクラサク─大崎家を支えるすし職人役
(福井新聞・2014年4月12日午前11時40分)

 福井県が舞台の映画「サクラサク」で、福井市出身の俳優津田寛治さんが、主演の緒形直人さん演じる大崎俊介の幼なじみ役で熱い演技を繰り広げている。
すし店の店主として短い出番ながらも随所に登場し、揺れ動く大崎家を支える重要な役どころ。
俳優業のみならず映画監督としても活躍の場を広げる津田さんに、本作の魅力やロケでのエピソード、映画づくりへの思いを聞いた。

 ―映画を見ての感想は。
 「とにかく映像が美しくてびっくり。家族が、認知症というかなりハードな問題を夢物語にしていく、こんな映画がこれから必要だと思った」

 ―どんな思いで演じたか。
 「認知症は多くの人にとって身近なテーマ。映画は生々しい実態も描いているが、それよりももっと幻想的に、祖父俊太郎の頭の中にある思い出を描いたファンタジー。
俊介の幼なじみである僕も、その幻想を優しく包み込むような存在でありたいと思った」

 「この映画は福井の1人の市民の思いから始まった。さだまさしさん、田中光敏監督が好きで、何よりも福井が好きな人。
それが自主映画で終わらず自分の足で動いて商業映画にまでこぎつけた。革命的で、この映画ができたことは大きな意義がある。そこに参加できてうれしいし光栄」

 ―すしは握った?
 「職人に握り方を教わろうとしたんだけど、昔一緒に仕事をしたカメラマンが『そんなのやんなくたって大丈夫だ』って。
結局ろくにけいこもしないまま本番に臨み、撮影後、そのカメラマンに『おまえの握ったすしは食わねえ』と言われましたよ…」

 ―作中の大崎家について。
 「俊介の妻で南果歩さん演じる昭子には一番感情移入できた。あれが本来の姿だと思う。悪い人じゃない。
悪人が1人もいない映画は甘く見られるかもしれないけど、家族ってこうあるべきだというルールもないし、それでいい」

 ―福井市を舞台にした「カタラズのまちで」など自ら映画づくりを率いることもある。

 「映画は100%監督が作ったものではない。他の芸術作品と大きく違うのは総合芸術だというところ。
絵画にしても造形物にしても、巨大なものになればなるほど、いろんな人の助けを借りるが、完成した作品は作家1人のもの。
でも映画はカメラマンや照明、録音、衣装、メークさん…みんなそれぞれ作品に対する自分のイメージを持っていて、具現化しようと一つの物語のなかでコラボしていく。
台本を読んだとき、誰もが自分なりのイメージを持つ。でも実際作っていくうちに、どんどん自分の想像を超えたものになっていく経験を、そこに関わるみんながする。
自分がイメージした通りにはならないわけで、ならないからこそ面白いんです」

 ―田中監督について。
 「俳優や各分野のスタッフの良い所を引きだしながら、自分の世界観もちゃんと形づくっていく。その作業全体に大きな愛情を感じる素晴らしい人だなあと思う」

 ―古里の人に向けて。
 「福井人のつつましさ、奥ゆかしさがすごく好き。建造物や自然ではなくて、やっぱりそこに住んでる人が『まち』をつくる。
美しく描かれた地元への誇りを再確認してもらえたらうれしい」
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映画サクラサクで認知症を演じて 藤竜也さんが思い語る
(福井新聞・2014年3月24日午前8時11分)

 ―認知症の祖父俊太郎役を熱演した。

 藤竜也: 特殊な役であることは確か。
同居していた母の体が少しずつ動かなくなってね。家の中に手すりを付けたり、風呂場を直したりした期間があった。
その後、母が2、3年お世話になった介護施設で、たくさんの認知症の人や体の動かない人たちを見たんです。役者の習性で、食事をするさまなど観察しちゃう。
多分、それが記憶に残っていたんだな。この年代だからこそ頂ける役でうれしかったし、難しい役に挑戦できるのが「ハッピー」って感じだった。
こういう仕事が来るなんて予想もしていなかったけど、母からの贈り物かなという感じがしています。

 ―結構ショッキングなシーンもあった。抵抗は?

 藤竜也: 全て人間がやること。僕は演じているときは羞恥心も何もない。

 ―俊太郎と同年代だが、不安はないか?

 藤竜也: 起こることは受け入れないと。生き物が壊れていくのは当然。最後は無になっているわけだから、恐れたり、おびえたりしても仕方ないよね。
それより「きょうは楽しかった」「得した」「明日もお願いします、楽しくいれますように」って、毎日を積み上げていった方がいい。
老いを何とかしようなんて、ごう慢ですよ。忘却こそ老人力。考えて悩むくらいなら、おいしいもの、食べたいものを食べた方がいいよね。

【家族の安定こそ大事なの】

 福井県美浜町で2月に開かれた特別上映会で、坂上和代さん(67)=小浜市=は声を上げて泣いていた。夫は58歳で認知症を患い、2010年、65歳で亡くなった。
「自分で自分が分からなくなり、不安だったろうと思う。『心配せんでいいよ』ってひと言、生きているときになんで言ってあげられなかったかなあ」

 感情をコントロールできず怒りをぶつけてくる夫に、病気のせいだと理解する自分と反発する自分が交錯、葛藤した。
「認知症の人と家族の会県支部」の集いに参加し、話すことで救われた。

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しっとりとした佳い映画で、涙が出て仕方がない映画だったが、主題が老人の「痴呆」を描いたせいか、ガラガラで、私の見た時はわずかに四、五人だった。
何と言っても、主役の「藤竜也」の演技がピカいちだった。
取締役への推薦という日を棒に振って、父親との思い出作りにかけた息子・緒方直人の身の処し方も、よかった。
ばらばらだった家族が、このことを期に団結することが出来て、めだたしめでたし、となるが、現実の「痴呆」老人を抱えた家族は、悲惨なのだ。




松竹映画『小さいおうち』鑑賞・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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ouchi1_large小さなおうち
 ↑ モデルの家の前で山田洋次監督を囲んで主な出演者の写真
sub1_b_large小さなおうち
 ↑ 「健史」と「タキ」
sub2_large松と吉岡
 ↑ 「板倉正治」と「時子」
松

──映画鑑賞──

        松竹映画『小さいおうち』鑑賞・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥       

映画『小さいおうち』解説など ← が、このリンクで詳しく読める。 参照されたい。
トップページの「解説」「物語」などのところをクリックしてもらえば、ストーリーなども含めて、よく判る。

小説家の屋敷に1年ほど仕えた後、タキ(黒木華)は東京郊外の平井家に奉公することになる。赤い三角屋根の小さいけれどモダンな家には、玩具会社に勤める雅樹(片岡孝太郎)と妻の時子(松たか子)、まだ幼い一人息子の恭一が暮らしていた。
 初めて会った瞬間から、若く美しくお洒落な時子に、強い憧れを抱くタキ。時子は気さくで優しく、東京の言葉やマナーなど何でも教えてくれた。時子に尽くすことが何よりもうれしいタキは、恭一が小児麻痺で倒れた時も、毎日おんぶして、日本橋の病院へ通った。

世界3大映画祭の一つ、第64回ベルリン国際映画祭が6日(日本時間7日)、開幕した。最高賞の金熊賞を競うコンペティション部門に、日本から山田洋次監督の「小さいおうち」が出品される。
その結果が、どうなるか。決まれば続報したい。

(急報)
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【独ベルリン15日】第64回ベルリン国際映画祭の授賞式が行われ、日本からコンペティション部門に唯一出品されていた山田洋次監督(82)の「小さいおうち」(公開中)に出演した女優の黒木華(はる、23)が、日本の歴代受賞者で最年少となる最優秀女優賞(銀熊賞)を獲得した。
黒木は「跳び上がりそうになった」と喜びを見せながらも「監督が、この素晴らしい映画を撮ってくださったおかげだと思います」。自分一人だけでなく、山田監督を始めとした周囲の力で手にした賞であることを強調した。


     インタビュー 黒木華、山田洋次“学校”での学びを糧に 「小さいおうち」でさらなる飛躍 

映画初主演を果たした「シャニダールの花」をはじめ4本の出演作公開をはじめ、ルーツである舞台でも初主演、そして初めての連続ドラマ出演と疾風迅雷の活躍を見せた2013年。それでも、女優・黒木華は「素晴らしい出会いに恵まれた1年だった」と平常心を失わない。追い風を一身に浴び、さらなる飛躍が期待される14年の幕開けは、山田洋次監督の「小さいおうち」とともに。ときに“学校”と称される山田組で、黒木は何を学び、女優としての糧を手にしたのか。。(取材・文・写真/内田涼)

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映画は中島京子氏の直木賞受賞小説を原作に、昭和初期、東京郊外に建つ赤い三角屋根の“小さいおうち”に暮らす平井家の奥様・時子の秘められた恋愛模様が描かれる。住み込みで働く布宮タキを演じた黒木は、「山田監督の作品に、こんなに早く出演できるなんて思っていませんでした。怖い方とも聞いていましたが、現場では自然と緊張を解いてくださった」。

山形から東京へ奉公に出てきたばかりのタキは、昼夜問わず仕事に明け暮れ、言葉少なげ。お国なまりを出すまいという気持ちも加わり、中盤まで黒木のセリフはごくわずかだ。その分、所作や佇まいが醸し出す空気感に演技のウエイトが置かれ、「山田監督からは、昔の女優さんの仕草や“居方”をたくさん教えていただきました。一番大きなアドバイスは、手の表情です。着物の襟もとを直す仕草ひとつにしても、いろんな感情が表現できるんだと」。

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山田監督からはもうひとつ、印象に残る助言があった。「なるほどなと思ったのは、『人間は口にしている言葉と、本心が必ずしも一致していないんだよ』という言葉でした。笑っていても、心では泣いている。よく考えてみると、それは当然ですよね。女中のタキちゃんは素直なまなざしで、平井家に起こるさまざまな出来事を見つめる。でも、きっと『こうありたい』『こうあってほしい』という希望や意思があるんです」。

戦争の足音が近づき、平井家にも時子の道ならぬ恋がもたらす不協和音が響き始めるなか、ついにタキの“意思”が顔を出すことに。出征が決まった相手に会いに行こうとする時子を、タキは玄関先で必死に引き止めようとする、いわば映画のクライマックスだ。時子を演じるのは、実力派女優の松たか子。しかも、このシーンは3つにまたがるシークエンスを、ワンカットで撮影という山田組では異例のスタイルで行われた。

「シーンそのものが緊迫しているのはもちろん、フィルムで撮影しているという緊張感もあって、私は何度かNGを出してしまいました。そのたび、松さんにお付き合いいただくのは本当に申し訳ない気持ちでしたが、『すみません』と謝ると、肩をポンって叩いて、元の立ち位置に戻って行かれる。現場での集中力が高く、それでいて気さくな姿は本当に格好良かったです」。このシーンの撮影が終わると、山田監督からは「主人に意見しなければいけないタキちゃんの緊張と、華ちゃんの緊張が合わさっていたから良かったよ」とねぎらいの言葉があったそうで、「本当に救われました」と胸をなでおろす。

main_large小さなおうち

昭和と平成が行き来しながら、家族の秘密がひも解かれる構成も「小さいおうち」の特徴だ。平成を生きるタキを演じるのは、大女優の倍賞千恵子。“ふたりのタキ”が共演するシーンはなかったが、クランクアップ後に対面を果たしたといい、「昔からおばあちゃんと一緒に、『寅さん』をよく見ていましたから、お会いした瞬間『わあ、さくらさんだ』って感激しました。倍賞さんご本人もすごくかわいらしい方でした」。

「この作品を通して、一番の大きな学びは、全身に神経を行き渡らせ、役に向き合わなければいけないんだということ。もちろん、それは当たり前のことですが、山田監督の現場に参加し、改めてそう感じています。目標は、役を生きる俳優さん。そうなれる日が来るかわかりませんが、これからも努力を重ね、成長していきたい」。山田学校で得たものを糧に、黒木の2014年が動き出した。

山田監督82作目となる本作には、切なく心揺さぶられる物語でありながら、ミステリアスな要素もあり、長年描き続けた家族をテーマにしながら“新境地”と評価する声も多い。「素直に素敵な作品ですし、見終わった後にずっと余韻が残ります。それに日常のなかのミステリーという部分がすごく面白い。山田監督も『こんな色っぽい撮ったことないよ』とおっしゃっていて、今も挑戦を続ける姿勢に、刺激を受けました」。

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ストーリーの終り近く、健史は恋人のユキから一冊の絵本を贈られる。
バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』。出版後70年以上たつ今も、世界中の子供たちに愛されている絵本の古典と言われる本から、この映画の題名は採られている。

帰ってきた時子の「帯」の柄が左右反対になっているところから、タキが情事を推察するシーン。次回からは時子が洋装で出かけるようになった、などのシーンも露骨でなく佳い。

ラストシーンの、生き残って画家となった「板倉正治」・吉岡秀隆が演じるが戦後の姿は全く出てこないが、平井家の少年・恭一が老齢になった姿を演じた米倉斉加年などの演技も良かった。
久しぶりに佳い、しっとりした映画を見た。 ぜひ鑑賞されることをお勧めする。
私の八十四回目の誕生日を記念する、最高のプレゼントだった。



映画「夏の終り」鑑賞・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

       映画「夏の終り」鑑賞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

先ず、この映画の予告編の動画を出しておく。 ↓



あらすじ
昭和30年代の暮れ。染色家の相澤知子(満島ひかり)が帰宅すると、一緒に暮らしている年上の作家・小杉慎吾(小林薫)から、木下という男(綾野剛)が訪ねてきたと告げられる。
木下とは、知子が結婚していた12年前に出会い恋に落ち、夫と子どもを置いて駆け落ちした相手だった。
大みそかの夜、風邪をひいて寝込む知子を小杉は優しく介抱していたが、妻の家へと赴く。小杉には妻子があり、きっちりと週の半分ずつを両方の家で過ごしている。
小杉との生活は8年になり、普段は安定した収入を持ち自立していることに自負を持つ知子だったが、このときばかりは寂しさがよぎった。
年が明けて快復した頃にかかってきた木下からの電話に、寂しさから、会いにきてほしいと言ってしまう。
その日から、小杉が妻の家に行っている間に木下と会い、小杉が帰って来たらいつもの穏やかな日々に戻る生活が始まった。
嫉妬に駆られた木下は、こんな関係がいつまでも続けられると思っているのかと問い詰めるようになるが、知子は木下との関係を断つことができないでいた。
木下の知子への執着が日に日に増す一方、知子は揺らぎないと思っていた小杉との生活に疑問を持つようになる。
ある日、小杉の妻からの手紙を見つけて読んでしまい、そこに込められた妻の愛情に触れてしまった知子は、小杉の妻の家を訪ねる。
小杉の妻は出かけており小杉しかいなかったが、家に溢れる二人の生活の生々しさを目にし、知子は逃げるように家を後にする。
その後、何事もなかったかのように知子の家に来た小杉は、大衆小説の仕事を引き受けたことを告げる。
軽蔑していた仕事をなぜ引き受けたのか責める知子を前に、居場所がないと泣き崩れる小杉。
二人ともこの関係に息苦しさを感じていたと気付いた知子は、一から人生をやり直そうと決心する。
そして夏の終わり、再出発を切った知子の前に、ある人が現れる……。

「夏の終り」公式サイトでは、原作者の瀬戸内寂聴のコメントなども見られる。


瀬戸内寂聴「夏の終り」映画化・・・・・・・・・・・・・熊切和嘉監督 インタビュー

「新しい文芸もの」への挑戦

 瀬戸内寂聴のロングセラー小説「夏の終り」の映画化に、熊切和嘉監督が挑んだ。
2人の男性の間を行き来する女性の微妙な心理を描くことに、「新しい文芸ものが撮れる予感がした」と話す。

 染色家の知子(満島ひかり)は、妻子のいる年上の作家、慎吾(小林薫)と付き合っていた。
8年間にわたる慎吾との生活は、知子にとって、穏やかそのものだったが、かつての恋人、涼太(綾野剛)が現れ、2人の関係に変化が生じる。

 瀬戸内自身が投影されているという知子は、涼太を受け入れたと思ったら拒んだり、週の半分を妻子と過ごす慎吾のもとを突然訪ねたりする。

 そんな女性像を、熊切監督は「奔放で衝動的な性格は、人によっては受け入れ難く、身近にいると大変だと思うだろう。その一方で、今の自分を捨てて、この人のためにだけ生きてみたいと思わせるような女性でもある。文芸映画ではあまり見たことがないキャラクター」と受けとめた。

 同時に、「3人の恋愛関係の不可解性」や「男のダメぶり」が、「原作小説が書かれた50年前より、今の方が通じる」と感じた。

 「鬼畜大宴会」「青春☆金属バット」「莫逆家族 バクギャクファミーリア」など、これまでの作品では、抑制できなくなった感情の発露としての暴力を描くことが多かった。しかし、今回は男女の感情の機微を描くことに焦点を絞った。

 「爆発しそうだけど、爆発し切れない。叫ぼうとしても叫び切れないといった感情の領域に踏み込もうと思った。若い時だったら、この映画は撮れなかったでしょうね」

 主演の満島に対し、「前から一緒に仕事がしたいと思っていた。健康的というより、独特の個性を持っている」と語る。そして、「瀬戸内さんを演じるつもりはない」と言う満島に、「僕も瀬戸内さんの若い頃を描くという意識はないので、それでいいです」と伝えた。ところが、完成した映画を見た瀬戸内に「原作に忠実でした」と言われ、「驚いたけれど、うれしかった」と振り返る。

 「夏の終り」は31日公開。    (2013年8月23日 読売新聞)

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Interview:満島ひかり 次の段階への始まり 映画「夏の終り」二人から愛される女演じ

毎日新聞 2013年08月28日 東京夕刊

 映画「夏の終り」で妻子ある年上の作家慎吾(小林薫)と長年暮らす30代半ばの知子を演じた。昔、夫と子供を捨てて駆け落ちした相手である涼太(綾野剛)とも再会。昭和30年代の東京を舞台に二人の男から愛される、これまでにない女の役だ。さぞかし意欲的なチャレンジ、と思いきや「できれば、見ないで」と小柄な体をさらに小さくする。

 「知子を理解し過ぎても、違うと思い、泣く場面で笑いそうになったこともあった。撮影現場で何をしていいか分からなくてもがいていた」。脚本と自分の心が離れていき、熊切和嘉監督に「できない」と言ったことも。「年相応の等身大の役を演じてきたが、今回は役にたどりつけないことがあって悔しかった」と本音を明かす。

 ただ、ここ1、2年で「脚本の解釈を考えられるようになった」と自身の変化を実感する。「すてきな人にたくさん出会い、偏見を持たずにその人個人(の本質)を見つけることができるようになってきた。求められるものが深くなり、作品に関わるときの意識が変わって、自然に質を高めたいと思うようになった」と話す。本作は密度の濃い次の段階への「始まりだったかもしれない」。
  ■   ■
 「愛のむきだし」から「川の底からこんにちは」「悪人」「カケラ」「北のカナリアたち」と受賞、話題作が続き、若手演技派、実力派ともてはやされてきた。しかし、すでに「勢いだけではダメ」な時期になっていた。本作では「なんて下手で、魅力がないのか。何もできないと感じ、女でいないといけない作品で、お芝居やっている場合じゃない、と痛感。賞をもらいちょっぴりあった自信も、全部はぎおとされた」。




宮崎駿監督作品・映画「風立ちぬ」鑑賞・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

     宮崎駿監督作品・映画「風立ちぬ」鑑賞・・・・・・・・・・・木村草弥     

宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」(2008)以来5年ぶりに手がけた長編作。
ゼロ戦設計者として知られる堀越二郎と、同時代に生きた文学者・堀辰雄の人生をモデルに生み出された主人公の青年技師・二郎が、
関東大震災や経済不況に見舞われ、やがて戦争へと突入していく1920~30年代という時代にいかに生きたか、その半生を描く。
幼い頃から空にあこがれを抱いて育った学生・堀越二郎は、震災の混乱の中で、少女・菜穂子と運命な出会いを果たす。
やがて飛行機設計技師として就職し、その才能を買われた二郎は、同期の本庄らとともに技術視察でドイツや西洋諸国をまわり、見聞を広めていく。
そしてある夏、二郎は避暑休暇で訪れた山のホテルで菜穂子と再会。やがて2人は結婚する。
菜穂子は病弱で療養所暮らしも長引くが、二郎は愛する人の存在に支えられ、新たな飛行機作りに没頭していく。
宮崎監督が模型雑誌「月刊モデルグラフィックス」で連載していた漫画が原作。「新世紀エヴァンゲリオン」の監督として知られる庵野秀明が主人公・二郎の声優を務めた。
松任谷由美が「魔女の宅急便」以来24年ぶりにジブリ作品に主題歌を提供。

“楽しい”を原動力に、ジブリヒロイン抜てきの瀧本美織「緊張なんてもったいない」

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 ↑ 菜穂子の声を演じた瀧本美織
「うわあ、すごい人! こんなにたくさんの方が来てくださったんですね」。6月某日、都内で行われたスタジオジブリ最新作「風立ちぬ」の声優発表会見に出席した女優の瀧本美織は開口一番、駆けつけた報道陣の多さに驚きの声をあげた。初の声優挑戦にして、ジブリ作品のヒロインに大抜てき。さぞ緊張しているかと思いきや、終始、はつらつと質疑に応じる姿が印象的だった。晴れて作品が完成し、取材に応じた本人に「プレッシャーはなかった?」と聞くと、「自分が世界中で愛されるジブリ作品に出演できるなんて、素直にすごいなと思うし、いい作品を届けるために精一杯やりたいなって。だから、緊張なんてしていたら、もったいないですよ」と頼もしい言葉が返ってきた。まさに、新たなジブリヒロインの誕生である。(取材・文・写真/内田涼)

映画は、宮崎駿監督の5年ぶりとなる新作長編アニメーション。幼い頃からの夢を実現させ、飛行機の設計技師になった主人公・堀越二郎が、戦争へと突入する激動の時代に、「美しいヒコウキを作りたい」という純粋な思いと裏腹に、世界屈指の戦闘機であるゼロ戦を生み出した“矛盾”と向き合う姿を描いた。瀧本は二郎の一目ぼれの相手であり、のちに結婚し妻となるヒロイン・里見菜穂子を演じている。

「菜穂子を通して、人を愛する偉大さを教えられた気がしますね。妻として、大きな夢に向かって頑張る二郎さんをひたむきに支えるのはもちろん、菜穂子自身も大好きな人のそばにいられる幸せを噛みしめている」。背後から戦争の足音が近づき、結核をわずらう菜穂子には命のタイムリミットも迫っている。「だからこそ、1日1日を大切に生きる夫婦の姿はとても愛おしいなって。菜穂子に限らず、すべての登場人物が壮絶な時代を一生懸命に生きていて、清々しささえ覚えるし、私自身ピンと背筋が伸びる思いです」

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 ↑ 二郎の声を演じた庵野秀明
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズで知られる庵野秀明が主人公・二郎を演じており、「庵野さんとご一緒させていただくときは、もちろんその場に宮崎監督もいらっしゃるので、思わず『監督がふたりいる』って(笑)。実際、おふたりから違った指示をいただくこともあって、『どっちの言うことを聞けばいいんだろう……』って感じになりました」。そんな裏話を弾んだ声で語ってくれるのは、アフレコが順調だった証拠だ。

これまでのジブリ作品には珍しく、劇中には“大人のキスシーン”も登場するが「庵野さんとお相手していただき、すんなり演じることができました。アフレコ全体を通しても、テストだと思ったら『今のでOK』って本番テイクになったり、とにかく自然体でいられた。キャラクターに気持ちを乗せていくという点は、ふだんの演技ともあまり変わりません。だから2日間のアフレコは、自分のなかでもあっという間で、『もっと菜穂子でいたい』という気持ちになりました。本当に楽しい経験でしたね」

何事にも“楽しい”とのめり込める姿勢が、女優・瀧本美織にとって大きな原動力になっているのは間違いない。NHK連続テレビ小説「てっぱん」で注目を集め、その後もテレビ、映画と幅広く活躍。特に2013年は、初の時代劇となるBS時代劇「妻は、くノ一」、初の映画主演を飾る「貞子3D2」(8月30日公開/英勉監督)、そして本作で声優に初挑戦と“初もの”尽くしの一年となり、女優としてさらなる飛躍を遂げた。そんな自分の置かれた状況に「すごいですよね、自分でもすごいなあって……。はい、すごく楽しいんですよ!」とやはり“楽しい”が止まらない。

「この一年は本当に“濃い”という言葉がぴったり。作品を通して、毎回新しい出会いがあるし、さまざまな役を生きることで『自分のなかにこんな感情があったんだ』と気づかされる。うれしいのは、私が感じ取った気持ちや発見を、見てくれる皆さんに届けられること。この連鎖はすごいなって、最近強く思うんですよ」

もちろん、本作で演じた菜穂子からも大いに刺激を受けている。「舞台は私にとって遠い過去かもしれませんが、だからこそ『今を生きている』『私がここにいる』ことのすごさに圧倒されたり、感動したり……。今という時代がキラキラと見えるようになり、背中を押された気持ちです。この気持ちを大切に生きていきたいし、演技に対する姿勢もそうありたいと思っています」。まさに本作のキャッチコピーである“生きねば。”の精神を、ヒロインを演じることでしっかりと受け取ったようだ。

現在21歳で、子どもの頃からごく普通にジブリ作品と接してきた世代だけに、初めて見たのは『となりのトトロ』だという。「いつどんなシチュエーションだったかは覚えてなくて。それくらい自然な存在ですね、ジブリ作品は」。お気に入りのジブリヒロインを聞いてみると「ヒロイン、というよりはヒロインを支える女性が印象に残っています。例えば『千と千尋の神隠し』のリンや、『魔女の宅急便』のウルスラとか。シャキシャキしていて男勝り、さっぱりと気持ちのいい女性が好きなんです」
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この映画は、堀辰雄の小説『風立ちぬ』の「菜穂子」と、ゼロ戦開発者として実在の「堀越二郎」を結婚させるという筋書きで成り立っている。
だから映画の中でも<堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて>と挨拶されているのである。

原作の小説は、1936年(昭和11年)、雑誌「改造」12月号に、先ず「風立ちぬ」(のち「序曲」「風立ちぬ」の2章)を掲載。翌年1937年(昭和12年)、雑誌「文藝春秋」1月号に「冬」の章、雑誌「新女苑」3月号に「婚約」(のち「春」の章)を掲載。翌年1938年(昭和13年)、雑誌「新潮」3月号に終章の「死のかげの谷」を掲載ののち、同年4月、以上を纏めた単行本『風立ちぬ』が野田書房より刊行された。現行版は新潮、岩波文庫などから重版され続けている。

美しい自然に囲まれた高原の風景の中で、重い病(結核)に冒されている婚約者に付き添う「私」が彼女の死の影におびえながらも、2人で残された時間を支え合いながら共に生きる物語。時間を超越した生の意味と幸福感が確立してゆく過程が描かれ、風のように去ってゆく時の流れの裡に人間の実体を捉え、生きることよりは死ぬことの意味を問うと同時に、死を越えて生きることの意味をも問うた作品である。

作中にある「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節“Le vent se lève, il faut tenter de vivre”を、
堀辰雄が訳したものである。
「風立ちぬ」の「ぬ」は過去・完了の助動詞で、「風が立った」の意である。
「いざ生きめやも」の「め・やも」は、未来推量・意志の助動詞の「む」の已然形「め」と、反語の「やも」を繋げた「生きようか、いやそんなことはない」の意であるが、
東京大学国文科出身の彼としたことが、この反語によって「打消し」の意味になってしまうことを知らなかった筈がないのだが、
現実には、そう訳してしまったのも事実で、後年、国語学者などから厳しい反論を浴びる羽目になる。
この映画では、それを知って「生きねば」というキャッチ・コピーに置き換えられている。
厳密に言うと、小説「風立ちぬ」からは題名のみが、小説「菜穂子」から女主人公が採られている、ということである。
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「風立ちぬ」風、飛行機、夢、美少女との純愛。ロマンチスト宮崎駿の集大成
 古い日本家屋で、すやすやと眠っている少年。彼は夢の中で、憧れのジャンニ・カプローニと飛行機で真っ青な空を駆けながら、こう語る。
「僕は美しい飛行機をつくりたい」。夢みることと、夢を見ること。これを併せて描くことで、得意のファンタジー性を生かすアイデアに、まずはうなった。
そう来たか!  ジブリ映画で初めて実在の人物をモデルにした作品は、宮崎駿監督の趣味全開。
メガネをかけ、飛行機に憧れ、仕事とタバコから離れられない主人公の二郎は明らかに監督の分身だ。
そして驚くべきは、監督がその徹底したロマンチストぶりをさらけ出していることである。
 すべての場面に風が立っている。その中で夢と純愛に生きるまっすぐな二郎は、監督にとっての理想そのものだ。一コマ一コマが、叙情文学の一行一行のように訴えかけてくる。
映画自体が、病に引き裂かれるとわかって二郎に「美しいところだけ」見せようとした菜穂子のようでもある。
哀切さが降り積もるようなふたりの愛には、涙がポロポロと呼応してしかたない。
 もののけのような関東大震災の描写も圧巻だが、語り口で印象的なのは省略の美学。
自分の傑作・零戦が、戦争の道具として人命を奪うということへの葛藤や苦悩も省略の中にある。だが終盤に登場する零戦の画は、きっと観客の想像を喚起するだろう。
とても綺麗な画面で、ストーリーも素敵だ。ほのぼのとした情感に満ちた一巻であった。
ただ菜穂子の療養する高原の結核サナトリウムの日光浴のシーンなどは、当時の世界的な結核療法だったが、今の若い観客に、その意味が理解されたか、どうか。

堀辰雄については ← このWikipedia に詳しい。
堀越二郎については ← このWikipediaに詳しい。


映画『奇跡のリンゴ』鑑賞・・・・・・・・・・・・・木村草弥
奇跡
↑ パンフレットに載る木村秋則2012作のリンゴの本物の写真。右下の虫のかじった跡はカバーの演出。

──映画鑑賞──

     映画『奇跡のリンゴ』鑑賞・・・・・・・・・・・・・木村草弥

阿部サダヲ、菅野美穂が夫婦役を演じ、不可能と言われたりんごの無農薬栽培に取り組み続けた木村秋則さんの実話を映画化したドラマ。
日本最大のりんご畑が広がる青森県中津軽郡で生まれ育った秋則は、りんご農家の娘・美栄子とお見合い結婚して婿入りし、りんご作りに携わるようになる。
しかし、りんごの生産に不可欠な農薬が美栄子の体を蝕んでいることがわかり、秋則は、絶対不可能と言われていた「りんごの無農薬栽培」に挑む。
私財を投げ打ち、10年にわたり挑戦を続けるが、無農薬のりんごが実ることはなかった。
周囲からは白い目で見られ、家族は貧困に打ちひしがれるが、そんなある時、荒れ果てた山の中で果実を実らせた1本の樹を見つける。

木村

原作は、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」制作班が監修した「奇跡のリンゴ 『絶対不可能』を覆した農家・木村秋則の記録」(石川拓治著/幻冬舎文庫刊)。
監督は「ゴールデンスランバー」「チーム・バチスタの栄光」の中村義洋。

この映画の原作になったのが、この本である。「プロローグ」の部分が読める。 → 『奇跡のリンゴ』
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映画「奇跡のリンゴ」ができるまで──映画プロジェクト始動 ← いきさつが読める。

YouTube「奇跡のリンゴ」予告編
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阿部サダオ(木村秋則役インタビュー)

―映画『奇跡のリンゴ』のお話を聞いた時のご感想は?

台本がすごく面白くて、ぜひやりたい、と思いました。台本を読んで泣くことは滅多にないので、自分でもびっくりしました。

―木村秋則さんという実在の方を演じる上で気にしたことはありますか?

実際の木村さんはお喋りの仕方や間、笑顔、笑い声などが独特で、お会いしたら一瞬で引き込まれる方でした。
でも、演じるにあたっては、今の木村さんの真似はしないようにしました。
台本が面白いのに、外見を変えたりすることで「木村さんに似せているだけ」という印象になるのはもったいないですし、
映画で描かれているのは今の木村さんになるまでの物語ですので。

―菅野美穂さんとの共演はいかがでしたか?

完成した映画で、美栄子が1人で(秋則の書いた)日誌を読んでいるシーンを見たときに、すごい女優さんと共演させていただいたんだなと改めて思いました。
普段は明るくて面白くて、気さくに話される方だから、僕の知らないところであんな演技をされていたとは、って。すごく感動しましたね。

―現場で印象に残っているシーンは?

子供の作文を読むシーンでは、こみ上げてくるってこういうことなんだと思いました。泣こうと思わないで泣けたのは初めてでしたね。
何回か撮ったんですが、だんだん止まらなくなってきちゃったんです。撮影が朝早かったせいかもしれないけど(笑)。
あれは初めての経験でしたね。

―この映画に出演して、どんなことを感じましたか?

不可能と言われているのにもかかわらず、ひとつのことに挑戦し続けるのはすごいですよね。
それから、“1人じゃない”っていうのもこの映画のいいところだと思います。
お義父さんが協力してくれて、(秋則の)お母さんや友達など周りの人も支えてくれて。
これは、リンゴ作りに限らず、すべてに置き換えられるお話だと思うんです。
役者も、周りに生かされて、役を作ってもらう部分はすごくありますし、映画づくりもそうですしね。
前向きな作品ですから、観終わった後にいい気持ちになっていただけるのではないかと思います。
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木村秋則と自然栽培については、 → 『木村秋則と自然栽培の世界』という本が出ている。 参照されたい。

トークイベント─木村秋則ほか「森・土・海は食のゆりかご命のゆりかご」という企画が開催される。 ← ご覧あれ。

「木村秋則オフィシャルホームページ」 ← いろいろの分野で活躍する彼のことが、よく判る。アクセスされよ。

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私は、予め、上に引いた本などを読んでから上映初日に映画を見た。
率直な印象として、映画だから「絵」になりやすいところだけを強調してある。
十一年間にわたる無収入の連続、周囲の村人たちからの「反目」など、すごいものだったが、電気を切られ、税金の滞納で畑を差し押さえられ、という本当の苦闘は、
映画で簡単には描けなかったと思うが、見た人は感動に涙した人が多かった。
彼の農法は、よく言われる「有機農法」とも「放置農法」「粗放農法」とも違う。それらの違いについては、リンクに貼ったところで概要が書かれているから参照されよ。

いろいろの作物があるが、リンゴは格別に無農薬が難しいようである。
「農薬の害」というのは、栽培農家にとっては深刻なもので、「茶」の場合は、さほど難しくはないが、それでも熱心な栽培家ほど「農薬中毒」に侵されやすい。
私の村でも同年代の知人が農薬中毒──神経をやられやすい──で悲惨な末路を辿った人が何人か居るのが事実である。
そんな被害から、農薬は厳しく規制され、製造禁止になった農薬も多く、現在では効き目の緩いものになってきているが、その代り散布の回数が増えるというイタチダッコになる。
単純に考えてもらいたい。小さいとは言え、虫を殺すクスリが人間に無害ということはあり得ないのである。
アメリカなどで大規模に推進される「遺伝子操作」による種子など、及ぶ影響を考えると、そら恐ろしい限りである。
古くはレーチェル・カーソンの告発から始まる「警告」には耳を傾けてもらいたいものである。



映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』鑑賞・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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 ↑ ニューオーリンズのガーデン・ディストリクトの建物。映画中で老人施設としてロケされた。
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 ↑ オールド・モントリオールの街区。パリの街角として使われた。
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 ↑ ケイト・ブランシェット

──映画鑑賞──

      映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

2005年、大ハリケーン「カトリーナ」が近づく病院で、老女が娘に向かって語りはじめる。
それは80歳の老人として生まれ、次第に若返っていった男の数奇な半生の物語だった。
その男、ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)は1918年、ニューオリンズで生を受けた。
産むと同時に母は死に、父は呪われた赤ん坊と彼を老人養護施設に捨てる。それを拾ったのは、黒人の介護士であるクイニー(タラジ・P・ヘンソン)だった。
彼女は、その赤ん坊をベンジャミンと名付け、自分の子供として育てることを決める。
12歳になったベンジャミンは、1930年の感謝祭で施設の入居者の孫娘であるデイジーと出会う。6歳のデイジーは、老いた子供であるベンジャミンに親しみを感じた。
やがて、ベンジャミンは船で働きはじめる。女と酒の味を覚えた彼は、ボタン工場のオーナーと知り合う。その男は、ベンジャミンの父だった。
ベンジャミンのその後が気になり、彼に接近したのだ。36年、施設から独立したベンジャミンは恋を知り、第二次世界大戦の戦火もくぐり抜けた。
45年、施設に戻ったベンジャミンは、成長してバレエダンサーとなったデイジー(ケイト・ブランシェット)に再会する。
デイジーに思いを寄せるベンジャミンだが、彼女はバレエに夢中だった。そんなデイジーが交通事故に遭い、ダンサー生命を絶たれたとき、二人は結ばれる。
やがて、デイジーは娘を産む。父から受け継いだボタン工場を売ったベンジャミンは、デイジーと娘に財産を残して放浪の旅に出る。
それは、自身の人生を確認するためのものだった。旅から帰ってきた時、デイジーには夫がいた。
外見は少年ながら、内面は老人になり果てたベンジャミンを見守るのは、夫を亡くしたデイジーだった。
そして、赤ん坊の姿でベンジャミンはこの世を去る。
長い物語を娘に語り終えて、老いたデイジーも息をひきとった。外では、カトリーナ台風が近づいてきていた。

監督 デヴィッド・フィンチャー

脚本 エリック・ロス

原作 F・スコット・フィッツジェラルド

出演者
ブラッド・ピット
ケイト・ブランシェット

音楽 アレクサンドル・デスプラ

撮影 クラウディオ・ミランダ

製作会社
パラマウント映画
ワーナー・ブラザーズ
ザ・ケネディ/マーシャル・カンパニー

配給
パラマウント映画
ワーナー・ブラザーズ

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(ベンジャミン・バトン すうきなじんせい、原題: The Curious Case of Benjamin Button)は、2008年のアメリカ合衆国のファンタジー・ドラマ映画である。
1922年に書かれたF・スコット・フィッツジェラルドによる短編小説をもとにエリック・ロスとロビン・スウィコードが脚本を執筆し、デヴィッド・フィンチャーが監督した。
なお、フィンチャーと主演のブラッド・ピットの二人にとっては『セブン』『ファイト・クラブ』に続くコンビ作品となった。
第81回アカデミー賞では作品賞を含む13部門にノミネートされ、美術賞、視覚効果賞、メイクアップ賞を受賞した。
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この映画の題名にある「バトン」英語で書くと「Button」とは、日本語でいう「ボタン」のことである。
主人公の実の父親が南北戦争でボタン工場主として大儲けしたことから名付けられた。
彼は奇形の子供に恐れをなし捨てるが、気になるので、ときどき覗きに来る。 後年、彼に父親であることを名乗り出て、ボタン工場など遺産の全てを遺贈する。

乳がんを予防する為に両乳房摘出の手術に2013年5月に乳房切除したアンジェリーナ・ジョリーというのは、この主演のブラッド・ピットの妻である。

ニュース・トピックの記事は下記の通り。 ↓

米人気女優で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)特使を務めるアンジェリーナ・ジョリー(37)が、乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかったため、予防措置として両乳房を切除する手術を受けた。14日付米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿文で告白した。
 寄稿文によると、医師から「乳がんになる可能性が87%」と説明され、治療を決断。
母親ががんで約10年間、闘病生活を送り、56歳で他界したことも影響したという。

↓ この映画の「予告編」その他の動画を出しておく。




主演の二人については、リンクに貼ってあるので、見てみられよ。

死は何人にも平等に訪れる。この世に生きる全ての人に人生の終わりはやってくる。そして、人は皆、愛する人を失う辛さを知る。
ベンジャミンにピアノを教えた老婦人は「失って初めて辛さが分かるの」と言っていた。

 人は限られた時間を生きる。死は常に訪れる。そうならば、その時間の中で何ができるのだろうか。
「人が生まれ、人が死ぬ。さまざまな人生があった」。ベンジャミンはそう自分の人生を振り返った。
川のほとりで暮らす人、雷に打たれた人、音楽の得意な人、アーティスト、ダンサー、泳ぐ人、ボタン職人、シェイクスピア好き、母親…。

 ベンジャミンはその数奇な人生の中で様々な人に出会い、そして成長してきた。外見はともかく、ベンジャミンは時の流れとともに歩み、成長してきた。
「望みはきっとかなう。いつ始めてもいいんだ」「道を見失ったら自分の力でやり直せばいい」。
娘のキャロラインに向けて書き連ねられたベンジャミンの言葉は彼の人生の軌跡をそのまま表している。

 かつて駅に掲げられていた、あの逆回転して時を刻む記念時計は外され、デジタル・クロックにかけ替えられてしまった。
古時計は倉庫に置かれ、その針は相変わらず逆回転しながら静かに時を刻んでいる。

 そこに押し寄せてくる大量の水。ハリケーンのせいで倉庫が冠水したのである。
ベンジャミンがその人生を終えたように、この水に飲まれて時計は静かに針を止めるだろう。

 この世では日々、多くの人が生を受け、多くの人が生を終えていく。人生は時の流れに乗って流れていくもの。
針を止めた時計も、生を終えた人間たちも、たゆまなく流れる時の流れの中へ永遠に飲みこまれていくのだ。

アメリカ映画にしては画面が暗く、フランス映画を見ているようだった。
今どきのアメリカ映画の大金をかけたアクションものではない、しっとりとした佳い作品だった。私はBSのテレビ映像で見たことを言っておく。



角川映画・松竹配給「天地明察」を観る・・・・・・・・・・・・木村草弥
天地明察

──映画鑑賞──

     角川映画・松竹配給「天地明察」を観る・・・・・・・・・・木村草弥

       いつの時代も既得権益を侵すのは至難の業だ。
       江戸の昔、日々の暮らしに直結する暦を正しく作り直すために文字通り命懸けで挑んだ人々がいた。
       そのリーダーが実在の人物・安井算哲である。
       行く手を阻んだのは、幕府に利権を奪われるのを恐れた公家たち朝廷の圧力だった。
       幾度も挫折を繰り返しながら粘り強く使命を果たそうとする天文学者を演じるのは岡田准一、
       その妻えんに宮崎あおい。
       さらに、抜群のコンビネーションで笑いと涙を誘う笹野高史と岸部一徳をはじめ、
       ベテラン演技陣が脇を固める。
       原作は冲方丁の2010年本屋大賞受賞の同名小説。
       米アカデミー賞外国語賞に輝いた『おくりびと』以来となる滝田洋二郎監督作品である。

『天地明察』あらすじ

代々将軍に囲碁を教える名家に生まれた安井算哲=渋川春海は、対局よりも星と算術に夢中になり、時間を忘れてのめり込んでしまう事もしばしばだった。
ある日、会津藩主の保科正之から日本全国で北極星の高度を測り、その土地の位置を割り出す北極出地を命じられる。
一年半の任務を終え、暦のずれが判明すると、今度は新しい暦作りの総大将に任命される。
天体観測と数理解析を重ねた結果、幕府は改暦を帝に請願するのだが…。


imagesCAOK1RO3岡田准一
 ↑ 安井算哲
imagesCAP8BVY6村瀬えん
 ↑ 村瀬えん
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 ↑ 関孝和
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 ↑ 水戸光圀
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 ↑ 保科正之
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 ↑ 「北極出地」の一場面、建部昌明と伊藤重孝

↓ 原作の冲方丁(うぶかた・とう)の本(角川文庫201205/21刊)
天地明察

渋川春海関孝和については ← に詳しい。


中島みゆき「歌旅」劇場版・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

     中島みゆき「歌旅」劇場版・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

シングル「アザミ嬢のララバイ」で1975年にデビューして以来、シンガーソングライターだけでなく、さまざまな分野でも活躍している中島みゆきのコンサート・ムービー。
2007年に敢行され、大盛況のうちに幕を閉じたコンサートツアー「歌旅」のステージが映し出されていく。
1980年代から2000年代のヒット曲や人気曲をメインに構成された、新旧のファンにはこたえられないセットリストもさることながら、
ますます円熟味の増した中島の歌声と彼女しか醸し出せない詩の世界には、ただただ圧倒させられる。

全32公演が行われ、約10万人の動員をマークした、中島みゆきのコンサートツアー「歌旅」。
1980年代を代表するヒット曲「御機嫌如何」と「ファイト!」、アイドルグループTOKIOへ提供された「宙船(そらふね)」、
NHKの人気テレビ番組「プロジェクトX 挑戦者たち」のテーマ曲に用いられた「地上の星」、
東日本大震災後の東北地方を中心にUSEN音楽放送へのリクエストが集まった「糸」など、彼女の輝かしいキャリアを振り返るとともに、
アーティストとして不動の魅力を再確認できる曲目で構成されたステージが進む。

「中島みゆき」については、← Wikipediaの記事を参照してもらいたい。
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「中島みゆき・オフィシャルサイト」は ← こちら。
年譜を見ると、彼女は今年で満60歳になるらしい。
スリムなボディと言い、発声と言い、とても若々しい。
たっぷり堪能の二時間だった。

最近の彼女の活動を見てみよう。

2007年8月から新たに設立されたヤマハミュージックアーティストがマネジメントが行う。秋には2年ぶりの全国ツアー「コンサートツアー2007」が行われた。

2009年11月3日、紫綬褒章を受章。受賞に際して、うれしい気持ちを「棚から本マグロ」と表現した。
中島曰く、「ふつう、何か頂けそうでも辞退する(考える)ところだが、褒章はふつうではないため、すぐに返事をした」という。

2010年10月から2011年1月まで3年ぶりの全国ツアー「中島みゆきTOUR2010」が27公演9会場で行われた。
このツアーから各公演の様子を伝えるTwitterを開始した(ツアー終了後は、中島に関する最新情報を伝えるスタッフ公式Twitterとなった)。

メロディは 覚えやすいメロディーラインもあるが、息継ぎがし辛い曲も多い。四分の三拍子で構成された楽曲も多数見受けられる。
歌詞については、 中島みゆきの曲には、日常風景の一部を切り取り、そこを行き来する男と女や働く人々をテーマにし、
その一人一人にスポットライトを当て、その心情を曲にのせるものが多い。
非常に巧みな比喩表現を用いており、聞き手によってそれぞれ異なった意味を受け取ることができる。
普遍的なテーマを歌詞にしていることも非常に多い。
例えば、1991年発売のアルバム『歌でしか言えない』収録曲の「永久欠番」。
この曲は、「人は誰しも唯一無二の存在である」ということをテーマにした曲で、東京書籍発行の中学校用の教科書『新しい国語3』に引用されている。
対照的に、工藤静香に提供した「MUGO・ん…色っぽい」や西田ひかるに提供した「きっと愛がある」のように軽いノリの詞も存在する。
ただし、この2曲に関しては、いずれもCMのキャッチコピー(「MUGO・ん…色っぽい」 - “ん、色っぽい”(カネボウ)、「きっと愛がある」 - “アイがある”(三菱電機))にひっかける方が望ましいと中島が指示を受けていた経緯がある。
「見返り美人」や佐田玲子に提供しセルフカバーした「くらやみ乙女」のように、悲劇に内包される喜劇性を最大限に強調したユーモラスな詞も存在する。
中島みゆきの作品世界を自己パロディ化したような内容でもある。
歌唱法は 基本的に、深いブレスと力強い声質を生かして朗々と歌い上げる。
曲によって、また曲の中でも情景や詞が含む感情によって、いくつもの声色を使い分けている。







いま掲載できる動画を挙げてみたが、はじめの二つは公式らしいので削除されることもない。
いま思い出すと、「未来」の「川口美根子」選歌欄に居たときに、合同の出版記念会を何度か開いてもらった。
先生も歌が好きで、会の終わりに、みんなで歌った曲の中に、これらの歌があった。
その川口先生も惚けられて今は老人施設におられるのである。嗚呼!


──映画鑑賞──松竹映画『わが母の記』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

      松竹映画『わが母の記』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

          海外の映画祭で感動と喝采の嵐──
          日本の家族の愛に、世界が泣いた!

感動と称賛の声は、海の向こうから上がり始め、またたく間に世界各国に広がっていった。
第35回モントリオール世界映画祭の審査員特別グランプリ受賞を皮切りに、続く第16回釜山国際映画祭のクロージング作品となり、
その後もシカゴ、ハワイ、インドと、さまざまな国際映画祭の出品作に名を連ねている『わが母の記』。
昭和を生きた日本の家族の物語が、時代も国境も越えて、なぜこれほどまでに、現代に生きる人々の心を揺さぶり続けているのだろうか──。
小説家の伊上洪作は、幼少期に兄妹の中でひとりだけ両親と離れて育てられたことから、母に捨てられたという想いを抱きながら生きてきた。
父が亡くなり、残された母の暮らしが問題となり、長男である伊上は、妻と琴子ら3人の娘たち、そして妹たちに支えられ、
ずっと距離をおいてきた母・八重と向き合うことになる。老いて次第に失われてゆく母の記憶。その中で唯一消されることのなかった、真実。初めて母の口からこぼれ落ちる、伝えられなかった想いが、50年の時を超え、母と子をつないでゆく──。
家族だからこそ、言えないことがある。家族だからこそ、許せないことがある。それでも、いつかきっと想いは伝わる。ただ、愛し続けてさえいれば──。
たとえ時代が変わり、社会が複雑になり、困難な未来が訪れても、家族の絆だけは変わらない。
人と人との絆の大切さを知った今の時代にこそふさわしい、希望に満ちた普遍の愛の物語が、2012年ゴールデンウィーク、日本中を感動で包みます──。

          昭和の文豪・井上靖の自伝的小説を、
          豪華キャストで描く親子の絆の物語

原作は、昭和を代表する文豪・井上靖が、自身の人生、家族との実話をもとに綴った自伝的小説「わが母の記~花の下・月の光・雪の面~」。
『天平の甍』『敦煌』をはじめとする数々のベストセラーを生み出し、多くの作品が今現在もテレビ化・映画化されている、まさに国民的作家である。
 監督は、『突入せよ!あさま山荘事件』『クライマーズ・ハイ』などの社会派作品で高く評価されている原田眞人。
主人公の伊上洪作に役所広司、母の八重に樹木希林、娘の琴子には宮﨑あおい他、日本を代表する実力派俳優たちの豪華競演が実現した。
伊上家とその周りの人々を演じる出演者たちが、記憶を脱ぎ捨てていく八重への慈しみに満ちた眼差しを心を込めて演じることで、
老いも死も人生の大切な一幕であることを教えてくれる。
 撮影は、井上靖が家族とともに過ごした東京・世田谷区の自宅(撮影終了後、旭川へ移築中)で行われ、数々の名作が誕生した実際の書斎を使用、
井上の面影をも写し取る。また、故郷である伊豆・湯ヶ島、そして軽井沢を舞台に山のふもとに広がるわさび田、海から臨む富士山など、
ずっと残しておきたい日本の美しい風景を存分にきりとった。

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あらすじ
ふと甦る、子供の頃の記憶。土砂降りの雨のなか、軒下に立っていた。向かい側には、不機嫌な顔をした母と、まだ幼い二人の妹がいる──。小説家の伊上洪作(役所広司)は、父の見舞いに訪れた湯ヶ島の両親の家で、物想いにふけっていた。「あれ、どこだっけ?」と妹たち志賀子(キムラ緑子)と桑子(南 果歩)に問えば、口々に答えが返ってくる。幼少期に伊上はひとりだけ両親と離れて育てられていた。「僕だけが捨てられたようなものだ」軽い口調で話す伊上だが、本当はその想いをずっと引きずっていた。
 東京に帰ると、妻の美津(赤間麻里子)、長女の郁子(ミムラ)、二女の紀子(菊池亜希子)が、伊上の新作小説にせっせと検印を捺している。ベストセラー作家の家族の大切な仕事なのに、三女の琴子(宮﨑あおい)の姿はない。自室にこもって夕食にも降りて来ない琴子に、不満を募らせる伊上。繊細な紀子は、その姿を見ているだけで、息が苦しくなる。だが、当の琴子は声を荒げる伊上に反抗的な態度で言い返す。そして深夜、持ち直したかに見えた父(三國連太郎)の訃報が入る。

 父亡き後、母・八重(樹木希林)をどうするかが問題となり、独身で身軽な桑子が面倒を見る。ある日、桑子に連れられて八重が伊上家を訪れ、伊上がとっくに送った弟の誕生祝いを、まだ送っていないと言い張る。父が亡くなる少し前から始まった物忘れが、どうやらますますひどくなったらしい。苛立つ伊上に八重は、「あの女に預けたのは一生の不覚だった」と言い出す。5歳から8年間、伊豆の山奥の土蔵で、伊上を育てた曾祖父の妾・おぬいのことだ。おぬいとの思い出を大切にしている伊上は、八重に強い眼差しをぶつける。だが、八重は視線を外して辻褄の合わないことを口にし、翌朝にはもう湯ヶ島に帰っていく。

 八重の誕生日に、川奈ホテルに集まる一族。志賀子の夫の明夫(小宮孝泰)や、運転手の瀬川(三浦貴大)、秘書の珠代(伊藤久美子)も参加しての盛大なお祝い会だ。八重は機嫌よく過ごしていたが、さらに記憶は薄れていた。夫との思い出をほとんど失くしている姿に、伊上と妹たちは少なからぬショックを受ける。自分を捨てた母を許してはいないけれど、その記憶を失くされたらケンカにもならない──嫌味のつもりで言った自分の言葉に胸をつまらせる伊上。気を紛らわせようと、娘たちとビリヤードを始める伊上は、まもなく結婚する郁子に「これが最後の家族旅行」と言われて、さらにしんみりしてしまう。

 郁子が赤ん坊を抱いて里帰りした日、湯ヶ島は大騒ぎになっていた。今は志賀子夫婦が八重と同居しているのだが、交通事故に遭って家で療養している明夫を「働かないならご飯をあげない」と罵倒するというのだ。
 しばらく伊上が引きとることになるが、八重を冗談のタネにする家族に、琴子が突然怒り出す。「みんなおばあちゃんの気持ちになってないから、おばあちゃんの心をこじらせてしまうのよ」。さらに話は伊上の子育て批判に発展、紀子までもが初めて父に反抗する。日頃から家族を小説やエッセイのネタにする父への不満が、一気に爆発したのだ。
 八重は琴子の提案で、軽井沢の別荘で暮らすことになる。琴子と瀬川、手伝いの貞代(真野恵里菜)の3人で面倒を見るが、八重の天真爛漫な言動に振り回されながらも、どこか楽しくもあった。

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 おぬいの五十回忌の法要で、顔を合わせる一族。琴子はプロの写真家になり、運転手を辞めさせた瀬川と付き合っている。紀子はハワイへの留学を父に許される。八重は夜に徘徊するようになり、もう誰が誰かも分からなくなっていたが、家族は八重が元気なだけで満足だった。
 ある朝、おぬいに息子を奪われたという八重の言葉に感情を抑えられなくなった伊上は、初めて母と対決しようと「息子さんを郷里に置き去りにしたんですよね」と問いつめる。だが、八重の口からこぼれたのは、伊上が想像もしなかったある〈想い〉だった。こらえきれず、母の前で嗚咽する伊上。
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 母との確執を乗り越え、晴れ晴れとした気持ちで紀子を送るハワイ行きの船に乗りこむ伊上。だが、伊上のもとに八重がいなくなったという知らせが届く──。
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井上靖については、若干の思い出がある。
以前に入っていた読書会が小旅行をすることになり、井上靖の「生い立ちの記」に因んで伊豆に行った。
この映画に描かれるようなワサビ田もあったりした。
泊まった旅館の近くには『檸檬』で有名な梶井基次郎ゆかりの家があったりした。
私はズボラな性格で、碌に下調べもしなかったが、みんな熱心に資料を集め、読み込んでいたものである。

この映画は、映画化にあたって視覚的に派手になりそうな演出なので、原作を知るものにとっては若干の違和感があるが、
これは、どんな文学作品でも映画化にあたっては生じるもので、仕方ないかと思う。
しかし、全般的に「せりふ回し」が早く、落ち着きがなかったのが残念である。
はじめの方で、新刊本の奥付に「印税」のハンコを押すシーンがあり、ベストセラーとて、家族総出でこなすシーンがあるが、
今では、こんな風習は廃れて、見ることもない。一つの時代風景というべきものであった。
なお、井上靖には男の子二人があるが、この映画では男の子は無視される。
映画館で買ってきたパンフレットには、長男・修一の家庭教師をしていた川端香男里(ロシア文学者、川端康成の養女の婿。川端康成記念館理事長)が「井上家の思い出」という記事を書いているが、そこに、このことが書かれている。
また、同じパンフにスペシャル対談として、井上修一(井上靖の長男)と大村彦次郎(元・講談社の文芸誌編集長)の話が載るが、次のようなやりとりがある。

大村 原作と映画の違いということでは、家族構成も変わっていましたね。
井上 映画は『リア王』みたいな三姉妹に変更されています。原田眞人監督は最初からそうしようと思われていたみたいですね。
おかげで僕の居場所はなくなったけど(笑)。確かに女優さんたちがいっぱいいた方が映画として華やかになりますし、また父と娘の確執から祖母を描いたほうが分かりやすいということもあったのかもしれません。

原作と映画化の異同というのは、そういうことである。
それにしても「山本五十六」に続いて、役所広司の主演の作品を、よく見るな、思う。
ここで「雑学」を少し。
「役所広司」という芸名の由来は、彼が学校を出てから数年間「役所」に勤めていたところから「役所」と名づけたという。
この話は、この映画の紹介のテレビで、樹木希林が話しているのを聴いた。



映画『山本五十六─太平洋戦争70年目の真実』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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 ↑ 「東京日報」編集部風景 右から三人目「真藤利一」玉木宏(文中で説明) 

──映画鑑賞──

    映画『山本五十六─太平洋戦争70年目の真実』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・・・製作「山本五十六製作委員会」、配給「東映」・・・・・・・・・・・・・・・・・

     今から70年前、軍人でありながら、最後まで日米開戦に反対し続けた不屈の男がいた―。
     その名は、聯合艦隊司令長官、山本五十六。
     太平洋戦争という未曾有の国難に対し、彼は、いったい、どのように戦いつづけたのか。
     そして彼の実像は、どのような人間だったのか…。

主人公・山本五十六を演じる役所広司、成島出監督をはじめ、「真藤利一」玉木宏、「米内光政」柄本明、「井上成美」柳葉敏郎、「山口多聞」阿部寛、「三宅義勇」吉田栄作、「黒島亀人」椎名桔平、「零戦パイロット」五十嵐隼士、「堀俤吉」坂東三津五郎、「山本礼子」原田美枝子、「小料理屋・志津の女将」瀬戸朝香、「志津の客・ダンサー」田中麗奈、「永野修身」伊武雅刀、「五十六の姉」宮本信子、「東京日報・主幹」香川照之ほか、日本映画界を代表するキャスト・スタッフが本作のために結集。

この映画は半藤一利の同名の本(文芸春秋社)を原作とするものである。
彼には『昭和史』戦前・戦後編の名著もあり、昭和という時代を厳しく捉えた作家として尊敬に値する。
山本五十六は新潟県立長岡中学校の先輩にあたるという。
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 ↑ 真珠湾攻撃のセット
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 ↑ 五十六の載る「一式陸攻」が炎上するシーン

五十六は海軍省の中の「非戦派」として知られる米内光政や井上成美などと共に、戦争推進派の陸軍などに抵抗したが、押し切られる。
聯合艦隊司令長官として実戦の矢面に立つが、そこは軍人として最善を尽くして戦果を上げようとするのである。
ガダルカナル撤収作戦などを敢行するが、1943/04/18前線基地視察の途上、ブーゲンビル島上空で搭乗機が撃墜されて戦死。
彼は、このようになる運命を受け入れていたと言える。
当時のマスコミも軍部のお先棒をかつぎ、五十六から「自分の目で、耳で、大きな心で、世界を見なさい」と言われていた東京日報記者・真藤利一のような良識派も、どうしようもない。

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 ↑ 半藤一利

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 ↑ 成島出 監督

↓「動画」を二つ出しておく。

↓ 「山本五十六の死─撃墜の瞬間」

映画『源氏物語─千年の謎─』・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

    映画『源氏物語─千年の謎─』・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
       ・・・・・・・・東宝映画─製作総指揮・角川歴彦、監督・鶴橋康夫・・・・・・・・・・・

       紫式部と藤原道長の愛憎物語

     思った以上の出来。キャスティングが役にぴったりハマっていることが大きい。
     話が進めば進むほど“光源氏の空想の世界”と“紫式部の現実の世界”の判別に惑わされてしまう構成もいい。
     豪華な十二単や宮殿の朱が鮮やかで、セットとCGの融合も綺麗だ。
     しかも邦画で、登場人物が多い古典を素材にした割には説明っぽさがない。
     いちいち人名などの字幕が入らないのもいい。
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     源氏を演じる生田斗真は見た目といい動きといい申し分ない。
     真木よう子や田中麗奈といった女優陣も適材適所の演技で文句なし。
     それでもこの映画、情熱を内に閉じ込めた中谷美紀と、冷ややかな策謀家と化す東山紀之によって、
     式部の情念が物語のなかに根を張っていく様がひしひしと語られ、このふたりが物語の芯を押さえて離さない。
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     つまり、この作品の真の主人公は中谷美紀・紫式部と東山紀之・菅原道長といえる。
     そして真のラストは、式部が道長邸を訪ね、旅立ちの別れをするシーンだ。
     現に、音楽もあの場面を高らかに飾っている。
     数多な制約の中で、式部と道長の別れのシーンに意地を見せたような気がするのである。
     とは言え、エンドクレジットの生田斗真は見栄えしている。
     窪塚洋介が演じた「陰陽師・安倍晴明」などによる呪術と解放なども迫真的である。

この映画の原作・脚本は高山由紀子の同名の小説(角川文庫)に基づいている。
「源氏物語」の作者である「紫式部」と、時の権力者たる「藤原道長」との愛憎をプロットとして、この映画は成り立っている。
これは高山由紀子のフィクションであるが、このプロットによるストーリーが、先ず素晴らしい。
源氏を演じる生田斗真の、今風の美男子ぶりも成功したと言える。
琵琶湖畔に総工費二億円をかけたという「土御門邸」のスケールも壮大で、この邸宅のために切り出した木材は総十トンに達し、
庭園には中国から輸入した総量百トンの白川砂など、CGによらない迫真の仕上がりになっている。

何故、紫式部は「源氏物語」を書かねばならなかったのか──
時の権力者・藤原道長は、娘・彰子に帝の心を向けさせるために、紫式部に物語を書くように命じる。
物語の主人公・光源氏は、宮中の女性たちの憧れの的。義理の母・藤壺への狂おしい想いを断ち切ることが出来ず、
その苦しさゆえに、正妻・葵の上、年上の愛人・六条御息所、癒しの愛人・夕顔と、奔放に愛を求めて彷徨う。
紫式部が綴る「源氏物語」はたちまち帝の心をつかみ、帝と彰子の間に男の子が生まれた。
これで道長の栄華は確固たるものになり、紫式部の役目は終るはずだった。
しかし何故か紫式部は「源氏物語」を書き続けるのだった。
そんな中、道長の友人・陰陽師の安倍晴明は、物語に没頭する紫式部に不穏な気配を感じ始める・・・・・・。
天才女流作家・紫式部の叶わぬ愛が、その物語を綴らせた。

これ以上、多くは書くまい。 余韻の残る、佳い映画だった。 シルバー割引で1000円である。

松竹映画『RAILWAYS2』を観てきた・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──映画鑑賞──

    松竹映画『RAILWAYS2』を観てきた・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この映画のパンフレットもないので公式ホームページを見てもらいたい。
このページの中の各サイトからストーリーや出演者なども詳しく見られる。
舞台は富山県の私鉄・富山地方鉄道に働く三浦友和、余喜美子夫婦をめぐる物語である。

三浦は、この電鉄で42年間無事故、無違反過してきた定年間近の運転手であり、余はその妻である。
突然、妻から看護師としての資格を生かして働きたい、と言われ、意見が対立したまま、妻は家を出て「緩和ケア」の訪問看護師として働きはじめる。
「離婚届」を提出するなどゴタゴタする。
娘・小池栄子は結婚して家を出ているが妊娠して臨月である。
ホームページ冒頭に載る車体に赤いラインの入った車両は、元西武鉄道の所沢線を走っていた「レッドアロー」という、かつての花形車両が都落ちしたもの。
この車両に憧れて、ここ富山に運転士としてやってきたという若者にまつわるエピソードなどが物語を彩る。
妻の担当する終末期のがん患者を吉行和子が演じている。
吉行が死のうと家出して宇奈月温泉行きの電車に乗るが、この電車に三浦が乗務している。
激しい雷雨のため停電して電車はトンネルの手前で停車。その車内で吉行が発作を起して倒れる。
救急車が要請されるが、崖上の電車には近づけない。所持品から罹りつけの病院と妻の担当であることがわかり、三浦がケータイで妻に連絡する。
妻が崖をよじ登ってきて三浦が助け電車内に上げて介抱、手当てする。
停電が復旧し動き始めるので救急車には一駅先で待機してもらい吉行を収容してもらう。
そんな夫の運転士としての姿と、妻の看護師としてのかいがいしい働きを双方が認識し思いを新たにするという設定である。
定年になる「最後の乗務の日」に妻が見送りに電車に乗るシーンは感動的なもの。
三浦が余に新しいエンゲージリングを差し出して、改めて「結婚してください」というシーン。娘・小池栄子が出産して幼子を親子であやすシーンの結末も、
ハッピーエンドで爽やかなプロットである。

この電車には、かの地に行ったときに乗ったこともあり、砺波のチューリップ畑も曾遊の地だし、また私の三女が医学者の妻として富山に居るので親近感があった。
ほのぼのとした佳い作品だった。老人なので「シルバー割引」で1000円である。

「予告編の動画」を見られるようにしておく。埋め込みが出来ないので悪しからず。

この映画は名前の通り「2」となっているが、前作を私は見ていないが、数十万人を動員する話題の映画だったらしい。前作の鉄道は島根県のものだったらしい。

企画・脚本■宮崎駿 監督■宮崎吾朗・映画『コクリコ坂から』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
コクリコ坂から

──映画鑑賞──

  企画・脚本■宮崎駿 監督■宮崎吾朗・映画『コクリコ坂から』・・・・・・・・・・・・・木村草弥

久しぶりに映画を観てきた。
いま話題の「コクリコ坂から」である。
このアニメ映画は、「大人」向けの、しかも戦中派、戦後派の年配者向けの、懐かしい映画である。
私などの世代には泣かせるストーリーだ。「シルバー」割引で1000円である。

クラシックな建物で、今は港南学園生徒の寮になっているが、掃除もせず汚い建物になっているが、取り壊し、建替えの計画に対して、生徒らが「海」の提唱で、
大掃除して学園の理事長に保存を認めせるが、この理事長は、私には角川書店社長だった角川源義を連想させられたが、これは勘繰りと言うべきか。
ガリ版刷りの場面なども出てくるが、これなどは私くらいの年代でないと判らないか。
この寮の建物の名前が「カルチエ・ラタン」というが、これはフランスはパリのソルボンヌのある大学地区「カルチエ・ラタン」(セーヌ川左岸、ラテン区14区)に因んでいる。
私は宮崎駿が好きだが、この作品を鑑賞して、一層この観を強くした。ぜひ、ご鑑賞を。

この映画の荒筋を引いておく。

時代設定は1963年5月、横浜。

少年達が遠くを見つめているように、高校二年生の少女「海」もまた帰らぬ父を待って遠い水平線を見つめている。
「海」の父親は「船乗り」で、1950年から始まった朝鮮戦争のときに米軍のLSTという輸送船に乗っていて船が機雷に触れて沈没して死んでいる。
横浜港を見下ろす丘の上の、古い屋敷─コクリコ荘という小松崎家はアパートではないが寄宿人を置いたりしているので、大所帯。
その、海を望む庭の旗ざおに毎日信号旗をあげつづけている「海」。
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↑ 「U・W」旗――(安全な航行を祈る)である。

丘の下をよく通るタグボートのマストに返礼の旗があがる。忙しい一日が始まる朝の日課のようになっている。
ある朝、タグボートからちがう信号が上る。
「UWMER」そして返礼のペナント一旒(いちりゅう)。
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↑ 上からアルファベットのM、E、R つまり「海」の名前である。
誰か自分の名前を知っている人が、あのタグボートに乗っている。
MERはメール、フランス語で海のことである。「海」はおどろくが、たちまち朝の家事の大さわぎにまき込まれていく。メールを縮めて「メル」と呼ばれている。
父の操るタグボートに便乗していた少年「俊」は、「海」が毎日、信号旗をあげていることを知っていた。
「小松崎海」と「風間俊」が大きな縦糸でストーリーは進行する。
二人は好き合っているが、兄妹ではないかという話になるが、「俊」を托された俊の(実は養父というべき)父親が実子として届けたもので、血の繋がりは無い、ということが判明する。
しかし、映画の結末では、二人のそれからについては描かれてはなくて、今後に含みを残しているのが好ましい。
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コクリコ坂から
出典: フリー百科事典「Wikipedia」

『コクリコ坂から』(コクリコざかから、英題:From Up On Poppy Hill)は、高橋千鶴(作画)・佐山哲郎(原作)による日本の漫画作品、およびそれを原作としたスタジオジブリ製作の劇場版アニメ作品である。
原作は『なかよし』(講談社)にて1980年1月号から同年8月号まで連載された。全8話。単行本は同社より全2巻が刊行された。また、2010年に角川書店より新装版、2011年に同社より文庫版が発売された。

タイトルの「コクリコ」はフランス語で「ヒナゲシ」を意味する。

ストーリー  船が遭難し、行方不明となった船乗りの父と、仕事のためにアメリカに渡ったカメラマンの母を持つ小松崎海は、母の留守中、小松崎家を懸命に切り盛りしていた。

そのころ、海たちが通う港南学園では、新聞部部長の風間俊と生徒会長の水沼が起こす騒動によって、生徒と教師が翻弄されていた。突如として新聞部によって発表される「ミスター・ミス港南」、物理法則をめぐる風間と水沼の賭け、制服廃止運動をめぐる風間と水沼の対立…。こうした一連の騒動を海は冷ややかに見つめていたが、制服廃止運動の敗北の責任を風間が一身に負わされるのを見て、いつしか海は風間を擁護する声を上げるようになる。風間もまたひたむきな海にひかれ、2人は交際を始める。しかし、ある日、水沼は風間に海と交際しないよう忠告する。
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主な登場人物
小松崎家

小松崎海(こまつざき うみ)
港南学園高等部1年(初登場時)。空・陸の姉。経済観念のない母に代わって、小松崎家を切り盛りするしっかり者の少女。真面目な性格で、次々と騒動を起こす風間を当初は嫌っていたが、次第に風間にひかれていく。下宿人の北斗を慕っていたが、次第に彼に対する思いを妹が兄を慕うような気持と自覚するようになる。風間と交際を始めるが、一方的に風間に別れを告げられ、苦悩する。
北斗に「海をフランス語に訳すと、ラ・メールになる」と教えられ、北斗や友人からはメールがつまってメルと呼ばれている。
父が帰ってきても家が分かるように、毎朝、英ユニオンジャックや米星条旗、あるいは仏トリコロールと思しき国旗を掲揚し、家族や下宿人と共に朝礼をするのが日課となっている。なお、劇場版ではU旗とW旗(国際信号旗)が掲揚されている。この掲揚は「御安航を祈る」という意味である。

小松崎空(こまつざき そら)
海の妹・陸の姉。港南学園生徒。学年を示す具体的な説明はないが、海が2年生に進級した際海の級友から、「空ちゃんも(高等部)1年生になったんだっけ」と言われる描写があるので、海とはひとつ違いの初登場時中等部3年と考えられる。
異性やダイエットに興味津々ないまどきの女の子。風間を慕っていたが、海と風間の気持ちを察し、身をひいた。

小松崎陸(こまつざき りく)
海・空の弟。港南学園中等部1年(初登場時)。制服廃止運動の際に風間に傾倒し、以後、海と共に最後まで風間を擁護した。

小松崎虹江(こまつざき にじえ)
海・空・陸の母。カメラマン。経済観念ゼロで、無造作に大金をつかってしまい、海を困らせる。ストーリー開始時点では、仕事のためにアメリカに渡っていたが、やがて帰国する。近所では美人として有名。

小松崎花(こまつざき はな)
海・空・陸の母方の祖母。魚嫌いで、海が家計を切り詰めるためにいわしばかりを食卓に出すのに不満を持っている。ウォッカが好き。

小松崎島太郎(こまつざき しまたろう)
海・空・陸の母方の祖父。虹江が海たちの父親と交際するのに反対したため、花と対立して家を追い出され(家が花名義だったため)、現在は海たちと別居している。

北見北斗(きたみ ほくと)
小松崎家に下宿する獣医の卵。海の思いに気づくことなく、帯広の牧場に就職し、海のもとを離れた。
港南学園  風間俊(かざま しゅん)
港南学園高等部2年(初登場時)。新聞部部長。金太との賭けマージャンで公費を使いこみ、新聞の売り上げでそれを穴埋めするため、水沼と組んで、様々な騒動を起こし、新聞の売り上げを伸ばそうとした。かねてから海に好意を抱いており、海が自分を擁護するようになってからはその思いをさらに強くして、海と正式に交際を始める。しかし、水沼からある事実を知らされ、苦悩する。
写真屋の子どもだが、商船大学への進学を希望している。

水沼史郎(みずぬま しろう)
港南学園生徒会長。港南学園一の秀才。風間の親友。風間とともに金太との賭けマージャンで公費を使いこみ、風間と共に様々な騒動を起こす。虹江の手伝いをしたときにある事実に気付き、苦悩する。実家は料亭。

広瀬真(ひろせ まこと)
港南学園高等部3年。不良学生で、風間に対して遺恨を持ち、風間に対するあてつけから海を落とそうとする。
その他 金太(きんた)
英薫女子大学学生。水沼の実家で芸者のアルバイトをしている。港南学園在学中に制服廃止運動を起こし、退学処分となった。海と風間の恋路を応援する。無類の動物好きで家でたくさんのペットを飼っている。本名は安藤響子。
コクリコ坂から0001

ここに書かれているのは原作の本に載ることであって、「映画」では簡略化されているので単純である。

「海」の声を長沢まさみ、「俊」を岡田准一が演じている。
主題歌「さよならの夏~コクリコ坂から~」は作詞・万里村村ゆき子、作曲・坂田晃一、歌唱・手嶌葵 である。

コクリコ坂から0002

     光る海に かすむ船は
     さよならの汽笛 のこします
     ゆるい坂を おりてゆけば
     夏色の風に あえるかしら
     わたしの愛 それはメロディー
     たかく ひくく 歌うの
     わたしの愛 それはカモメ
     たかく ひくく 飛ぶの
     夕陽のなか 呼んでみたら
     やさしいあなたに 逢えるかしら

     だれかが弾く ピアノの音
     海鳴りみたいに きこえます
     おそい午後を 行き交うひと
     夏色の夢を はこぶかしら
     わたしの愛 それはダイアリー
     日々のページ つづるの
     私の愛 それは小舟
     空の海をゆくの
     夕陽のなか 振り返れば   
     あなたはわたしを 探すかしら

     散歩道に ゆれる木々は
     さよならの影を おとします
     古いチャペル 風見の鶏
     夏色の街は みえるかしら
     きのうの愛 それは涙
     やがて かわき 消えるの
     あしたの愛 それはルフラン
     おわりのない言葉
     夕陽のなか めぐり逢えば
     あなたはわたしを 抱くかしら

                    少女よ君は旗をあげる
              なぜ
              朝風に想いをたくして
              よびかける彼方
              気まぐれなカラスたちを相手に
              少女よ今日も紅と白の
              紺に囲まれた色の
              旗は翻る
                    
                     ── 風 ──



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