K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤原光顕の歌「あんまりな日々(3)」15首・・・・木村草弥
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─藤原光顕の歌──(32)

     藤原光顕の歌「あんまりな日々(3)」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・「芸術と自由」No,308/2017.5.1所載・・・・・・・・

         あんまりな日々(3)        藤原光顕

  また覚めてしまったみたいな朝のため買い置きしてあるちょっと雑炊

  説明を読んでまた見て15分後ふわ玉きのこ炒めらしきものができる

  なんとなく味噌の具合もわかってきて白菜スープ朝晩に飲む

  自炊も一年半かと食後のウーロン茶飲む 日に三度何かを食べる

  蕗の薹6つ庭で見つけたこと 食べ頃まで覚えているだろうか

  逝って早や二年になるか 林檎の皮ひとつながりに剥き終わる

  私が死ぬまで見ていてくれる笑顔 もうどこにも行かない遺影

  なんにも言わず見ていたくれるだけでいいひとりの酒は不味い淋しい

  なんにも言わず笑っているがほんとうにあんな一生でよかったのか

  進行を止めるだけです治りませんそんな薬を日に三度飲む

  洗濯籠に三日溜まっていた山が今日はストーブの前に積まれて

  眠るために眠剤を飲む死ぬために毒薬を飲むドラマ終わって

  何に怯えていた一日かとりあえず冷える足から眠らせてゆく

  とりあえず安泰と受けとっておく「春になるまでじっとしてます」

  何があるというでもないがとりあえずひたすら春を待っております
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いつもながらの藤原節である。
この頃の藤原さんの詠いぶりは哀しい。
奥さんへの追慕が痛々しい。
藤原さんの食事は、同じく独り暮らしの私のものよりもバラエティがあるようだ。
今年の冬は寒かったので、終連の「ひたすら春を待っております」が的確であり、かつ痛切である。
ご恵贈ありがとうございました。



藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(31)

      藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・「たかまる通信」No.105/2017.01.01所載・・・・・・・

         これだけの       藤原光顕

  咲き残るランタナの花を陽が移る 小春日の庭にあの人がいない

  ふるさとの愛染川は谷間の細さ 八歩で渡れる橋があった

  検索をかけてもなにも出てこない「赤レンガの家」とあるだけのメモ

  秋が来て古い少年倶楽部を開く 軍国少年は明るく凛々しい

  アマルフィのあの窓の人は何をしているのかそんな画面を見ている

  画面のユングフラウが陰るあの人がもう一度行きたかったあの山

  なんとなく心躍らせて記憶にあるバシー海峡こんなところにあった

  たぶん何かがあって時々思い出すバンコクのゆるい坂下のレストラン

  どの窓も眩しく秋の陽を反す たぶんあの病院で死ぬことになる

  似ていると言えば怒るあの女(ひと)は じゃりん子チエを私は好きだ

  有り合わせ足して5品のひとりおでん5分温めてひとりで食う

  食うなと医師が言う 食いたいと体が言う 八十一歳は体に従う

  いつ何がどうなってこんな秋にいるのか 八十余年が茫々遠い

  これだけのものだったのか八十年が見渡せる丘に紫煙が消える
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いつもながらの光顕ぶし である。 老いの哀歓の影が深い。そして亡くなった夫人への愛が見てとれる。
この冊子の24ページの「詩語録」という余白を埋めるところに私のブログの旧記事の文章を載せていただいた。
これは岡山の詩人の秋山基夫の詩集『薔薇』を鑑賞したものだが2012/04/13の記事である。
これを見ると、藤原さんが私のブログを、よく読んでくださっていることが判る。有難いことである。
こういうことがあるから、ブログに毎日書くことがやめられないのである。執筆者冥利に尽きるというものである。
藤原さんの六番目の歌の「バシー海峡」に関していうと、私の第一歌集『茶の四季』に、こんな歌がある。

   <この海はバシー海峡かの先はフィリピンよと君は言ふなり>

この歌は台湾最南端のガランピ岬で作ったものであるが、藤原さんの歌からの連想である。閑話休題。

藤原さん、有難うございました。 大晦日に冊子は到着したのだが、新年の初仕事としてアップした次第。



藤原光顕の歌「あんまりな日々(1)」16首・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(30)

     藤原光顕の歌「あんまりな日々(1)」16首・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・「芸術と自由」No.306/2016.11.01所載・・・・・・・・

      あんまりな日々(1)        藤原光顕

 汗拭いパソコンに対う あのひとのいないこの世で何しているのか

 「ポジティブ」が今日は出てこない「ネガティブ」が出てこない日もある

 ミックスサラダとあれば刻んだキャベツを買うひとりで食えばまさしく餌だ

 「一・五分でちょうどよかった」写真に言う そうめんの茹で加減のはなし

 押入の奥から谷内六郎が出てきて 空飛ぶ夢はまだ見るかいと聞く

 夢に出たてきたあのひとは なんにも言わず 迷う私に従いてくる

 それがとっておきの芸らしく繰り返し叫ぶ「こわい こわい こわい」
  
 遠く来てたったこれだけのものだったのか思い果たした虚しさにいる

 けっこう探したんだ 横から見たらこれは杓文字のかたちではない

 ほとんどはなくても生きていけるもの除けては戻し今日も探す

 ああこんなところにあったと拾い上げて あれはどこに置いたのだろう

 35℃の午後が3時になる異化とか回収とかベクトルとか そんな文脈で

 どうでもええ明日の予定二つメモして とりあえず就眠儀式終わる 

 何かがありそうだった遠い夏 眩しい速さで新幹線は消える

 ひたすら喘ぐだけだった夏「のちの日々」というフレーズのこる

 「歌書いてなければパパはダメになるかも」今頃になって人づてに聞く
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いつもながらの光顕節だが、老いの哀歓が偲ばれて、わが身につまされる。
最後の歌の<「歌書いてなければパパはダメになるかも」>のところは、私のことを言われたのかと、思わずドキリとした。
藤原さん。夏には適当にクーラーを使ってください。私も日中はなるだけクーラーを使わないようにしていましたが、老人には毒らしいですよ。
この号の「あとがき」で編集者の梓志乃が書いているが

<藤本さん、星野さんと主要同人を亡くして淋しい限りである。
 言葉にこだわった藤本さんや社会に厨の窓から対峙した星野さんを考えるとき、
 口語で歌を作ればそれでいいといった安住に居座りたくはないという思いは強い。>

という発言は貴重である。口語短歌を詠んでいる者への警鐘として受け取りたい。



 

 
藤原光顕の歌「それはないやろ」18首・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(29)

     藤原光顕の歌「それはないやろ」18首・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・「たかまる通信」No.104/2016.10.1所載・・・・・・・

 色即是空空即是色 瞬間的にわかった気がする時がある 怖!
 どうしても生まれかわれと言うのなら神とかがいなくなってからがいい
 「自己評価低く生きてれば楽ですよ」もう下げようがないんです わたし
 手に負えなくなった庭の雑草見境なく刈ってゆく それぞれの花
 「わたし」になったのはいつからだったか 「ぼく」はいつきえたか
 「わかりました」は「わ」「了解」は「り」一字で出る 押してしまう
 「骨になったら似たようなもんだ」八十一年生きて心に残るひとこと
 ピチッ ペキ コン 木の家が何か話しかける息をひそめるような昼・夜
 上からも下からも手が届かない背中が痒い ひとりの夜は
 二人の灯り三人の灯り二人の灯り一人の家でひとり飯食う
 赤信号を横目にぼそっと言う「あんなことぐらい」 それはないやろ
                  〇
 黙祷されたぐらいで魂は鎮まるのか しれっとした顔が喋りだす
 選挙への影響なんて 心配するな 半年あればたぶん忘れる
 核のボタンやさしく押せそうな あの眼は右しか見てないだろう
 取り戻すニッポンってどんな国? 八十一歳の知ってる日本だったら嫌だ
 戦死してもリセットすれば生き返る? その辺もきっと読まれているよ 
 ひたすら改憲に走る人は テロもチャンスと思っている たぶん
 ファシズムの影濃い母国に帰らぬと詠う母国の短詩形で (渡辺幸一氏)
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藤原さんの歌は、味わうほどに奥が深い。
逆説的な表現になっているので、素通りしてもらっては、困る。
今しもニッポンでも、東京都でも問題山積である。 どう解決するのか、見守りたい。
ご恵贈ありがとうございました。





藤原光顕の歌「いつからだろう」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(28)

     藤原光顕の歌「いつからだろう」・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・「芸術と自由」誌NO.305/2016/07/01掲載・・・・・・・・・

   柿若葉の陽が眩しい また出会えたというそんな眩しさ

   ベランダの視野のかなたは久御山町か 知らない町はいつも晴れている

   光や風が五月になった あんたはもっといいところにいるのだろうか

   生きてみたいと思う日もある (AIが神の不在を証明するかも)

   西日の交差点渡って 仕遂げれば死んでもいいというものがない

   明日のことはわからないがポケットを探るポケットにはタバコがある

   昨夜残しておいたトンカツ三切れのせちょっと丼は便利だ ホント

   いつからだろう 気がつけばしっかりと手摺り握って踏み出す階段

   これとこれはクリーニングに出して─選ぶ冬物 来年も着るつもり

   傘寿ですか傘なんですか雨ですか 八十ももう一年過ぎて
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おなじみの藤原節だが、一番後の歌

<傘寿ですか傘なんですか雨ですか 八十ももう一年過ぎて>

この歌の上句が面白い。極めて「詩的」である。 「傘」という字を分解して遊んでいる。
こういう知的遊びが私は好きである。
そして

<生きてみたいと思う日もある (AIが神の不在を証明するかも)>

という歌など哲学的である。
これからも藤原さん、文芸の世界で「遊んで」ください。 酷暑の折から御身ご自愛を。








あれから1年・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
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──藤原光顕の歌──(27)

       あれから1年・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
                ・・・・・・たかまる通信No.103/2016.7.1所載・・・・・・・・

 あの時のあの顔であのひとは笑っている生き残ってその顔を見ている

 あれから一年 生き残ったこころは庭の草の草毟りに集中する

 「終の住処」三つまで絞りこんで たぶんこの家のこの部屋で死ぬ

 ひとりではさまにならない スーパーの帰りにいつも休んだベンチ

 阪急電車が淀川にかかる 夕日に映えて『飛行絵本』は飛び続ける

 故里の谷の時間たどったりして五月 シンク磨いて昼になる

 こどもの日とてこんなに晴れて 声がなければさびしい塀の並び

 橋の畔の美容院まだあるみたい 三十年ぶりグーグルで見る津山の町

 ただの雑草園でええやないか庭隅から四十何種類数えてやめる

 給油と思ったり輸血であったり 毎日朝昼晩きっちり食べる

 くわえてきた金柑を屋根に転がして見ている鳩を窓から見ている

 小さい祭壇ちいさいテーブル 日によって方位の変わる磁石を置いて

 手を合わせありがとうと言うごめんなと言う お経はまだ唱えない
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おなじみの藤原節である。
今号も亡くなった奥様のことが詠んである。
奥様が亡くなって、もう一年になるのかと思う。 光顕さんの寂しさも一層つのる頃である。 ご冥福を祈る。





藤原光顕の歌「あとさきもなく⑤」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(26)

      藤原光顕の歌「あとさきもなく⑤」・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・「芸術と自由」誌No.304/2016/04/01掲載・・・・・・・・

         あとさきもなく 5

  玄関を開ければ笑って出てきそうでペダルを漕ぐ 坂上がりきるまで

  迷ってまた玄関に置く 少し汚れた妻のウオーキングシューズ

  まだ出てくるアルバム何冊寒い午後をまたさかのぼる三十何年

  かあちゃんはたぶん知っていた水仙は庭の見えない隅から咲くと

  オモチャみたいな炊飯器で毎日一合炊く毎日一口ずつ余る

  鍋を手にぼんやりいる何秒かみそ汁の具が豆腐になるまで

  炊飯器の左側に置く あの人が決めた定位置へポットを置く

  声に出そうになってのみこむ ひとり用なんとか鍋の白菜が甘い

  転がしたままの蕗の薹三つ とりあえず今夜はカレーを温めよう

  乏しくなった札を数えた昨日のこと視ていた眼鏡が今日は壊れる
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藤原さんの作品である。
先に⑥を載せたが、本日到着したのは先に発表された⑤である。
発表誌の発売の前後による食い違いであるから、ご了承願いたい。
相変わらず、奥さんを亡くされた哀愁に満ちた一連である。
藤原さん、ご自愛ください。



藤原光顕の歌「あとさきもなく⑥」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(25)

      藤原光顕の歌「あとさきもなく⑥」・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・「たかまる通信」No.102/2016/04/01所載・・・・・・・・

      あとさきもなく ⑥         藤原光顕

  生きておれば視える何かがあるような陽射しになって三月が来る

  長けた蕗の薹・芽吹くチュ—リップ 見ぬ間の庭に春が来ている

  連れていってやればよかったマルタにも もっと遠くへ逝ってしまった

  うさぎの好きなひとだったうさぎを提げたそのガラケ—をそのまま使う

  「ひとり言ふえたな」と声に出して言う「わかっているよ」声にせず言う

  そういえば口癖だった「淡々と…」遣影はいつも笑っている

  鴨居に掛けた妻の写真が見ている庭いま小人さんに陽が射している

  低い雲映す池水を風が過ぎるいつまで生きているのか ひとり

  老い独り住むには多すぎる部屋 そんな家の壁際に寝る

  何をした一日というでもなくべッドにいる殺人犯は捕まったらしい

  明日の朝も目覚めるか セ—ラーム—ンの目覚ましがついに壊れた

  ふいに出合う川べりが春 聞こえたような「菜の花がもう咲いているよ」
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いつもながらの藤原ぶしである。
奥さんが亡くなって、寂しさが募るようである。
この作品とは別に、本誌の「太鼓山日記」というところに、ご自身の前立腺癌のついての記載がある。
私も、この病気を患ったが放射線で治療して十年経って、昨年「治癒」の宣告があった。
藤原さんの理解が、どうも私には判らない。この件については、ここに書くべきことではないので私信で言うことにする。
有難うございました。




藤原光顕の歌「あとさきもなく③」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(24)

       藤原光顕の歌「あとさきもなく③」・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・・「芸術と自由」誌2016/No.303所載・・・・・・・・

      あとさきもなく ③      藤原光顕

 兎の形から石ころでええに替わる墓などどうでもいいほどに苦しいのか

 点滴は鎮痛剤と鎮静剤 見守るしかない時間 ドラマではない

 冷えてゆく頬を撫でる 包み込む 撫でる どこへ行くんや

 するすると吸い込まれる棺 どんづまり これが最後だ

 切羽詰まった訴えが誰にも聞きとれないまま黙ってしまったあの時

 遅かった庭のランタナ待ちわびて見ぬまま妻は逝ってしまった

 咲き盛るランタナの横へ立たせてみる あの笑顔で佇たせてみる

 卵焼きの色は淋しい 少しずつひとり暮らしに慣れていくのか

 今にして難病の保険のつもりだったと知る若いのに買い急いだ墓のこと

 陽ざし白い京の街 風がぬけるとなにもかもこんなに遠い
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妻を亡くした藤原さんの「嘆き」の一連である。
終りから三行目の歌の「少しずつひとり暮らしに慣れていくのか」の詩句が哀切である。
私事だが、この四月が来ると私の妻が亡くなってから丸十年になる。
ようやく私も「一人暮らし」が身につくようになった昨今である。
藤原さん、どうぞ、奥さんとの追憶に浸ってください。


藤原光顕の歌「あとさきもなく②」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(23)

     藤原光顕の歌「あとさきもなく②」・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・「たかまる通信」No.101/2016.1.1所載・・・・・・・

        あとさきもなく②   藤原光顕

   骨箱の軽さありありと覚えている手 生きておれば歯を磨く

   もう痛みに呻くこともあるまい 燃え尽きる際の蠟燭の揺らぎ

   はにかんだ遗影の口許「だってー」が口癖だったと聞かされている

   ぼつんと言った須磨のこと六甲山のこと 亡くなる前のいつだったか

   灯の下の独りの食卓 待機時間のような一日もおおかた過ぎて

   もぐもぐかいやもさもさか思う間に独りの夕餉たちまち終わる 
  
   五か月経って夢に出てくる いつものように「まだァ」と言う

   冬物を探すクロ—ゼット もういないひとのスカート奥へ移して

   とりあえず三周忌までは迷うつもり 言いのこした石ころの墓は

   喪中葉書ポストに落ちた音たしかめて 半年が過ぎた径を戻る
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藤原さんの奥様が亡くなられて数か月が過ぎた。
この作品は前作と同じ表題になっているので、私の独断で「②」を付け加えたので、ご了承いただきたい。
夫人を亡くされた哀しみに満ちた一連である。
奥様も、かつて住まいされた神戸の地のことを懐かしく思っておられたようで心に沁みる。
終りから二首目の歌に「三周忌」とあるが、正しくは「三回忌」である。お節介ながら申し上げておく。
私も粛然とした気分で読ませていただいた。 合掌。




藤原光顕の歌「あとさきもなく」・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(22)

      あとさきもなく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
           ・・・・・・・「たかまる通信」No.100─2015/10/01掲載・・・・・・・・

   全力は尽くしますが… まず言い訳からはじまる入院初日

   雨に散り敷く病庭の桜 とりあえず病室を出てくるしかない

   病院通いも二週間になった車窓気づけば花水木散りかけている

   花水木が咲いて散って躑躅が咲いて散って病院の庭もう見飽きた

   移植途中の庭の花を言う ちゃんとしとくと言えばかすかに笑う

   終バスだから帰れと急かすひとりの夜の痛みひとしきり言ったあとで

   タオル下着その他諸々持ち帰っては洗ってくるそれだけの不甲斐なさ

   「治療は最善を尽くしましたがみんな裏目に出ました」肯くしかないのか

   どうしても家に帰りたいと言う 思いきめた一途さに退院をせがむ

   「一年と言われて三年生きたから」お願いだからさらっと言うな

   この薬のまねば死ぬと言われても拒む 遠い目に何を見ているのか

   戒名はいらないと言う 骨は邪魔だから捨ててしまえと言う

   遺影は若いのがいいと言う かわいく見えるのがいいと言う

   墓は丸い石を置いとけばいいと言う お参りはしなくていいと言う

   喪服はタンスの右端上等の数珠は二階のテレビ台の左の抽斗

   折々のそのつどの声「もうええ」が「死なせてくれ」とわかってからの

   「もうええわ」死にたいのこととも知らず さする手を止めたりした

   庭の見えるベッドで痛みの合間 花の虫を捕れと首う水を撒けと言う

   膠原病の妻看とりつつ読む 膠原病「混合性結合組織病」の未闘病記・笙野頼子
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読んでもらえば判るように、藤原さんの奥さんが五月二十四日に亡くなられた。
この雑誌の巻頭に「太鼓山日記」という欄があるが、その1ページは、十余年前の発病から死に至る「いきさつ」が縷々詳しく書かれている。
ご冥福をお祈りするばかりである。
先日、歌集『椅子の時間』を出されたときに、このブログ でも紹介したが、私はご本人から洩らされていたので、死の事実だけを書いておいた。
私も妻を亡くし、数年間、闘病に付き合ったので、藤原さんの「喪失感」は理解できるつもりである。
奥さんの思い出を大切にして、歌に「作品化」されるよう願うばかりである。 合掌。

追記 ・引用した最後の歌にある「膠原病「混合性結合組織病」の未闘病記・笙野頼子」のことだが、この人の場合は軽症らしい。
いま笙野頼子の本の紹介を参照してみたのだが、私の知人にも「膠原病」と診断された人で、治療しながら十数年とか二十年も生きている人が、二人も居る。
日常生活も外目には支障がないように見える。
膠原病にも、いくつかの病態があるらしく、藤原夫人の場合は重症のようである。 余計なことを書いた。 お許しいただきたい。




藤原光顕歌集『椅子の時間』・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──藤原光顕の歌──(21)

     藤原光顕歌集『椅子の時間』・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・・・芸術と自由社2015/07/29刊・・・・・・・・・・・

この歌集は藤原さんの第六歌集になる。 因みに「自由律短歌」である。
前歌集『時間以後』の後の536篇の作品が収録されている。
「目次」を見ると、
「垂水区上高丸」 「Sentimental Journey」 「やさしい未来」 「奥海印寺太鼓山」   となっている。
「垂水区上高丸」とは元の神戸のお住まいの住所であり、 「奥海印寺太鼓山」とは現在のお住まいの地番である。
収録された歌は、それぞれの土地で詠まれた、ということであろう。 或いは、その土地に因む歌ということもあろう。
「Sentimental Journey」とは旅行詠であるようだ。

以下、数が多いので私の好きな歌を引いてみよう。

「垂水区上高丸」から

*あと数時間で切り替わる人生と思いながらしつこい苦情に頭を下げている
*残っていたのど飴・楊枝・眼鏡拭きなどを捨てて無臭の抽斗にする
*からっぽの抽斗をたしかめ最後に検印を捨てるこれでおしまい
*ご苦労さまでしたと妻が頭を下げる給料日とは少し違う感じでいう

「定年前後」という項目のはじめである。
後に「かづら橋」「家郷いちにち」という項目が見られる。歌を引くことはしないが、これは藤原さんの「故郷」「田舎」を詠ったものであろうか。

*死に場所ときめていた畳一枚 引っ越しと決まった日からそつ気なくなる
*見慣れた窓に三十年の空が広がる おおむね晴れていたと思う
*どしゃ降りの予報が外れて小雨の引っ越し この程度にはついている
*二十年の時間を吸い集める がらんとした部屋に掃除機をかける

「引っ越します」という項目の歌である。 寂しさが満ちている。

「Sentimental Journey」にはGermany・ Switzerland・ France という副見出しがついている。
あと「オキナワ」「广州・桂林」「台湾」「マレーシア・シンガポール」「ソウルまで」「北京点描」と続く。 少し歌を引く。

*ブローニュの森は秋 思いの中に見尽くしたように枯葉が散る
*国境とは何 隣国の火事の煙にかすむシンガポール
*あれがソウル駅と指し 歴史のさりげなさで日帝支配を言う
*五輪フィーバーの北京郊外 あれが盧溝橋と指し多くは語らぬ

「やさしい未来」から

*ハジメニDNAアリ オワリニDNAアリ ソレガスベテダ
*ドウセゲームデアル 神ハヤッパリサイコロヲ振ッタノダ
*奇蹟ハナイ無限ノ記憶素子スベテ完全ニ整合サレテイル

不気味な一連である。

「奥海印寺太鼓山」から

*京都府長岡京市奥海印寺太鼓山まちがいなくここが終いの住処

*初めての駅の周りを歩いてみる うろついている浅野英治を追うように
*ティオ舞子の喫茶店で海を見ている 二度と来ない梅木さんを待ってみる

この二首の歌には哀惜の念がこもっている。
はじめの歌には「倚子」を主宰していた浅野英治のことが詠われている。
二番目の歌には麗しいタッチのイラストを描いた梅木望輔さんのことが詠われる。今でも「たかまる通信」の表紙に使われる。
私の好きなイラストである。

*眠くなるまで待てば眠れると言い とりあえずハルシオン14日分くれる
*相槌の間 上高丸の家並みが浮かぶ 褪せた二階の畳が浮かぶ
*「坐った犬の後ろ姿ってせつないね」「なんかオレより哀しいみたい」
*チミモウリョウをチョウリョウバッコさせる魑魅魍魎跋扈と辞書に見るまで
*「美しい国」では〈おまえはアホか〉というギャグで暮らす芸人もいて
*太鼓山にも春が来て 風が光る 水が光る 七十二歳が光る
*八月 グリーンスタジアムよかったなァ イチローがいたオリックス

日常茶飯事を詠んだようで、ところどころに厳しい「諧謔」が光っている。

この本の題名になった「椅子の時間」という一連から

*おとろえた陽ざしへ覚める いつからか椅子の時間の一部になって

*何をどう判定するのか設問18あなたは人の役に立っていると思うか
*九月六日ふいにくる秋 阪急電車は駅を出るなり左へ曲がる
*薄い陽差し 瓦礫を重機が混ぜ返し何があったかもうわからない
*「バックします、バックします」あれは車だ わたしの声ではない
*裏おもて活字の賀状でいいのですお元気ならそれでいいのです
*暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう
*延命処置不要家族葬で可と書いただけで終活はまた頓挫してます
*つかのまの日射しを見せてすぐに降る 曲がりくねって春が来る

藤原さんのことについては拙ブログで「たかまる通信」が届くたびに紹介してきた。
今あらためて一冊になってみると、懐かしい歌々が連なる。
この春、藤原さんは長年苦楽を共にされてきた夫人を亡くされた。
これからもお元気で「老いの哀歓」を歌に詠んでいただきたい。
不十分ながら、紹介を終わりたい。 有難うございました。



藤原光顕の歌「西日の納戸」12首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(20)

       藤原光顕の歌「西日の納戸」12首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・・・「たかまる通信」No.99/2015/07/01所載・・・・・・・・・・・

         西日の納戸     藤原光顕

   庭ほどの御所の杜消えて半世紀 母が祈ってくれた祠まだあるはず

   タブロイド2頁の朝日新聞を知っているか 極小の活字が輝いていた

   少年倶楽部子供の科学家の光活字ならなんでもよかった昭和二十年

   本当に宇宙人はいたんだ七十年前枯れ萱原に紛れていった半透明

   五億年先のどこかの星人の見ている夢 でもつじつまは合う

   故里は西日の納戸 古い箪笥 あと先もない時間の溜まり
               o
   まず戦争であった 北風の田んぼでは戦争ごっこを強いられた

   戦いの訓練として苛め合う 叩かれたり殴られたりの弱虫だった

   殴られるのは痛かった非国民と罵られるよりも痛かった

   殺す自由は殺される自由と読んでしまう 臆病者でスミマセン

   戦いたがっている声も無視できません私が最髙責任者です

   もう一度敗戦の悲惨舐めたいのか 泣いてすぐまた忘れられるか
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藤原光顕さん主宰の季刊誌「たかまる通信」が、いよいよ次号で100号を迎えることになった。
神戸市の西部・高丸に住んでおられたので「高丸通信」として発足したのだが、ご子息の住まいする京都市西郊に同居されることになり、誌の名前を「たかまる」にされた。

今号の作品は、故里の風景へのノスタルジーから、戦争末期の新聞、雑誌「少年倶楽部」などの思い出に繋がってゆく。
そして、戦争中の「叩かれたり殴られたり」の理不尽な記憶。
いま「戦いたがっている声」が声高に叫ばれる。
今回の一連は「比喩」表現になっているので、慎重に味わっていただきたい。

特別作品として載っている、関広範「従軍短歌」10首も素通りできない。 ひとつだけ引いておく。

  *もろこしの畑を貫く弾の音いくたび聴きて逝きし兵らよ    

贈呈有難うございました。 時候がら、御身ご自愛を。


藤原光顕の歌「終活」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原

──藤原光顕の歌──(19)

       藤原光顕の歌「終活」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・たかまる通信No.98 2015/04/01所載・・・・・・

            終 活        藤原光顕

  延命処置不要家族葬で可と書いただけで終活はまた頓挫してます
  冬空のあざやかな軌跡 帰還場面たぶん見られぬロケットが発つ
  マンション高階女優の孤独死と聞けばまず思うその窓の光景
  とりあえず野菜コ—ナ—を端まで歩く特売もやしへ戻ると決めて
  この町でいちばん高い十二階春分のやけに眩しい雲などのせて
  あのバイパスを抜けて何処へ行くのか冷たい雨にみんな消える
  ええかげんにしてくれ 羊を数える夜の長さ朝は必ず来るという嘘
  地下鉄の階段がだんだん急になる そんな病院に六年通う
  「好きなだけ摂ってください酒煙草塩分糖分脂肪分のほかは」
  サボテンの陽射しが連れてゆくメキシコで半時間ほど遊んでくる
  ベランダの柵の蜘蛛の巣 あれもこれもなんとか過ぎて春がくる
  どたんばまで行くしかないかトタン屋根の西半分濡らして日照雨が過ぎる
  つかのまの日射しを見せてすぐに降る 曲がりくねって春が来る
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「終活」──何とも「うらさびしい」言葉である。
こういう言葉が流行る「多老人国家」になってしまった。
一昨年秋に訪問したベトナムは人口九〇〇〇万人のうち、十四歳以下が半数を占める、という国だった。
このような国は世界中にたくさんある。
それに比べると、老人国家たる我が国との「対比」は誰の目にも明らかである。「勢い」が違う。
江戸時代は三千万人の人口だったという。 だから人口が少ないなら、少ないなりに国が生きてゆける道を探る、のが必要ではないか。
藤原さんの歌を鑑賞しながら、そんなことを考えさせられた。
それにしても、梅木望輔さんのイラストは、いつ見ても、素晴らしい。彼が死んで、もう何年になるだろうか。
藤原さんは、次歌集の刊行を決意されたらしい。 一冊にまとまった歌が待ち遠しい。
ご恵贈ありがとうございました。


藤原光顕の歌「どうでもええ」12首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(18)

     藤原光顕の歌「どうでもええ」12首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                     ・・・・・・・・・「たかまる通信」No.97/2015.1.1.所載・・・・・・・・・・

       どうでもええ         藤原光顕

   どうでもええと言う人もいてチャンネルを変えても首相が手を挙けている
          X
   NOのつもりで言った「いいです」笑顔のままでまだ待っている

   ほっぺたに子象がキスしてくれる写真 遺影にはやっぱり無理か

   久しぶりのらしい秋晴れ 青虫が一匹行方不明になりました

   ふんぎりがつかないままに書き上げていつもと違うポストまで行く

   間違った最初のクリック まちがえてまちがえて異次元へ着く

   「三時きっかりに三本目を吸うそんなたばこは止めろよホント」

   暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう

   長い坂を下りていつもの町に入るまた增えた更地 何があったか

   咲かなくなってもう何日か葉っぱだけ元気な葉っぱを今曰も見ている

   閉店の日のまま看板はまだあってCともGとも読める字のまま
          X
   赤紙はどんな文面で来るのか無数にあるこの国の言葉「命差し出せ」
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おなじみの藤原光顕さんの新作である。
昨年暮れに着いたが、正月行事などで、取り込むのが今になった。

< 暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう >

という歌があるが、私も昨年末に、隣の駐車場を借りるのに、地主さんの農協(JA)の貯金口座に振込の必要が生じてキャッシュカードを作るときに、このような署名を求められた。
一般の民間銀行では、こんな署名を求められたことがないが、最近になって、どこでも必要になったのか。
私の方は今でも農地を持っているので「農家」の資格があるので、農協には昔から預金口座があるのだが、滅多に利用しないので、キヤッシュカードは作っていなかったのである。
JAは本来の農家の利用が少ないので、非農家でも信用機能は使ってもらえるので、非農家にも通帳を発行するのに注力しているらしい。
デレビでもJAバンク大阪とかJAバンク兵庫とかが派手にコマーシャルを打っている。 金利も高めらしい。
私方は、自宅その他の火災保険はJA共済の建物火災共済というのに入っている。民間の火災保険よりも、かなり安いからである。
藤原さんの歌からの連想である。

< 首相が手を挙けている >

という歌があるが、ナチスのヒットラーが、同様のしぐさをしたことがあるので、他の人の歌や文章などにも採り上げられている。 「極右」からの連想である。
藤原さんの安倍嫌いも有名である。歌にもたびたび出てくる。
「安倍」お坊っちゃまの、わがままぶりには困ったものである。右翼の「岸信介」の孫だけのことはある。
最近の「はしゃぎ過ぎ」は目に余るものがある。
日本国民も「衆愚」で、彼に「票」を与え過ぎた。
<どうでもええ>では困るのである。

お喋りが過ぎた。 この辺で退散しよう。
藤原さん、ご恵贈ありがとうございました。



藤原光顕の歌「終の棲処」11首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原

──藤原光顕の歌──(17)

      藤原光顕の歌「終の棲処」11首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・「たかまる通信」No.96/2014.10.01所載・・・・・・・・・・ 

            終の棲処       藤原光顕

  さて 何から片付けようか  ふいに涼しい九月一日がもう午後である

  どれもこれも出来そうにないとりあえず先送りして〇(マル)の日にする

  今のところは〇(マル)ばっかりの健康調査をポストに落とし自転車で帰る

  自転車の前籠にじゃがいも転がして奥さんは図書館へ行くところです

  うつむいて紫陽花の横を過ぎた人 どこへ何しに行ったのだろう

  あの恥を知るひとりまたいなくなってどこかがちょっとふわふわとする

  カタカナの花の名前三つほど覚えひたすら暑かった夏が終わる

  予告通りコンビ二閉店したらしく駐車場の花萎れかけている

  始末つかない文字いつまでも消えない目へすっとする目薬二滴ずつさす

  久しぶりに靴を磨く  京大阪よりも遠くへ出かけるときの靴だ

  午後は明るいトイレのドアのうすい汚れ けっきょくここが終の棲処か     
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「たかまる通信」の最新号が送られてきた。
おなじみの「光顕」ぶし、である。
私よりは若いが「老いの哀歓」の漂う一連である。
蛇足だが「終の棲処」のところは「ツイのスミカ」と読む。
それにしても表紙の望輔さんのイラストは、いつ見ても、いい。彼が亡くなって、もう何年経つのか。
藤原さん。有難うございました。

スキャナで読み取ったので、文字化けが、まだあれば指摘してください。すぐに直します。


藤原光顕の歌「やっぱり」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(16)

      藤原光顕の歌「やっぱり」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・・・・「たかまる通信」No.95/2014/07/01所載・・・・・・・

          やっぱり・・・・・・・・・・藤原光顕

   いつもの道に今年も花水木が咲きました それなりに私は元気です
   「なんの蕾?」今年もやっぱり聞いてくる今年もやっぱり答えられない
   名刺ほどの真っ赤な表紙 また出てきた毛沢東語録今度こそ捨てる
   躓いたついでに開いた辞書で知る 斑猫は猫でも蝶でもないと
   喉の不調訴えるたびに点鼻薬などくれてなんとなく治ってしまう
   ポストからの帰路幾曲がりして思う 2 円のうさぎが辿る道筋
   一秒と一億年はどう違うのか あの星はまだ生きているのか
   こころ覚ましてゆくように次々と力—テンを開け窓を開ける 五月だ
   四度五度ドア閉める圧迫音 間をおいてエンジンの音が聞こえる
   道端の黒いひと群れ 故人の名前見て過ぎてたちまち忘れる
   なんとなく西日の路地を思っていた 浅野英治がいた吉祥寺北町
             あれが最後の出会いだった
   五月の神戸駅前では鯛遊子を探す あの日の「よッ」とあげた右手を
   誰が何を叩いているのかコンコンと梅雨の晴れ間がまとめて暑い
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最新号の「たかまる通信」が届いた。
おなじみの光顕ぶし、である。
梅木望輔の絵が何とも言えず、「趣き」がある。 彼が亡くなって、もう何年になるのだろうか。
光顕さん、これから暑くなりますが、ご自愛ください。 ご恵贈に感謝します。


藤原光顕の歌「二月三月」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
光顕

──藤原光顕の歌──(15)


        「二月三月」13首・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
            ・・・・・・「たかまる通信」No.94─2014/04/01所載・・・・・・・

   起き抜けの膝の痛み始まりはいつもそうだが そうではあるが

   水仙が咲き始めたと着ぶくれてかあちゃんが庭へ出てゆくところ

   震災の街また夢に広がり十八年経ってまだ会社にたどり着けない

   効能を感じたことはないけれど電気椅子と呼んで毎朝坐る

   週二回太鼓山を下りてスーパ—へ行く月二回ほど図書館も行く

   あと何回のこんな夜か 変わり映えせぬドラマ最後まで視て寝る

   淡い陽がカレンダ—を移る西向きの部屋が好きなほどに老いた

   起き抜けに飲むコップ一杯の水十年続けて何に効いたのか

   「アリガトウゴザイマシタ」と言う自販機へ片手をあげて自転車で帰る

   わけもなく悩ましかった春の夜のあの感覚がもう思い出せない

   七十余年軟弱で通した いまだに戦争反対などとほざき

   駐輪場は春近い風 とんちんかん二つで今日の買いだし無事に終わる

   あれはもうういいからという電話がくる 良い日もあって春が近そう

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おなじみの光顕ぶしである。
今回の作品は、何だか、なげやり、に思えて、感心しない。
光顕さん、老いに負けないでください。
「あとがき」にも書かれているが、今年の冬の寒さは、とても厳しかった。
私も同様に参ったので、よく判るが、お互いに、なんとか「老い」に逆らって頑張りたい。妄言多謝。




藤原光顕の歌「背伸びして」 「その辺で」計25首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原①
 ↑ 「たかまる通信」No.93 2014/01/01刊

──藤原光顕の歌──(14)

     藤原光顕の歌「背伸びして」 「その辺で」計25首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

           「背伸びして」15首・・・・・・・・・・・・藤原光顕

   お世辞も言うし憎まれ口もたたくへんなじいさんまであと一息だ
   花を買った啄木など思い 隣席の素早い指の動き見ている
   おどろかないで私ですよ そんな出会いがありそうな秋風である
   ふりむけば昭和の街で 神戸の秋をスカートで来る妻がいる
   もう秋やね トイレットペーパーの芯持って機嫌よく朝へ出てくる
   黙って雲を見ている横顔 淋しければ淋しいと言っていいんだ
   背伸びして背伸びして生きているのにまた身長が4ミリ縮んだ
   やさしい顔に誑かされていたのかも 紅葉の裏が寒い日の暮れ
   あれから何年になるか 見せびらかすように杖をついた秋があった
   あの人は自転車を押して歩いている ひと月ほども経って気がつく
   飛行機雲うすれるほどの刻過ぎてまだ坐っていた公園のベンチ
   都心が好き雑踏が好き人工庭園の風のコスモス八歩で終わる
   捨てる何か 拾う何か 乗換の須磨駅でしばらく海を見ている
   数本の木立が「阿弥陀堂前」でまもなくニュータウン終点です
   山裾のあの陽だまりから六十年 故里のなつかしさで初冬が来る


藤原②
↑ 「芸術と自由」No.292 2014/01/01刊

        「その辺で」10首・・・・・・・・・・藤原光顕

   秋はこんな狭い町にも知らない道があってまた行き止まる
   秋雨の一日かけたジグソーパズル ささやかな花舗開店させる
   マラソンの横浜は晴れ あの街のどこかに山口利春 老いる
   人生に i f はないという わかっているさと時雨へ出ていく
   秋刀魚一尾たいらげて買い忘れた大根のことなど何をいまさら
   金木犀の角を曲がればゆるい坂 古い時間へ踏み入るほどの
   凩一番が吹きすぎた停留所 まだ乗ったことのないバスが出ていく
   カレンダーを掛けた画鋲がまた落ちる重たい月日みたいではないか
   秋雨は三日続く 雨の向こうはたぶん雨よりうっとうしい
   電脳の中<アラエイ>もちゃんといて その辺で秋の一日暮れる
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同時に、昨年の大晦日に到着した二冊である。
いつもながらの「光顕」ぶし、である。
藤原さんには、長年住んだ神戸の土地が懐かしいらしく、時々は電車で行って、訪れているらしい。
今号の表紙を飾っている梅木望輔との思い出がこもる土地でもある。
そんな感慨が、前者の連作の中に、ある。
ご恵贈に感謝して、ここに採録しておく次第である。 向寒の折から、ご自愛を。




  
藤原光顕の歌「ローマの猫は」10首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
光顕

──藤原光顕の歌──(13)

     藤原光顕の歌「ローマの猫は」10首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・・・「芸術と自由」NO.291所載・・・・・・・・

        ローマの猫は・・・・・・・・・藤原光顕

  ヘリコプターの音が軽くなったと見上げる空がふいに 秋である

  生涯をこの世に振り当てられたこと今さら言ってみたりして 秋

  あれが岐路だったのか 振り返る遠い木に秋の陽が降っている

  スーパーの自転車置き場に秋がきて ローマの猫は塀の上にいた

  相哀れむ思いどこかにあったかと乗り換え駅の陽ざし見ている

  三日ほど前たしかにここは森だった 新しい切り株に陽が鮮らしい

  あの人のあの家はまだあるだろうか 土手の芒に風は通うか

  駅を出てもう疲れてくる まごつくたびに余所者の顔をしたりして

  七十余年の選択の果てとふと思いむらさき色の夕暮れにいる

  懲りもせずまた来て悔いる敬老会 お弁当食べて「ふるさと」唄う

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いつもながらの光顕ぶし であるが、藤原さんの歌には「詩」がある。
当今の「新」短歌と称する作品は、多くが事実をズラズラと羅列するだけのものが多く、「詩」が感じられない。
そんなものは「詩」ではない。
「詩」とは「非日常」である。それが詠われなければ詩ではない。
光顕作品は「ローマの猫は」という題名からして、読者の意表を突く。
私は「新」短歌も「短詩」として把握している。

光顕作品の末尾に「敬老会」を詠んだものがあるが、年寄りだからと「お仕着せ」の観が強い。
私は老人会には出ない。
体のどこそこが痛い、だの、誰それが死んだ、なの、そんな「後ろ向き」の人生はイヤである。
歳はとっても新しいもの、若いものを求めて、新たな日々を生きたい。
そんなことどもを考えさせてくれる光顕作品だった。
この雑誌はもっと前にいただいたのだが、ベトナム旅行前とて、日延べさせてもらった。
有難うございました。 ご健詠を。


藤原光顕の歌「淋しい家系」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(12)

       藤原光顕の歌「淋しい家系」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・「たかまる通信」No.92所載・・・・・・・・・

        淋しい家系      藤原光顕

   煙草吸いにさりげなくまた出てくる 淋しい家系になってしまった

   当然という顔で煙草やめたと言う山並みへ煙吹きかけて聞く

   ガスビル裏の喫茶店の連れは誰だったか安煙草の匂いは覚えているが

   秋の灯になって川面に映る 捨てられた時間の色も混じっていよう

   足指の動きの不調をまた言っている 今週はそこに集中するたぶん

   医師(せんせい)には話しにくいと言いながら話しにくいことまた訴える

   そうや今日は誕生日なんや冷やしといたドリンクいっぽん祝杯とする

   毎日何かが失くなる とりあえず猛暑の所為(せい)にしておくが

   暑いなあ デジタル数字の36℃よりも赤い液柱はもっと暑い

   この暑いのに勘弁してよとしばらく付き合う長野の蒹麦屋からの電話

   椰子の並木のカットなど添付して 涼しいパタヤからメ—ルが届く

   この角を曲がれば不意に断崖がある・・・わけがないと曲がってみる
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おなじみの「光顕」ぶし、である。
今年の夏は暑かった──十月になった今でも日中はクソ暑いが、──ので、そんな暑さに辟易している一老人の哀歓が良く出ている。
本誌の「太鼓山日記」という一ページにわたる日録にも、この暑さのことが、るいるいと綴られている。私も同様に辟易した。
はじめの三行ほどには、タバコをやめられない、いじましい心情が吐露されている。
家の中では家人の反対にあうのでタバコを吸わせてもらえない。どこの家庭でも見られる風景である。タバコをやめる、というのは信念の領域である。
終りから三行目の歌は、私にも経験がある。たしか角川書店の短歌人名鑑かに載る電話番号を使っているようで、私は「関西人はソバは食いません」と電話を切った。
こんな変な電話がかかってくるので、今年度の名鑑からは私の電話番号は「不掲載」にするように申し入れた。
この頃は、どこかから、こういう「名簿」を入手するのが、はやっているから油断できない。
それにしても、表紙の「梅木望輔」氏のカットは、いつ見ても佳いなぁ。この人も亡くなって、もう十年になるか。
本誌の、ご恵贈に感謝する。


藤原光顕の歌「世界の秘密」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(11)

    藤原光顕の歌「世界の秘密」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・「たかまる通信」No.91/2013.07/01所載・・・・・・・

  この通り抜ければ海が広がっているような白い日傘が五月である

  足が痛い腰が痛い声にするのが効くようでしばらく静かになる

  剥きにくいゆで卵の殻剥いてゆく 午後から何もすることがない

  英語の辞書にでっかいルーペ乗せたまま何を調べていたのだったか

  ふるさとの峠の中ほど購ったまま放ったらかしの墓地があるはず

  ドイツ観念主義の象徴と言ったのは誰 ドーナツは穴も一緒に食う

  図書館は読みたい本がないところ わかっているが確かめに行く

  犯人はこいつと決めてテレビを消す 不運な一人登場してきた

  ベレーの時代。「朝ジャ」の時代。なんとかただのじいさんになって

  捨てた記憶ないまま五十年前の黒いベレーはどこへいったか

  開通した高架バイパス盛況のようでベランダの視野が夏になる

  夕ごとに閉ざす雨戸は億劫だ 雨戸もそうか軋みはじめた

  矢印を辿ってきたのに地下街の尽きるあたりで消える矢印

  政治家という種族一掃した世界夢想するほどの猛暑日である

  夕闇の薔薇 私だけが知らない世界の秘密って何なのだろう

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おなじみの光顕ぶし、であるが、今度の一連はアイロニーが効果的で秀逸である。
それにしても表紙の梅木望輔さんのイラストは何とも言えず、ほのぼのとする佳いタッチ。

ご恵贈に感謝して、ご披露申し上げる。


 
詩誌「芸術と自由」No.288より藤原光顕、梓志乃の歌・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
芸自

──藤原光顕の歌ほか──(10)

   詩誌「芸術と自由」No.288より藤原光顕、梓志乃の歌・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・・2013/05/01刊・・・・・・・・

敬愛する梓志乃さんの主宰する標題の雑誌が届いた。 その中から二つを引いておく。

   風に紛れて      藤原光顕
奥海印寺太鼓山とは丘の上 一日はまず下りる方へ始まる
いつまでもこんなかたちで生きているような気がしてストーブの前
二月は壁のあんなところに陽がさして埃があんなに光ったりする
風に紛れて葉書一枚ポストへ落とす この冬の悔いとなるのか
棒読みのように神の恵みを説き統ける女 こんなにきれいなのに
逆に曲がった筈のおばさんが前を行くそんなの有りか 気分はありだ
ひとすじの風がいっしゅん春のようでうっかり角を曲がってしまう
とりたてて旨いものではないけれど庭の蕗の薹の味噌和えである
急力—ブで長岡天神駅に入る電車 ブレ—キの匂いが春になった
次は春の河原町終点 いま覚めたおじさんもいる阪急電車


   懐かしい風景は    梓志乃
夢二・華宵・虹児 昭和モダン忘れられて久しい
懐かしい時代よ 少女の夢のロマンあふれて挿絵展は
大正ロマン•昭和モダン展 夢美術館に華が匂いたつ
挿絵の少女の瞳が蒼い シャイな男の心を捕らえ続けて
「生きていたなら」と昭和男のシャイな眼 風の便りさえ無い
ロマン夢見た少女時代 懐かしむほどに老いてゆく
ファシズムの重い闇を背に挿絵の少女の大きな瞳は何を見た
心ばかりが夢を見る 激動の昭和物語を語る人老いて
昭和の時代を駆けて逝ってしまった 淡い思慕よりあわい想い残して
一つの時代が逝くとき人は何を思うのだろう激動の歴史の果て
戦争の語り部たちが逝き物語は美化されてゆくのか
新しい世紀も四世紀すぎた 今再びの時代の動きの危うさ
戦争を知らぬ世代が国を操る ひそかに改憲のテープが切られる
文明の限りない奢りを吿発せよ ボタン一つの戦争 歴史の闍
冬が終りを告げない 風は語らない 時代は波にのまれ北は厳寒

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おなじみの光顕節と、梓志乃さんの時局を鋭くトリミングした歌群である。
いくらかは類型化したきらいが無いでもないが、佳い歌なので、鑑賞されたい。 益々のご健筆を。

歌はスキャナで取り込んだので、どうしても「文字化け」が生じる。子細に修正したが、まだあれば指摘してください。すぐに直します。 よろしく。

「あとがき」によれば、芸術と自由誌の全国大会が今年は8/24~25に奈良で開催されるらしい。
一度覗いてみたいという気がするのだが、果たして、どうなりますか。


藤原光顕の歌「バックします」・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(9)

     藤原光顕の歌「バックします」・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・「たかまる通信」No.90所載・・・・・・・・・


      「バックします」      藤原光顕

  「バックします、バックします」あれは車だ わたしの声ではない

  あっちこっち押さえさせてその辺でいいという一点へ置くせんねん灸

  ネット地図で見つけたわが家 アオガエル三匹ちゃんと玄関にいる

  とりあえず靴下を履く こんなときも靴下はまず左から履く

  たぶん誰も見てないだろうと見上げる陽を反すビルの壁面が好き

  駅裏の街川ひとすじ消えている 小さな町に一冬過ぎて

  ベッドの上でタオルとマスク見比べてた?夜中二時頃?記憶にない

  とりたてて旨いものではないけれど庭の茗荷の味噌和えである

  掘り返す土の土色見て過ぎて地下街入口まだわからない

  上る人にも下る人にも影があって影はどっちも坂の上を向く

  昭和21年 B5判16頁月刊で括られていたふるさとの町

  お買い得の卷き寿司銜え恵方を向く南南東はス—パ—の方だ

  水仙に風花がくるそれだけでさびしさは来る 理由などない

  限りなくさびしい冬の空がある 駅前の陸橋の上という場所
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恵送されてきた「たかまる通信」に載る藤原光顕さんの歌である。「老い」のペーソスに満ちた一連である。
いつもながらの「光顕」ぶし健在で、喜ばしい。

この歌の題名だが、トラックなどが左折したり、バックしたりするときの「音声」お知らせのことだろうが、
私は「深読み」したい気がするのである。
というのは、今の総理大臣・安倍晋三が一回目の首相になったとき「美しい日本」というキャッチコピーを盛んに言った。
それをアイロニーをこめて光顕氏は

  「美しい国」では<おまえはアホか>というギャグで暮らす芸人もいて

という歌にしたことがあり、このブログでも採り上げたことがある。
安倍氏は、先日のアメリカ訪問に際して記者会見で「私はバックしました」と英語で話し、それが文法的におかしなものだったので、
記者たちの「失笑」を買ったという報道がなされた。
首相は「私はカムバックしました」と言いたかったのだろうが、文法的に間違っていたのである。
私は、光顕氏の「バック」「というのを、それに引っ掛けたアイロニーとして把握したからである。
これは私の「深読み」かも知れないが、その方が面白い、と思うのである。
ご恵送に感謝して、ご紹介しておく。 それにしても、梅木望輔さんのスケッチは佳いなぁ。


「芸術と自由」No.284号から藤原光顕、梓志乃の歌・・・・・・・・・・・木村草弥
芸自

──藤原光顕の歌ほか── (8)

   「芸術と自由」No.284号から藤原光顕、梓志乃の歌・・・・・・・・・・・木村草弥

     あれはあれやから・・・・・・・・・・・藤原光顕

   「あれはあれやから」とりあえずわかったふりをしとこう ここは
   相変わらず見えないけれどなんとなく待っている何か 明日は喜寿だ
   したこと しのこしたこと 数えておれば日暮れの風こんなにやさしい
   申請書なんとか受理されて炎天へ出る 人生の一齣はくらくらする
   まず大きな溜息で肩の辺りの力を抜き一気にベッドから剥がす
   慎重な一歩のあとはとりあえず階段までを試歩のつもりで
   家じゅうに合わない時計置きまくり腕時計一つで足りる二十四時間
   また来て覗く穴 やっぱり見えない底たしかめて引き返す
   マスタードとマーマレ—ドを間違えた たしかにメモ見たんやけどなあ
   転生など真っ平 二度とご免です やさしい声であんたは言った

     あした生きるために・・・・・・・・・・・梓志乃

   切り紙細工のように三角波 見失った過去から呼びかける海は
   この海に沈めてしまった過去 明日への道どこへ向く
   漁船の大漁旗は畳まれたままで思い出にさえ遠い海鳴り
   熱帯夜いく日か狂った季節 風が運んだ海鳴りを聞き澄ます
   誰を呼んで叫ぶのか 波逆巻く海はぴようびようと
   狼の遠吠えに似る海鳴りも今は恋しい おどろの世を生きて
   銀紙をまあるく切って月 見つめ続けた過去世の歴史は
   戦いの連続 平和の豊かさ 歴史の語るもの茫々として
   あした生きるために幕を引こう 過去という歴史に
   あの日から凪ぎることのない海へ漕ぎ出す 己を探すために
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恵贈されてきた、梓志乃さん主宰の「芸術と自由」誌No.284号2012/09/01発行から二人の作品を引く。

藤原光顕氏の作品は、いつものことながら「老いの哀歓」が読み取れて秀逸である。
二、三か所スペースを入れて、わかりやすくした。ご了承を。
梓志乃氏の作品は時局、時候を捉えて見事である。

これらはスキャナで取り込んだので、文字化けが生じる。子細に直したが、まだあれば指摘されたい。修正します。


「たかまる通信」87号─藤原光顕・剣持政幸の歌・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌ほか──(7)「たかまる通信」87号掲載2012/07/01

    そういえば・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕

   雨が上がって微風に暮れる薔薇 若いままのあいつが通ったような
   ベランダの健気な蜘蛛の巣次々切り捨てて あやふやな夕風にいる
   一錠ずつ切り離してゆく薬何種 楽しむような手つき見ている
   晚酌を止めて半年 そういえばひさしく刺身を食べてないなァ
   もう少し頑張ってみたらというように歩き始めの赤い靴もつれて
   三年前亡くなってます郵便物送らないでそんなかたちで訃報がくる
   七十七年連れ添ってきたんや いまさらただの偏屈と言われてもなァ
   メ—ルがトラブったので手紙にする 手紙の文案は時間がかかる
   ノンアルコ—ルビール一気に飲んで そこそこ出世できるといいね
   四五冊の推理小説など積まれ 踏み台はいつからそこに在ったか
   蟻の塊数万(たぶん)殲滅して やっぱり軽い命と思う
   十項目ほど仮名書きのメモ持って一日おきにス—パ—に行く
   車窓を流れる文字読み辛くなってあのビルはなんという会社だったか
   今、はづかし 車中からメールが来る はづかしは羽束師のこと
   いつ何が来るかあんたも知らぬと言う 西日本は晩春である
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     廃線の駅・・・・・・・・・・・・・・・・剣持政幸

   昨日まで群がった木造の駅舎にひなたぼつこの影が揺れている
   寂しいとか悲しいとか余裕がないまま往復する人混みの車内
   花散らしの雨に誘われ最後の責務を果たす田舎に届けた文明の報せ
   車社会に挟まれ自を貫いたひとすじの道 錆び付く鉄路が重すぎる
   昨日までさよならしてた人の渦 今日から運行するバスに前途多難
   逆走行に停車した珍しいホーム 百年前にすり減らした城域の跡
   いつにない風の冷たさ感じながら長い鉄路を走り抜ける
   真新しい駅の標識 せめてこれだけはと願いを込めてカメラに写す
   かっての城下町に大正浪漫が漂う90年運び続けた文明の力
   砂埃舞う平地を走り抜けいつしか高速交通網に囲まれた遺物
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おなじみの光顕節は、「老いの哀歓」を表現して、健在である。
剣持氏は、まだ若いが、歌がせっかちすぎて、第三者には、少し意味が辿れないところがある。
もう少し歌の数を増やしてみたらと思う。
スキャナで取り込んだので、どうしても文字化けが生じる。つとめて修正したが、見落としがあれば、ご指摘を。

いつものことながら、この冊子の表紙のカットが秀逸である。作者は梅木望輔さんの絵手紙である。



自由律短歌「監視カメラ」13首・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
たかまる0001

──藤原光顕の歌──(6)

     監視カメラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
           ・・・・・「たかまる通信」No.86 2012/04/01所載・・・・・・・・

  おそらくはそのまま消される 監視カメラへちょっと余分な動きしてみる

  老眼鏡のまま歩いていた五分ほどまァええかみたいな冬晴れである

  新聞と煙草で足りたコンビニに今日は香奠袋があってたすかる

  火を点けたとたん電話かチャイムが鳴る 禁煙しない理由のひとつ

  雨があがれば寒くなるどうせとかどっちにしてもという午後である

  「天国も死後の世界もない」ホーキング言い切る21世紀 ブラボー!

  シリアとか北朝鮮とかギリシャとかビニールの地球儀はすぐ萎む

  老後のために蓄えなくちゃ いつからか老後とは死後のことらしく

  血圧不眠便秘頻尿 飲まなくてもたぶんすぐには死なない薬

  どんな役者が演じても 悪役はなんでこんなにリアルに見えるか

  選択肢は迷うほどあるだからまだ大丈夫とも言え ないか

  百四十億年宇宙の一点で助詞ひとつ今日もひねくりまわす

  白い残影 遅ればせの葉書三枚ポストへ落とし どこかが春だ

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なつかしい藤原節のアイロニーに満ちた一連である。 ご賞味されたい。  
 
またァと苦笑いして横を向く むかしはあんなに怒ったのに・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
芸術と自由0001

──藤原光顕の歌──(5)

       またァと苦笑いして横を向く 
           むかしはあんなに怒ったのに・・・・・・・・・・・・・藤原光顕

                 ・・・・・・・「芸術と自由」誌281号2012/03/10所載・・・・・・・・・

           またァ・・・・・・・・・・・・・藤原光顕

  また一年かという思いどこかにあって 元日の廊下に南瓜がある

  陰ると冷える 折り たたみ 巻き戻し なんとか時間に乗る

  ハルシオン飲み忘れて眠ってしまったこと思い出せる朝だ

  夜の間の雪を言ってさっさと起きてしまう そこから出遅れる

  またァと苦笑いして横を向く むかしはあんなに怒ったのに

  カタカナの花など咲かせそう言えば海外旅行を言わなくなった

  嵌め絵パズルの西洋の町の陽が映える パスポート切れて六年になる

  封を切るたびに律儀に箱の文字を読んでから吸う煙草旨いなァ

  さてと立ち上がってみたが立ち眩み収まる頃には萎えている さて

  さしあたり要るもの素早く取り出して閉めて冷蔵庫 3回開く
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おなじみの藤原氏の日常を詠った歌である。
手馴れた「自由律」の歌である。 老いの境地を、さりげなく詠んでいる。
この回の雑誌には、岡山県在住の「神信子」さんの訃報が載っている。1月31日のことらしい。ご冥福を祈ります。
 
自由律短歌作品・「不意にくる」14首・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
たかまる

──藤原光顕の歌──(4)

     不意にくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
           ・・・・・・・・「たかまる通信」85号2012/01/01所載・・・・・・・・・・・・・・・

 卵かけご飯ずるずる啜ったりして まァ順調に老いているか

 きょう不意に人間が在って神が在ると気がついた どうしよう

 何であれとりあえず[1]に設定するみんな正解とはいかないが

 あの人の書くものは皆目わからないその人は確かにそう言った

 きょうを生きる デレビドラマは一話完結しか見ない

 二日おきor三日おきにこの池で亀を見て休むスーパーの帰途

 最期までなんやかやある 生命線の下端は皺でしわしわである

 生命保険次々解約するたびにどこかが軽くなってくるようで

       失神転倒顔面骨折、深夜救急搬送された

 何かはいつだって不意に来る 一本の電話とか転倒とか

 救急車の中では時間がずれる 相対論でなくてもずれる

 「エビゾーさんと同じ骨が折れてます」この場面で言われてもなァ

 手術するしない選択を問うてくる究極はいつも端的である

 眼の下のこの傷が治ったら今度こそ遺影の写真を撮っておこう

 失神は零コンマ何秒でくる少なくとももう一回は経験する
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この一連は、私の敬愛する藤原光顕さんの季刊誌「たかまる通信」に載るものである。
同氏については、このブログでも何回か採り上げたことがある。カテゴリーの「藤原光顕の歌」で全部みられるのでアクセスされたい。
年末にこの雑誌が届いて、ここに書かれている事故について知って、驚いた。
藤原さんは現役のときは、グラフィック・デザイナーのような仕事をしておられたらしい。
この雑誌のタイトル「たかまる」は、本来は「高丸」で、同氏のかつての居住地であった神戸市西郊の町名「高丸」に由来するが、
リタイアされてご子息が京都西郊に家を建てられた機会に同居するために転居され、本誌の題名も「たかまる」と平かな書きに改められた。
この題名には長年、神戸に住んで来られた町名に関する「愛着」の念が込められていると私は睨んでいる。

いずれにしても、この一連は、私よりはお若いが「老い」についてシニカルな視点に満ちており佳い作品に仕上がっている。
ここに採り上げて、ご披露する次第である。

藤原さん、「失神」の原因が何なのか私には判りませんが、ご体調には、くれぐれも、ご留意ください。
「遺影」のことですが、私は妻が亡くなったときに、大きな妻の遺影を作ったときに、私の大きな「遺影用の写真」を作ってあります。
子供たちにも、その旨、言いおいてあります。手持ちの写真を使って引き伸ばしましたが、もう数年経っていますので、今よりは多少は若く写っているでしょう。


もう行かない海外旅行のパンフレットがしつこく届く悪意のように・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
芸術と自由

──藤原光顕の歌──(3)

   もう行かない海外旅行のパンフレットが
                しつこく届く悪意のように・・・・・・・・・・・・・藤原光顕


この歌は最近届いたばかりの梓志乃さん発行の『芸術と自由』誌N0278号2011/09に載るものである。
その一連10首を引いておく。

       軽いなァ・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕

 いっときに咲いたサボテン幾鉢を玄関に移し 今日も何とかなりそう

 塀の上にミニ薔薇の鉢並べこの家のおじさんも見てほしいんや やっぱ
 
 筋書きのように続くちぐはぐあんまりでどうにでもなること忘れてしまう

 乗換の弧線橋から見下ろすレールの反射 あの一言うまく捨てられそう

 もう行かない海外旅行のパンフレットがしつこく届く悪意のように

 アマルフィとかあこがれるだけで疲れて たぶん二日で飽きると思う

 あの夏の噴水の影揺れていた あなたは何を覚えているか

 ふところの狭い文字と思い始める頃葉書いちまいやっと埋まる

 眩しくて 賑やかで 地下街に必ず出口があるということ

 天王山の向こうは大阪で淀川の空を<飛行絵本>は飛び続ける 今も

藤原光顕さんは私よりも年下だが、もと神戸在住の人で季刊誌「たかまる通信」の発行人である。
彼の自由律の歌は何度か、ここでも採り上げたことがある。
今はご子息がもう十年も前に京都市郊外に家を建てられたのを機会に、「天王山」近くの新興住宅地に住んでおられる。
この一連の表題の「軽いなァ」は、採り上げる主題が、重いものではなく、軽いということだろうが、人生には重い軽いものが交互に生起するものだ。
冒頭に採り上げた歌も、嫌なら配送停止の手続きをとればいいことで、それを軽妙なアレゴリーとしていて秀逸である。
そう言えば、梓志乃さんにも長らく逢っていないなぁ。
藤原さん。 どうぞ、お元気で。


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