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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤原光顕の歌「なにやってんの」15首・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(40)

      藤原光顕の歌「なにやってんの」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・「芸術と自由」No.315/2019掲載・・・・・・・・・・

       なにやってんの     藤原光顕 

   暗算の間違い一つ指摘される 認知症という単語もまじえ (リハビリ三首) 
            
   おひなさん うまく塗れたネ ありがとう持って帰って貼ッとくネ

   誰も見ない連絡ノート持たされてデイケアのバスでおうちへ帰る

   脳も大丈夫みたいですネ 眼科で保証されても ウレシイ

   一部屋に5つの時計が置いてあり私のほかはみんな合ってる

   いつから? と拾ってどこにしまったか今朝のベッドの下の百円

   米とキムチがあれば最終なんとかなるつきつめてみてそれだけのこと

   零時には眠くなくても眠らせる そんな薬をまたもらってくる

   ぐいっといけばまだ飲み込める 食いものだろうが言葉だろうが

   わからなくなる始まりで 蒟蒻はいつまで噛んでいればいいのか

   ホーキングあっさり逝ってしまいあほらしい宇宙の味噌汁がうまい

   墓石はそれでいいと言った 黒い丸い石 まだ見つからぬ

   心底感謝しておりますが 病院から月一〇〇万の明細が来る

   薮を抜けて安い焼酎提げて帰るこわれた足がよく我慢する

   干上がった神社の裏の古池のなんてことない底を見ている

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藤原さんの「芸術と自由」誌に発表された歌が届いた。
先日「たかまる」誌に載った歌よりも、私は、こちらの方の作品が好きである。
「デイサービス」とか「リハビリ室」の勉強とかテストとかは、健常者にはバカみたいなものが多い。
それを「バカみたい」と感じる間は、まだまだ大丈夫ということである。
光顕さん、頑張ってください。 では、また。



 

藤原光顕の歌「ごちゃまぜ」20首・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(39)

     藤原光顕の歌「ごちゃまぜ」20首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・「たかまる」No.113/2019.4掲載・・・・・・・・

           ごちゃまぜ       藤原光顕

   あの人はもういないときめるそんな別れがまたふえて 春
   とりあえず安泰と受けとっておく「春になるまでじっとしています」
   それだけのことで人生を終わらせた少女の顔をテレビは映す
   「これええわ」一目で決めた枯野の絵 たしかソウルの土産物屋で
   つらい日ばかりじゃなかったわよ 宥めるような写真出てくる
   動き出す前の呼吸を調える背へくる間合い「どうしましたか?」
   その方が気が楽だろうさりげなくちょっとだけ不利な立ち位置にいる
   あれからもう三年というせつなさでよみがえる 雨のJR京都駅
   わが庭の老木の幹撫でながら柿は若葉が好きというひと
   四光年のかなたあの人はとんでいる あの日の私ととんでいるはず
   整形の予約を覚えていたから〇 兜太がすぐに出てこない朝
   コントのような一冊だけで筆を断った東福さんも逝ってしまった
   淀川県知事なんておかしな人にも会った そんな詩人もいたんだホント
   鯛遊子も死んで八年 缶ビール一本足して 暮れるにまかす
   誕生日の花9月2日はミョウガとある花言葉は忍耐 ふかく諾う
   去年今年採ってやらねば雑草に譲ったらしい蕗の領域
   洗濯機に三日溜まっていた嵩が今日はストーブの前に積まれて
   白菜にツナ缶、ウインナ、味噌、出汁の素、卵でとじて一丁あがり
   説明を読んでまた見て15分 ふわ玉きのこ炒めらしきものできる
   なんにも言わず見ていてくれるだけでいいひとりの酒は不味いさびしい
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届くのが遅れていたので、どうされたのかと思っていた「たかまる」誌が届いた。
相変わらずの光顕ぶしである。
一先ず、安心である。
この一連を見ていると、僅かだが、光顕さんの日常のヒトコマを見るようである。
無理せずに事故からの復帰に努めていただきたい。

この本に載る「阪神心景」という本で「伊丹三樹彦」が書いていて、うかつにも、もう死んだと思い込んでいたマチガイに気づいた。
彼は白寿、つまり99歳で生きていることを知る。
十年ほど前に脳出血で倒れたが生きているのである。 失礼いたしました。
このブログでも何度か「伊丹三樹彦」を採り上げたことがある。
そんな「旧人」たちの消息を知るのも、この「たかまる」誌ならでは、である。
この号には、岡山の「小見山輝」の遺作集の紹介や「福田廣宣」の本のことなども書いてある。

私にも関わりのある「故人」たちの消息である。それらの人たちの冥福を祈りたい。
ご恵贈有難うございました。


          

「たかまる」掲載・藤原光顕の歌「春から夏の歌」20首・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(38)

     藤原光顕の歌「春から夏の歌」20首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・「たかまる」No.111/2018.7所載・・・・・・

       春から夏の歌        藤原光顕

   春がくるたびに思う 鯛遊子が戦後を与太っていたという神戸駅界隈

   口角泡を飛ばした日よ ガリ版みたいな句稿713枚預かったまま

   飲み屋の姐ちゃんばっかりだったアパートが六十年のスタートだった

   新築の三畳一間がうれしくて自転車2回ですんだ引っ越し

   あの躑躅が今年も咲いて 納めない妻の骨箱 三年をいる
      *妻が舞子の散歩道で抜いてきて神戸で育て京都へ移植したつつじ

   今年も咲いたつつじ遺影に見せてやる三年前とおなじ笑顔に

   三十余年管理費払うだけの墓地あるにはあって 故郷の外れ

   あれもあれもみんな私が悪かった また声に出て しんじつ思う

   ポンと跳び上がればそのまま浮いていた空飛ぶ夢を近頃見ない

   うさんくさいじいさんが四人待っているうさんくさいをも一人ふやす

   たよりない歩幅どのように視えているのかしばらく犬が従いてくる

   もうええわ 声にするたび慣れてゆくようでどこかがほどけるようで

   「宇宙解明に神は不要」と言いきったホーキング博士 消えてしまった

   百三十七億年と言い四十五億年と言う八十余年の一日をもてあます

   わからなくなって出てきたが自転車は勝手にイズミヤの方へ走る

   夕闇にどくだみの白漂えば 死ぬまで言わない秘密まだある

   棕櫚の葉だけに六月の風ふいに来て そこまで思い出していたのに・・・

   書くことなどなんにもなくて充ちていた そんな森での時代があった

   山ん中の子供時代か いや今か ごちゃ混ぜにしてひとり飲んでる

   ひと抓みの砂糖 井戸水が旨かった あの夏ニッポンは戦争に負けた
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「たかまる」誌が来ないので、気をもんでいた。
白内障の手術をされたそうだ。 「編集後記」に書いてある。
その間、北大阪直下型地震や集中豪雨などがあった。
地震は震源地に近いので心配していたところである。
なんとか、ご無事なようで、ホッとしている。
どうぞ、お元気で。




   
「たかまる」掲載・藤原光顕の歌「なんやかや」15首・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(37)

     「たかまる」掲載・藤原光顕の歌「なんやかや」15首・・・・・・・・・・・・木村草弥 
                    ・・・・・「たかまる」No.110/2018.4所載・・・・・・

        なんやかや      藤原光顕

  冬田の果ての枯れ木と夕日 初めから形見のような小さな額縁
  
  一杯飲めばたいてい消える不調あれこれ 一杯でいまは消える不調

  老眼鏡・でっかいルーペ 見えてもわからぬパソコン雑誌8頁まで読む

  「らしくないややこしい処に置いときなさい」時に忘れるハンコの置き場

  なんやかやの用事をもって人は来る とうぜんのような顔して来る

  読まないとわかって借りた一冊も忘れず明日は返しに行こう

     何十年も前の目覚まし時計をまだ使っている
  セロテープで毎晩時刻を固定するセーラームーンは少女のままで

  そう言えば久しくチーズを食べない 買い物メモの一品きまる

  大根がほどよく煮えてそのほかはええことにしておでん仕上がる

  旭が丘2丁目の動画のような家いまも残るか木枠の窓の

  森ひとつ消えて更地になってからもう何年か 二月の一画

  あの時分から迷ったままでベレー帽被ったりした時代があった

  若い日にきめた最後晩餐のチャーシュー麺は今も変わらぬ

  屈むだけで視界が変わる使い慣れた鍋を探してしばらく迷う

  あの辻の地蔵はいまもまだあるか 脈絡もなくふるさとは来る
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「たかまる」最新号が到着した。
今号は、今までのとは趣が違う。亡くなった夫人にまつわる思いだけではなくなった。
藤原さんはお酒がお好きらしい。
<一杯飲めばたいてい消える不調> とある。
私も多少は晩酌はするが、酔うというところまでは呑まない。日本酒なら五勺ほどである。
また、<8頁まで>で齢がわかるというものである。
また、<ベレー帽>というのも、むかし、一頃はやったものである。
藤原さんと私は、ほぼ同時代の齢なので、よくわかる部分がある。
どうぞ、お元気でお過ごしください。 ご恵贈有難うございました。



藤原光顕の歌「秋晴れ」13首・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(36)

     藤原光顕の歌「秋晴れ」13首・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・「たかまる」2018/01所載・・・・・・・

             秋晴れ        藤原光顕

   秋晴れ 軽い靴音はあのおばさんだがんばれがんばれのテンポで過ぎる

   秋晴れ 助けてといったん言えば助けの要る人になりそうで

   がけうえのさらちに子どもが立っているふたりで夕日をみているみたい

   ぐいっといけばまだ飲み込める 食いものだろうが言葉だろうが

   珍しい雲見てくれと言ってくる 200km離れた画面の町から

   夕刊の認知症の記事読みながらまたはなくそをほじくってしまう

   老眼鏡を拭いなおして読み返す村上春樹「女のいない男たち」

   ながら見のドラマを消してなんとなく耳に残った「時は過ぎたよ」

   「もう帰るは」たしかに聞こえた 眠れない一夜をそこにいてくれたのか

   混むレジでとつぜん喚きそうになる なんてことない 大丈夫まだ

   なんとかなった証しのようにスーパーのレシート溜まるバッグの底に

   こころざし果たさなければ帰れない「ふるさと」唄い楽しい時間

   ベランダの蜘蛛の巣で枯葉がヒラヒラするたぶんそのままで冬を越す
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お馴染みの光顕ぶしである。

<がけうえのさらちに子どもが立っているふたりで夕日をみているみたい>

この歌は谷内六郎の絵をみているような趣のメルヘンチックな作品である。
「自由律」とは言っても、多くの作品は57577の定型のリズムになっている。
こういうところに、日本伝統の音数律が生きている、と言えるのではないか。伝統は無視できない。

今号は2018年一月号なのだが、今日、到着したし、また新年には、ぜひ載せたい企画があるので、敢えて2017年内に載せた。
ご了承をお許しいただきたい。 有難うございました。 ご無事で、ご越年を。


藤原光顕の歌「まだ終わらない」10首・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(35)

       藤原光顕の歌「まだ終わらない」10首・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・「たかまる」No.108/2017.10所載・・・・・・・・

           まだ終わらない        藤原光顕

   焼酎と方代歌集と雑炊と ひとりの夕餉まだ終わらない

   笑っている顔が前にあるそれだけでひとりの酒が旨かったなァ

   嫌いではないんですけど蒟蒻はいつまで噛んでいればいいのか

   洗っているのは皿かこころかていねいに洗って拭いてていねいに積む

   あの日から崩れはじめた崖と思うひとりで歩くばかりの径の

   玄関横の壁にくっつく三匹半の蝉の抜け殻 置いといてやる

   日に五度の目薬をまた忘れるそんなバランスでまだ視えている

   閑という理由があってとりあえずきょうは歯の定期健診に往く

   電話切ったあの人はきっと見ている まもなく降りだすはずの街並み

   眠くても眠くなくても目を瞑る 朝には覚める堅さにつむる
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おなじみの光顕ぷし、である。
今号から冊子の題名を「たかまる」に変更された。 「高まる」→「高める」 進化だと仰言る。
八月末から孫たちと合流しての沖縄旅行に行って来られた、という。
いい気分転換になったのだろう。 そんな旅行記など、お待ちしています。
では、また。


藤原光顕の歌「なんとなく」15首・・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(34)

     藤原光顕の歌「なんとなく」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・「芸術と自由」No.309/2019/09所載・・・・・・

         なんとなく        藤原光顕

  まちがいを笑ってくれる人がいない梅田地下街 ひとりで迷う
 
  黒服の人らあふれる手前で曲がりなんにもなかった町から帰る

  気紛れに曲がれば何かありそうな横丁ばかりだった 昔は

  不調箇所はその日その日の気紛れで エンジンと思うブレーキと思う

  たいへんですねと遠い目をするこの人はたぶん自分に引き付けている

  考えて棚へ戻す 冷蔵庫にはたぶん期限切れの何かがあるはず

  三十個入りが割安だったので毎晩ひとつぶつぶれ梅食う

  鍋一つ焦がしただけの夕飯終わる 焼酎一杯でこと足りるほどの

  なんとなく食べております いざという時のカップ麺いつまでもある

  宙吊りの思い日増しに強くなる まだ晩酌が飲める宙吊り

  ビニールの袋や輪ゴム ビニール袋に入れてゴミの日に出す

  押し殺した科白が続く暗い画面 リモコン持ったままで観ている

  公園の坂で自転車止めて休む ペタンクはみんなうまく外れる

  花水木 なんとか無事にいるうちに葉水木になり雨後の陽に耀る

  なんとなくどこかに何かがあるような風がまだ吹く 八十二歳
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いつもながらの光顕ぶし、である。
独り暮らしの老いの哀歓が濃く出ている。
「なんとなく」という題名が秀逸である。
偉そうなことを言っても、われわれのやっている「日常」などというものは、「なんとなく」過ぎゆくものなのである。
終連の末尾の言葉「八十二歳」に哀愁が漂う。
有難うございました。



 
藤原光顕の歌「巫山戯てる場合やないで」10首・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(33)

     藤原光顕の歌「巫山戯てる場合やないで」10首・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・・「たかまる通信」No.107 2017/07/01所載・・・・・・・

       巫山戯てる場合やないで      藤原光顕

  通訳不能の「忖度」 語彙豊かな日本のパソコンは一発で出る

  「忖度」の活字もめっきり見なくなってやっぱり萎縮するか新聞も

  これからはオレファーストでいけばいい どこもかしこもファースト流行り

  「おまえ何をぬかしとんねん!」うすら笑いの面へいっぺん言うてみたいな

  トランプとジョンウン、アベの三人が団結すれば・・・夢でよかった

  読まないでスルーする見出し そこから怖い時代が始まる

  雷の夜をエレベーターが上がったという句で逮捕された。 ホントの話だ

  反戦歌誌発送係Mさんを案じながら読む「共謀法」案

  歌人とか俳人は厳重注意せよ どうでもこじつけられる「結社」は

  株価動向に一喜一憂するのか地球滅亡の危機という日も 人間は
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お馴染みの光顕ぶし、であるが、最近の亡妻を詠んだ歌ではなく、痛烈な時局風刺である。 痛快である。
はじめに、見出しの題名の「巫山戯てる場合やないで」の「巫山戯てる」の部分は「ふざけてる」と訓(よ)む。
今どきの人では、これは読めないかと思うが、国語辞典にも載るレッキとした日本語である。
こういうところに藤原さんの教養がキラリと光っている。
この一連は太平洋戦争の頃に歌人や俳人たちが「治安維持法」で逮捕された歴史的事実を取り上げている。 不当逮捕や拷問などが横行して、善意の人たちが、ひどい仕打ちに遭った。
今の「共謀罪」が拡大適用されて、そんな被害に遭う危険性がある、ということである。
この一連は、「時宜を得た」作品であると申し上げておく。藤原さんの「気力」が戻ってきた、と言えるだろう。
藤原さん、有難うございました。 


藤原光顕の歌「あんまりな日々(3)」15首・・・・木村草弥
芸自_NEW

─藤原光顕の歌──(32)

     藤原光顕の歌「あんまりな日々(3)」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・「芸術と自由」No,308/2017.5.1所載・・・・・・・・

         あんまりな日々(3)        藤原光顕

  また覚めてしまったみたいな朝のため買い置きしてあるちょっと雑炊

  説明を読んでまた見て15分後ふわ玉きのこ炒めらしきものができる

  なんとなく味噌の具合もわかってきて白菜スープ朝晩に飲む

  自炊も一年半かと食後のウーロン茶飲む 日に三度何かを食べる

  蕗の薹6つ庭で見つけたこと 食べ頃まで覚えているだろうか

  逝って早や二年になるか 林檎の皮ひとつながりに剥き終わる

  私が死ぬまで見ていてくれる笑顔 もうどこにも行かない遺影

  なんにも言わず見ていたくれるだけでいいひとりの酒は不味い淋しい

  なんにも言わず笑っているがほんとうにあんな一生でよかったのか

  進行を止めるだけです治りませんそんな薬を日に三度飲む

  洗濯籠に三日溜まっていた山が今日はストーブの前に積まれて

  眠るために眠剤を飲む死ぬために毒薬を飲むドラマ終わって

  何に怯えていた一日かとりあえず冷える足から眠らせてゆく

  とりあえず安泰と受けとっておく「春になるまでじっとしてます」

  何があるというでもないがとりあえずひたすら春を待っております
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いつもながらの藤原節である。
この頃の藤原さんの詠いぶりは哀しい。
奥さんへの追慕が痛々しい。
藤原さんの食事は、同じく独り暮らしの私のものよりもバラエティがあるようだ。
今年の冬は寒かったので、終連の「ひたすら春を待っております」が的確であり、かつ痛切である。
ご恵贈ありがとうございました。



藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(31)

      藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・「たかまる通信」No.105/2017.01.01所載・・・・・・・

         これだけの       藤原光顕

  咲き残るランタナの花を陽が移る 小春日の庭にあの人がいない

  ふるさとの愛染川は谷間の細さ 八歩で渡れる橋があった

  検索をかけてもなにも出てこない「赤レンガの家」とあるだけのメモ

  秋が来て古い少年倶楽部を開く 軍国少年は明るく凛々しい

  アマルフィのあの窓の人は何をしているのかそんな画面を見ている

  画面のユングフラウが陰るあの人がもう一度行きたかったあの山

  なんとなく心躍らせて記憶にあるバシー海峡こんなところにあった

  たぶん何かがあって時々思い出すバンコクのゆるい坂下のレストラン

  どの窓も眩しく秋の陽を反す たぶんあの病院で死ぬことになる

  似ていると言えば怒るあの女(ひと)は じゃりん子チエを私は好きだ

  有り合わせ足して5品のひとりおでん5分温めてひとりで食う

  食うなと医師が言う 食いたいと体が言う 八十一歳は体に従う

  いつ何がどうなってこんな秋にいるのか 八十余年が茫々遠い

  これだけのものだったのか八十年が見渡せる丘に紫煙が消える
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いつもながらの光顕ぶし である。 老いの哀歓の影が深い。そして亡くなった夫人への愛が見てとれる。
この冊子の24ページの「詩語録」という余白を埋めるところに私のブログの旧記事の文章を載せていただいた。
これは岡山の詩人の秋山基夫の詩集『薔薇』を鑑賞したものだが2012/04/13の記事である。
これを見ると、藤原さんが私のブログを、よく読んでくださっていることが判る。有難いことである。
こういうことがあるから、ブログに毎日書くことがやめられないのである。執筆者冥利に尽きるというものである。
藤原さんの六番目の歌の「バシー海峡」に関していうと、私の第一歌集『茶の四季』に、こんな歌がある。

   <この海はバシー海峡かの先はフィリピンよと君は言ふなり>

この歌は台湾最南端のガランピ岬で作ったものであるが、藤原さんの歌からの連想である。閑話休題。

藤原さん、有難うございました。 大晦日に冊子は到着したのだが、新年の初仕事としてアップした次第。



藤原光顕の歌「あんまりな日々(1)」16首・・・・・・・・・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(30)

     藤原光顕の歌「あんまりな日々(1)」16首・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・「芸術と自由」No.306/2016.11.01所載・・・・・・・・

      あんまりな日々(1)        藤原光顕

 汗拭いパソコンに対う あのひとのいないこの世で何しているのか

 「ポジティブ」が今日は出てこない「ネガティブ」が出てこない日もある

 ミックスサラダとあれば刻んだキャベツを買うひとりで食えばまさしく餌だ

 「一・五分でちょうどよかった」写真に言う そうめんの茹で加減のはなし

 押入の奥から谷内六郎が出てきて 空飛ぶ夢はまだ見るかいと聞く

 夢に出たてきたあのひとは なんにも言わず 迷う私に従いてくる

 それがとっておきの芸らしく繰り返し叫ぶ「こわい こわい こわい」
  
 遠く来てたったこれだけのものだったのか思い果たした虚しさにいる

 けっこう探したんだ 横から見たらこれは杓文字のかたちではない

 ほとんどはなくても生きていけるもの除けては戻し今日も探す

 ああこんなところにあったと拾い上げて あれはどこに置いたのだろう

 35℃の午後が3時になる異化とか回収とかベクトルとか そんな文脈で

 どうでもええ明日の予定二つメモして とりあえず就眠儀式終わる 

 何かがありそうだった遠い夏 眩しい速さで新幹線は消える

 ひたすら喘ぐだけだった夏「のちの日々」というフレーズのこる

 「歌書いてなければパパはダメになるかも」今頃になって人づてに聞く
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いつもながらの光顕節だが、老いの哀歓が偲ばれて、わが身につまされる。
最後の歌の<「歌書いてなければパパはダメになるかも」>のところは、私のことを言われたのかと、思わずドキリとした。
藤原さん。夏には適当にクーラーを使ってください。私も日中はなるだけクーラーを使わないようにしていましたが、老人には毒らしいですよ。
この号の「あとがき」で編集者の梓志乃が書いているが

<藤本さん、星野さんと主要同人を亡くして淋しい限りである。
 言葉にこだわった藤本さんや社会に厨の窓から対峙した星野さんを考えるとき、
 口語で歌を作ればそれでいいといった安住に居座りたくはないという思いは強い。>

という発言は貴重である。口語短歌を詠んでいる者への警鐘として受け取りたい。



 

 
藤原光顕の歌「それはないやろ」18首・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(29)

     藤原光顕の歌「それはないやろ」18首・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・「たかまる通信」No.104/2016.10.1所載・・・・・・・

 色即是空空即是色 瞬間的にわかった気がする時がある 怖!
 どうしても生まれかわれと言うのなら神とかがいなくなってからがいい
 「自己評価低く生きてれば楽ですよ」もう下げようがないんです わたし
 手に負えなくなった庭の雑草見境なく刈ってゆく それぞれの花
 「わたし」になったのはいつからだったか 「ぼく」はいつきえたか
 「わかりました」は「わ」「了解」は「り」一字で出る 押してしまう
 「骨になったら似たようなもんだ」八十一年生きて心に残るひとこと
 ピチッ ペキ コン 木の家が何か話しかける息をひそめるような昼・夜
 上からも下からも手が届かない背中が痒い ひとりの夜は
 二人の灯り三人の灯り二人の灯り一人の家でひとり飯食う
 赤信号を横目にぼそっと言う「あんなことぐらい」 それはないやろ
                  〇
 黙祷されたぐらいで魂は鎮まるのか しれっとした顔が喋りだす
 選挙への影響なんて 心配するな 半年あればたぶん忘れる
 核のボタンやさしく押せそうな あの眼は右しか見てないだろう
 取り戻すニッポンってどんな国? 八十一歳の知ってる日本だったら嫌だ
 戦死してもリセットすれば生き返る? その辺もきっと読まれているよ 
 ひたすら改憲に走る人は テロもチャンスと思っている たぶん
 ファシズムの影濃い母国に帰らぬと詠う母国の短詩形で (渡辺幸一氏)
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藤原さんの歌は、味わうほどに奥が深い。
逆説的な表現になっているので、素通りしてもらっては、困る。
今しもニッポンでも、東京都でも問題山積である。 どう解決するのか、見守りたい。
ご恵贈ありがとうございました。





藤原光顕の歌「いつからだろう」・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原_NEW

──藤原光顕の歌──(28)

     藤原光顕の歌「いつからだろう」・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・「芸術と自由」誌NO.305/2016/07/01掲載・・・・・・・・・

   柿若葉の陽が眩しい また出会えたというそんな眩しさ

   ベランダの視野のかなたは久御山町か 知らない町はいつも晴れている

   光や風が五月になった あんたはもっといいところにいるのだろうか

   生きてみたいと思う日もある (AIが神の不在を証明するかも)

   西日の交差点渡って 仕遂げれば死んでもいいというものがない

   明日のことはわからないがポケットを探るポケットにはタバコがある

   昨夜残しておいたトンカツ三切れのせちょっと丼は便利だ ホント

   いつからだろう 気がつけばしっかりと手摺り握って踏み出す階段

   これとこれはクリーニングに出して─選ぶ冬物 来年も着るつもり

   傘寿ですか傘なんですか雨ですか 八十ももう一年過ぎて
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おなじみの藤原節だが、一番後の歌

<傘寿ですか傘なんですか雨ですか 八十ももう一年過ぎて>

この歌の上句が面白い。極めて「詩的」である。 「傘」という字を分解して遊んでいる。
こういう知的遊びが私は好きである。
そして

<生きてみたいと思う日もある (AIが神の不在を証明するかも)>

という歌など哲学的である。
これからも藤原さん、文芸の世界で「遊んで」ください。 酷暑の折から御身ご自愛を。








あれから1年・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(27)

       あれから1年・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
                ・・・・・・たかまる通信No.103/2016.7.1所載・・・・・・・・

 あの時のあの顔であのひとは笑っている生き残ってその顔を見ている

 あれから一年 生き残ったこころは庭の草の草毟りに集中する

 「終の住処」三つまで絞りこんで たぶんこの家のこの部屋で死ぬ

 ひとりではさまにならない スーパーの帰りにいつも休んだベンチ

 阪急電車が淀川にかかる 夕日に映えて『飛行絵本』は飛び続ける

 故里の谷の時間たどったりして五月 シンク磨いて昼になる

 こどもの日とてこんなに晴れて 声がなければさびしい塀の並び

 橋の畔の美容院まだあるみたい 三十年ぶりグーグルで見る津山の町

 ただの雑草園でええやないか庭隅から四十何種類数えてやめる

 給油と思ったり輸血であったり 毎日朝昼晩きっちり食べる

 くわえてきた金柑を屋根に転がして見ている鳩を窓から見ている

 小さい祭壇ちいさいテーブル 日によって方位の変わる磁石を置いて

 手を合わせありがとうと言うごめんなと言う お経はまだ唱えない
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おなじみの藤原節である。
今号も亡くなった奥様のことが詠んである。
奥様が亡くなって、もう一年になるのかと思う。 光顕さんの寂しさも一層つのる頃である。 ご冥福を祈る。





藤原光顕の歌「あとさきもなく⑤」・・・・・・・・・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(26)

      藤原光顕の歌「あとさきもなく⑤」・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・「芸術と自由」誌No.304/2016/04/01掲載・・・・・・・・

         あとさきもなく 5

  玄関を開ければ笑って出てきそうでペダルを漕ぐ 坂上がりきるまで

  迷ってまた玄関に置く 少し汚れた妻のウオーキングシューズ

  まだ出てくるアルバム何冊寒い午後をまたさかのぼる三十何年

  かあちゃんはたぶん知っていた水仙は庭の見えない隅から咲くと

  オモチャみたいな炊飯器で毎日一合炊く毎日一口ずつ余る

  鍋を手にぼんやりいる何秒かみそ汁の具が豆腐になるまで

  炊飯器の左側に置く あの人が決めた定位置へポットを置く

  声に出そうになってのみこむ ひとり用なんとか鍋の白菜が甘い

  転がしたままの蕗の薹三つ とりあえず今夜はカレーを温めよう

  乏しくなった札を数えた昨日のこと視ていた眼鏡が今日は壊れる
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藤原さんの作品である。
先に⑥を載せたが、本日到着したのは先に発表された⑤である。
発表誌の発売の前後による食い違いであるから、ご了承願いたい。
相変わらず、奥さんを亡くされた哀愁に満ちた一連である。
藤原さん、ご自愛ください。



藤原光顕の歌「あとさきもなく⑥」・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(25)

      藤原光顕の歌「あとさきもなく⑥」・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・「たかまる通信」No.102/2016/04/01所載・・・・・・・・

      あとさきもなく ⑥         藤原光顕

  生きておれば視える何かがあるような陽射しになって三月が来る

  長けた蕗の薹・芽吹くチュ—リップ 見ぬ間の庭に春が来ている

  連れていってやればよかったマルタにも もっと遠くへ逝ってしまった

  うさぎの好きなひとだったうさぎを提げたそのガラケ—をそのまま使う

  「ひとり言ふえたな」と声に出して言う「わかっているよ」声にせず言う

  そういえば口癖だった「淡々と…」遣影はいつも笑っている

  鴨居に掛けた妻の写真が見ている庭いま小人さんに陽が射している

  低い雲映す池水を風が過ぎるいつまで生きているのか ひとり

  老い独り住むには多すぎる部屋 そんな家の壁際に寝る

  何をした一日というでもなくべッドにいる殺人犯は捕まったらしい

  明日の朝も目覚めるか セ—ラーム—ンの目覚ましがついに壊れた

  ふいに出合う川べりが春 聞こえたような「菜の花がもう咲いているよ」
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いつもながらの藤原ぶしである。
奥さんが亡くなって、寂しさが募るようである。
この作品とは別に、本誌の「太鼓山日記」というところに、ご自身の前立腺癌のついての記載がある。
私も、この病気を患ったが放射線で治療して十年経って、昨年「治癒」の宣告があった。
藤原さんの理解が、どうも私には判らない。この件については、ここに書くべきことではないので私信で言うことにする。
有難うございました。




藤原光顕の歌「あとさきもなく③」・・・・・・・・・・・木村草弥
芸自_NEW

──藤原光顕の歌──(24)

       藤原光顕の歌「あとさきもなく③」・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・・「芸術と自由」誌2016/No.303所載・・・・・・・・

      あとさきもなく ③      藤原光顕

 兎の形から石ころでええに替わる墓などどうでもいいほどに苦しいのか

 点滴は鎮痛剤と鎮静剤 見守るしかない時間 ドラマではない

 冷えてゆく頬を撫でる 包み込む 撫でる どこへ行くんや

 するすると吸い込まれる棺 どんづまり これが最後だ

 切羽詰まった訴えが誰にも聞きとれないまま黙ってしまったあの時

 遅かった庭のランタナ待ちわびて見ぬまま妻は逝ってしまった

 咲き盛るランタナの横へ立たせてみる あの笑顔で佇たせてみる

 卵焼きの色は淋しい 少しずつひとり暮らしに慣れていくのか

 今にして難病の保険のつもりだったと知る若いのに買い急いだ墓のこと

 陽ざし白い京の街 風がぬけるとなにもかもこんなに遠い
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妻を亡くした藤原さんの「嘆き」の一連である。
終りから三行目の歌の「少しずつひとり暮らしに慣れていくのか」の詩句が哀切である。
私事だが、この四月が来ると私の妻が亡くなってから丸十年になる。
ようやく私も「一人暮らし」が身につくようになった昨今である。
藤原さん、どうぞ、奥さんとの追憶に浸ってください。


藤原光顕の歌「あとさきもなく②」・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(23)

     藤原光顕の歌「あとさきもなく②」・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・「たかまる通信」No.101/2016.1.1所載・・・・・・・

        あとさきもなく②   藤原光顕

   骨箱の軽さありありと覚えている手 生きておれば歯を磨く

   もう痛みに呻くこともあるまい 燃え尽きる際の蠟燭の揺らぎ

   はにかんだ遗影の口許「だってー」が口癖だったと聞かされている

   ぼつんと言った須磨のこと六甲山のこと 亡くなる前のいつだったか

   灯の下の独りの食卓 待機時間のような一日もおおかた過ぎて

   もぐもぐかいやもさもさか思う間に独りの夕餉たちまち終わる 
  
   五か月経って夢に出てくる いつものように「まだァ」と言う

   冬物を探すクロ—ゼット もういないひとのスカート奥へ移して

   とりあえず三周忌までは迷うつもり 言いのこした石ころの墓は

   喪中葉書ポストに落ちた音たしかめて 半年が過ぎた径を戻る
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藤原さんの奥様が亡くなられて数か月が過ぎた。
この作品は前作と同じ表題になっているので、私の独断で「②」を付け加えたので、ご了承いただきたい。
夫人を亡くされた哀しみに満ちた一連である。
奥様も、かつて住まいされた神戸の地のことを懐かしく思っておられたようで心に沁みる。
終りから二首目の歌に「三周忌」とあるが、正しくは「三回忌」である。お節介ながら申し上げておく。
私も粛然とした気分で読ませていただいた。 合掌。




藤原光顕の歌「あとさきもなく」・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原_NEW

──藤原光顕の歌──(22)

      あとさきもなく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
           ・・・・・・・「たかまる通信」No.100─2015/10/01掲載・・・・・・・・

   全力は尽くしますが… まず言い訳からはじまる入院初日

   雨に散り敷く病庭の桜 とりあえず病室を出てくるしかない

   病院通いも二週間になった車窓気づけば花水木散りかけている

   花水木が咲いて散って躑躅が咲いて散って病院の庭もう見飽きた

   移植途中の庭の花を言う ちゃんとしとくと言えばかすかに笑う

   終バスだから帰れと急かすひとりの夜の痛みひとしきり言ったあとで

   タオル下着その他諸々持ち帰っては洗ってくるそれだけの不甲斐なさ

   「治療は最善を尽くしましたがみんな裏目に出ました」肯くしかないのか

   どうしても家に帰りたいと言う 思いきめた一途さに退院をせがむ

   「一年と言われて三年生きたから」お願いだからさらっと言うな

   この薬のまねば死ぬと言われても拒む 遠い目に何を見ているのか

   戒名はいらないと言う 骨は邪魔だから捨ててしまえと言う

   遺影は若いのがいいと言う かわいく見えるのがいいと言う

   墓は丸い石を置いとけばいいと言う お参りはしなくていいと言う

   喪服はタンスの右端上等の数珠は二階のテレビ台の左の抽斗

   折々のそのつどの声「もうええ」が「死なせてくれ」とわかってからの

   「もうええわ」死にたいのこととも知らず さする手を止めたりした

   庭の見えるベッドで痛みの合間 花の虫を捕れと首う水を撒けと言う

   膠原病の妻看とりつつ読む 膠原病「混合性結合組織病」の未闘病記・笙野頼子
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読んでもらえば判るように、藤原さんの奥さんが五月二十四日に亡くなられた。
この雑誌の巻頭に「太鼓山日記」という欄があるが、その1ページは、十余年前の発病から死に至る「いきさつ」が縷々詳しく書かれている。
ご冥福をお祈りするばかりである。
先日、歌集『椅子の時間』を出されたときに、このブログ でも紹介したが、私はご本人から洩らされていたので、死の事実だけを書いておいた。
私も妻を亡くし、数年間、闘病に付き合ったので、藤原さんの「喪失感」は理解できるつもりである。
奥さんの思い出を大切にして、歌に「作品化」されるよう願うばかりである。 合掌。

追記 ・引用した最後の歌にある「膠原病「混合性結合組織病」の未闘病記・笙野頼子」のことだが、この人の場合は軽症らしい。
いま笙野頼子の本の紹介を参照してみたのだが、私の知人にも「膠原病」と診断された人で、治療しながら十数年とか二十年も生きている人が、二人も居る。
日常生活も外目には支障がないように見える。
膠原病にも、いくつかの病態があるらしく、藤原夫人の場合は重症のようである。 余計なことを書いた。 お許しいただきたい。




藤原光顕歌集『椅子の時間』・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原_NEW

──藤原光顕の歌──(21)

     藤原光顕歌集『椅子の時間』・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・・・芸術と自由社2015/07/29刊・・・・・・・・・・・

この歌集は藤原さんの第六歌集になる。 因みに「自由律短歌」である。
前歌集『時間以後』の後の536篇の作品が収録されている。
「目次」を見ると、
「垂水区上高丸」 「Sentimental Journey」 「やさしい未来」 「奥海印寺太鼓山」   となっている。
「垂水区上高丸」とは元の神戸のお住まいの住所であり、 「奥海印寺太鼓山」とは現在のお住まいの地番である。
収録された歌は、それぞれの土地で詠まれた、ということであろう。 或いは、その土地に因む歌ということもあろう。
「Sentimental Journey」とは旅行詠であるようだ。

以下、数が多いので私の好きな歌を引いてみよう。

「垂水区上高丸」から

*あと数時間で切り替わる人生と思いながらしつこい苦情に頭を下げている
*残っていたのど飴・楊枝・眼鏡拭きなどを捨てて無臭の抽斗にする
*からっぽの抽斗をたしかめ最後に検印を捨てるこれでおしまい
*ご苦労さまでしたと妻が頭を下げる給料日とは少し違う感じでいう

「定年前後」という項目のはじめである。
後に「かづら橋」「家郷いちにち」という項目が見られる。歌を引くことはしないが、これは藤原さんの「故郷」「田舎」を詠ったものであろうか。

*死に場所ときめていた畳一枚 引っ越しと決まった日からそつ気なくなる
*見慣れた窓に三十年の空が広がる おおむね晴れていたと思う
*どしゃ降りの予報が外れて小雨の引っ越し この程度にはついている
*二十年の時間を吸い集める がらんとした部屋に掃除機をかける

「引っ越します」という項目の歌である。 寂しさが満ちている。

「Sentimental Journey」にはGermany・ Switzerland・ France という副見出しがついている。
あと「オキナワ」「广州・桂林」「台湾」「マレーシア・シンガポール」「ソウルまで」「北京点描」と続く。 少し歌を引く。

*ブローニュの森は秋 思いの中に見尽くしたように枯葉が散る
*国境とは何 隣国の火事の煙にかすむシンガポール
*あれがソウル駅と指し 歴史のさりげなさで日帝支配を言う
*五輪フィーバーの北京郊外 あれが盧溝橋と指し多くは語らぬ

「やさしい未来」から

*ハジメニDNAアリ オワリニDNAアリ ソレガスベテダ
*ドウセゲームデアル 神ハヤッパリサイコロヲ振ッタノダ
*奇蹟ハナイ無限ノ記憶素子スベテ完全ニ整合サレテイル

不気味な一連である。

「奥海印寺太鼓山」から

*京都府長岡京市奥海印寺太鼓山まちがいなくここが終いの住処

*初めての駅の周りを歩いてみる うろついている浅野英治を追うように
*ティオ舞子の喫茶店で海を見ている 二度と来ない梅木さんを待ってみる

この二首の歌には哀惜の念がこもっている。
はじめの歌には「倚子」を主宰していた浅野英治のことが詠われている。
二番目の歌には麗しいタッチのイラストを描いた梅木望輔さんのことが詠われる。今でも「たかまる通信」の表紙に使われる。
私の好きなイラストである。

*眠くなるまで待てば眠れると言い とりあえずハルシオン14日分くれる
*相槌の間 上高丸の家並みが浮かぶ 褪せた二階の畳が浮かぶ
*「坐った犬の後ろ姿ってせつないね」「なんかオレより哀しいみたい」
*チミモウリョウをチョウリョウバッコさせる魑魅魍魎跋扈と辞書に見るまで
*「美しい国」では〈おまえはアホか〉というギャグで暮らす芸人もいて
*太鼓山にも春が来て 風が光る 水が光る 七十二歳が光る
*八月 グリーンスタジアムよかったなァ イチローがいたオリックス

日常茶飯事を詠んだようで、ところどころに厳しい「諧謔」が光っている。

この本の題名になった「椅子の時間」という一連から

*おとろえた陽ざしへ覚める いつからか椅子の時間の一部になって

*何をどう判定するのか設問18あなたは人の役に立っていると思うか
*九月六日ふいにくる秋 阪急電車は駅を出るなり左へ曲がる
*薄い陽差し 瓦礫を重機が混ぜ返し何があったかもうわからない
*「バックします、バックします」あれは車だ わたしの声ではない
*裏おもて活字の賀状でいいのですお元気ならそれでいいのです
*暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう
*延命処置不要家族葬で可と書いただけで終活はまた頓挫してます
*つかのまの日射しを見せてすぐに降る 曲がりくねって春が来る

藤原さんのことについては拙ブログで「たかまる通信」が届くたびに紹介してきた。
今あらためて一冊になってみると、懐かしい歌々が連なる。
この春、藤原さんは長年苦楽を共にされてきた夫人を亡くされた。
これからもお元気で「老いの哀歓」を歌に詠んでいただきたい。
不十分ながら、紹介を終わりたい。 有難うございました。



藤原光顕の歌「西日の納戸」12首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(20)

       藤原光顕の歌「西日の納戸」12首・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・・・・「たかまる通信」No.99/2015/07/01所載・・・・・・・・・・・

         西日の納戸     藤原光顕

   庭ほどの御所の杜消えて半世紀 母が祈ってくれた祠まだあるはず

   タブロイド2頁の朝日新聞を知っているか 極小の活字が輝いていた

   少年倶楽部子供の科学家の光活字ならなんでもよかった昭和二十年

   本当に宇宙人はいたんだ七十年前枯れ萱原に紛れていった半透明

   五億年先のどこかの星人の見ている夢 でもつじつまは合う

   故里は西日の納戸 古い箪笥 あと先もない時間の溜まり
               o
   まず戦争であった 北風の田んぼでは戦争ごっこを強いられた

   戦いの訓練として苛め合う 叩かれたり殴られたりの弱虫だった

   殴られるのは痛かった非国民と罵られるよりも痛かった

   殺す自由は殺される自由と読んでしまう 臆病者でスミマセン

   戦いたがっている声も無視できません私が最髙責任者です

   もう一度敗戦の悲惨舐めたいのか 泣いてすぐまた忘れられるか
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藤原光顕さん主宰の季刊誌「たかまる通信」が、いよいよ次号で100号を迎えることになった。
神戸市の西部・高丸に住んでおられたので「高丸通信」として発足したのだが、ご子息の住まいする京都市西郊に同居されることになり、誌の名前を「たかまる」にされた。

今号の作品は、故里の風景へのノスタルジーから、戦争末期の新聞、雑誌「少年倶楽部」などの思い出に繋がってゆく。
そして、戦争中の「叩かれたり殴られたり」の理不尽な記憶。
いま「戦いたがっている声」が声高に叫ばれる。
今回の一連は「比喩」表現になっているので、慎重に味わっていただきたい。

特別作品として載っている、関広範「従軍短歌」10首も素通りできない。 ひとつだけ引いておく。

  *もろこしの畑を貫く弾の音いくたび聴きて逝きし兵らよ    

贈呈有難うございました。 時候がら、御身ご自愛を。


藤原光顕の歌「終活」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原

──藤原光顕の歌──(19)

       藤原光顕の歌「終活」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・たかまる通信No.98 2015/04/01所載・・・・・・

            終 活        藤原光顕

  延命処置不要家族葬で可と書いただけで終活はまた頓挫してます
  冬空のあざやかな軌跡 帰還場面たぶん見られぬロケットが発つ
  マンション高階女優の孤独死と聞けばまず思うその窓の光景
  とりあえず野菜コ—ナ—を端まで歩く特売もやしへ戻ると決めて
  この町でいちばん高い十二階春分のやけに眩しい雲などのせて
  あのバイパスを抜けて何処へ行くのか冷たい雨にみんな消える
  ええかげんにしてくれ 羊を数える夜の長さ朝は必ず来るという嘘
  地下鉄の階段がだんだん急になる そんな病院に六年通う
  「好きなだけ摂ってください酒煙草塩分糖分脂肪分のほかは」
  サボテンの陽射しが連れてゆくメキシコで半時間ほど遊んでくる
  ベランダの柵の蜘蛛の巣 あれもこれもなんとか過ぎて春がくる
  どたんばまで行くしかないかトタン屋根の西半分濡らして日照雨が過ぎる
  つかのまの日射しを見せてすぐに降る 曲がりくねって春が来る
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「終活」──何とも「うらさびしい」言葉である。
こういう言葉が流行る「多老人国家」になってしまった。
一昨年秋に訪問したベトナムは人口九〇〇〇万人のうち、十四歳以下が半数を占める、という国だった。
このような国は世界中にたくさんある。
それに比べると、老人国家たる我が国との「対比」は誰の目にも明らかである。「勢い」が違う。
江戸時代は三千万人の人口だったという。 だから人口が少ないなら、少ないなりに国が生きてゆける道を探る、のが必要ではないか。
藤原さんの歌を鑑賞しながら、そんなことを考えさせられた。
それにしても、梅木望輔さんのイラストは、いつ見ても、素晴らしい。彼が死んで、もう何年になるだろうか。
藤原さんは、次歌集の刊行を決意されたらしい。 一冊にまとまった歌が待ち遠しい。
ご恵贈ありがとうございました。


藤原光顕の歌「どうでもええ」12首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(18)

     藤原光顕の歌「どうでもええ」12首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                     ・・・・・・・・・「たかまる通信」No.97/2015.1.1.所載・・・・・・・・・・

       どうでもええ         藤原光顕

   どうでもええと言う人もいてチャンネルを変えても首相が手を挙けている
          X
   NOのつもりで言った「いいです」笑顔のままでまだ待っている

   ほっぺたに子象がキスしてくれる写真 遺影にはやっぱり無理か

   久しぶりのらしい秋晴れ 青虫が一匹行方不明になりました

   ふんぎりがつかないままに書き上げていつもと違うポストまで行く

   間違った最初のクリック まちがえてまちがえて異次元へ着く

   「三時きっかりに三本目を吸うそんなたばこは止めろよホント」

   暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう

   長い坂を下りていつもの町に入るまた增えた更地 何があったか

   咲かなくなってもう何日か葉っぱだけ元気な葉っぱを今曰も見ている

   閉店の日のまま看板はまだあってCともGとも読める字のまま
          X
   赤紙はどんな文面で来るのか無数にあるこの国の言葉「命差し出せ」
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おなじみの藤原光顕さんの新作である。
昨年暮れに着いたが、正月行事などで、取り込むのが今になった。

< 暴力団員でない署名して農協で通帳一冊つくってもらう >

という歌があるが、私も昨年末に、隣の駐車場を借りるのに、地主さんの農協(JA)の貯金口座に振込の必要が生じてキャッシュカードを作るときに、このような署名を求められた。
一般の民間銀行では、こんな署名を求められたことがないが、最近になって、どこでも必要になったのか。
私の方は今でも農地を持っているので「農家」の資格があるので、農協には昔から預金口座があるのだが、滅多に利用しないので、キヤッシュカードは作っていなかったのである。
JAは本来の農家の利用が少ないので、非農家でも信用機能は使ってもらえるので、非農家にも通帳を発行するのに注力しているらしい。
デレビでもJAバンク大阪とかJAバンク兵庫とかが派手にコマーシャルを打っている。 金利も高めらしい。
私方は、自宅その他の火災保険はJA共済の建物火災共済というのに入っている。民間の火災保険よりも、かなり安いからである。
藤原さんの歌からの連想である。

< 首相が手を挙けている >

という歌があるが、ナチスのヒットラーが、同様のしぐさをしたことがあるので、他の人の歌や文章などにも採り上げられている。 「極右」からの連想である。
藤原さんの安倍嫌いも有名である。歌にもたびたび出てくる。
「安倍」お坊っちゃまの、わがままぶりには困ったものである。右翼の「岸信介」の孫だけのことはある。
最近の「はしゃぎ過ぎ」は目に余るものがある。
日本国民も「衆愚」で、彼に「票」を与え過ぎた。
<どうでもええ>では困るのである。

お喋りが過ぎた。 この辺で退散しよう。
藤原さん、ご恵贈ありがとうございました。



藤原光顕の歌「終の棲処」11首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原

──藤原光顕の歌──(17)

      藤原光顕の歌「終の棲処」11首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・「たかまる通信」No.96/2014.10.01所載・・・・・・・・・・ 

            終の棲処       藤原光顕

  さて 何から片付けようか  ふいに涼しい九月一日がもう午後である

  どれもこれも出来そうにないとりあえず先送りして〇(マル)の日にする

  今のところは〇(マル)ばっかりの健康調査をポストに落とし自転車で帰る

  自転車の前籠にじゃがいも転がして奥さんは図書館へ行くところです

  うつむいて紫陽花の横を過ぎた人 どこへ何しに行ったのだろう

  あの恥を知るひとりまたいなくなってどこかがちょっとふわふわとする

  カタカナの花の名前三つほど覚えひたすら暑かった夏が終わる

  予告通りコンビ二閉店したらしく駐車場の花萎れかけている

  始末つかない文字いつまでも消えない目へすっとする目薬二滴ずつさす

  久しぶりに靴を磨く  京大阪よりも遠くへ出かけるときの靴だ

  午後は明るいトイレのドアのうすい汚れ けっきょくここが終の棲処か     
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「たかまる通信」の最新号が送られてきた。
おなじみの「光顕」ぶし、である。
私よりは若いが「老いの哀歓」の漂う一連である。
蛇足だが「終の棲処」のところは「ツイのスミカ」と読む。
それにしても表紙の望輔さんのイラストは、いつ見ても、いい。彼が亡くなって、もう何年経つのか。
藤原さん。有難うございました。

スキャナで読み取ったので、文字化けが、まだあれば指摘してください。すぐに直します。


藤原光顕の歌「やっぱり」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(16)

      藤原光顕の歌「やっぱり」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・・・・「たかまる通信」No.95/2014/07/01所載・・・・・・・

          やっぱり・・・・・・・・・・藤原光顕

   いつもの道に今年も花水木が咲きました それなりに私は元気です
   「なんの蕾?」今年もやっぱり聞いてくる今年もやっぱり答えられない
   名刺ほどの真っ赤な表紙 また出てきた毛沢東語録今度こそ捨てる
   躓いたついでに開いた辞書で知る 斑猫は猫でも蝶でもないと
   喉の不調訴えるたびに点鼻薬などくれてなんとなく治ってしまう
   ポストからの帰路幾曲がりして思う 2 円のうさぎが辿る道筋
   一秒と一億年はどう違うのか あの星はまだ生きているのか
   こころ覚ましてゆくように次々と力—テンを開け窓を開ける 五月だ
   四度五度ドア閉める圧迫音 間をおいてエンジンの音が聞こえる
   道端の黒いひと群れ 故人の名前見て過ぎてたちまち忘れる
   なんとなく西日の路地を思っていた 浅野英治がいた吉祥寺北町
             あれが最後の出会いだった
   五月の神戸駅前では鯛遊子を探す あの日の「よッ」とあげた右手を
   誰が何を叩いているのかコンコンと梅雨の晴れ間がまとめて暑い
--------------------------------------------------------------------------
最新号の「たかまる通信」が届いた。
おなじみの光顕ぶし、である。
梅木望輔の絵が何とも言えず、「趣き」がある。 彼が亡くなって、もう何年になるのだろうか。
光顕さん、これから暑くなりますが、ご自愛ください。 ご恵贈に感謝します。


藤原光顕の歌「二月三月」13首・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
光顕

──藤原光顕の歌──(15)


        「二月三月」13首・・・・・・・・・・・・・・・・藤原光顕
            ・・・・・・「たかまる通信」No.94─2014/04/01所載・・・・・・・

   起き抜けの膝の痛み始まりはいつもそうだが そうではあるが

   水仙が咲き始めたと着ぶくれてかあちゃんが庭へ出てゆくところ

   震災の街また夢に広がり十八年経ってまだ会社にたどり着けない

   効能を感じたことはないけれど電気椅子と呼んで毎朝坐る

   週二回太鼓山を下りてスーパ—へ行く月二回ほど図書館も行く

   あと何回のこんな夜か 変わり映えせぬドラマ最後まで視て寝る

   淡い陽がカレンダ—を移る西向きの部屋が好きなほどに老いた

   起き抜けに飲むコップ一杯の水十年続けて何に効いたのか

   「アリガトウゴザイマシタ」と言う自販機へ片手をあげて自転車で帰る

   わけもなく悩ましかった春の夜のあの感覚がもう思い出せない

   七十余年軟弱で通した いまだに戦争反対などとほざき

   駐輪場は春近い風 とんちんかん二つで今日の買いだし無事に終わる

   あれはもうういいからという電話がくる 良い日もあって春が近そう

----------------------------------------------------------------------------
おなじみの光顕ぶしである。
今回の作品は、何だか、なげやり、に思えて、感心しない。
光顕さん、老いに負けないでください。
「あとがき」にも書かれているが、今年の冬の寒さは、とても厳しかった。
私も同様に参ったので、よく判るが、お互いに、なんとか「老い」に逆らって頑張りたい。妄言多謝。




藤原光顕の歌「背伸びして」 「その辺で」計25首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤原①
 ↑ 「たかまる通信」No.93 2014/01/01刊

──藤原光顕の歌──(14)

     藤原光顕の歌「背伸びして」 「その辺で」計25首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

           「背伸びして」15首・・・・・・・・・・・・藤原光顕

   お世辞も言うし憎まれ口もたたくへんなじいさんまであと一息だ
   花を買った啄木など思い 隣席の素早い指の動き見ている
   おどろかないで私ですよ そんな出会いがありそうな秋風である
   ふりむけば昭和の街で 神戸の秋をスカートで来る妻がいる
   もう秋やね トイレットペーパーの芯持って機嫌よく朝へ出てくる
   黙って雲を見ている横顔 淋しければ淋しいと言っていいんだ
   背伸びして背伸びして生きているのにまた身長が4ミリ縮んだ
   やさしい顔に誑かされていたのかも 紅葉の裏が寒い日の暮れ
   あれから何年になるか 見せびらかすように杖をついた秋があった
   あの人は自転車を押して歩いている ひと月ほども経って気がつく
   飛行機雲うすれるほどの刻過ぎてまだ坐っていた公園のベンチ
   都心が好き雑踏が好き人工庭園の風のコスモス八歩で終わる
   捨てる何か 拾う何か 乗換の須磨駅でしばらく海を見ている
   数本の木立が「阿弥陀堂前」でまもなくニュータウン終点です
   山裾のあの陽だまりから六十年 故里のなつかしさで初冬が来る


藤原②
↑ 「芸術と自由」No.292 2014/01/01刊

        「その辺で」10首・・・・・・・・・・藤原光顕

   秋はこんな狭い町にも知らない道があってまた行き止まる
   秋雨の一日かけたジグソーパズル ささやかな花舗開店させる
   マラソンの横浜は晴れ あの街のどこかに山口利春 老いる
   人生に i f はないという わかっているさと時雨へ出ていく
   秋刀魚一尾たいらげて買い忘れた大根のことなど何をいまさら
   金木犀の角を曲がればゆるい坂 古い時間へ踏み入るほどの
   凩一番が吹きすぎた停留所 まだ乗ったことのないバスが出ていく
   カレンダーを掛けた画鋲がまた落ちる重たい月日みたいではないか
   秋雨は三日続く 雨の向こうはたぶん雨よりうっとうしい
   電脳の中<アラエイ>もちゃんといて その辺で秋の一日暮れる
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同時に、昨年の大晦日に到着した二冊である。
いつもながらの「光顕」ぶし、である。
藤原さんには、長年住んだ神戸の土地が懐かしいらしく、時々は電車で行って、訪れているらしい。
今号の表紙を飾っている梅木望輔との思い出がこもる土地でもある。
そんな感慨が、前者の連作の中に、ある。
ご恵贈に感謝して、ここに採録しておく次第である。 向寒の折から、ご自愛を。




  
藤原光顕の歌「ローマの猫は」10首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
光顕

──藤原光顕の歌──(13)

     藤原光顕の歌「ローマの猫は」10首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・・・「芸術と自由」NO.291所載・・・・・・・・

        ローマの猫は・・・・・・・・・藤原光顕

  ヘリコプターの音が軽くなったと見上げる空がふいに 秋である

  生涯をこの世に振り当てられたこと今さら言ってみたりして 秋

  あれが岐路だったのか 振り返る遠い木に秋の陽が降っている

  スーパーの自転車置き場に秋がきて ローマの猫は塀の上にいた

  相哀れむ思いどこかにあったかと乗り換え駅の陽ざし見ている

  三日ほど前たしかにここは森だった 新しい切り株に陽が鮮らしい

  あの人のあの家はまだあるだろうか 土手の芒に風は通うか

  駅を出てもう疲れてくる まごつくたびに余所者の顔をしたりして

  七十余年の選択の果てとふと思いむらさき色の夕暮れにいる

  懲りもせずまた来て悔いる敬老会 お弁当食べて「ふるさと」唄う

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いつもながらの光顕ぶし であるが、藤原さんの歌には「詩」がある。
当今の「新」短歌と称する作品は、多くが事実をズラズラと羅列するだけのものが多く、「詩」が感じられない。
そんなものは「詩」ではない。
「詩」とは「非日常」である。それが詠われなければ詩ではない。
光顕作品は「ローマの猫は」という題名からして、読者の意表を突く。
私は「新」短歌も「短詩」として把握している。

光顕作品の末尾に「敬老会」を詠んだものがあるが、年寄りだからと「お仕着せ」の観が強い。
私は老人会には出ない。
体のどこそこが痛い、だの、誰それが死んだ、なの、そんな「後ろ向き」の人生はイヤである。
歳はとっても新しいもの、若いものを求めて、新たな日々を生きたい。
そんなことどもを考えさせてくれる光顕作品だった。
この雑誌はもっと前にいただいたのだが、ベトナム旅行前とて、日延べさせてもらった。
有難うございました。 ご健詠を。


藤原光顕の歌「淋しい家系」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(12)

       藤原光顕の歌「淋しい家系」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・「たかまる通信」No.92所載・・・・・・・・・

        淋しい家系      藤原光顕

   煙草吸いにさりげなくまた出てくる 淋しい家系になってしまった

   当然という顔で煙草やめたと言う山並みへ煙吹きかけて聞く

   ガスビル裏の喫茶店の連れは誰だったか安煙草の匂いは覚えているが

   秋の灯になって川面に映る 捨てられた時間の色も混じっていよう

   足指の動きの不調をまた言っている 今週はそこに集中するたぶん

   医師(せんせい)には話しにくいと言いながら話しにくいことまた訴える

   そうや今日は誕生日なんや冷やしといたドリンクいっぽん祝杯とする

   毎日何かが失くなる とりあえず猛暑の所為(せい)にしておくが

   暑いなあ デジタル数字の36℃よりも赤い液柱はもっと暑い

   この暑いのに勘弁してよとしばらく付き合う長野の蒹麦屋からの電話

   椰子の並木のカットなど添付して 涼しいパタヤからメ—ルが届く

   この角を曲がれば不意に断崖がある・・・わけがないと曲がってみる
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おなじみの「光顕」ぶし、である。
今年の夏は暑かった──十月になった今でも日中はクソ暑いが、──ので、そんな暑さに辟易している一老人の哀歓が良く出ている。
本誌の「太鼓山日記」という一ページにわたる日録にも、この暑さのことが、るいるいと綴られている。私も同様に辟易した。
はじめの三行ほどには、タバコをやめられない、いじましい心情が吐露されている。
家の中では家人の反対にあうのでタバコを吸わせてもらえない。どこの家庭でも見られる風景である。タバコをやめる、というのは信念の領域である。
終りから三行目の歌は、私にも経験がある。たしか角川書店の短歌人名鑑かに載る電話番号を使っているようで、私は「関西人はソバは食いません」と電話を切った。
こんな変な電話がかかってくるので、今年度の名鑑からは私の電話番号は「不掲載」にするように申し入れた。
この頃は、どこかから、こういう「名簿」を入手するのが、はやっているから油断できない。
それにしても、表紙の「梅木望輔」氏のカットは、いつ見ても佳いなぁ。この人も亡くなって、もう十年になるか。
本誌の、ご恵贈に感謝する。


藤原光顕の歌「世界の秘密」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる

──藤原光顕の歌──(11)

    藤原光顕の歌「世界の秘密」15首・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・「たかまる通信」No.91/2013.07/01所載・・・・・・・

  この通り抜ければ海が広がっているような白い日傘が五月である

  足が痛い腰が痛い声にするのが効くようでしばらく静かになる

  剥きにくいゆで卵の殻剥いてゆく 午後から何もすることがない

  英語の辞書にでっかいルーペ乗せたまま何を調べていたのだったか

  ふるさとの峠の中ほど購ったまま放ったらかしの墓地があるはず

  ドイツ観念主義の象徴と言ったのは誰 ドーナツは穴も一緒に食う

  図書館は読みたい本がないところ わかっているが確かめに行く

  犯人はこいつと決めてテレビを消す 不運な一人登場してきた

  ベレーの時代。「朝ジャ」の時代。なんとかただのじいさんになって

  捨てた記憶ないまま五十年前の黒いベレーはどこへいったか

  開通した高架バイパス盛況のようでベランダの視野が夏になる

  夕ごとに閉ざす雨戸は億劫だ 雨戸もそうか軋みはじめた

  矢印を辿ってきたのに地下街の尽きるあたりで消える矢印

  政治家という種族一掃した世界夢想するほどの猛暑日である

  夕闇の薔薇 私だけが知らない世界の秘密って何なのだろう

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おなじみの光顕ぶし、であるが、今度の一連はアイロニーが効果的で秀逸である。
それにしても表紙の梅木望輔さんのイラストは何とも言えず、ほのぼのとする佳いタッチ。

ご恵贈に感謝して、ご披露申し上げる。


 
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