K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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書評・木村草弥『無冠の馬』・・・・・・・・・・・・・星乃真呂夢
詩し思想_NEW
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      書評・木村草弥『無冠の馬』・・・・・・・・・・・・・星乃真呂夢
                  「詩と思想」2015/10月号所載・・・・・・・・・


    星乃真呂夢   歌集『無冠の馬』木村草弥(角川学芸出版)

   題材の豊潤さ、縦横無尽さに驚く第六歌集。
   三部構成で、Ⅰ部は「無冠の馬」
   「茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み」
   「十戦十勝かつ英国首位種牡馬─セントサイモンは <無冠馬>だつた」
   「午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる」
   老いと向かい合う作者の「無冠」という響きに重層的な深みが広がり、
   あるがまま、独りも良しとする恬淡さが響く。
   Ⅱ部は「テラ・インコグニタ」─未知なる土地の意。
   華麗なる外国詠。自由律で太古の時間まで編み込む壮大交響詩のよう。
   古い魂と響き合おうとする強い意志を感じ、木村氏にとって訪れた地は全て、
   地球という「傘状の大樹」に実る豊かな果実ではないか。
   「亜大陸インドの南ひとつぶの涙を零ししやうなり、スリランカ」
   「乳ふさも露はに見せて地母神は聖なる蛇を双手に握る」
   豊穣な大地とエロス、母のイメージはⅢ部の<幽明>というテーマへ、
   母や妻の死もやがて永遠へと昇華されていく。
   「『夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね』妻がつぶやく」
   「蜜壺にあふるるものに口つけて陶然とすれば菊慈童めき」
   菊慈童は仙境に住む不老の少年。
   「歌よ永遠にわか (和歌) くあれ」と、祈りにも読め、永劫回帰や生への
   意志を感じる最終章に感銘。
   日常を瞬時に切り取る自在さと俊敏さ、題材を問わず己の視点を
   保つ強靭な精神、その軸足の強さは、まさに無冠の名馬に匹敵
   するたぐいまれな歌集である。

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ネット上で検索してみたが、下記のようなホームページを持っておられるようであるが、まだメールアドレスは持っておられないようで、このHPも他の方が維持管理されているらしい。  ↓

     「星乃真呂夢の鉛筆箱の栗の実」   ← アクセスされたい。

いずれにしても、極めて的確な批評を賜って、心から厚く御礼申し上げ、ここに紹介する次第である。
有難うございました。 作者冥利に尽きるというものである。 今後とも、よろしくお見知りおき願います。


角川書店「短歌」2015年8月号『無冠の馬』評・・・・・・・・・・・魚村晋太郎
短歌
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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     角川書店「短歌」2015年8月号『無冠の馬』評・・・・・・・・・・・魚村晋太郎(「玲瓏」会員)

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木村草弥歌集
『無冠の馬』


平成27年4月25日
KADOKAWA
2800円(税別)
ooooooooooooooo

 ・十戦十勝かつ英国首位種牡馬─セントサイモンは《無冠馬》だつた

 ・午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

著者の第六歌集である。三部構成の I 部は「無冠の馬」と題されている。
十九世紀末に活躍した競走馬のセントサイモンは、馬主の死亡という不運によりクラシックを戦うことができなかったが、
出場したレ—スでは十戦十勝の成績を収めた。
その後、伝説的な種牡馬となり、現在ではサラブレッドでセントサイモンの血を引かない馬は存在しないほどだという。
作者は不運の名馬に自らの人生を重ねる。「無冠のわれ」とはむしろ作者の矜恃であろう。

 ・三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

 ・八ツ手の花ひそと咲く白昼凩や ネルソン•ホリシヤシャ・マンデラ氏逝く

三椏は高級和紙の原料になる。
八ツ手はいかにも日本的な植物だが、反アバルトへイト運動の指導者で元大統領のマンデラ氏が亡くなったのは、丁度その花が咲く十二月だった。
作者にとって自然の風景も、歴史や文化と切り離せない存在である。

「テラ・インコグニタ」つまり未知なる土地と題されたⅡ部には、東洋から西洋にわたる夥しい海外詠を収める。

 ・シンハラ人に言ひ伝へあり「ライオンを殺した者」とふ建国神話

 ・見学証三日通用にて四十米ドルなんでも米ドルが通用する国

 ・歯を見せて笑ふ女神めづらしと見れば豊けき乳房と太腿

 ・水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

スリランカを舞台にした一首目には「六世紀編纂の本『マハーワンサ』王権神話」と詞書がある。
続く三首は力ンボジアが舞台で、通貨に見られる内戦の痕跡から、神話世界のエロスまで、悠久の時間を作者は見つめている。

 ・マンスリー ・マンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

自身も癌を患いながら、作者は妻の最期を看取った。Ⅲ部にはそのかなしみが切切と詠われている。
老いや愛する人との別れからは誰しも逃れることができないが、世界を識り、世界を記述することに対する作者の旺盛な情熱に圧倒される一冊である。
〈魚村晋太郎・評〉
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本日発売の「短歌」誌に、魚村晋太郎氏が、私の作歌の意図を汲んだ、ご懇篤な批評を書いていただいた。
有難く厚く御礼申し上げる。 
このように作者の意図を的確に突いた批評をいただくというのは、作者冥利に尽きる、というものである。
この批評の掲載を手配下さった編集長・石川一郎氏と担当の内田翼氏に感謝申し上げる。
有難うございました。


神戸新聞2015/7/23付朝刊『無冠の馬』評・・・・・・・・・・・・楠田立身
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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神戸①

     神戸新聞2015/7/23付朝刊『無冠の馬』評・・・・・・・・・・・・楠田立身(「象」主宰)

木村草弥『無冠の馬』 「未来」 「地中海」同人の第6歌集。京都府城陽市在住。

 ・午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

歌集名となった歌。
10戦10勝の英国の首位馬セントサイモンを紹介して、午年で馬齢を重ねたと謙譲の意をうたっているが、
その旺盛な行動力、創作意欲は瞠目すべきで、悍馬(かんば)のごとくして駿馬(しゅんめ)である。

 ・白もくれん手燭のごとく延べし枝の空に鼓動のあるがに揺るる
 ・チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

木蓮の枝の揺らぎに空の鼓動を、チューリップの花びらにゴッホの耳を想起した繊細な叙情歌。85歳とは思えない、否、高齢者ゆえに感得できるイメージなのだ。

 ・子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ
 ・桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

山茶花のつぼみに娘の出産を、桜の花びらに母と妻の他界を思うなど猛ることを知らぬ優しい駿馬である。
夫婦して癌を病んでの闘病の歌や広域に及ぶ海外詠など多岐にわたる素材を自在に歌いこなした練達の歌集である。
(角川学芸出帆)
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畏敬する楠田立身氏が、拙歌集評を書いてくださった。心から厚く御礼申し上げる。
楠田氏については「神戸新聞NEXT」2014/11/30付という電子版で、昨年上梓された歌集が紹介されている。 ここでは楠田氏の写真も見られる。

  < 姫路市在住の歌人・楠田立身氏
     8年ぶりの歌集『白雁』出帆

    癌病みて死なざりし身にむず痒く蓮華畑の香がよみがへる     >

楠田氏は平成二年に季刊誌「象」を創刊・主宰される。会員数73名の超結社誌という。創刊100号を数える。
益々のご健筆をお祈りして感謝の念を捧げるものである。 有難うございました。





『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・高橋初枝
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   草弥の詩作品<草の領域>
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・高橋初枝(「純林」編集委員)

(前略)
とても博識で読み応えのある御歌集でした。
外国詠ではよく調べられ、読み手も一緒に旅行をしている気分になりました。
この旅行の調査資料はいつまでも残しておきたい程です。
また、硬いお歌ばかりではなく縦横無尽の柔軟性があり、やさしさと細やかでユーモアのある心根に惹かれました。
多くの秀逸に中から私の好きな十首を選歌させて頂きました。   (後略)

  木村草弥歌集『無冠の馬』十首選
                            高撟初枝


   白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲ふ

   三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

   白もくれん手燭のごとく延べし枝の空に鼓動のあるがに揺るる

   七十の齢を越えざりし父のこと思へば十五歳われは超えたり

   蛍火の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ

   数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の

   太陽へ真つすぐ伸びる石蕗の花ひそやかな黄にまた出逢ひたり

   子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ
 
   茶の花の咲き初めにけり茶一筋に生き来し父の一生なりしか

   幼子の髪三つ編みに草の花つけて歩めば菊日和なり
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高橋初枝さんには、前歌集『昭和』上梓の際に詳しい批評をいただいた。 ←
心より御礼申し上げ、ここに披露する次第である。 有難うございました。


『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・藤井幸子
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・藤井幸子(「水甕」選者)

(前略)
人生と詩性の濃厚なエッセンスが凝縮されたような御一集、前集『昭和』のお作品も思い出しつつ味わせて頂きました。

  ・チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

  ・十戦十勝かつ英国首位種牡馬─セントサイモンは≪無冠馬≫だつた

  ・枯芒刈り取ればかの日吹かれたる風に重さのありと気づきつ

  ・夕まけて涼風たつる頃ほひに灯を点して仏歯寺混みあふ

  ・プルメリアの花咲く石階六百段はだしにて登るアムバスタレー大塔

  ・クメールの統べし五百年の栄華の跡ひそと佇む然れども峨々と

  ・ゲートあり遺跡見学証ことごとに見せつつ通る真夏日の下

  ・歯を見せて笑ふ女神めづらしと見れば豊けき乳房と太腿

  ・クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

  ・水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

  ・PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳

  ・「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

  ・ちよつと来いちよつと来いとぞ宣へど主の姿が見えませぬぞえ

  ・うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

      (後略)

        平成二十七年七月十四日          藤井幸子
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藤井さんについては歌集『椒魚』を賜った折に、このブログで紹介したので ← 参照されたい。

私の詠みたかった歌を的確に引いていただき、心より感謝申し上げる。
有難うございました。


『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黒松武蔵
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黒松武蔵(「南船」編集人)


ここ南九州の梅雨は例年に増して雨が多く、もううんざりしているところです。
その後、いかがお過ごしでしょうか。
先に、歌集『無冠の馬』を拝受しながら、ご返事も差し上げず、失礼いたしました。
実は、4月25日の南日本短歌大会を、私どもの結社「南船」が担当することになり、ここ五か月ほど掛かり切りでありました。
6月21日の委員会で、その反省と決算報告が終わり、安堵のなかでワープロを叩いております。
御歌集はバラエティに富んでいて、大変面白うございました。遅まきながら一筆いたします。

   • 一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる
   ・白もくれん手燭のごとく延べし枝の空に鼓動のあるがに揺るる
   ・チュ一リップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ
   ・午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

前半の二首、鮮やかな白の捉え方にはっとさせられました。
一首目の、青い岬の方角から夜がくる、としないで、「来ている」と畳み掛けていて、こぶしの花の白さに見惚れていて、気が付くと辺りが夜になっていた、という、二重の気付きの面白さに感心しました。
白と青、上(翔びたつ)と平(岬)という対象の妙が、この歌を立体的に奥行きを与えて、面白くしていると思いました。
しかも、夜が来てゐる、と口語表現になっていて、ほっとした親しみを添えているように思います。
二首目の、白もくれんが手燭のように揺れている様子を、空の鼓動と比喩しているのも見事だと思いました。
こぶしの花は、様々な形で例えられる素材ですが、それを、空の鼓動と捉えたのは、希有ではないでしょうか。
三首目の、ゴッホの耳とは驚きです。なるほど、形状といい、質感といい分かりますが、ここでゴッホが出てくるとは、意表を突かれました。
意外性が比喩の生命であるとすれば、正しく比喩の王道ですかね。
四首目、無冠のわれ、とはご謙遜かと存じますが、この歌集の「無冠の馬」からの連想を効かして、馬齢を重ねる、しかも「午年生まれ」とありますので無冠の馬・馬齢・午年生と、一種のことば遊びめいた、意味の重ねの面白さが効果的に働いているように思います。行き届いた機知を感じます。

   ・落ちやまぬ椿の花よちちふさを包む現の幻影として
   ・蛍光の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ
   ・忍び足で迫りくる夢ふたつ三つ限りある時間の愛着のやうに

一首目の、椿の花は、つい前出のチューリップの歌を思い出しましたが、チュ—リップは「はらりと散りし」でしたが、こちらの方は、「落ちやまぬ」ですから、しきりに落ちるという、連続した動態が違うのですね。
その意味で、「はらりと散りし」は、一回きりの、正しく一片ですから、同じ落花でもかく違うというわけです。
その、椿の花が女性(にょしょう)の乳房(ちちふさ)を、あたかも包むかのように散りしきるというのですから、落花の同じ表現とはいえ、ゴッホの耳とはかくも違うというわけです。
見事な対照というべきでしょうか。
二首目の、蛍光そのものでなくて、蛍光の消えた彼方を歌っているのが第一に面白い。そして、無音の闇というのも面白い(聴覚と視覚•触角)。
さらに、無音の闇に耳が冴える、という感覚の矛盾の面白さ。つまり、二重三重に仕掛けがあって、この歌は成り立っている。
私は、この歌からとっさに茂吉の
    *くらやみに向ひてわれは目を開きぬ限もあらぬものの寂けさ   (つゆじも)
という歌を思い出しました。私の好きな茂吉のべスト5の中の一首です。
茂吉は闇の中に寂けさを聴いているのですが、ご貴殿の歌も同趣で、闇に聞耳を立てて何かを聴こうとしている。そういう、闇への積極的な対処の姿勢、つまり感受の姿勢は、同じであります。
三首目は、忍び足で迫ってくる夢、というのは八十二歳のわたしも同感であります。
忍び足で来なくても、ちゃんと堂々と正面から来ればいいじゃん、と思いたくなるのですが、この年になってみると、全てが忍び足であったり、後からだったり、思いがけなかったりで、始末に負えません。
限りある時間、とはそのものズバリで、いつもそうした予感ないし閉塞感にさいなまれております。
しかし、そうした時間の在り方に、愛着を抱くとありますところからは、ご貴殿の果敢な生への姿勢が伺えて、敬服いたします。

   ・茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み
   ・大津絵の鬼が笑まへる店先をかすめるごとく山車曳かれゆく

お父上は、何か文芸(或いは芸事)に関わりをお持ちの方だったと拝察されますが、そうしたお父上の何気ない蔵書への書き込みに、目ざとく反応するご貴殿の感性に打たれることはいうまでもないのですが、同時に、ご貴殿が反応(或いは共感)せざるを得ないお父上の感性の世界と、いわば共通項で結ばれる、そうした親子関係を希有のことに存じ、また羨ましく存じます。
二首目は、全くの写実ですが、着眼の面白さは格別と思います。静(大津絵の鬼)と山車の動の対照的なところも惹かれる一つですが、その大津絵の鬼が笑っているというところが、憎らしいです。
私も、大津絵は学生時代、三井寺でしたか、ともかくお寺の展示物をガラス越しに拝見して、太い輪郭線と鬼の顔が幾らかユーモラスに描かれているのを、印象として覚えております。
後年、棟方志功を知るに及んで、その絵の類似性に面白さを覚えたものです。
これで「無冠の馬」が終わりました。

が、この先、この調子でいくと…と危惧されますので、ここで転調とまいります。
実は、スリランカは二つほど紹介したいことがあります。
私は、2 0 0 1年クィーンエリザベス2世号(通称QE2)で、神戸から口ンドンまでクルーズの旅をいたしました。
QE 2がペルシャ湾へ行けたのは、それが最後で、後はインドのムンバイから南アフリカ経由でカナリア諸島を巡って、ロンドンへというコースになってしまいました。あわや、セーフでした。
その折、スリランカは国内事情(政情不安)で、観光ができず、埠頭に市場がたって、買物をしました(紅茶をどっさり)。夕ラップに近いところでは、一箱が5ドルだったのが、一番遠いところでは2箱を6ドルに(沢山買うからと)負けてもらったものでした。
象と、上半身裸の男子の太鼓踊りの歓迎がありました。同地での私の歌2首
     *赤白に身を飾りたる六人のリズム激しき踊りとぎれず
     *上半身ほぼ裸にてスカートの白のひらめきに太鼓はげしき
もう一つ、私の教えた生徒で、現在熊本の崇城犬学芸術学部の准教授(彫刻)をしているKなる女性がおりますが、この女史がスリランカの仏像にはまっておりまして、『スリランカの仏像』という本まで出しております。スリラン力の仏像と結婚してしまいました。それほど魅力的なのですね。

   ・巨いなるドームのごとく横たはるストラスブール駅朝もやの中

旅の歌として、なんとのんびりとして爽やかな情景かと、うっとりししてしまいます。ストラスブールということばの響きもよし、横たわるという表現もよし、すっかり気に入りました。
この歌に接しただけで、行ってみたくなります。ドイツ風の木組みの家多し…、わかるわかると納得です。
そうは言いながら、実は、私はこの木組みの家という代物を、実際には目にしておりません。
それでも、映画やビデオでお馴染みとあって、ぱっとイメージが湧いてきますから、不思議といえば不思議です。恐ろしいすり込みです。

   ・'祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

リヨンは、NHKの「街かど」でしたか、織物の工房を巡る番組があり、昔から伝統のある布の産地として紹介されておりました。
また、花を飾る街、大きな城塞や教会のある街という別の印象もあります。フランス屈指の文化都市としても名も馳せております。
実は、大学時代の親友(私は、当時詩人の伊東静男に熱を挙げていて、卒論もこの人)が文芸部で一緒だったのですが、仏文のその友人がリヨン大学に留学していて、帰国後、大学の教授をしていました。
定年後、バカンスでリヨンの知人の家が空くから、夏に一緒に行かないかと誘いを受けたことがありました。その頃、妻の具合が悪く、海外旅行も断念していたときでしたので、残念ながら見送ったのでしたが、今もって心残りです。
出掛けていたら、フランスの文化に直接触れて、感慨を歌に残せただろうにと、今更のように惜しまれてなりません。フランスは、通過点として、パリ観光をしただけです。昼間のエッフェル塔とモンマルトル、夜のリドぐらいです。

   ・休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

一読して、ちょっと短篇めいた面白さだなと感じ入りました。第一、外国のホテル、それも昼間でしょう。そういう場所・時間に離婚の話ですか。敵も然る者ですね。
一昨年でしたか、大学の仲間たちが、私の歌集出版に合わせて、柳川でクラス会を企画してくれましたが、その折の歌にこんなのがあります。
     *船頭の秘めごとめきし話なども聞かされてをり川下りつつ
旅先というのは、雰囲気として、そういう話題が生まれ易いのでしようか。
見知らぬ土地、その場かぎりの人たち。その中で、妙なかたちの仲間意識みたいなものが成り立ち易いのかも知れません。

   ・回廊の連子窓に見放くる下界には樹林の先にシェムリアップの町
   ・夕陽あかき野づらの果てを影絵なして少年僧三人托鉢にゆく

一首目、遥かな思いといいますか、クメール王朝期のゆったりとした時間の流れが、今に引き継がれているかのような錯覚を覚えます。
樹林の先に…というのも遥かな思いを誘いますが、その先にシェムリアップの町が遠望されるというのもまたいい。
先に、ストラスブールという言葉の響きの良さに触れたと思いますが、このシェムリアップという町の名も、そうしたストラスブール効果と同じように、どこか懐かしい響きがあります。
私には、一種音楽的にさえ聞こえてくるから不思議です。
二首目、どこか童謡の「月の砂漠」を連想させます。とりわけ、下の句の描写が無駄な表現がなく、きっちりと書き割りの中に納まっていて、ある種、絵はがきを見ている思いがします。
ここでも、ゆったりとした時間の流れを感じてなりませんでした。影絵(シルエット)なして、という表現効果は、少年僧三人という数詞との対比で、歌を立体的なものにしているように思います。

   ・牛に引かす荷車に木舟のせてゆく先はトンレサップか
   ・水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

トンレサップ湖は、NHKの特集で見ましたが、雨期と乾期で、湖水の深さが大いに異なるため、舟での湖上生活や魚業もそれに巧く合わせているとのこと、お作を拝見して納得がいきました。
二首目の、少年の総身に水滴がしたたり止まないとい描写は、逞しい少年の肌の色つやまで見えてくるようで、そこを流れ落ちる水滴の輝き具合と一緒になって、爽快感あふれるシーンを現出しているように思いました。

「ギリシア補遺」からは、印象に残りました歌を挙げるだけに止めて、この稿を終わりたく存じます。ご了承ください。
   ・石棺の四面に描くフレスコ画ミノアの人の死者の儀式ぞ
   ・黒衣なる聖職者が八百屋の店先で買ふ葡萄ひと房

あと、「幽明」から少し引きます。
   ・PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳
   ・猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ
   ・「夫婦して癌と共生、なんちやって笑はせるわね」妻がつぶやく
   ・誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ哀し
   ・夢うつつに希ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ
   ・たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ 果つ
   ・哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル
   ・さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

平成27年7月6日         黒松武蔵
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黒松武蔵氏については歌集『とかげ再び』を贈呈されたときに文章を書いたことがある。 ← アクセスされたい。




『無冠の馬』私信と抽出歌17首・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本登志枝
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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     『無冠の馬』私信と抽出歌17首・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本登志枝(「晶」会員)

(前略)
時空を奏でてくれる深い韻律の世界、読み終えて、はるかなところから帰ってきたような、そして豊かな思いの中にいます。
人の心のなつかしさが心に残ります。
いろいろな外国のうたも、かつて生きていた人、いま生きている人々のまなざしが遥かへとさそってくれます。
そして奥様への思いの深さにこころうたれました。
『昭和』に続き、いい歌集を読むことができて幸せに想っております。
先日は吉野昌夫さんのことを取り上げて下さり有難うございました。 (中略)

   ・三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

   ・チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   ・草原を馬上に駈ける少年よアルタンホヤグ・イチンノロブよ

   ・しだれ梅とうとうたらりとしだれゐし旧宅の庭夢に出でつも

   ・蛍火の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ

   ・八ツ手の花ひそと咲く白昼凩や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く

   ・幼子の髪三つ編みに草の花つけて歩めば菊日和なり

   ・紅茶の産地ヌワラエリヤは高地にて涼しく気温二十度といふ

   ・聞こゆるは風の音のみこの山に潰えしカーシヤパ王の野望は

   ・クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

   ・水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

   ・猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

   ・いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな それが気がかり

   ・妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光赤く

   ・とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し

   ・けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

   ・赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役にたちたい」といふ



『無冠の馬』私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・小林サダ子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      『無冠の馬』私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・小林サダ子(「からの」会員)

(前略)
  ・筆づかひの途切れにも似て一ところ火勢の強き火床が見ゆる

  ・大文字消えゆくときに背後にはくらぐらと比叡の山容ありぬ

  ・三香原布當の野辺をさを鹿は嬬呼び響む朝が来にけり

  ・山の端の羅(うすもの)引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

  ・あしひきの州見の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川

  ・あららぎの丹の実光れる櫟坂(いちさか)は寧楽と山城へだつる境

何と美しい、思考の美しさが読む者のこころに言い難い味わいを残してくれる “州見山” 四首。
このような歌が私には、こよないものとして残りました。このよろこびをいただきましたこと、ありがたきことと存じます。
「大文字」の二首も、あの大景を写し取ることのむずかしさに思わず脱帽でした。
良い風景の中にゆたかにお暮しのお方ならではの作品と存じます。
私も奈良に心ひかれて何年もかけて、何十回も旅をしました。まことに国のまほろばですもの。
ありがとうございました。
これからも、どのような歌を作られますことか、楽しみに拝読させていただきます。   (後略)
   六月十九日                      小林サダ子



私信と『無冠の馬』歌抄出・・・・・・・・・・・・伝田幸子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      私信と『無冠の馬』歌抄出・・・・・・・・・・・・伝田幸子(「潮音」会員)

(前略)
歌集名の『無冠の馬』からは作者の思いの寓意性が感じられました。
帯文の自選五首はさすが素晴らしい作品だと思いました。と申しますのも、一冊を拝
見させて頂き、私が付箋を付けました作品の中に全て網羅されておりました。
従って、それ以外に感動いたしました作品を抄出させていただきます。

   沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

   鬱と咲き鬱と落ちたる椿なれ一輪の朱に重さありにけり

   夜の藤ひとりでゐたき時もあり月も光を放たずにゐよ

   盆栽に水遣り拒みし少年の我にバケツの水をぶつかけし父

   妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光(ゆふかげ)赤く

   桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

   助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤(ひと)りよ

   〈朝立ち〉を告ぐれば「それはおめでたう」何がおめでたいだ 今は虚しく

   けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綏鶏の鳴く

   哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

   さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

   睦みあひもだえしのちは寂しくも泥のごとくに眠れるわれら

これらのどの作品からも一歌人、一男性の寂寥感、哀感が窺えて、生きているとい
うことの切なさが伝わってまいりました。一方、また、生きているからこその素晴ら
しさも伝わってまいりました。

   沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

この作品のように、前向きに生きていくことが、亡き人を安心させることなのだと、
今回改めて思いました。
(中略)
木村様が、母上と奥様をほぼ同じ時に亡くされたことを思いますと、その虚無感、
切なさはいかばかりかと、改めて思わずにはおれませんでした。
今回の『無冠の馬』の作品は、人間の本質に触れており、私性が濃くうかがえる作
品群でございます。
すなわち、作品の背後に作者の顔がはっきりと見えてまいります。
久しぶりに感激した歌集に巡り合わせていただき深く心に響きました。   (後略)
 平成二十七年六月十四日           伝田幸子
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長野市にお住まいの伝田幸子さんから、ご懇篤なお手紙をいただいた。
手紙の終りに
<長野市の善光寺御開帳が終わりまして、街の中がもとの静かさにもどりました>
とお書きになっていて、記念切手をご恵贈いただいた。 大切にして手紙の差出しに使いたい。
伝田さんには、もう十数年前になるが、「未来山脈」の会合のときにお目にかかったことがあるが、
お綺麗な方である。 ここに記して厚く御礼申し上げる。



京都新聞「京都文芸」欄6/16付『詩歌の本棚』新刊評・・・・・・・・・・・・・真中朋久
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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京


      京都新聞「京都文芸」欄6/16付『詩歌の本棚』新刊評・・・・・・・・・・・・・真中朋久(「塔」選者)

木村草弥『無冠の馬』(角川学芸出版)は第六歌集。著者は城陽市在住。

 ・白もくれん手燭のごとく延べし枝(え)の空に鼓動のあるがに揺るる

 ・十戦十勝かつ英国首位種牡馬(しゅぼば)─セントサイモンは≪無冠馬≫だつた

 ・午年(うまどし)生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

 ・紅茶の産地ヌワラエリヤは高地にて涼しく気温二十度といふ

 ・うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

種牡馬として活躍した英国の競走馬に心を寄せる。
自身の病があり妻の死があり、肉を持ってこの世に生きることのかなしみが滲(にじ)む。
白木蓮(はくもくれん)の花も生々しく、エロスは<死>と地続きであることを改めて思う。
旅の歌も多いが、茶園を経営していただけあって、スリランカの茶園を見る視線に独特なものを感じた。
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畏敬する真中朋久氏が、私の作歌の意図を完璧に捉えていただいて上記のような批評をお書きくだった。
厚く御礼申し上げて、ここに全文を引く次第である。

真中 朋久という人は、こんな人である。 ↓

真中 朋久(まなか ともひさ、1964年6月2日 ~ )は、歌人、気象予報士。茨城県出身。朝日カルチャーセンター講師、毎日新聞「兵庫文芸」選者。

京都大学理学部卒業、同大学院地球物理学専攻修士課程修了。1991年に「塔」入会、現選者。
2002年に第1歌集『雨裂』で第46回現代歌人協会賞を受賞。2010年には第3歌集『重力』で第15回寺山修司短歌賞を受賞。

著書
歌集『雨裂』 雁書館、2001年10月
歌集『エウラキロン』(塔21世紀叢書 第51篇) 雁書館、2004年7月
歌集『重力』(塔21世紀叢書 第135篇) 青磁社、2009年2月(ISBN 978-4861981135)
歌集『エフライムの岸』(塔21世紀叢書 第236篇) 青磁社、2013年7月
歌集『火光』(塔21世紀叢書 第261篇) 短歌研究社、2015年6月



『無冠の馬』─私信と抽出歌10首・・・・・・・・・・・・萩岡良博
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌10首・・・・・・・・・・・・萩岡良博(「ヤママユ」編集委員)

梅雨間近の水無月の空を穿つように、ほととぎすが啼いています。
御歌集『無冠の馬』ご恵贈賜りありがとうございました。
十戦十勝の<無冠の馬>をご自身に引き寄せつつの洒脱な詠みぶり、教わること多く何度か拝読いたしました。
拙歌集につきましては、いつも逸早くお便り賜りますのに、御礼申し上げますのが遅くなり申し訳ありません。
小誌「ヤママユ」の刊行と夏季研究会、そして小生が関係しています明日香村の短歌大会の選考などの雑事が重なり、ペンを執るに至りませんでした。
博識のうえ健脚をはこんで詠まれており、素材が多岐にわたっているので、拝読して目を見張ることばかりでした。
カンボジアは小生も十年以上も前になりますが訪れたことがあります。
バンコクから百人乗りの小さな飛行機に乗って、真っ暗なシェムリアップの飛行場に降り立ったことを強烈に覚えています。
そして体に返り血を浴びたかと錯覚するほどのホテルのシャワーの赤い水に仰天しました。しかし歌は一首もありません。
木村さんのカンボジア詠を拝読しつつ、そんなことも思い出しながら抒情の追体験をいたしました。
拝読しているとスリランカやフランスへの旅情が痛いほど突き上げてきましたが、今は老父母をかかえていますので、その痛いほどの旅情は熟成させておくしかありません。
身勝手な言い訳と雑感はこれくらいにして、「帯」には引かれていない十首ばかりを書き写し、遅ればせながらの御礼に替えさせていただきます。

   一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

   チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   忍び足で迫りくる夢ふたつ三つ限りある時間の愛着のやうに

   足裏と頭ささふる枕にみる渦巻模様は太陽のシンボル

   インド洋より吹きくる風も心地よし凧あげする人あまた群れゐつ

   祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

   しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる

   クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

   たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

   とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し


九首目の上句は、先週父の血尿が止まらず(二年前に膀胱ガンを手術したのですが)、小生の思いにも深く沁み入っています。
ご自愛下さり、ますますのご清硯を。
         六月二日         萩岡良博

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畏敬する萩岡氏から、ご丁重な手紙をいただいた。
省略すると文意が辿れなくなるので全文を転載した。
丁度三年前に歌集『禁野』を上梓され、その評をブログに書いた。いま読み返してみたが、私なりに佳い鑑賞文になっていると思った。 ← お読みいただきたい。
前登志夫亡きあと「ヤママユ」の伝統を双肩に担って奮闘される萩岡氏である。
私よりは二十歳も若い同氏であるが、手紙にも書かれているように、老いた父母を看取っておられる。ご自愛を願いたい。
ここに満腔の感謝の念をお伝えして転載を終わる。 有難うございました。



   
『無冠の馬』私信と抽出歌14首・・・・・・・・・・・・・・・・天野和子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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        『無冠の馬』私信と抽出歌14首・・・・・・・・・・・・・・天野和子(「塔」会員)

・・・・・(前略、中略)未知の世界に誘われてゆくような思いに、拝読させていただきました。
集中に大きなウエイトを占める海外詠はもとより、身辺の植物を詠われても木村様の視点に自分の内の感覚が呼び起こされるように思われました。
こぶし、白もくれん、チューリップ、片栗・・・・・どれもが木村様の作品によって生き生きと息づいたようです。
たまたま我が家の庭に小判草が咲いています。
25ページの<数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の>に出会うことができ、小判草を見る自分が豊かになったような気がいたします。
“歌の力”とでも申すのでしょうか。
スリランカ、フランス、カンボジア、ギリシア等の海外詠も単なる報告ではなく、歌人の詩心が流れていると感じました。
並々ならぬ好奇心も伝わってきます。・・・・・(後略)   5月29日

      『無冠の馬』より 

  一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

  白もくれん手燭のこ゜とく延べし枝の空に鼓動のあるがに揺るる

  チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

  母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花

  数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の

  些細な嘘が限りなく増殖する午後ぶあつい湿気にどつぷり巻かれ

  夢すべて池に沈めて蓮枯るる通天橋背に冬ざるるかな

  亜大陸インドの南ひとつぶの涙を零ししやうなり、スリランカ

  プルメリアの花咲く石段六百段はだしで登るアムバスタレー大塔

  見学の中学生多し観光客に英語で質問せよとの課題

  インド洋より吹きくる風が心地よし凧あげする人あまた群れゐつ

  アルフォンス・ドーデ『最後の授業』独仏支配交替のアルザスの悲哀

  祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

  しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる



              

『無冠の馬』評・私信と抽出歌─恒成美代子/私信と抽出歌─神谷佳子/私信と抽出歌─佐々木則子/抽出歌─中埜由季子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      『無冠』の馬評・私信と抽出歌・・・・・・・・・恒成美代子(「未来」会員) 

(前略)・・・・・博識家の木村さんの歌の数々、最後の方の「菊慈童めき」のエロスにはお歳を感じさせない迫力がありました。
海外詠が多いのも特色ですが、私にはふだんの木村さん自身を詠んだものに惹かれました。

     七十まで現役たりし我のことご苦労様と誰も言ひくれず

     午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

     一日は全ての人に二十四時間 老いはじめるとこれが短い

     赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役にたちたい」といふ


四首目のような歌があることは幸せです。 ご健詠なさいますように。     かしこ。

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     私信と抽出歌・・・・・・・・・・・神谷佳子(「好日」会員・読売新聞京都版歌壇選者)

(前略)・・・・・いつも立派なご本で、十全に表現の技法をたのしまれ、常人にはできないことです。
さっと一読というわけにもまいりませず、先ずは御礼のみ申し上げます。
帯文の文章も大した文章ですね。

   *午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

文字通り私は無冠のまま八十五(九月にて)を迎えますので、共感いたします。
今、とてもたのしいのです。
仲々読みこなせませんが、つつしんで拝読させて頂きます。

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      私信と抽出歌・・・・・・・・・・佐々木則子(「水甕」会員)

新緑のまぶしい五月とにりました。
この度は「無冠の馬」のご上梓おめでとうございました。 (中略)
Ⅰ.の「無冠の馬」より特に心に響いた歌を挙げさせていただきました。
「今を生きて」おられる木村様の力強い生きざまに感銘を覚えております。
どうぞ、いつまでも御元気でご健詠をお祈り申し上げます。

   沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

   チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

   菜の花が黄に濃きゆふべたはやすく人死につづきせつなくなりぬ

   いくばくの蕾を残し山茶花散る置いてけぼりの三輪車ひとつ


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       抽出歌・・・・・・・・・・中埜由季子(「歩道」、「賀茂」主宰)

     母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花

     長寿が延びますやうにの意なるとガイド氏言へり、合掌して言ふ

     聞こゆるは風の音のみ この山に潰えしカーシャパ王の野望は

     いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

     点滴も服用薬もなし自前なる免疫力で妻は生きる
  

   

     
『無冠の馬』藤原光顕─私信と抽出歌/三崎澪─私信と抽出歌/宮章子─抽出歌
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     『無冠の馬』私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・藤原光顕(たかまる通信)

(前略)・・・・・一言でいえば、これまでの練りに練られた木村短歌とは、いささか異なる印象を受けました。
自在というか融通無碍というか、そうか、こんな詠い方があったのかという感じでした。
帯文の「斬新奇抜な詩的世界」そのまま納得させられました。・・・・・(後略)

歌集『無冠の馬』より

  一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

  誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

  子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ

  八ツ手の花ひそと咲く白昼凩や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く

  田舎より街に暮すが長しと言ひ友は土色の絵の具をひねる

  なだらかなる姿態よこたへ仏陀はも今し涅槃の境に至るか

  われもまた商人の裔、商人の矜恃もふかく肯ひにけり

  クメールの統べし五百年の栄華の跡ひそと佇む然れども峨々と

  王と王妃の沐浴せる池スラスラン七つの蛇神のテラスありたり

  『王道』を読みしも昔はるばると女の砦に来たれる我か

  素はだかに濁れる水に飛び込みてはしやぎゐる児らに未来のあれな

  間なくして用済みとなる器官なれ愛しきかなや我が前立腺

  マンスリーマンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

  妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光赤く

  「一切の治療は止めて、死んでもいい」娘に訴へしは死の三日前

  とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し

  さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

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     私信と抽出歌・・・・・・・・・・三崎澪(ハハキギ主宰・読売新聞京都版歌壇選者)

(前略)・・・・・あとがきも何も持たない誠に自在なる集にて、ちらちらと頁を繰ってみました。・・・・・(後略)

   三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

   誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

   大文字消えゆくときに背後にはくらぐらと比叡の山容ありぬ

   些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぷるんと震ひひれ酒旨し

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      抽出歌・・・・・・・・・・・・宮章子(口語自由律「潮」編集部)

   白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲ふ

   沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

   チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   太陽へ真つすぐ伸びる石蕗の花ひそやかな黄にまた出逢ひたり


   
木村草弥『無冠の馬』評・・・・・・・・・・・・・谷内修三
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
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      木村草弥『無冠の馬』評・・・・・・・・谷内修三(詩人・文芸評論家・西日本新聞編集委員)

「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」2015/05/26
木村草弥『無冠の馬』(角川学芸出版、2015年04月25日)

 木村草弥『無冠の馬』は歌集。いくつかの連作から構成されている。巻頭の作品は「ゴッホの耳」。その最初の作品、全体の巻頭の歌。


      白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲(わら)ふ


 「白鳥」は「はくちょう」か「しらとり」か。「しらとり」の方が「白き」と響きあうが「刹那」という強いことばと向き合うには「はくちょう」の方がいいかもしれない。
 歌の「意味」を私はいちいち考えないが、この歌の最後の「野づらに笑ふ」の「主語」について書きたい。「笑ふ」のはだれ?
 私は「こぶし」と読んだ。
 野の遠くにこぶしが咲いている。そのぼんやりと白い色が、野の風景を明るくする。「山笑う」という季語に通じる「笑ふ」。自然全体の印象の変化と読んだ。
 そして、その変化に刺戟されて、「白鳥の帰る頃かも」と想像している。白鳥は見えないのだけれど、遠くで咲いているこぶしの花の連なりが白鳥の飛んで行く姿に見えないこともない。
 現実と幻想が交錯する美しい歌だと思う。
 「刹那」というのは、この歌にとってどういう位置を占めているのかわからないが、私が高校生の頃、こういう漢語の多い短歌を読んだ記憶がある。
そういう意味では、少しなつかしいものが木村の歌にはある。


      一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる


 「青い夜」ということば、「夜が来てゐる」という描写の仕方も、その当時読んだ「短歌の抒情」のひとつの形のように感じられる。
 それが良い、悪い、ということではなくて、私はそういうことばのつかい方に自然になつかしさを覚えるというだけのことである。

 三首目が、とても印象的だ。


      三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ


 音の響きがうつくしい。どこかごつごつした部分がのこっていて、それがことば(声)を発する欲望を刺戟してくる。
 「はつかなる」の「つ」の音は私の発音では「母音」をふくまない。音が短縮してしまう。「黄に会ふ」の「黄」の音は私は苦手で、口語では私は「黄色」ということばしかつかわない。文字に書くときもたいてい「黄色」と書いてしまう。「黄」では、私には音が短すぎる。明確にするには強く発音しないといけない。--この「つ」の「弱音」と「黄」の「強音」の交錯が、とても刺激的だ。
 「紙漉き」の「す」も私は「母音」が弱くなる。省略してしまうかもしれない。「春くれば」の「く」も同じ。ところが「くれば」の「ば」は逆に「母音」が強くなる。濁音特有の「母音の豊かさ」がここにあって、それが「ゆゑ」という半母音+母音のつらなりへ広がっていくのも、妙に「肉体」を刺戟してきて、うれしくなる。
 この音の交錯と、意味の「倒置法」の感じもとてもいい。
 まっすぐにことばが進むのではなく、前後がひっくりかえりながら動いていく感じが、意識のばらつきというか、新しい風景を見て、どれから描写すればいいのか迷っている感じ、迷いながら感動をつたえたくて急かされている感じをそのまま再現している。
 春を見つけた、その浮き立つような感覚の動きが、そのまま音になっていると思う。
 「は」の音が繰り返し、それも「終わりの方(三椏の花/会ふは)」と「先頭の方(はつかなる/春)」という具合に乱れるというのか、リズムの取り方が二種類あるというのか、……これも刺激的だ。


     松の芯が匂ふおよそ花らしくない匂ひ──さうだ樹脂(やに)の匂ひだ


 この歌は、いま若者が書いているような、ことばのラフな動きと似通ったところがあるが、あえて「匂ふ/匂ひ」を繰り返しているところに、感覚の「剛直さ」があらわれていて、私は好きだ。

 私は音の輪郭が強い歌が好きなのだ。
 万葉の音に比べると、その大声に拮抗する声の強さを持っている歌人は少ない。木村の声が万葉のように強靱であるとは言えないけれど、声の強さが聞こえてくる歌はいいなあ、と思う。
 これは「感覚の意見」であり、それ以上説明できないけれど。

 「無冠の馬」の次の二首も好き。


     草原を馬上にかける少年よアルタンホヤグ・イチンノロブよ

     十戦十勝かつ英国首位種牡馬-セントサイモンは《無冠馬》だつた



 言い換えのきかない「固有名詞」の強さが魅力だ。「無冠馬」は「首位種牡馬」という大声を出さないと言えない音の連なりが肉体をはつらつとさせる。
「無冠馬」という母音の欠落した音と濁音が交錯しながら「だった」とさらに濁音+母音のない音へと動いていくところが、やっぱり大声を必要とするので楽しい。

歌集 無冠の馬
クリエーター情報なし
KADOKAWA/角川学芸出版
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畏敬する谷内修三氏のブログ「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」5/26付で、拙歌集『無冠の馬』を採り上げていただいた。ここに全文を引いて紹介する。

「谷内修三」(やち・しゅうそ)1953年生まれ。76年現代詩手帖賞受賞。詩集に『The Magic Box』(福岡県詩人賞)、『枯れた木を植える男』(中新田文学賞)など。西日本新聞・編集委員。



『無冠の馬』─私信と抽出歌7首・・・・・・・・・・・・・小圷光風
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌7首・・・・・・・・・・・・・小圷光風(「塔」会員)

木村さん、こんばんは。
『無冠の馬』をお送りくださり、ありがとうございます。

世界の広さと人の生のかなしみを感じながら、読ませていただきました。

以下は小生が特に心惹かれた歌七首です。

   24 人間とちがふ眠りのサイクルと思ふ蝸牛が葉かげに眠る

   36 些事ひとつなどど言ふまじ煮凝りがぷるんと震ひひれ酒旨し

   45 茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み

   158 水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

   175 たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

   186 さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

   190 うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

「無冠の馬」というタイトルがまた素晴らしい。
男らしい歌集です。

  2015年5月24日                   小圷光風





『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・鎌田弘子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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        『無冠の馬』─私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・鎌田弘子(「未来」会員)

立夏もすぎ垣根のむべの花は小さな青い実となり、つつじの赤紫のさかりです。

   ・春惜しむ命惜しむに異らず                        高浜虚子
   ・ながらへてあれば涙のいづるまで最上の川の春を惜しまむ    斎藤茂吉

若い頃の昔、この二つの詩情を心にふかく、そして考えて短歌に即くことにしましたが、今の季節ふかい思いの句と歌です。
御歌集『無冠の馬』有難うございます。
旺盛な行動力とその世界、羨しく敬服申上げます。

*白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲ふ
*チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ
*千年きざみに数ふる西洋か 日本は百年に戦さ五度
*午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる
*はたと膝打ちたるごとく椿落つ三輪の百千の椿の山は

はたと膝打つ・・・・・聴く話芸をたのしむ。すてきな共感のマナー。少し年配の美しい所作に心ひかれます。

*母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花
*子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ
*人間とちがふ眠りのサイクルと思ふ蝸牛が葉かげに眠る

蝸牛の眠り・・・・・面白いですね。私の庭 稀にかたつむりが居ます。
今朝早く庭の石道の上に大きな黒い蟻が歩みをとめて休んで<春眠>のようで、ああそうか、など思いました。

*紅茶の産地ヌワラエリヤは高地にて涼しく気温二十度といふ
*クオードとは四辺形の意、城壁に囲める庭に建物十二
つい数年前までタミール人「解放のトラ」テロと血みどろの抗争があり大統領が訴へた
*「憎しみは憎しみにより止むことなく愛により止む」ブッダの言葉
*「美しき村」のひとつリクヴィル ここも昔ながらの木組みの家並み
*三角形のキッシュ出でたり素朴なるアルザス・ロレーヌの郷土料理ぞ
*「メール・ブラジェ」女性として初めてミシュラン三ッ星獲得、その弟子の一人がポール・ボキューズ
*「若い時は死とは何かが判らない」初対面のクロードにペルケン言へり
*牛に引かす荷車に木舟のせてゆく先は湖トンレサップか
*いにしへの王の別荘より出でしゆゑ「アギア・トリアダの石棺」と名づく

固有名詞のリアリティに魅力を感じました。

*猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ
*照射位置を示す腰間の+の字三十七回済みたればアルコールで消す
*<死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾ふ 青葡萄生る
*狩衣の乱るるなへに狛錦紐解き待てる若草の嬬
*甘谷の水は菊水「菊慈童」の七百歳のいのちこそ憶へ
*ふたりは繋がつて獣のかたちになる 濃い叢にあふれだす蜜

春惜しむ心に人生の時を惜しむ思いもまぜて本の片づけ。若い頃に読みましたのに、惜しんで今再読など、はかどりません。
もう暫く元気で居ないと、と思いふかく欲ふかく自戒の暮しです。
どうか、おすこやかに、ご歌境のご発展を。  御礼まで。      かしこ
  五月十三日                          鎌田弘子
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鎌田弘子さんから懇篤なお手紙をいただいた。 鎌田さんは「未来」近藤芳美に長年師事して来られた人である。
私の前歌集『昭和』にも批評をいただき、ご紹介したことがある。
ここに深甚なる感謝の意を表するものである。 有難うございました。


木村草弥歌集『無冠の馬』を読む・・・・・・・・・・・・武藤ゆかり
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      木村草弥歌集『無冠の馬』を読む・・・・・・・・・武藤ゆかり(「短歌人」同人)

白を基調とした、清楚な感じのする装丁である。馬のたてがみがなびき、斜め前方へ向けて疾走している。
この馬は、冒頭近くの一連から走り出してきたもののようである。

   ドーパミンはパーキンソン病に著効なりと病む友言へり 分泌に励めよ

   ドーパミンなだめかねつる我なればパーキンソン病に罹るなからむ

 
 ドーパミンは神経伝達物質で、快感を得たり意欲を感じたりといった機能を担う脳内ホルモンのひとつである。
作者はこの物質の過剰なことを「なだめかねつる」と自嘲気味にユーモラスに表現する。友人への励ましもさらりとしていて深刻さがない。
結句で陰を陽にがらっと変えてしまえるところにも、作者のあふれるバイタリティーを感じる。作者の歌風は、日本の伝統的な情緒表現に寄りかからないところに特徴がある。
読者をも明るくするこの詠風は、歌集中盤に展開される、世界各国に取材した詠草へとつながってゆく。

    七十の齢を越えざりし父のこと思へば十五歳われは超えたり

    七十まで現役たりし我のことご苦労様と誰も言ひくれず


 「越える」と「超える」を使い分けながら、静かな詠嘆を伝えてくる。中央に置かれた「思へば」が前半にも後半にも掛かるように思われる。
この語を起点に、父と共に過ぎ去った時間とひとり歩みゆく歳月の二方向を、暖かい光がどこまでも照らしている。
一般的な退職年齢を超えて長く現役生活を続けることは、どれほど気力体力を必要とするだろう。
愚痴でもなく嘆きでもなく、つぶやくように自然に歌い、重責を担う者の孤独を言外に示している。

   十戦十勝かつ英国首位種牡馬—セントサイモンは《無冠馬》だった

   午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる


 十戦十勝であるのに無冠とは、競馬に詳しくない筆者には読み解けない部分だが、ウィキペディアにセントサイモンに関する詳しい説明がある。
この連作のタイトルも歌集名もこの二首から採られたと思われ、しっかりと向かい合いたい作品である。
後世のサラブレッドに多大な影響を及ぼした名馬と、作者の姿がどことなく重なって見えるのは、「無冠」「馬齢」といったキーワードゆえだろうか。
歌人、詩人、文筆家として、また事業に、家庭にと全力疾走してきた作者。このような多彩な人物に冠を与える資格があるのは、ただ神仏のみであろう。

 「幽明—弥生の死あとさき—」と題された最終章より、とりわけ心惹かれる歌を記して本稿を終えたい。

   いのちあるものはいとほし冬さればプランターに培うビオラ・フィオリーナ

   生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術は拒みつ

   いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

   たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

   マンスリー・マンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

   誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ 哀し

   とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し

   助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤りよ


                                                          (おわり)
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敬慕する武藤ゆかり氏から、私の意図を的確に汲み取った評を賜った。
特に「無冠の馬」─セントサイモンにまつわる部分は、私の今回の歌集の根幹をなすもので、まさに、其処を読み解いていただき、いつもながら武藤さんの眼力に瞠目するばかり。
有難うございました。 心より感謝申し上げます。


村島典子─私信と「無冠の馬」15首抄
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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       村島典子─私信と「無冠の馬」15首抄

謹啓  新緑の美しい季節となりました。御元気に御活躍のこと、お慶び申し上げます。
この度は、御歌集『無冠の馬』のご上梓おめでとう存じます。
大切な一冊をご恵投下さり、大変有難く御礼申し上げます。
タイトルと装幀の表紙スバー絵の馬、雄々しくダイナミックで御歌集の作品を象徴しているようでございました。
詩的混沌にあふれた沢山のお歌は、どれも魅力ある秀れたものばかり。
くらくらしつつ、私にとってわかりやすい十五首ばかりを選ばせて頂くことで感想といたしたく存じます。
過日、岡井隆さんの『銀色の馬の鬣』を買い求め、読んだところでございました。
タイトルばかりでなく、何か通う作風と世界。同時代生れの方のロマンと、言葉への信頼が美事なことも唸るばかりでございます。
どうぞ、お元気で、益々のご活躍をお祈り申し上げます。 有難うございました。   かしこ
     五月九日                            村島典子(「晶」会員)


     木村草弥歌集『無冠の馬』抄・・・・・・・・村島典子

   誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

   午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

   数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の

   大文字消えゆくときに背後にはくらぐらと比叡の山容ありぬ

   何にしよ迷ひ箸しておでん鍋はんぺん三角まづは摘みぬ

   茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み

   からくりの郭巨が持てる鍬の柄にはらりはらりと時雨さしぐむ

   水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

   とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し

   さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

   三香原布當の野辺をさを鹿は嬬呼ぴ響む朝が来にけり

   山の端の羅引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

   あしひきの州見の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川

   いそいそと誰に見しよとの耳飾り身をやつし行く老いの華やぎ
   
   <死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾ふ 青葡萄生る



貝沼正子─私信「無冠の馬」評 / 三井修─『無冠の馬』 十首抄 / 森きよ子─「無冠の馬」17首抄
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      私信と「無冠の馬」評・・・・・・・・・・貝沼正子(「未来山脈」会員)

新緑の砌、木村様にはご健勝のこととお慶び申し上げます。
此の度は歌集『無冠の馬』の御出版おめでとうございます。そして貴重な一冊を私にまでお贈りいただき心より感謝申し上げます。

素敵な装丁とユニークな歌集名に魅かれて一気に拝読致しました。
身近な草花や日々の暮らしが主なのかと思いきや旅行詠、国内はもとより世界各国におよび、行った先々の街や人々の暮らしが丁寧に読まれてして驚きました。
正に帯に書かれた卓越したエロスとインテリジェンスで綴る斬新奇抜な詩的世界でした。
知識や教養はもちろんですが、失礼ながら八十五歳とは思えない体力、行動力に脱帽です。
心に残ったお歌は沢山ありましたが、その中から数首か挙げて小感を述べてみたいと思います。

  *チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

チューリップの散った花弁からゴッホの耳の連想に、どきっとしましたが、鮮やかな比喩が強烈な印象として残りました。

  *十戦十勝かつ英国首位種牡馬─セントサイモンは≪無冠馬≫だつた ─1881年~1908年─

歌集名になった一首と思いますが、私は馬のことはよく知りません。
作者の思い入れの強い一首ということが十戦十勝と英国首位種牡馬でわかりますが、セントサイモンはなぜ無冠馬だったのでしょう。

  *母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花

お母様の思い出と俯きて咲く片栗の花。お母様に片栗の花のイメージが重なり、控えめで清楚な感じですが、凛とした女人像が浮かんできました。
きっときれいで優しくて女性としての強さを秘めたお母様でいらしたのではと思いました。

  *軽薄な明るさをいつか蔑んだ張りついた汗が乾かない午後

私は歌集の中では「湿気」の項目に登場するお歌に魅かれます。人間を詠んで、どこかシュールで個性の光る歌が好きです。
軽薄な明るさを軽蔑しながらどこか割り切れない、そうとばかりはいかない世の中、張りついた汗が乾かない午後にジレンマが表れている感じがします。

  *些細な嘘が限りなく増殖する午後ぶあつい湿気にどつぷり巻かれ

小さな嘘に尾鰭がついて、とんでもない話になっていたということありますよね。
最初の嘘は作者でしょうか、限りなく増殖するという言葉が生物のようで面白いです。
下句のぶあつい湿気にどつぷり巻かれ、にちよっと捨てばちな気分がよく出ていると思いました。口語発想で詠まれているのも効果的と思いました。

  *些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぷるんと震ひひれ酒旨し

些事と思っても受け止め方は人それぞれ。 煮凝り、ぷるん、ひれ酒、言葉の選び方が巧みで、気がかりはあっても胸の奥にしまいこみ、ここはひとまず、ひれ酒を楽しむ作者が浮かびます。
私もお酒が好きなので、この感じがいいですね。

  *夢すべて池に沈めて蓮枯るる通天橋背に冬ざるるかな

ダイナミックなお歌ですね。夢と眼前の枯れた蓮の景が見事に詠まれていて味わい深いです。
「去年今年」の項目の歌もそうですが、俳句で言う切れ字をところどころにお使いになって感動や詠嘆を引き出されている。
口語歌を詠んでいる私には、なかなか使えないので見事だなあと思いました。

  *されど君、説かるるはクメールの言ひ分ぞ正義はいつも支配者の側に

全く歴史はその繰り返しですね。勝てば官軍、負ければ賊軍、は時代を越えて国を越えて、どこにでもありますね。
されど君、の初句に作者の強い反論が感じられる納得の一首です。

  *タベルナでゆふべ出会ひし美青年 今日はゲイのカップルでビーチを

まさに現代の世相を詠まれていると思いますが、とくに外国でカタカナ語が多いと文語で詠まれるより口語の方が合うのではないかと感じましたが如何でしょうか。
作者の目を丸くしている表情が浮かび、にやりと笑ってしまいました。

  *けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く
  *哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

人生を達観できる境地を、しみじみ詠まれていて言外に深い感動を覚えます。
いろいろなお歌が詠めるのも長く生きていればこそです。
私はまだまだ未熟で、なかなかいい歌が詠めませんが、木村様のお歌をよく読んでお勉強したいと思います。ありがとうございました。

木村様のご健康と益々のご活躍をお祈りいたします。   2015年5月6日      貝沼正子  
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貝沼正子さんは、今は口語自由律の「未来山脈」に居られるが、前は加藤克己の結社「個性」に所属しておられた。 
「個性」は、かなり自由な結社で、自由律や口語など、何でもありのところだった。
私も口語、文語、定型、非定型、自由律、 の区別なく、自由に作歌しているので 、「うまが合う」というのだろうか。
貝沼正子氏には、『燦燦ブルー』(1999年個性叢書)、『セピアの渇き』(2004年未来山脈叢書)、『触覚』(2014年未来山脈叢書)などの歌集がある。

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       木村草弥歌集『無冠の馬』十首抄・・・・・・・・・・三井修(「塔」選者)

   誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

   太陽へ真つすぐ伸びる石蔣の花ひそやかな黄にまた出逢ひたり

   真夜冷ゆるしじまの声のごとくにも蝕まれたる原風景ぞ

   陽にやけし岩のおもてが足裏に熱き苦行の岩山のぼる

   足裏と頭ささふる枕にみる渦巻模様は太陽のシンボル

   封道沿ひはぶだう畑つづき木組みの家が点在する可愛い村を縫ってゆく

   ワン村の人口五二三人九月最初の週末に音楽祭を開く

   休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

   水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

   照射位置を示す腰間の+の字三七回済みたればアルコールで消す

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      「無冠の馬」17首抄・・・・・・・・・森きよ子(「地中海」会員)

   八ツ手の花ひそと咲く白昼凩や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く

   午年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

   「死に場所は故郷が理想」主治医言ふ、われら同意す帰心矢のごとく

   三椏の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

   桜散る頃に死にたる母ちと妻、お供にと母が連れたまひけむ

   一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

   沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

   ひと冬の眠りから覚めたか剪定した葡萄の樹液のしたたり止まぬ

   チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   はたと膝打ちたるごとく椿落つ三輪の百千の椿の山は

   菜の花が黄に濃きゆふべたはやすく人死につづきせつなくなりぬ

   筆づかひの途切れにも似て一ところ火勢の強き火床が見ゆる

   寒椿耐ゆる美徳を亡母訓ひぬ耀ふ花のはつか匂ひて

   晩年は仏の重太郎と呼ばれしが若い時には激情家たりし

   春めきて木津川の水ぬるみつつ宙天たかく雲雀があがる

   巨いなるドームのごとく横たはるストラスブール駅朝もやの中

   高みより見放くれば周りみなボジョレ・ワイン畑が果てなくつづく



三浦好博 『無冠の馬』 評──私信と好きな歌
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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     三浦好博 『無冠の馬』 評──私信と好きな歌

木村草弥さま
早いもので八十八夜が過ぎました。草弥様は既に後進に事業を讓っておられますが、お茶の季節になるとその感慨も一入と思われます。
御歌集『蕪冠の馬』ご出版誠におめでとうございます。そして私にもお贈りくださいましてありがとうございました。
お陰様で体調には変わりはありませんが、市内からは出ることはなく、もっぱら銚子短歌会と地中海銚子支社の歌会のみを取り仕切っております。
角川の杉岡氏が退職をされたようで、木村様の御歌集にかかわったのが最後だったのでしょうか。早速読ませていただきました。

歌集名の『無冠の馬』は、歌集の構想を練ったのが、ご自身の午年(年男)の八十五歲であったという事でありましょう。
「無冠」はセントサイモンの無冠馬にかけて、ご自身を准えたのかと思われます。凄い馬だったのですね。
僅か二十九歳で逝ったアーチャーという騎手が、「この先の私の人生、二度とこんな馬に出会うことはないだろう。あれは馬ではなく走る蒸気機関車だ…」と述べていたようですね。

『無冠の馬』には「あとがき」などがなく、珍しい歌集だと思いました。
それだけに歌からしか全般の主張を読み解かねばならず、知識と教養のない者にはとても大変な歌集でした。
広く深い教養と歌集の構成にただただ驚くばかりでした。

  *凡愚凡人しかも陰萎のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

ここまで、詠めるということも歌人になる必要条件なのでしょうね。私も見習わなければなりません。
出雲八重垣の歌や落ちやまぬ椿の花に、ちちぶさを包む幻影を見る感覚、湯たんぽを抱きて眠る仕草など、
また、スリランカやカンボジアの旅にて得た旅の歌にもエロスがふんだんに散りばめられていました。
なんと言っても、Ⅲの「幽明——弥生の死のあとさき」の項の終わりからふたつ目、菊慈童の各歌には立ち止まりました。
夭折の画家といってもよい菱田春草の菊慈童は見た事がありますが、朦朧体の童は正に不老不死の竟地でありましょう。
これらのことから带文の言葉が立ち上がって来る思いです。
私は祭りにはほとんど関心がなく (本来的にはまつりごとイコール玫治なのでありまして、無関心である事は許されません)、次々と出てきます祭り行事には、理解するのが難題でありました。
また、私は旅のうたは基本的に、自身の感動を伝えるのはよほど表現を工夫しなければいけないから、詠んでもなかなか良い歌はできない、と歌論で読んだことがあります。
私も二十数回くらいは海外への旅はしておりますが、うたを詠んで歌集に入れたのはタイとインドとマレーシアで、それもほんの僅かでした。
今BSブレミァ厶にて「世界で一番美しいとき」をやっていまして、これを見て、ああ行ったけれど行く季節を間違えたと思うばかりです。
インドはお釈迦様の国でありながら、殆どはヒンズー教になってしまいましたので(というより、仏教はヒンズ—教の一ジャンルと現地では言われておりました)、タイを旅した時の方が仏教は身近に感じられました。
仏陀の涅槃とアーナンダの事は存じております。タイとカンボジア、スリランカ等は今もって仏陀の影饗が強いのですね。
インドではヒンズー教の寺院の彫刻に、人目を憚る様なものがたくさんあり、木村様がスリランカやカンボジアでご覧になったものとの互いの影響があるように思われます。

   *三香原布當の野边をさを鹿は嬬呼び響む朝が来にけり

   *山の端の羅引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

   *あららぎの丹の実光れる櫟坂は寧楽と山城へだつる境

   *拓かれし州見台てふ仮り庵に愛ぐはし女男の熟睡なるべし

流れがよく万葉集のうたを読んでいるような心地がします。
それもその筈、お住まいの近くに恭仁京があったようですね。私は聖武天皇がその後に遷都した、紫香楽の宮跡を訪れたことがありましたが、恭仁京には行かずじまいでした。
お仕舞の長歌はおそらく奈良の都を讚えるうたであろうと思われますが、私には難しいです。平城京遷都千二百年の年の新年を奈良巿で迎えました。どうしても行きたかったのでした。
病気になる前でしたので、本当に行って良かったと思いました。
「生きる」「幽明」「明星の」「うつしみは」の項には何とも言いようもない命というものの儚さ荘嚴さとでも言うのでしょうか、立ち止まるを得ませんでした。
とても他人の真似のできない特異な境地だと思いました。うたのリズムが心地よく響き、私などは韻律より意味を持たせる歌ばかり詠みますので、ああ、やはり短歌はリズムだなとあらためてしみじみ思いながら読みました。
養生中の身では本当に集中力が足りなくなりました。
最近は簡単な断片的な感想に終始しております。木村様が表現しようとした事のどれ位理解したか、甚だ心許ない感じです。

別紙に私の好きな歌を挙げております。私好みに偏っていますので、作者にすれば不本意かもしれませんが、お許し下さい。
終わりになりましたが、歌集を出版すると疲れが出るのが普通です。本当にお疲れ様です。どうぞお体に注意されましてご自愛專一に日々をお送り下さいませ。
この度は御歌集『無冠の馬』ご出版まことにおめでとうございました。ありがとうございました。
それではご免下さい。               草々              三浦好博


    木村草弥歌集『無冠の馬』より 私の好きな歌         三浦好博(「地中海」編集委員)

  一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

  誰に逄はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

  チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

  〈チュ—リップの花には侏儒が棲む>といふ人あり花にうかぶ宙あり

  落花舞ひあがれば花神たつごとし八重の垂乳根の逢魔が刻を

  海鳴りに椿の森の咲き满てり狂ひてみたき月夜なりける

  凡愚凡人しかも陰蒌のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

  捨てるものまとめて背を丸めゐつ「寒いね」と交はす声が白いよ

  些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぶるんと震ひひれ酒旨し

  ひと肌の恋しき季となりにけり湯たんぽ抱きて寝ぬるも哀れ

  休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

  闘鶏にチェスに賭事なす人ら食事の民も生活ほほゑまし

  されど君、說かるるはクメールの言ひ分ぞ正義はいつも支配者の側に

  地雷に脚を失ひし人老いも若きも寺院の門に物乞ひをせり

  『王道』を読みしも昔はるばると女の砦(バンテアイ・スレイ)に来たれる我か

  マル口ーが盗まむとせる女神像ひそやかなる笑みたたへてをりぬ

  ひと巡りにて足る寺院口ーブ張りて女神と我らを近づけしめず

  蓮の台ゆ股に女を挟みその胴に爪をたつるヴイシュヌ神はも

  水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

  素はだかに濁れる水に飛び込みてはしゃぎゐる児らに未来のあれな

  乳ふさも露はに見せて地母神は聖なる蛇を双手に握る

  黑衣なる聖職者が八百屋の店先で買ふ葡萄ひと房

  タベルナでゆふべ出会ひし美青年  今日はゲイのカップルでビ—チを

  間なくして用済みとなる器官なれ愛しきかなや我が前立腺

  猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

  semenの一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

  たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

  マンスリーマンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

  妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光赤く

  「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

  「一切の治療は止めて、死んでもいい」娘に訴へしは死の三日前

  吾と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

  誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴ—ルド見分け得ぬ 哀し

  たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ  果つ

  助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤りよ

  吾と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

  赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

  うつしみははかなく消えて失せにけり肉の記憶もおぼろとなりて

  三香原布當の野边をさを鹿は嬬呼ぴ響む朝が来にけり

  山の端の羅引きて朝日いづ茶細の丘の鯡の朝ぼらけ

  あららぎの丹の実光れる櫟坂は寧楽と山域へだつる境

  狩衣の乱るるなへに狛錦紐解き持てる若草の嬬

  拓かれし州見台てふ仮り庵に愛ぐはし女男の熟睡なるべし 
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畏敬する三浦好博氏から、私の歌集を仔細に読み解いた私信と抽出歌を賜った。ルビも忠実に再現してもらったが省略した。
全文を掲載して、深く、心より御礼申し上げる。
文中に「病気」とあるのは、先年、前立腺ガンの手術を受けられたからである。今は平癒されているようだが、ご養生専一に願いたい。 有難うございました。


         
白子れい「無冠の馬」──私信と抽出歌 / 中島史子──私信「秋華賞の馬を美しさで審査する」
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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       白子れい「無冠の馬」──私信と抽出歌

五月はじめと言うのに昨日は真夏日とか、今年ははやくから暑い日が続きます。 お変りございませんか。
此のたびは御歌集『無冠の馬』の御上梓おめでとうございます。
早速お送りいただきありがとうございました。
広い視野、広い行動範囲をもたれた、これらのお作品の数々さぞ御本にまとめられるには大変な御苦労がおありだったことでしょう。
外国にあまり行ったことのない私なんかにまで、よくわかるそれぞれの解説をつけて下さり、本当に読みやすい、そして奥のふかい御歌集との印象を受けながら拝見させていただきました。

  ・白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲(わら)ふ

  ・沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

  ・海鳴りに椿の森の咲き満てり狂ひてみたき月夜なりける

  ・蛍火の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ

  ・些細な嘘が限りなく増殖する午後ぶあつい湿気にどつぷり巻かれ

  ・ペンションの窓より見放くる湖を緋の矢はなちて朝日のぼれる

  ・枯芒刈り取ればかの日吹かれたる風に重さのありと気づきつ

  ・捨てるものまとめて背をまるめゐつ「寒いね」と交はす声が白いよ

  ・夢すべて池に沈めて蓮枯るる通天橋背に冬ざるるかな

  ・寒椿耐ゆる美徳を亡母訓ひぬ耀ふ花のはつか匂ひて

  ・亡き父の五十回忌に集ひたる族にただよふ金木犀の香

  ・和紙綴りの帳簿に見ゆる父の筆墨痕鮮やか達筆にして

  ・わたくしは朝型にんげん 早朝はすいすいすいと仕事が捗る

  ・謡曲の月宮殿に因みたる所望は鶴と亀とが踊る

  ・からくりの郭巨が持てる鍬の柄にはらりはらりと時雨さしぐむ

  ・生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術は拒みつ

  ・妻に効く抗癌剤求め尋め来たる某ガンセンター丘の上にあり

  ・点滴も服用薬もなし自前なる免疫力で妻は生きる

  ・桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

  ・とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し

  ・けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

  ・さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

  ・あららぎの丹の実光れる櫟坂は寧楽と山城へだつる境

  ・刻々と<刻>は進むがカレンダーはもう見ないでよ無明のうつつ

Ⅰ 無冠の馬、 Ⅲ 幽明 からとりあげさせてもらいました。
作者独得の眼で見、独得の捉え方をされ、独得の表現をされている、これらのお作品、くり返し拝読しても胸をうたれました。
Ⅱ テラ・インコグニタ の章からも引きたいと思ったのですが、紙面の都合もあり今回は省かせていただきました。
本当に私なんぞの及びもつかない広い世界、ふかい世界に生きておられるお姿が、まざまざと眼の前にうかぶ素晴らしい御歌集でした。
またグループの皆にも紹介して一緒に学ばせていただきたいと思って居ります。 (後略)
     五月三日                白子れい(「地中海」洛東グループ長)
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      中島史子・私信「秋華賞の馬を美しさで審査する」

うかうかと過ごしている間に葉桜。 牡丹も咲き急いでいるように思われます。
昨日、『無冠の馬』届きました。
セントサイモン、こんな馬がいたのですね。
実は、一昨年、昨年と京都競馬場へ参りました。
「秋華賞」に出走する馬を、美しさで審査する委員になったものですから、競馬場という場所に初めて足を踏み入れましたが、美しい馬の姿に圧倒された次第です。
少し馬に興味を持ったところに、この歌集。 早速拝読いたしました。

性は生、生きる力をしみじみ感じました。 エロをエロスで踏みとどまらせるのは、深い教養。 毎回ながら拍手です。
チューリップの花のひとひらがゴッホの耳に見えたり、女神像にマルローの影を思ったり、大変面白く興深く読みました。
奥方様の看取り、これはもう言葉にできません。  (後略)





木村草弥第六歌集『無冠の馬』 (完)
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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            木 村 草 弥 第 六 歌 集 『無 冠 の 馬』 (完)
                           ・・・・・・・・・KADOKAWA2015/04/ 25 刊・・・・・・・・・・・
「帯」文

<卓抜したエロスとインテリジェンスで綴る斬新奇抜な詩的
  世界。外国詠にも及ぶテーマの広さはもはや追随するもの
  がないといっていいだろう。破天荒かつ英国競馬史上最
  高と語られるセントサイモンを彷彿させる珠玉の第6歌集。>

「帯」裏  自選5首

  三椏(みつまた)の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

  午年(うまどし)生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

  八ツ手の花ひそと咲く白昼(ひる)凩(こがらし)や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く

  シレーヌの素肌に昼と夜が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが

  哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル


無冠の馬   目次

Ⅰ 無冠の馬
   ゴッホの耳
  無冠の馬
  落花
  無音
  大文字
   湿気
  中禅寺湖
  マンデラ氏逝く
  去年今年
  父・重太郎 五十回忌
   朝型にんげん
   一枚の絵
   大津曳山祭

Ⅱ テラ・インコグニタ
 A.スリランカの歌
  インド洋のひとつぶの涙
  「アーユ・ボー・ワァン」
  キャンデイ
  「セイロン紅茶」
  アヌラーダブラ
   ミヒンタレー
   ポロンナルワ
   ガル・ヴィハーラ
  シーギリヤ・ロック
  ダンブッラ

  B.フランスの美しき村
  フランスの美しき村
  小フランス地区─ストラスブール─
   リクヴィル村─アルザス・ワイン街道─
  タルト・フランベ
  オベルネ─九月二十二日
  ヴェズレー─サント・マドレーヌ聖堂
   ベッコフといふ郷土料理の由来
   ロマネ・コンティのワイン畑
  エスカルゴ
   「フランスの美しき村」─ワン
  ディジョン
  コルマール
   ワインの聖地ボーヌ
  リヨン─美食の街

 C.王道─カンボジア
   『王道』─La Voix Royale─
   シェムリアップ 
  アンコール・トム
  タ・プロム
   スラスラン
  アンコール・ワット
  乳海撹拌
   バンテアイ・スレイ
  トンレサップ湖

ギリシアの歌 補遺

Ⅲ. 幽明─弥生の死あとさき
  前立腺─Prostata─
  生きる
  幽明
   明星の
  うつしみは
   州見山
  菊慈童めき 付・挿入歌二首
  京終と称ふる地なる(抄)

初出一覧
著者 略歴

総歌数 四百二十三首
装 丁  熊 谷 博 人  
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         Ⅰ. 無冠の馬



      (この紙片の裏面) ↓


      セントサイモン
      牡・黒鹿毛・イギリス産
        父:Galopin
        母:St.Angela
        競走成績:十戦十勝
         (一つは非公式戦)
        英国首位種牡馬:
        一八九〇~一八九七、一九〇〇、一九〇一年
        主な勝ち鞍:
           アスコット・ゴールドC
           エプソム・ゴールドC
           グッド・ウッドC

        ゴッホの耳    
         
白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲(わら)ふ

一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

三椏(みつまた)の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

生憎の雨といふまじ山吹の花の散り敷く狭庭また佳し

白もくれん手燭のごとく延べし枝(え)の空に鼓動のあるがに揺るる

松の芯が匂ふおよそ花らしくない匂ひ──さうだ樹脂(やに)の匂ひだ

ひと冬の眠りから覚めたか剪定した葡萄の樹液したたり止まぬ

天上天下唯我独尊お釈迦様に甘茶をかける花祭 ひとすぢに生きたい
    
チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

<チューリップの花には侏儒が棲む> といふ人あり花にうかぶ宙(そら)あり

ブルーベリージャムを塗りゆく朝の卓ワン・バイ・ワンとエンヤの楽響(な)る

千年(ミレニアム)きざみに数ふる西洋か 日本は百年に戦さ五度(いつつたび)

        無冠の馬

ドーパミンはパーキンソン病に著効なりと病む友言へり 分泌に励めよ

ドーパミンなだめかねつる我なればパーキンソン病に罹るなからむ

七十の齢を越えざりし父のこと思へば十五歳われは超えたり

七十まで現役たりし我のことご苦労様と誰も言ひくれず

草原を馬上に駈ける少年よアルタンホヤグ・イチンノロブよ
                              ─逸ノ城─

十戦十勝かつ英国首位種(しゆ)牡(ぼ)馬(ば)─セントサイモンは《無冠馬》だつた
                        ─一八八一年~一九〇八年─

午(うま)年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

        落 花

深吉野のこのいつぽんが落花するその日があらむ花乞食(こつじき)に

落花舞ひあがれば花神たつごとし八重の垂乳根の逢魔が刻を

海鳴りに椿の森の咲き満てり狂ひてみたき月夜なりける

緋椿のこぼるる先を海女ふたり海へ向へり また長丁場

椿の花流るる川に沿ひゆけば岩すべる水にたちまち失せぬ

鬱と咲き鬱と落ちたる椿なれ一輪の朱に重さありにけり

はたと膝打ちたるごとく椿落つ三輪(みわ)の百千(ももち)の椿の山は

椿咲く出雲八重垣つらつらに隠し隠せぬ神の婚かな

凡愚凡人しかも陰萎のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

落ちやまぬ椿の花よちちふさを包む現(うつつ)の幻影として

花御堂はみどりの樹の下ひしやくもて甘茶を注ぐ金銅の仏に

しだれ梅とうとうたらりとしだれゐし旧宅の庭夢に出でつも

菜の花が黄に濃きゆふべたはやすく人死につづきせつなくなりぬ

母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花

        無音

蛍火の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ

人間とちがふ眠りのサイクルと思ふ蝸牛が葉かげに眠る

たはやすき泪もあれな老いてなほ懐かしき名の父子草とは

数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の

辰砂壺に水入れず挿す小判草朝な夕なに頭(づ)を垂れきたり

        大文字

山腹の盆の送り火─如意ケ岳に薪(たきぎ)を積みて「大」を描けり

筆づかひの途切れにも似て一ところ火勢の強き火床が見ゆる

松ヶ崎の妙法、西賀茂の船形、金閣寺の左大文字、西山の鳥居形

               *与謝蕪村
<大文字やあふみの空もただならね>京と琵琶湖とは空つづき

大文字消えゆくときに背後にはくらぐらと比叡の山容ありぬ

        湿気

軽薄な明るさをいつか蔑んだ張りついた汗が乾かない午後

些細な嘘が限りなく増殖する午後ぶあつい湿気にどつぷり巻かれ

蛸飯とコロッケで済ます昼ごはん乾電池が梅雨の湿気を帯びる

夜の藤ひとりでゐたき時もあり月も光を放たずにゐよ

幻影かはた目眩しか一陣の蒼き風吹く土偶の口より

        中禅寺湖

いろは坂上り下りの二分けに四十八の急カーブなす

男体山のふもとに拡がる湿原は神々が争ひし戦場ケ原

修験者の修行の場とふ峠道その名もすさまじ金精峠

エレベータに百メートルくだるひとときを一分として滝を見にゆく

中禅寺湖の水を落してしぶきたつ華厳の滝ぞ投身の俤(おもかげ)

湖の避暑地の別荘そのままにイタリア大使館記念公園

ペンションの窓より見放くる湖を緋の矢はなちて朝日のぼれる

        マンデラ氏逝く

太陽へ真つすぐ伸びる石(つ)蕗(は)の花ひそやかな黄にまた出逢ひたり

大輪を誇りし花も惜しまれて大菊のこの枯れつぷり いかに

枯芒刈り取ればかの日吹かれたる風に重さのありと気づきつ

竹田城址ここが二の丸天空の城塞かとも雲海に浮かぶ

捨てるものまとめて背(せな)を丸めゐつ「寒いね」と交はす声が白いよ

いくばくの蕾を残し山茶花散る置いてけぼりの三輪車ひとつ

子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ

冬うらら代る代るに嬰(やや)を抱く帰省の子らも今日限りなり

着ぶくれて動作鈍きを嗤はれぬ柚子ひと絞り皿の鯖へと

些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぷるんと震ひひれ酒旨し

何にしよ迷ひ箸しておでん鍋はんぺん三角まづは摘みぬ

河豚(ふぐ)鍋を囲みて酒は辛口でお喋りはづむ年忘れなり

むかご飯零余子(むかご)の三つ四つほど茶碗の中に湯気を立てをり

八ツ手の花ひそと咲く白昼(ひる)凩や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く


        去年今年

        悼・三井葉子さん  一月二日
玄冬や 風荒びくるきのふけふ佳人の逝きて儚(はかな)くなりぬ

寄り添へば枯野に雪の降りしきる七種粥(ななくさがゆ)をふうふうと吹く

うす味が好き初春の七種粥幾たび星辰移りたりしか

鈍色の雲どんよりと冬の空 薬師詣での高畑町帰り

しぐれつつ陽の射しゐるや生駒山かいつぶり沼に水脈を引きをり

水脈曳きて古刹に鴨ら鎮もれる堆(うづたか)き落葉はいまだ朽ちざり

          東福寺
夢すべて池に沈めて蓮枯るる通天橋背に冬ざるるかな

          随心院
際やかに小野の丘なみ冬に入る文塚ひそと寺の裏なり

寒椿耐ふる美徳を亡母訓(い)ひぬ耀(かが)よふ花のはつか匂ひて

ひと肌の恋しき季(とき)となりにけり湯たんぽ抱きて寝(い)ぬるも哀れ

暖とると猫を抱きて寝るといふ女(ひと)よ 生憎われ猫嫌ひ

霧ふかく鬼女の裔(すゑ)かと思はせてななかまどの実ぎらぎら朱し

梅咲くとほのかなる香を運びきていのち育(はぐく)む如月讃歌

忍び足で迫りくる夢ふたつ三つ限りある時間(とき)の愛着のやうに

一日は全ての人に二十四時間 老いはじめるとこれが短い

        父・重太郎 五十回忌

亡き父の五十回忌に集ひたる族(うから)にただよふ金木犀の香

山茶花の蕾の紅も膨らみ来 十月十四日父の祥月命日

茶の花の咲き初めにけり茶一筋に生き来し父の一生(ひとよ)なりしか

茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み

焼香炉回して合掌なしをれば僧の読経も佳境に入りぬ

妙法蓮華経方便品第二
ほうにょぜ そうにょぜ しょうにょぜ たいにょぜ りきにょぜ さにょぜ いんにょぜ
所謂諸法。如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。

厳(いかめ)しき父なりき家長たりて食事は一人離れて箱膳に向く

盆栽に水遣り拒みし少年の我にバケツの水をぶつかけし父

兵隊になりたかつたが徴兵検査は第一乙種とて口惜しがれりと

父と対等に物言ひしことなし逆らへば張り手とびきぬ

子育ては母に任せき 道楽に身を任せきと聞きしは後年

小学校卒のみの自分知るゆゑに子には充分に機会与へつ

晩年は仏の重太郎と呼ばれしが若い時には激情家たりし

和紙綴りの帳簿に見ゆる父の筆墨痕鮮か達筆にして

父の達筆享け継ぎしは登志子、庄助のみ重信も我も水茎うるはしからず

食べものが閊(つか)へると言ひ手術(オペ)せしが六十九歳の父食道癌に果つ

幼子の髪三つ編みに草の花つけて歩めば菊日和なり

      朝型にんげん

うらうらと陽が上りくる 大祖母は両手あはせて拝(をろが)みゐしが

「ご来迎」と今も言ふなり あかときの富士の山腹に列なす人ら

古代より太陽神は崇められ例へばエジプト神話の太陽神ラー

日本の太陽神は天照大神(あまてらすおおみかみ) 岩戸に隠れて威光示せり

<太陽の消失>は古代は一大事 「夜」はた「日蝕」におののきたりき

おほよそは体内時計は太陽の出入りのリズムに適(かな)ふと言へり

「早起きは三文の徳」古人いふ体内時計に従ひゆかな

わたくしは朝型にんげん 早朝はすいすいすいと仕事が捗(はかど)る

             一枚の絵       

ふるさとを出でて五十年経し友が「故郷」と名づけし絵をゑがきたり

丘の楢の梢の上にうかぶ白き雲ひとつふたつ三つ描く友の絵

裸木のくぬぎの景色鮮けく雪と冬と友の記憶幼し

春めきて木津川の水ぬるみつつ宙天たかく雲雀があがる

田舎より街に暮すが長しと言ひ友は土色の絵の具(チユーブ)をひねる

友の父が訥々と生きし田園は友が心のうちなる「土色」

真夜冷ゆるしじまの声のごとくにも蝕まれたる原風景ぞ

一枚の絵が出来あがる過程(プロセス)に五十年の歳月かなし

      大津曳山祭 ─十月十日─

       天孫神社
天孫と名づけし社に十三の山車(だし)うち揃ひからくり奉ず

              孔明祈水山
所望所望の声とび交へば孔明は扇ひらきて水湧かしめつ

       西行桜狸山
コンチキチ祭囃子を響かせて西行桜の狸山曳く

所望され西行法師は花の精と問答しをり「くじ取らず山」

袴にも家紋の入れる盛装に西行桜の狸山曳く

       龍門滝山
所望は龍門の滝に鯉のぼるからくりの銘は宝暦十二年

        源氏山
石山に紫式部が物語る源氏山とふ廻(めぐ)れる舞台

        石橋山
所望は天呂山なる岩よりゆ唐獅子出でて牡丹と遊ぶ

       月宮殿山
謡曲の月宮殿に因みたる所望は鶴と亀とが踊る

        西宮蛭子山
福々しきえびすが鯛を釣り上ぐる商売繁昌は「西宮蛭子」

        西王母山
崑崙の西王母が賀(いは)ふ桃の実は二つに割れて童子出でたり

        猩々山
唐国(からくに)の揚子の里に住むといふ高風は酌む尽きざる酒泉

       湯立山
天孫の湯立ての神事奉つり笹の湯ふらす「五穀豊穣」

       殺生石山
能楽の殺生石に因みたる所望は玉藻が狐に変る

       郭巨山
からくりの郭巨が持てる鍬の柄にはらりはらりと時雨さしぐむ

二十四孝の郭巨は母を敬(うやま)ひて黄金(こがね)の釜を掘りいだしたり

       神功皇后山
所望所望の声かけられてからくりの神功皇后文字書きつける

大津絵の鬼が笑(ゑ)まへる店先をかすめるごとく山車曳かれゆく







             Ⅱ. テラ・インコグニタ
 




      (この紙片の 裏面) ↓

             いまだ知らざる土地─Terra Incognita─
     心の中のロビンソン・クルーソー
      膨らみ続ける自由な空想
     夢詰め込んだトランクで出発
     未知の世界に旅立つ──




            A.スリランカの歌   ──二〇〇三年二月~三月──




     (この紙片の 裏面) ↓

     造物主はまだ
     解体前の種子のありさま

     種子の
     ある
     さま
      ─大岡信『悲歌と祝祷』より─



       インド洋のひとつぶの涙─スリランカ

亜大陸インドの南ひとつぶの涙を零(こぼ)ししやうなり、スリランカ

スリランカ「光り輝く島」と言ひ誇りも高く彼ら口にす

      六世紀編纂の本『マハーワンサ』王権神話─
シンハラ人に言ひ伝へあり「ライオンを殺した者(シンハラ)」とふ建国神話
                   
西風に乗りて来たりしマルコ・ポーロ「世界で一番すばらしき島」と

タミル人「解放の虎」テロ止めて一年たつと言ひ祝賀の旗たつ

二〇〇三年春日本にて停戦の会議あると聞くうれしきことなり

     BC十世紀の神話
ソロモン王がシバ女王に贈りたる大きルビーはスリランカ産てふ

野生象三千頭ゐる密林の径にうづ高し象のうんちは

     「アーユ・ボー・ワァン」

「アーユ・ボーワァン」便利な言葉こんにちは、有難う、さやうならにも

長寿(アーユ)が延び(ボー)ますやうに(ワァン)の意なるとガイド氏言へり、合掌して言ふ
          
ガイドなるヴィプール君言ふVIPULは「人気がある」意とほほゑみにけり

我らまた彼らにならひ何事にも合掌して言ふアーユ・ボー・ワァン

まとはりつく物売りの子に合掌しアーユ・ボー・ワァン言へば渋き顔せり

この場合「かんべんしてね」の意味ならむしつこき売り子のたぢろぎたるは

     キャンデイ

      キャンディ湖畔の仏歯寺あつき信仰を集める
レイに良し仏花にも良し五彩あるプルメリアの花季(とき)とはず咲く
                          
夕まけて涼風たつる頃ほひに灯(あかり)を点して仏歯寺混みあふ

   キャンディ郊外ペラデニヤ植物園、十四世紀の王バーフ三世が娘のために創立─
TVのこの木なんの木気になる木モデルの大樹フィーカス・ベンジャミナ

長寿番組「世界ふしぎ発見!」のテーマ曲に映す傘状の大樹

樹の下に入れば太き枝いり組みて八方に伸ぶる壮んなるかな

熱帯にも季節あるらし花の季(とき)は十二月から四月と言ひぬ

植物の相(ファウナ)にも盛衰あるらむか絶滅危惧種の双子椰子とふ
                          
スリランカの食事は「カリー」指先でおかずを飯に混ぜて食する

外つ国人のわれらもぢかに指先で食べてみたれば彼ら喜ぶ

クレープの皮のやうなる「ホッパー」に好みのおかずを包みて食べる


     「セイロン紅茶」

紅茶の産地ヌワラエリヤは高地にて涼しく気温二十度といふ

ヌワラエリヤは気候温和イギリス植民地には避暑地となりぬ

「セイロン紅茶」いまも紅茶の最高峰爽やかな香気と深い水色

紅茶の工程─萎凋→酸化→揉捻→篩ひ分け、なり

     アヌラーダプラ

      ─紀元前五世紀、最初の古都アヌラーダプラ─
ティサ池に影を映せる大岩をえぐりてなせる御堂と仏塔(ガーダハ)
                    
金色(こんじき)の涅槃仏据ゑし本堂は浅草寺の援けに彩色せしてふ
                    
恋ほしもよサーリヤ王子と俗女マーラ刻める石は「恋人の像」

もと椰子のプランテーションたりしゆゑPalm Garden Village Hotelと名づく

客室はコテージふうに疎らなる林の中に配されてゐつ

ひろらなる湖(うみ)につらなる庭にして野生の象も姿見すとふ
                       
     ミヒンタレー

プルメリアの花咲く石階六百段はだしにて登るアムバスタレー大塔

陽にやけし岩のおもてが足裏に熱き苦行の岩山のぼる

向ひあふ丘の頂に真白なるマハー・サーヤ大塔の見ゆ

     ポロンナルワ

ワタダーギヤ、ハタダーギヤとて大小の仏塔あつまるクォード・ラングル

     十世紀から十二世紀にシンハラ王朝の首都ポロンナルワは
     巨大な人工池のほとり─
乾きたる此の地に水を湛へしは歴代の王の治世ぞ池は

クォードとは四辺形の意、城壁に囲める庭に建物十二

見学の中学生多し観光客に英語で質問せよとの課題

     ガル・ヴィハーラ

涅槃像、立像、坐像巨いなる石の縞見すガル・ヴィハーラは

立像は一番弟子なるアーナンダ涅槃に入りし仏陀を悲しむ

なだらかなる姿態よこたへ仏陀はも今し涅槃の境に至るか

足裏と頭ささふる枕にみる渦巻模様は太陽のシンボル

     シーギリヤ・ロック

     シーギリヤ─岩壁のフレスコ画は五世紀のもの─
忽然とシーギリヤ・ロック巨いなる岩現れぬ密林の上に

いづこにも巨岩を畏れ崇(あが)むるかシーギリヤ・ロック地上百八十メートル

父殺しのカーシャパ王とて哀れなる物語ありシーギリヤ・ロック

     鉄製ラセン階段は一九三八年にイギリス人が架けた
汗あえて息せき昇る螺旋階ふいに現はるシーギリヤ美女十八

草木染めに描ける美女(アプサラ)は花もちて豊けき乳房みせてみづみづし
                         
ターマイトン土で塗りたる岩面に顔料彩(あや)なり千五百年経てなほ
                            
貴(あて)なる女は裸体、侍女は衣(き)被て岩の肌(はだへ)に凛と描ける
      
     一九六七年バンダル人が侵攻し多くのフレスコ画を剥がす
昔日は五百を越ゆるフレスコ画の美女ありしといふ殆ど剥落

獅子(シンハ)の喉(ギリヤ)をのぼりて巨いなる岩の頂に玉座ありしか
         
シンハ・ギリヤいつしかつづまりシーギリヤ仏僧に寄進されし稀なる王宮

聞こゆるは風の音のみこの山に潰えしカーシャパ王の野望は

     ダンブッラ
     
五つある石窟寺院は歴代の王が競ひて造り継ぎてし

はじまりはワラガムバーフ王がタミル軍を破りて建てしよBC一世紀

ダンブッラ寺の由来は「水の湧き出づる岩」とふ意味に因める

第二窟マハー・ラージャ・ヴィハーラとは偉大なる王の意、仏像五十六体

   ジャヤワルダナ全権大使のこと
   一九五一年九月サンフランシスコ対日講和会議の時、
   セイロン全権大使ジャヤワルダナ(後の大統領)は、
   ソ連の対日賠償の過大な要求を盛り込んだ修正条項に反対して、
   仏陀の言葉を引いて、参加国に寛容の精神を説いた、という。
   日本は、この恩義に報いるため、スリランカには多額の借款や
   援助の手を差し伸べている。
   現在の首都ジャヤワルダナプラの名は、この人の名を採っている。
首都スリー・ジャヤワルダナプラ通称コーッテは
十五世紀のコーッテ王国の名に因む。

「スリー」光り輝くさまと言ひスリランカの「スリ」も同じ意味なり

  つい数年前までタミール人「解放の虎」テロとの血みどろの抗争があり、大統領が訴へた
「憎しみは憎しみにより止むことなく、愛により止む」ブッダの言葉
            ─Hatred ceases not by hatred , but by love ─

     ゴール・フェイス・グリーン
インド洋より吹きくる風も心地よし凧あげする人あまた群れゐつ




            B.フランスの美しき村  ──二〇一三年九月──
         ─アルザス・ブルゴーニュ─



        (この紙片の 裏面) ↓


         大地はオレンジのように青い。
     ─ポール・エリュアール─



          フランスの美しき村   

「フランスの美しき村」訪ねむとはるばる来たるブルゴーニュ此処

ビジネスクラス隣席のサマール・ケリー女史ダン・ブラウン新作『インフェルノ』読む

アルフォンス・ドーデ『最後の授業』独仏支配交替のアルザスの悲哀

巨いなるドームのごとく横たはるストラスブール駅朝もやの中

サマータイムなれどももはや九月下旬、午前七時はいまだ暗いよ

  キッシュ─練りパイ生地にベーコン野菜クリームを入れチーズを振りかけて焼き上げる
三角形のキッシュ出でたり素朴なるアルザス・ロレーヌの郷土料理ぞ

街中を出づれば田園は霧の中、濃き朝霧は「晴」の予兆なり

     小フランス地区─ストラスブール─
  
ドイツ風の木組みの家多し、ドイツの原型たりし神聖ローマ帝国

木組みなる「小フランス」地区イタリア戦争帰りのフランス兵が休息

その町で性病流行し患者たちを隔離せし病院を「小フランス」と蔑称

じめじめしたる不衛生なる水辺、革なめし業や漁師の住みたる一郭

「小フランス」(プチツト・フランス)木組みの家の景観を売りものにして今は観光地

「プチット・フランス」名前も家並みも可愛いいエリヤとなりぬ

       リクヴィル村─アルザス・ワイン街道─

街道沿ひはぶどう畑つづき木組みの家が点在する可愛いい村を縫つてゆく

「美しき村」のひとつリクヴィルここも昔ながらの木組みの家並

リクヴィル村役場HOTEL DE VILLEの文字も彩(あや)に花もて飾る

昔ながらの菓子クグロフや塩からきプレッツェルも並べて売らる

        タルト・フランベ

アルザス風タルト・フランベ日本のお好み焼にさも似たるかな

パン生地を薄く伸ばしスライス玉ねぎ、ベーコン、生クリームを載せ強火の窯で焼く

ピザとの違ひ チーズは使はず身近なる食材使ひシンプルに作る

フランベとは料理用語で「燃やす」謂。短時間で出来るパンの意ならむ

         オベルネ 九月二十二日

近在の村人総出に繰り広げるオベルネ収穫祭に人ら蝟集す

小さき村オベルネ人口数百人、万余の人ら駐車場に溢る

        ヴェズレー─サント・マドレーヌ聖堂

ブログ友M氏は建築学徒ヴェズレーの聖マドレーヌ寺院が卒論なりといふ

なだらかな丘に広がるサント・マドレーヌ教会、世界遺産なり「ヴェズレーの教会と丘」

聖マドレーヌそは「マグダラのマリア」かつては娼婦、悔悛し復活したキリストを最初に見し人

この丘はサンチァゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の出発点のひとつ、ホタテガイの舗鋲

物語的な柱頭彫刻、旧約に取材す「エジプト人を殺すモーゼ」といふものあり

物語的な柱頭彫刻はロマネスク建築に始まると書誌いふ

少年ダビデが巨人戦士ゴリアテを倒す物語、信仰篤きダビデの勇気を讃ふ

字を読めぬ人が大半なりし昔、絵解きで諭す柱頭なりぬ

        ベッコフといふ郷土料理の由来

かつて月曜日はアルザスの主婦らの洗濯日なりき、手仕事の一日掛りの大仕事

   前日の日曜日の夜。牛、豚、羊やらの肉の切れ端を白ワインと一緒にベッコフ鍋に漬け込んだ
   翌朝その鍋に野菜やら何でも入れて馴染みのパン屋に預けた


牛肉はカトリックを豚肉はプロテスタントを羊肉はユダヤ教を表すと言へり

パン屋は預かったベッコフ鍋にパン生地の余り物で隙間を押さへ余熱の石窯に入れてあげた

仕事の帰りにベッコフ鍋を受け取るとうまい具合に鍋料理が完成してゐた

ベッコフとはアルザスの土鍋La Beackoffe パン焼窯から出来たアルザス語

        ロマネ・コンティのワイン畑

夕食はブルゴーニュ名物「ブフ・ブルギニョン」ブフとは牛肉の意、赤ワイン煮なり

グラン・クリュ街道なる葡萄畑の丘「コート・ドール」ゆく、黄金の夕焼け

バス途上、銘酒「ロマネ・コンティ」の畑を見むとて写真撮るなり

バスまたタクシーに畑を見にくる人多し。タクシーで乗り付けし中国人たち

「ロマネ・コンティ」年間六千本のみ瓶詰と言ひ、されば一本数十万円の高値

消えかかりし石のプレート石垣に嵌め込みたりな「ロマネ・コンティ」

              エスカルゴ

ブルゴーニュ名物のかたつむり料理、ガーリックとバター風味のエスカルゴ

かつては葡萄の葉につく害虫たりしが食べたら美味と飼つて当地名産に

              「フランスの美しき村」─ワン

リヨン北西四十一キロ もとワン城の城壁の村、いまはニズィ門残る

ワン村の人口五二三人、九月最初の週末に音楽祭を開く

高みより見放(さ)くれば周りみなボジョレ・ワイン畑が果てなくつづく

「ボジョレ・ヌーヴォー」新酒解禁売り出さるフルーティなれど好みさまざま

        デイジョン

中世のブルゴーニュ公国の首都デイジョン「金羊毛騎士団」活躍せりき

ブルゴーニュ大公宮殿いま市役所と美術館として威容見すなり

ノートルダム・ド・デイジョン教会ゴシックなり六世紀作「黒い聖母像」置く

一五一三年九月司令官ルイ・ド・ラ・トレモイユ四〇万エキュもて「黒い聖母」に捧ぐ

ディジョン名産マスタード老舗MAILLEの店リベルテ通り百貨店ラファイエットの前

創業一七四七年の伝統と言ひ誇りを持つて商ひをする

われもまた商人の裔(すゑ)、商人(あきうど)の矜持もふかく肯(うべな)ひにけり

              コルマール

コルマールも木組みの家並美しく「小ベニス」とふ水路の辺り

どの家も木組みの窓辺に赤きゼラニウムの花籠吊るす

コルマールかつての神聖ローマ帝国の自由都市、アルザス「十都市同盟」

最古の文献は八二三年、コルンバリウム鳩小屋の意味とし伝ふ

コルマールいまは電機部品製造、製薬業 十一万六千の人口擁す

コルマール郊外に日本企業あまた進出、日本語補習学校ありといふ

              ワインの聖地ボーヌ

     ボーヌのオスピス 一四四三年ブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランが創設。
     入院の条件は貧者であること。無料で施療した。
     王侯貴族から寄進された葡萄園で生産したワインで費用をまかなつた。


「神の宿」(オテル・デユー) と呼ばれし施療院、屋根瓦が黄、赤、褐色と文様うつくし

「栄光の三日間」と称するワイン祭、ワイン・オークションはその年の相場占ふ

わが畏友・田辺保の本『ボーヌで死ぬということ』彼はカトリック信者だつた

              リヨン─美食の街

フルヴィエールの丘より見渡すリヨンの街、ここは黄金の聖母を頂く大聖堂

リヨン都市圏一六四万人を擁し古くよりヨーロッパ一の絹織物の産地

われの住む所は金糸・銀糸生産の日本一。金糸の輸出先はここリヨンといふ

祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

「ヌーヴェル・キュイジーヌ」創始者ポール・ボキューズ一九六五年獲得の三ツ星いまも保つ

「メール・ブラジェ」女性として初めてミシュラン三ツ星獲得、その弟子の一人がポール・ボキューズ

明日帰国の一夜われらはボキューズの弟子の店にてささやかなる晩餐



       C.王道─カンボジア  ──二〇〇二年十二月──


   (この紙片の 裏面) ↓


      ヴィシュヌの蹄の跡からは海水が抜け、
      雷鳴にも似た大きな音をたてながら、
     冥界へすさまじい勢いで落下していった。
      ─ヴィシュヌ神話より─


       『王道』─La Voie Royale─

クメールの統べし五百年の栄華の跡ひそと佇む然(さ)れども峨々と

しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる

《ながく夢を見つめる者は自(し)が影に似てくる》といふインドの諺

P・ボワデッフル言へり《『王道』は狂ほしきバロックのごとき若書き》

「若い時は死とは何かが判らない」初対面のクロードにペルケン言へり

シレーヌの素肌に夜と昼が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが

             シェムリアップ

ゲートありて遺跡見学証ことごとに見せつつ通る真夏日の下

見学証三日通用にて四十米ドルなんでも米ドルが通用する国

休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

            アンコール・トム

アンコール・トム築きしジャヤヴァルマン七世は仏教徒にて慈悲深しといふ

回廊の浮彫に描くはトンレサップ湖に魚をすなどる漁師の姿

闘鶏にチェスに賭事なす人ら食事の民も生活(たつき)ほほゑまし
                     
クメールとチャンパの戦ひ水上の戦闘のさまつぶさに彫れる

象の隊、騎馬隊、歩兵びつしりとクメール軍の行進のレリーフ

バイヨンの仏塔の四面は観世音菩薩の顔にて慈悲を示すや

されど君、説かるるはクメールの言ひ分ぞ正義はいつも支配者の側に

海の民たりしチャンパは越南の大国にして富みてゐたりき

富める国チャンパの財宝かすめむとクメール軍の侵ししならむ

チャム族は今は貧しき少数民族ヴェトナムの地に祖神を守る

            タ・プロム

巨いなる榕樹(スポアン)はびこるタ・プロム堂塔は樹にしめつけらるる
                        
大蛇のごと堂にのしかかり根を下ろす榕樹のさまも中央回廊

石組の透き間くまなく根と幹が入り込む景は霊廟タ・プロム

たけだけしき植物の相も見せむとて榕樹を残すも遺跡政策

            スラスラン

王と王妃の沐浴せる池スラスラン七つの蛇神(ナーガ)のテラスありたり
                         
水浴場(スラスラン)はポル・ポト統べし時代には稲田にされしとふ広らなる池
                         
            アンコール・ワット

大き池わけて詣づる西参道アンコール・ワットに我は立ちたり

五つの塔を水面に映し鎮もれる寺院の空に浮かぶ白雲

王都(アンコール)なる寺院(ワツト)とし建つる大伽藍ヴィシュヌの神を祀りゐるなり
              
中央塔と第一回廊の角を結ぶ線が一三五度の二等辺三角形

西面が正面たるは施主たりし王の霊廟のゆゑと伝ふる

寛永九年森本右近太夫の落書きは仏像四体を奉納と記す

西面は「マハーバーラタ」描きたり即ち古代インドの叙事詩

行軍するスールヤヴァルマン二世その先に天国と地獄の浮彫ありぬ


            乳海攪拌

ヴィシュヌはも神八八人阿修羅九二人もて蛇を綱として海を攪拌させつ

「乳海攪拌」さながら交合のエロスに似てそこより天女アプサラ生(あ)れたり

王なべて不老不死を願ふもの「撹拌」ののち妙薬・甘露得しといふ

王子率(ゐ)てラーマ軍が悪魔ラヴァーナ討つ猿が王子を助くる逸話
                             
ラーマ王子はヴィシュヌ神の化身その顔をスールヤヴァルマン王に似せたり

這ひ登る第三回廊への石階は石の壁とふ譬(たとへ)ふさはし
                      
中途にて凍れる(フリーズ)ごとく女人をり登るより下りが怖き急階
                     
歯を見せて笑ふ女神(デヴァータ)めづらしと見れば豊けき乳房と太腿
                      
回廊の連子窓に見放くる下界には樹林の先にシェムリアップの町

夕陽あかき野づらの果てを影絵(シルエツト)なして少年僧三人托鉢にゆく
                        
クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

地雷に脚を失ひし人老いも若きも寺院の門(かど)に物乞ひをせり
                            
            バンテアイ・スレイ ─東洋のモナリザ─

『王道』を読みしも昔はるばると女の砦(バンテアイ・スレイ)に来たれる我か

クララ率(ゐ)て女神像盗み捕縛されし逸話はマルロー二十二歳
               
マルローが盗まむとせる女神像(デヴァータ)ひそやかなる笑みたたへてをりぬ
                         
ラージェンドラ・ヴァルマン二世建てしとふ赤褐の塔千余年経(ふ)る
                          
「東洋のモナリザ」と評さるる女神とて汗あえて巡る午後の祠堂を

ひと巡りにて足る寺院ロープ張りて女神と我らを近づけしめず

蓮の台(うてな)ゆ股に女を挟みその胴に爪をたつるヴィシュヌ神はも
                            
            トンレサップ湖

牛に引かす荷車に木舟のせてゆく先は湖トンレサップか

水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

竹編みて作る「もんどり」田の溝を溯る小魚とらへむがため

砂洲にある小さき学校フランス語の看板かかぐトンレサップ湖畔

湖の筏の生簀に飼ふ鯰(なまず)たけだけしくも餌に飛びつく
                      
果てもなく広がる湖その先は大河メコンに連なるといふ

魚醤にて食へば思ほゆ湖の網にかかりし小魚の群

椰子の実に大き穴あけて供さるる果汁ははつか青臭かりき

素はだかに濁れる水に飛び込みてはしやぎゐる児らに未来のあれな


        ギリシアの歌 補遺

    クノッソス宮殿─ギリシア・クレタ島─

聖なる蛇飼はれてゐたる筒ありぬ地母神崇むるミノア人のもの

乳ふさも露はに見せて地母神は聖なる蛇を双手に握る

石棺の四面に描くフレスコ画ミノアの人の死者の儀式ぞ

いにしへの王の別荘より出でしゆゑ「アギア・トリアダの石棺」と名づく

<フエストスの円盤>に記す線文字Aいまだ解読されぬ象形渦巻く

「ユリの王子」と名づくる壁画は首に巻く百合の飾りをしてゐたりけり

高き鼻の巫女(み こ)の横顔《パリジェンヌ》は前十五世紀の壁画の破片

ティラ島の火山爆発しクレタなる新宮殿崩壊すBC一四五〇年

八十隻の船団を率(ゐ)てトロイなる戦に行けるイドメネアスいづれ
                            
黒衣なる聖職者が八百屋の店先で買ふ葡萄ひと房

タベルナでゆふべ出会ひし美青年 今日はゲイのカップルでビーチを



        Ⅲ. 幽 明 ─弥生の死あとさき─




      (この紙片の 裏面)  ↓


     愛の神よ、何と辛い別れかな。
       ─コノン・ド・ベチューヌ『シャンソン』(海の彼方の巡礼者)





      前立腺─Prostata─

いのちあるものはいとほし冬さればプランターに培(か)ふビオラ・フィオリーナ

ま白なる花あまたつけ咲き満ちし一夏(いちげ)はニューギニア・インパチェンス

間なくして用済みとなる器官なれ愛(いと)しきかなや我が前立腺(Prostata)

PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳(かげ)

男たる徴(しるし)はばまむ薬にて去勢に同じきLH・RHアナログ

下垂体ゆ出づるホルモン断たんとし予後よき癌かわれのadenocarcinoma( 腺癌)

猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術(すべ)は拒みつ

いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

semen(精 液)の一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

       生 き る

たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

  抗癌剤それは毒物「毒をもて毒を制す」と世に言ふ
妻に効く抗癌剤求め尋(と)め来たる某がんセンター丘の上にあり

マンスリー・マンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

「原発不詳」とカルテに書かれゐたりけりロプノールのごとくわれらさまよふ

妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光(ゆふかげ)赤く

「死に場所は故郷が理想」主治医言ふ、われら同意す帰心矢のごとく

民間の救急車に揺られ帰りつく京都の地なり地の香なつかし

ベッド拘束されてゐたのが嘘のやうリハビリの成果杖なしで歩く

点滴も服用薬もなし自前なる免疫力で妻は生きる

小康のひとときを得し安らぎに家族の絆(きずな)深まる春だ

  イタリアの諺にいふ、<人は時を測り 時は人を計る>
アメリカ留学帰りのM助手斯界の権威、三十代なかば

   リニアック二一〇〇CDはアメリカ製深部照射X線治療器
照射時間十五秒×2、リニアックは我がいとしの前立腺(prostata)を射る

照射位置を示す腰間の+の字三七回済みたればアルコールで消す

「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

       幽 明

  母の死は十三年前の四月十二日、妻の死は四月十五日
桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

「一切の治療は止めて、死んでもいい」娘(こ)に訴へしは死の三日前

好みたる「渡る世間は鬼ばかり」観てゐたりしは半月前か

吾(あ)と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

  園芸先進国オランダの東インド会社にインターネットで発注した
誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ 哀(かな)し

夢うつつに希(ねが)ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ

   若い頃には聖歌隊に居て、コーラスや音楽をこよなく愛した妻だが
夏川りみの「心つたえ」の唄ながすCDかけたれど「雑音」だといふ

    オキシコンチン、モルヒネ鎮痛薬なれど所詮は麻薬
訴ふる痛みに処方されし麻薬 末期(まつご)の妻には効き過ぎたらむ

たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ 果つ

とことはに幽明を分くる現(うつ)し身と思へば悲し ま寂(さび)しく悲し

助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤(ひと)りよ 

   昨年春の私の前立腺ガン放射線治療は成功したやうだ
私の三カ月ごとの診察日「京大」と日記にメモせり 妻は

<朝立ち>を告ぐれば「それはおめでたう」何がおめでたいだ 今は虚しく

<男性性>復活したる我ながら掻き抱くべき妻亡く あはれ

         明 星 の 

けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

       聞きなしと覚えて亡嬬の呟くとや
ちよつと来いちよつと来いとぞ宣(のたま)へど主(ぬし)の姿が見えませぬぞえ

哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

      四国遍路、同行三人
渦潮を見つつ辿れる海道は落花しきりの鳴戸の春ぞ

さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

鎮魂の念(おも)ひやまずも南(みんなみ)の里べの土を踏みて歩めば

吾(あ)と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

       最御崎寺・室戸東寺
最御崎(ほつみさき)いづれば虚空に風立ちて御厨人窟(み く ろ ど)といふ洞の見えつつ

<明星(あかぼし)の出でぬる方の東(ひがし)寺>などて迷ひを抱きませうぞ

       金剛頂寺・室戸西寺
薬師(くすし)なる本尊いまし往生は<月の傾く西(にし)寺の空>

赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

紫の斑も賑はしく咲きいづる杜鵑草(ほととぎす)それは「永遠にあなたのもの」

        う つ し み は

うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

   <夢うつつに希ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ>
亡き妻が譫言(うはごと)に希(ねが)ひし三女の子生れいでたり梅雨の半ばを

亡き妻の<生れ変り>と言はれをり生殖年齢ぎりぎりの男孫

流産あまた前置胎盤逆子など乗り越えて帝王切開に生まる

        廣貴(ひろき)と名づけらる
三番目の孫とし言ひていとけなし二十年の歳月われを老いしむ

       州見山

三香原布當(みかのはらふたぎ)の野辺をさを鹿は嬬(つま)呼び響(とよ)む朝が来にけり

山の端の羅(うすもの)引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

あしひきの州見(くにみ)の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川

あららぎの丹(に)の実光れる櫟坂(いちさか)は寧楽(なら)と山城へだつる境

猫と老人めだつ島なるイドラ島エーゲ海の光燦と注ぎぬ

エーゲ海の島の日向に老人が屯しゐたり そんな日が来る

ニッポンの老いびとたちも日がな日がなG(グラウンド)ゴルフの球(たま)と遊べり

いそいそと誰に見しよとの耳飾り身をやつし行く老いの華やぎ

百歳を超すひと三六二七六人祝ふべきかな老人国ニッポン

<死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾(うべ)なふ 青葡萄生なる

狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解き待てる若草の嬬

拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし女男(め を)の熟睡(うまい)なるべし


    菊慈童めき  付・挿入歌二首

人倫の通はぬ処、狐狼野千(ころうやせん)の住み処(か)とぞいふ菊咲く処

  甘谷の水は菊水「菊慈童」の七百歳のいのちこそ憶へ─ 木村草弥

蜜壺にあふるるものに口つけて陶然とすれば菊慈童めき

ケータイがどこかで鳴るな、あの音を鳴らぬ設定にしておきなさい

その場所をあなたの舌がかき混ぜた 快楽(けらく)の果てに濃い叢(くさむら)だ

ふたりは繋がつて獣のかたちになる 濃い叢にあふれだす蜜

頭と頭よせあつてかき抱けばぢきに夜の闇が二人を包む

刻々と<時>は進むがカレンダーはもう見ないでよ無明のうつつ

睦みあひもだえしのちは寂(さび)しくも泥のごとくに眠れるわれら

山の端に朝日のぼりぬあかときをわれらはひしと掻き抱きたり

  ぬれてほす山路の菊のつゆのまにいつしか千歳を我は経にけむ─ 素性法師

飲むからにげにも薬と菊水の月は宵の間身は酔ひにつつ

<愛の寓意>何の謂ひぞも 股間から春画のままに滾(たぎ)るものかな

   長歌 京終と称ふる地なる(抄)

    石川郎女と大伴宿祢田主との贈答歌
遊士(みやびを)とわれは聞けるを屋戸借さずわれを還せりおその風流士(みやびを)
遊士にわれは有りけり屋戸借さず還ししわれぞ風流士にはある


山背(やましろ)の 杣のわが屋戸(やど) 西つかた 神奈備山に

五百枝(いほえ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の樹の

弥(いや)つぎつぎに 絶ゆることなく ありつつも 止(や)まず通はむ。

青丹によし 寧楽(なら)の京師(みやこ)に 春の日は 山し見がほし

秋の夜は 河し清(さや)けし 旦(あさ)雲に 鶴(たづ)は乱れつ

夕霧に かはづは騒ぐ。

京終(きようばて)と称(とな)ふる地なる 仮庵(いほ)の 高楼の屋戸ゆ

玻璃戸より ふりさけ見れば 春日なる 若草山に 雪は著(しる)しも

一人して 巻きたる帯を 二人して 帯解(おびとけ)て寝(ぬ)る 若草の嬬(つま)。



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