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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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2019年版「未来山脈選集」・・・木村草弥
選集_NEW

樹々の記憶0001

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(選集)

     2019年版「未来山脈選集」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・・2019/11/09刊・・・・・・・・
     
      樹々の記憶を求めて ここは何処?
        自由というのは怖い・・・・・・・・・・・・・木村草弥


「未来山脈」は宮崎信義の創刊した「新短歌」誌の後継として発足し、通算70周年となったので、この「選集」が刊行された。
刊行日は11/09だが、本は今日になって到着したので今の時点でアップする。
光本恵子・主宰の長い営為に心からの敬意を表するものである。 おめでとうございます。
この刊行に際して、私の作品として何を提供しようか、迷ったが、この「樹々の記憶」を載せることにした。
この詩は私の第三歌集『樹々の記憶』(短歌新聞社)に載せた一連十首のうちの八首である。
掲出した写真がカバー装丁である。写真は娘・ゆりから提供してもらった。
画像でも読み取れると思うが、この本の「帯」文は光本恵子氏が書いてくたさった。

掲載は二十首で、二ページにわたるもので、後半には「エピステーメー」という私の作品──角川「短歌」誌2011年3月号所載の一連12首が光本先生の職権で付け加えられて合計20首として掲載された。
この部分は歴史的かなづかいによるものだが、何とか形になっているだろう。ご理解を得たい。光本主宰の判断に感謝する。
リンクを見てもらえばわかることだが、念のために、その部分を明朝体で付け加えたので、ご覧ください。

           樹々の記憶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

    瞬間(とき)の迷路を辿れば ここは何処?地平線まで歩いてゆこう

    月は動き続け波はうねり続け わたしは歩き続けよう

    柔らかな言葉が織り成ししなやかな波が引いてゆく 夢ではない

    時を紡ぐ糸から手を放し 道は一つ曲がり角ではよく考えて

    樹々の記憶を求めて ここは何処?自由というのは怖い

    私はどこから来たか 今ここにいる私という希望と自由

    思い出されるのは楽しいことばかりではない 樹々の記憶は遠く

    <日々これが己に輝く最後と信ぜよ> 聖なる警句に従って生きよう


    千年で五センチつもる腐葉土よ楮(かうぞ)の花に陽があたたかだ

    手漉紙のやうにつつましく輝(て)る乳房それが疼くから紅い実を蒔かう

    紅い実をひとつ蒔いたら乳房からしつとりと白い樹液が垂れた

    呵責(かしゃく)とも慰藉(ゐしゃ)ともならむ漂白の水に漉かれて真白き紙は

      プラトン、アリストテレス「感覚的知覚=ドクサ」に対立する「理性的認識=エピステーメー」『哲学用語辞典』
    フーコーは「思考の台座」と名づけたがエピステーメー、白い裸身だ

    振り向いてたぐる時間は紙子のやうにしなしなと汚れてゐるな

    われわれはひととき生きてやがて死ぬ白い紙子の装束をまとひ

    惜しみなく春をひらけるこぶし花、月出でぬ夜は男に倚(よ)りぬ

    くるめきの季(とき)にあらずや<花熟るる幽愁の春>と男の一語

    花に寄する想ひの重さ計りかね桜咲く日もこころ放たず

    異臭ある山羊フロマージュ食(は)みをりぬ異臭の奥に快楽(けらく)あるかと

    私が摑まうとするのは何だらう地球は青くて壊れやすい



「未来山脈」掲載作品・2019/12 「さざれ石」・・・木村草弥
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 ↑ さざれ石
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(24)

     「さざれ石」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・2019/12掲載・・・・・・・

     さざれ石     木 村 草 弥

   地球が生まれて以来幾億年、高く天に聳える山の頂は

   烈しい風雨に削られて突兀たる巌が露出する

   そこは久しく人の近づくことを許さない聖域であった

   人々は、そこに神の世界を見たのである

   氷雪の中に、雲霧の彼方に世俗を拒否する世界があった

   それで神の像を刻むには石が最もよい材質だった

   その最も世俗的なものは、わが国では石神となった

   村里に降りて来た神は「抱擁」神の姿をとることが多い

   国歌となった「君が代」の歌でも、さざれ石が巌となるという

   それが「永遠」の表現である。巌には神が住むという


「未来山脈」70周年記念号「視点」特集・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(特集)

      「未来山脈」70周年記念号「視点」特集・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・2019/11/08刊・・・・・・・

この特集号には、過去に「未来山脈」誌の「視点」欄に載せられた文章が、まとめて掲載されている。
私が2000年10月号に執筆したものも収録されている。 ↓

       口語短歌の未来──「短歌現代」新人賞をめぐって──木村草弥

「短歌現代」八月号に第十五回「新人賞」の発表があった。
全部で184篇の応募のうち最終選考に残った二十名の中に、「未来山脈」所属の藤森あゆ美、岩下敦史の両君が含まれており
「佳作」として作品の十首が抄出されて載っている。(編集*本文32・33頁参照) 
選考委員は来嶋靖生、杜沢光一郎、秋葉四郎、石黒清介の四人で、いずれも文語定型の歌人である。詳細は当該誌をお読みいただきたい。
この機会に口語短歌の未来について、我々が留意すべきことを、光本恵子『宮崎信義のうた百首』に即して少し書いてみたい。
宮崎信義は、つねづね、短歌は日本の民族詩として、これからも長く流れ続けていくだろう、と言っている。
宮崎信義は口語自由律短歌の運動を文字通り孤立無援でやってきた人である。
その方法に学ぶことは極めて大切なことである。
〇くり返していう これでよいのかほかに方法はもうないか   (第八歌集『太陽はいま』)
 この宮崎信義71歳の作品について光本は次のように書く。
 ある単語を引き出すのに「漢字か、ひらがなか、カタカナか」の選択は当然、次にその言葉は「常套的か作者自身の生み出した言葉か」 「長さはよいか、長すぎないか」 「意味を変えないでもっと短い語彙がないか」 「俗語であっても、言葉の品位を失ってはいないか」 「リズムはどうか」など考えられる角度から推敲と検討を加える。
下句の「これでよいか、ほかに方法はもうないか」の宮崎の思いと言葉の重さを、いつも念頭において短歌を作っていかねばならない。・・・・・・・
さらに宮崎の作品を見てみよう。
〇地に長く光を集め地に長く闇をとどめて人は生きる   (第九歌集『地に長く』)
〇嫁くか よかろう それがよい 短いやりとりのあとの親子の沈黙   (第五歌集『和風土』)
 これらの短歌は音数律で区切ると五七五七六、三四五九三八、のように分析できる。
自由律と言っても、宮崎は日本古来の五音七音のような日本語のリズムを大切にする。
これは私が宮崎自身から聞き出したことである。宮崎の歌の無駄のないリズムというのは、こうして作られる。
 今日、定型短歌が限りなく口語で、しかも定型に捉われることなく展開して来たのは誰の目にも明らかである。
その一方で、われわれ自由律の作家が、口語の持つ散漫さを克服して、いかにリズミカルな歌を創造するか、という努力が求められているのである。
いまでも「文語定型」にこだわる歌人が多い一方で、若い人は極めて自在に詠う。
例えば、「短歌研究」新人賞に輝いた千葉聡のような (歌集『微熱体』短歌研究社刊) 完全な「口語定型」の若い歌人も順調に育っている。
 この本で光本が書くように、これからは「口語短歌だとか、文語短歌とかではなくただの短歌として、二十一世紀を迎えたい」という時代が来ることは確かだと言えるだろう。
新人賞の話題を機に、光本をはじめ、広く口語歌集を学んで視野を広めたいものである。
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もう二十年も前のことで、この記事を書いたのも忘れてしまっていた。
石黒清介も亡くなり、「短歌現代」誌も無くなってしまい、感慨あらたなるものがある。
改めて、この特集で再録してもらって有難い。
光本恵子・主宰の息の長い営為に対して、心からの敬意を表するものである。






「未来山脈」掲載作品・2019/11 「石の物語」・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(23)

     「石の物語」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・2019/11掲載・・・・・・・

     石の物語    木 村 草 弥

   「洪水」神の禹は、もと龍形の神であった

   天下の洪水を治め歩いて塗山に至り妻を娶った

   禹は水を治めるとき熊の姿となった

   女はその姿を見て恐れ、恐怖の余り石となった

   禹はその石に向って「わが子を返せ」と叫ぶと、

   石は二つに裂けて子の啓が生まれた

   啓とは開明の意味ならば、石は暗黒の世界だったか

   中国の人ほど石を愛した民族は居ない

   巌はどの地でも神の宿るところであった

   白川静の学識と独創性の説くところである
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古代・夏の王「禹」については、このWikipediaに詳しい。治水に励んだ名君だったらしい。
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800px-Yu_the_Great_mausoleum_stele_in_Shaoxing,_Zhejiang,_China
↑ 紹興市の会稽山にある大禹陵






「未来山脈」掲載作品・2019/10 「誕生と死」・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(22)

      「誕生と死」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・2019/10掲載・・・・・・

      誕生と死     木 村 草 弥

   私たちは地球という巨大な岩石の上で暮らす

   岩石は生物が誕生する以前から自然そのものである

   地上の生物が生死のドラマを無数に繰り返す何億年もの間、

   一個の岩石は風や雨に晒されながら永遠の時を刻んだ

   果て知らぬ過去から目くるめく未来へ超然と存在し続ける

   誕生と死、形成と崩壊、夜と昼。 時は螺旋状に過ぎてゆく

   地球が一個の生命体であることを思うと驚くことではない

   線を引くように土地や民族を分けることには無理がある

   岩が石になり、やがて砂になって風に乗って飛んで行った

   水は形を変えながら循環して存在し続け、生と死を繰返す



「未来山脈」掲載作品・2019/09 「その岩」・・・木村草弥
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pixta_13042744_M黒部五郎岳
↑ 黒部五郎岳

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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(21)

       「未来山脈」掲載作品 「その岩」・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・2019/09掲載・・・・・・・

      その岩        木 村 草 弥

   かつて、日本列島を氷河が覆っていたことがあった

   現在の気象状況からその光景を想像するのはなかなか難しい

   当時に較べて今ははるかに温暖だし地形も穏やかだから

   氷河時代の名残がカールやモレーンと呼ばれる氷蝕地形だ

   中部山岳国立公園の黒部五郎岳は標高二八三九m

   高い山でもないし険しい山でもない黒部川源流の風景

   その景観の中にひときわ目立つ岩がある

   その岩は黒部五郎岳カールの高山植物に囲まれている

   「割れ」が入ったところなども長年の風雪を耐えてきたのだ

   もとあったところから流転して今の場所へ。そして留まる
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この号は花岡カヲル歌集『枯葉のみやげ』の特集号となっており、私が2018/11/27付でブログに載せた鑑賞文も載せられているので参照されたい。
ただし、私の書いた旧記事の初めの部分17行ほどがカットされているので、詳しく上にリンクした部分を見てもらいたい。



「未来山脈」掲載作品・2019/08 「岩の造形」・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(20)

      「未来山脈」掲載作品「岩の造形」・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・2019/08掲載・・・・・・・     

          岩の造形       木 村 草 弥

   風景とは自然が創り出した見事な「造形」である

   それは「時間」の創造物とも言い換えられるだろう

   悠久の時を経て地表に露出した巨大な岩の造形

   砂漠に足を踏み入れ、暫くそこに身を置く

   そこで動物としての私の一生の枠を超える時間を感得する

   見渡す限り「無限」とも思える広がりが茫漠と続く

   何十億年かけて存在している岩山と砂の一粒になる

   何十億年かけて地球に届く星の光に自分が融けてゆく

   私たちが住んでいる時速一六七〇kmで回転する惑星

   それを取り巻いている永遠と一瞬が映っているかどうか



「未来山脈」掲載作品・2019/07 「森の記憶②」・・・・木村草弥
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img_1スペイン帆船
↑ スペイン帆船 模型
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──「未来山脈」掲載作品──(19)

      森の記憶②・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
             ・・・・・2019/07掲載・・・・・・・

         森の記憶②    木 村 草 弥

    私たち人間は聳え立つ巨木に対して畏るべき威厳を感じる

    深い森や木立に対して不気味で懐かしい気配を感じる

    樹木は、人間が人間として生き始める遥か十数億年も前から

    地球環境に適応する術を編み出して生き続けてきた

    人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない

    人間の身体を構成する六〇兆の細胞のひとつは、

    人間を作る以前から樹木の細胞と長い付き合いがある

    かつてスペイン人は樹木を大切にしなかった

    世界の海を制覇したスペイン人の活力は森の衰退と共に失せた

    樹が少なければ水を呼ばない。乾燥するのは樹が少ないからだ

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この号には、先日、角川「短歌」誌2019/6に発表した私の作品「cogito, ergo sum」12首が「転載」として掲載されている。




「未来山脈」掲載作品・2019/06 「樹 林」・・・木村草弥
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800px-Elephas_naumanniナウマン象 複製標本
↑ ナウマン象 複製標本
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(18)

       樹 林・・・・・・・・・・木 村 草 弥
             ・・・・・・・2019/06掲載・・・・・・・・

       樹 林        木 村 草 弥

    原始、地上は森に覆われ、海には生命の胎動があった

    幾億年かの昔、記憶にもない時代である

    当時の鬱蒼たる森は、今は数百、数千メートルの地下深くの地層に

    地層の摺折さながら石炭の層として残っている

    それらの物質の一部は広大な油田となって地底深くに眠る

    人が生まれて来るのは、その数億年の後、近々七十万年のことだ

    もとより当時の地表も鬱蒼たる樹林に覆い尽くされていた

    今はほとんど一木をも留めぬ山西省の黄土地帯も樹林であった

    揚子江の河畔の森には象が群棲しており

    西部の山地にはパンダの先祖の奇獣が群をなす自然があった


「未来山脈」掲載作品・2019/05 「聖樹セイバ」・・・木村草弥
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↑ セイバの木
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(17)

       聖樹セイバ・・・・・・・・・・・ 木 村 草 弥
             ・・・・・・2019/05掲載・・・・・

        聖樹セイバ    木 村 草 弥

   マヤ文明の故郷であるメキシコ・グァテマラの熱帯樹林

   メキシコのビジャエルモッサの熱帯樹林に生えるセイバ

   密林の樹海に一際高くそびえるセイバは世界の軸に比せられた

   白い樹皮に包まれた樹幹は太く天に向かって伸びる

   そして、高さ四〇メートル以上にも達する

   セイバは世界の始まりと終わり、豊穣と破壊を同時に象徴する

   大地が大洪水で崩壊した後、四柱のバカブ神が立ち上がった

   北に白いセイバを、西に黒いセイバを植えた

   豊穣の緑のセイバが国の真ん中に植えられたが「破壊」の徴(しるし)だった

   それは世界の根源であり、生と死という二面性を表わす
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セイバの木の写真が見つかって、よかった。
本文の歌にあるように、セイバの白い樹皮が独特である。
しかし、それにしても木の形態が、奇妙というか、特異な形をしていることに何だか体がムズムズするようである。
さればこそ、マヤ人も「聖」性を感じたのであろう。






「未来山脈」掲載作品・2019/04 「卆の字」・・・木村草弥
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↑ 卒寿記念のTシャツの広告

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──「未来山脈」掲載作品──(16)

      「卆」の字・・・・・・・・・・ 木 村 草 弥
             ・・・・・・2019/04掲載・・・・・・

        「卆」の字    木 村 草 弥       

   卒の略字「卆」は九と十。わたしは今年卆寿だという

   卒は兵卒。古代中国には兵卒に印(しるし)をつけた服を着せたから

   宮崎信義は徴兵され中国戦線で一兵卒として苦労した

   卒は終わる、終えるの意味から「卒業」の熟語がある

   卒には「遂に」「俄(にわか)に」の意味もあると辞書に

   「卒中」「卒倒」「卒然」などの熟語がある

   卆寿とは「人生を終える」齢という意味なのか

   虚弱児だったボク──九十歳まで生きるなんて思いもしなかった

   どうやら「卆」の字が私の目下のキーワードらしい

   ああ、この夕餉に牡蠣(かき)に檸檬(れもん)を絞りつつ思うことである
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作品の中にも書いたが、虚弱児だった私が九十歳まで生きるとは、思ってもいなかったことである。
別に、お祝いをしてもらいたいとも思わないし、古稀や米寿のときも何もお祝いの行事はしなかった。
だから、そんなことに関心はない。まあ、しかし、作品に書いたような「感慨」はあるのである。







「未来山脈」掲載作品・2019/03 「ヨーロッパの森」・・・木村草弥
564056777-シユヴアルツヴアルト-針葉樹林-丘-村
 ↑ ドイツ・シュバルトバルトの森と村
db46b3aabf833817db82e6c8052f5e2d_sヨーロッパ・ブナ
↑ ヨーロッパ・ブナ
p3292275katakuriスプリング・エフェメラル①
↑ スプリング・エフエメラル①
無題スプリング・エフエメラル②
 ↑ スプリング・エフエメラル②
imagesR9UCUVCYスプリング・エフェメラル③
 ↑ スプリング・エフエメラル③
g4aBW4NKg4qQWF8xPGAユーカリの森
 ↑ ポルトガルのユーカリの森
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──「未来山脈」掲載作品──(15)
   
        ヨーロッパの森・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・2019/03掲載・・・・・・

         ヨーロッパの森    木村草弥

   春の一日 広葉樹の緑とおとぎの国のような下草の花模様

   国境は無きに等しいが森の風景を見ると面白い

   同じマロニエの樹でもドイツとフランスで樹の生え方が違う

   ドイツ人はマロニエはこうあるべきだ、と植樹する

   この区画は〇〇年度植樹。一本でも樹高の違いも許さない

   杓子定規の凹凸が樹々の風景に整然と展開する

   オランダの夏のヨーロッパ・ブナの森が拡がる

   オランダ人は国の大半を干拓によって生み出した

   そこに樹木を植え育て上げ各地で見事な森に出会う

   ポルドガルは植林に熱心 ユーカリの森が拡がる
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スプリング・エフェメラル─「春の妖精」は、温帯の落葉広葉樹林に適応した植物である。
冬に落葉した森林では、早春にはまだ葉が出ていないから、林床は日差しが十分に入る。
この明るい場所で花を咲かせるのがこの種の植物である。
やがて樹木に新芽が出て、若葉が広がり始めると、次第に林内は暗くなるが、それでも夏まではやや明るい。
この種の植物は、この光が十分にある間に、それを受けて光合成を行い、その栄養を地下に蓄える訳である。
したがって、これらの植物は森林内に生育しているものの、性質としては日向の植物である。
私の歌の一番はじめの歌の内容が、これに当たる。
画像として三番目から三枚出しておいた。
なお、ユーカリの木は木材のほかに製紙原料としても資源として利用するために植えられている。






「未来山脈」掲載作品・2019/02 「オダガン・モド」・・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(14)

      「オダガン・モド」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・2019/02掲載・・・・・・

      オダガン・モド     木 村 草 弥

  モンゴルの十歳の少年が留学する母親と一緒に来日した

  農地に面する樹木に囲まれたアパートに住んだ

  自然に囲まれて良かったと思ったが彼の反応は違った

  草原から来た彼には木が邪魔だった

  木々が緑で覆われる頃になると怖いと言い出した

  一望さえぎるもののない草原に育った彼には木々の緑は目障りだった

  風が吹く夜などは泣き出さんばかりに怖がった

  家財道具でも木の用途は住いの骨組みに僅かに使われるだけ

  半砂漠のゴビでハイラースという大きな木が二、三本聳えている

  それは「オダガン・モド(巫女(みこ)の木)」と呼ばれて信仰される
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この木の画像があるかと調べてみたが、みつからなかった。 悪しからず。


「未来山脈」掲載作品・2019/01 「森の記憶」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(13)

      「森の記憶」・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・2019/01掲載・・・・・・

     森の記憶      木 村 草 弥

   クォークから原子へ 原子から分子へ 分子からDNAへ

   百億光年の彼方から一〇〇ミリ秒のニューロンの発光へ
 
   死と同じ重さの生 生と同じ軽さの死

   白夜に近い状態だった 月だけが冴えざえと輝いていた

   峠を越えると突然、朝霧の歓迎を受けた

   針葉樹林にたなびく霧が逆光に輝いていた

   樹林一面に霧氷が付着して幻想的だった

   雪が降った 雪が降れば山腹一帯がスキー場になる

   この森は北に行くにつれて痩せてゆく 樹高も低く

   「ノルウェーの森」という小説が流行ったが樹種は乏しく針葉樹だけ

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いよいよ新年である。
「未来山脈」誌も、表紙のカットの絵が替わって、新しい年度が始まるという新鮮な気分である。






「未来山脈」掲載作品・2018/12 「松柏美術館」・・・・木村草弥
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↑ 大渕池から松柏美術館を望む
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 ↑ 上村松園 画
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 ↑ 上村松篁 画
上村淳之 鴫 画廊表玄
 ↑ 上村淳之 鴫
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(12)

      「松柏美術館」・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・2018/12掲載・・・・・・

     松伯美術館      木 村 草 弥

   元(株)クボタ専務のK氏が来宅されて恐縮の至り

   小学校の恩師が近くの老人ホームに入居中でお見舞のついで、と

   本年度の「健詠賞」受賞お祝いメールへの返礼

   上村松園、松篁、淳之の三代にわたる作品を収集展示する松伯美術館

   広大な大渕池を眼下に眺める閑静なたたずまい

   ここは元近鉄社長・佐伯勇の別邸跡に建つ美術館

   大渕池緑地に面して閑雅なK氏宅が建つ高級住宅地

   高台の住宅地の I 女史宅から朝の散歩に池畔を歩いた

   女史が亡くなって二年  きつい坂道の記憶

   カイツブリが きりりりと鋭く鳴いていた朝明け
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K氏の来宅から「大渕池」「松柏美術館」などへの回想を一連の作品にまとめてみた。
上村家三代の作品が納められてある。
ぜひ訪れてみられよ。いいところである。
この地にまつわる私の I 女史との関わりも、ちらっと出しておいた。




      
「未来山脈」掲載作品・2018/11 「街並み」・・・・木村草弥
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↑ パリ街並み シャイヨー宮から
d4462b16077385048fc443c46a64db01-630x408アムステルダム街並み
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(11)

          街並み・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
              ・・・・・・2018/11掲載・・・・・・・

   街を一冊の本になぞらえると、旅する人はみな読者だ

   歴史の古い町ほど、その本は分厚くなる

   旅人は通りから通りへ巡り歩いて何百とあるページをめくる

   街並みは、街を読み解くための記号である

   家の造り、その並び方、あるいは通りの交わりかた

   それらは見るものの目に、謎めいた記号と映るだろう

   凱旋門から広がるパリの街は放射線をなしている

   オランダのアムステルダムは、さしずめ環状線の街と言える

   線をなすのは「運河」である  いく重もの、取巻く運河

   街並みの幾何学模様を、さらに複雑にしているのは「家」





「未来山脈」掲載作品・2018/10 「チョコ野郎」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(10)

     チョコ野郎・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
            ・・・・・2018/10月号掲載・・・・・・・

   秋風とともにチョコレートがおいしい季節が来た

   ショコラトリ・ロワイヤルはオルレアンで一七六〇年に創業した 

   今でもカカオ豆からチョコレートを生成している数少ない店

   マルキーズ・ド・セヴィニエは一八九二年創業

   一八九八年に「セヴィニエ侯爵夫人」をブランド・イメージとする

   ラデュレは一八六二年にロワイアル通りにオープンしたのが始まり

   「レ・マルキ・ド・ラデュレ」はチョコ専門の新ブランドとして発足

   マルキーズ侯爵夫人の横顔が描かれたボンボン・ショコラ

   よほど「侯爵夫人」がお好きらしい。競って侯爵夫人だ

   フランスはチヨコレート王国。彼らを「チョコ野郎」と呼ぶ




「未来山脈」掲載作品・2018/09 「朝の儀式」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(9)

       朝の儀式・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
               ・・・・・・2018年9月号掲載・・・・・・

   わたくしのいつもながらの朝の儀式これから始まる春夏秋冬

   六枚切り食パンを一枚トースターに焼いてピーナツクリーム塗る
 
   ピーナツの上にブルーベリージャム つぶさぬ粒のブルーベリー

   一口づつ齧(かじ)れるようにブルーベリーはパン一面に九ケ所に置く

   ブルーベリーの上にスライスチーズ一枚置けば垂れずに定まる

   マグカップに牛乳二五〇cc入れて電子レンジであたためます

   シェーカーで青汁の粉末泡立てて牛乳の中に注ぎ込みます

   甘味のないカカオ七〇数粒を ポリフェノールの効用信じて

   ミニトマト数粒とバナナ一本これも欠かさぬ定番である

   いちにちの始めの儀式この朝もミルクあたため「いただきます」



「未来山脈」掲載作品・2018/08 「絵手紙」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(8)

          絵手紙・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
                ・・・・・2018年8月号掲載・・・・・・

   絵手紙が来た。 みごとなカボチヤ 陽に輝く

   六十二円切手の畑だより 友は野良に精出す

   むかし子供の頃カボチャをくり抜きキリギリスを飼っていた

   カボチャはポルトガル語由来 「ぼうぶら」と呼ぶ地域もある

   トンガは日本向けカボチャの大生産地になった

   もともとトンガにはカボチャの栽培は無かった

   日本で収穫のない冬に収穫できると商社が栽培を勧めた

   冬にスーパーに並ぶカボチャはトンガ産 小振りだ

   ハローウィンのパンプキンはペポ種でまづくて食用に適さない

   カボチャは強健。 放置しておいても逞しく育つ




「未来山脈」掲載作品・2018/07 「言 葉」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(7)

         言 葉・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
                 ・・・・・・2018年7月号掲載・・・・・・・

   若者よ、言葉にだまされてはいけない

   いつのまにか 死にたい気持ちにさせられたり

   その言葉の力を みくびってはいけない

   いつのまにか 味方が敵になってしまっていたり

   好きなものが嫌いなものになってしまっていたり

   泳いで辿りついたところが別の名前になっていたり

   最初とは全く思わぬ方向に走らされていたり

   どうなっているんだ ただ言葉にだまされただけ

   物は嘘をつかない、物が語りかけるものは嘘をつかない

   言葉は究極の兵器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。



「未来山脈」掲載作品・2018/06 「キティちゃん」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(6)

       キティちゃん・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
               ・・・・・・2018年6月号掲載・・・・・・

   いつだったか夕刊のコラムに「難民かザクレブで女児保護」と

   微笑む小さな女の子の写真が添えられていた

   三歳ぐらいで名前も国籍も言葉もわからずバスに取り残されていた

   ザクレブ近郊の公園から難民集団を運ぶバスの近くに座り込んでいた

   きちんと躾けられた行儀のよい子、と書いてある

   ウルドゥ語にわずかに反応するという

   ウルドゥ語と言えばパキスタンからの長旅だったか

   着ている服は流行の子猫のキティちゃんのアップリケ

   明るい表情が早くも身につけた曖昧な作り笑いに替わり

   その後の報道はないが、その胸のキティちゃんののんびり顔が悲しい
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「未来山脈」誌に復帰して半年が経った。
今まで、亡妻の闘病との伴走のために歌壇から引いた時から「短歌結社」に所属していなかった。
その間も角川書店短歌編集部からは一年か一年半の間隔で作品を求められ、随時、作品が掲載されてきた。
その間、このブログを拠点としてヴァーチャルな世界には関わってきたし、いくらかの作品は「詩」「短歌」の紙媒体の作品として「本」として上梓してきた。
しかし、どこか結社に所属していないと「定型」としてのは「発想」が衰えてしまうことに気付き、光本先生の許に身を寄せることにしたのである。
今さらながら「発想」の枯渇に愕然とする始末である。もとより「加齢」ということに大きな要因があろうが、今となっては地道に歩むしかない。
結社に復帰して半年の感慨である。







「未来山脈」掲載作品・2018/05 「シメオンの光」・・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(5)

     シメオンの光・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
                ・・・・・2018年5月号掲載・・・・・・

   レンブラント描く《シメオンの賛歌》が眼前にある

   ルカの福音書に魂を揺さぶられて制作した《シメオンの賛歌》

   白髭を蓄え口を開けて讃美しているのがシメオン

   その腕には幼子イエスがしっかりと抱かれている

   絵の中央で跪きながら二人を見守っているのがマリア

   うす青い衣をまとい右手を鳩尾(みぞおち)、左手を胸に当てて微かに微笑む

   その傍らで髭を蓄え片膝を立てているのがヨセフ

   レンブラントの光は可視化されているようでいて形而上の光である

   目に見えない神の臨在を表すために垂直に注ぐ光を編み出した

   一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする
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この号には、上記の作品の他に
 『エッセイ 朝ドラ「わろてんか」から思うこと』 という1ページの私の書いた記事が載っている。
ここに引用することはしないが、戦時中の自由律俳句、自由律短歌などが弾圧されたこと。
そういう当局の「お先棒」を担いで「密告」する手合いが出てきたこと。
作家を動員して戦争美化の宣伝に利用しようとしたが、「石川達三」は軍部の組み立てたスケジュールに反して、兵士たちと起居をともにして、戦場の生々しい様子を描いた。それが小説『生きてゐる兵隊』で、発禁になり、裁判にかけられたが敗戦で裁判は打ち切りになった。いま問題になっている中国での無差別虐殺ことなども、この小説には、その一端が描写されている。
などが私のエッセイの内容である。






「未来山脈」掲載作品・2018/04「桜」・・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(4)

         桜・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
                ・・・・・2018年4月号掲載・・・・・

    四月は旅立ちの月である。どこかで桜が咲いている。

   水泳教室も新入生を迎えて活気づいている

   華やかな花柄の水着に包まれた健やかな君のボディが立っている

   水泳で鍛えた張りのある肢体──白い肌が花柄に映えて美しい

   振り上げられた腕が水を漕いでぐんぐん前へ

   水から上がったばかりの肌に水玉が弾けてきらきら跳ぶ

   水着を剥いで引き出したつんと尖る乳首、若い固い乳房。

   贅肉のない鍛えた体幹、その真ん中の凹んだ臍が綺麗だ

   どこかで別れの儀式があり、どこかで桜が散っている。

     ──愛咬やはるかはるかにさくら散る──時実新子





「未来山脈」掲載作品・2018/03「象形」・・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(3)

          象 形・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
                 ・・・・・2018年3月号掲載・・・・・ 
  
   夕暮れた街 束の間切り裂いて 光と影が格子縞に象形する

   波動する意識をとどめようとして 目を閉じた 明くる日

   新たな季節の訪れの微かな気配 時の移ろいに身をゆだねて

   波動し攪拌する意識に抗い むきだしになる感性を押しとどめ

   攪拌し交差する意識の屈曲率 その透徹した美しさ

   ふしぎにかぼそい光のタペストリー 孤立するまばゆい無限空間

   とどまろうとして なおも意識に墜ちてゆく どこへ

   象形は彩りを失って 残像となり あなたは遠ざかる

   意識の行方をたどるすべはもはやなく 崩壊する放物線

   時の移ろいに身をゆだねて ホッと息を吐き出す 誰か



「未来山脈」掲載作品・2018/02「シルバー川柳」・・・・木村草弥
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──「未来山脈」掲載作品──(2)

        シルバー川柳・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                    ・・・・・2018年2月号掲載・・・・・

   「門松は冥土の旅の一里塚目出たくもあり目出たくもなし」一休

   一休の狂歌を引いてM君から「年賀をやめる」とハガキ

   「小生、来年二月には九十歳となるので年賀欠礼」という

   「一休の狂歌が身に染みて感じられるようになりました」

   M君よ、それも分るが年賀状は年に一度の「生存証明」なのだ

   まあ、君のしたいようにすればいいことだが淋しいねえ

   シルバー川柳にいう 「誕生日ローソク吹いてたちくらみ」

   同じくシルバー川柳 「入場料顔みて即座に割引かれ」

   朝鮮戦争反対のビラ撒きで米軍事裁判で有罪となり服役したM君

   そんな闘士のM・M君よ、大阪は築港の風は冷たいか




 
「未来山脈」掲載作品・2018/01「マールブルクの面影」・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
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──「未来山脈」掲載作品──(1)

     「マールブルクの面影」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・2018年1月号掲載・・・・・

    三月は卒業式の月である 君はちょっぴり涙を流した

    服部信(はつとりまこと)が死んだと恵美子さんからハガキが来た 八十九歳の死

    二〇〇三年にドイツはメルヘン街道とハンブルクを共に旅した

    広島大学教授から国立米子高専校長を務めた服部信

    東北大学出身の化学者で無機化学を専攻した 温和な面貌

    三十歳の頃シカゴのイリノイ工科大学研究者の時のボスM・S

    そのボスがマールブルク出身で懐かしい郷里の話を聞かされた

    マールブルクは大学都市、ノーベル賞学者を輩出した名門

    ルターが神学論争をし、グリム兄弟が大学生活を送った古都

    グリム兄弟が『童話』のメルヘン収集のきっかけを得た坂の町
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光本恵子主宰の「未来山脈」に、久しぶりに復帰して2018年一月号から作品が掲載されることになった。
服部信夫妻とは、ここに書いたようにツアーでご一緒した。 死因は「大動脈解離」─俗にいう大動脈破裂である。
急に発作が起きたので苦しむことなく、あっけなく亡くなったという。 ご冥福をお祈りしたい。
いま高専というと卒業生は引く手あまたの学校だが、近年「ロボット・コンテスト」が有名である。2017年の大会では米子高専は二位になっという。
私の悔やみ状に令夫人の手紙には「食いつくように熱心に放映を見て喜んでいた姿が忘れられない、数日後の発作だった」と書いてあった。

私は宮崎信義の「新短歌」会員だった頃から「口語自由律」には親しんできたが、私の第三歌集『樹々の記憶』の「帯文」は光本さんが書いてくれた。
そんな光本さんとの因縁なのだが、宮崎信義の取り巻きの「或る」人物 (故人) から、さまざまの嫌がらせを受けて私は宮崎の元を去ったのだった。
宮崎の死んだ後の「生誕百年」に特集が組まれた。
その中に私の「宮崎信義の歌を読む」 という文章が載っている。 お読みいただきたい。


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