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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「イプリス」掲載・冨上芳秀の詩「聖なる夜の世界」・・・木村草弥 
イプリス_NEW

──冨上芳秀の詩──(9)

        冨上芳秀の詩「聖なる夜の世界」・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・イプリスⅡ31号所載・・・・・・・・

 聖なる夜の世界    冨上芳秀

幼い頃から夜が好きだった。夜はいつも私の部屋にやって来るが、
姿はいつも違っている。大きな男であったり、薄汚れた老人であっ
たり、白い乳房の美しい女であったり、小さな健気な男の子であっ
たり、乾いた涙で無理に笑っている女の子であったりする。夜はい
つも無言で私の側に立っているだけだから私の方も話しかけたり、
追い払ったりすることはない。この頃、夜は血管の中に入って、真
っ赤な血を黒く汚しながら、ゆっくり流れてゆく。遠い昔のかなし
い思い出を語っている長い物語だ。誰も知らないし、知りたくもな
い白々しいウソの物語だ。夜は、あらゆる醜いものを聖なる物語に
かえる。鬼は仏様の仮面をかぶって、やさしい女を誑かす。仏様は
鬼の仮面をかぶってかわいい子どもをむさぼり喰う。仏様だってた
まには血の滴る肉を喰いたかろう。「いいのだよ、さあ、私を抱い
て思う存分、欲望の果てに行くがよい」と女になった鬼は仏様の身
体を男にする。鬼は新しい終わりのないかなしい物語を楽しそうに
語りながら闇のなかで大声で笑っている。「では、今度は、私が女
になろう」と仏様は光輝きながら狎れた仕草で鬼を抱いた。



      蝸牛の角の争い

紀元前三百六十九年ころから現在に至るまで、触氏はカタツムリの
左の角の上にいて、ことごとくカタツムリの右の角の上にいる蛮氏
と争っている。二千三百八十九年間も争っている触氏と蛮氏の連綿
と続く運命の戦争を荘子は語ったが、人間の生命は短く、物語の生
命は長い。しかし、人間という種が、種としての生命を生き継いで
いく限り同じように続くのである。触氏と蛮氏は同じカタツムリの
身体を根拠にしているので勝負はけっしてつかない。カタツムリが
梅雨の雨に濡れているアジサイの緑色の大きな葉っぱの上をゆっく
りと這って行く。カタツムリの歩みは遅い。触氏は白いアジサイの
花の唇を舐めながら、蛮氏がピンクのアジサイのツンと尖ったウス
クレナイの乳首を触っているのをにらんでいる。触氏はやわらかな
白い腹を滑るように這いながら浅くくぼんだ臍の中にゆっくりと肉
を動かせたが、すぐに嫉妬に狂った蛮氏がつややかな黒い陰毛の林
をぬるりとした肉ですり抜け、紫色のアジサイの谷に舌を這わせる
のを幻視していた。触氏は白い尻のまるみ枕して、青いアジサイの
さわやかな匂いを胸に吸い込んだ。やがて蛮氏は紫色のアジサイの
細くくびれた腰のあたりを角の肉を伸ばしたり縮めたりしてくすぐ
って花を小刻みに痙攣させるにちがいないと思うと触氏は怒りがこ
みあげてきて、またミサイルを空に向けて蛮氏を威嚇した。こうし 
て、触氏と蛮氏は二千三百八十九年間の争いを今も続けている。花
の華やかなガクのウスミズイロのアジサイのヒカリを抜け、いつ
ものようにカタツムリはアジサイの緑色の大きな葉っぱの上をゆっ
くりと歩いているところである。


         食指動く

楚人、黿(げん)を鄭の霊公に献ず。公子宋と子家と、将に入りて見えんと
す。子公の食指動く。以て子家に示して曰く、他日、我此くのごと
く、必ず異味を嘗めり、と。入るに及び、宰夫、将に黿(げん)を解かんと
す。相ひ視て笑ふ。公、之を問ふに、子家以て告ぐ。大夫に黿(げん)を食
せしむるに及びて、子公を召し、而れども与えざるなり。子公怒り
て、指を鼎に染め、之れを嘗めて出ず。/―『春秋左氏伝・宣公四
年』―/私は中学生の頃、老荘思想に染まった。老子、荘子、列子
などは私の非才をよく慰めたものであったが、他の諸子百家もよく
読んだ。墨子、韓非子、孫子などにも及んだ。しかし、、まじめな私
は孔子、孟子はもちろん身を修するために親しんだ。ただ非才な
る故、しばしば挫折を味わった。『春秋』は孔子の著なれど断片的
で不可解なること現代詩の如くであった。魯の左丘明はそれを憂い、
三十巻の注釈書を著した。むろん中学生であるから解説本を読んだ 
に過ぎないと思うが、食指動くというのもその中のエピソードであ
る。人差し指が動いたから、美味しい物が食べられるというのは奇
妙な話だ。黿(げん)とはスッポンのことである。贈られたスッポンの料理
を宋に食べさせなかった霊公も変だ。指を鼎に突っ込んで舐めたと
いうのも変な話だ。食指というのは人差し指ではなく、男根だとし
たらどうだ。おい、いい加減にしろ、そんな解釈をしたやつは。紀
元前から現代まで一人もいないぜ。ああ、朝に道を聞かば、夕べに
死すとも可なりだ。私はやはり、荘周の生まれ変わりだったのだな。
わははははは。


      浜辺の読書

灰色の広々とした砂浜が広がっていました。海はずーっと向こうの
方で、終日、白い波が牙をむくように打ち寄せていました。青空と
白い雲とギラギラした太陽が、頭上で輝いている誰もいない砂浜で
した。一本の大きなビーチパラソルの影で、男がひとり木の椅子に
座って、机に分厚い本を拡げて読んでいるのでした。男は時々、声
をあげて楽しそうに笑ったり、急に真顔になって、ぽろぽろ涙を流
したりしています。男が顔をあげると、裸の女がゆっくりと歩いて
くるのが見えました。真っ白いまぶしいほどの肉体の熟れた裸の女
が、微笑みながら近づいてくるので、男はアッと言って目を見張り
ました。急に走り出すと女は男の傍をすり抜けました。甘い女の匂
いが、男の心を騒がせましたが、その後ろから女を追って、真っ黒
い毛の生えた獣のような男が追っていくのが見えました。その出来
事は、一瞬のように思いましたが、たちまちものすごいスピードで、
二人の姿が遠くに小さく見えました。追いついた男が女を押し倒し
ました。けれど、再び女は起き上がり、逃げていきました。何度か、
その情景は繰り返されましたが、いつの間にか、二人とも男の眼前
から消えていました。男は、何事もなかったかのように、また机の
上の本を読み始めました。
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いつもながらの冨上芳秀の詩の世界の展開である。
専ら「散文詩」のぎっしりと詰まった作品である。面白いプロットなどを、楽しんでもらいたい。





詩作品 「酒食日記」・・・冨上芳秀
詩的_NEW

──冨上芳秀の詩──(10)

       詩作品 「酒食日記」・・・・・・・・・・・冨上芳秀
            ・・・・・・・「詩的現代」33号2020/06所載・・・・・・・・

冨上氏のメール文には、こう書かれている。
<「酒食日記」は寺島珠雄詩集『酒食年表』にちなんだもので、一種のオマージュです。
  いつもの詩とは違う日常生活詩を気まぐれに書いてみました。    冨上芳秀 >
 
添付ファイルで頂いたので全文を出しておく。

     詩作品 「酒食日記」     冨上芳秀

某月某日

最近、野菜料理に興味があって、昨日も、雨の中、「スーパーカクヤス」「スーパー丸八」
「関西スーパー」とを見て回った体力が衰えた私は自転車で走ったり歩いたりすることに
している。雨の日はスーパーマーケットで商品を見て回る。これも傘をささず歩く運動。
一時間ほど歩いたから、今日の運動は終わり。買ったのは、ビーツの葉付きの小さい玉が
二株、百五十円と葉付きの玉葱が一本、九十円。今しか食べられない玉葱の葉と赤いマジ
ックで書いてある。インターネットでレシピを調べた。一番簡単なのは、両方とも塩コシ
ョウで炒めること。鮮やかな緑と赤い茎、ビーツの球根は固いというので薄く切って、さ
らに拍子切りにした。玉葱の葉は柔らかくていい香りがする。ビーツは葉はもちろん炒め
ると茎も球根も柔らかく癖がなくおいしい。黒霧島の水割り。

某月某日

玉葱の葉も、ビーツもおいしかったので、もう一度買いに行った。この二つの野菜が欲し
いのだが、二百四十円をカード払いにするには気が引けるので、とろけるチーズ、京揚げ、
竹輪、ウィンナーソーセージを籠に入れ、奥にある野菜売り場に行ったが、玉葱の葉も、
ビーツもなかった。籠の中の物をすべて元に戻して何食わぬ顔で店を出た。夜、泡盛「千
年の響き」長期熟成の古酒は芳醇な香り。


某月某日

ビーツとリンゴの明るいピンクのジャムを作りたかったので、天満市塲に行く。ここは大
阪の江戸時代から続く青物市場で、複数の八百屋や魚屋などが「ぷらら天満」というビル
の中に入っている。「フレシコ青果」で葉付きではないけれど暗赤色のビーツを見つけた。
五個で百五十八円。葉ワサビ、九十八円だったので、三束、さっと茹で、塩を一つまみ、
袋に入れて揉んで、白だしにミリン、料理酒を入れて、冷蔵庫で一晩寝かす。つんと来る
ワサビの香りがたまらない。酒のつまみ。トレビスは葉が紫で葉脈や茎が真っ白のキャベ
ツに似たイタリア野菜、これが一玉、五十八円。その後、我が家のテーブルに野菜サラダ
が復活したきっかけになった。パセリが大きな袋にぎっしりで九十八円。ビヤグラスに活
けるとトトロの森のようだ。冷蔵庫で冷やした「どなん」はとろりと盃に盛り上がった。
六十度の花酒は一瞬、身体を痺れさせるようなパンチがある。後はブランデーの香りと甘
さが残る。


某月某日

一袋二百九十八円のリンゴ、サンフジを剥いて、ビーツ二個を短冊切りにして、グラニュ
ー糖で煮てジャムを作る。暗赤色のホコリのついたようなビーツは皮を剥くとルビーのよ
うに輝く。初めは白かったリンゴがやがて薄いピンクになる。それから、鮮やかなピンク、
さらに濃いピンクになったので、ビーツを入れすぎたかなと思ったが、もう少しドロッと
するまで煮詰めたいと思っていたら、女房が焦げ臭いと言った。慌てて止めたが、鍋の中
は水アメのようになって全体が焦げ臭い。もう少し早く火を止めるべきだったのだ。鍋は
まだぐつぐつと泡立って焦げ臭いので、慌てて大きなボウルに入れた。鍋の底は真っ黒に
焦げた砂糖分がこびりついてていた。まあ、食べましょうと女房が言ったので、サラダと
葉ワサビと菊芋の梅肉和えと酢味噌和え、マグロの煮付け、五百円のチリ産のフルボデイ
ーの赤ワイン、女房はお気に入りの馬路村酎ハイ。何とささやかで贅沢な食卓だろうと二
人で乾杯。それにしてもジャムはもったいないことをした。中華鍋の焦げを女房が金たわ
しで擦ってくれたようだが、あまりとれていない。夜中に水を流して酢を張って置いた。


某月某日

酢は効果がなかった。ひらめいたことがあった。少し水を入れた鍋を火にかけて、水がな
くなるまで熱した。それから氷を入れて急に冷やした。膨張係数の差で焦げに亀裂を入れ
て削ぎ落そうとしたのだ。スプーンでやってみるとこびりついた焦げはほとんど小さな点
が残っているだけになった。そのきれいになった鍋に昨日の水アメ状になったビーツとリ
ンゴのジャムを入れて焚いた。焼酎付けの梅の実見つけたので、それも加えた。焦げの色
がついて黒みがかっていたが、どろりとなった。昨日の失敗を繰り返さないように早めに
火を止めた。冷めたのを見るとジャムのようだ。舐めるとやはりジャムだ。焦げ臭くもな
い。「食べ物のことになると執念の人やね」と女房がほめてくれた。このジャムとハッサク
のママレードとオリゴ糖、今日のカスピ海ヨーグルトはできがいい。パセリの森の下で女
房は馬路村、私は赤霧島の水割り。水栽培のさつま芋の芽は深山幽谷の松のように繁り、
菊芋の芽も伸びた。
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冨上氏の詩は、その時々でヴァリエーションを替えて、さまざまのスタイルを取っている。
はじめに書いたように、この詩は、寺島珠雄詩集『酒食年表』にちなんだもので、一種のオマージュということである。
現代詩は、何でもあり、なのである。味わってみてもらいたい。




冨上芳秀の詩「骨拾い」ほか・・・木村草弥
とかみ_NEW

──冨上芳秀の詩──(8)
   
       冨上芳秀の詩「骨拾い」ほか・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・・「詩遊」No.65/2020Winter掲載・・・・・・

冨上芳秀の詩を読むのは面白い。冨上芳秀氏の突飛もないプロットが秀逸である。
この冊子には同氏の作品が三篇収録されているが、その中から二つ紹介する。

         骨拾い    冨上芳秀

棉の実がはじけると真っ白い綿が白い花のように見えます。棉は二
度花を咲かせるのですと、真っ白い髪を風になびかせて女はすっく
と前を見つめています。闇の中に綿帽子を被った花嫁が緊張した面
持ちで座っていました。女の真っ白い肌の奥を流れる真っ赤な血脈
の流れる岸辺で、女は男の白濁した夢を受け入れたのです。遠く深
い昔につながる心臓がどくんどくんと規則正しく脈打って男の血脈
をつないでいました。春になって満開のサクラの花の下で、柔らか
いまるまるとした赤ん坊を抱いて女は乳を飲ませています。夏に
なって、真っ青な海辺では少年と少女が褐色の肌を焦がして、波と
戯れながら泳いでいました。気が付くと木々は赤や黄色に色づき、
淋しさがはらはらと落ちているのでした。あれからどれだけの春や
夏が過ぎていったことでしょうか。とうとうこんな淋しい秋の林の
まっただ中に一人で立ち止まっている自分を女は見つけました。休
む間もなく働き続けけたことを思い出している内にも容赦なく、季節
は過ぎていきます。女は誰もいない林間で、薪拾いをしているので
す。冬がもうすぐやってくるので、そのための支度をしなければな
りません。空から白いものが降ってくるのを女は見上げました。あ
の男も、あの赤ん坊も、あの子供たちもどこへ行ってしまったのだ
ろう。移りゆく季節の中で姿を見失ってしまったのです。女はまた
薪を拾おうとして、それが真っ白い骨であることに気が付きました。
茶色い薪は、みんな懐かしい人たちの思い出の破片だったのです。
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途中までは「物語」的だなと思っていたら、終わりになって、見事なプロットとして屹立した。

もう一篇は、きっちり詰めた散文詩ではなく、「行分け」詩になっている。

     ナンセンスに巻いて登龍    冨上芳秀

鉢巻き、腰巻き、左巻き
この違いは何かなと考えると
巻くものと巻き方の違いだとわかる
鉢というのは頭のことで
頭を巻く布が鉢巻きである
だが
ここには意志がある
さあ、これから戦うぞ
がんばるぞという意志がある
腰巻きは色っぽい
赤い腰巻きがめくれて
むっちりと固く柔らかい太股が見えると
男たちは生唾を飲んで興奮する
左巻きというのは愚かな人のことだと
右巻きの人が非難する言葉である
伊達巻き、海苔巻き、軍艦巻き
舌を巻く美味さ
巻いて巻かれて巻かれて巻いて
逆巻く波を乗り越えて
巻き舌の啖呵を切って
竜巻に乗って
龍になる

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この号の「編集後記」も、詩になっている。 
終末は、こうなっている。
<▼種まく人は孤独である。権兵衛がまきゃ、カラスがほじくる。巻いた種は刈らねばなりません。
 まいてもまいてもカラスがほじくるので、権兵衛は刈り取ることはできません。権兵衛は永遠に種をまいています。
 カラスは永遠にほじくっています。種まく人はさびしい。>

今号は、言ってみれば、いつものような奇抜なプロットの「冴え」が少なかった、と言えるだろうか。
それでも、いつもながらの「冨上ぶし」を堪能させてもらった。
ご恵贈有難うございました。        (完)


      
冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』・・・木村草弥
とかみ_NEW

──冨上芳秀の詩──(7)

      冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・詩遊社2020/01/01刊・・・・・・・・・

冨上芳秀氏の「詩」については、このブログで何回も採り上げてきた。
その旺盛な執筆については、ただただ瞠目するばかりである。
発表される場は多岐にわたり、その主なものは「詩遊」 「イプリスⅡ」などである。
この本の「後記」にも書かれているが、先年、冨上氏は体調を崩された。
毎年一月一日付で詩集を上梓されてきたが、そんな事情で一年間詩集は出されなかって、2020年初の刊行となった。
同氏には、かつて『蕪村との対話』という詩集があるが、今回の本は、それと「対」をなすものと言えるだろう。
現代詩作家というのは、とかく日本の伝統から離れるという姿勢を採る人が多いが、同氏は、そういう形を採らない。見上げた姿勢である。
しかし、「後記」にも書かれているように、迫り方は、少し違う。

<私が芭蕉について書こうと思ったのは、『蕪村との対話』のように蕪村の俳句に触発されて書いたのとは全く意味合いを異にする。
 私は芭蕉の死と生を書こうと思ったのである。
 永年、芭蕉の死の現実を書くことが私のリアリズムへの憧れであった。・・・・・>

と書かれている。
そして自分の体調不良のことが縷々綴られている。

<・・・・・詩を書く私はアンチリアリストである。
 ここに私の中のリアリズムとアンチリアリズムの葛藤がある。
 テーマは芭蕉に関連する詩と私自身の旅の詩である。・・・・・>

これらの言葉は、この一巻の要約として、極めて的確である。
この本に収められた作品は、先に挙げたような詩誌に発表されたものを、まとめたものであるから、私にとっては「曾見」のものと言えるが、改めて一巻として見ると違った感懐を覚える。

ご参考までに、先の著書『蕪村との対話』について、私は、こう書いた。   ↓
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 『蕪村との対話』である。
この本の「帯」裏に、こう書かれている。

<蕪村の俳句には特異なポエジーがある。
 特にシュールレアリズム的な魔的で不気味な魅力を感じながら蕪村とは異質な私自身の世界で蕪村と対峙しようと思ったのである。
 ・・・・・ここ十年ほど私は無謀ともいえるこの実験を繰り返してきた。
 蕪村という時代を超えた偉大な詩人と対話することで私は自分の姿を少しは見ることができたのではないかと思っている。>

作品を一篇引いてみる。

  月光西にわたれば花影東に歩むかな (蕪村)

  猫時計は昼も夜も眠っています。真っ赤なトマト、まともなマトン。どうやら背中に傷を負ったらしい。
  昨日、観音講に行った時に女に舐められたからな。酒を飲んでぶっとんじやったんだ。死ぬまで沼でチリヌルオワカ。
  ・・・・・不精な蕪村。今朝の電話にはまいったな。変わらぬ古女房は歳月の猿。・・・・・
  町をさっそうと長いコートで身を包んで大股に歩いていた。その下はスッポンポンだったのには笑ってしまったな。
  また、はじめての時みたいに皮を剥いで新鮮に食べた。                       歳月の猿


  古池に草履沈ミてみぞれ哉 (蕪村)

 老いを追い人生の枯野をさまよう。ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  笈を背負い人性の町で鯖を読む。売れませんねえ。人生の晩年の重い思いを売り売り、笈を負い人生の涸れ、彼の悩を収まんように。
  ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  生いを蔽う新生の華麗の能に産婆さま酔う。老いを負い人世の加齢の脳をさまよう。        老いのニガウリ
-------------------------------------------------------------------
こういう蕪村への迫り方と、今回の本の「芭蕉」への迫り方は、同氏も書くように、明らかに違う。
同氏が同じ時期に、体調を崩されたことと、大きく関係しているだろう。
つまり、同氏の「息が続かなかった」のだろう、と私は察するのである。

  元禄七年(1694年)十月十二日、申の刻(午後四時ごろ)、芭蕉は南御堂の前の旅宿「花屋仁左衛門」の離れで亡くなった。
  享年、五十一歳。その日の夜、遺言通り、義仲寺に葬るため、
  去来・其角・乙州・丈草・支考・惟然・正秀・木節・呑舟・次郎兵衛の十人が、遺骸とともに淀川を遡った。
  伏見で一泊し、翌朝出立し、昼過ぎに儀仲寺に到着。
  翌十四日夜、門人八十人が見守る中、木曽義仲の墓の隣に埋葬された。
  というのが、芭蕉の臨終から埋葬までの概要である。
  有名な辞世の句<病中吟 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る>は九日午前二時ごろ看病していた弟子の呑舟を起こし、
  墨をすらせて書いたものである。                                                  枯野

と史実に基づいた記述がなされている。
この辺のところにも、同氏が資料にも正確に当たっておられるのが見てとれて好ましい。

ところが、この項の次の作品が「アヤメ沼の帽子売り」というもので、芭蕉とは全く縁のない詩で、この辺のところに、同氏が「後記」に記された苦悩が見てとれるというものである。
いま手元にある「イプリス Ⅱnd」26 には「アヤメ沼の帽子売り」「ウシウマ君」などの散文詩が載っているが、この本に収録されている。

ここで、題名が採られた「芭蕉の猿の面」という作品を引いておこう。

年々や猿に着せたる猿の面 (芭蕉)

どこまでも続く枯野である。木枯らしに向かって旅人はもくもくと歩いている。時に、野ざらしが転がって
いるのを見ることもあるが、旅人には何の感情もわかない。いずれ自分もそのような姿をさらし、曇天の下、
風になってさまようはずである。木賃宿を立つ時、猿に猿の面を着せた猿回しと出遭った。いつの間にか、
年が改まっていたのである。猿に猿の面を着せても猿は猿である。このように猿の面を脱ぎ捨てながら私は
七十年を生きてきたのであった。どこまでも続く枯野である。私には木枯らしの中を歩いている芭蕉の姿が
見える。私は芭蕉の姿を追い求める旅人である。私は猿に猿の面を着せて平凡な生活をおくる猿回しである。
そんな歳月を重ねながら、私は木枯らしの中を旅する芭蕉になったのである。私の枯野はどこまでも永遠に
続いている。                                                 芭蕉の猿の面

ここに彼・冨上芳秀が、この本を書くに至った心境が的確に語られている。
この心境に彼がなったのは、彼が、これらの年に体調不良に陥ったが故に辿りついた境地なのである。
三年前に、突然、起居不能に陥った私の体験からも、よく判るのである。

続いて、こんな詩を引いておこう。

私は高熱にうなされながら誰もいない荒れ果てた枯野を旅している夢を見ていた。思えば人が生きるという
ことは、 このような孤独な旅をしているようなものであろうか。 たくさんの女と出会った。 たくさんの男
と出会った。魔物とも神とも仏とも出会ったように思うのだが、本当はそんな夢を見ていたのかもしれな
い。だれも私の傍にはいない。どうしてそんなに私は急いで歩いているのだろうか。私の心臓は、不規則に
どくどくとまだ動いている。・・・・・・                       暗い、本当に暗い。真っ暗な中を舟
はゆっくりと川を上っているではないか。舳先に提灯を付けて舟は枯れ葦の中をずんずん進んで行くではな
いか。大勢の人が泣きながらこの舟に乗っているような気配がする。月が出ている。月の光の中を横たわっ
た私を載せた舟が、青みがかった暗い夜空の果てに飛んでいくような気がするが、私はやっぱり夢を見てい
るのに違いない。・・・・・・・
       ・・・・・私は枯野の中をひとりで旅をしているのだから。これは夢などではなく現実なのである。
                                                  淀川を遡る芭蕉の遺体

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この本には全部で81篇の詩と、九つの上田寛子の挿画が載っている。
いつもながらの詩にぴったり合う上田の絵である。その中から二枚だけ、ご紹介しておく。

とかみ_0001_NEW

とかみ_0002_NEW

スキャナで取り込むので、原画のように出ないかも知れないので、お許しを。
以上、ご恵贈に感謝して、ご紹介を終わる。 有難うございました。 くれぐれも、ご自愛を。          (完)







「詩遊」No.64/2019/Autumn・・・木村草弥
詩遊_NEW

──冨上芳秀の詩──(6)

      「詩遊」No.64/2019/Autumn・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 
とにかく冨上芳秀氏は、執筆について貪欲であり、多筆である。
今回も「詩遊」秋季号が送られてきた。
いつもながら、上田寛子のイラストが秀逸である。
同人たちの作品が載っているが、冨上芳秀作品を引いてみる。
いつもながらの「散文詩」である。 三篇ある。

       形容詞の奥・・・・・・・冨上芳秀

   ぎらぎら光る電飾の木馬に乗って走って来るあなたの形容詞が世界
   を明るく照らし出す。「暗いネズミはニンジンを齧っていますか」「い
   え、黒い寝すぎは妊娠を下賜していますが」化粧も形容詞。仮面も
   形容詞。過激な火事のカジノのチップ。彼女のヒップ。ヒップポッ
   プ。カツラも被る。ぶるぶる震えるブルドック。ドックに入るロッ
   クックンローラー。ロックアウトのアウトロー。動詞はどうします
   か。形容動詞はどうしますか。形容詞の実態。形容詞の皮。化けの
   皮を引き剥がせ。形容詞の奥に潜む本当のことを白日の下にさらけ
   出せ。
-----------------------------------------------------------------------------
「尻取り」のように、言葉尻を捉えて、次々に言葉を替えて、連ねて行く。
見事なものである。
いつも、この作者の言っていることだが、「詩は意味を辿ってはイケナイ」ということの典型のような優れた詩である。
もう一篇引いておく。

       マヤとの輪廻・・・・・・冨上芳秀

   笛を吹くと人魚のマヤは銀鱗をきらめかせ空中に飛び出すと頭から
   水中に飛び込む。私たちの心身は一体である。観客の拍手はやまな
   い。ある夜、マヤが盗まれた。盗んだのはサーカス団の団長だった。
   団長の妻は美しいマヤを夫の愛人と思い殺してしまった。その肉を
   冷蔵庫に保存しておいたところ十八になる娘が食べてしまった。娘
   は八百比丘尼になって八百年生きねばならなかった。何度も結婚し、
   何度も夫を見送って涙を流さなければならない。私もまたマヤの肉
   を食べて娘の八百年の人生を見届けねばならないと思った。マヤは
   娘と私の肉体の中に八百年の命を生きている。私が笛を吹くとマヤ
   は銀鱗をきらめかせてまた空中に飛び出す。マヤは本当に食べられ
   てしまったのだろうか。私は本当にマヤを食べてしまったのだろう
   か。今、私の笛に反応して演技をして泳いでいるマヤは昔から私自
   身であったような気がする。観客の拍手はいつまでも鳴りやまない。

-----------------------------------------------------------------------------
この詩も幻想的な衣を纏いながら佳い作品に仕上がった。
私なんかも、時々とりとめもない、不思議な「夢」を見ることがある。
若い時は、そんな「夢」のことを、起きてから様々に解釈したものだが、いつからか、そんな無駄は止めた。
この「夢幻」の境に遊ぶのが楽しいという心境になった。
このようにして、人間は、「夢」見の裡に「死」を迎えるのではないか、と考えている。 いかがだろうか。

これらの詩は、文の頭と脚を、きっちり揃えてある。 「四方形」の形である。
こうして、横書きにすると、日本語特有の文形が崩れるのが欠点である。お許しいただきたい。
面白い詩を見せていただき有難うございました。 益々の、ご健筆を。




冨上芳秀の詩「女の栽培」ほか・・・木村草弥
詩的_NEW

──冨上芳秀の詩──(5)

      冨上芳秀の詩「女の栽培」ほか・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・「詩的現代」30号掲載・・・・・・・・・

この号には冨上芳秀の詩作品が四篇載っている。
「白骨化した探偵」 「長屋の人情」 「女の栽培」 「まだらな記憶」である。

       女の栽培     冨上芳秀

   夢を見ることは技術の問題である。しかし、何を栽培するかは、倫
   理の問題である。では、私は女を栽培しましょう。いいですね、男
   を栽培するより私は女の方が好きだ。そんなこと押し付けられては
   かなわない。私は男の方がいいのだから男を栽培するのだ。あなた
   は男だのに女ではなく男なのですか。 そうだよ。 しかし、そもそも
   私が男だと誰が決めたのだ。私は身体が男でも心は女なのだから男
   が好きなのは当然なのだ。 何が当然なものか男が女を好きになって
   も、女が女を好きになってもいいのだ。 おい、待て、 人間を植物と
   して栽培することは政府が禁じている。だから、それは犯罪なのだ。
   政府が栽培を禁じる権利はないはずだ。 そんな議論をしてから何ケ
   月かが過ぎた。私が部屋の中で栽培している女は大輪の白い花を咲
   かせた。 今では、部屋全体に生い繁った植物からは、女の笑い声が
   絶え間なく響いている。 困ったな、 この女は美し過ぎる。 だから、
   男を栽培しろと言ったのだ。 逃げろ、手が回ったぞ。 何で私のよう
   な立派な男が倫理の問題で逃げなければならないのだ。 女が笑って
   いる。 困ったこの女はあまりにも美し過ぎる。
-----------------------------------------------------------------
原文に忠実に、一行の字数も揃えて再現してみた。
この詩は、今はやりのLGBTのうちのT──つまりトランスジェンダーの問題を捉えて「詩」に昇華させている。
見事なものである。
冨上芳秀氏の最近の作品は、こういう「散文詩」の形を採っていることが大半である。
一見、突拍子もないようでいて、実は綿密に計算し尽くされた詩作なのである。

では、版を厭わずに、もう一つ引いてみよう。

        まだらな記憶     冨上芳秀

   灰色の脳の海を一匹の赤い蝶がひらひらと飛んでいく。それを黒い
   海馬が鈍重な動作で追いかけていった。大きな図体をしているけれ
   ど、うれしそうにしているのが外見にもわかる気がする。 ああ、な
   つかしいのどかな風景だなあと歩いていくと、「そんなに虫捕りばか
   りしていないで早く帰っておいで」というお母さんの声が聴こえた。
   しまった。 もう、夕飯の時間だったのか、急いで家の帰ると知らな
   い女の人がご飯の支度をしていた。「おかえりなさい、早かったのね」
   「失礼ですが、あなたはどなたさまですか」 「ああ、やっぱり痴呆が
   進んでいる。 もう私の手には負えないから先日、話し合って決めて
   いた介護施設に入所の手続きを進めることにしよう」 「思い出した、
   あなたは私の奥さんだ。 許してください。 お母さん、ちゃんとご飯
   を食べますから、明日はちゃんと幼稚園に行きますから」 そうだ、
   まちがいない。 ボケてなんかいるものか。私は少年だったのだ。真
   っ白い捕虫網を風になびかせて、今、赤い蝶を捕まえたところだ。
   すると、 辺りの景色が灰色の夜になって、海馬が死にそうな悲し
   い鳴き声を長く響かせた。
------------------------------------------------------------------------------
この詩も、「許してください。 お母さん、ちゃんとご飯を食べますから、明日はちゃんと幼稚園に行きますから」という個所など、
今どき報道で問題になっている継父の幼児虐待のニュースなんかを巧みに取り込んで詩に仕立てている。
お見事なものである。

これらは、一頃、集中して読んでいた「帚木蓬生」の小説─例えば「臓器農場」のプロットと共通するところがあり面白かった。
お見事な「散文詩」に堪能したことをお伝えして鑑賞と、紹介を終わる。 有難うございました。





「詩遊」No.63/2019/Summer・・・木村草弥
詩遊_NEW

──冨上芳秀の詩──(3)

       「詩遊」No.63/2019/Summer・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この季刊の冊子が贈られてきた。
とにかく冨上芳秀氏はタフな人である。
こまめに、創作にグループ誌の発行に熱心に取り組んでおられる。
最近は毎年1月1日に詩集を刊行されてきたが、今年は都合で刊行できなかった、と謝まられる始末である。
先ず、掲出した冊子の挿絵をみてもらいたい。
冨上芳秀が出す詩集も、この冊子も、すべて上田寛子の手になるものである。
今回のカットの絵は「ASITA BLDG」と描いてあり、恐らく、これは「明日」ビルティングの謂いだろう。
またエレベータの階数表示のところには「63」と、この冊子の連番が描いてある、という「凝り」ようである。
いつもながら、斬新なイラストに敬意を表しておく。

二、三作品を抄出してみよう。

        水光る朝       立花咲也

   くの字に曲がった老人が
   乾いたアスファルトに
   ものすごい勢いで放尿している。

   と思ったら
   枯れたからだの
   ステテコの腰のあたりで持った   
   ホースで散水していたのだった
   ふ
   ふふふ
   思わず笑うと涙が止まらなくなる

   ・・・・・・・

   チリリ
   そろそろ通りたいので
   遠慮がちに自転車のベルを鳴らしてみる
   あっ
   ホースごとこっちに振り向いたら
   あかんっておじいさん
   わっ

   水滴る朝
   今日もきっと暑くなる
--------------------------------------------------------------------
ただいまは、この詩の終連の通り、焼け付くような暑い日が続いている。
それらの日々に因んで、この作品を頂いておく。

        カノッサの屈辱       桑田今日子

   何故だろうか
   時々、思い浮かんでしまう
   カノッサの屈辱という言葉
   世界史の教科書で見たのは
   破門されたローマ皇帝がひざまずいて
   教皇に許しを乞うている挿絵だった
   ・・・・・・・

   昔、軍隊の教練で街中を行進中
   馬から落ちた父は
   「貴様っ、馬に謝れっ」と上官に怒られ
   馬に土下座して謝った
   ・・・・・・・

   その娘が床にひざまずいて
   家の拭き掃除をしている
   「子持たずちゃ、かわいさげに。」
   どこかで聞いた一言を背に
   立ち上がるとき
   えいこらしょっと
   と、わなわなする膝に伝えた

   ・・・・・・・

--------------------------------------------------------------------
タイトルの「カノッサの屈辱」という言葉が的確であり、印象ふかい。

長いので引用するのは控えるが、
   数字遊び    冨上芳秀  という作品が面白い。
いつもながら冨上芳秀氏の「詩」は、プロットが秀逸である。
巻末の「編集後記」の文章の末尾に、こう、ある。
<・・・・・百年経てば、もう名前なんて影も形もない。名前なんか、どうでもいいではないか。
 詠み人しらずというのは、作者ではなく歌そのものが存在するということだ。
 その時、作者は世界そのものを手に入れて、世界そのものになることができる。>

何と凄い「揚言」ではないか。
冨上芳秀氏の今後に期待したい。               (完)




   

冨上芳秀詩集『真言の座』 『かなしみのかごめかごめ』 『蕪村との対話』 『恥ずかしい建築』 『詩遊60』 『詩遊61』 『詩遊62』・・・木村草弥
真言_NEW
 ↑ 第9詩集
かごめ_NEW
 ↑ 第10詩集
蕪村_NEW
 ↑ 第11詩集
建築_NEW
↑ 第12詩集
詩遊60_NEW
  ↑ 詩遊60号
詩遊61_NEW
 ↑ 詩遊61号
詩遊62_NEW
↑ 詩遊62号

──冨上芳秀の詩──(2)

   冨上芳秀詩集『真言の座』 『かなしみのかごめかごめ』 『蕪村との対話』 『恥ずかしい建築』
                  『詩遊60』 『詩遊61』 『詩遊62』・・・・・・・・・木村草弥


半月ほど前、初めて冨上芳秀の詩を紹介したばかりだが、今回、詩集などが、一度にドカッと贈られてきた。
私の紹介が認められたものと考えて嬉しい次第である。
今回は本の数か多いので、ほんのつまみ食い程度しか触れられないと思うが、お許しを。
そして、冨上芳秀の詩」を「カテゴリ」にまとめることにしたので、前回のものも含めて設定し直したので、ご了承を。

さて、本論である。
現代詩作家というと、とかく日本古来の文学、文芸の「伝統」から「切れたがる」人が多い。
つまり「和歌」「短歌」「俳句」「川柳」などの差別、切れる、のみを強調することである。
日本人として生きてきて、そんなことが果たして可能なのか、否である。
良識ある詩人たちは、そんなことは、しなかった。
今回いただいた本を見てみると、冨上芳秀氏は、そんな人たちとは立場が違うようである。
詩集の題名を見るだけで、それが分かる。 「真言」「蕪村」など、作者は、これらを、よく学んで居られることが分かる。

『真言の座』では、難解な仏教の定義「真言」を、見事に噛み砕いて「九界によって構成された混沌としたメーズ」として把握して作品が創られている。

「真言」は、サンスクリット語の「mantra」を漢訳したものである。
最初はバラモン教の聖典である『ヴェーダ』に、神々に奉る讃歌として登場し、反復して数多く唱えることで絶大な威力を発揮すると考えられていた。
後に、バラモン教に限らず不可思議力を有する呪文をことごとく「mantra」というようになった。
バラモン教や非アーリヤ系の土着の信仰の「mantra」が仏教に採り入られて、治歯・治毒・悪鬼羅刹からの護身・延命など現世利益のための「mantra」が用いられるようになった。
この「mantra」を龍樹や玄奘は、「呪文」または「神秘的な呪文」の意味で「呪」・「神呪」等と訳し、善無畏や不空は、「仏の真実の言葉」の意味で「真言」、「仏の秘密の言葉」の意味で「密言」等と訳した。

この本から一つ詩を引いてみる。

     誰もいないさびしい町で、私は初めて死と出会った。そっと私の横に滑り込んできた青白い死の身体は冷たく冷え切っていた。 
     それ以来、死はいつも私の側にいた。・・・・・  
     尖った乳房をこすりつけてくる死の柔らかい耳を咬みながら、「もう別れよう」と囁いたが、死は自信たっぷりに嫣然と笑った。
     「いいわ、別れても。でも、私はけっしてあなたを忘れない」と。            最愛の人  

題名が作品の末尾に置かれるのが、独特である。
どの詩集でも、そうだが、上田寛子による挿絵が秀逸である。
この本は八個の絵が入っている。
この詩集は2014年1月1日に刊行された。 最近は1月1日発行が続いている。 これも特異なことである。

『かなしみのかごめかごめ』である。
この頃、作者の娘さんが自裁されたという。そこから「かなしみのかごめかごめ」の題になっているという。

かなしみのかごめかごめ
地獄の鐘が毎朝、毎晩カンガン響いてとてもこわいのですとあの子が言いましたか。そうですか。あの子がかごめかごめの話をしましたか。体育館で生徒たちがバスケットボールをしています。いつまでたっても鳥は籠からは出られません。鳥は永遠に愛を失くした恨みを歌っています。・・・・・
そうしてみんな死にました。・・・・・後ろの正面だぁあれ?と尋ねる人も、もう、だれもいません。此の世にはぽつねんと両手で目隠しをして、何も見ようとしない鬼が一匹、蹲っているばかりでした。もう周りにはだれもいませんでした。そうして鬼はひとりで死にました。

この詩は、創作ではありながら、娘さんの死に関連するものだということは確かだろう。
作者の、辛い記憶に結び付く一篇と言っておく。
この本は2015年1月1日に刊行された。

 『蕪村との対話』である。
この本の「帯」裏に、こう書かれている。

<蕪村の俳句には特異なポエジーがある。
 特にシュールレアリズム的な魔的で不気味な魅力を感じながら蕪村とは異質な私自身の世界で蕪村と対峙しようと思ったのである。
 ・・・・・ここ十年ほど私は無謀ともいえるこの実験を繰り返してきた。
 蕪村という時代を超えた偉大な詩人と対話することで私は自分の姿を少しは見ることができたのではないかと思っている。>

作品を一篇引いてみる。

  月光西にわたれば花影東に歩むかな (蕪村)

  猫時計は昼も夜も眠っています。真っ赤なトマト、まともなマトン。どうやら背中に傷を負ったらしい。
  昨日、観音講に行った時に女に舐められたからな。酒を飲んでぶっとんじやったんだ。死ぬまで沼でチリヌルオワカ。
  ・・・・・不精な蕪村。今朝の電話にはまいったな。変わらぬ古女房は歳月の猿。・・・・・
  町をさっそうと長いコートで身を包んで大股に歩いていた。その下はスッポンポンだったのには笑ってしまったな。
  また、はじめての時みたいに皮を剥いで新鮮に食べた。                       歳月の猿


  古池に草履沈ミてみぞれ哉 (蕪村)

 老いを追い人生の枯野をさまよう。ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  笈を背負い人性の町で鯖を読む。売れませんねえ。人生の晩年の重い思いを売り売り、笈を負い人生の涸れ、彼の悩を収まんように。
  ウリウリガウリウリニキテウリウレズ、ウリウリカエルウリウリノコエ。
  生いを蔽う新生の華麗の能に産婆さま酔う。老いを負い人世の加齢の脳をさまよう。        老いのニガウリ

「言葉あそび」が秀逸である。詩人の極致である。 上田寛子の絵も、ますます冴えている。
この本は2016年1月1日に刊行された。

 『恥ずかしい建築』

この本は、散文詩の形ではなく、普通の「行分け」の詩になっている。
この本の「帯」裏に、こう書かれている。

<建築という言葉は通常の場面では恥ずかしいものではない。しかし、状況によっては、恥ずかしいと感じさせる言葉にもなる。
 ・・・・・言葉は色々な側面からアプローチしなければ、その実態をつかませない鵺のような存在である。
 ・・・・・言葉の足の裏をくすぐって笑わせたいと思った詩が集まってきたように思う。>

この本の詩を一篇引いてみる。

   アニマルごっこ

  雨の降るあばら家で
  あなたと私は
  アニマルごっこをしています
  明日の朝は雨が止んで
  朝顔の花
  青い花
  赤い花が咲いているでしょうか
  アボガド、アオクビ、アホウドリ
  アカチャン、アリサン、アシタノシアワセ
  アセボ、アオムケ、アンパンマン
  青虫は雨の紫陽花を登って
  虹の橋を渡り
  朝日を浴びて
  青空の向こうに
  蝶となって飛んでいきました
  浴びる浴びる愛の雨
  アニサン、アネサン、アカネサス
  あなたと私のアニマルごっこ

他に「ガムを噛むアメリカ人」という作品があるが、作者の愛着のある詩らしいが、掲出した図版で読み取れるだろう。
これらはいずれも見事な「言葉あそび」である。
この本は2017年1月1日に刊行された。

詩遊は、作者が講師を務める大阪文学学校の卒業生らが、作品を発表する場として用意されているようだが、この冊子の巻末に「詩についてのメモ」という欄があって、恵贈された詩集などについて書かれている。
作者が先年、病気になられたようで、本がたくさん溜まっているらしい。
62号までで、新延拳詩集2018/10/30までのものに言及されている。
ここに載る作品については、勝手ながら省略させてもらう。

たくさんの本を有難うございました。                     (完)




冨上芳秀詩集『白豚の尻』 『詩遊No.59』・・・木村草弥
富上_NEW

詩遊_NEW

──冨上芳秀の詩──(1)

     冨上芳秀詩集『白豚の尻』 『詩遊No.59』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・詩遊社2018/01/01刊ほか・・・・・・・

標記の本が贈られてきた。
巻末の略歴によると、冨上芳秀氏は1948年和歌山市生まれ。
多くの著書がある。
その中で、1980年 詩集『聖母の月』 (紫陽社) というのが目についた。
紫陽社というのは、荒川洋治がやっていた詩の出版社で、私がまだ壮年期の頃ここからこの本を買ったことがある。
昨年、蔵書整理をして詩書は日本現代詩歌文学館などに、まとめて寄贈したので今は手元にないが、本の名前は記憶している。
はっきりとは覚えていないが、『聖母の月』はリリックな詩ではなかったか。まだ若い頃の作品である。

今回の本『白豚の尻』 は題名からして極めて特異である。そして「散文詩」である。
図版の画像からも読み取れると思うが、この画像の作品は「赤き明日の下心」という詩で、画像には、その60パーセントくらいが読み取れる。
読んでみてもらいたい。
それからも判る通り、極めて特異な幻想的な作品で、いかにも現代詩、というところである。

全部を引くことはしないが、この一巻がすべて、こういう風に展開する。
題名の「白豚の尻」については「後記」という巻末の文章に詳しく書かれている。

<この詩集で私が伝えようとしたものが、〈白豚の尻〉である。
 詩で伝えようとしたものというと何かの思想や世界の意味を伝えようとしていると誤解されるかもしれない。
 しかし、 詩というものはそれとは全く逆のものである。
 最初からそんなものがないのが詩なのである。
 私の詩が寓意を持つものであると考える人がいるが、そんなものはない。
 ・・・・・詩は言葉の意味ではなく、その世界を感じることである。
 私が伝えたかったのは、〈白豚の尻〉を感じてもらうことであった。
 ・・・・・この詩集を読んだあなたが、ニヤリと笑うようなことがあったならば、私の〈白豚の尻〉は、確かに、あなたに伝わったのである。>

と書いている。
私は前から、「詩は意味を辿ってはイケナイ。詩は感じるものである」と言ってきたが、まさに、同じことが、ここに書かれている。

ただし、この本には「白豚の尻」という詩は載っていない。「白豚の尻」とは、題名だけであるから、念のため。
この本には「上田寛子の絵」というのが九枚載っている。
どこかで、この絵について書いてあったようだが、今は見つからないが、本文の詩と関連があるものも、ないものもあるようである。

図版②に掲出した「詩遊」には、この『白豚の尻』についての「自詩自注」みたいな文章が載っている。
意味を辿れない人は、それを読め、ということであろうか。

ネットを検索すると、冨上芳秀氏は「大阪文学学校」の講師をなさっているらしい。
「詩遊」には、その生徒たちの作品が載せられているらしい。

また「イプリス Ⅱnd」iにも作品を発表されている。
いま手元にある「イプリス Ⅱnd」26 には「アヤメ沼の帽子売り」として「色事根問の蛍踊り」「ウシウマ君」「約束の町」などの散文詩が載っている。
とにかく、冨上芳秀氏は今や油の乗りきった頃と言え、70歳ということだが、極めて旺盛な活動をなさっているようだ。
中途半端な書き方になったが、ここに、ご恵贈に感謝して筆を置く。 有難うございました。     (完)



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