FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201909<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201911
三井修第十歌集『海泡石』・・・木村草弥
三井_NEW

48b69c海泡石
 ↑ 海泡石の原石
1381061698-3901864964.jpg
 ↑ 海泡石パイプ (イメージ)

──三井修の本──(6)

     三井修第十歌集『海泡石』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・砂子屋書房2019/07/21刊・・・・・・・

この本が恵贈されてきた。
三井修さんの第十歌集ということになる。
この本には『汽水域』以降の歌453首を収めたものである。
「あとがき」に、こう書かれている。

  <長く空き家になっていた能登の実家を取り壊した。
    ・・・この期間たびたび能登へ帰っていたので、能登やその周辺の作品が多いことに気がついた。
    そのような作品だけでⅢに纏めてみた。・・・>

この「Ⅲ」については後で触れることにする。
先ず、この歌集の題名になっている「海泡石」のことである。
Ⅰ の初めの方に「海泡石」という項目名で、こんな歌が載っている。

  ちちのみの父の形見ぞ飴色のパイプはトルコの海泡石で

この歌から題名が採られているのである。
ご参考までに「海泡石」の原石や、それから作られたバイプの画像を出しておいた。
原石は白っぽいものだが、パイプは使いこまれて、煙草の脂(やに)で飴色になっいる、ということである。
今は嫌煙の煩い時代になったが、ひところは文化人の愛煙家などには、このパイプが流行ったものである。
この本は、先に書いた能登の実家の解体など、過去の思い出に繋がることを読んだ歌が多いのだが、この歌などは、その中でも一番の「思い出」に繋がるものだろう。

この本は、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ という三つの章立てになっており、数字のみで章名は付いていない。
配列が発表順なのかどうか、なども判らない。
この本には所属結社「塔」に発表したもの、短歌総合誌の巻頭作家であられるから、それらに発表されたものが並んでいる。
歌は極めてさりげなく、肩肘の力の抜けた様子で詠まれている。
もともと作者は自分の身内のことなどは詠まない人であったが、今回は家族に触れた歌が見受けられることを言っておきたい。
歌を引いてみよう。

   *掌につね胡桃の実鳴らしいし晩年の父を思う春の夜
   *あの胡桃いずこに行きしや飴色の小さき脳のごときあの実は

作者の父上というのは、どういう人だったのか。
何を仕事としていたのか、などは判らないが、パイプ煙草をくゆらしていた姿などを想像するとインテリゲンチアだったろうと考えられる。
ここに詠われる「胡桃の実」を、ころころと鳴らす仕種などから考えると、おのずから想像されよう。
私は現に農地を所有する農村暮しの者であるから、そういう実感から考えると、三井家は「地主」さんではなかったか。
作者は金沢市内で生まれた、とあるから、能登の田舎から早くに金沢市内に居を移していたのかも知れない。
この本には、実家の解体、土蔵に仕舞われていた箪笥の中の和服の売却などの歌に、一時代の去った「懐旧」の念を思うのである。
また、こんな一連の歌もある。

   *〈ファブリー病の診断 における問題点〉講じる我が子の真面目なる顔
   *男の孫のあれば夜更けて妻の言ういつか来るやも知れぬいくさを
   *家族性高脂血症とぞ長の子の塩基配列われより継ぎて

はじめの歌には「ネットでたまたま見た。」という前書きがあるので、私も検索してみた。
ご子息は医学者の道に進まれたらしい。三井 J という名前に行き当たった。(プライバシーに留意して名はローマ字にしておく。)
作者とは違う道をゆく立派な、ご子息の姿であり、作者としても誇らしいことであろう。
それらが、さりげなく詠われていて心地よい。
また「妻の言う」という歌なども、私は初めて気づいたものである。
こういう詠み方は、作者は、めったにされないので、今回は私の目に止まったということである。
身内にまつわる歌としては、あとでⅢに触れるところに書くことになる。
一巻は、気負うことなく、淡々と進行する。 それらの中から私の目に止まった歌を、いくつか引く。

   *辛き時飲む故郷の塩サイダー送られてこず叔母逝きてより
   *直を三つ重ねて矗という名前白瀬中尉はかかる人らし
   *セキュリティ・システム健気に働きて隣家の庭先灯りが点きぬ
   *倒立は楽しきかもよキッチンのマヨネーズまたケチャップ容器
   *アフリカのナミブ砂漠に咲くという花の名前は〈奇想天外〉
   *今日のこの寒さは桜の木にとりて休眠打破か 人らは急ぐ
   *休日の案内なれば五代目はポロシャツ姿にサンダルを履く
   *勧められ大吟醸を試飲して微酔の我は風を踏みゆく
   *出囃子は何とデイビー・クロケット昇太の眼鏡がきらりと光る

さりげない日常詠の歌を並べてみた。

   *若くしてアラブを旅しき 干上がりし鹹湖の白さ今に忘れず
   *水出ぬを英語でclaimしていたり夢の中にてホテルの主に
   *ナセルの死悼みてひと月休講となしたり我らのサムニー先生
   *ナセル死し服喪のサムニー先生の鳶色の眼を今に忘れず
   *ただ砂が見たかっただけアラビア語志望の我の真の動機は
   *齟齬ひとつありたる夜の静寂に砂とぶ音の幻聴のあり
   *今宵よりイスラム世界は断食に入りたるらしも 夜更けて暑し
   *イスラムの思想に遠くまた近く生ききて我の『クルワーン』古りぬ

これらの歌は、作者が長年「学び」「仕事」として執してきた事象を採り上げた。
一番あとの歌の『クルワーン』とは、イスラムの聖典コーランのことである。私も少しコーランを繙いたことがあるので少しは判る。
それについては第一詩集『免疫系』(角川書店)に書いておいた。
ご参考までに、その記事 → 散文詩 「イスラームの楽園」を覗いてみてください。


   *黒パンの酸ゆきを食めばいきなりに哀しみが湧く古都のホテルに
   *奈翁きてナチス軍来てなお落とせざりし街なり柳絮飛び交う

これらの歌は「羇旅」の歌として貴重な作品として私は受け取った。とりたてて「海外詠」とされていないのが佳い。

いよいよ、Ⅲ の作品に取り掛かる。

   *長町の武家屋敷行く黒猫の金のまなこの二つが光る
   *能登島を望む秋日の公園に我らは歌碑の字を読み泥む
   *この旅の終りに見たる千枚田波立つ海へ雪崩るるごとし
   *行き過ぐるどの里もみな柿の実をさわに垂らして奥能登晩秋
   *ふるさとの能登の山見ゆ此度こそ家を毀たん算段のため
   *古き戸をこじ開けおれば村人の訝るらしも声を掛けらる
   *遺影なる長兄仏間に残すまま戸を鎖して出る午後の日差しへ
   *能登七尾高沢蠟燭店製の和蠟燭なり今宵灯すは
   *気動車は能登路に入りぬこの度は母の着物を処分する旅
   *生母また継母の残しし着物なり処分するとて人を呼びたり
   *発電用風車が今朝は回りおり昨夜に佳きことありたるごとく
   *人住まぬ家より持ち来し青銅の龍の文鎮 雪の冷たさ
   *二カ月の後には雪の下ならん父母の墓石に深く頭を垂る
   *わが族散り散りとなり残りたる敷地に影を落とすものなし

とりとめもない歌の羅列に終始した。 お詫び申し上げる。
巻末に載る歌を一つ引いて終わる。 ご恵贈有難うございました。
この回から「カテゴリ」に「三井修の本」という項目を設置した。今まで「新・読書ノート」などに分類してきたものも改めた。

   風吹けば大き銀杏の梢より葉は散る黄金の旋律として           (完)



三井修『うたの揚力』・・・・木村草弥
三井_NEW

──三井修の本──(5)

       三井修『うたの揚力』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・砂子屋書房2017/07/21刊・・・・・・・

私がいつもお世話になっている三井修氏の本である。
この本は、巻頭の「はじめに」という個所に書かれているように、砂子屋書房のホームページで「日々のクオリア」という一首評のページに2016年の一年間連載されたものである。
隔日執筆というハードな作業の成果である。
今は、こういうのが流行っていて、例えば「ふらんす堂」のものなどがある。ここは毎日執筆である。ここからもう何冊もの名著が誕生している。
採り上げられた作品は現代歌人の出来るだけ最近の歌集から引かれた。

2016/01/04の巻頭の歌は昭和20年3月の東京大空襲の歌

     逆立った髪の先から燃えてゆく裸になった白いろうそく     福島泰樹

2016/12/30の巻末の歌は

     時刻表は褪せて西日に読めざりき岬の鼻に待つ風のバス     永田和宏

記事の終わりには三首の歌を載せるという体裁である。

     無人駅となりて久しきホームには破れ目破れ目にをみなへし咲く

     日のあるうちに帰りきたればどうかしたのかと問ふ さうなのか

     いつの間に携帯の電池が切れてゐたそんな感じだ私が死ぬのは 


三井氏は今は短歌結社「塔」の選者をされている。そんな関係から前主宰の永田和宏の歌で、この本を閉められたのも、けだし的確なことだと思う。

もっと多くの紹介をしなければならないのだが、ほんのさわりだけ引いたことをお詫びしたい。
有難うございました。


三井修歌集『汽水域』・・・・・・・・・・・・木村草弥
汽水域_NEW

──三井修の本──(4)

       三井修歌集『汽水域』・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・ながらみ書房2016/05/25刊・・・・・・

この歌集は、三井修氏の第九歌集になる。 2005年6月から2013年1月までの506首の作品が収録されている。
三井先生には、私の第四歌集『嬬恋』の合同出版記念会に出席して批評していただいたのを初めとして、第五歌集『昭和』の読む会を東京で開いてもらうなど、多大のお世話になった。

この本をご恵贈いただいてから、もう一か月を過ぎている。 このように紹介が遅れたのには理由がある。
私は四月はじめから体調に異常を来たし、上肢、下肢に力が入らず、むくみ、全身の脱力感、肩や股関節の痛みなど突然の不調に見舞われた。
また夜間の頻尿による「小便垂れ」にも襲われ「おむつ」を当てる仕儀となった。
あちこち整形外科などを渡り歩き、自費で鍼治療などを鋭意やったが軽快せず、いろいろ自分でネットなどを調べた結果、「リウマチ」に関係するのではないか、と思い当たり、宇治市で開業されるリウマチ学会所属の専門医M先生の診察を受け「リウマチ性多発筋痛症」の診断を得ることが出来た。
先生は京都府立医大の出身であられるが、その先輩にあたる兵庫医大教授・佐野統先生が新設、移転した京都岡本記念病院に隔週に来ておられることを伝えられ、今はこの病院のリウマチ科で治療を受けている。
おかげで原因も判り、的確な治療で、ずんずん回復し手、指のむくみや硬直も解消してペンや箸を持つことも可能になった。
このような心身不調に陥ったのには或る「引き金」になったことがある。
それは妻・弥生の死後、十年間にわたってお世話になった稲田京子さんを喪ったことである。
二月七日の私の誕生日を祝うというので、当地のフランス料理店で、ささやかなランチを友人も交えて三人で摂った。
その際、京子さんがひどく痩せているのが判った。 実は亡夫君・道夫氏の十三回忌の法事が昨年末あり、それに引き続いての新年の行事など、しばらく会っていなかったのである。
すでに病院の見落としによる腹部の癌が進行し、二月下旬に入院したときには手の打ちようがなかった。 もちろん毎日、私は病院に通ったが日々衰弱して三月二十五日に亡くなった。
これが「引き金」である。 今になって判ることであるが、それらの「ストレス」による自律神経の失調により交感神経、副交感神経のバランスに異常を来たし、今回の病気に至ったと主治医の先生は言う。

遅くなったが、以下に三井先生の本を紹介することとする。

この本の「帯」文にも書かれているが、全般に「やわらかな言葉、おだやかな調べ」に終始する。 激しい言葉や調べは無い。
題名の「汽水域」とは「あとがき」に書かれているように、沖縄の石垣島を訪ねられたときの歌

  <右左マングローブを眺めつつわれらの船は汽水域ゆく>

から採られている。
<海水と淡水の交じり合った状態が、決して若くもなく、かといっていまだ老人の気持ちにもなれない、現在の自分の曖昧さとどこか通じるような気がしたからである>と書いてある。
この期間には継母を送り、孫が生まれたりの身めぐりの変遷があったが、作者は、もともと身内のことは詠わない人である。
以下、歌を引いて鑑賞することにする。

*抒情詩と叙事詩鋭く交差するアラビアなりしか 若く旅しき
*四年間アラビア語学を学びいし四十年前ただ貧しくて
*読む暇あるとはもはや思わぬが古書店に購う『アラビア詩集』
*若き日にヨルダン川にもとめたる聖水の壜乾き果てたり
*交易を生活となして充実の若き日ありき歌も詠みつつ
三井さんはアラビア語の学習者として、かつ、それを日常に操る商人として中東に在った。 それらは『砂の詩学』などの歌集に結実している。
これらの歌は、まとまって連作に配されているのではないが、歌集の中から拾って、まとめて載せてみた。 三井さんとはアラビアは切っても切れない終生のテーマであろう。

*靴紐が緩みたるまま行くような心もとなさ 母病みており
*係累のなければ故郷へ行く汽車も<帰省>にあらずもはや<旅>なり
*再びの母の忌終えて去る能登よ 雨に靴下湿らせながら
*子らが去り夕陽の去りたる後の苑 ぶらんこに今は月光が乗る
*幼な子が手のひら開けばうすべにの雛のあられ畳に零る
三井さんは家族のことは歌にしない人であった。 今回も数は少ないが、いくつか拾ってみた。 みな読者の胸にしんと迫る歌である。 継母との別れなども詠まれている。

*一代とはまことにかかる闇ならむ 見えつつ見えず時に躓く
*エンディングノートがなかなか埋まらない額紫陽花の花の咲きいて
*地の上に花影深き裂をもつその裂の間は渡りゆく蟻
*古九谷の皿の中ゆく赤き雉三百年経てまだ皿を出ず
*何をどう歌えばいいのか三十と余年詠みきて今も苦しむ
ところどころに人生を問う深い歌が挟まれる。 「時に躓く」という修辞など秀逸である。

*復興支援酒場に我ら食むみいるは鮫の心臓翻車魚の胴
時には、こういう時局からみの歌もある。 これも今を生きる同時代人としての矜持であろうか。

そろそろ鑑賞を終りにしたい。
*早春の光は人を強くする少年の日も老い初めし今も
*右左マングローブを眺めつつわれらの船は汽水域ゆく
*はるかなる歳月はるかなるアラブはるかなる父母はるかなる愛
一番後の歌は巻末近くに置かれたもので、この一巻を締めくくるものとして「絶唱」だと私は思う。

体調が、まだ万全ではないままペンを執ったことを了承されたい。 大部の本のため見落とした歌も多いかと思う。 お許し願いたい。
読み終えた快い昂ぶりの中に居ることをお伝えして鑑賞を終わる。 有難うございました。



三井修歌集『海図』を読む・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
海図

──三井修の本──(3)

      三井修歌集『海図』を読む・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・株式会社KADOKAWA 2013/12/27刊・・・・・・・

いつもお世話になっている三井修氏の八番目の歌集である。
先ずは旺盛な作歌活動に敬意を表しておきたい。
三井さんは今をときめく短歌結社「塔」の選者であり、また角川書店・月刊誌「短歌」の巻頭作家でもあられ、他の短歌総合誌からの原稿依頼も多いので、歌の数も多いのは当然である。
この歌集には550首の歌が収録されているという。2008年から2012年までの歌だが、前歌集『薔薇図譜』収録のものと時期的に重なっている。

はじめに発行元の「株式会社KADOKAWA」なる見慣れない出版社について解説しておく。「角川書店」のことである。
昨年、統括会社である「角川ホールディングス」は角川書店、角川学芸出版など数社を合併して、この会社として上場した。
むかし風雲児として一世を風靡していた西某のアスキーなども吸収合併したのである。
しかし、いずれにしても社名などを弄り過ぎである。
出版事業だけではなく、角川映画などもあるので会社としての実体に合わなくなったのは理解できるが、「角川書店」の名は「ブランドカンパニー」という見慣れないセクションになった。
せめて本の表示には、「角川書店」の名を出してほしかった。
角川書店から殆どの本を出してもらった一人としての「想い」である。敢えて書いておく。

さて、三井修氏の本のことである。
この歌集の題名の「海図」は、「あとがき」によると

    風の吹く晩秋の午後一枚の海図を求め街へ出でたり

という歌から採られているという。
題名に選ばれた通り、この歌は、この歌集一巻を通底するものとして秀逸である。
上にリンクに貼ったWikipediaに載る略歴の通り、三井さんはアラビア語の専門家として大手貿易商社のアラブ駐在員として、かの地に長く居られた。
いわば、現代のマルコポーロのような存在であったから、その足跡を辿るには「海図」が必要だった。

先にも書いたが歌の数が550首と多いので、私の引く歌の数も多くなってしまうが、ご了承を得たい。

     *帰り道車窓より見る能登の海無数のうさぎがしきり跳びいる
     *六十年前に私が生まれたる川二筋の流れる街よ
     *生まれたる金沢育ちたる能登の いずれも美しいずれも遠し
     *金沢の道路はなべて鍵曲りどこの庭にも雪吊り見せて
     *祝祭のごとくに川を遡上する素魚あるべし能登は今年も
     *父母なくて長の兄すら亡くなりて我が育ち地に知る人少なし
     *バーボンの水割り灯下にふふみつつ思えり月の河ゆく鮎を
これらの歌には、故郷・能登のことが詠われている。
掲出した本の画像に読み取れると思うが、編集者は「帯」に

   <異国で暮らした経験と、
    年ごとに募る望郷の念。>

と書く。 けだし当たっているだろう、と思う。
一首目の「うさぎが跳ぶ」というのは、海に起つ三角波のことを、能登では、こう表現するのだという。
二首目の川二筋というのは、男川と呼ばれる「犀川」と、女川と呼ばれる「浅野川」のことだという。
   <変哲もなき寺にしてこの庫裏に室生照道泣きていたるか>
という歌が、この項目の並びに載っていて、庶子として生まれて寂しい少年期を過ごした「室生犀星」のことどもに触れていて秀逸である。
五首目の歌の「素魚」とは、シロウオ(素魚、学名 Leucopsarion petersii )のことで、、スズキ目ハゼ科に分類される魚の一種である。一種のみでシロウオ属 Leucopsarion を構成する。
透明な体の小魚で、日本、韓国に分布し、食用に漁獲される。シラウオとは生態や姿が似ていて混同しやすい。

     *半年に一回必ず見る夢でパスポート失くし飛行機に乗れぬ
     *神保町一誠堂の二階隅イスラム書あり今も変わらず
     *ニッポンに生まれ働き歌作りアラブへ行きたり のう石仏よ
     *アラビアの黒き原油を封じたるペーパーウエイトに茂吉を押さえる
     *アラビアにありし七年七度を日本の紅葉に逢わざりしかな
     *中東を講じて歌の会に出て家事すれば一日はオムニバスなり
     *入社して覚えしことの一つにて綿糸基準番手デニール換算表
     *句読点一つ打つがに職退きぬIDカード保険証返し
     *ムスリムで宦官鄭和の出帆は永楽三年夏の日のこと

これらの歌には総合商社の駐在員としての「たつき」の日々のことが詠われている。
一首目の歌は、前の歌集でも詠われたことがある記憶があるが、それだけ真に迫った「夢」なのだろう。
夢というのは現実には有り得ないことも「深層心理」として突然出てくるもので,同様な夢は私にも経験がある。
それも壮年期、初老の頃のことで、今の私のように老年期に入ってしまうと、見ることもなくなるのが、むしろ哀しいものである。
六首目の歌のように、中東の専門家として、シンポジウムなどの講師として話をさせられるのである。そして、歌会に出席し、家事をこなす、忙しい作者の姿が彷彿とする。
「オムニバス」という表現が何とも、ぴったりである。こういう日常の些事も歌になるという「お手本」のような歌である。
その次の歌の「綿糸基準番手デニール換算表」というのも、商社マンとして「売り込みなど」何でもやらなければならない立場を想像させて秀逸である。
最後の歌にある「ムスリムで宦官鄭和」というのは不明にして私は知らなかったので、蒙を啓いていただいた。感謝申し上げる。

この歌集には「継母」を詠ったのがいくつかある。
ここに引用することはしないが、亡くなった実母と、継母との関係というのは、さぞや微妙なものがあるのであろう。

     *眠りへと落ちゆく刹那胸中の雪野を母が過りぬ 多分
     *スポイトに冬のインクを吸い上げる兄の形見の黒パーカーに

ここに詠まれる「母」が実母なのか継母なのか、私には判じかねる。
二首目には早く亡くなった兄のことが詠まれる。

     *この朝磯菊咲きたり長の子に赤子が生まれ磯菊咲きたり
     *一年に二時間のみを帰りくる長の子寡黙その二時間も
     *髪切りてうなじ涼しき幼子は二十二世紀までを生くべし
     *乙の子は大学院生この朝も洗面台で鉢合わせする
     *卓上の子のケータイに着信の点滅あれど触れないでおく

これらの歌からは作者には二人の男の子があり、そのうちの長男は、すでに結婚して「孫」が居ること。
めったに実家には来ないことなどが判る。今どきの家庭事情などというものは、みな、こんなものであろうか。
息子にしろ、娘にしろ今どきの親子関係なんて、こんなものであろうか。濃密な親子の会話など望むべくもないか。
一首目の歌は「磯菊咲きたり」というフレーズのルフランが生きている。修辞上の手本のようで的確である。 学ばれよ。
以下、私の好きな歌を順不同で引いて終わりたい。

     *蝶ひとつ宙に放ちて少年は自が指先の銀微光見る
     *尻尾すと立ててすっくと四肢伸ばし猫はたまさか直線から成る
     *国立の駅近くなる<邪宗門>壁に蔦這う茶房なりしが
     *見舞いには鶏卵なりき籾殻を探れば白きぬくとさありき
おっしゃるように昔は病気見舞いというと「卵」を持参した。 農村では自家で飼うニワトリの卵だった。
「鶏卵」で思い出すのは、「塔」主宰夫人の河野裕子が親しい人には「玉子ご飯」にせよと生卵を贈る癖があったらしい。
「塔」の某女史にも、そんなつもりで贈ったが、その家はインテリで、「生卵のご飯かけ」というような習慣がなかったので困惑したという話が巷間伝わっている。
いかにも河野裕子らしい、関西人らしい「おせっかい」の典型である。 その裕子も死んで何年も経つ。儚いものである。
     *ドロップの缶を逆さに振りて出す最後の一粒薄荷味なり
     *スプーンにて朝の卵の頭を叩くルッコラの苦さ噛みしめながら
     *思いいしよりも小さき流れなり野火止用水雨の中なり
     *身の丈に生きむ例えば夏の土手次々追い越されながら歩まん
     *昼に飲む焼酎<残波>紫の薄く透けいるカットグラスに
この歌は巻末に載るもので、「波」と「ひる」という言葉を使った題詠の試みによるものである。
主宰される同人誌「りいふ」の企画によるものだと思われるが、そんな企画を離れても、佳い歌である。
     *「御主ゼス・キリスト御パッションの事」フロイス訳福音書の一章
     *平文氏著『和英語林集成』は動詞を<活きコトバ>と称す
この二首はルイス・フロイスの辞書に当たったところから作歌されたものであろうが、読書人として秀逸の歌である。
     *今日のわがVAIOは機嫌悪ければひと休みさせ水割り作る
     *ハングルの如き文字と思いつつ「咎」という字を白紙に書く
     *設定を誤りトースト焦げいたり機密情報漏洩したり
この歌は、掲載順から見て、以前の作だろうが、現今の「機密情報漏洩」罪などと考え併せて、今日的意味を有していると思う。
     *朝得たる比喩の一つを抱卵のごとくにひと日温めいたり
     *富士見坂今は富士など見えずして春の猫行くしたり顔して
     *木箆よりベシャメルソースの滴垂る創世神話の第一章めき
     *今日のこの空こそ真澄というべしや発ちたる鳥のたちまちに消ゆ
     *伝言板いつから駅に消えたるや昆虫の如き若きら行き交う

こうして見てくると、作者の「才」(ざえ)が、さりげなく詠まれながら、きらりとして光るのを感じ取るのである。
多くの読者の共感を得るのは間違いない巧著である。
ご恵贈に感謝して、ここに紹介する次第である。 有難うございました。


   

第三語根弱動詞なるアラビア語文法用語も遥けくなりぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三井修
41IFgxll1aL__SS500_.jpg
↑ 三井修 第七歌集『薔薇図譜』
三井修

   第三語根弱動詞なるアラビア語
      文法用語も遥けくなりぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三井修


三井修氏には、2012年に出した第五歌集『昭和』の帯文を書いてもらった他、同年夏に東京で開いてもらった「読む会」開催のお世話をしていただいた。
また2010年に上梓した私の第二詩集『愛の寓意』(角川書店)の「栞」文を書いていただいた。← このリンクで読める。
三井修氏は昭和23年石川県能登生まれというから、まさに団塊世代のど真ん中の人だ。
三井氏の略歴はWeb上で見ると、下記の通りである。

略歴
1972年 東京外国語大学アラビア語学科卒業
 同年 三井物産株式会社入社
2000年 三井物産株式会社退社
2004年 財団法人中東経済研究所上級研究員
2005年 (財)日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究主幹

主な論文・著書
「イラクの現状と経済復興の動向」『中東動向分析』Vol.3,No.8(中東経済研究所、2004)
『中東諸国の政府機構と人脈等に関する調査(イラク)』(同上、2004)
『発展途上国国別援助調査(エジプト)』(国際協力推進協会、2001)

講演歴
「戦後イラク市場と日本企業の対応」(中東経済研究所・創立30周年記念シンポジウム、2004.10.13)

三井物産ではアラビア語の専門家として中東駐在の事務所長などを長く勤められた。

mitsui三井修
また、今をときめく短歌結社「塔」に所属する歌人でもあり、現在「選者」を勤められている。
歌集としては『砂の詩学』『洪水伝説』『アステカの王』『風紋の島』に続いて、2006年3月に第五歌集『軌跡』を上梓された。掲出歌は、その中に載るものである。
その後、平成20年『砂幸彦』平成22年『薔薇図譜』を刊行されている。
私との縁については、私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)の出版記念会で批評していただいた。その件の詳しい内容はWebのHPでご覧いただける。

ここで「アラビア語」に関する記事を引用しておく。
----------------------------------------------------------------------
4560000999.09アラビア語辞典
アラビア語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

話される国 アルジェリア、バーレーン、エジプト、ガザ地区、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、カタール、サウジアラビア、スーダン、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、ヨルダン川西岸地区、イエメン
地域 中東
話者数 2億2500万

言語系統 アフロ・アジア語族

セム語派
中央セム語
アラビア語

公的地位
公用語 アルジェリア、バーレーン、コモロ、チャド、ジブチ、エジプト、エリトリア、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、パレスチナ自治政府、カタール、サウジアラビア、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、イエメン
国際機関: 国際連合、アラブ連盟、イスラム諸国会議機構、アフリカ連合
統制機関 エジプト:Academy of the Arabic Language

アラビア語版のウィキペディアがあります。アラビア語( ;Al-lughat ul-Arabīya,アッ=ルガトゥ=ル=アラビーヤ)とは、おもに西アジア(中東)・北アフリカのアラブ諸国で用いられ、世界の言語の中でも大変広い地域で話されている言語の一つ。また、国連の公用語においては現在、後から追加された唯一の言語である。アフロ・アジア語族セム語派の一種である。ISO 639による言語コードは、2字がar, 3字がaraで表される。

もともとはアラビア半島で話されていたいくつかの言語(例えば南アラビア語)を意味するが、現代では次の二つをさす。

文語:フスハー (fus|ha) (正則アラビア語、古典北アラビア語ともいう)
口語:アーンミーヤ

フスハーはアラブ諸国の共通語で、アラビア文字で書かれる。起源は西暦4世紀ごろのアラビア半島にさかのぼるといわれ、イスラーム文明の出現と拡大にともなって北アフリカにまで使用地域が広がり、現在まで言語として大きく変わらずに使われている。

イスラームの聖典であるクルアーン(コーラン)はアラビア語で下されたが、クライシュ族のアラビア語に近かったため、当時のアラビア半島に見られた諸方言のうち、クライシュ族方言が標準語フスハーとしての地位を獲得するに至った。イスラームを伝えるために神が選んだのがアラビア語だったことから、ムスリム(イスラム教徒)はこれを聖なる「神の言葉」としてとらえている。

『マカーマート』のような古典に見られるフスハーは一時期衰退し、アーンミーヤが専ら用いられるようになったが、フスハーは近代になってより簡単なものとして練り直され、書籍・雑誌・新聞などの文章はもちろん、公的な場での会話やテレビニュースなどでも使われるようになった。

一方、アーンミーヤは国・地域によって大きく異なる方言で、これには正字法が無い。アラブ人どうしの日常会話はアーンミーヤで話されることが多いが、私信などではこれを文字化して表現する。

アラビア半島方言、イラク方言、シリア・レバノン方言、エジプト方言、スーダン方言、マグリブ方言などに大別され、それぞれの地域のなかでも違いがある。地域によっては、宗派ごとに話されるアラビア語に差異があるなどする。

アラビア語の特徴
多くの語の語根は三つの子音からなり、母音を変化させ、語彙を派生する。言語学的には、形態論の考えから屈折語に属する。

文字
文字一覧はアラビア文字の項を参照。それぞれの独立形が左右の文字と繋がっていく(ただし例外が6文字ある)ため、蛇のように見える。
文語(フスハー)はもっぱらアラビア文字で表される。アラビア文字のアルファベットは29文字(学説によっては28文字、27文字とすることもある)からなり、大文字・小文字やブロック体・筆記体の区別はない。
口語(アーンミーヤ)には正書法がない。外国人向けの教科書などではラテン文字で表記されることが多い。

発音
子音には喉の奥のほうでhやgなどを発音するような独特の発音があるが、母音は a, i, u の3つと長母音、2重母音 (/ai/,/au/) しか弁別しない。
つづり字法は一部を除き子音字のみを用いるため、意味に応じて母音をつけて発音しなければならない。クルアーンや子供向けの読み物には、短母音記号などの発音記号が付記されているが、大人向けの詩や小説であっても、自分の作品に母音記号を付記する作家もいる。

文法
詳細はアラビア語の文法を参照。

定冠詞、前置詞が存在し、名詞と形容詞(アラビア語では名詞に分類される)は格(主格・属格・対格)・性(男性・女性)・数(単数・双数・複数)によって変化する。
女性形、男性・女性複数形には基本となる規則形があるもののそれ以外にもとりうる形が無数に存在するため、個別に記憶しなければならないものが多い。例: (mudarris、先生)の複数形は規則形であり、語尾に -ūna を付けて、 (mudarrisūna) になるが、(sadīq、友人)の複数は不規則形であるため、 (sadīqūna) とはならず、 ('asdiqā'u) になる。
動詞は3人称男性単数完了形を原形とし、語根順配列の辞典では、その形で引くことになる。原形を基本形、第一形ともいう。これに加えて、第二形から第十五形までの派生形が存在するが、第十一形以降は色の変化などといった限られた場合にしか用いられない。多くの辞書は語根順に語が配列されているため、派生形の動詞を辞書で参照するには、動詞からその語根すなわち原形を抽出しなければならず、これが、初学者にとっての辞書引きを困難にしている。

アラビア語を起源とする語彙
トタン、如雨露(じょうろ)、コーヒー、ラケット、シロップ、アルコール、アルカリ、ソーダ、シャーベット、ソファ、モンスーン、アベレージ(平均値)、ジャケット、 ゼロ(零)、タリフ(関税率) アルゴリズムなど。
星の名前
アルタイル(「飛ぶ鷲」という熟語の「飛ぶ」という部分)
アルデバラン(従うもの、後に続くもの。プレアデス星団に続いて地平線より昇ることから)
アルゴル(人を食べるという魔物の一種)
アルビレオ(「雌鳥のくちばし」の意味の語が西洋人の誤訳と誤解を経て)
ヴェガ(「降り立つ鷲」という熟語の「降り立つ」という部分)
デネブ(「鶏の尾」という熟語の「尾」という部分)
フォーマルハウト(大魚の口)
ベテルギウス(巨人の腋の下)
リゲル(脚)
「アル」で始まる言葉が多いのは、al- がアラビア語の定冠詞だからである。

アラビア語を公用語とする国
アラブ首長国連邦 - アルジェリア民主人民共和国 - イエメン共和国 - イスラエル国 - イラク共和国 - エジプト・アラブ共和国 - エリトリア国 - オマーン国 - カタール国 - クウェート国 - サウジアラビア王国 - ジブチ共和国 - シリア・アラブ共和国 - スーダン共和国 - ソマリア - チャド共和国 - チュニジア共和国 - バーレーン王国 - パレスチナ自治区 - モーリタニア・イスラム共和国 - モロッコ王国 - ヨルダン・ハシミテ王国 - 社会主義人民リビア・アラブ国 - レバノン共和国

なお、マルタ共和国のマルタ語もアラビア語の方言であるが、地理的にヨーロッパのためラテン文字で綴られる。

他にもペルシア語、トルコ語、スペイン語、ヒンドゥスターニー語などの言語にはアラビア語からの借用語が多い。これらの言語は皆現在アラビア文字で書かれているか、過去の一時期にアラビア文字で書かれていた歴史を持つ。
---------------------------------------------------------------------
もとより私はアラビア語には全く無知の人間であるが、大阪外語の大先輩の田中四郎氏の著書『やわらかなアラブ学』『駱駝のちどりあし』(いずれも新潮社刊)などを読んだことがある。
曲りなりにも若い日々に「西欧語」を学んだことのある私としては、分からぬままに「右横書き」という、ミミズの這ったような「アラビア語」なるものに関心はあるのである。
その上、この人の歌には知識人としての教養を刺激される何物かが多分にある。

掲出した歌について触れると、アラビア語には「第三語根」とか「弱動詞」とか、めったに聞き慣れない文法があるようである。

以下、三井修氏の歌集から歌を引いて終わりたい。

にこやかにわれを手招く男あり金属探知ゲートの向こうに

通り過ぐる戸の内赤し羊脳の煮らるる炉の火の揺らぎなるべし

この砂の彼方男等が弾倉にルージュのごとき銃弾填める

ポスト・フセイン その一点に集中し錐揉むごとし我等の議論

異邦人われを怪しみ去りゆかぬアラブの男の子羊を従え

取り返しつかざることなど幾つでもしてきたぞなあ 軒の燕よ

断念を幾つ重ねて来し生か 桜吹雪に身を撲たせおり

銀粉をまなぶたに塗る少女等が午後の街ゆく 遠きチグリス

 しかし、中東とはいまだに縁がきれない
文献をあまた調べて作りゆく朽ち葉のごときフセインの家系図

すべて妄想、多分そう、さりながら昨日の戦況を分析しており

上代特殊仮名遣いなる「毛」と「母」の違いほどなり我等の齟齬は

滅びゆくもの野の風に響きあう 遺棄自転車、蝶の骸、死者の魂

謀らるることの愉悦よこの坂を寒夕焼けに灼かれつつゆく

家族をば歌わぬ奴と蔑まれ木枯し二号の街を帰り来

母音調和崩れゆくにも似たるかな かの日より君と我の心は

人生の起承転結 転の部を生きているらし白髪増しぬ

エルサレム石畳の路に出会いたるもみ上げ長きユダヤ教ラビ

ヒッタイト遺跡残滓の鉄成分調べて一代を男老いゆく

自らの軌跡を見つつ航くことの淋しもよ夏のボートの青年

歌はもっと自由でいいんだ秋空を雲がほどけて流れるように

エクリチュール、痕跡、差延、テクストを我に教えてデリダ逝きたり

飛行機の時間迫れどパスポート忘れて泣きたり 泣いて目覚めぬ

第三語根弱動詞なるアラビア語文法用語も遥けくなりぬ


第三語根弱動詞なるアラビア語文法用語も遥けくなりぬ・・・・・・・・・・・・三井修
三井修

   第三語根弱動詞なるアラビア語
      文法用語も遥けくなりぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三井修


三井修氏には2010年に上梓した私の第二詩集『愛の寓意』(角川書店)の「栞」文を書いていただいた。← このリンクで読める。
三井修氏は昭和23年石川県能登生まれというから、まさに団塊世代のど真ん中の人だ。
三井氏の略歴はWeb上で見ると、下記の通りである。

略歴
1972年 東京外国語大学アラビア語学科卒業
 同年 三井物産株式会社入社
2000年 三井物産株式会社退社
2004年 財団法人中東経済研究所上級研究員
2005年 (財)日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究主幹

主な論文・著書
「イラクの現状と経済復興の動向」『中東動向分析』Vol.3,No.8(中東経済研究所、2004)
『中東諸国の政府機構と人脈等に関する調査(イラク)』(同上、2004)
『発展途上国国別援助調査(エジプト)』(国際協力推進協会、2001)

講演歴
「戦後イラク市場と日本企業の対応」(中東経済研究所・創立30周年記念シンポジウム、2004.10.13)

三井物産ではアラビア語の専門家として中東駐在の事務所長などを長く勤められた。

mitsui三井修
また、今をときめく短歌結社「塔」に所属する歌人でもあり、現在「選者」を勤められている。
歌集としては『砂の詩学』『洪水伝説』『アステカの王』『風紋の島』に続いて、2006年3月に第五歌集『軌跡』を上梓された。掲出歌は、その中に載るものである。
その後、平成20年『砂幸彦』平成22年『薔薇図譜』を刊行されている。
私との縁については、私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)の出版記念会で批評していただいた。その件の詳しい内容はWebのHPでご覧いただける。

ここで「アラビア語」に関する記事を引用しておく。
----------------------------------------------------------------------
4560000999.09アラビア語辞典
アラビア語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

話される国 アルジェリア、バーレーン、エジプト、ガザ地区、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、カタール、サウジアラビア、スーダン、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、ヨルダン川西岸地区、イエメン
地域 中東
話者数 2億2500万

言語系統 アフロ・アジア語族

セム語派
中央セム語
アラビア語

公的地位
公用語 アルジェリア、バーレーン、コモロ、チャド、ジブチ、エジプト、エリトリア、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、パレスチナ自治政府、カタール、サウジアラビア、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、イエメン
国際機関: 国際連合、アラブ連盟、イスラム諸国会議機構、アフリカ連合
統制機関 エジプト:Academy of the Arabic Language

アラビア語版のウィキペディアがあります。アラビア語( ;Al-lughat ul-Arabīya,アッ=ルガトゥ=ル=アラビーヤ)とは、おもに西アジア(中東)・北アフリカのアラブ諸国で用いられ、世界の言語の中でも大変広い地域で話されている言語の一つ。また、国連の公用語においては現在、後から追加された唯一の言語である。アフロ・アジア語族セム語派の一種である。ISO 639による言語コードは、2字がar, 3字がaraで表される。

もともとはアラビア半島で話されていたいくつかの言語(例えば南アラビア語)を意味するが、現代では次の二つをさす。

文語:フスハー (fus|ha) (正則アラビア語、古典北アラビア語ともいう)
口語:アーンミーヤ

フスハーはアラブ諸国の共通語で、アラビア文字で書かれる。起源は西暦4世紀ごろのアラビア半島にさかのぼるといわれ、イスラーム文明の出現と拡大にともなって北アフリカにまで使用地域が広がり、現在まで言語として大きく変わらずに使われている。

イスラームの聖典であるクルアーン(コーラン)はアラビア語で下されたが、クライシュ族のアラビア語に近かったため、当時のアラビア半島に見られた諸方言のうち、クライシュ族方言が標準語フスハーとしての地位を獲得するに至った。イスラームを伝えるために神が選んだのがアラビア語だったことから、ムスリム(イスラム教徒)はこれを聖なる「神の言葉」としてとらえている。

『マカーマート』のような古典に見られるフスハーは一時期衰退し、アーンミーヤが専ら用いられるようになったが、フスハーは近代になってより簡単なものとして練り直され、書籍・雑誌・新聞などの文章はもちろん、公的な場での会話やテレビニュースなどでも使われるようになった。

一方、アーンミーヤは国・地域によって大きく異なる方言で、これには正字法が無い。アラブ人どうしの日常会話はアーンミーヤで話されることが多いが、私信などではこれを文字化して表現する。

アラビア半島方言、イラク方言、シリア・レバノン方言、エジプト方言、スーダン方言、マグリブ方言などに大別され、それぞれの地域のなかでも違いがある。地域によっては、宗派ごとに話されるアラビア語に差異があるなどする。

アラビア語の特徴
多くの語の語根は三つの子音からなり、母音を変化させ、語彙を派生する。言語学的には、形態論の考えから屈折語に属する。

文字
文字一覧はアラビア文字の項を参照。それぞれの独立形が左右の文字と繋がっていく(ただし例外が6文字ある)ため、蛇のように見える。
文語(フスハー)はもっぱらアラビア文字で表される。アラビア文字のアルファベットは29文字(学説によっては28文字、27文字とすることもある)からなり、大文字・小文字やブロック体・筆記体の区別はない。
口語(アーンミーヤ)には正書法がない。外国人向けの教科書などではラテン文字で表記されることが多い。

発音
子音には喉の奥のほうでhやgなどを発音するような独特の発音があるが、母音は a, i, u の3つと長母音、2重母音 (/ai/,/au/) しか弁別しない。
つづり字法は一部を除き子音字のみを用いるため、意味に応じて母音をつけて発音しなければならない。クルアーンや子供向けの読み物には、短母音記号などの発音記号が付記されているが、大人向けの詩や小説であっても、自分の作品に母音記号を付記する作家もいる。

文法
詳細はアラビア語の文法を参照。

定冠詞、前置詞が存在し、名詞と形容詞(アラビア語では名詞に分類される)は格(主格・属格・対格)・性(男性・女性)・数(単数・双数・複数)によって変化する。
女性形、男性・女性複数形には基本となる規則形があるもののそれ以外にもとりうる形が無数に存在するため、個別に記憶しなければならないものが多い。例: (mudarris、先生)の複数形は規則形であり、語尾に -ūna を付けて、 (mudarrisūna) になるが、(sadīq、友人)の複数は不規則形であるため、 (sadīqūna) とはならず、 ('asdiqā'u) になる。
動詞は3人称男性単数完了形を原形とし、語根順配列の辞典では、その形で引くことになる。原形を基本形、第一形ともいう。これに加えて、第二形から第十五形までの派生形が存在するが、第十一形以降は色の変化などといった限られた場合にしか用いられない。多くの辞書は語根順に語が配列されているため、派生形の動詞を辞書で参照するには、動詞からその語根すなわち原形を抽出しなければならず、これが、初学者にとっての辞書引きを困難にしている。

アラビア語を起源とする語彙
トタン、如雨露(じょうろ)、コーヒー、ラケット、シロップ、アルコール、アルカリ、ソーダ、シャーベット、ソファ、モンスーン、アベレージ(平均値)、ジャケット、 ゼロ(零)、タリフ(関税率) アルゴリズムなど。
星の名前
アルタイル(「飛ぶ鷲」という熟語の「飛ぶ」という部分)
アルデバラン(従うもの、後に続くもの。プレアデス星団に続いて地平線より昇ることから)
アルゴル(人を食べるという魔物の一種)
アルビレオ(「雌鳥のくちばし」の意味の語が西洋人の誤訳と誤解を経て)
ヴェガ(「降り立つ鷲」という熟語の「降り立つ」という部分)
デネブ(「鶏の尾」という熟語の「尾」という部分)
フォーマルハウト(大魚の口)
ベテルギウス(巨人の腋の下)
リゲル(脚)
「アル」で始まる言葉が多いのは、al- がアラビア語の定冠詞だからである。

アラビア語を公用語とする国
アラブ首長国連邦 - アルジェリア民主人民共和国 - イエメン共和国 - イスラエル国 - イラク共和国 - エジプト・アラブ共和国 - エリトリア国 - オマーン国 - カタール国 - クウェート国 - サウジアラビア王国 - ジブチ共和国 - シリア・アラブ共和国 - スーダン共和国 - ソマリア - チャド共和国 - チュニジア共和国 - バーレーン王国 - パレスチナ自治区 - モーリタニア・イスラム共和国 - モロッコ王国 - ヨルダン・ハシミテ王国 - 社会主義人民リビア・アラブ国 - レバノン共和国

なお、マルタ共和国のマルタ語もアラビア語の方言であるが、地理的にヨーロッパのためラテン文字で綴られる。

他にもペルシア語、トルコ語、スペイン語、ヒンドゥスターニー語などの言語にはアラビア語からの借用語が多い。これらの言語は皆現在アラビア文字で書かれているか、過去の一時期にアラビア文字で書かれていた歴史を持つ。
---------------------------------------------------------------------
もとより私はアラビア語には全く無知の人間であるが、大阪外語の大先輩の田中四郎氏の著書『やわらかなアラブ学』『駱駝のちどりあし』(いずれも新潮社刊)などを読んだことがある。
曲りなりにも若い日々に「西欧語」を学んだことのある私としては、分からぬままに「右横書き」という、ミミズの這ったような「アラビア語」なるものに関心はあるのである。
その上、この人の歌には知識人としての教養を刺激される何物かが多分にある。

掲出した歌について触れると、アラビア語には「第三語根」とか「弱動詞」とか、めったに聞き慣れない文法があるようである。

以下、三井修氏の歌集から歌を引いて終わりたい。

にこやかにわれを手招く男あり金属探知ゲートの向こうに

通り過ぐる戸の内赤し羊脳の煮らるる炉の火の揺らぎなるべし

この砂の彼方男等が弾倉にルージュのごとき銃弾填める

ポスト・フセイン その一点に集中し錐揉むごとし我等の議論

異邦人われを怪しみ去りゆかぬアラブの男の子羊を従え

取り返しつかざることなど幾つでもしてきたぞなあ 軒の燕よ

断念を幾つ重ねて来し生か 桜吹雪に身を撲たせおり

銀粉をまなぶたに塗る少女等が午後の街ゆく 遠きチグリス

 しかし、中東とはいまだに縁がきれない
文献をあまた調べて作りゆく朽ち葉のごときフセインの家系図

すべて妄想、多分そう、さりながら昨日の戦況を分析しており

上代特殊仮名遣いなる「毛」と「母」の違いほどなり我等の齟齬は

滅びゆくもの野の風に響きあう 遺棄自転車、蝶の骸、死者の魂

謀らるることの愉悦よこの坂を寒夕焼けに灼かれつつゆく

家族をば歌わぬ奴と蔑まれ木枯し二号の街を帰り来

母音調和崩れゆくにも似たるかな かの日より君と我の心は

人生の起承転結 転の部を生きているらし白髪増しぬ

エルサレム石畳の路に出会いたるもみ上げ長きユダヤ教ラビ

ヒッタイト遺跡残滓の鉄成分調べて一代を男老いゆく

自らの軌跡を見つつ航くことの淋しもよ夏のボートの青年

歌はもっと自由でいいんだ秋空を雲がほどけて流れるように

エクリチュール、痕跡、差延、テクストを我に教えてデリダ逝きたり

飛行機の時間迫れどパスポート忘れて泣きたり 泣いて目覚めぬ

第三語根弱動詞なるアラビア語文法用語も遥けくなりぬ


copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.