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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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書評─木村草弥歌集『信天翁』・・・・・・・・・・・・・冨上芳秀
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──冨上芳秀の詩──(9)

     書評─木村草弥歌集『信天翁』・・・・・・・・・・・・・冨上芳秀
              ・・・・・・「詩的現代」33号2020/06掲載・・・・・・・・

敬愛する冨上芳秀氏が標記の記事を執筆されたので、当該部分を抄出しておく。読みやすいように私の独断で改行した。
全文は、別項の記事を参照されたい。 → 「ジジイの覗き眼鏡」⑧

▼木村草弥歌集『信天翁』((二〇二〇年三月一日刊、澪標)の場合は、短歌と詩のボーダーの世界である。歌人、木村草弥の第七歌集である。
木村草弥のことを知ったのは第三詩集『修学院幻視』(二〇一八年十一月一五日刊、澪標)を送っていただいてからである。
その詩集に感動して「ジジイの覗き眼鏡5」(「詩的現代」三十号、二〇一九年九月七日刊)に書いた。お礼に詩集を送るとブログに紹介してくれるようになった。 K-SOHYA POEM BLOG には、豊かな体験と古今東西の文学に精通した学識に支えられた木村草弥の世界が展開されているので興味のある人はぜひ覗いてほしい。
守備範囲が広く、様々な文学作品について読みが深く鋭い。毎日これだけの内容のものを発信し続けることはすごい。
他者の作品に対する深く鋭い認識を示す木村草弥が自ら生み出す作品は当然、魅力的な物である。
『信天翁』は「Ⅰ 信天翁」 「Ⅱ 朝の儀式」 「Ⅲ cogito,ergo sum 」 三章から成り立っている。
「Ⅰ 信天翁」の冒頭には第一章と同じ「信天翁」というタイトルが付けられ短歌群が置かれている。

      一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
           稲田京子さん死去
      《信天翁(あほうどり)》描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
      黄蜀葵《知られぬ恋》の花言葉もつとし言ひてをとめさびしゑ
      まどろみのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛(にこげ)は
           兄・木村重信死去
      吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
      もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
      庭の樹につくつくぼふしが来鳴きけり酷暑のふつと弛める夕べ
      つくつくよわが庭の樹に産卵せよ黐(もち)がよいかえ山茶花よきか
      また地上に出てくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ
      向うより径(みち)の来てゐる柿畑自(し)が影曳きてさまよひにけり
      《馬耳東風》おそろしきかも十を聴き九を忘るる齢(よはひ)となりて
      村の見慣れた風景に眠つてゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか

<「信天翁」>最後の一首を除き、文語定型の端整な短歌が並んでいる。
昔から短歌の連作というものがあるが、定型が一種の独立性を強く主張するため連作と云っても相互の関連性は強くない。
「信天翁」の世界について「あとがき」でこの部分の背景が語られている。

<妻・弥生の死後、十年間、私を支えてくれたケアマネジャー(正式には介護支援専門員という国家資格)の稲田京子さんが二〇一六年三月に死んだ。
その直後に私は突然、起居不能に陥り原因が判らず四苦八苦したが、幸い専門医の診断と処置により生還した。
その翌年、行動する学者として世界中を飛び廻っていた美術史家の次兄・重信が死んだ。
「影」として生きてきた私は大きなショックを受けたが、何とか立直りたいと思う。
そういう騒動を描いたものが巻頭に置いた「信天翁」の一連である。これは角川書店「短歌」誌二〇一七年九月号に載るもので、歴史的かなづかい、文語文脈で発表した最後のものである。敢えて、そのままで掲載してある。
それ以後、私は現代口語歌を標榜する「未来山脈」光本恵子・主宰のもとに拠って作品を発表している。だから、それ以後は「新かなづかい」を採用している。(以下略〉「あとがき」>
「信天翁」と次に紹介する「生存証明」との驚くほどの違いはここで明らかにされている。「生存証明」は現代口語歌であり、自由律の歌であることによって短歌的独立性が希薄である。
だから逆に、それによって、それぞれの歌の相互関係が強くなり、詩に近い自由な展開を成し遂げている。
       「門松は冥土の旅の一里塚目出たくもあり目出たくもなし」一休
       一休の狂歌を引いてM君から「年賀をやめる」とハガキ
       「小生、来年二月には九十歳となるので年賀欠礼」という
       「一休の狂歌が身に染みて感じられるようになりました」
       M君よ、それも分かるが年賀状は年に一度の「生存証明」なのだ
       まあ、君のしたいようにすればいいことだが淋しいねえ
       シルバー川柳にいう「誕生日ローソク吹いてたちくらみ」
       同じくシルバー川柳「入場料顔みて即座に割引かれ」
       朝鮮戦争反対のビラ撒きで米軍事裁判で有罪となり服役したM君
       そんな闘士のM・M君よ、大阪は築港の冬は冷たいか(「生存証明」)

この作品は一休の狂歌の引用、M君のハガキ、その内容の引用、それに対する感想、シルバー川柳の引用、それは九十歳になって年賀状をやめるというM君の行動の老いであるが、それは同じく九十歳になる木村草弥自身にも忍び寄っているのである。
最後に友人M君の現在に思いを馳せる。この自由なスタイルは短歌を並べたものというより詩そのものではないか。
私のこの見解は木村草弥の自覚するものでもある。
<本来、短歌は一首で自立する文芸である。しかし、この本での私の作品は十行あるいは十二行からなる「短詩」のような形態を採っている。
だから短歌ではなく「散文の短詩」として読んでもらって結構である。短歌として違和感を持ってもらっては困るので敢えて書いておく〉(「あとがき」>
私たちは九十歳になってなお果敢に詩の追及している木村草弥の姿勢を学ばねばならない。詩は何でもありなのである。
新しい文学の可能性は詩と隣接する文学ジャンルとのボーダーにあるからなんでもありという詩のアナーキーな本質の下に新しい文学を追求しなければならない。
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極めて的確な批評である。
長い引用までしていただき恐縮するが、このように書いていただくと、作者冥利に尽きる、というものである。有難うございました。
前にも書いたが、冨上芳秀氏は「大阪文学学校」で詩部門の講師というか、チューターをなさっている。
「詩的現代」は、愛敬浩一が編集する季刊誌であり、現代詩の世界で或る一定の地歩を有している雑誌である。
同人費を徴収しているとはいえ、厚さ2センチにも及ぶ立派な雑誌を定期的に刊行する営為に敬意を表したい。






現代短歌新聞2020年六月号掲載『信天翁』書評・・・梓志乃
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   草弥の詩作品<草の領域>
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      現代短歌新聞2020年六月号掲載『信天翁』書評・・・・・・・・・・・梓志乃(「芸術と自由」主宰)

     衰えぬ詩人の批評魂─木村草弥歌集『信天翁』   梓志乃

歌集『信天翁』のページを繰ったとき私は定形も自由律も意識することなく読み進んだ。
信天翁、存在証明、象形、と巻頭からの一連に詩人・木村草弥の思いが存在する。
この一巻のなかで歌集として最も惹かれた作品群である。一首のうちに著者の思いの深さがあった。
卒寿になってなお、衰えぬ詩人としての覚悟、あるいは創作者の止むことのない思い、あるいは業とも呼べる何かがひそんでいると感じられ、及ばぬながら、それを探り当てたかった。
    ・〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
    ・吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
一首目はケアマネジャー、二首目は実兄への挽歌であると詞書にある。
「死去」によって理解は届くが、それを知らぬにしても、ここに透明な寂寥感や諦念がただようのは理解できよう。
    ・新たな季節の訪れの微かな気配 時の移ろいに身をゆだねて
    ・象形は彩りを失って 残像となり あなたは遠ざかる
「象形」と題された作品は、現代語による自由律短歌という一行の詩の持つ究極をつき止めようとする方法論と、その先に待つ誕生と死へと発展し、著者の死生観が表出されてくる。
後半には連作ともいえる作品がタイトルごとに、一編の自由詩として形成され、日常の間(あわい)に垣間見る右傾化する政治、社会への危機感が、かつてこの国に存在した戦中の文芸弾圧を知るものの義務のごとく批評精神として存在する。
    ・誕生と死、形成と崩壊、夜と昼。 時は螺旋状に過ぎてゆく
「あとがき」で著者は<短歌ではなく「散文の短詩」として読んでもらって・・・>と述べている。
                                     (澪標・2000円)     (筆者=芸術と自由)
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現代短歌新聞社から連絡があって、敬愛する梓志乃氏が、この書評を執筆していただいたことを知った。
私の創作意図を的確に突いた批評で、作者冥利に尽きる、という感謝の気持で一杯である。
ここに全文を転載して感謝申し上げる。有難うございました。




「信天翁」私信と抽出歌・・・須賀まさ子
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・須賀まさ子(「未来山脈」会員)

木村草弥さま
こんにちは、ひどい状況の世界中ですね。いかがお過ごしでいらつしゃいますか。
   ■人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない
痛いほど身に沁みる、この歌が現在のコロナウイルス禍の根本的原因もそこにあると思えてなりません。
人間の身勝手な傲慢さが、結果的に自らの生存の危機にまで及びはじめているのではないかしらと思えてなりません。
御歌集『信天翁』拝受しまして、一回目読んだ時に何とも不思議な“ホッ ! ”とした気持になりました。
「大きな力を信じ、ゆったりとした心持ちで生きよう」と仰有られたような心持になりました。
私この夏に喜寿になります。不真面目な「未来山脈」社の一員でした。
いまは封印していた演劇的行為・朗読(より演劇的に読み語る)に精進することをライフワークと捉えました。
「読み語り」の会中止、イベント中止etcがストレスになっていますがフェイスブックなどでの交信で随分緩和されています。
・・・・・明るいことが書ける日が早く来ることを祈ってペンを置きます。         須賀まさ子

   ■〈馬耳東風〉おそろしきかも十を聴き九を忘るる齢となりて
   ■「小生来年二月には九十歳となるので年賀欠礼」という
   ■M君よ それも分かるが年賀状は年に一度の「生存証明」なのだ
   ■若者よ、言葉にだまされてはいけない
   ■いつのまにか 、、死にたい気持にさせられたり
   ■物は嘘をつかない、物が語りかけるものは嘘をつかない
   ■言葉は究極の兵器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
   ■街を一冊の本になぞらえる、と旅する人はみな読者だ
   ■歴史の古い町ほど、その本は分厚くなる
   ■草原から来た彼には木が邪魔だった
   ■一望さえぎるもののない草原に育った彼には木々の緑は目障りだった
   ■卒は終わる、終えるの意味から「卒業」の熟語がある
   ■虚弱児だったボク──九十歳まで生きるなんて思いもしなかった
   ■樹木は人間が人間として生き始める遥か十数億年も前から
   ■人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない
   ■樹が少なければ水を呼ばない。乾燥するのは樹が少ないからだ
   ■氷河時代の名残りがカールやモレーンと呼ばれる氷蝕地形だ
   ■その岩は黒部五郎岳カールの高山植物に囲まれている
   ■私たちは地球という巨大な岩石の上で暮らす
   ■誕生と死、形成と崩壊、夜と昼。時は螺旋状に過ぎてゆく
   ■二足歩行の姿勢は胸と腹という致命的な弱点を敵にさらす
   ■その不利を克服したのは「手」である。その手は強力な武器を使える
   ■「ここから先は観光の方はご遠慮ください」という立札で隔離される
   ■穏かで美しい分離は「壁」が人間にとって切実な意味だということ
   ■デカルトの研究者というだけで三木清は獄死した
   ■「自由」というだけで何でや? 今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
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多くの歌を抽出して、的確に私の意図をあぶり出していただいた。
有難うございます。
FBの会員らしいので、私のサイトを見つけていただいて、そこでも交流いたしましょう。
私のFBのサイトは歌集の「略歴」のところに書いてあります。よろしく。


京都新聞「京都文芸」欄「詩歌の本棚・新刊歌集」真中朋久執筆『信天翁』評
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   草弥の詩作品<草の領域>
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       京都新聞「京都文芸」欄「詩歌の本棚・新刊歌集」真中朋久執筆『信天翁』評
                  ・・・・・・・「京都新聞」2020/04/20朝刊掲載・・・・・・・・・

木村草弥『信天翁』 (澪標) は、卒寿を迎えるという作者の第七歌集。
・一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
・〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
・わたくしのいつもながらの朝の儀式これから始まる春夏秋冬
・「自由」というだけで何でや ? 今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
表題作は亡き人ゆかりの品を題材とした挽歌だが、歌集全体にのびのびと、自由に詠う。
近年は口語自由律の立場のようだが、多行詩のような連作では、一首としての訴求力がいくらか弱いようにも思う。
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畏敬する真中朋久氏 (「塔」選者) から、私の意図を的確に突いた批評をいただき心から感謝申し上げる。
本の「あとがき」に書いたように、この本の欠陥のところも、ご指摘の通りであり、完全に受容する。
有難うございました。
この新聞の当該記事は左右に長いので私のキャノンのスキャナはA4まで゜しか取れないので、真ん中を「端折った」のでお許しを。




ながらみ書房「短歌往来」2020/五月号掲載『信天翁』書評
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 ↑「短歌往来」2020年五月号 掲載 『信天翁』書評

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      ながらみ書房「短歌往来」2020/五月号掲載『信天翁』書評
             ・・・・・「短歌往来」─今月のスポット欄・・・・・・・・

▼木村草弥歌集『信天翁』(澪標・2000円 * )
齢九十を超えた歌人の矍鑠たる自由律短歌の世界。世の中に対する、とりわけ理不尽な権力に対する叛骨心はいささかの衰えもない。
集中末尾の一連の連作に、この歌人の面目躍如たるものがある。
・ユリシーズの時代には肉体が見事だというたげで英雄になれた
・今では貧弱な肉体の持ち主がコンピュータを操って巨万の冨をかせぐ
・むかし「若者よ体を鍛えておけ」という歌が流行った
・作者は獄中十数年という経歴の持ち主の詩人だった
・「美しい心が逞しい体に支えられる日がいつかは来る」
・と、その人は言った。ひろし・ぬやまという詩人だった
・その昔「自由律」というだけで刑務所にぶち込まれた俳人が居る
・デカルトは「cogito, ergo sum」(われ考える、ゆえに 我あり)と言った
・デカルトの研究者というだけで三木清は獄死した
・北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は定型へ復帰した
・香川進大尉は「自由律歌人」だからと陸士出の将校に殴打された
・「自由」というだけで何でや ? 今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
一首ずつというのではなく、連作としてまとめて読むと、あたかも散文詩のような趣がある。
ある時期、「自由」は抵抗の象徴であり、反権力の砦であり、そのために軍国化する社会から官憲に目をつけられた。
著者の歌は淡々と事実を並べたのみだが、、かえって迫真力がある。怒りや悲しみ悔しみなどは読者に委ねられている。
しかし、歌集冒頭の一連の歌は文語旧仮名の作品で厳粛ですらあり、歌集タイトルともなった作品に思い入れも深かったのだろう。
・一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
・〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
・まどろみのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛は
・吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
二首目は著者の妻亡きあとをケアマネージャーとして十年間支えてくれた稲田京子さんへの、四首目は美術史家であった次兄の重信への挽歌。
「これからの日々、わたしのしたいようにさせてもらいたい」」(あとがき)、それもいいだろう。
この世の中の矛盾や不条理を渾身の気概でもって歌い、告発してもらうのが自由律歌人の存在証明であると信じる。
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本誌が発行されたので、表紙の画像などをアップしておく。
名前を出してもいいと思うが、この記事の執筆者は、「ヤママユ」の喜多弘樹氏である。版元の澪標の松村信人氏とは若き日の詩人仲間の友人とのことである。
私の意図を的確に汲んで頂いた評で、有難く頂戴する。







京都新聞社南部支社長・大橋晶子さんが定年退職される。・・・木村草弥
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 京都新聞社南部支社長・大橋晶子さんが定年退職される。・・・・・・・・・木村草弥
 
メール文を引いておく。 ↓

木村草弥さま。 
 コロナ渦で外出がままなりませんが、いかがお過ごしでしょうか。
せっかくの春ですのにね。
人がいない中、桜だけが静かに咲き誇る何とも不思議な光景がここかしこにあります。

 さて、お礼をお伝えするのが遅くなりましたが、「信天翁」をお送りいただき、
どうもありがとうございました。
喪失の哀しみを歌い、自由が敵視された時代を伝え・・・。
いつもながら自在でいらっしゃいますね。
最後に置かれた歌が全体を締め、また木村さんらしくもあります。

 私事のご報告ですが、家の事情もあり、今月末をもって定年扱いで退職することにしました。
第二歌集「嘉木」を通じての思いがけないお出会いから、いつの間にか21年になりました。
あっという間ですね。この間いろいろとお世話になり、感謝しております。
「嘉木」当時は、木村さんが90歳まで歌集を出し続けておられるとは想像だにしませんでしたけれど。
いつまでも変わらぬ知的好奇心が見事、と感嘆しております。
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*書評*
   茶への思い 情感豊かに


(京都新聞平成11年6月18日朝刊所載)

城陽市奈島で茶問屋を営む木村草弥(本名・重夫)さん(69)がこのほど短歌集
「嘉木」(かぼく)を自費出版した。なりわいである茶への思いや、病と闘った妻へ
の愛、老い、山城の歴史や身の周りの自然など日常を情感豊かに詠んでいる。

木村さんは91年に歌を詠み始めた。自由な作風で知られる短歌会「未来」や
地元の「梅渓短歌会」の同人となり、仕事の合間に詠んだ歌を発表し続けている。
「嘉木」に収めたのは493首。
95年の第一歌集「茶の四季」以降、98年末までに発表した800首余りの中から
選んだ。
歌の題材は、変わりゆく山城や海外の暮らし、世紀末など幅広い。だが、中でも
多いのは、新茶の季節の喜びや、茶樹への愛情を詠んだ歌だ。
    明日のため見ておく初夏の夕焼は茶摘みの季の農夫の祈り
    茶どころに生れ茶作りを離れ得ず秋の深みに爪をきりゐつ
本のタイトルも陸羽の「茶経」の書き出しの「茶は南方の嘉木なり」からとり、表紙
には「製茶の図」を使った。
木村さんが日常を見つめる視線はどこかユーモラスだ。
  水馬(あめんぼう)がふんばってゐるふうでもなく水の表面張力を凹ませてゐる
長年連れ添う妻を詠んだ歌は温かい。
    病む妻に木瓜(ぼけ)の緋色は強すぎるほつほつと咲け白木瓜の花
    妻を恃(たの)むこころ深まる齢(よわい)にて白萩紅萩みだれ散るなり
第一集に比べ、老いを見つめた歌が増えた。
    嵯峨菊が手花火のごと咲く庭に老年といふ早き日の昏(く)れ
歌集の最後はこう締めくくっている。
    引退はやがて来るものリラ咲けばパリの茶房に行きて逢はなむ

(執筆者・洛南支社記者・大橋晶子)
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私の第二歌集『嘉木』(角川書店)の取材に私宅に来てくださったときのものである。私のHPで読める。
この取材の時に大橋さんと話していたら、彼女の父上が大橋保夫であることが分かり驚いた。
大橋保夫氏は私と同じ仏文科の一年先輩で、私は新制第一回だが、彼は旧制だった。
フランス語のゼミなどは一緒で、とにかく保夫氏は秀才で光っていた。
在学中にフランス政府の給費留学生に受かり、三年間パリ大学(文学部はソルボンヌ)に留学。帰国すると、すぐに京都大学で教鞭を執られた。
母上は、保夫氏と同じフランス語の後輩で大橋寿美子さんという。のちに同志社女子大学長を務められた。
1967-1968年「京都大学 大サハラ 学術探検」(総隊長・山下孝介)。
これは木村重信が企画し、講談社 創業60周年とフジテレビ 開局10周年の事業にドッキングしたもので費用はすべて民間企業の寄付によってまかなわれた。
全隊員の調査報告および記録は『大サハラ─京都大学大サハラ探検隊』(講談社)として1969年に刊行された。
フジテレビが「大サハラ」というタイトルで1969年1月~3月に13回にわたり放映。
産経新聞 が「サハラ砂漠─京大学術探検隊とともに」を1968年1月~2月に30回にわたって連載。
この時には保夫氏は「言語班長」として兄・重信と苦楽を共にした仲であり、これも奇しき因縁である。
この探検隊が帰国したとき、大阪空港(その時には、まだ関空は無い)で寿美子さんが抱いていた乳飲み子が晶子さんだという。
そういう因縁の出会いを経て、二十年余り付き合ってきたのである。
大橋晶子さんは早稲田大学を出て、京都新聞社に入社された。
その間に晶子さんは出世され、外国部、滋賀支社などを経て、現在は京都府南部を所管する南部支社長を務めておられるのである。
そんな長い付き合いを偲んで、書いてみた。ご苦労様でした。お付き合いに感謝します。


木村草弥歌集「信天翁」を読む・・・光本恵子
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     木村草弥歌集「信天翁」を読む・・・・・・・・・・光本恵子(「未来山脈」主宰)
             ・・・・・・長野日報2020/03/21「ポエムのある部屋」389掲載・・・・・・・

私が二年余り前から身を寄せている、口語自由律の結社「未来山脈」主宰者である光本恵子先生が、頭書のような書評を執筆してくださった。
画像で読み取れると思うので、ここに打ち直すことはしないが、私のキャノンの「スキャナ」はA4までしか撮れないので81%まで縮小した。
その過程で何字か消えているところがあるがお許しいただきたい。
私のブログに歌集の全文が出ているので欠けているところは補って読んでください。
このページは光本先生が長野日報に定期的に書かれる専用のページで、ここに載せられた二十年間の記事から『口語自由律短歌の人々』(鶫書房2019/03/29刊)という労作が誕生した。
ついでに書いておくが、この記事の初めの辺りに書かれている私の第三歌集『樹々の記憶』の解説を宮崎信義が、「帯」文を光本恵子先生が書いてくださった。
← 文中の赤字になっている部分は「リンク」になっているので、クリックして読んでみてください。
そのことを申しあげて、改めて御礼申し上げます。 有難うございました。


「信天翁」私信と抽出歌・・・佐田公子。山下雅子。
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      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・佐田公子。山下雅子。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・佐田公子(「覇王樹」主宰)

桜が開花しはじめましたが、コロナ騒動で落ち着きません。
この度は第七歌集『信天翁』をご恵贈いただき誠にありがとうございました。
御礼が遅くなり申し訳ございません。
「未来山脈」にお入りになったこと、自由律にご挑戦、光本様も心強いと思います。
   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■原始、地上は森に覆われ、海には生命の胎動があった
   ■入り口に「プライベート」と書かれてしまえばおしまいである
定型に拘わらない自由さが、嬉しくなりました。

コロナウイルスの難関を乗り切りたいです。
どうぞ、ご自愛下さいませ。   かしこ
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      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・山下雅子(「地中海」会員)

この度御歌集『信天翁』を賜り、久々にお会いした思いになつかしく御祝、御礼を申し上げます。
「地中海」以来ごぶさたしましたが、折々歌壇その他でお名前を拝見し、ご活躍にエールを送っておりました。
この度の「あとがき」から、私と同年昭和五年生まれであり、突然の大病を機に、定型から口語自由律へ、現在があり、前向きに新しい立場にひたすらなお姿。
その気概に圧倒される思いで元気をいただきます。
木村さんの能力には足元にも及びませんが、下手の横好きの短歌一筋たのしんでおります。

   ■言葉は究極の武器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
   ■卒寿とは「人生を終える」齢という意味なのか
   ■哺乳類の奇形として出発した「二足歩行」の未来は
   ■北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は自由律から定型へ復帰した
   ■香川進大尉は「自由律歌人」だからと陸士出の将校に殴打された

口語なればこその、すぱりと言い切る味合いかと。
光本恵子先生の「未来山脈」を拝見し、「地中海」でも口語の方がおられ、私は口語表現を歓迎し、あるいはいつか私も・・・。

ところで私事ですが、一年前、転倒し左骨盤のひびで半年以上入院。
現在、杖歩行でそれなり安定しておりますが、今日は足のリハビリのため、リハビリ介護施設におり(月に十日ほど)、ここで手紙を書いております。
それで、このような失礼なレター、乱筆、乱文をお許し下さいませ。
木村様も大病からのご生還、大変でいらっしゃいましたね。再びの命、大切にされますよう。
お互いに午年の身、自愛いたします。  



「信天翁」私信と抽出歌・・・小谷陽子
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・小谷陽子(「ヤママユ」会員)

新型コロナ・ウイルス出現で不穏ながら、空は明るい春の色です。
御歌集『信天翁』を賜り、大変うれしく御礼申し上げます。
なにより九十歳とは、にわかに信じられない程のみずみずとした若々しい感性と、深い教養、幅広い知識と経験に支えられた知性の織りなす「詩」を堪能いたしました。
私個人としては定型か否かというより、よりこちらに響いてくるものに惹かれました。
<桜><言葉><「卆」の字><森の記憶②><岩の造形>は、特に一連が、ひとつの思想を鮮やかに最終行に向かって収斂させていく魅力があり、共感いたします。
また一行から、ほっと呼び覚まされる言葉が多くありました。
  <村の見慣れた風景に眠ってゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか>
  <レンブラントの光は可視化されているようでいて形而上の光である>
  <物は嘘をつかない、物が語りかけるものは嘘をつかない>
  <死と同じ重さの生 生と同じ軽さの死>
  <人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない>
  <人間を作る以前から樹木の細胞と長い付き合いがある>
  <もとあったところから流転して今の場所へ。そして留まる>
もちろん前後の言葉があって、よりひびくものと思いますが、一つ一つ、その背後にあるものは、深く広い、そして純粋な直観の力かと存じます。
<朝の儀式>には、少々驚きました。生命力の源のひとつはやはり「食」にあるのですね。それは「生」の美しい儀式なのですね。
<どうやら「卆」の字が私の目下のキーワードらしい>の次に<ああ、この夕餉に牡蠣に檸檬を絞りつつ思うことである>と結んでおられるのも、豊かな生命力を感じます。
拙い感想を述べました。
拝読できて幸いに存じました。   三月十八日        小谷陽子
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敬慕する小谷さんから、私の作歌意図を鋭く突いた書評をいただき、作者冥利に尽きるというものです。
有難うございました。心から深く感謝いたします。 




「信天翁」私信と抽出歌・・・萩岡良博
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・萩岡良博(「ヤママユ」代表)

新型コロナウイルスが蔓延し外出もままなりません。お変わりございませんか。
三月に予定していた歌会も、飲み会もすべて中止となりました。ただ桜の蕾が日々ふくらんでいくのが楽しみです。
御歌集『信天翁』ご恵贈賜りありがとうございました。
実は角川「短歌」誌に発表された「cogito, ergo sum」を拝読したときに、木村さんの意図がわからず違和感を覚えましたが、
本歌集を拝読して、その違和感は氷解しました。あれは自由律の連作短歌あるいはソネット風の短詩だったのだと。
しかし小生はやはり巻頭の「信天翁」一連が安心して拝読することができます。
   ・まみどりのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛は
   ・もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
上句はいずれも下句のエロスやかなしみを呼びおこす序詞的なしらべを湛えています。
一首目はまた「松柏美術館」へと展開され、小生も何度か訪れたことがありますが、その美術館の歴史には蒙を啓かれました。
また一首目のエロスは「桜」にも漂い出て、前詩集『修学院幻視』の濃密なエロス的詩的空間を思い出しました。
「生存証明」としていただいた今年の木村さんの年賀状には、角川「短歌」十二月号に載せましたエロスを詠みこんだ拙歌に対して嬉しい励ましの一筆がありました。
木村さんの詩精神の源に尽きることのないエロスの泉が滾々と湧き出てことを羨(とも)しく思います。
そんな若々しい木村さんですが、年齢のことなど考えたことはありませんでしたが、九十歳になられたことに驚きました。
「卆の字」には、卒寿の卒をめぐる詩的考察がありますが、この尽きせぬ知的好奇心も木村さんの詩の源泉に数えることができるでしょう。
「シオンの光」の「一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする」という一行。
「絵手紙」のカボチャについての随想。
そして「オダガン・モド」(巫女の木)や「聖樹セイバ」などの樹木をめぐる考察など、小生の知らぬことばかりで、詩の広野に連れ出していただくような思いで拝読いたしました。
「森」と「岩石」をめぐる詩篇は、地球について、そこに住む私たちについて、根源的な思索を迫るものでした。
そして「壁」。定型の「壁」を意識している限り、木村さんの詩精神は、ついに理解できないのかも知れないとも。
雑感が長くなりました。「信天翁」の一連には
    ・また地上に出でくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ
と「つくつくぼふし」を詠んでおられますが、時節柄ご自愛下さり、命ながくやしなわれんことを。
     三月十四日                       萩岡良博

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畏敬する萩岡良博氏から、私の作歌の意図を的確に突いた批評を賜り、作家冥利に尽きます。
有難うございました。 嬉しいです。





「信天翁」私信と抽出歌・・・北神照美
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
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      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・北神照美(「塔」会員)

春というのに出かけることを控えておりますが、ごく近所へ買物に行きましても、桜の蕾がふくらみ、たんぽぽが咲き、からすのえんどうが花をつけていました。
このたびは、まだきちんとお礼も書いておりませんうちに、私の歌集『ひかる水』書評をブログに載せていただき恐縮しております。
木村様は、とても多才な方で、歌集、詩集、歌文集など溢れるように出版されており、その情熱を羨ましく思うばかりです。
お目にかかったのは『昭和』の批評会でした。その時も若々しい方だと思っておりました。
それからも貪欲な知的創造をすごいことだと思っておりましたが、いまは「未来山脈」に属しておられるのですね。
この前の東京での記念大会には私も出席させていただきました。
また「詩歌句協会」の大会にも出席して詩集に触れたりいたしましたので、私も以前より、口語短歌や詩に親しんでおります。
それでも、まだ、やはり「信天翁」の一連が、しっくりとくるように思いますが、「散文の短詩」として読んでもよい、という「あとがき」に納得して他の作品を読みました。
定型の口語短歌ではないので、「石の物語」「森の記憶」「森の記憶②」など面白いと思いました。
私は昭和二十三年生まれなので、市の薬剤師会で活動したり、仕事をしたりしていたことも昨年で一応終わりました。
木村様が九十歳で、こんなにも旺盛な活躍をされているのですから、私も頑張っていこうと思っております。
以下は共感する一連です。

         森の記憶②
   私たち人間は聳え立つ巨木に対して畏るべき威厳を感じる
   深い森や木立に対して不気味な懐かしい気配を感じる
   樹木は人間が人間として生き始める遥か十数億年も前から
   地球環境に適応する術を編み出して生き続けてきた
   人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない
   人間の身体を構成する六〇兆の細胞のひとつは
   人間を作る以前から樹木の細胞と長い付き合いがある
   かつてスペイン人は樹木を大切にしなかった
   世界の海を制覇したスペイン人の活力は森の衰退と共に失せた
   樹が少なければ水を呼ばない。乾燥するのは樹が少ないからだ



「信天翁」私信と抽出歌・・・山本孟
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・山本孟(「地中海」会員)

お送りいただいた歌集『信天翁』を読ませていただきました。
いつまでも天空を舞う鳥のように、天に逝かれた方々の追悼歌を巻頭にして、心境の深い所まで届く歌群が並べられ、読み応えがありました。
「桜」は例によってエロティシズムをちょっぴり、時実新子の川柳で締めくくる器用さに敬服しました。
「シメオンの光」は濃密な知識と言葉による絵模様がみごとです。
「キティちゃん」と「言葉」は豊富な言語知識で、「言葉」を箴言風に書いて締め括っています。
続く「カボチャ」では語源からつながる野菜の用途まで興味深く書いています。
次のⅡ章は、自分の一日をまるまる紹介する「朝の儀式」「或る夕餉」「チョコ野郎」など、話の辞典の感じ。
行間を彩る虹の橋のような掛り具合が快く感じました。
「卆の字」では「私の目下のキーワードらしい」が、私にもぐさりと剣で刺された気がしました。(私も今年八十八歳)
「聖樹セイバ」は知らない木ですが、地球を意味するものとして、最終行は重く受け止めました。
Ⅲ章に至って、世界を旅し地球を知り尽くしたからこそ、現代批判が具体的な物に語らせる手法で時代を示され、その狂気を描いたところは秀れていると思います。
読み終えて「あとがき」の「起居不能」に大層驚き心配いたしました。
しかし、その後、無事生還され、心よりお慶び申し上げます。
それぞれの章の、詩を書く意図が明確で、人間の知恵が壊しつつある地球全体・人間の自然体を深いところから追求し、蘇らせるお考えを、この一冊で示されたことに深く敬意を表します。

長々と読後感を書かせていただきました。
どうか最期まで詩の大河のとぎれぬようにお祈り申し上げます。   敬具。
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山本孟氏は国語学の専門家で、「地中海」大阪歌会などで親しく交わらせていただいた。
国文学徒ではない私にとって、国語学に近づく先生としての存在だった。
この分厚い封書には、ご令室さまの闘病を詠んだ歌がずっしり含まれているのだが、今は、それには触れない。
ご令室さま、ご養生専一になされますようお願いいたします。有難うございました。




「信天翁」私信と抽出歌・・・神田鈴子
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   草弥の詩作品<草の領域>
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・神田鈴子(「地中海」会員) 

世はまさにコロナウイルスに冒されて、すべての動きが止まったような日々が続いておりますが、お元気でいらっしゃいますか。
この度は第七歌集『信天翁』を出版なされ、おめでとうございます。
今年で九十歳を迎えられた木村様の老いを感じられない意欲に何より感動させられました。
巻頭の「信天翁」から順に心ひかれたお歌をいくつか引かせて頂きます。
その後の短詩も重みがあり、いつまでも頭の冴えと若さをお持ちの木村様に心から敬服いたしました。

心ばかりのケーキを焼かせて頂きました。
どうぞ、これからも意欲的に作歌を続けてくださいますよう、そしてお体お大切にお過ごしください。

      「信天翁」より十首

☆〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
☆もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
☆〈馬耳東風〉おそろしきかも十を聴き九を忘るる齢となりて
☆夕暮れた街 束の間切り裂いて 光と影が格子縞に象形する
☆時の移ろいに身をゆだねて ほっと息を吐き出す 誰か
☆レンブラントの光は可視化されているようでいて形而上の光である
☆一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする
☆言葉は究極の兵器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
☆街を一冊の本になぞらえると、旅する人はみな読者だ
☆どうやら「卆」の字が私の目下のキーワードらしい
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神田さんから、お手紙と的確な抽出をいただいた。
また神田さんはケーキ作りの名手で、ケーキ教室を持っておられる。
私は本を出す度に、おいしいケーキを賜って賞味させてもらっている。有難うございました。
今度も、感謝を込めて即席の一首
     君つくるレモンケーキのロール一本切りて食(たう)べつ紅茶呑みつつ    草弥


「信天翁」私信ほか・・・花岡カヲル
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   草弥の詩作品<草の領域>
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      「信天翁」私信ほか・・・・・・・・・・・・・花岡カヲル(「未来山脈」会員)

信天翁なんて美しい鳥でしょう。
特別天然記念物。日本の鳥島と尖閣諸島の二か所に。絶滅危惧種心配ですね。
柔らかく美しい胸毛を求めた人間に攻め立てられた信天翁の哀れを思います。
この本は事象へ切り込むタッチが巧みで面白いです。
いろいろのことを広く深く極められており、何か叡智の玉手箱をお持ちですね。
生活のこと、食のこと、対人関係のこと、ヨーロッパや世界を旅されて芸術に触れ、素晴らしい眼力で、感性で、表現されています。
一気に読ませていただきました。
またゆっくり時間をかけて学ばせていただきます。
私の歌集『枯葉のみやげ』では、いろいろお導きいただき有難うございました。
どうぞ今後ともよろしくお導きくださいませ。


木村草弥歌集『信天翁』書評・・・谷内修三
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   草弥の詩作品<草の領域>
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     木村草弥歌集『信天翁』書評・・・・・・・・・・・・谷内修三
      ・・・・・・詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)2020/03/11所載・・・・・・・・

木村草弥『信天翁』(澪標、2020年03月01日発行)
 
 木村草弥『信天翁』は歌集。帯に、

〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ

 という歌がある。
 非常に強く惹かれた。「まなかひにありぬ」は幾とおりにも読むことができる。ひとつは、砂浜を見ている。ひとつは、現実には見ていないが、目に砂浜が映っている。ひとつは、記憶(幻想)としての砂浜が目の中にある。ほかにも違った読み方があると思うが、私は三番目の読み方をする。そして、そう読むとき、また違ったものを感じている。
 描かれた信天翁には砂浜は映っていない。その砂浜は、木村の夢なのだ。信天翁が記憶(幻想)の砂浜を目の中に閉じこめてゆったりと空を飛んでいる。どこへいくのか。だれも知らないが、信天翁は知っている、ということを木村は知っている。
 そして、それは木村の夢であると同時に、その信天翁を描いただれか(画家)の夢でもある。画家は目の中に砂浜を描かなかったかもしれない。描いてなくても、この信天翁を見たら、そのひとは信天翁が見ているものが見えるに違いない、と信じて描いたのだ。
 そう考えるとき、木村が見ているのは、信天翁なのか、信天翁の夢なのか、あるいは画家の夢なのか、木村の夢なのか、渾然として、わからなくなる。すべては融合してひとつになり、また、その融合したひとつのなかから、瞬間瞬間に、その「ひとつ」があらわれてきて、ゆっくりと飛ぶ。どこへ行くでもなく、漂ってみせる。
 そんなことを思ったのである。
 歌集を開くと、この歌には「稲田京子さん死去」という前書きがついている。信天翁は、稲田さんか。白き砂浜は稲田さんが向かっている世界か。歌のなかで繰り返される「あ」の響きが、その世界が「狭い」ものではなく、どこまでも広がっていると教えてくれる。つまり、「希望」のようなものとして見えてくる。「死」が「希望」というのは矛盾しているかもしれないが、「絶望」とは違うかなしさがある。
 「兄・木村重信死去」という前書きの歌もある。

吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し

 さらに、

つくつくよわが庭の木に産卵せよ黐(もち)がよいかえ山茶花よきか

 「産卵」ということばがあるが、なぜか「死」を連想させる。蝉は産卵して死んでいくからだろうか。

まどろみのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛(にこげ)は

 この歌にさえ、死を感じる。セックス、エクスタシーが「小さな死」だからだろうか。いや、そうではなく、もっと巨大な「死」だ。「産卵」と同じように、「生」そのものと拮抗する「死」。
 信天翁の一首の「死」もまた「生」と拮抗し、その「生」は「死」と拮抗している。つまり、そこには「矛盾」のようなもの、「渾沌」のようなものがあり、それが歌を支えている。歌の「響き」を支えている。どの歌も、響きが強く美しい。

 この歌集では、私がいま引用した「信天翁」の連作のあと、口語自由律の短歌が書かれている。その歌も、響きが非常に強い。読んでいて(音読するわけではないが)、思わず背筋がのびる。私の肉体の中を「声」が走っていく。

水着を剥いで引き出したつんと尖る乳首、若い固い乳房。

贅肉のない鍛えた体幹、その真ん中の凹んだ臍が綺麗だ

 漢字のつかい方が堂に入っているというか、「音」を鋭敏にしている。「音」のエッジを尖らせている。その強さが、妙な不気味さを持っている。それが死を感じさせるのか、それとも死の歌を読んできたから、私が「誤読」するのか。
 どちらであるか、いまは判断できない。

服部信(はっとりまこと)が死んだと恵美子さんからハガキが来た 八十九歳の死

 この散文みたいな一首も、私は非常に好きだ。ありのままに、ことばが動いた。ことばが寄り道をしていない。そこに、強烈な「正直」がある。だれのための歌でもない。ただ木村自身のための歌だ。
 こういう正直の前では、私は、ただ息をのむ。語りかけることばがない。何を書いても、それは「嘘」になる。
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敬愛する谷内修三氏が「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」2020/03/11付で、私の本について書いていただいた。
同じ文章が、アマゾンの私の本の当該欄の「書評」でも読めるので見てください。
有難うございました。




「信天翁」私信と抽出歌・・・貝沼正子
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・貝沼正子(「未来山脈」会員)

暖冬で例年より桜の開花が早まりそうですが、お変わりございませんか。
歌集『信天翁』をご恵贈いただき有難うございました。
一昨年の詩集『修学院幻視』に続いてのご出版、益々のご活躍に驚いております。

   〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ

歌集名にとられたお歌ですが、装丁もこの青いコースターに描かれた信天翁でしょうか。個性的でインパクトがあります。
帯に「この本は親しい人たちを失った喪失と諦念の書である」とあり、木村様の現在の切ない心境が語られていますが、信天翁の表情は光を背負いまっすぐ天に向かって飛び続けているようで希望を感じます。
作者を支えてくれた親しい方の死や、次兄・重信様の死は、どれだけつらく、悲しく、寂しく胸を締め付けられる思いをされたことでしょう。ご冥福をお祈り申し上げます。

「あとがき」にもあるように、木村様の作品は「散文の短詩」の形態が多く、私には批評が難しいので、心に残った作品を一部挙げさせていただきます。

(信天翁)から
   ・一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ・〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
   ・吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
   ・庭の樹につくつくぼふしが来鳴きけり酷暑のふつと弛める夕べ
   ・また地上に出でくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ

(幻想的で不思議な感じ)
   ・ふしぎにかぼそい光のタペストリー 孤立するまばゆい無限空間
   ・象形は彩を失って 残像となり あなたは遠ざかる

(短詩の一連)
   ・街並み
   ・森の記憶②
   ・岩の造形
   ・誕生と死
   ・さざれ石
   ・都市の壁
   ・cogito , ergo sum
   ・「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ

いま世界中に新型コロナウイルスが感染拡大し、病気はもとより、学校、経済、失業、貧困、移動の制限など多くの問題が山積しています。
戦争の歴史から学ぶように「時代の狂気」に振り回されないように、落ち着いた行動を一人ひとりが取るべき時と心得ます。
いろいろとご教示いただき有難うございました。

どうぞお身体をおいとい下さって、これからも作品作りに励まれることをお祈りいたします。
   令和二年三月九日    水仙の芽が伸びだした一関より     貝沼正子



「信天翁」十首抄・・・三井修
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」十首抄・・・・・・・・・・・・・三井修(「塔」選者)

   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■四月は旅立ちの月である。どこかで桜が咲いている。
   ■一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする
   ■カップの小粒納豆 糸を引くナッーキナーゼの効用信じて
   ■街並みの幾何学模様を、さらに複雑にしているのは「家」
   ■樹林一面に霧氷が付着して幻想的だった
   ■嫡子定規の凹凸が樹々の風景に整然と展開する
   ■幾億年かの昔、記憶にもない時代である
   ■高い山でもないし険しい山でもない黒部川源流の風景
   ■都市の歓びは自由にあちこち歩き廻れることにある





「信天翁」私信と抽出歌・・・阪森郁代。小野雅子。佐々木則子。松林尚志。伝田幸子。今井千鶴。
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・阪森郁代。小野雅子。佐々木則子。松林尚志。伝田幸子。今井千鶴。

      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・阪森郁代(玲瓏)

九十歳となられての記念碑的なご歌集。
なにより言葉の自在さに圧倒されました。
「言葉」 「街並み」 「都市の壁」 「cogito, ergo sum」が格別印象ふかく、惹かれました。
この集は、若者だけでなくすべての人へのメッセージ。そして美しい詩でした。
先日書棚から偶然お兄様のご著書『モダンアートへの招待』を見つけました。いいご本です。再読したくなりました。
くれぐれも御自愛下さいませ。御礼まで申し上げます。

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・小野雅子(地中海)

このたびは御歌集『信天翁』のご上梓おめでとうございます。
歴史のこと、世界のこと、木村さまのご生活のこと、教えられること多く、興味ふかく読ませて頂きました。
香川進もうたわれていて時代を思います。
どうぞ、お身体を大切におすごし下さいませ。  かしこ

      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・佐々木則子(水甕)

1930年のお生まれとのこと今なお、作歌意欲に脱帽です。
☆一病をもちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
☆≪信天翁≫描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
☆一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする
☆クオークから原子へ 原子から分子へ 分子からDNAへ
☆それは「時間」の創造物とも言い換えられるだろう
心に残った歌・詩篇を挙げさせて戴き御礼とさせて戴きます。
ご恵贈誠にありがとうございました。
新型コロナウイルスの猛威がふるう昨今、どうぞご身体くれぐれもご自愛くださいませ。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・松林尚志(俳誌「木魂」代表)

日増しに春めいてきました。
この度は歌集『信天翁』有難うございました。
「馬耳東風」の歌など身につまされました。
鎮魂、日常、思索と自在に智の世界が展開する感じです。
口語短歌の役割が見えてきます。
それにしてもブログなどネットの世界を自在にこなしていること羨ましい限りです。
小生書き散らしたもの多く整理が大変です。 御礼まで。

      「信天翁」私信・・・・・・・・・・・伝田幸子(潮音)

今年は長野市内も暖かで生活がしやすくて助かっております。
今年になって雪掻きをしたのは三回のみでした。
ご無沙汰いたしております。
この度は第七歌集『信天翁』のご上梓おめでとうございます。
先ず、表紙の装幀とタイトルがとても印象深く思われました。
これから大切に拝見させていただきます。
実は、光本恵子様主宰の「未来山脈」により、御作品は拝見いたしております。
過日、木村様には私の歌集『冬薔薇』についてブログにお書きいただき大変嬉しく有難く感謝いたしております。
どうか、お元気でお過ごしいただきたいと存じます。
有難うございました。

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・今井千鶴

先日は歌集『信天翁』をお送り頂きましてありがとうございました。
教わることが多く興味深く拝見していまかーす。
因みに「信天翁」は、特別天然記念物、国際保護鳥に指定されているとか。
終わり近くの章に「」ぬやま・ひろしに触れられているのに涙ぐむ思いでした。
若い日所属していたコーラスグループのテーマ曲が「若者よ」で「その日のために体を鍛えておけ」を歌ったことを思い出し、同じ時代に青春を過ごされたのだと。
私は1932年生まれです。
昨年夫を亡くし、日が経つほどさみしく悲しく空しいです。機会があればお話ししたいと思います。



「信天翁」私信と抽出歌・・・島本融
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・島本融(美学者)

『信天翁』ご上梓おめでとうございます。
歌集というよりアフォリズム集と思いました。
I .の信天翁 収載の何句かに惹かれるものがありました。

コロナヴィールスとか猖獗を極めると厄介ですね。
重篤な場合は、対応する技術がやや複雑で、特に処置が高価なのでは、どう切り抜けるのか。
vita brevis ars longa, もともとはヒッポクラーテス 、生きざまの技術。
要は医術が複雑多岐にわたって、習得に時間がかかるので、短い生涯ではこれに太刀打ちがむつかしい、
とかいう意味だったそうで、今日び身につまされます。
原文は当然ギリシャ語、歯が立ちませんが。
amo ergo sum などとかまえていられません。
しかしありがとうございました。

ご令兄のことときどき思い出します。

旧作譜
■兄さんと呼ぶ声がする暮れの秋しかし私に弟は居ない
■ちらちらちらと龍灯捧げ崖の島石磴ひとりゆくはたが子ぞ
■トイレへ立った父戻らぬと兄や母家なか探す夢のあかとき

ご健常祈念いたします。

木村草弥様                 島本 融
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これはメールで頂いたので、そのまま貼り付けてある。有難うございます。
島本融氏は美学者で大学で教えておられた。
そんな関係で次兄・重信のことは、よくご存じだった。
島本融氏は、未知の人であったが、偶然に私のHPを見た、と言ってメールを送って来られて交友するようになった。もう三十年も前のことである。
本人は何も仰言らないが、検索してみて、氏が河井酔茗、島本久恵氏のご次男であること、群馬県立女子大学教授であられたこと、東京工芸大学のことなどが、サーフィンの結果判った。
島本氏には上梓された歌集『アルカディアの墓碑』、句集『午後のメニスカス』などがある。
私のWebのHP「木村草弥 詩と旅のページ」で句集『午後のメニスカス』抄 が読めるのでアクセスされたい。



「信天翁」私信と抽出歌・・・藤原光顕
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・藤原光顕(「たかまる」)

御歌集『信天翁』ご上梓をお祝い申し上げます。
老化のせいか、詩心の衰えを実感させられている昨今、口語自由律で書くことの意味もあやふやになり、いささか落ちこんでいるところでの『信天翁』拝受。
まことに有り難い賜物と感謝しきりです。

短歌としての形式をとりながら、一篇の詩としての構成など、「未来山脈」で拝見してはおりますが、その融通無碍ともみえる構成など、とても教えられます。

一首づつの飛躍と展開が面白く、完全な一首独立もさりながら、それぞれの歌が柔軟にもたれ合いながらの展開も、いわゆる連作とも違う意味で興味を深めました。
基本的に一首独立を指向してきましたが、もっと柔軟であってもいいのではないか、そんなことを思いました。
当分、この一冊を座右に置き、私なりに試行錯誤してみようか・・・なんて気がしております。
以下、何首かを抄出してお礼に代えさせていただきたいと思います。

   ・一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ・象形は彩りを失って 残像となり あなたは遠ざかる
   ・服部信が死んだと恵美子さんからハガキが来た 八十九歳の死
   ・どこかで別れの儀式があり、どこかで桜が散っている。
   ・目に見えない神の臨在を表すために垂直に注ぐ光を編み出した
   ・明るい表情が早くも身につけた曖昧な作り笑いに替わり
   ・その後の報道はないが、その胸のキティちゃんののんぴり顔が悲しい
   ・絵手紙が来た。みごとなカボチャ 陽に輝く
   ・サイコロ切りの豆腐半丁、ほうれん草を加え四倍濃縮だしでを足す
   ・いちにちの終りの儀式、ひとりで食べる今日の宴だ
   ・街を一冊の本になぞらえると、旅する人はみな読者だ
   ・旅人は通りから通りへ巡り歩いて何百とあるページをめくる
   ・街並みは、街を読み解くための記号である
   ・死と同じ重さの生 生と同じ軽さの死
   ・卒の略字「卆」は九と十。わたしは今年卆寿だという
   ・ああ、この夕餉に牡蠣に檸檬を絞りつつ思うことである
   ・都市は壁に囲まれたプライベートな見通しの悪い多細胞生命体
   ・cogito, ergo sum の一連                        藤原光顕
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敬愛する藤原光顕氏から的確な書評と抽出をいただいた。 有難くお受けする。有難うございました。




木村草弥歌集『信天翁』に寄せて・・・武藤ゆかり
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     木村草弥歌集『信天翁』に寄せて・・・・・・・・・・武藤ゆかり(「短歌人」同人)

 今年満九十歳を迎えた歌人木村草弥氏が第七歌集『信天翁』を上梓した。発行所は澪標。帯によると、本書は自由律の第三歌集『樹々の記憶』に連なるものだという。氏は詩人でもあり、巻末の略歴によると、詩集と紀行歌文集をそれぞれ三冊出版している。氏の旺盛な創作意欲は広く知られるところであり、京都の邸宅で編み出される作品を、ブログやフェースブックで全国へ発信している。
 本集は三部構成で、各章の扉にはラテン語の座右の銘が記されている。

vita brevis, ars longa
人生は短く、芸術は長い。
a fonte puro pura defluit aqua
清らかな泉から清らかな水が流れる
cogito, ergo sum
われ考える、ゆえに 我あり(デカルト)

 芸術を志す者は誰でも第一の箴言を心に刻まなくてはならない。そして、第二の箴言にある通り、清明な心から清明な文芸が生まれるのである。第三の箴言は、全てを疑っている自分の意識だけは確実に存在する、言い換えれば表現者としての自分自身は疑いようもなく存在する、という意味にもなるだろうか。歌人木村草弥の精神のありようが偲ばれる。

一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
<信天翁>描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
庭の木につくつくぼふしが来鳴きけり酷暑のふつと弛める夕べ
村の見慣れた風景に眠つてゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか

 巻頭の一連「信天翁」から五首を引いた。この連には親しい人との永遠の別れや父方、母方の系統への思い、小さな生命への慈愛がにじんでいる。いずれの歌も言葉の工夫に満ち、韻律も美しく、余韻嫋々たる悲しさを湛えている。この路線で一冊を貫くこともできる作者だが、定型短歌はこの連作だけで、次の連作からは自由律へと転じている。「村の見慣れた風景に…」は形式の変わり目に位置しており、転調著しい第二幕への序章ともなっている。定型が解きほぐされてゆく喜びを、歌の波に揺られて「ゆっくり呼びさまし」たい。

夕暮れた街 束の間切り裂いて 光と影が格子縞に象形する
波動する意識をとどめようとして 目を閉じた 明くる日
新たな季節の訪れの微かな気配 時の移ろいに身をゆだねて
波動し攪拌する意識に抗い むきだしになる感性を押しとどめ
攪拌し交差する意識の屈曲率 その透徹した美しさ

 連作「象形」から五首引いた。それぞれの歌が関連し合い、物語が進行するように歌の景色が移り変わっていく。「あとがき」には、本来短歌は一首で自立するものだが、本書では十行あるいは十二行からなる「短詩」のような形態であり、短歌ではなく「散文の短詩」として読んでもらいたい旨が書かれている。宗教と物理学が遠い彼方で交わるごとく、歌または短詩が物理学と出合ったような面白さがある。次々と差し出されるイメージに身をゆだね、無限空間に放り出される快感を、幸運な読者は感じればいいのである。

四月は旅立ちの月である。どこかで桜が咲いている。
水泳教室も新入生を迎えて活気づいている
華やかな花柄の水着に包まれた健やかな君のボディが立っている
贅肉のない鍛えた体幹、その真ん中の凹んだ臍が綺麗だ
どこかで別れの儀式があり、どこかで桜が散っている。

 本書の発行日は三月一日、桜の季節が目前である。連作「桜」から五首を紹介する。句読点がある歌とない歌が混在しているが、これも作品の自由度を高めた結果だろう。日本人にとって新たな旅立ちを意味する桜の花。そこから華やかな水着、健康的な女性と縁語のように歌が続いていく。結ばれた縁はやがて切れるもの。花の散華と共に「どこかで別れの儀式が」ある。本書は親しい人たちを失った喪失と諦念の書であると作者は言う。個々の離別体験は具体的には描かれていないが、語り尽くせぬ心情が背景にあると思われる。

風景とは自然が創り出した見事な「造形」である
それは「時間」の創造物とも言い換えられるだろう
砂漠に足を踏み入れ、暫くそこに身を置く
何十億年かけて存在している岩山と砂の一部になる
何十億年かけて地球に届く星の光に自分が融けてゆく

 悠久の時間と人間との対比が描かれる「岩の造形」から五首を選んだ。人間の想像を越えた長さを、岩石や砂漠に対峙して直感把握する男の姿が浮かぶ。それは星空を見上げる遊牧民のようでもあり、辺境を流浪する宗教者のようでもある。海外体験豊富な作者のこと、実際にどこかの砂漠へ足を踏み入れた時の印象なのだろうか。永遠と一瞬の間を自由律短歌が超高速で駆け抜けてゆく。個々の歌は独立して鑑賞できるが、読者はぜひ連作を最初の一首から味わい、作者の光のベクトルを感じて欲しい。
 最後に、歌集名『信天翁』にどんな意味があるか考えてみた。信天翁とは漢名から来ており、天に信(まか)せて一日中同じ場所で魚が来るのを待っている、翁のような白い鳥のことだという。直接的には、引用歌二首目のコースターの絵から取られたのかも知れない。しかし大胆に想像すれば、信天翁とは、居ながらにして精神を軽々と飛翔させ、大海の底にも銀河の果てにも自在に遊ぶ作者自身なのである。翁とは神仏に近い存在であり、神々は翁の姿で現れるという。歌の神はまさに今、歌人木村草弥として顕現しているのである。               (完)
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敬愛する武藤ゆかり氏が、私の本について、精細な書評を賜った。心から厚く御礼申し上げる。
メールの添付ファイルで頂いたので、そのまま原文通り転載する。
武藤氏との「縁」は、三井修氏のお世話で『昭和』を読む会を開いてもらったときに出席してもらったのが初めであり、三井氏がやっておられた『りーふ』誌に書評を書いてもらった時から、お世話になっている。
武藤氏については、このブログで何度も書いているのでくり返すことはしない。
原文を、読みやすいように「改行」などしようかと思ったが、敢えて、そのままにした。有難うございます。


「信天翁」私信と抽出歌・・・高旨清美。市川光男。
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・高旨清美。市川光男。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・高旨清美(「晶」「DOA」)

あたたかな冬でしたがねまだ寒暖差は続いております。
この度は御歌集『信天翁』を賜りましてありがとうございます。
現在は「未来山脈」に拠っておられるとのこと。
「信天翁」の一連、心にしみました。
   ■向うより径の来てゐる柿畑自が影曳きてさまよひにけり
「向うより径の来てゐる」がどことなく暗示的です。
そのほか「森の記憶」など、環境問題に触れたものに心ひかれました。
ご健詠をお祈りいたします。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・市川光男(「未来山脈」会員)

この度は歌集『信天翁』ご出版おめでとうございます。
   ■言葉は究極の兵器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
   ■人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない
   ■「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
言葉は鋭利な刃物。地球は人間を良しとしない。
「美しい心が逞しい体に支えられる日がいつかは来る」そう、私も信じたい。



「信天翁」私信と書評・・・笠原真由美
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と書評・・・・・・・・・・・・笠原真由美(「未来山脈」編集員)

寒冷地の諏訪にも温かい風が吹き始めました。関西はもうすっかり春でしょう。
この度は第七歌集『信天翁』を御恵贈いただき有難うございます。
さっそく拝読させていただきました。
特に印象的だったのは14ページからの「象形」で、わたくしの知らない「新短歌」の時代、宮崎信義や金子きみらが活躍したころの結社誌の熱気を彷彿とさせる、力強く重量のある自由律作品群に心奪われました。
「キティちぉん」、「言葉」などの連作については、これは短歌というより「詩」ではないのか・・、「詩もしくは「散文(独白)」を、ぷつりぷつりと切り離して一行づつ表記しているのではないのか・・そのような疑問を持ちましたが、「あとがき」105ページの記述を読み納得いたしました。
木村様には文語定型短歌の基本と蓄積があり、その上での実験や挑戦(遊び)が可能になっているのだと思いました。
(中略)
歌集の中から、特に心に残った歌を写させていただきました。        笠原真由美

   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■波動する意識をとどめようとして 目を閉じた 明くる日
   ■ふしぎにかぼそい光のタペストリー 孤立するまばゆい無限空間
   ■とどまろうとして なおも意識に墜ちてゆく どこへ

   ■白髭を蓄え口を開けて讃美しているのがシメオン
    その腕には幼子イエスがしっかりと抱かれている
    絵の中央で跪きながら二人を見守っているのがマリア

   ■水泳教室も新入生を迎えて活気づいている  (一番好きな作品です ! )
   ■峠を越えると突然、朝霧の歓迎を受けた
   ■砂漠に足を踏み入れ、暫くそこに身を置く

   ■白夜に近い状態だった 月だけが冴えざえと輝いていた
    氷雪の中に、雲霧の彼方に世俗を拒否する世界があった

   ■入り口に「プライペート」と書かれてしまえばおしまいである


 
「信天翁」私信と抽出歌・・・三好俊明。木下忠彦。天野和子。小畑庸子。小西久二郎。山下正子。永井章子。涸沢純平。
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・三好俊明。木下忠彦。天野和子。小畑庸子。小西久二郎。山下正子。永井章子。涸沢純平。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・三好俊明(「未来山脈」会員)

このたびは御高著『信天翁』を賜り誠にありがとうございます。
木村さんの独特な感覚は大いに参考になります。
   ■街を一冊の本になぞらえると 旅する人はみな読者だ
この一首を挙げて、まずはお礼に代えさせていただきます。 ご自愛ください。

     「信天翁」私信・・・・・・・・・木下忠彦(「未来山脈」会員)

拝啓。三月に入り陽ざしが一層明るく感じられる候となりました。
お変わりなくご活躍の段お慶び申し上げます。
この度は歌集『信天翁』をご恵贈賜り厚く御礼を申しあげます。
歯切れのよい短歌は深い学殖に裏打ちされているのだ、と感心いたしております。
どうぞ健康維持にご留意頂き、ご活躍を祈っております。   敬具

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・天野和子(「塔」会員)

待ち遠しかった春の到来も、コロナ感染の騒ぎでたいへんなことになってしまいました。
が、春の花々は次々と咲いています。自然はいいなと改めて思うこの頃です。
第七歌集のご上梓おめでとうございます。ご恵贈ありがとうございます。
瑞々しいお歌の数々は「詠い続ける」ということの意味を示していただいているようです。
少し後に続く者として勇気をいただけます。第八歌集を楽しみに。 お礼まで。
   ■何十憶年かけて地球に届く星の光に自分か融けてゆく

     「信天翁」私信・・・・・・・・・小畑庸子(「水甕」前・選者)

木村様 この度は御歌集『信天翁』ご上梓おめでとうございます。
ご恵与にあずかりありがとうございました。今よりゆっくり拝読いたします。
ますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。  かしこ

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・小西久二郎(「好日」前・代表)

拝啓。本年も早 如月尽となり心忙しい事です。
この度は第七歌集『信天翁』の出版おめでたく、早速に御恵与下さいまして厚く御礼申します。
作品は、これより拝読する次第ですが、初めの方より好み二、三を抄出して御礼に代えます。
   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■もゆらもゆら夏の玉の緒ひぐらしの啼く夕ぐれはまうらがなしも
   ■また地上に出でくるときは七年先まみえむ日まで命やしなはむ
   ■村の見慣れた風景に眠つてゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか
   ■一休の狂歌を引いてM君から「年賀をやめる」とハガキ
など繰り返し拝見。 折をみて充分味読いたします。
これを機に益々ご活躍を念じます。 とりいそぎ御礼言上まで。   敬白

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・山下正子

二月二十九日にご本を落手しました。
今度は読みやすく一気に読みました。
同じ年齢なので、最後の章、あとがきに共感しました。
皮肉の混じる豊富な知識に再度味わいたいと思います。
表紙のカバー信天翁の青空への飛翔、素敵です。ありがとうございました。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・永井章子(詩人)

御歌集『信天翁』をご恵贈いただきまして誠にありがとうございました。
実に興味深く拝読させていただきました。
いつもながらの博学のこと頭が下がります。
「信天翁」「象形」「岩の造形」等は短歌として読ませていただきましたが、あとがきに「散文の短詩」と書かれてありますように、型にはまらない自由な表現を確立されましたことは、まさに凄いことだと存じます。
どの御作も、すーと胸に届き、物知らずの私は、いろいろ教えていただく楽しさを沢山いただきました。
重ねて御礼申し上げます。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・涸沢純平(「編集工房ノア」社主)

卒寿の歌集『信天翁』御出版をお慶び申し上げます。
   ■波動し攪拌する意識に抗いむきだしになる感情を押しとどめ
   ■わたくしのいつもながらの朝の儀式 これから始まる春夏秋冬
をお過ごしください。 有難うございました。




     

「信天翁」私信と抽出歌・・・宮章子
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・宮章子(「潮」主宰)

一枚の絵の中で物語が時間をかけて浮き沈みする。
この度は歌集『信天翁』ありがとうございました。
「一枚の絵」どころか、一冊の本の中に木村様の人生の物語が「浮き沈み」しながら心に浸みて来ました。
   ■卒の略字「卆」は九と十。わたしは今年卆寿だという
   ■いちにちの始めの儀式この朝もミルクあたため「いただきます」
毎月お元気で歌を創り、素晴らしい歌集にまとめられた、その生活の様子が歌々の中から伺い知ることができます。
   ■一個の岩石は風や雨に晒されながら永遠の時を刻んだ
   ■哺乳類の奇形として出発した「二足歩行」の未来は?
   ■「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
チクリチクリと時代への批評・批判が表現されていて、新短歌は、これを忘れてはならないと思いました。
一読させて頂いた感想です。また、じっくりと読ませて頂き、作歌のお手本にさせて頂きます。
ありがとうございました。
何かと不穏な日々、呉々もご自愛下さい。                  宮章子



木村草弥第七歌集『信天翁』鑑賞・・・三浦 好博
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      木村草弥第七歌集『信天翁』鑑賞・・・・・・・・・・三浦 好博(「地中海」編集委員)

木村草弥さんのたくさんの歌集や詩集をその都度読ませていただいて来た筈であるが、あらためてウィキペディアに掲載されている著書を読んでみて、その多さに驚いている。
『信天翁』は作者の言われる様に基本的には、自由律の「未来山脈」に発表された作品という事であったが、以前にも御歌集『樹々の記憶』等で自由律の作品を読ませて戴いていた。

   ・一休の狂歌を引いてM君から「年賀をやめる」とハガキ
   ・M君よ、それも分るが年賀状は年に一度の「生存証明」なのだ
   ・まあ、君のしたいようにすればいいことだが淋しいねえ
歌集の前の方にある歌であるが、実は私も作者にこれを出してしまった事があり、私もこの通りのお返事を頂いた。
このM氏は九十歳であるが、私(偶々私もMである)は未だ喜寿であるので余計身に沁みる。

   ・〈信天翁〉描ける青きコースターまなかひに白き砂浜ありぬ
   ・吉凶のいづれか朱き実のこぼれ母系父系のただうす暗し
角川「短歌」に発表された文語定型の、この歌集には例外的作品。
詞書きにそれぞれ「稲田京子さん死去」と「兄・木村重信死去」とあり、一首目の信天翁のこの歌集のカバー絵のブルー系の品格の良さは、稲田京子氏の筆になるものであろう。
二首目の兄・木村重信氏は高名な学者、美術史家であった。
作者には『免疫系』という詩集があり、生物学にも造詣が深いと記憶している。ミトコンドリア・イヴまで行かずとも、ひとは父系母系からそれぞれどれ位の割合で遺伝子を引き継いでいるのだろう。
さて、この歌集『信天翁(アルバトロス)』は当然以前の六つの歌集に繋がるもので、私には手に負えない歌が多々あったが、作者の博学について行けない歌は置いといて、解り易かった歌を更に挙げてみたい。

   ・水着を剥いで引き出したつんと尖る乳首、若い固い乳房。
   ・贅肉のない鍛えた体幹、その真ん中の凹んだ臍が綺麗だ  以上「桜」

   ・街を一冊の本になぞらえると、旅する人はみな読者だ
   ・歴史の古い町ほど、その本は分厚くなる
   ・旅人は通りから通りへ巡り歩いて何百とあるページをめくる
   ・街並みは、街を読み解くための記号である      以上「街並み」

   ・ウォーキングが流行っている。毎朝一万歩あるくという人も居る
   ・ヒトは霊長類の一種。サル類は一日中なにをしているのか
   ・移動は何のためか。採食と給水が主なものである
   ・「ヒトとは直立歩行する霊長類である」これが定義
   ・しかし、なぜ二本足で歩くようになったのか  以上「二足歩行」

   ・ユリシーズの時代には肉体が見事だというだけで英雄になれた
   ・今では貧弱な肉体の持ち主がコンピュータを操って巨万の富をかせぐ
   ・その昔「自由律」というだけで刑務所にぶち込まれた俳人が居る
   ・デカルトの研究者というだけで三木清は獄死した
   ・北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は自由律から定型へ復帰した
   ・香川進大尉は「自由律歌人」だからと陸士出の将校に殴打された
   ・「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ     以上「cogito, ergo sum」

Ⅲ章「cogito, ergo sum」の同名の小見出しの部分。私の属する前田夕暮系の「地中海」の創立者・香川進に触れている。
戦時下の治安維持法によって、考えられないような事が事件にされ命を落とした人々が居た。
しかし今日の日本でも、当時と似たような暗雲が立ちこめている事に警鐘を鳴らしている。    (完)
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敬愛する三浦好博氏から、精細な「書評」を賜った。
私の意図するところを的確に捉えていただき、作者冥利に尽きる、というものである。
一点だけ訂正させていただきたい。
この本の装丁は「目次」の末尾に明記してあるように「倉本修」氏の手になるものである。念のため。
なお読み易いように適宜「改行」したのと、三浦氏の勘違いの箇所は修正した。 有難うございました。




「信天翁」私信と書評・・・小西亘
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   草弥の詩作品<草の領域>
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      「信天翁」私信と書評・・・・・・・・・・・・小西亘

この度第七歌集『信天翁』を賜りましてありがとうございました。
いつもながらの、古今東西に亘る該博な知識、あふれる好奇心、対象に鋭く響く感性によって紡がれた作品を拝読し、豊かな時間を過ごさせていただきました。
連作の一首一首を読み進むうちに、ひとつの豊かな物語の世界に入ってゆくような思いになりました。
以下、思いつくままに拙い感想を記します。
「朝の儀式」 「或る夕餉」・・・・・このような日常の朝食・夕食を細かく描写し並べた連作が、不思議に詩としての力を持ってくるのですね。そこに意志のようなものも感じました。
「キティちゃん」・・・・・切ない物語でした。難民の微笑む、きちんと躾けられた少女、その洋服の「キティちゃん」を描いたところに、作者の少女への思いが伝わりました。
「オガダン・モド」・・・・・もうひとつの「キティちゃん」。モンゴルの風土に生み出された、われわれからすれば特異な感性を持つ少年。
「それは『オガダン・モド(巫女の木)』と呼ばれて信仰される」で結ばれる異質な世界。
「言葉」・・・・・言葉を崇拝し、言葉の力を解き、言葉人間の証と宣言する一文人の詩歌や書き物は、このような傾向にあると思います。
それに反して作者は、「若者よ、言葉にだまされてはいけない」 「物は嘘をつかない、物が語りかけるものは嘘をつかない」と言う。
「チョコ野郎」 「街並み」 「ヨーロッパの森」・・・・・絵入りの、ヨーロッパの物語風の歴史書・地理書を繙く思いでした。
われわれの憧れる、共通した歴史と文化を持ち、それぞれに多彩であるヨーロッパの国々。それを森やチョコという具体を通して。
「cogito, ergo sum」・・・・・ひろし・ぬやま・三木清・前田夕暮。「自由」という言葉だけで弾圧された俳人たち。
退職者となり、もの申さぬ人間となり、事なかれ主義の日々を送る自分を反省しました。
若者に日々触れる身、時代に生きた文人たちに自ら感じ、彼らを通して若者に伝えなければ、と。

冒頭の、稲田京子さんとお兄様を悼むお歌。「信天翁」のコースターのお話、改めて歌集を拝読して、このような死別の悲しみを直截に表さない挽歌も、あまり読んだことがないと思いました。
実景か心象風景か分からない、ある雰囲気をもつ描写を通して、故人とそれに関わる自分について、しみじみと思い、悲しみ、回想する情が窺えるようです。
詩心の無い私は、一首一首について、作者にお聞きしたいという気持ちが湧いて参りました。

勝手なことばかり書いて申し訳ありません。
蛇足ですが、「無駄な言葉がないなあ」という詠嘆の思いも持ちました。・・・・・        小西亘


「信天翁」私信ほか・・・田中成彦。松本昭子。那須信孝。山崎輝男。松宮行子。辻俱歓。
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   草弥の詩作品<草の領域>
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      that is the question. me free !
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      「信天翁」私信ほか・・・・・・・・・・田中成彦。松本昭子。那須信孝。山崎輝男。松宮行子。辻俱歓。

      「信天翁」私信・・・・・・・・・田中成彦(吻土・主宰)

城南地方の春は殊に早い到来と拝察します。
変わらずご活躍のご様子お慶び申し上げます。
此度は新たな詩歌集のご恵贈まことにおめでとうございます。
巻頭の挽歌や、巻末の連作短詩には特に心惹かれました。
益々のご健詠をお祈り申し上げます。    <吻土>田中成彦

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・松本昭子(俳人・天塚)

「信天翁」ご上梓おめでとうございます。
歳を重ねてなほ変わらぬバイタリティに敬服しております。
自然体で自由にうたわれつつ広い知識も垣間みえ、深い思いも響いてまいりました。
勉強させていただきました。
新型ウイルスで不安な日々が続きます。ご自愛の上ますますのご健詠をお祈り申し上げます。   
                                   松本昭子

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・那須信孝(一行寺・前住職)

謹啓。世はコロナ伝染で種々の風評が乱れとんでいます。
フト戦時中の学徒動員等を想い出しました。
短い人生に数世紀とも言える経験をする時代に生かされている意義を知らされます。
歌集「信天翁」ご恵贈賜り有難うございました。
近親の方々の逝去にも拘わらず豊かな感性で多彩な精神的成長を続けられる貴兄に感心して居ります。
お互いに九十歳くれぐれも、お大事にご活躍ご精進お念じいたします。
有難うございました。                       那須信孝

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・山崎輝男(未来山脈)

『信天翁』のご出版おめでとうございます。何冊もの歌集を出されているのですね。
私もいつかは歌集を出版したいものと思っていますが、叶いません。
木村様の歌集を読んでいると、この様な表現方法もあるのだと大変新鮮な感覚を覚えました。
小生、いつも一首だけに固執して四苦八苦していますが、この様に詩のように表現することも可能なんだと感じました。
ゆっくり味わせていただきたいと思います。
歌集の中に川柳も出てまいりました。
私の友人に川柳を詠む者がおりまして、以前、同窓会の時にもらった面白い川柳を想いだしました。・・・・・
                                               山崎輝男

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・松宮行子(元・編集者。英語翻訳家)

お久しぶりです。歌集『信天翁』をお送りいただきありがとうございました。
一句一句読ませていただきながら途中で、あのバスの旅でお話をしたときのようにいろいろと問いかけておりました。
今年「卆」年。なんとはつらつとした句なのでしょう。
毎日のひととき、ひとときを丁寧に過ごされていることが、しっかりと伝わってきます。
このところ何かに(体力とか・・・)甘えてきている日常を反省しました。
先ず胸を張って歩かなくては ! ご本を手にとってはうなずいたり、はっとしたり。
そして久しぶりに丁寧に作られたご本を手に取り感激しております。
本づくりの考えられる限りのことが表現されていますね。ありがとございました。
これから、またじっくり読み返していきます。楽しみです。       松宮行子

     「信天翁」私信・・・・・・・・・・・辻俱歓(未来山脈)

歌集『信天翁』を御恵贈下さり、ありがとうございました。
素直で技巧をこらさなく、大変読み易いお歌の数々でございました。
木村様の素直なお心が、そのまま伝わって来るお歌の数々でした。
・・・・・
木村様は、奥様とお兄様を失われて、おさびしいかと存じます。でも未来山脈の仲間も居ます。
どうぞ長生きして下さいね。これからも短歌、読ませて下さい。         辻俱歓



「信天翁」私信と抽出歌・・・藤原龍一郎。村島典子
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・藤原龍一郎(「短歌人」編集人)

御歌集『信天翁』拝受。心から御礼申しあげます。
  ■まどろみのみどりまみれぞ松園の春画に見つる繁き陰毛は
  ■夕暮れた街 束の間切り裂いて 光と影が格子縞に象形する
  ■北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は自由律から定型へ復帰した

散文化の問題など考えています。 

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・村島典子(晶)

   ■向うより径の来てゐる柿畑自が影曳きてさまよひにけり

(前略)
「朝の儀式」 「或る夕餉」 「森の記憶」② 「岩の造形」など、大変心ひかれて拝読いたしました。
私は、いま、どんどん近代短歌の方へ傾いています。・・・・・・
三、四年前に『漂流の島』という書物を読み、鳥島に流れついた漂流者、そして信天翁の生態に関心を抱きました。
たしか吉村昭の作品にもありましたね。・・・・・





「アルバトロス」─木村草弥『信天翁』書評・・・沢良木和生
信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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       「アルバトロス」─木村草弥『信天翁』書評・・・・・・・・・・・・・沢良木和生(小説家)

むかし、アルバトロスという名の、第一次世界大戦当時のドイツ仮装巡洋艦の物語を、南洋一郎という作家が書いた「ルックネル艦長」という本を読んだ覚えはないか。
あの、大洋を広く遊弋しながら祖国ドイツのために闘ったロマンテイックなものがたりだ。小学校5年生ぐらいのときだったか、アルバトロスだ。
信天翁という題字を読んだとき、ふと思い出したのだ。大西洋を縦横にかけめぐる痛快無比のものがたり。
商船を改装、15サンチ砲を何門か搭載して、敵国の商船に近付き撃沈する。今ではそんなことはとてもできないが、敵の海上輸送路を断ち切るのだ。ルックネルのゲルマン的海軍士官らしい豪快、闊達、男らしさ。

2020年のこの「信天翁」 短歌を標榜しながら、短歌にして短歌にあらず、31音を基本的に綴りながら一篇の散文であり、連綿として断ち切ることができない物語の自由な構築。
いいなあ、この自由さ。はるか洋上を自由に翔けるアルバトロス。
決別した友を想う。ここに書かれた「M」は、ぼくの妹が嫁した男、昨年多臓器がんで亡くなったよ。市民運動に参加していたが、基本的に孤立していた男だった。
葬儀で60になった息子が、彼の人となりを語ってくれたが、もちろん語れるはずがない。今は、ただ一人となった友人であるぼくが弔辞を読んだ。
息子の会社パナソニックの社員たちが大勢参列しており、やつらはどう思ったか知らぬが、50年代の学生運動とそれへの想いを心を込めて語った。
友よ、安らかに眠ってはならぬ。今少しこの国の行く末を、喝破と目を見開いて憂い続け怒り続けてくれ、というたった。

「朝の儀式」と「或る夕餉」は、いいなあ。モロぼくも同じような時間。過不足なしに心に流れ込んでくるぞいな。けっこう工夫して献立を作ってる。よくやってるよ。

「街並み」 み、は必要か。
ぼく、今年の新年会の乾杯の音頭を取ったとき、会場の数十人の80歳前後の人びとに向かって、グラスを置いて聞いてくだされ。
みなさん、見知らぬ街を歩きませんか、その気になってゆっくり歩けば、見慣れた街でも、見知らぬまちが起ち上ってきます、そしてまた言った。
みなさんの長年の知識や経験が詰まっているので、重くなった頭蓋が、つい前へ垂れさがってくるのはやむを得ませんけれど、そいつを立て直して、昂然とあごを挙げて歩きませんか、顎はそのためにあるんです、と、えらそうに演説した。

「樹林」 「森の記憶」は、ぼくにはない。けれどこんなフレイズがあったなあ。「私たち人間は、聳え立つ巨木に対して、恐るべき威厳を感じる。」
ああそうか。京、比叡山中にある巨木、登山路にそびえていた、ただ一本。20mから上は雷火に打たれて失われていたが、地元から延びた巨大な幹にはびっくりした。「一本杉」と呼ばれている。むかし参謀本部の陸地測量部の地図には、この大樹、しっかりと明記されていた。驚いたのは、701年のあの大宝律令の中で、近江と山城の国別識票? になっていた、というから凄いではないか。比叡回峰の行者たちが、必ず礼拝し、その精気を得た、というのはぼくの深読みかなあ。

「卒の字」むかしは、しゅつ、しゅっす、と読んだのか。
何年何月、○○某しゅつ。そんな表現をだれがどこに書くのかなあ。潔いではないか。
「岩石」 地球はそれで出来ている、と詩人は言う。中国の人ほど石を愛した民族は居ない、という。
それはそうかもしれないが、「磐座」はどうだ。古代日本人の巨石信仰をどう見る? ぼくは、この国の随所にある巨石は、民衆の自然への恐れであり、おろがみたてまつる対象として最適のものではなかったか。
今も残るこの国の巨石信仰、そして石に刻む神仏の像、そして、ぼくの住む北摂のいたるところに鎮まっている、小さな石仏の群。野仏の群に心を奪われるのだ。中世の戦乱の中で、踏み荒らされた泥土の片隅にそっと据えられたのであろう小さなちいさな石仏の群。丈1尺にも満たぬ、ろくに彫りこまれてもいない石仏たち。誰が彫り、誰のために立てたのか。
「直立」 「二足歩行」。成長した頭脳を支えるには、直立するしかない。いろんな利点があったはずだ。そしてさらに脳は巨大になり容積が増え重くなった。4足歩行の小さい頭脳ではつくり出せない能力は、二足で生み出した。一方出産能力は落ち、走る力も落ち、肉体は退化した。
しかし、そこでだ、「コギト・エルゴ・スム」 デカルトさんよ、ちょっと待て。懐疑し思索すること、究極、それだけが疑うことのない真実だというか? あるいは人間の存在がある、というのか。でも、考えない鳥や獣はアカン存在だと決めつけてくれるなよ。コトバを持たぬ彼ら、動物を貶め、殺戮し、草木を焼き滅ぼした。地球をも滅ぼそうとする。この近現代。
 
もう、やめよう。一冊の信天翁に乗せられて、連想や思い出をずるずると語ってしまった。
まだまだ語りたくなってくるのだ。
教練の想い出。大空襲の時の想い出。臆面もなくこっちが忘れていたつまらぬことを、引き出してくれるのだ、この連詩集は。
難解な日頃の高みから、のびのびと降りてきてくれているからかなあ。
ずるずると一人語りをしてしまった。         (完)
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敬愛する小説家の沢良木和生氏から、優れた、独特の書評を賜った。
有難うございます。 ここに全文を披露いたします。


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