K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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ハッとする識見みせる君だった灰桜色の「知りたがり屋」だ・・木村草弥
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──初出・Doblog2007/05/30──
──誕生色占い──(2)──

   ハッとする識見みせる君だった
    灰桜(はいざくら)色の「知りたがり屋」だ・・・・・・・・・・・木村草弥


今日5月30日の「誕生色」は「灰桜色」ということである。
この命名は、日本古来からのものであると考えられる。
「誕生色」カレンダーには、それぞれ「色データ」という数値があり、
この「灰桜」色には、次のような数値が並んでいる。

   C16 M22 Y14 B0
   R218 G199 B200

これらの色記号は、C=シアン、M=マゼンタ、Y=イエロー、B=ブラック である。
パソコンをやる人ならプリンタを扱うから補充インクの交換などで、よくご存知の通り。
数値は「基本インキ」の混合の%を示す。
下段の数値は、R=レッド、G=グリーン、B=ブラックで、各10進法の値を示す。
「見本帳」によって、この数値は微妙に変化するから、同じ色でも本や人によって異なる。
掲出した図版の着物のような色が「灰桜色」とされている。

「灰桜色」の「キーワード」は「ロマンチスト」「知識」「思いやり」である。
色調としては「薄いピンク」と説明されている。
その人の特徴は「優雅さと洗練されたシルエットの持ち主」とある。

<優しい思いやりがあり、いつも夢を追い求めているロマンチストです。
身のまわりのことへの興味も強く「知りたがり屋」です。
優雅で洗練された外見から想像できないほど経験科学の知識があり、ときにハッとする識見を表明します。灰桜と相性のよい色は寒色系のパステルトーン、向いている職業はレポーターや記者などです。>
例─その人は芸能レポーターです。
「レポーターの仕事で一番大切なことは、いかにして本人から本当のことを話させるかということです。どうしても本人が話さないときは、視聴者自身が判断できるような情報を与えること」とその人はいいます・・・・・・・・。

色を知るのは目だけではない
有名なイギリスの物理学者ニュートンは、「色彩は光そのものである」という言葉を残している。
この色を私たちは目で見る。しかし、実は、皮膚でも、色を見て(感じて)いるのである。
つまり、光によって筋肉が緊張する。このことは、背中にさまざまな光を当てて反応を見る実験でも明らかになっている。
体の筋肉の緊張・弛緩現象を、脳波や汗の分泌量から客観的に示したものに「ライト・トーナス値」というのがある。
私たちの生体は、光と色に筋肉反応する。ライト・トーナスを測定すると、一番筋肉が弛緩した状態の数値が23、ベージュ色をはじめパステルカラーはこの数値に近い。
青が24、緑が28で、いずれも弛緩させる数値である。黄は30で中間だが、橙が35、赤が42となって緊張と興奮に変わる。
皮膚が光や色を感じとることを証明するのは容易である。被験者に目かくしをして、うしろの片方から光を照射すると、皮膚はそれを感じて明るい方へと体が傾斜する。私たちは生まれつき「根アカ」なのである。明るさを避けて暗がりへ逃げ込むのは悪人とミミズだけ。
では、なにゆえ、生体にそのような反応が起きるのか。それは、生体と光の波長が呼応するからで、その関係をシナジー(共力作用)と呼んでいる。
その微妙、複雑な関係は、いずれにせよ、色は人の心と体に大きな影響力を持っている。

黒を着ると「しわ」が増える
まだ熟していない緑のトマトを採って、一つは白い布地、二つ目は赤い布地、三つ目は黒い布地を被せ、日光の当たるところに置いた。蔓に残った他の緑のトマトが熟した頃に、布地を開いてみたところ、どうなっていたか?
白い布地のトマトは、蔓のトマトと同様に完熟し、赤い布地のトマトは発酵するほどに熟し、黒い斑点が現れていた。ところが、黒の布地のトマトは、まったく熟さず、緑のまましぼんでいた。
このように、白い布は生命体が必要とする光を透過し、逆に黒い布はすべてを吸収、赤い布は刺激の強い650ナノメートルの波長をよく透過した。
冗談抜きで、黒ずくめのフアッションを肌着で着ていると、このトマトと同じように「しわ」が増えてしまう。
光すなわち色は、皮膚と神経に作用し、さらに肺臓、肝臓、腎臓など、すべての器官系統に作用している。
白い布地はすべての色波長の大部分を透過する。黒い布地では布地がすべての色波長を吸収して、包んだトマトへ伝導しない。赤い布地はフィルターとなって、赤の波長を透過して、トマトに伝導し、刺激が強すぎてトマトを発酵させたのである。
アラブの女性は黒いベールを使い、黒衣をまとうが、それはベールが熱砂の吹き込みとまぶしさを和らげ、黒衣で太陽光線の紫外線を防ぐからである。
白は大部分の放射線を透過して伝導するから、白い衣服は広く推奨されている。同様のことは下着にも言える。
真っ白い下着や衣服を二日間着ただけで、カゼが直ったという例もある。
白い下着は体が必要とするすべての色波長を栄養として与えるから、白い下着が一番健康によい。黒い下着をいつも愛用していたらどうなるか。黒は希薄な放射線だけが作用し、まつたく光を透過しない。そこで、前述のように肌がしなびてくるし、老け込んでしまうのである。

生活は規則正しく模範生 好みの色は「コーヒーブラウン」・・・木村草弥
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──初出・Doblog2007/05/29──
──誕生色占い──(1)──

 生活は規則正しく模範生
    好みの色は「コーヒーブラウン」・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


今日5月29日は「誕生色」占いによると「コーヒーブラウン」が「誕生色」ということになっている。

つい最近、野村順一『誕生色事典』─「色の秘密」366日─という本を手に入れた。
同時に同じ著者の『色の秘密』─最新色彩学入門─という、いずれも文庫版の本である。(文春文庫PLUS)

これらの本で、野村順一は、次のように書く。

<日本人の色彩観は、季節の移り変わりで育まれたといえるでしょう。
春は夢のように淡く、夏は強い太陽と涼しさに、秋は錦織りなす紅葉と荒寥とした枯れ野、冬は凍てつく空と白一色の雪原に。
このような四季の色を、日本人は古くは平安時代から十二単、五衣(いつつぎぬ)に反映させていました。>

「コーヒーブラウン」coffee brown色とは「暗い黄色味のブラウン」と説明される。
人格を解くキーワードは「規律、模範、自信」。
その人の特徴は「常に向上できる技量を持った人」とある。

この「色占い」が当たっているかどうかは別にして、私は、この色が好きである。セーターやポロシャツなんかでは、この色のものを、よく身に着ける。替ジャケットなんかでも、この色のものを揃えてある。
場合によっては、この色変わりで、少し派手な茶色にすることもある。
スラックスというか今風に呼ぶとパンツなんかも、そんな色が好きである。
なにげなく身に着けると、ついそんな色を選んでいる自分に気づき苦笑することが多い。

この本の「人格のヒント」という説明には、こんなことが書いてある。

<規律正しい生活をし、規範となることを誇りに感じます。
自分に自信があるので逆境にもくじけず立ち向かっていけます。
コーヒーブラウンと相性のよい色は白と黄、向いている職業は健康管理のコーディネーターや薬剤師などです。>
例─その人はダイエットコーディネータです。
「油を抜けばカロリーは減りますが、腹持ちが悪く、すぐおなかがすいてしまいます。
食品はひとつに偏らず、幅広くいろんなものを摂るのがベスト。
食べものも運動も美容も全部合わせて健康に、という総合的なフィットネスをすすめています」とその人はいいます・・・・・。

けだし、適切な構築と言えるだろう。もっとも、私は、この日生まれではない。
見出しに掲出したのは、私の「占いもどき」の歌と承知してもらいたい。
これから適宜に載せる。


石川達三『生きてゐる兵隊』衝撃だつた 書棚の本の赤茶けたページ・・・・・・・・・・・・・木村草弥
生きている兵隊

──新・読書ノート・・・初出Doblog2005/09/12──

  石川達三『生きてゐる兵隊』衝撃(ショック)だつた
   書棚の本の赤茶けたページ・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。

この石川達三の小説は昭和13年に書かれたが、当時は事前に「検閲」という制度があり、それに引っかかって「発禁」処分を受けて日の目を見なかったものである。
掲出した写真の本は戦後の昭和23年に八雲書店から発行されたものである。

このような事情で戦後に発刊された本を私は読んだのだった。少年の私にとって、この本はまさに「目からウロコ」の衝撃の本だった。
この本の「序」文で、彼は書いている。

・・・・・此の作品が原文のままで刊行される日があらうとは私は考へて居なかつた。筆禍を蒙つて以来、原稿は証拠書類として裁判所に押収せられ、今春の戦災で恐らくは裁判所と共に焼失してしまつたであらう。到るところに削除の赤インキの入つた紙屑のやうな初校刷を中央公論社から貰ひ受け、爾来七年半、深く筐底に秘してゐた。誰にも見せることのできない作品であつたが、作者としては忘れ難い生涯の記念であつた。原稿は昭和十三年二月一日から書きはじめ、紀元節の未明に脱稿した。この十日間は文字通り夜の目も寝ずに、眼のさめてゐる間は机に坐りつづけて三百三十枚を書き終つた。・・・・・
・・・・・第一審の検事はその論告のなかで、(この種犯罪の中に於ける最も悪質なるものであり、最も重く処刑すべし)と言つた。私はこの論告に憤然として(この種犯罪の中に於ける最も良質なるものと確信する)と裁判長に向つて言つた。・・・・・
・・・・・第二審の判決は一審と同じであつた。私は三年の執行猶予を与へられた。・・・・・
・・・・・有罪の理由として判決書に記載されてゐる(皇軍兵士の非戦闘員殺戮、掠奪、軍紀弛緩の状況を記述したる安寧秩序を紊乱する事項)といふ点は私の作品を俟たずして世界にむかつて明白にされつつあり、・・・・・(「生きてゐる兵隊」初版の序、昭和21年)

「選集刊行に際して」と、この本に彼は書いている。
・・・・・私は南京の戦場に向ふとき、できるだけ将校や軍の首脳部には会ふまいといふ方針をもつて出発した。そして予定通り下士官や兵のなかで寝とまりし、彼等の雑談や放言に耳を傾け、彼等の日常を細かく知つた。将校は外部の人間に対して嘘ばかり言ふ、見せかけの言葉を語り体裁をつくろふ。私は戦場の真実を見ようと考へて兵士の中にはいつた。その結果として書かれたものは、軍部と同じやうに見せかけや体裁を重んずる特高警察と裁判所の忌諱にふれた。・・・・・特高警察とは縁が切れなかつた。終戦の三四日前にも警視庁に呼ばれてまる二日の取調べを受けたものであつた。調べ室は、重要書類焼却の煙で白くなつてゐる時であつた。・・・・・(昭和22年9月)

小説の本文の引用はしないが、今までに引用してきた彼の序文などで明らかだろう。
今日、新しい歴史教科書の執筆者などが、南京事件がなかったかの如き記述をするが、事実の瑣末な間違いはあるとしても、大きな虐殺などの「流れ」は明白な事実なのである。瑣末な、末梢的なことで本質を歪めてはならないだろう。
いま問題になっている「靖国神社」なども就遊館の「説明文」を読み取れば、これらの記述が軍国主義そのものであることを知ることが出来る、のにである。
あなたが、「軍国主義」を是認するというのなら、何をか言わんやである。
「真実は勝つ」というのが、すべてに勝るのである。戦争を知らない若い世代の人たちには、声を大にして申し上げたい。真実を知って、本質に迫ってほしい。


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