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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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高田敏子の詩①・・・・・・・・・木村草弥(Doblogから再録)

2004/10/22のBlog
satoimo里芋の葉

──高田敏子の詩──(10)

 露の玉・・・・・・・・・・・・高田敏子

里いもの葉がゆれている
朝露を まろばせて
清らに優しい 露の玉

私は娘の涙を思った
歯痛に泣いた幼い日の
涙の玉

嫁ぐ日のよそおいの
頬に光った 涙の玉

娘よ 娘
あなたが泣くときは私も泣いて
過ぎてみた月日

よろこびの 悲しみの
どちらの涙もなつかしく

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またまた高田敏子の詩を載せる。この詩は『季節の詩*季節の花』(昭和49年)に載るものである。
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2004/10/06のBlog

──高田敏子の詩──(9)
98f696a1.jpg

  手・・・・・・・・・・高田敏子

ふっと人の肩にかけた手
疲れたみにくい皺の中に
不思議な私がひそんでいる

この肉体の末葉に生きて
私の時間をみんなで吸い
汚れて 痛んで
そして私を支えている

私の忘れた過去さえも折り重ねて
止まった思考の外で
いま ひらひらと泳いでいる

この手の甲の背後で
私の眼はつめたいなげやりの
まなざししか持てない
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この詩は詩集『雪花石膏(アラバスタ)』に載るもの。手の皺を見て人生の残年の心情を深くえぐり出した。詩人というものは、時に非情な心境になって自分を見つめ、さらけ出す。詩人とは哀しい存在である。
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2004/10/05のBlog

──高田敏子の詩──(8)
9.19koushuuhatake葡萄畑

  ぶどう畑・・・・・・・・・・高田敏子

ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている
実りを終えたぶどうの樹は
一房 一房を 切りとられ
その枝を軽くしていった

ぶどう棚の上の 空は冷めたく澄み
風もまた冷めたく
私の着物の布目をとおして吹きすぎてゆく
ぶどうの葉は かわいた音をたてて散りおちる

収穫のハサミは鳴りつづけ
その音に 私は小さく身ぶるいしていた
私も実りを終えた一本のぶどうの樹
鋼鉄の刃の冷めたさが 私の胸の乳房にも
触れる思いで。
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「私も実りを終えた一本のぶどうの樹」という把握の仕方が、この詩を犀利な刃物にしている。「葡萄を切るハサミの音に身ぶるいする」という詩人の繊細な心情と表現の的確さ。この詩は詩集『藤』から。
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2004/10/04のBlog
──高田敏子の詩──(7)
scan4450横浜外人墓地

  丘・・・・・・・・・・・・高田敏子

「墓地を買いませんか」
友人がいった
墓地を買うなんて
私は一度も思ったことはなかった
「丘の上の海の見えるところです」

カモメがとんで 波がくだけて
島がよいの汽船が見えて
むかし そんな丘に住みたいと思った
夢二の絵のように坐って
レモンティーを飲みたいと願った

──そう レモンティーはさぞおいしいだろう
「生もたのし 死もまたたのしです」
友人は
引越しの日をたのしむようにいった
そして最後につけくわえた
「必需品ですよ」
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掲出の写真は、横浜山手の外人墓地のものである。この詩の「丘の上の海の見える」丘という設定に、なにほどかマッチするのではないか。この詩は詩集『にちよう日』から。
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2004/10/03のBlog

──高田敏子の詩──(6)

  縁日・・・・・・・・・・高田敏子

綿菓子売りのおばさん!
あなたは ずっと昔から
そうしていたのではありませんか

花火屋のおじいさんも
ほおずき売りのおばあさんも
みんな 昔のまんま
ああ 幼なじみの少年が
金魚を下げて歩いてくる

ここは魔法の国ではないかしら?
アセチレン灯の匂いのなかで
私は子どもにかえってゆく

そう すず虫のごちそうは
キュウリの輪切でしたっけ
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この詩は詩集『月曜日の詩集』に載るもの。今ではアセチレンガスの灯はなくなってしまった。この詩は詩集『月曜日の詩集』から引いた。
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2004/10/02のBlog

──高田敏子の詩──(5)
bryuraブランコ

  鞦韆(ぶらんこ)・・・・・・・・・・高田敏子

私の手で作ったぶらんこが
乗り手もなくなったまま
庭木の枝から下がっていて
子犬のおもちゃになっている

夜中に目覚めて
ぶらんこを押している犬
ぶらんこは
ときどき こつんと
犬の頭をたたくらしい

戸を閉した部屋の中で
私は文字と遊んでいる
愛とか死とかの文字を書きながら
私はときどきちいさな悲鳴をあげる

月夜か闇夜か知らない庭で
子犬はぶらんこと遊んでいる
小さな頭に こつんと当る
その音だけを 私に聞かして
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この詩は詩集『砂漠のロバ』に載るものである。
詩人というのは、この詩に書かれるように「文字と遊ぶ」ものである。「愛とか死とかの文字を書きながら/私はときどきちいさな悲鳴をあげる」というフレーズは、私も詩人として全き同感を表明する。
掲出したブランコの写真が詩の内容とミスマッチであることは、お許し願いたい。
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2004/10/01のBlog

──高田敏子の詩──(4)
P5-4すすき原①

  すすきの原・・・・・・・・・・高田敏子

さようなら さようなら
すすきの穂のくりかえす
さようなら
ひがな一日
すすきは 風に
さようならを おくりつづけている

ごめんなさい
私はあなたに あのような
美しいさようならを したでしょうか

あなたにも あなたにも
いつまでもああして
手をふりつづけていたでしょうか

私はうかつにも
別離がいつもあることに気づかずに
すぎてきたように思う

私のまわりから いつとはなしに
時の流れのなかに
去っていった人たちのことが思われる
すすきの原
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久し振りに高田敏子の詩を載せる。この詩は詩集『あなたに』に載るもの。余計な私のコメントは必要ないだろう。少しまとめて続けて、いくつか載せてみる。
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2004/04/07のBlog

──高田敏子の詩鑑賞──(3)

 雑草の花・・・・・・・・・・・・・高田敏子

紫大根の花が咲いていた
半日の外出から帰った夕ぐれの
家の戸口の傍らに

いつの間に
そこに芽をのばしていたのでしょう
少しも気づかずにいて
いま目にする花の紫

昨年もそこに咲いていたと
それさえ忘れていた私に
花は静かな微笑の姿を見せている

そう!
こうした雑草は
待たれることなく
咲き出すのだ
人目についても つかなくても
花を咲かせて
咲くことの出来た自分自身に
静かな微笑をおくっているのだ
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この詩は高田敏子の詩集『こぶしの花』1981年花神社刊に載るもの。
高田敏子の詩も、難解な言葉は何もない。難しい暗喩もない、平易な表現である。それでいて、詩全体から漂う雰囲気に読者は虜になってしまう。この詩の題「雑草の花」というのには引っかかるが、それは「雑草」というものはなく、どんな草にも、みんな名前があると思うからである。事実、作者も詩本文の中では「紫大根」という名前を書いているのだから、題名もそれにしてもらいたかった。
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高田敏子の詩については2/12付けで2編採り上げたが、それは季節の詩という訳ではなく、「戦争」にまつわる「女」の哀しみというものを採りあげたのだった。
高田敏子の詩集には1954年の『雪花石膏』1955年の『人体聖堂』にはじまって20冊近くが刊行されている。
ここで、同じ詩集に載る短い詩を一つ紹介する。
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aaookobusiこぶしの花

 こぶしの花・・・・・・・・・・・・・・高田敏子

 あなたの好きな
 こぶしの花が咲きました
 ご健勝にお過ごしのご様子
 およろこびしています

四行の文字
四行のことば
誰に見られても困らない
一枚のはがき

長い年月のむこうに咲く
こぶしの花
見上げる花枝の上に
形よい雲のひとひらが浮いていた

 ありがとう
文字にはしないことばを
ひとこと送って
文箱に納める
こぶしの花

ひとひらの雲はそのまま消えずにあって
肩のあたりがふわっと
あたためられている
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2004/02/12のBlog
553-huyou芙蓉白

高田敏子の詩──②

  白い花・・・・・・・・・・・高田敏子

灯を消して
床に体を横たえると
ノートに書き写したことのある
詩の一節が思われて来る
 眠っているものからは降るのだ
 棚引いている雲からのように
 重力の豊かな雨が
リルケの「重力」と題された詩の終連なのだが
私 このとき 微笑を浮かばせている
わが身を横たえて識る
わが身から降るゆたかな雨に
私は微笑をむけている

その微笑は 私がはじめて生んだ子に
乳房をふくませていたときの微笑に結ばれているように思う
私が看護した兵士の
高熱の中で呼びつづけていた かすかな声の女名前に
私が答えていたときの
兵士の微笑 私の微笑 にも似ているように思う

遠い過去の年月から 立ちもどって来た私の微笑よ

闇に白い花が開いてゆく
白いむくげの花のような
私が私自身にむける微笑の鼻を闇に咲かせて
私は眠りに入ってゆく

私はもういまは 哀しみに眠れない夜を持ちたいとは思わない
闇に目を見開いたまま悲しみを見つめつづける力も消え去っている
私の心はもうどこへ行くこともなく私の中にあって
私を眠りに引き入れて行く

毎夜 私はそうして眠る
私一人を包む闇の 眠りの 平和を思って──

窓の下の軒下には 白猫が眠っている
昼間何度かこの家の庭に来て 縁の敷居に前脚をかけ
家の中をのぞき見している猫
宿のない猫が この家の軒下に来て眠っている
猫もいまは雀を追うこともなく
庭の柿の木の幹で爪を研ぐこともなくなっていた
猫も白い花になっている

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この詩は詩集『夢の手』の巻頭に置かれているものだ。先に引用した詩「手の記憶」と同様に、私は「母性」というものの「勁さ」を羨ましいと感じる。
こういう言い方は変だが、男には書けない詩である。
この詩も平易でありながら、言葉に無駄がない。
これも戦争にまつわるエピソードを縦糸にして詠われている。これが女の「かなしみ」というものである。
あなたは、どう受け取るだろうか。
この詩も先の詩と同じ日にBLOGGERに載せたものの再録である。
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高田敏子の詩──①
98f696a1.jpg

 手の記憶・・・・・・・・・・・・・・高田敏子

息子が久々に顔を見せて
「お母さん ビール ぬこうか?」
「そうね 冷えてはいないけれど」
私は買いおきのビールを息子の前に置き
センヌキを出し
息子の手がセンヌキをとり上げ
センをぬく手つきを見ている
「コップ !」と言われてあわてて立ち
コップ 二つをとりだして
息子の手がその一つを私に渡し
ビールをついでくれるのを見ている
息子は次に自分の前のコップにつぎ
ちょっと乾杯の仕草をして
一気に飲み干すと
「じゃあ」とコップを置いて立ち上った
「忙しいから また来るよ」
「そうお」 息子を送りだしたあと私は
息子の手ばかりを見つづけていたことを思った

息子の手は 美しかった
三十歳を過ぎたばかりの男の手
若い男の手は みな美しい
つややかで のびやかで 力強い
その手は 私の肩を抱き
「じゃあ」と 挙手の礼をして
日の丸の旗の振られるむこうに消えていった
そして その手は何をしたか

挙手の礼の その
ぴんとそろえた手の形を私は忘れない
私は息子の手に その手を見ていたのだろうか

息子の手は 挙手の礼をしなかった
「また来るよ」と「また」の時間を残していった にしても
美しい男の手が 挙手の礼をしたまま
消えていってしまったことを 私は忘れない

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この詩は1985年花神社刊行の詩集『夢の手』に載っているものである。
高田敏子の詩は、とても平易な言葉で書かれ、現代詩の難解な暗喩もなく、多くの読者を持っていた。
この詩はBLOGGERのサイトに2003.03.13の日付で載せたものだが、ここに改めて収録してみた。
この詩は、母という女の目から見た「戦争」というものの持つ「かなしみ」を、さりげなく詠いあげた小品の秀作である。若い人に、特に読んでほしい詩である。
昨年、この詩を載せたのは、国連などでは多くの国が反対を表明する中で、アメリカが単独でもイラクを攻めるかどうか、が世界の関心の的だった頃のことである。
この頃では、五十数年前の第二次世界大戦を知る人も段々と少なくなって、悲惨な戦時下の体験を語るのも、はばかられるが、敢えて、そんな戦時下のことに触れた高田敏子の詩を採りあげた、と私は書いている。


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