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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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──草弥の詩作品「草の領域」②・・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──草弥の詩作品(20)──

   元命法という占術 l'avenir ・・・・・・・・・木村 草弥

 陽光
心が繊細になっている今月は、ひとり旅がおすすめ。
特に、水辺の風景がイマジネーションの源泉に──。
波音を聞きながら思索にふけると、新たな人生の方向性が
見えてくるかも。
海や湖に面したホテルで過ごすのも、マル!
心が狭くなっている時には、初夏のさわやかな空を眺めて
深呼吸を──。
感覚が鋭くなる時。普段よりワンランク上のものを身につけたり、
一流の芸術に触れ、感性に磨きをかけましょう。
作品の発表やプレゼンはチャンスです!
個性を前面に出すと強いでしょう。
新しい流れは柔軟に受け入れて、吉!
ただ、完璧さを求める余り、周りに厳しい目を向けがちに。
おおらかに許しあう道を選んで──。

 稲妻
発言力が高まっています。
会議やミーティングなどでリーダーシップを発揮できそう。
交渉事も有利。
夢が叶いやすい運気なので、大きなビジョンをアピールすると
強いでしょう。ただ、言葉が過ぎて、周りを傷つけてしまう可能性も。
冷静さを取り戻せるはず──。
素朴な自然との触れあいが、みずみずしい感性を取り戻してくれる。
原生林や野生のハーブ、野鳥が生息する場所に出かけてみては?
森の中の一軒家のような宿で、小鳥のさえずりに目覚める休日──。
体力が充実しているなら登山もおすすめ。温泉も、マル!

 田園
新展開とリーダー運。
ひとつのジャンルでトップに立ったり、新しい環境で責任者に推されることも。
率先してリーダーシップを発揮すると、上昇運に乗れそう。
ただ、今までのやり方にこだわると、孤立する恐れも──。
苦言も素直に聞いて。
水と緑ゆたかな風景が、頑なになりがちな今月のあなたに、
しなやかな感性を与えてくれそうです。
ミズバショウの咲き乱れる高原を散策したり、山里に湧水の名所などを
尋ねるのも、おすすめ。
迷いがちなら、直立する杉木立や竹林を眺めると、心が落ち着き、
目標が見えてくるかも──。
菖蒲の花にも、気持ちを立て直す力が!

 風雲
狙い通りの答えや結果が得られる時。
特に、目上の助けで状況が好転しそう。恩師や上司に紹介や、
口添えを頼むなどの根回しを──。
素直な態度が協力を得るカギ。
虚勢を張ったり、背伸びすると、礼儀を失してしまう可能性も。
考えすぎると、かえって答から遠ざかるかも。
書物にヒントを求めて──。
初夏の陽光をたっぷり浴びるほど、運気に希望が差す時。
草原に寝そべって青空を見上げたり、日当たりのよい場所で
読書もいいでしょう。
考え過ぎた時には、満天の星を眺めると、視野が広がり、
行動力が湧いてきそう。
風流な世界との縁もあるので、神社仏閣や日本庭園を尋ねるのも、マル!
風景を見て一句ひねってみては?

 天星
発展的な運気。
何事も、あなたの予想を越えて広がりそう。
今までのやり方をガラッと変えてみることが、飛躍のきっかけに。
意外な相手と組んだり、海外の仕事のスタイルを取り入れるのも、おすすめ。
ただ、優柔不断になったり、意思が通じにくくなる傾向も。
誤解を恐れずに、堂々と発言を。
冒険的な旅が、発展運に火をつけそう。
人生観を変えるような出会いの暗示も──。
言葉の通じない国や、ガイドブックに載っていない場所にゆく、
初めての乗り物を利用する、など未知の要素を取り入れるほど充実しそう。
船旅も、おすすめです。
移り変わる海の色を眺めていると、今までとは全く違う発想ができそう!
海岸リゾートで、ダイビングやサーフィンなどマリンスポーツを楽しむのも、マル!

 紅葉
停滞していた人も自信復活。
人との出会いや交流によって、励まされたり、癒される出来事がありそう。
不穏な状況や地位も安定するでしょう。
もめていた相手とも信頼関係を取り戻すチャンス!
有用な情報も集って来ます。周りに還元することで人気が益々不動に──。
ただ、八方美人にならないよう注意して。
運気が落ち着く今月は、山の中に滝や石清水を探して歩くと、
心が洗われるでしょう。新緑の渓谷を散策するのも、おすすめです。
また、人との触れあいに和める運気でもあるので、ガイドやインストラクターに
案内してもらったり、現地の人々との交流をはかるツアーに参加するのもよいでしょう。
また、ラベンダー畑などハーブの群生地に出かけると、元気を取り戻せそう!
 (2004.06.03作)
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この詩を載せたら質問があったので追記する。
通常の、週刊誌などに載っている「占い」欄は、みな「西洋占星術」によるもので、星座表──みずがめ座とかさそり座とかに月日によって割り当てられている。因みに、私は2月7日生まれで「みずがめ座」ということになっている。
だから私は第四歌集『嬬恋』(角川書店刊)の中で、こんな歌を作った。
 みづがめ座われのうちらに魚(いを)がゐてしらしらと夏の夜を泳げり
この歌は『嬬恋』自選60首の中にも採っているのでWeb上の、上記のHPで見ることが出来る。
脱線したが、私が目をとめた、今回の「元命法」という占い術は中国の陰陽五行説をベースとする「万象学」という膨大な理論体系に基づくという。
だから12に分けられた生年月日の分け方の名前も、「陽光」5月5日~6月5日生まれ、「稲妻」6月6日~7月6日生まれ、という風に名づけられている。一般的な西洋占星術の星座表の名前と違って、漢字にどっぷりと浸かっている日本人には面白いと思った。
しかし、書かれている占いの文章の中身は、西洋占星術のものと変りない。もっともらしい、誰しも心当たりがありそうなことが書かれている。
私は「詩」として、これを書いたので、生年月日の区分などは書かなかった。もっとも、私の文章も、もっともらしいことが書かれているに過ぎない。どちらかというと、知識労働者──デスクワークの人を対象に書いたかも知れない。
いずれにしても、お笑い種(ぐさ)として読んでもらえば有難い。
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2004/06/02のBlog

──草弥の詩作品(19)──

   プラシーボ placebo ・・・・・・・・・・・・木村 草弥

Y'a le printemps qui chante.
春が歌っている──少しばかり気取って言えば
目の前の田園に
そんな風景が広がっていた──。
そんな季節も過ぎ去って
もう 夏が来ようとしている
<プラシーボ>を処方してあげよう

2004年2月の『サイエンス』に載った
「プラシーボ(にせ薬)の効果」についての
ウェイガー博士の論文──
<心は感覚さえもコントロールする>のである
一般に素直で几帳面な人は鬱病になりやすいが
また プラシーボが効きやすいという
<プラシーボ>を処方してあげよう

<ジャンル>というのは
あくまでも<後付け>
詩は いずれも
心のうちにある韻律の産物──。
「私の内面にはプリミティヴな情熱、本能があるの」
と、その人は言う
日常生活の中で
自分の感情を発散したり
言葉で表現するのが苦手
だが
紙片に向かうと
いつの間にか自分の気持ちを託せるという。
<プラシーボ>を処方してあげよう

<ジャンル>というのは
あくまでも<後付け>
詩は いずれも
心のうちにある韻律の産物──。
<プラシーボ>を処方してあげよう

<最近泣いたことはありますか>
問われて はたと つまづいた
感情のおもむくままに
泣くという行為が 久しく ない。
<プラシーボ>を処方してあげよう
 (2004.06.02作)
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2004/06/01のBlog

──草弥の詩作品(18)──

   弥生の不在 absente ma femme ・・・・・・木村草弥

弥生が家に居なくなることが多くなる
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

五十年暮らして来て
いつも一緒だった
入院して手術して 1カ月、1カ月半の
不在ということも幾度かあった
だが それが済めば
また ずっと一緒だった
離ればなれになって過ごすのが
苦しくて仕方なかった

イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>
だが ここ数カ月
出血や レーザーメスによる腫瘍の切除やらと
数日単位の入院が多くなる
それを積算すると
弥生が家に居なくなることが多くなる

夢を見ていた
魚になって あてもなく 
海を漂っているような日々
海流が冷たい こごえるようだ
魚類最大のジンベイザメが近づいて来る
呑み込まれはしないか 怖い
ジンベイザメはプランクトンを食べていて
人が食べられることはない
と判ってはいるが──。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

今度の入院は三日間
初日に レーザーメスで
膣口に押し出してくる腫瘍の先端を切り取った
二日目は 切り口の観察と静養
三日目は 排尿管の取替え
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

ミレニアムの年 2000年に
二人してエルサレムのゴルゴダの丘を
訪れたのは幸運だった
今 しきりに
十字架にかけられたキリストの叫びが偲ばれる
<エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ!>
「わが神、わが神、いかで余を見捨てしや!」 (マルコ伝15章 33-39)
と叫んで息絶えた、というキリストを──。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

めっきり痩せた弥生が
そろりそろりと午後の散歩から戻ってくる
初夏の陽炎(かげろう)に
ゆらゆらと揺れながら──。
弥生の不在に 慣れなければならないのだろうか
<永遠(とわ)の不在>を恐れる。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>
(2004.06.01作)
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2004/05/28のBlog

──詩作品⑰──

    皆既月蝕 eclipse totale de lune・・・・・・・木村 草弥

明けがたの
レム睡眠の夢見の中を起き出して
何年ぶりかの皆既月蝕を見た
月の面に ひとつの黒い影が近づいてくる
月が蝕まれてゆく
それを見ている私がいる
何という暗さだろう
月は いつもは さほど明るくはないが
今暁は 何という暗さだろう
月を蝕んでゆく地球の淵に
私が居る
何という遠さだろう
現(うつつ)のすぎゆきに私を置き去りにして
私が居る
何という儚(はかな)さだろう

暗さの中で 私は あの人を抱いた
いとしい生きものを
そっと包み込むように──。
その上を時間が流れ
赤銅色の月が ふたたび
ゆるやかに夏の早暁の森を照らし始めたとき
ぼんやりした意識の底に
私たちは居た

私の唇は あの人の唇をふさいだまま
愛は 確かめられたか
傍らに寄り添う暮しが何十年も続いている

地球に蝕まれている間も
月は確実に太陽の光を受けていた
日常の意識が
太陽の光を屈折させて届けて来る

私の中に
すっぽりと包まれるている あの人に
──愛を伝える術(すべ)をまさぐり
──まだ 愛し尽くしていない

いま月蝕の回復を目のあたりにして
月と太陽と ふたつのものの間(あわい)に
宙(そら)に浮ぶ地球の淵で
私は立ちすくんでいる
 (2004.05.27作)
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2004/05/26のBlog

──詩作品⑯──

   パロール parleur et parleuse ・・・・・・木村 草弥

ゆるやかな雲の流れ
許された時間が ひととき
僕たちに立ち止まる
それぞれ速度のちがう身体をもつ僕たち
妻よ すれ違ってゆく<時>を
僕らは 持った
そして 一瞬のうちに
そして たぶん永遠の
光の風味───。

僕たちは 多くの そして ひそやかな
パロールを交わしていた
そして たぶん ランプのほのかな光
さしあげた脚を照らしていた
草叢のざわめくときに
終わりを知らぬ<愛>
よどむ水面にただよう<言葉>の断片たちよ

夜を潜って
君を探しあてると
そこに<唇>があった
それは夜にしか
顕(あらわ)れないのかも知れない
言葉のやり取りが
果てしない線路のような気がして
どこかに 終わりがないかと
やみくもに潜ったものだった

夜を潜って
君を探しあてると
そこに<唇>があった
そこを かき分けるように進む

僕たちは 多くの そして ひそやかな
パロールを交わしていた
そして たぶん ランプのほのかな光
さしあげた脚を照らしていた
草叢のざわめくときに
終わりを知らぬ<愛>
よどむ水面にただよう<言葉>の断片たちよ
 (2004.05.26作)
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2004/05/25のBlog

──詩作品⑮──

   臓器 organ ・・・・・・木村 草弥

身体(からだ)の内外というのは
どの辺を境界とするのだろうか
骨も内臓も わが意のままにならぬ

私の身体は 私にとって
最も身近な<他者>
私の臓器の見る夢を捕まえられるのは
<言葉>しかない

この肉体は仮の姿とも言う
仮の姿の臓器のたぐいを持ち 
生きる
<思想>も<愛>も臓器の見る夢か

わたくし という仮の宿りの肉体を
かけめぐる液体──血液とリンパ液
わが意思の及ばぬ<私>という皮袋
不断の血のリズムで温もりを保っている

アントナン・アルトーは言った
<僕の自我と折り合いの悪いもろもろの臓器>
<呼吸をする箱としての身体>
つまり 理性ではない身体そのものの思考を展開した
───アントナン・アルトー

私の身体は 私にとって
最も身近な<他者>
私の臓器が見る夢を捕まえられるのは
<言葉>しかない
 (2004.05.25作)
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2004/05/24のBlog

──詩作品⑭──

   男根 phallus・・・・・・・木村 草弥

 (1)
オーギュスト・ロダンの彫刻に
バルザックを彫った塑像がある
私は まだ それを見ていない
バルザックはガウンを羽織って
ガウンの下で男根を握っているという
それは愛 それとも闘志?
バルザックの男根を彫るという
したたかなロダンの目──

私は まだ それを見ていない
ガウンの下に隠れたバルザックの男根
勃起したバルザックの男根
──それを握りしめているという男根
彫刻的に
そんなことが可能なのか?
あるいは この塑像のための
デッサンの中で 男根を握りしめているのか
この話を私にしてくれた男の精神のしたたかさ

オーギュスト・ロダンの彫刻
バルザックを彫った 男根を握りしめる塑像
私は まだ それを見ていない

 (2)
今どきの わが憂鬱のみなもと
わが愛する前立腺よ わがprostataよ

タケダ薬品が開発した商品名─リュープリン
一般的な薬品機能名─LH・RHアゴニスト
それは男性ホルモンを遮断する注射薬
その効き目は著功というにふさわしい
前立腺癌 adenocarcinoma は
男性ホルモンの作用で癌化が促進されるという
<非男性化>させよ!
この絶対命題のもとに開発されたリュープリン──
世界特許の戦略的ヒット商品
わずか1ccほどの注射液1本が8万円もする

わがprostataは
すっかり おとなしくなり 勃起の気配もない
腫瘍マーカーの数値も 0.7なんぞという低さ
リュープリンお手柄、お手柄というところ
すっかり手なずけられた prostataよ

今どきの わが憂鬱のみなもと
わが愛する前立腺よ わがprostataよ
 (2004.05.24作)
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2004/04/15のBlog

──『草の領域』──

**草弥の詩作品**⑬──

    妻の手・・・・・・・・・・・・・・木村 草弥

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

愛咬───時実新子の句《愛咬やはるかはるかにさくら散る》を思い出す
いつだったろうか
抱擁しながら戯れに妻の耳たぶを咬んでみた
そして 耳たぶを咬んだ唇(くち)から
「弥ぃちゃん」とささやいていたっけ。
今は ただ眺めているだけ。

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

手───安住敦の句《芹をつみ来し妻の手が夜はにほふ》
私のBLOGに この句を採り上げたので
挿入する写真にデジカメで妻の手を撮った。
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

その妻の手を口に含んで
舌先でころころ弄(もてあそ)びながら愛玩することも出来よう。
今は ただ眺めるだけ。

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。
 (2004.04.15作)
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2004/02/14のBlog

  長篇詩・・・水の思想・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

 第1章 水惑星となるまで

宇宙ガスが渦巻く太陽系の中に
原始の地球が誕生し
隕石の衝突によって爆発を繰り返していた。
約38億年前、マグマに覆われた地球の地表に
熱湯のような雨が滝のように降り注ぎ、
燃えさかる大地を急速に冷やして行った。
降り注いだ雨は再び天にのぼり、
新たな雨となった。
毎日毎日いつ果てるともなく豪雨がつづき
地上では大洪水が起り
激流となった水の力は
広大な地表を削り、固め、砕いて行った。

それから億年単位の歳月が過ぎ
生命が生まれ、植物が繁茂し
生命体を、人類を、
ホモサピエンスを地上に送り出した。
私たちの地球が、今も奇跡の星でありつづけるのは、
大いなる水が、天と地を激しく循環するからだ!
水惑星なんぞと命名したのは誰か?

 第2章 海の名残り

人類の遠い先祖が海を離れてから、三億年か
四億年という長い歳月が経った。
私たちの体には今もって、海の名残りがある──
私たちの体は60~80パーセントが水で、
そうした体液の成分の比率は、海水によく似ているらしい。
四分の一の濃度の海水と同じと学者は言う。
PHも海水と同じ弱アルカリ性だから──

 第3章 モンゴリアンの記憶

「運のいい人は、雨と共に」とモンゴルの諺は言う。
夏到来を告げる「初雨」の日は、その幸運も大きいと喜ばれる。
春夏秋冬は雨の多寡によって色分けされる。
「天への崇拝は、まだモンゴルに残っていますか」
「モンゴル人なら、血や肉のなかに入っています。天を忘れて、
たれが生きられますか」
モンゴルの旅の途中、司馬遼太郎の問いに同行のツェベクマという
モンゴル女性が答える『草原の記』の一場面である。
司馬は「そこには空と草だけでできあがっている。人影はまばらで、
そのくらしは天に棲んでいるとしかおもえない」と言う。

モンゴリアンの記憶をとどめる我ら日本人は
日本列島という山紫水明の風土に辿り着いたのだ!
太古から縄文、弥生時代を引き継いで来たとは言え、
奈良、鎌倉、室町、戦国、江戸時代を経て
明治、大正、昭和、平成と延々と時空を経て
戦乱と飢饉と喜びと悲しみと、もろもろの経過があった。
昔は一年に休みは二回──盆と正月──
それが、ひと月に休みが二回となり、やがて毎日曜が休みになり、
土曜、日曜が連休になり、週末と言えば金曜日のことになった。
今や日本人は「七曜」という日常生活を一週間単位の周期で
過ごすようになった。

 第4章 水をめぐる一週間──une semaine qui concerne de l'eaux

何せむといふにもあらぬ
 日めくりを剥げば日曜の朱色の数字

夕ぐれの同じき景色みえながら、
 ああ月(ルナ)いづるlundi(月曜)は昏れ

きらめけるものを恃まむうつしみは
 朝の光を浴ぶる火曜日

蔦もみぢのいのち移ろふ
 虫喰ひのくれなゐの葉が昧爽(まいさう)に疼(いた)む

雨を得て秋茄子の紺艶(えん)なれば
 深まる秋も水曜の朝

われら住む京都盆地の底ひには
 巨き水瓶(すいべう)よこたはるてふ

満々と水を湛ふる地底湖よ
 億劫の時空とどめて邃(ふか)し

巨いなる水瓶の恵み
 我ら掬(く)む水の旨さよ地下の清みづ

哀れなる女ありけり
 行(ぎやう)あけの男と寝(い)ぬる洞川(どろがは)の夜を

万緑のなかの一葉を笛にせば
 清(すず)しかるべし木曜の晨(あさ)

一位の実手に乗せみれば
 煙管(きせる)いでし火だねのごとくまろぶも愛(かな)し

生業を退きても朝より忙(せは)しかり
 もう銭勘定はすまじき金曜

池の面に緋鯉の唇(くち)のあぎとへば
 土曜は吾妻いのち虔(つつ)しむ

毎日が日曜などと言ふまいぞ
 一週しかと巡り来るゆゑ

「初雨」の水を得し日よ
 一週の日々を重ねてひととせとせむ


 第5章 水を汚すな

今のメキシコ辺りに住んでいたマヤ族の雨の神は
「チャク」という名で呼ばれ、雨とともに稲妻も司どった。
カバー神殿の「コズ・ポップ」遺跡、ここは崩落が激しいが、
400にも及ぶ雨神チャクの顔のモザイクの彫刻によって覆われていた。
その、ところどころに長く垂れ下がる鼻が雨神チャクのものだ。
洋の東西を問わず、大洪水や水にまつわる神話や逸話があふれている。
これは、すべて、いかに「水」が生命あるものにとって、切実なものかを物語る。

我ら住む京都盆地の底には巨きな地底湖があり、満々と水を貯えている。
その水は、地上の琵琶湖の水とも関連があると言われている。
地底湖の水は、何十年、何百年、何千年の歳月を経て、
地層の土に濾過されて貯えられたものだ。
わが城陽市水道は掘り抜き井戸から、この水の恵みを頂いているが、
これらの汲み上げは、節度を守るかぎり、許されよう。
だが、近時の化学物質の地下水汚染だけは、断じて許してはならない。
ひとたび、これらの化学物質に汚染されると、
地底湖の水は清らかさを失い、
人間の体を蝕む素因となるからである。

いつの日か太陽は大膨張して爆発し、
その核融合反応の光線の恩恵を受けて、
気温を保ち、光合成して来た地球の生命が滅ぶのは勿論、
「太陽系」そのものが無くなる日が来る、と言われている。
「ヨハネの黙示録」あるいは仏教の終末思想、そんな光景が、
いつかは現実のものとなるのである。
こんな悲しい先のことを考えると「水の汚染」など、
ちっぽけなことだと言うかも知れないが、
その日まで、我ら地球上の生命は「いのち」を永らえなければならぬ。
今や「水の思想」とも言うべき哲学を、我々は持たねばならぬ。
(2004年02月14日作)

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第4章だけは、文語、歴史的かなづかいにしてある。「韻文」として、あるリズムを創出したいと考えたからである。同好の士の閲覧とコメントを得たいものだ。
「水」の写真というのは難しいもので、掲出のようなもので代用した。

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2004/02/13のBlog

  前立腺─Prostata・・・・・・・木村草弥

いのちあるものはいとほし冬さればプランターに培(か)ふビオラ・フィオリーナ

ま白なる花あまたつけ咲き満ちし一夏(いちげ)はニューギニア・インパチェンス

間なくして用済みとなる器官なれ愛(いと)しきかなや我が前立腺(prostata)

PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳(かげ)

男たる徴(しるし)はばまむ薬にて去勢に同じきLH・RHアナログ

下垂体ゆ出づるホルモン断たんとし予後よき癌かわれの腺癌(adenocarcinoma)

猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術(すべ)は拒みつ

いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

semen(精液)の一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

(2003年11月05日作)

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この作品は、昨年あるところへ発表するつもりで制作したが、いろいろの事情で断念したものである。
これも短歌形式になっているが、自由詩として鑑賞してもらいたい。この作品も当時は文語、歴史的かなづかいを採用している。はからずも「前立腺癌」の初期のものがみつかり、以後、現在も治療中である。
テーマとしては、かなり深刻なものを主題としている。
掲げた写真は「ピサの斜塔」である。私の体の変調を象徴する意味で、あえて、この写真にしてみた。「比喩」として、これを見てもらってもよい。
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