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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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草弥の詩作品「草の領域」⑤・・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
ここに転載した「草弥の詩作品」の大かたは
最新刊の詩集『免疫系』(2008/10角川書店刊)に収録して出版した。
うち幾つかは都合で載せなかった。
これらの詩一篇ごとに「写真」を付加したが
それらも転載に当たっては省略してある。
もし必要と判断したら後日付加するかも知れない。
作品には作詩日付が入れてあるが①が古く⑤が新しい。


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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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免疫系75dpi

──草弥の詩作品「草の領域」──(50) 

   明 星 の ・・・・・・・・・・・・・・艸木茂生
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・角川書店『短歌』2008年2月号掲載

けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

      ──聞きなしと覚えて亡嬬の呟くとや──
ちよつと来いちよつと来いとぞ宣(のたま)へど主(ぬし)の姿が見えませぬぞえ

哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

      ──四国遍路、同行三人──
渦潮を見つつ辿れる海道は落花しきりの鳴戸の春ぞ

さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

鎮魂の念(おも)ひやまずも南(みんなみ)の里べの土を踏みて歩めば

吾(あ)と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

      ──最御崎寺・室戸東寺──
最御崎(ほつみさき)いづれば虚空に風立ちて御厨人窟(みくろど)といふ洞の見えつつ

<明星(あかぼし)の出でぬる方の東(ひがし)寺>などて迷ひを抱きませうぞ

     ──金剛頂寺・室戸西寺──
薬師(くすし)なる本尊いまし往生は<月の傾く西(にし)寺の空>

 <甘谷の水は菊水「菊慈童」の七百歳のいのちこそ憶へ>──草弥

人倫の通はぬ処、狐狼野千の住み処(か)とぞいふ菊咲く処

蜜壺にあふるるものに口つけて陶然とすれば菊慈童めき

                      ──花言葉によせて──
赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

紫の斑も賑はしく咲きいづる杜鵑草(ほととぎす)それは「永遠にあなたのもの」

(2008.01.25作)
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2007/11/02のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(49)

  う つ し み は・・・・・・・・・・木村草弥

うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

    <夢うつつに希ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ──草弥>
亡き妻が譫言(うはごと)に希(ねが)ひし三女の子生れいでたり梅雨の半ばを

亡き妻の<生れ変り>と言はれをり生殖年齢ぎりぎりの男孫

流産あまた前置胎盤逆子など乗り越えて帝王切開に生まる

              ──廣貴ひろきと名づけらる──
三番目の孫とし言ひていとけなし二十年の歳月われを老いしむ

(2007/07/25作)
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この作品は角川書店『短歌年鑑』平成20年版の「自選作品集」5首に掲載された。
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2007/02/11のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(48)

  月待ちの夜に the third quarte・・・・・・木村草弥                            
       ・・・・・・・・或る水瓶座の2月11日生まれの女(ひと)に・・・・・・

<弓張月>──月齢二十三日の月
───夜更けて真夜中に二十三夜月が出て来た
 おお!下弦の弓張月よ!
 the third quarter!

早寝が習慣のあの女(ひと)が
真夜の月待ちの行事をしようと起きている
二十三夜───月待ちをして
この月に願いごとをすると叶うと言われている
この夜更けの月を崇めるという古い言い伝え
───月待ち信仰と言われた。
古くは十六世紀、京の公家に見られた
───二十三夜待ち。
女たちの集いであった。

しんしんと冷える真夜
おお!下弦の弓張月よ!
the third quarter!
あなたは何を願いごとするのか
───月待ちの夜に。
<弓張月>に弦を張って、
矢をつがえて、
この夜更けの月に願いを托すという───
水瓶座のいとしい女(ひと)よ!
いのちを愛(お)しめよ
才(ざえ)高く いとしい女(ひと)よ!
<弓張月>が
しろじろとあなたを映し出している。

しんしんと冷える真夜
おお!下弦の弓張月よ!
the third quarter!
あなたは何を願いごとするのか
───月待ちの夜に。

明け方───
下弦の月が
まだ西の空に残っていた。
 (2007.02.11作)
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「詩」を解説するほど野暮ではないが、「下弦の月」「二十三夜」「弓張月」などのについて少し補足しておきたい。
ご承知のように旧暦──陰暦は「月」を基準に成り立っているから、ほぼ29日で一ヶ月とされている。だから太陽の運行とに毎月ズレが生じる。そのズレは「閏月」を挿入することで調整されるが、このために今我々が生活する太陽暦との間にひどい時は一ヶ月ほどのズレが生じる。
①たとえば、昨年の2月11日は<月齢14日・待宵月>だった。それが今年は<月齢23日・弓張月>という具合である。
②つぎに、月の満ち欠けのことである。
月は「新月」の無明のときから、だんだん満ちて行って「上弦」の月から「満月」になり、まただんだん欠けて行って「下弦」の月になり、新月の状態に移ってゆく。
上弦、下弦という月の呼び方、見方だが、月の形の丸い外周部を「弓の弧」と見立て、その弧に渡した「弦」の見える位置によって上弦、下弦という。新月から満月に至る途中の月は「上弦」の月。満月から欠け始めてゆく途中が「下弦」の月であるが、この上弦、下弦というのは「月が西の空に沈むときの形」でいうのである。つまり「下弦」の月であれば、西の空に沈むときの形が「弦が下に来る」形なのである。このことが、よく誤解されるので、ご注意を。
③月には、月齢によって「呼び名」がつけられている。
「三日月」というのは、月齢3であるし、「待宵月」は月齢14であるというようなことになる。「弓張月」などの下弦の月は夜おそく月の出となるので、朝になっても西の空に残っていたり、中空に昼間もあることもある。
朝になっても沈まず西の空に残っている月を「残月」「有明の月」などと表現する。つまり「見える時間帯」を表わしているのである。昔は暦も月を基準した陰暦であるし、太陽よりも月をめぐって生活が廻っていたと言える。
今でも「海の潮の干満」や「農作業の播種」などは陰暦でやった方がぴったり来るのである。
④英語では「下弦の月」を The Last Quarter という。その中でも「二十三夜」辺りを The Third Quarter というようである。
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4月12日朝7時、快晴。掲出した写真そっくりの「弓張月」が、まだ中天に白く残っていた。
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2006/09/25のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(47)

・・・・・・・・・・・・・・この作品は角川書店月刊誌「短歌」2006年
・・・・・・・・・・・・・・10月号(9/25発売)に編集部の依頼原稿
・・・・・・・・・・・・・・として発表したものである。この作品は私と
・・・・・・・・・・・・・・妻のプライバシーに濃密に触れるものなので、
・・・・・・・・・・・・・・まだ一般には知られていない「艸木茂生」の
・・・・・・・・・・・・・・ペンネームで発表した。

   幽 明・・・・・・・・・・・・・・・・艸木茂生

 <母の死は十三年前の四月十二日、妻の死は四月十五日>
桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

「一切の治療は止めて、死んでもいい」と娘(こ)に訴へしは死の三日前

好みたる「渡る世間は鬼ばかり」観てゐたりしは半月前か

吾(あ)と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

 <園芸先進国オランダの東インド会社にインターネットで発注した>
誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ 哀(かな)し

夢うつつに希(ねが)ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ

 <若い頃には聖歌隊に居て、コーラスや音楽をこよなく愛した妻だが>
夏川りみの「心つたえ」の唄ながすCDかけたれど「雑音」だといふ

 <オキシコンチン、モルヒネ鎮痛薬なれど所詮は麻薬>
訴ふる痛みに処方されし麻薬 末期(まつご)の妻には効き過ぎたらむ

たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ 果つ

とことはに幽明を分くる現(うつ)し身と思へば悲し ま寂(さび)しく悲し

助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤(ひと)りよ 

<昨年春の私の前立腺ガン放射線治療は成功したやうだ>
私の三カ月ごとの診察日「京大」と日記にメモせり 妻は

<朝立ち>を告ぐれば「それはおめでたう」何がおめでたいだ 今は虚しく

<男性性>復活したる我ながら掻き抱くべき妻亡く あはれ

(2006/09/25作)
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2006/04/13のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(46)

   束の間の濃密な時間・・・・・・・・・・・木村草弥

めっきり口数の少なくなった弥生だが
それでも四六時中病室に二人きりで居るわけだから
夢と現(うつつ)とりまぜた いろんなお話をする。

数日前まで経口で摂れていた食事が
全部吐いてしまって
結局それは軽い腸閉塞だということで
今は水を飲んでも
げぼっと うす緑色の胆汁を吐き出す始末───
本人はアイスクリームを食べさせろだの
氷水が欲しいだのと
いろいろ のたまうのだが
吐けば苦しいし
泣く泣く摂取を制限するようになる
堪(こら)えておくれよなと言いながら
心を鬼にして弥生の欲求を抑える辛さ───。

夢と現(うつつ)の識閾のはざまで
突然 「もうお豆が煮えたよ」
とか夜中の11時半に言ったりする
いっときは酸素吸入器のぶくぶくする気泡が
ガスコンロの炎のように見えて怖がったりして
「ガスを切って」とか言ったものだ
苦肉の策で 私が酸素吸入器の気泡が見えないように
紙で覆って隠したりした。

弥生の夢の彷徨は
とっ拍子もない方向に飛ぶので
想像力を逞しくしていないと付いてゆけない
とっ拍子もない夢の中の話だから
頭から否定しても駄目で
夢の彷徨につきあいながら 相槌を打ちながら
私も弥生の夢の中の会話に加わる。

約五十年も一緒に暮らして来て
二人きりの濃密な時間が
こんな病室という空間の中で
生まれるとは想像もしなかった
───これも 私の生の余生の時間として
大切にしなければと思いながら───。

めっきり口数の少なくなった弥生だが
それでも四六時中病室に二人きりで居るわけだから
夢と現(うつつ)とりまぜた いろんなお話をする。

(2006.04.13作)
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──草弥の詩作品『草の領域』──(45)

  散文詩・それでも春には希望を抱き・・・・・・・・木村草弥

春は、生命の本質である「揺らぎ」が全てのものの上にあらわになる季節だ。
かつて、地球全体が厚い氷に覆われた「スノーボールアイス」の時期を経て、
その「雪融け」とともに起きた6億年前の生物種の急激な同時爆発───
<カンブリア爆発>こそ、地球上の生物にとっての「巨大な春」であった。
所詮、私たちもまた物質であるから、物質であればこそ、春来たれば、
自らの身体の中にある無数の化学物質のエネルギーの準安定状態からの
逸脱の予感が、生きるものの胸をかきむしる。
───それが<春>だ。
太古の「巨大な春」の記憶が、奥深くしかし確実な形で潜んでいる。
その太古の記憶に一年ごとの「小さな春」が積み重なり、私たちの脳の皺の
中の神経細胞の結合様式として、また再び「春」が書き加えられる。
───スケール不変のフラクタルな枝分かれの中に揺れ動く<微少項>に
過ぎない我ら!
確固として永続的な存在に見える世界は、実はいかに儚く、もろいもので
あろう。
春は、確かに麗しく、そして喜ばしい時ではある。
桜の花が散り、新しい生活が始まり、恋の訪れる季節は、しかし同時に、
この世界の中の「揺らぎ」が、私たちの生命を支えると同時に、それを破壊
さえしかねないものであるという厳粛な事実を思い起こさせもする。
生命活動を行なうことが、同時に心地よい安定性からの逸脱でしかあり得ない
形で生を享けた「私」という存在のぴりぴりとした緊張感と共に、私たちは
毎年<春>に向き合う。
<春>は、あるいは<春的な>ものは、目を閉じればいつでもそこに立ち現れる、
私たちの観念世界の中の何物かである。
インターネットや携帯電話というIT(情報技術)によって私たちの存在が、その芯
まで串刺しにされてしまいそうな今───。
「巨大な春」から「小さな春」まで、「私」という頼りない存在の誕生から、
その死まで───。
生命作用を支える<揺らぎ>=<抽象化、普遍化された春>を呼び起こせる
ようにしておくこと。
季節感の本質が、生命を支える<揺らぎ>の安定性と不安定性の間の
ダブルバインドな危うい軌跡の上にあるとすれば、そのような生命の本質から
離れた方向にITが人間を陳腐化させてしまうことを、恐れよう。

それでも春には希望を抱き───。

(2006.04.12作)
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掲出した図版は彦根の井伊家に伝わる能の「菊慈童」の面である。
ご承知のように「菊慈童」という中国の説話の人物は七百歳の命を持った、と言われている。
このように古来、人類は「命」の「永遠」と「刹那」という観念のはざまで揺れ動いて来たのだった。
そういう意味で、この私の「詩」にふさわしいと思って、この能面を掲げた。
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2006/03/28のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(44)

  飢餓の子のように痩せて・・・・・・・・・・・木村草弥

弥生の痩せが目立つ
さながら <アフリカの飢餓の子>のように痩せて───。
手も 二の腕も 脚も
顔も
骨が皮膚の下に張りついている

弥生の痩せが目立つ
<苦行する釈迦>の像のように
あばら骨が胸の皮膚の下に張りついている

cancerが物すごい速度で増殖して
弥生の体の筋肉を げっそりと食い尽してしまった

パジャマを着替えさせるとき
袖に手と腕を通させるとき
今にも折れそうな細さで 痛々しい

弥生の痩せが目立つ
さながら<アフリカの飢餓の子>のように痩せて───。

(2006.03.28作)
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2006/03/16のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(43)

   銭湯とめし屋と洗濯と・・・・・・・・・・・木村草弥

病室の妻に張りついて
泊り込む毎日で
入浴と食事と洗濯とが
目下の私の最大の関心事だ。

「銭湯」なんて何十年ぶりだろう。
H温泉という風呂屋が300メートルばかりのところにある。
次女がインターネットで見つけて地図をプリントアウトして持ってきてくれた。
誰かの<神田川>という古い曲が思い浮かぶ。
銭湯でも今はジャグジーと電気風呂とサウナがある。
電気風呂とサウナは苦手だが
ジャグジーの泡は疲れを吹きとばしてくれる。
金370円也が入浴料金である。
H温泉と言っても<温泉>ではない。

お湯に入ってさっぱりしたところで
帰途に京××食堂という「めし屋」に立ち寄って夕食を摂る。
昨年11月かにオープンしたばかりの店で
入り口でお盆トレーを取って
カウンターに並ぶ数十種類の<おかず>を選んでトレーに乗せて次に進む。
<かきフライ>238円<あじフライ>84円<南京煮>105円<いか大根>158円
<もやし炒め>158円<にんにく芽炒め>158円などなど。
<まぐろ刺身>は315円もするので食べない。
<じゃこおろし>105円<おくら>105円<もずく酢>105円などなど。
カウンターの切れたところで<めし中盛り>137円<みそ汁>84円<とん汁>137円
と進んだところでレジがあり
トレーの上のものをざっと見渡して
ハイ、675円です、てなもんだ。
外食の偏食がちを防ぐのには丁度いい献立を選べるようになっている。
席は50席ほど。昼飯と晩飯のときは席が完全にふさがる。
───コンビニで買っておいた<淡麗但馬の鬼ころし>辛口200ml─105円を湯呑に移して
ぐびぐび飲みながら。

病院の屋上に自動洗濯機と乾燥機が3台づつ並んでいる。
洗濯機は1回100円で30分余。
──妻のパジャマや清拭に使ったタオルやタオルケットなど。
私の下着と靴下など。
洗濯の合間に眺める屋上からは
北に比叡連峰
西に京の西山につづく山並みのとぎれるところに淀川の山崎辺りと
生駒連峰の北端に洞ヶ峠のくびれが見える。
天気の良いときには屋上の物干しロープに洗い物を干すが
天気の悪いときは乾燥機に洗い物を入れる。
30分×2=200円で、ほぼ完全に乾く。

病室の妻に張りついて
泊り込む毎日で
入浴と食事と洗濯が 
目下の私の最大の関心事だ。
それに病院の近くに広がる南陵町の高級住宅地の中を横切る<散歩>も欠かせない。
ここがインターネット接続環境下にあれば申し分ないのだが───。

(2006.03.16作)
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2006/03/15のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』─(42)

   子供の名前・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

長女がフリージアの切花を持ってやって来た
──季節の黄色い花が
病室に点景となって映えている
隣のテーブルには 
先日持ってきてくれたオリエンタル・リリーの
大輪の残り花が三輪咲いている。

娘をじっと見つめる妻だが
娘の名前Aがなかなか出て来ない。
いつも家に居て
病室にも来てリンパマッサージなどをしてくれる次女Yの名は
すらすら言えるのに──
折角お花を持って見舞いに来てくれた長女には
済まないという思いが 私の脳裏をよぎる。

娘をじっと見つめる妻だが
娘の名前Aがなかなか出て来ない。

糸の切れた凧のように
手のとどかないもどかしさが宙を舞う。
めっきり口数の少なくなった妻が
しきりに虚空に視線を這わすばかり──。

二時間の後
長女が「帰るわ」と言葉をかけたら
ようやく「姉ねぇちゃん」という長女の愛称が飛び出して、
ああ、やっと思い出してくれたかと
娘ともども安堵の息をつく始末──やれやれ。

(2006.03.15作)
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2006/03/14のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(41)

   麻薬オキシコンチン・・・・・・・・・・・・木村草弥

2月27日夕方に急に意識を失ったのはなぜなのか
麻薬オキシコンチンの効き過ぎか

──数日前から痛みを訴えたので処方された痛み止めの
麻薬オキシコンチン
──最低限の5mgだったのだが
衰弱していた妻の体には堪えたのか。
麻薬にもいろいろあるらしい──モルヒネの名前などを私は知るばかりだが
麻薬というだけあって肉体的には堪えるものらしい。

意識は戻ったものの
意識の昏濁はなかなか取れない。
妻の識閾は まだ<夢>と<現うつつ>のさなかをさまよっている。

麻薬オキシコンチンの効き過ぎか。
麻薬オキシコンチン──最低限の5mgだったのだが──。

(2006.03.14作)
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