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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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 えんぴつぼうや・・・・・・・・・・・・・・・・わだ ようこ
Doblog 2007/05/01から転載
03_0030page06鉛筆

    えんぴつぼうや・・・・・・・・・・・・わだ ようこ

       よふけの1じ
       えんぴつぼうやが
       とびだして
       おどって おどって
        あいうえお
        かきくけこ

       がっこうで
       じょうずにかけないのは
       ぼくのせいかしら
        さしすせそ
        たちつてと
        なにぬねの

       えんぴつぼうやが
       つまずいた
       けしごむくんが
       とんできて
       けしけし けした
        はひふへほ
        まみむめも

       えんぴつけずりは
       がりがり わらって
       みがいてくれるよ
        やいゆえよ
        らりるれろ

       ほらほら
       きれいに
       かけたでしょ
        ん
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この詩は埼玉県熊谷市に住む「わだ ようこ」さんの詩集『紙の上にすわった時間』(2004年てらいんく刊)に載るものである。
すでに、この本は公開されて出版されているので、わだ ようこさんの名前を出してもいいと思う。
私もそうだが、一旦、著書を上梓すると、本は一人歩きをして、著者も秘密のままでは居られない存在となる。今ふうに言えば「カミングアウト」した存在になるのである。
実は彼女は、私のところへコメントを寄せて来られ、それ以来、お付き合いをしているし、ハンドルネーム「ななご」の名前で詩や俳句など、また「しりとり句会」をやっておられる人である。
今日、彼女から、この詩集が郵送されてきて、彼女の経歴なども拝見したのである。

この詩集には全部で34篇の詩と俳句が載っている。
詩人としての感性ゆたかな人である。
掲出した詩のことに少し触れてみよう。

日本語の特性として西欧語や中国語のように「脚韻」を踏むことが出来ないので、日本語の詩では、俳句も和歌(短歌)も57577とかいう「音数律」でリズムを取ってきた。
わださんの詩でも「えんぴつぼうや」が「つまずいた」、「けしごむくんが」「とんできて」などのように5音7音という「音数律」が、みごとに生かされて成功している。
また「けしけし けした」という表現の「動作」が「吹き払う」という意味との「掛詞」(かけことば)になって「はひふへほ」と表現されて、見事に繋がるのである。
また、詩作りの常套手段だが「ルフラン」(リフレイン)が効果的に使われると、よいリズムを生む。
彼女の詩の場合の「あいうえお」「かきくけこ」~「わいうえお」「ん」などが、それである。
もう一篇、引いてみよう。
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na0035「な」

  ひらがなになりたい漢字・・・・・・・・・・・・わだ ようこ

       ワタクシは ひらがなに なれない
       漢字
       ひらがなになろうと 努力しても
       漢字ニ ナッテイル
       ひらがなのなかに とびこんでもみた
       ダケド ヤッパリ ダメダ
       漢字デ カンガエテイル

       あったかい はるのひ
       まるい おひさまに てらされて
       ひらがなに なれそうな きがする
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この詩も、とても面白い。
日本語は太古に中国から「漢字」を取り入れて以来、さまざまの試行をした末に、「漢字かなまじり」文という独特の「表記法」を生み出して、今日まで来た。
同じ「モンゴル語族系」の「膠着語」という系列に属しながら、朝鮮語が「ハングル」という発明をした結果、かつては漢字とハングルとの共生を図ってきたのに、近年、民族主義の悪しき台頭の結果、「ハングル」のみの表記が国策として強制され、結果として文章は長くなり、漢字を理解する人が無くなるという弊害が出てきて、つい最近には、漢字の見直しがなされているという。

彼女の詩に戻ろう。
この詩には、いま言った「漢字」「ひらがな」「カタカナ」の三つが、うまく生かされて一篇の詩に構成されて成功している。



プリムラやめまひのごとく昼が来て・・・・・・・・・・岡本眸
226さくら草満開

  プリムラやめまひのごとく昼が来て・・・・・・・・・・・・・岡本眸

サクラソウ科の多年草。江戸時代、武士の内職として、サクラソウの栽培が流行し300種類もの品種があったという。その品種の一部が小石川植物園などに維持されているらしい。
サクラソウは、日本種のサクラソウと、プリムラと呼ばれる西洋サクラソウがあり、本来は違うものであるが、今では、どちらをも桜草と一くくりにして呼ばれている。
掲出した岡本眸の句は「プリムラ」を詠んでいる。
陽春の輝く光の放射を浴びて「めまひのごとく」という比喩が秀逸である。

桜草は湿地に群落をなす花で、今では野生のものは絶滅しかかっており、「浦和の田島が原」に自生するものが特別天然記念物として保存されており、有名である。埼玉県の郷土の花になっている。
写真②が、その「ニホンサクラソウ」である。 これが咲くのは、ずっと先である。
sakurasouニホンサクラソウ

sakurasoニホンサクラソウ

この写真は軽井沢町植物園のもの。町花になっている。
葉の様子もよく判る。

 我国は草もさくらを咲きにけり・・・・・・・・小林一茶

の句があるが、山桜の花に似て、清純な可憐な美しさの花である。

桜草は亡妻が株を大切にして来たが、病気中に私の不注意で枯らしてしまい、新しい苗を買ってきて、今に至っている。私の買ってきた株は、色が少し濃い。
桜草ないしはプリムラとして多くの句が詠まれているので、下記に引いて終りたい。

 葡萄酒の色にさきけりさくら艸・・・・・・・・永井荷風

 桜草灯下に置いて夕餉かな・・・・・・・・富田木歩

 咲きみちて庭盛り上る桜草・・・・・・・・山口青邨

 そはそはとしてをりし日の桜草・・・・・・・・後藤夜半

 わがまへにわが日記且(かつ)桜草・・・・・・・・久保田万太郎

 桜草の野に東京の遥かかな・・・・・・・・富安風生

 少女の日今はた遠しさくら草・・・・・・・・富安風生

 まのあたり天降(あも)りし蝶や桜草・・・・・・・・芝不器男

 一杯のコーヒーの銭さくら草・・・・・・・・細見綾子

 桜草買ひ来このごろ気弱にて・・・・・・・・安住敦

 カーテンと玻璃とのあひだ桜草・・・・・・・・森田峠

 桜草寿貞はそつと死ににけり・・・・・・・・平井照敏

 プリムラや母子で開く手芸店・・・・・・・・高橋悦男

 下に鍵かくして桜草の鉢・・・・・・・・木内怜子

 さくら草入門のけふ男弟子・・・・・・・・古賀まり子

 これからのこの世をいろに桜草・・・・・・・・和知喜八

 三鉢買って二鉢は子へ桜草・・・・・・・・大牧広

 卓上は文字の祭壇桜草・・・・・・・・馬場駿吉

 鉄橋を貨車ことことと桜草・・・・・・・・中丸英一

 泣くときは見する素顔や桜草・・・・・・・・平賀扶人

  
 
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