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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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福岡伸一「過ぎたるは及ばざるが如し」─トリプトファン・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──初出Doblog2007/10/02──

   福岡伸一「過ぎたるは及ばざるが如し」─トリプトファン
            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


これもダイナースクラブ会員誌10月号に載るものである。忠実に転載する。
図版はトリプトファンの模式図

トリプトファンは生存に不可欠なアミノ酸のひとつで、人間はこれを体内で合成することができない。したがってトリプトファンはすべて食事から摂取しなければならない。このようなアミノ酸を必須アミノ酸という。
トリプトファンは体内で変換されて、セロトニンやメラトニンと呼ばれる、神経活動に必要な物質になる。
セロトニンは情動や気分をつくり出す脳内活動に関与し、メラトニンは覚醒と睡眠のサイクルに作用するといわれている。
またトリプトファンはビタミンのひとつNADの原料でもある。NADはビタミンB群のひとつで身体のエネルギー代謝に関係する重要なビタミンだ。したがって必須アミノ酸トリプトファンが不足することは生命にとって危険をもたらす。
しかし、通常の食生活をしているかぎり、トリプトファン欠乏に陥ることは少なくとも現代の日本人にはあり得ない。むしろ最近では、トリプトファンを過剰に摂取することのほうがよくないとの観察結果がある。
これはどういうことだろう。
トリプトファンは体内で変換されてビタミンNADになることは先に述べた。
この過程の中間代謝産物にキノリン酸がある。NADを作るために、トリプトファンは一旦、キノリン酸という物質に変換され、それからNADに変わる。このようなプロセスを経ないとNADは作れないのである。
ところが、このキノリン酸というのが実は、強力な毒物なのである。神経細胞がキノリン酸にさらされると過剰興奮してしまい、その結果、アポトーシスという自殺プログラムが開始されてしまうのだ。こうなると神経細胞は死滅する。これはキノリン酸が、グルタミン酸と似ていることに原因がある。グルタミン酸は、脳の中で興奮性の神経伝達物質として働いている。大昔、グルタミン酸を含む人工調味料を食べると頭がよくなる、という俗説があった。これはグルタミン酸が神経を興奮させることを背景にした嘘である。グルタミン酸が神経と神経のコミュニケーションに使われるのは事実だが、食べ物として摂取されたグルタミン酸は脳の内部に直接入らないようなバリアがある。キノリン酸は、グルタミン酸に似て非なる物質で、神経細胞表面にあるグルタミン酸を受け取るミクロなアンテナ(レセプター)にはまり込んで細胞を過度に興奮させてしまうことがわかっている。
もちろんこんなことになっては大変困るので、生物はちゃんとキノリン酸に対する厳重な防御機能を持っている。トリプトファンが変換され、キノリン酸が生成されても、それはほんの一瞬のことでただちにキノリン酸を無害な物質に変えてしまう特殊な酵素が脳内にも、身体のあちこちにも用意されているのである。この酵素の名をQPRTという。キノリン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼという長い名前の短縮形である。この酵素のおかげで私たちは、キノリン酸が体内に不可避的に発生してもすぐに無毒化できて普通にいられる。

ところが最近、トリプトファンをサプリメントとして大量に摂取する人々が現れた。特に欧米では、トリプトファン錠剤がよく売れている。ネットを調べてみるとたちどころに各社の宣伝ページとともに、トリプトファンのビンの写真が何枚も出てくる。トリプトファンから睡眠サイクルと関連するメラトニンが作られることから、トリプトファンが安眠剤、あるいは時差ボケなどの睡眠障害を軽減するものとして支持を集めているものである。この効果も科学的に見ると疑問が多い。トリプトファンは、グルタミン酸と異なり、バリアを通り抜けて脳内に入りやすいアミノ酸である。脳内では確かにトリプトファンからセロトニンやメラトニンが作られる。ただし、睡眠障害が単にメラトニンの不足によるものかどうかはまだまだ解明されていないことだらけで、睡眠のような複雑な仕組みが、トリプトファンの供給量を増やせばそれで改善されるという単純なメカニズムであるはずがない。

むしろトリプトファンの供給量を不用意に増やすと、脳内キノリン酸生成量を増やしてしまう危険性がある。もちろんキノリン酸はQPRTの作用によって無毒化されるはずだが、どんなことにも限度がある。また特別の原因によってQPRTのレベルが低下するような病態も考えられないことではない。ハンチントン病と呼ばれる、脳細胞が変性して死滅する遺伝病では、脳内のキノリン酸レベルが何らかの原因で上昇し、その結果、脳細胞がダメージを受けている可能性がある。私たちの研究室でも、ハンチントン病を発症したマウスを使って実験を行い、この仮説を支持するデータを得ている。
過ぎたるは及ばざるが如し、という先人の教えは脳内分子の世界でもいい得ているのである。
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福岡伸一(ふくおか・しんいち)氏略歴。
1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ロックフェラー大学およびハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授を経て、青山学院大学理工学部教授。分子生物学を専攻。専門分野で論文を発表するかたわら、一般向け著書、翻訳を手がける。
狂牛病病原体の正体を再検討した『プリオン説はほんとうか?』(講談社ブルーバックス)、米国産牛肉問題について論じた『もう牛は食べても安心か』(文春新書)、訳書として、ノーベル平和賞受賞者ワンガリ・マータイ氏の自伝『モッタイナイで地球は緑になる』(木楽舎)など。最新刊に、生命とは何かについて論じた『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)。
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終わりにネット上の記事を貼り付けておく。

トリプトファン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トリプトファン(Tryptophan)はアミノ酸の一種で、2-アミノ-3-(インドリル)プロピオン酸のこと。略号は Trp または W。

側鎖にインドール環を持ち、芳香族アミノ酸に分類される。蛋白質構成アミノ酸で、必須アミノ酸の一つである。糖原性・ケト原性を持つ。多くのタンパク質中に見出されるが、含量は低い。NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド。生体内において、酸化還元酵素に関与する補酵素として重要)をはじめ、セロトニン・メラトニンといったホルモン、キヌレニン等生体色素、また植物において重要な成長ホルモンであるインドール酢酸、などの前駆体として重要。

トリプトファンの代謝は極めて多様であり、また複雑である。大きく分けて、

セロトニン経路 脳・腸・マスト細胞。セロトニン・メラトニンの合成に向かう経路。
グルタル酸経路 肝臓。エネルギー源として完全分解にいたる経路。
NAD 経路 肝臓。NAD の合成に向かう経路
蛋白質合成 全身。
の4つの系統に分類される。

トリプトファンは牛乳などの乳製品に豊富に含まれる。適量の摂取は神経を落ち着かせ、睡眠をうながす作用があるといわれる。 鶏肉、大豆、豆腐、バナナ、ナッツ類など。
但し、過剰に摂り過ぎると肝硬変を招く恐れがある。

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