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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子歌集『タブラ・ラサ』 抄・・・・・・・・・・・・木村草弥
タブラ・ラサ

タブラ・ラサCD


 ──村島典子の歌──(7)

  村島典子歌集『タブラ・ラサ』 抄・・・・・・・・・・・・木村草弥

私が敬愛する村島典子さんについては何度か記事にしてきたが、八月の私のバルト三国の旅の「エストニア」のところをご覧になった村島さんが、エストニアの現代作曲家
アルヴォ・ペルトのことを思い出されて、彼の楽曲「タブラ・ラサ」を題名にした第三歌集『タブラ・ラサ』(柊書房2000年5月刊)を恵贈された。
私はアルヴォ・ペルトについては何も知らなかったので、ネット上で調べてみて、また、この曲のCDもアマゾンから取り寄せて聴いてみた。
今この記事も、それをバックミュージックのように聴きながら書いている。
「タブラ・ラサ」=Tabula rasa とは、ラテン語で「きれいな石板、精神の無垢な状態」を言う、とあとがきに書かれている。村島さんは書く。

<喪失によって空っぽになった心に、ふつふつと湧いてきた歌が大半である。
 《タブラ・ラサ》との出会いが早くから用意されていたかのように。
 「たぶら・らさ」と呪文のごとく唱えると不思議に心が澄む。・・・・>

以下、私の好きな歌を引いて鑑賞したい。

 言問へば旧き村名を告げたまふ時間の迷路はゆつくりと来よ

 大いなる手があらはれて点灯す野辺いちめんのらふそくの花

 ひぐらしの声とぎれつつ従きてくる猿丸神社のまへ過ぐるとき

 すこしづつことばを捨ててゆきたまふ母のめぐりは初秋の湖

 人間の生死にちかく楽あれば夕はふかぶか楽にひれふす

 どんぐりを拾ひて母と日だまりに坐りてをれば彼岸図のごと

 冬ざれの禅定寺峠にてらてらと熟柿下がりて落暉を反照す

 喪の衣にうつしみ包み昼くらき岩船神社越えて母焼きに来し

 ならまちの庚申堂に背をみせてゆらり佇む石坂幸子

 ゆきこさんになりて渚を走りすぐ「トリカヘバヤ」と鳴くか小斑鳩

 死後のことまた言ひ出でてわれよりも五歳上なる夫を困らす

 夜すがらをみづは醒めをり隣室に舅もさめゐてしはぶきをする

 今朝夫といさかひし血が一本の採血管に立ちてしづけし

 体臭をもつことかなし夢に来てすれちがひざま ア と言ひにけり

 一人二人三人減つて桃の木のしたの家族のこゑも失せたり

 亀甲墓アダンの崖のほのあかる月うづむらむ慶良間の海は

 道の辺に野ばら咲きみつはつ夏の風のなかにて会はむと言へり

 軒いでて飛燕は空を截りゆきぬまぶかく夏の帽をかむらむ
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 タブラ・ラサ花をあふれてヴィオロンの潮は夜のそらを満ちくる

 アルボス<樹>のかなたから静寂の耳降りて来つ生れて久しき

 夏雲が窓より盗み見しものは身をほどきたる一本の紐

 はらりはらり布解かるるわれならむ二月の湖の陰(ほと)より生れて

 対面の長身のをとこの埴輪面にぶきひかりを呑まむとすらむ

 千の契り万の契りの水無月のみづより溢るみづの言葉に

 在るもののなべては音楽ささなみの志賀つ少女の絶対音感

 まるき口に青き葡萄をくくみゐる未生子よ野鳩のごとく八月

 十本の指あらはれて水面にさみだれの楽奏せられゐむ

 月清とふ神女ありけり十月のとほきみなみの青き海坂

 一里山のきつねは銀のふさふさの太き尻尾をもちて出でけり

 いまたれもわれに触るるな夕暮は泥人形になつてしまへる

 老ばかり集ひてなごむ冬の日に一人が質す死ののちのこと

 白桃の流れくるとふあかときの入江に待ちて百年が過ぐ

 生きながら懐かしきひとに抱かれて眠れり一山他界の匂ひ

 いまわれは湖にむかひて坐りをりとほく真水の気配たちくる

 不意打ちに彼岸は雪となりてけり咲きてさくらは花うちふるふ

 「無伴奏バッハ組曲」ボリュームをいつぱいにして窓を放てり

 水仙は水仙と別れこの春はわれに甘えてくることをせず

 するするとしろがねの身を泳がせて水よりわれらの夢に入りくる

 裸樹となり抱きあひたり死してのち土から生えしやはらかき枝

 犬の首撫でつつ思ふ首のべて翔びゐし記憶青のまなかを

 夏泊そのうつくしき名前もて岬に夏の客人(まらうど)は来む

 月読の桂の大樹のみどりかげみどり児の手が無数にそよぐ

 穂孕みの季(とき)は来しかな境いでて玉依姫の山をくだる日

 地を打つ無尽の雨の音きこゆわれら及ばぬこの単純に

 娘のシャツを肌に纏へばさわさわとさたうきび畑のわれは秋風

 くろぐろと日焼けせし夏の半身を立たせてゆふべ人送りたり

 すれ違ふわれらと蛇の尾の尖のかすかにつめたき秋と思へり

 ポケットに栗の実ひとつしのばせて空跳ばむとす月夜のうさぎ
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村島さんは<Ⅰは偶然、レクイエムの章となった>と書いている。
ここには私も旧知の間柄であった石坂幸子さんの名前も見える。石坂さんは、突然、私宅を訪問されて、驚いたものである。
禅定寺とか、猿丸神社とか、私方から大津へ抜ける沿道の名前もあり、抽いてみた。
引用する歌が多すぎたかも知れないが、この歌集の頃は、村島さんも作歌的にも、一番充実した時期だったように思える。だから、引く歌が多くなった。
この本の「帯」に

<エストニア生れの現代音楽家、アルヴォ・ペルトの曲《タブラ・ラサ》
 ──永遠の静寂を表現した音楽に寄せて、
 喪失した心に湧いた無垢な歌は、
 ある時は古代へ、ある時は逝きにし者へ、
 ある時は身めぐりの風物へと自在に飛翔する。>

と書かれている。
私が下手な鑑賞をするより、この帯文が村島さんの歌の特徴を端的に表現している、と言えよう。
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アルヴォ・ペルト

注文しておいたCD「タブラ・ラサ」の解説には、ウォルフガング・ザンドナー「アルヴォ・ペルトについて」に、こんなことが書いてある。

<エストニア人アルヴォ・ペルトは、彼が1980年まで住んでいたソヴィエト社会主義同盟という社会形態と関係なくはない。彼の作品──「クレド」「ヨハネ受難曲」「追悼曲」「タブラ・ラサ」「フラトレス」など──は、《受難曲》であり、それは同時にそのままその性格を越えている。
・・・・・彼は1972年に結婚したユダヤ系の妻と、ふたりの子供をつれて、1980年、イスラエルへ出国する許可を当局から得た。しかしその途上彼の音楽作品の出版元のあるウィーンに
一年半とどまり、そこでオーストリア市民権を得た。それから彼は西ベルリンへ移り、結局イスラエルには向かわなかった。
 「わたしは書くために長い期間の準備を必要とする。それに五年かかることもまれではない。そのあと一気に、とてもたくさん作品が生まれる。」
「フラトレス」「タブラ・ラサ」などは、1974年から1976年にかけての、この実りある沈黙から生み出されたのである。>

タブラ・ラサ
<「タブラ・ラサ」はある意味で、ギドン・クレーメルの委嘱によって作曲された。
わたしはいつも新しい楽想には自信がもてない。“ゆっくりしたテンポの音楽でもかまいませんか。”
“もちろん、かまいませんとも”とクレーメルは答えた。──この作品は思ったより早く完成した。楽器編成は、タリンで同時期に演奏されるはずだった、アルフレート・シュニトケの作品にのっとっている。
二つのヴァイオリンとプリペアード・ピアノ、それに弦から成る。
演奏者が楽譜を見たとき“音楽はどこにあるのだ”と叫んだ。しかしそのあと彼らはとてもすばらしく演奏した。それはとても美しかった。それは静かで美しかった。・・・・・>

字で書くと、こんな風になってしまうが、現実に、この曲を聴くと、「この世ならぬものの静寂」へ誘われるようである。
この曲が村島さんの心を浸し、歌集の題名となったいきさつを知る思いがするのである。
いい曲を知らせてもらって有難う!

アルヴォ・ペルトについては、 ← このリンクのWikipediaが詳しいので参照されたし)


をとめごの純潔は死語コスモスを風はなかなか抜け出せずゐる・・・・木村草弥
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  をとめごの純潔は死語コスモスを
    風はなかなか抜け出せずゐる・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せたもので「牧神の午後」という項目に入っている。ここには採りたい歌が多く、すでにいくつか紹介した。

コスモスの「花言葉」は、おとめの純潔、おとめの心情、真心、調和、愛情などがあるが、この歌は、それを踏まえて作ってある。フリー・セックスの風潮盛んなこんにち「おとめの純潔」などということは、文字通り「死語」である。そういう風潮を踏まえて、ある種の皮肉をこめて歌にしてある。「風はなかなか抜け出せず」というのは、コスモスというのは、なよなよした草で、風が吹いても、もたもたしているようで、それを、こういう表現にしてみた。この頃ではコスモスも品種改良が進み6月頃から咲くものもあるらしい。
コスモスCOSMOSというと「宇宙」のことである。ギリシア語KOSMOSでは、秩序、調和、宇宙を意味するが、その後に「美しさ」という意味が付加したという。
コスモスはキク科コスモス属だが、メキシコ原産で中米から南米にかけて分布するが、メキシコには30種くらいの原種があるという。今では品種改良され、開花時期も早くなり、草丈も半分くらいのものがある。写真には、それらの中からいくつか載せてみた。

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コスモスのことを「秋桜」とも呼ぶが、秋桜というと、山口百恵のヒット曲♪「秋桜」♪を思い出す。これも漢字で表記されているが、ふりがなは「コスモス」となっている。
歌詞を引いてみよう。

 淡紅の秋桜が秋の日の
 何気ない陽溜りに揺れている
 
 縁側でアルバムを開いては
 私の幼い日の思い出を
ありがとうの言葉をかみしめながら
 生きてみます私なりに
 こんな小春日和の穏やかな日には
 もう少しあなたの子供でいさせて下さい

歌詞も詩的である。今でも山口百恵のアルバムは、コンスタントに売れているという。国鉄がコマーシャル・ソングに採用した「旅立ち」という歌も佳い歌だった。

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私の第一歌集『茶の四季』にも、次のような歌がある。

   コスモスの花のさやぎを見てあれば心騒がすもの欲しきなり

   コスモスの咲きたる駅に大鴉するどき爪に蛙を食めり

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コスモスを詠んだ句にもいいものが多い。以下、それを引いて終る。

 馬の来て尾の遊び居る秋桜・・・・・・・・田村木国

 コスモスに雨ありけらし朝日影・・・・・・・・水原秋桜子

 コスモスの向ふむきよりしぐれきぬ・・・・・・・・加藤楸邨

 コスモスや遠嶺は暮るるむらさきに・・・・・・・・五十崎古郷

 月光に風のひらめく秋ざくら・・・・・・・・西島麦南

 紅白もさみしきものよ秋桜・・・・・・・・上野泰

 風船をつれコスモスの中帰る・・・・・・・・石原八束

 コスモスの揺れやむひまもなかりけり・・・・・・・・久永雁水荘

 コスモスのむこう向けるは泣けるなり・・・・・・・・秋沢猛

 秋ざくらもの思ふとき眼閉づ・・・・・・・・北浦ばら女

 コスモスに寿貞の声のきこえけり・・・・・・・・平井照敏


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