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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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家毎に柿吊るし干す高木村住み古りにけり夢のごとくに・・・・久保田不二子
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  家毎に柿吊るし干す高木村
   住み古りにけり夢のごとくに・・・・・・・・・・・・・久保田不二子


「高木村」は長野県諏訪郡下諏訪町高木。作者の久保田不二子は同地で生まれ、昭和40年79歳で没した。
同じ高木村の久保田家の養子俊彦、つまりアララギ派歌人の島木赤彦と結婚し、みずからも「アララギ」に参加している。

彼女は本名・ふじの、であり、赤彦(旧姓・塚原俊彦)はもともと彼女の姉・うた、と結婚したのだが、明治35年に死去したため、義妹の「ふじの」と再婚したものである。
赤彦の上京中は一緒に東京に出て暮らしたこともあるが、赤彦は病を得て帰郷、そこで病没した。
彼女は生涯の大部分を、この故郷で過ごすことになる。
「吊るし柿」は初冬の山村の風物詩、その柿がいたる所に吊るされている故郷の村で「住み古りにけり夢のごとくに」と詠んでいる。「夢のごとくに」というところに、若くして赤彦と死別して79歳まで故郷に生きつづけた感慨が出ている。調べは滑らかだが、思いは深い。
『庭雀』所載。

「吊るし柿」と言っても、さまざまな柿の形がある。写真②は丸い形の柿である。

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私の方の南山城地方の柿は「鶴の子」柿といって大振りでない砲弾形の柿である。専門的に作る農家では竹や杭で骨組みを立ち上げ、菰などで周りを囲い、風通しは良くした素通しの「柿屋」というものに柿を吊るさずに、藁で編んだ菰や莚の上に平らに並べて干す。柿を剥く時に、柿の「蔕」(へた)も取り去る。「古老柿」ころ柿と称している。冷たい風が吹きすぎるようになると、順調に白い粉のふいた干し柿になるが、気候が暖かいと、よい製品が出来ないという。自家消費の場合は量が限られているので、納屋の窓の外などに「吊るし柿」にして陽にあてることが多い。
以下、吊るし柿を詠んだ句を引いて終りにしたい。

 吊し柿すだれなしつつ窓を占む・・・・・・・・和知清

 吊し柿作りて老婆いつまで生く・・・・・・・・長井哀耳

 干柿を軒に奥美濃雪を見ず・・・・・・・・塩谷小鵜

 甘柿の粉を吹く風の北となる・・・・・・・・梅田久子

 軒端より起れる恵那や柿を干す・・・・・・・・大橋桜坡子

 干柿や同じ日向に猫がゐて・・・・・・・・榎本虎山

 夜空より外しきたりぬ吊し柿・・・・・・・・八木林之助

 干柿の緞帳山に対しけり・・・・・・・・百合山羽公


中野京子『怖い絵3』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
「怖い絵3」

──新・読書ノート──

  中野京子『怖い絵3』 ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この本は、朝日出版社2009/06/10初版第1刷発行だが、よく売れており、私の買ったのは10/30第4刷となっている。
この本に先立って『怖い絵』 『怖い絵2』が発行されていることからも人気度が判るというものである。
この本のカバーになっている絵の原画は、 ↓ これである。
フュスリ「夢魔」

引用する原画が小さく不鮮明であるのはお許しいただきたい。

 作品20:フュースリ『夢魔』(1781年作、101×127cm、デトロイト美術館蔵)

この本には作品1から作品20まで収録されていて、この絵は巻末の20に載るもの。
以下、この本の記事を引いておく。

<眠りはある意味、こま切れの死だ。夜がその黒々とした翼を拡げるたび、幾度も幾度も自我を完全喪失しなくてはならない。そして疑い続けなくてはならない──眠っている間、何か恐ろしいことが我が身の上で営まれているのではないか、と。
眠りのそんな恐怖の一面を、妖しくエロティックに表現して強烈なインパクトを与えるのが、この『夢魔』(むま)である。
真夜中の寝室に、仄白く浮かび上がる若い女性のしどけない寝姿。優美な体のラインが、身にまとった薄絹の流れるような襞や、ベッドから垂れ下がる赤や黄の夜具の曲線によって反復され、女体の艶めかしさがこれでもかと強調される。
半身は大きくのけぞり、首は湾曲し、唇はわずかに開き、頬は微かに紅潮し、ブロンドの髪は逆巻き、腕は床に落ちている。マニエリスム手法によって引き伸ばされデフォルメされたプロポーションは、眠りによる弛緩、いや、むしろ性的恍惚の極みを巧みに視覚化していよう。
真紅のカーテンを割って、馬が顔をのぞかせている。白いピンポン玉を嵌め込んだような不気味な目をした馬は、・・・・・明らかな興奮状態にある。
一説には、この馬は雌で、眠る女性の魔性(雌馬は悪魔の乗り物ともいう)を示すという。確かに原題『ナイトメア(nightmare)』の「mare」は「雌馬」とスペルが同じだし、黄泉(よみ)の国の女神ヘカテの頭は雌馬とも言われている。けれど馬一般のイメージは雌ではなく牡(おす)であろうし、ふつう馬のシンボル解釈は、死との結びつきより、男の持つ「好色」のほうだろう。牡馬でなければ、本作のエロティシズムは成り立たないのではないか。
それはともかく、何よりかにより凄いのは、女性の腹の上に座る異形の怪物のずっしりとした存在感だ。乱歩曰くの「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」の言葉どおり、この化け物こそ実在であり、はかない夢の住人なのは眠る女の方ではないかと思えてくる。
・・・・・そもそも目が人間のものではない。異様に真ん丸で飛び出た眼球は不透明なゼリー状の球に黒点の入った魚卵と少し似ているが、・・・・・おまけに白目は赤らんで濁っている。
・・・・・仰向けに寝る女性を夢の中でレイプするという男の夢魔は、インキュブス(inccubus「上になる」の意)と言われ(男の夢に出てくる女の夢魔はサキュブス(succubus)「下になる」)、恐怖より快楽を与えるものと考えられていた。言い換えれば女性に淫靡な夢をもたらす魔である。ならばもっと人間に近い、そして美形のインキュブスを描くことも可能なのに、画家は敢えてそうしなかった。そうしないことで、ぐったり目を閉じた女性が夢で見ているものと、腹上のインキュブスとの大きな隔たりを想像させ、戦慄させる。

作者のスイス人ヨハン・ハインリヒ・フュースリ(1741~1825)は珍しい経歴を持つ。
まずルター派の牧師として、また古典に精通した教養ある詩人として、チューリッヒで人生をスタートさせた。しかし二十三歳のとき、行政官を告発した友人ラーヴァターを支援したとしてスイスにいられなくなり、イギリスへ帰化。レノルズに絵の才能を見出され、イタリアに八年近く留学したあと画家になった。後年イギリス・ロイヤル・アカデミーの教授から院長にまで出世し、長命と名声に恵まれ、死後はセントポール大聖堂に埋葬された。
彼の生涯の友ラーヴァターだが、観相学の唱道者として知られる。大ベストセラー『観相学断章』全四巻によって、それまで単なる人相見にすぎなかった観相学を「科学」へと引き上げた。フュースリも彼の理論に従い、当時の西洋人が考える獣性や醜怪さの要素を夢魔の顔に応用した。
「学識が幻覚の真の基礎となる」というのがフューリスの考えであり、シェークスピアやダンテといった古典やギリシア・ローマ神話などを主題に、人間の深層心理──恐怖、妄執、憎悪、強迫観念──を幻想的に描いた。・・・・・

この絵『夢魔』はフランス革命八年前に生まれた。
たちまち評判を呼び、いくつかのヴァリエーションが作られ、その一つは当時パリで夥しく刷られた革命版画の中にまで登場している。・・・・・>

長々と引用した。
この本は作品1:ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』
      作品2:レーピン『皇女ソフィア』
      作品3:伝レーニ『ベアトリーチェ・チェンチ』 
以下、ヨルダーンス『豆の王様』 ルーベンス『メドゥーサの首』 シーレ『死と乙女』 伝ブリューゲル『イカロスの墜落』 ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』 ミケランジェロ『聖家族』 ドラクロア『怒れるメディア』 ゴヤ『マドリッド、1908年5月3日』 レオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』 などと続く。

 ↓ 画像はレオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』
ダヴィンチ「聖アンナと聖母子」

 作品13:レオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』( 1510年頃、168×130cm、ルーヴル美術館)
<本作はレオナルド晩年の名画で、彼はこれを『モナリザ』『聖ヨセフ』とともに、死ぬまで自分の手元に置いていた。
三作に共通するのは、人物の口元にうっすら浮かぶ謎めいた微笑。
モナ・リザの呪縛的な微笑は、この絵のアンナとマリアの口元にも漂っている。
アンナは聖母マリアの実母である。この絵には、つまり祖母、母、息子の三世代がいて、岩山を背景に、石ころだらけの戸外で裸足で座っている。祖母は岩の上に、母は祖母の上に!・・・・・
ダ・ヴィンチは現存する厖大な手稿の中で「画面では人物が心に抱いているものを示す十分な動作をさせねばならない」と書いている。ということは、彼女たちの一見奇妙な動きにも意味がなくてはおかしい。
右側から見てゆこう。幼子イエスは仔羊の耳をつかみ、背に跨ろうとしている。もちろんこれは祭儀の生贄にされた「犠牲の仔羊」であり、将来のイエス自身の受難を暗示する。ふっくらした頬の幼子イエスは、遊びの邪魔をされて不満げにふり返り、マリアは──おそらく未来を見越しての──親心であろう、少しでも我が子を仔羊から引き離そうとしている。・・・・・マリアの姿勢にはかなり無理があって、「く」の字型に腰を折り曲げ、イエスを抱き上げるために腕をいっぱいに伸ばしている。・・・・・>

この後、著者は精神分析学のジークムント・フロイトの解釈などを引いて、この絵の下の部分に「ハゲワシ」の形が隠されているという。長くなるので、ここには端折るが、
<ハゲワシというのは、古代エジプトでは女神の化身とされ、ギリシア・ローマ時代には予知能力ある鳥とされていた。またヨーロッパの古い伝説では、ハゲワシの雌は風によって孕み、交尾せずに卵を産むとされた。まるで聖母マリアのようではないか。その通り。時にハゲワシはマリアのシンボルともされる。・・・・・・>
その他おもしろい説を書き連ねているが、詳しくは本書を見てもらいたい。
他に18話あるから、もっともっと続くが、この辺にする。
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「怖い絵」と題されるように、全編、こういうエピソードに満ちているのである。

この本の「帯」に
<こうしてわたしたちは、言葉によって、少しずつ深く、絵のなかにおびきよせられていく。・・・・・・・・小池昌代>
<その学識、その語り口、ただものではない。・・・・・・・・・藤森照信>
と書かれているが、資料を渉猟して、よく書かれている。 ぜひ、ご一読、ご鑑賞を。
シリーズ前作の『怖い絵』 『怖い絵2』も読んでみたくなった。

著者・中野京子
早稲田大学講師。ドイツ文学、西洋文化史。
『恐怖と愛の映画102』(文春文庫)『ハプスブルグ家 12の物語』(光文社新書)『歴史が語る恋の嵐』(角川文庫)『危険な世界史』(角川書店)『オペラでたのしむ名作文学』『メンデルスゾーンとアンデルセン』(ともにさ・え・ら書房)
朝日新聞ブログ(ベルばらKidsプラザ)で歴史エッセー「世界史レッスン」を連載中。

中野京子のブログ「花つむひとの部屋」


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