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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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絲山秋子『妻の超然』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

    絲山秋子『妻の超然』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
          ・・・・・・・・・・新潮社2010/09/30刊・・・・・・・・・・・・・

         文学がなんであったとしても、
         化け物だったとしても、
         おまえは超然とするほかないではないか。

      おまえはこの町に来て初めて知ったのだ。
      ここでは、夕日はいつも山の向こうに沈む――。
      「妻の超然」「下戸の超然」「作家の超然」を収録。異色の三部作。

ここで新潮社の読書誌「波」2010年10月号より【絲山秋子『妻の超然』刊行記念対談】を引いておく。
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        辻原 登×絲山秋子

    妻の超然/下戸の超然/作家の超然/超然とは「受苦」である


   妻の超然

辻原 最新刊の『妻の超然』、非常に面白かったです。収録されている三篇のうちの一つ目「妻の超然」は、小田原に住んでいる妻が主人公ですね。馬込の豆腐屋に生まれた、理津子という人。結婚は遅くて、夫はだいぶ年下。
絲山 合コンで知り合うんです。今でいう婚活というやつですね。
辻原 彼女はこの文麿という年下の男と結婚して、小田原に移り住む。ところがこの男がどうも浮気をしているらしく、理津子はそれに気づきながらいろんなことを考えている。夫の生態を妻の視点から観察している感じなんですが、これが絶妙で、彼女の周りには、舞浜先生という料理の先生に、妹の響、それからタクシー運転手をしている女友達などが配されていて、人間関係がとてもうまく描かれている。変わっていて、憎めなくて、でもちょっと辛辣、そういう人たちが近くにいて、夫は向こう側にいる感じなんですが、でも時々クロースアップのように迫ってきたりもする。彼女が「超然」という言葉をつかむまでの描かれ方に、すごくスリルがある。そして、その言葉をつかんだ時に夫はなぜか彼女のもとに戻ってきて、でも、超然たる妻と夫はまだまだこれからいろんな苦労をしながら生きていくんだろうなと思っていたら、ふっと窓の外を見て……最後の一言が面白いですね。
絲山 ありがとうございます。私自身はずっと独身で、妻の立場というのはまったくわからないまま書いたんですが……。
辻原 いえ、僕が妻なら(笑)、妻の立場が身にしみるように描かれている。三つ目の「作家の超然」で書かれているように、架空と架空でないものの世界は、実は地続きなんですね。妻としての経験が絲山さんになくても、逆にそのほうがものごとを言い当てていたりすることが多いと思うんです。これはそういう「言い当てる」部分の積み重ねで成り立っている小説だと思います。ラスト近くで、一緒の布団に寝るでしょう。ああいうところの間合いも見事ですね。
絲山 開かずの襖をずばりと開けて。彼がどうしてそこで襖を開ける気になるのか、私にもわからないんですよ。
辻原 そういうことが一番確かなんじゃないでしょうか。つまり書いているうちにふと思いついたところに、小説のリアリティというのは出てくる。でもそれは、小説全体の構造がしっかりしてないとうまくいかない。この作品ではそれが実にうまくいっていると僕は思う。ここに至るまでに、一人称に近い三人称で見事に夫を立体的に描いているからこそ、ここでの展開がリアルに感じられる。
絲山 こういう書き方をするには、百枚が限界かなと思うんです。辻原さんに選考していただいたデビュー作も百枚ですが、一番自分が出てしまう枚数なんですね。もっとあれば自分を隠すこともできるし、もっと短ければ、いいところだけ出すこともできる。
辻原 つまり自分の腕が全部見えてしまうわけですよね。でもそれに挑戦された。この三作、どれも百枚ぐらいでしょう。
絲山 はい。一つの言葉を使って百枚、というのを三回続けてできるかのトレーニングのような感じでもありました。


   下戸の超然

辻原 二つ目の「下戸の超然」では、男の会社員が主人公で語り手です。北九州の出身で、福岡で大学院まで出て、つくばにある白物家電のメーカーの研究所に就職する。三十そこそこで、酒がまったく飲めない。
絲山 私のような大酒飲みが下戸について書くというのは、これもまた「妻の超然」と同じことで、読者や友人には「下戸の気持ちがわかるのか」「本当に書けるのか」なんて言われました。
辻原 そりゃ書けますよ。分かりますよ。この作品でも、土地のことがしっかり描かれていますね。北九州やつくばの地理、空間の移動がきっちりと書かれている。「作家の超然」でも触れられていることですが、空間の移動を書くということは、実は時間を書いているということなんですよね。「妻の超然」では、最初のうちから妻に超然とした態度と自覚がありましたが、この「僕」が超然という言葉に出合うのは、最後のほうですね。
絲山 恋人に「そうやっていつまでも超然としてればいいよ」と言われて、それに対してすごく反発を覚える。
辻原 結末近くにこれを持ってきたのがいいと思いました。超然という言葉への認識や語られ方は「妻の超然」とまったく違っていて、続けて読んでいくとそこが面白い。性別も違いますし。
絲山 実は私は、一時期から男性の一人称で書くほうが楽になってしまったんです。それが「作家の超然」を書く時に問題になってくるんですが。
辻原 単純な言い方ですが「下戸の超然」は、本当に女性が書いたとは思えない。
絲山 この語り手は、性別だけでなく、年齢も私とは違う。そこも挑戦してみたいところではありました。
辻原 親父さんがまた面白い。時々いなくなって、スクラブルというパズルゲームを持ってきたり、車を買ってきちゃったりする。手芸店をやっているお母さんもいいし、妹もいい。こういうところは絲山さんの真骨頂ですね。主要な人物だけではなく、それを取り巻く人たちの魅力というのがあって、なまじストーリーに囚われないで、周りの人たちが動いてれば、もうそれでじゅうぶん面白い。僕はそういうのが絲山さんの小説の本当にいいところだと思うし、非常に高く買うところなんです。


   作家の超然

辻原 そういうふうに二篇を読んできて、最後がこの「作家の超然」ですが、これを最後まで読んで、僕はちょっと驚きました。主人公は作家らしき人物ですね。
絲山 私小説というわけではないですが、そう思われても仕方ないような書き方で始まります。
辻原 語りは「おまえ」という二人称。どこかに語っている誰かが隠れているような感じで進んでいく。途中、ひょっとしたらこれは怪しいぞ、というものも現れますね。病室の隅にいる黒いもの……
絲山 主人公を「おまえ」と呼んでいる人はあれなのか、と思われたんですか。
辻原 思いました。あいつがワッとつかみかかってくるぞみたいな感じが、読みながらしていた。結局、語り手は最後まで捉えがたいままなんですが。呼びかけられる側の「おまえ」が誰なのかということも、実ははっきりとは捉えがたい。
絲山 途中から「おまえ」というのはこの作家のことだけではなくなってきます。場所によっていろんな人を、読者を指さしていたり、作家志望の人を指さしていたり、言ってしまえば身も蓋もない、凶悪な小説なんですが、「おまえ」というのは、だんだん無差別に何かを糾弾していくような言葉になっていく。新聞についての描写のあたりからですね。
辻原 新聞というものが、「父的なもの」を代表しているんだ、という言及も面白い。
絲山 読み返していくと、実は父的なものが弱っていくというテーマが、三篇を通じて描かれているんです。
辻原 ああ、なるほど。「妻」の父もそうだし、「下戸」の主人公の父も手術をして、久しぶりに帰省した時には弱り切っている。
絲山 はい。ただ、三篇のうち、父が弱ることをどうしても信じたくないのが、この「作家の超然」の主人公です。
辻原 父的なものの没落を受け入れられずに、ソウル・ベローの「黄色い家」という父親の出てこない小説の中に、父を探したりもする。それから、経済学というものが出てくるのも面白いですね。
絲山 経済学というのはお金を使った何かのたとえであるという考えがずっと頭の中にあるんです。大事な場面で、ふとそこに垂れ下がっている縄梯子のようなものが経済学だったりする。
辻原 この作品で書かれているように、それは文学と同じなんだと僕も思います。恋愛だとか暴力だとか、裏切りとか偶然とか運命、これは文学が相手にする。そして、経済学は貨幣とか交換とか価値とか。どちらも確実なものではないけれど、人は何かの時にふとそれをつかんでいる。結末近くで語り手が「おまえはこの町に来て初めて知ったのだ」と言うとき、この「おまえ」はもう無差別、不特定なものではありませんね。
絲山 ここで戻ってきていますね。
辻原 そしてさらに、「おまえ」は語り手と一つになっていると思う。そして「文学は長い移動を終えて、ついに星のように滅亡するだろう」というとき……
絲山 もう語りの主体がいないですね。たぶん最後に、夕映えが現れるのを待っているときには、「おまえ」も語り手も同じ側に立っているんだと思います。
辻原 「おまえは待っている。ただ待っている」。ここにはある種の、救済というか、再生の気配があります。何かが「降臨」するのを待っていると言ってもいい。


   超然とは「受苦」である

辻原 これを読んで僕が思い浮かべたのは「パッション」という言葉なんです。超然というのはパッションだなと。
絲山 「パッション」ですか。
辻原 イエスの「受苦」「受難」のことです。「超然」と「受苦」では正反対のようにも思えるけれど、実は、つまりイエスというのはそういう存在でしょう。すべてを受け入れるという。
絲山 確かに、一番超然としているのは誰かといえば、イエスかもしれませんね。
辻原 ラストの突き詰め方にも、「おまえ」という呼びかけ自体にも、一神教的なところがあるような気もします。
絲山 執筆中に「今どんなの書いてるの?」と言われると、「神様に説教されてるような小説」と答えていました。
辻原 結論を言うと、絲山さんはこの作品で、おそらく現在の書き手の中で最前線に躍り出たんじゃないかと感じました。今、こんなふうに文学について本質的な思索をしながら書いている人というのはいないと思うし、その思索が三つの物語の中でごく自然に納得できるように描かれている。本当に貴重な作品だと思う。
絲山 この作品では本当に苦しんで、もう二度と同じ思いはしたくないけれど、そういうふうに言っていただけると本当にうれしいです。

(つじはら・のぼる 作家/いとやま・あきこ 作家)

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絲山秋子/イトヤマ・アキコ

1966年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。住宅設備機器メーカーに入社し、2001年まで営業職として勤務する。2003年「イッツ・オンリー・トーク」で文学界新人賞、2004年「袋小路の男」で川端康成文学賞、2005年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2006年「沖で待つ」で芥川賞受賞。他の作品に『逃亡くそたわけ』『ニート』『エスケイプ/アブセント』『ダーティ・ワーク』『ばかもの』など。

ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている/実りを終えたぶどうの樹は/・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
budou04葡萄②

──高田敏子の詩──(8)再掲載・初出doblog2004/10/05

           ぶどう畑・・・・・・・・・・高田敏子

     ぶどう畑で ハサミの音が鳴っている
     実りを終えたぶどうの樹は
     一房 一房を 切りとられ
     その枝を軽くしていった

     ぶどう棚の上の 空は冷めたく澄み
     風もまた冷めたく
     私の着物の布目をとおして吹きすぎてゆく
     ぶどうの葉は かわいた音をたてて散りおちる

     収穫のハサミは鳴りつづけ
     その音に 私は小さく身ぶるいしていた
     私も実りを終えた一本のぶどうの樹
     鋼鉄の刃の冷めたさが 私の胸の乳房にも
     触れる思いで。
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「私も実りを終えた一本のぶどうの樹」という把握の仕方が、この詩を犀利な刃物にしている。
「葡萄を切るハサミの音に身ぶるいする」という詩人の繊細な心情と表現の的確さ。
この詩は詩集『藤』から。


「墓地を買いませんか」/友人がいった/墓地を買うなんて/・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(7)再掲載・初出Doblog2004/10/04

          丘・・・・・・・・・・・・高田敏子

     「墓地を買いませんか」
     友人がいった
     墓地を買うなんて
     私は一度も思ったことはなかった
     「丘の上の海の見えるところです」

     カモメがとんで 波がくだけて
     島がよいの汽船が見えて
     むかし そんな丘に住みたいと思った
     夢二の絵のように坐って
     レモンティーを飲みたいと願った

     ──そう レモンティーはさぞおいしいだろう
     「生もたのし 死もまたたのしです」
     友人は
     引越しの日をたのしむようにいった
     そして最後につけくわえた
     「必需品ですよ」
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掲出の写真は、横浜山手の外人墓地のものである。この詩の「丘の上の海の見える」丘という設定に、なにほどかマッチするのではないか。
この詩は詩集『にちよう日』から。



ななおさかき『ココペリの足あと』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
ココペリ

──新・読書ノート──

   ななおさかき『ココペリの足あと』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
         ・・・・・・・・・・・・思潮社2010/08/01刊・・・・・・・・・・・・・

「ななおさかき」は、いわゆる「ヒッピー」を実践した人である。われわれには真似できない一生だった。
1923年元旦。鹿児島県川内市の染物屋、榊家に一人の男の子が生れる。
七番目の子供ということで「七夫」と名づけられる。榊七夫──ななおさかき、である。
2008/12/23 南アルプスの大鹿村で大往生、享年85歳。

ピュリッツァー賞受賞作家・ゲーリー・スナイダーなどと親交があり、この本にもスナイダーの撮った彼の写真が載っている。
ネット上には動画などもたくさん出ているので、彼の詩の朗読などを、まず動画で紹介する。 



↑ ここで朗読される詩「ラブレター」は1976年に作られたもので、彼の作品の中でも一番ポピュラーに愛唱されるものである。 

 



↑ ここに取り上げた動画は、はじめの部分でしかないので、これに続くものを見ていただきたい。2、3、4と続くらしい。
参加者との言葉のやりとりなどを見ても、彼の博識の一端に触れることが出来るだろう。

この本『ココペリの足あと』は横書き、左ひらき、という独特のものである。
これは彼が広く世界中を飛びまわって活動してきたことと無縁ではない。
執筆もすべて横書きで押し通してきたからである。
この本の紙質も、ちょうど「コミック」雑誌のようなラフなもので、これも質素な生活に明け暮れた彼にふさわしい。
だから220ページ余りの分厚さながら定価が2200円で収まっている。
ここで彼の詩をひとつ紹介してみよう。

   鏡 割るべし・・・・・・・・・・・・・・・ななおさかき

     朝早く シャワーの後
     うっかり 鏡の前に立つ

     胡麻塩頭 白いひげ 皺ふかく
     なんと うらぶれた男よ
     俺じゃない 断じて俺じゃない

     この大地 このいのち
     海にすなどり
     星たちと 砂漠に眠り
     森あれば 仮小屋むすび
     古く ゆかしい農法にたがやし
     コヨーテと共に歌い
     核戦争止めよと歌い
     疲れを知らぬこの俺 ただ今17歳
     なんと 頼もしい若もの

     十字に脚くみ ひっそり座る
     もの思い やがて消え
     声ひとつ いま忍びよる

     “この命 老いを知らず
      この大地 すこやかなれと
        鏡 割るべし”

                   1981年10月
                   キャンベラ
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      履歴書・・・・・・・・・・・ななおさかき 

     な す べ き こ と

     多 く

     し か も

     果 た せ ぬ こ と

     更 に 多 く

     従 っ て

     な す べ き こ と

     今 更 に な く

     間 抜 け た 顔 に

     跳 ね る 春 風  

              1985年2月
              信州、岩殿山
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     ココペリ・・・・・・・・・・・・・ななおさかき 

                                “私は 歌
                                 私は ここを 歩く”
                                   ──古代ホピより
 
      こことは
      夜明けが 君と出会う ところ

      こことは
      そよ風が 君と出会う ところ

      こことは
      花々が 君と出会う ところ

      こことは
      鳥たちが 君と出会う ところ

      こことは
      歌が 君と出会う ところ


          私は 歌
          私は ここを 歩く

                    1992年4月
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彼──ななおさかき の作品群は多いので、折をみて紹介したい。
一番はじめに掲出した本の「帯」文──ゲーリー・スナイダーの文章が読み取れると思うが、
この一文に彼の詩のエッセンスの要約が書かれている。

彼の本は、この他にも
■『犬も歩けば』新装版・野草社
■対訳『亀の島』スナイダー、ナナオサカキ 
など新本で手に入る。 →アマゾンを見る  


綿菓子売りのおばさん!/あなたは ずっと昔から/・・・・・・・・・・・・・・・・・高田敏子
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──高田敏子の詩──(6)再掲載・初出Doblog2004/10/03

         縁日・・・・・・・・・・高田敏子

     綿菓子売りのおばさん!
     あなたは ずっと昔から
     そうしていたのではありませんか

     花火屋のおじいさんも
     ほおずき売りのおばあさんも
     みんな 昔のまんま
     ああ 幼なじみの少年が
     金魚を下げて歩いてくる

     ここは魔法の国ではないかしら?
     アセチレン灯の匂いのなかで
     私は子どもにかえってゆく

     そう すず虫のごちそうは
     キュウリの輪切でしたっけ
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この詩は詩集『月曜日の詩集』に載るもの。 今ではアセチレンガスの灯はなくなってしまった。



あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびのあふこともがな・・・・・・・・・・・・和泉式部
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──<恋>の歌鑑賞──

   あらざらむこの世のほかの思ひ出に
        いまひとたびのあふこともがな・・・・・・・・・・・・・・・和泉式部


『後拾遺集』巻13・恋に「心地例ならず侍りけるころ、人のもとにつかはしける 和泉式部」として見える歌で、病のため不安を感じ、ある男性に送った歌なのだが、
何よりも『百人一首』中の名歌として、あまねく知られている。

歌の意味は「自分は病気が重くなって、命は長くないかも知れない。「この世のほか」である「あの世」に移ってからの思い出のために、せめてもう一度あなたにお会いしたい、会ってください、ぜひとも」との思いをこめて男に贈った歌である。贈られた相手が誰であるかは判らない。
図版は狩野探幽が描いた百人一首のための和泉式部像である。
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和泉式部は23歳で和泉守(いずみのかみ)橘道貞と結婚し、翌年には娘・小式部をもうけたが、道貞が仕える太皇太后宮(冷泉帝皇后)が病気療養の「方たがえ」のため、太皇太后宮の権大進でもあった道貞の家に移り、そのままそこで崩御されたことから式部の運命は狂った。太皇太后宮のもとへ、異母子の為尊親王(冷泉帝第三皇子)が見舞いに訪れるうち道貞の妻・式部と知るところとなったためだ。親王22歳、式部は27歳くらいだったらしい。この情事はたちまち評判になった。道貞は妻を離別し、式部の父も怒り悲しんで娘を勘当する。ところが、為尊親王は24歳で夭折される。式部は悲嘆にくれるが、運命は彼女のために更に数奇な筋書きを用意していた。亡き親王の弟・帥宮敦道(そちのみやあつみち)親王が新たに式部に言い寄り、彼女もまもなくその恋を受け入れたからである。当時、敦道親王は23歳、式部は30歳くらいだったらしい。親王はすでに結婚していたが、年上の恋多き女・和泉式部にうつつをぬかし、彼女を自邸の一角に移り住まわせる。親王の妃は屈辱に耐えず邸を去った。年若い男の恋の激しさは異常なもので、式部の方も、この眉目秀麗な皇子を深く愛した。
しかし式部はこれほどの仲だった敦道親王にも、4年あまり後に先立たれる。式部は悲しみの底から恋の尽きせぬ思い出によって染めあげられた悲歌を124首にものぼる多くの歌を詠んだ。

     捨て果てむと思ふさへこそ悲しけれ君に馴れにしわが身と思へば

     鳴けや鳴けわが諸(もろ)声に呼子鳥呼ばば答へて帰り来(く)ばかり

     たぐひなく悲しきものは今はとて待たぬ夕のながめなりけり

だが、このような深い嘆きを詠いながらも、彼女は男に寄り添わねば居られなかったし、男たちもまた言い寄ったらしい。女として、よほど魅力があったのだろう。
一条天皇の中宮・彰子に仕えたのはその後のことだった。紫式部、赤染衛門らも同僚であった。
ある日、中宮の父・藤原道長が、彼女の扇に戯れに「うかれ女(め)の扇」と書いたことがあった。
平安朝の、一種、自由恋愛過剰とも言うべき時代ではあっても、時めく権力者から「うかれ女」の異名を奉られるのはよほどのことで、彼女の生き方が周囲からどれほどかけ離れていたかを鮮明に示すエピソードだろう。

     枕だに知らねばいはじ見しままに君語るなよ春の夜の夢

この歌は、彼女が予想もしない時に言い寄られ、枕さえない場所で「春の夜の夢」のように短い、しかし激しい逢引をした後、男に贈った歌だ、と窪田空穂は解釈している。
醜聞を嫌って「君語るなよ」と言わずにおられなかったほどの情事であり、また思いがけない相手であったと思われる。
しかし、そのように男から男へ遍歴を重ねても、彼女の生の渇きそのものだったと言えるほどの十全な恋への夢は、満たされることがなかったようだ。
恋によって傷つき、その傷を癒そうとして新たな恋に走る。得体の知れない苛立ちのような不安が、和泉式部の歌の中で、暗い命のほむらとなって燃えているように見える。
そういう意味で、次の有名な歌は和泉式部の心の本質的な暗さを象徴しているような歌である。男に忘れられて、鞍馬の貴船神社に詣でたときに作ったものという。

     もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る

古代以来のものの考え方からすると、魂が肉体を遊離することは「死」を意味する。
和泉式部は恋を失うことが、そのまま自らの死を意味するほどの激しさで、恋に生の完全な充足を求めた女性だったらしい。しかし、現実には、そのような要求に応え得る男は居なかった。
恋に身を焼かれながら、ついに魂の満たされることのなかった彼女の叫び──それが彼女の歌である。

     如何にせむ如何にかすべき世の中を背けば悲し住めば住み憂し

     とことはにあはれあはれは尽すとも心にかなふものか命は

この引き裂かれた心の嘆きは、遠い平安朝の女の歌とは思えない現実感をもって私たちに迫ってくるものがある。


うつしみは欠けゆくばかり月光の藍なる影を曳きて歩まむ・・・・・・・・・・・・木村草弥
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   うつしみは欠けゆくばかり月光の
     藍なる影を曳きて歩まむ・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。

「月」は天象としては、いつも我々の身近にあるものだが、太陽のように自ら光を発するものではなく、
太陽の光を反映するものとして、昔から「寂しい」存在として詩歌に詠まれてきた。
掲出した私の歌も老境に入って「欠けて」ゆくだけの「我が身」を「月光」の影になぞらえて詠んだものである。
「月」は「花」と並んで、古来、日本美の中心に置かれるものである。
「花」とは花一般ではなく「桜」のことを指す決まりになっている。
「花」=桜は春を代表するもの。「月」は秋を代表するもの。
月は一年中みられるものではあるが、秋の月が清明であるために、秋を月の季節とするのである。

陰暦八月朔日は黒い月だが、二日月、三日月、弓張月と光を得て大きくなって満月になり、また欠けて有明月になり、黒い月になる。
朔日の月を新月と言い、新月から弦月(五日目)頃までの宵月の夜を夕月夜という。
夕方出た月は夜のうちには沈んでしまうので夕月という。月白は月の出る前の空のほの白い明るさをいう。
「万葉集」には

     わが背子が挿頭(かざし)の萩に置く露をさやかに見よと月は照るらし

と詠まれ、
「古今集」には

     月見れば千々にものこそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど

     木の間より漏り来る月の影見れば心づくしの秋は来にけり

と詠まれる。
このように、日本の古典には、月は秋の美しいものの頂点に置かれ、「さびしさ」「物思い」「ものがなしさ」などの気持のこもるものとされてきた。
俳句でも、松尾芭蕉の句に

    月はやし梢は雨を持ちながら

    義仲の寝覚の山か月悲し

    月清し遊行の持てる砂の上

    其のままよ月もたのまじ伊吹山

    秋もはやばらつく雨に月の形

などがあり、月を詠んだ秀句と言われている。

与謝蕪村にも

    月天心貧しき町を通りけり

の秀句がある。
このように「月」は歴史の厚みのある代表季題中の代表と言われている。

以下、明治以後の私の好きな句を引いて終わる。

 月明や山彦湖(うみ)をかへし来る・・・・・・・・水原秋桜子

 月光のおもたからずや長き髪・・・・・・・・・篠原鳳作

 東京駅大時計に似た月が出た・・・・・・・・池内友次郎

 徐々に徐々に月下の俘虜として進む・・・・・・・・平畑静塔

 少年が犬に笛聴かせをる月夜・・・・・・・・・富田木歩

 月の中透きとほる身をもたずして・・・・・・・・桂信子

 つひに子を生まざりし月仰ぐかな・・・・・・・・稲垣きくの

 なにもかも月もひん曲つてけつかる・・・・・・・・栗林一石路

 月明のいづこか悪事なしをらむ・・・・・・・・岸風三楼

 農夫われ来世は月をたがやさむ・・・・・・・・蛭田大艸

 三日月や子にのこすべきなにもなし・・・・・・・・白井郷峰

 ↓ 松下奈緒 「月明かり」のYouTube版を貼り付けておく。


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