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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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東直子『十階』─短歌日記2007・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
東直子

──新・読書ノート──

        東直子『十階』─短歌日記2007・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                      ふらんす堂刊2011/01/27第二刷

     1/1
     なんにもないよりも、なにかあったほうがいい。
     麒麟が生涯立ったまま眠るように、気持ちをずっと保ち続けていられたら・・・・・。
     月曜日からはじまる、2007年という一年が、今日、はじまった。


   ないよりも泣く方がいい何度でも麒麟のように焦がれていたい

     12/31
     今日が終わってしまえば、新しい年号になる。
     たったそれだけといえば、それだけのことだけど、でも。


   あたらしい手帖に記す約束の時間と場所とあなたのことば

この記事は東直子が詩、俳句などの専門出版社・ふらんす堂のホームページに「短歌日記」として2007年1月1日から12月31日まで、
毎日掲載されたものを一年分まとめたものである。
その日のエピソードでその日のうちに短文を書き、短歌をつくり、日付が変わる前に山岡喜美子さんにメール送信した。
そして日付が変わると、美しい写真とともに更新された。
この本の「あとがき」で彼女は書く。

<旅行先から送信したこともあります。スケジュールが重なって、へとへとで帰ってきてから言葉を紡ぎだすのが苦しかったときもありましたが、
 山岡さんが待ってくださっていることが分かっていたので、ギリギリになりながらも、なんとか続けることができました。
 この年の私は、『とりつくしま』という、二番目の小説の本を出版した年で、五つの小説の連載を、一部は時期をずらしつつですが、していました。
 ひたすら小説を書いていた一年だったのです。
 その中で、この「短歌日記」を続けていなければ、完全に散文しか書けない脳になっていたかもしれません。
 あるいは、「短歌日記」で毎晩絞り出すように短歌をつくることによって、言葉を使うためのなんらかの筋肉が鍛えられ、
 ハードに書き続けることができたのかもしれません。
 とにかくこの本は、2007年という一年間の、私のリアルな魂の生存記録でもあるのです。この日、このときにしか書けなかった言葉なのだと思います。>

山岡喜美子というのは「ふらんす堂」の社長である。
ここで東直子の略歴を書いておく。

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東直子──出典・Wikipedia

東 直子(ひがし なおこ、1963年12月23日 - )は、歌人、小説家、脚本家。広島県阿佐町(現・安佐北区)生まれ。神戸女学院大学家政学部食物学科卒業。姉の小林久美子も歌人。

大学在学中に演劇活動を行う。結婚後、1990年より「MOE」に短歌、詩、童話の投稿を始め、常連入選者となる。短歌欄の選者は林あまりだった。1991年に加藤治郎の紹介で未来短歌会に入会し岡井隆に師事した後、1993年より歌人集団「かばん」同人。1996年、「草かんむりの訪問者」で第7回歌壇賞受賞。童話体ともいわれる、ひらがなを多用したやわらかな口語短歌が特徴。2006年には「長崎くんの指」で小説家としてもデビューしたほか、ミュージカル脚本の執筆もある。

著書
単著
歌集 第1歌集『春原さんのリコーダー 』本阿弥書店 1996
第2歌集『青卵』本阿弥書店 2001
選歌集『東直子集』 邑書林〈セレクション歌人〉 2003
第3歌集『十階-短歌日記2007』ふらんす堂 2010

小説・エッセイ 『長崎くんの指』 マガジンハウス 2006 改題『水銀灯が消えるまで』集英社文庫 2010
『今日のビタミン*短歌添え*』(エッセイ)本阿弥書店 2006
『とりつくしま』(短編集)筑摩書房 2007
『さようなら窓』マガジンハウス 2008
『ゆずゆずり』集英社 2009
『薬屋のタバサ』新潮社 2009
『らいほうさんの場所』文藝春秋 2009 
『甘い水』リトルモア 2010
『耳うらの星』(エッセイ)幻戯書房 2011

共著 『短歌はプロに訊け!』穂村弘、沢田康彦共著 本の雑誌社 2000
『回転ドアは、順番に』穂村弘共著 全日出版 2003 のちちくま文庫 2007
『短歌があるじゃないか。 一億人の短歌入門』 穂村弘、沢田康彦 角川書店 2004
『愛を想う』 木内達朗共著 ポプラ社 2004
『短歌はじめました。百万人の短歌入門』穂村弘、沢田康彦 角川ソフィア文庫 2005
『あめ ぽぽぽ』(絵本・絵・木内達朗)くもん出版 2009
『ほわほわ さくら』(絵本・絵・木内達朗)くもん出版2010
『ゆき ふふふ』(絵本・絵・木内達朗)くもん出版2010

解説 諸田玲子著『氷葬』(文春文庫)
吉野朔実著『記憶の技法』(小学館文庫)
田辺聖子著『夢の櫂こぎどんぶらこ』(集英社文庫)
ダン・ローズ著『コンスエラ』(金原瑞人/野沢香織訳)(中公文庫)
俵万智著『愛する源氏物語』(文春文庫)
内田百けん著『恋文』(中公文庫)
藤谷治著『おがたQという女』(小学館文庫)
江國香織著『すきまのおともだちたち』(集英社文庫)
野中柊著『きみの歌が聞きたい』(角川文庫)
堀江敏幸著『めぐらし屋』(新潮文庫)
キャサリン・パターソン著『星をまく人』(岡本浜江訳)(ポプラ文庫)
久生十蘭著『十蘭万華鏡』(河出文庫)

出演番組 土曜の夜はケータイ短歌(2005~2008)
夜はぷちぷちケータイ短歌(2008~)
NHK短歌(2009~)

外部リンク 直久(なおきゅう) (公式サイト)
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私は、ここに載る姉・小林久美子とは多少の縁がある。
短歌誌「未来」に居たときに、編集部に居た小林から記事の依頼を受けたりしたことがある。
また、東直子の小説『薬屋のタバサ』は、新潮社の読書誌「波」に連載されたのが初出なので、当時、毎号読んでいた。
この本の題名が「十階」なのは、当時住んでいたのがマンションの十階だったからという。

この本は一年間の記録なので、作られた歌も365首もあるわけだから、終りに少し引いて終わる。日付と短文は省略。

  畳まれたままの年譜の生き死にの果てのただいま真赤な果実
  「賞味期限は別途記載」されているはずの別途はついに分からず
  青色に空を塗る子と白いまま残すわたしと 法廷は続く
  行ったことのない都市の名を次々に声に出しては一夜やすらぐ
  平仮名の名を持つ娘ふたりいて極秘を耳の穴に入れあう



木村草弥第一歌集『茶の四季』がネット上に「古本」で売りに出ている。。。。
免疫系75dpi

──雑文──

   木村草弥第一歌集『茶の四季』その他が
     Amazonのネット上に古本で売りに出ている・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


2005年の秋あたりから、Amazonのサイトで、私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)が「古本」used本として売りに出るようになった。
この頃では「オークション」形式のものも出てくる始末である。

気がついた初めは、googleの検索サイトで「木村草弥」と入れると、これが出てきたから判った。
「㈱高原書店」と「ありがとう書店」のなどから出ている。値段は千円くらいから高いものでは本についている定価よるも遥かに高い数千円の値がついているものもある。
その後の数年間で古本サイトで見かけるのもザラになった。
これらの本は、私が歌壇の人に差し上げたものが蔵書整理の際に古書店に買い取られたものであろう。
私の著書が古本として流通するということは、むしろ喜ぶべきことだと、私は思う。
ここで私の四冊の歌集と一冊の詩集をまとめて紹介しておこう。
昨年暮れに出した詩集『愛の寓意』の古本は、さすがにまだ出回ってはいないようだ。

トップに載せたのは第一詩集『免疫系』(角川書店2008/10/25刊)である。
このカバーは、レオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」という有名な画像を配したもの。
中身の作品はともかく、このカバー装はいい、と褒められた。

茶の四季・再

↑ 二番目に載せたのが第一歌集『茶の四季』(角川書店1005/07/25初版、1995/08/25二刷)である。
私は若いときから数十年間「茶」に関わって生きてきたので、茶に関する拘りは並ではない。
この本には、そんな私の茶にまつわる諸々が描出してある。

↓ 写真③は、第二歌集『嘉木』(角川書店1999/05/31刊)である。 

嘉木

こうやってスキャナで取り入れると、なんだか色彩が白けちゃって趣が出ないが、現物は薄いセピア色のカバーで、落ち着いた色合いである。
カバー装には昔の手作業での製茶風景の絵が表表紙、裏表紙にわたって配置してあって、この表紙装丁は、その前後数年間の角川書店装丁展で入賞したものであり、思い出ふかいものである。
「嘉木」とは、唐代の茶道の先駆者・陸羽の著『茶経』の出だしの言葉「茶は南方の嘉木なり」に由来する。

樹々の記憶0001

↑ 写真④は、第三歌集『樹々の記憶』(短歌新聞社1999/07/18刊)である。
この本に使った写真は私の次女で写真家の木村ゆりが撮った森の写真を使った。
彼女は大阪の写真スタジオに住み込んだりして苦労して写真の基礎を学んできた。この世界も徒弟奉公のような古い世界で、安月給で働いてきた。
その後、独立して彼女の文筆の才能も生かして「フォトライター」という肩書きで、ガイドブックなどの取材を主にしていたが、バブル期の反動で以後この世界も、とても厳しい。
この本の題名は私の好きなアイルランドの歌姫・エンヤのアルバム Memory of trees から拝借した。
この歌集は、新かなづかいを採用し、五七五七七という定型ではなく「自由律」の歌になっている。

嬬恋

↑ 写真⑤は第四歌集『嬬恋』(角川書店2003/07/31刊)である。
カバーの写真は、スリランカの巨岩に描かれている「シーギリヤ・レディ」という絵である。これは私が実際に現地に赴いて写真に撮ってきたものである。
ここには、ぜひ行ってみられることを、お勧めする。
この頃、妻が体調を壊したので、「嬬恋」という題名には、私の妻への想いがこめられている。
「嬬恋」というのは群馬県の南西の、長野県から入ってすぐのところにある実際の地名なのである。
この土地には草津温泉などがあり、私たち夫婦の思い出の地でもあり歌集名とした。

なお、角川書店刊の本は、歌集、詩集を含めて、いずれも「岸顕樹郎」君の装丁である。
彼とは1995年正月にシチリア島と南イタリアの旅で同行者で一緒に旅をしたが、装丁家であることが判り、以後、彼の手を煩わせることになった。
彼を角川書店に引き合わせたのも私であり、以後、岸君は角川書店の歌集、句集の装丁の多くを手がけている。
不思議な縁というべきである。

「愛の寓意」

↑ 念のために最新刊の第二詩集『愛の寓意』(角川書店2010/11/30刊)の写真も出しておく。
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