FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201209<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201211
草弥の詩作品「一絲文守七言絶句に後水尾院和韻の十首」・・・・・・・・・・・木村草弥
800px-Eigen-ji_(Rinzai_temple)永源寺
↑ 永源寺
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


──<後水尾院>シリーズ──(24)

     一絲文守七言絶句に後水尾院和韻の十首・・・・・・・・・・・・木村草弥

年代は判らないが、一絲文守から投贈された七言絶句に対して、院は和歌でもって応えられた。
はじめに院の和歌を出し、その歌に対応する和尚の漢詩を出しておく。

      山陰道のかたはらに世捨人有、白茅を結びて住める事十年
      ばかりに成ぬ、かの庵に銘して桐江といふ、三公にもかへ
     ざる江山を望みては詩情の資となし、一鳥鳴かざる岑寂を
      あなまひては禅定を修し、すでに詩熟し禅熟せり、ここに
      十篇の金玉を連ねて投贈せらる、幽賞やまず翫味飽くこと
     なきあまりに、芳韻をけがしつたなき言葉をつづりて、是
      に報ふといふ、愧赧はなはだしきものならし


「世捨人」一絲文守のこと。「桐江」寛永九年に和尚が開いた庵の名、後の法常寺。
「愧赧」恥じて赤面する。

   うら山し思ひ入りけん山よりも深き心のおくの閑けさ(一〇二五)    

   「憶昔誅茅空翠間、隨縁幾度入人寰、而今悔識聖天子、減却生前一味間」 一絲文守

   いかでそのすめる尾上の松風に我も浮世の夢を醒さん(一〇二六)

   「遅日融々透短櫺、落梅埋尽読残経、春来殊覚?眠快、万岳松風喚不醒」 一絲文守

「すめる」は「住める」と「澄める」 に掛かる。
「浮世の夢」─本歌「年のあけて浮世の夢のさむべくは暮るともけふは厭はざらまし」(新古今・冬・慈円)

   思へこの身をうけながら法の道踏みも見ざらん人は人かは(一〇二七)

   「偏愛清閑養病身、簷山偃蹇四無隣、有時偶傍水頭立、痩影驚看似別人」 一絲文守

「法の道」─仏道。
 本歌「いつしかと君にと思ひし若菜をば法の道にぞけふは摘みつる」(拾遺・哀傷・村上天皇)
「踏みも見ざららん人」─仏道に入らない人。

   鶯も所得顔にいとふらん心をや鳴く人来(ひとく)人来と(一〇二八)

   「扶宗微志化為灰、杲日西傾麾不回、自恨卜居山甚浅、未流菜葉惹人来」 一絲文守

本歌「梅の花見にこそ来つれ鶯のひとくひとくと厭ひしもをる」(古今・俳諧歌・読人不知)
「所得顔」得意顔。「軒の忍ぞ、所得顔に青みわたれる」(源氏物語・橋姫)。
「人来人来」人が来た、人が来た。俗世との関わりを厭う和尚の気持に鶯も共感する。

   心して嵐もたたけとぢはてて物にまぎれぬ蓬生(よもぎふ)の門(一〇二九)

   「茶炉薪尽拾松葉、薬圃地空栽菜根、曾被世人奪幽興、会聴剥啄不開門」  一絲文守

「蓬生の門」蓬などが生い茂って荒れ果てた門。

   山里も春やへだてぬ雪間そふ柴の籬(まがき)の草青くして(一〇三〇)

   「痩骨峻?似鶴形、聊?薄?任頽齢、钁頭不用重添鉄、荒草遶門春転春」  一絲文守

「雪間そふ」 積雪の消えたところが増してくる。

   去年よりも今年やしげき雪おもる深山の杉の下折の声(一〇三一)

   「春浅巌房寒未軽、布団禅板適幽情、定中猶厭生柴火、彷彿秋虫霜後声」 一絲文守

参考「待つ人のふもとの道は絶えぬらん軒ばの杉に雪おもるなり」(新古今・冬・藤原定家)
   「松杉の下折れしままうづもれて岡を並らぶる雪の山中」(草根集)

   此国に伝へぬこそは恨なれ誰あらそはむ法の衣を(一〇三二)

   「人間得喪久忘機、古木陰中昼掩扉、定有諸方闡玄化、不妨寒涕湿麻衣」 一絲文守

参考「いにしへは思ひかけきや取り交しかく着んものと法の衣を」 (千載・雑中・藤原忠道)

   世にふるはさても思ふに何をかは人にもとめて身をば拳(かが)めむ(一〇三三)

   「白雲分与安禅榻、青草宜為座客氈、収得百年閑影迹、対人懶更竪空拳」 一絲文守

「身をば拳めむ」身を潜める。忍び隠れる。

   故郷に帰ればかはる色もなし花も見し花山も見し山(一〇三四)

   「透得閑名破利関、更無一物犯心顔、客来若問解何道、笑払巌花見遠山」  一絲文守

下句の対句表現は漢詩に唱和するという行為に触発されてのものか。
この一連は、一絲文守の漢詩の七言絶句の四句目末字に和韻するものである。

院の和歌の後の数字は『後水尾院御集』の和歌に付けられた歌番号である。

----------------------------------------------------------------------------
案の定、「記事を保存」をクリックすると、いくつかの漢字が「拒否」されたが、「?」になるだけで、全体の記事が消えることはなかったのは、よかった。
正しい原稿はマイドキュメントの文書ファイルに入っているので安心である。
一応「?」字になっている理由を説明しておいた。 昔のお坊さんは難しい字を使うものである。
歌番号1030の「?」のところの字は、前から
①山偏に「曾」の字。 ②「冫」(にすい)に「食」の字。 ③米偏に「参」の字の正字。 よろしく。



copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.