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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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虹消えて馬鹿らしきまで冬の鼻・・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤楸邨
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    虹消えて馬鹿らしきまで冬の鼻・・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

十二月になった。 何となく「せわしい」月である。別称「師走」については私の先年の記事を参照されたい。
「冬」という季節の概念は、歳時記では「立冬」(11月8日頃)から「立春」(2月4日頃)の前日までを言う。
太陽暦では、ほぼ11月、12月、1月に当たる。気象上からは12月、1月、2月ということになる。
また「九冬」という言葉があり、これは冬九旬、すなわち冬の90日間のことである。
「三冬」というのがあり、これは初冬、中冬、晩冬を表現する。
他に「玄冬」「玄帝」「黒帝」「冬帝」「冬将軍」というような言葉もある。

冬の気圧配置は西高東低型になることが多く、西に大陸高気圧、東に低気圧があって、寒い季節風が吹く。
太平洋側は乾燥して晴れ、日本海側は曇りや雪になる。
もちろん、それらがいろいろに変化して日本の冬の気象が形作られることになる。
寒さも一本調子というわけではなく、「寒」に入っても「三寒四温」という強弱の推移を辿ることになる。
『古今集』に

    山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば・・・・・・・源宗于

という歌があるが、「枯れてさびしい」「ものの終り」というのを表現しているものである。
なお、「冬」ふゆ、という呼び方の由来は「冷える」「ひゆ」から来ていると言われている。つまり、天気が悪くて「冷ゆる」ゆえ、とされている。
太陽暦で12月はじめという今の季節は「初冬」ということになる。「しょとう」とも「はつふゆ」とも訓(よ)まれる。
野山の枯れ色が目立ちはじめ、北国からは雪の便りが聞かれるようになる。
農作物の収穫はほぼ済み、冬になだれこんで行くような時である。
『夫木和歌抄』に

    冬されば野原もいとど霜がれてものさびしくもなりまさるかな・・・・・・藤原俊成

と詠まれる季節感である。
因みに申し上げておくと「冬されば」というのは「冬になれば」という意味である。
「冬」という言葉をめぐっては、まだまだ書きたいことがあるが、今日は、このくらいにして、「冬」ないしは「初冬」という季語を含んだ句を引いて終る。

 冬帝先づ日をなげかけて駒ケ嶽・・・・・・・・高浜虚子

 冬といふもの流れつぐ深山川・・・・・・・・飯田蛇笏

 何といふ淋しきところ宇治の冬・・・・・・・・星野立子

 中年や独語おどろく冬の坂・・・・・・・・西東三鬼

 鳥の名のわが名がわびし冬侘し・・・・・・・・三橋鷹女

 冬すでに路標にまがふ墓一基・・・・・・・・中村草田男

 冬青き松をいつしんに見るときあり・・・・・・・・石田波郷

 雉子鳴いて冬はしづかに軽井沢・・・・・・・・野見山朱鳥

 父母や椎樫の冬チカチカす・・・・・・・・森澄雄

 山河はや冬かがやきて位に即けり・・・・・・・・飯田龍太

 歳月やまた鉄骨の冬錆びて・・・・・・・・杉山岳陽

 海光を海にかへして冬の崖・・・・・・・・平井照敏

 初冬や庭木にかわく藁の音・・・・・・・・室生犀星

 初冬やシャベルの先の擦り切れて・・・・・・・・山口誓子

 初冬や行李の底の木綿縞・・・・・・・・細見綾子

 初冬や涙のごとき雲流れ・・・・・・・・岸秋渓子

 鳥たちに木の実の豪華冬はじまる・・・・・・・・八幡城太郎

 只の顔して冬のはじめのほとの神・・・・・・・・森澄雄

 初冬の浄土びかりす熊野灘・・・・・・・・・福田甲子雄

 冬はじめ捨つべきものを捨て始む・・・・・・・・三浦美知子

 母の彳つ高さを冬のはじめとす・・・・・・・・長谷川双魚

 初冬の海を鏡に子の読書・・・・・・・・原和子


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