白雨(ゆふだち)の隈しる蟻のいそぎかな・・・・・・・・・・・三井秋風
三井秋風は芭蕉と同時代の俳人。京都の富豪三井氏の一族で、洛西の鳴滝にあった別荘には、芭蕉らの文人が、よく往来したという。
いわゆる「旦那衆」パトロンという役回りと言えよう。
芭蕉が秋風を訪ねた時に残した一句に「梅白しきのふや鶴をぬすまれし」という中国の神仙趣味の句があり、高雅を旨とした交友関係が偲ばれる。
秋風には「柳短ク梅一輪竹門誰がために青き」のような、西山宗因の談林派の影響下にある初期の漢詩風の破調句から、
上に掲出した句のような、夕立に急いで物かげに逃げてゆく蟻を詠む、といった平明な蕉風に近い句まであって、
当時の俳諧一般の作風の変化の推移のあとまで見えて、興味ふかい。『近世俳句俳文集』に載る。
この句の冒頭の「白雨」ゆふだち、という訓み、は何とも情趣ふかいものである。
広重の江戸風景の版画に、夕立が来て、人々が大あわてで橋を渡る景がある。
これなどは、まさに白雨=夕立、の光景である。
もともとの意味は「白日」の昼間に、にわかに降る雨のことを「白雨」と称したのである。
こういうところに漢字の表記による奥深い表現を感じるのである。
以下、歳時記に載る蟻と夕立の句を引く。
ぢぢと啼く蝉草にある夕立かな・・・・・・・・・・・・高浜虚子
小夕立大夕立の頃も過ぎ・・・・・・・・・・・・高野素十
祖母山も傾山も夕立かな・・・・・・・・・・・・山口青邨
半天を白雨走りぬ石仏寺・・・・・・・・・・・・加藤楸邨
熱上る楢栗櫟夕立つ中・・・・・・・・・・・・石田波郷
夕立あと截られて鉄の匂ひをり・・・・・・・・・・・・楠本憲吉
蟻の道雲の峰よりつづきけん・・・・・・・・・・・・小林一茶
木蔭より総身赤き蟻出づる・・・・・・・・・・・・山口誓子
大蟻の雨をはじきて黒びかり・・・・・・・・・・・・・星野立子
夜も出づる蟻よ疲れは妻も負ふ・・・・・・・・・・・・大野林火
蟻殺すしんかんと青き天の下・・・・・・・・・・・・加藤楸邨
ひとの瞳の中の蟻蟻蟻蟻蟻・・・・・・・・・・・・富沢赤黄男
蟻の列ここより地下に入りゆけり・・・・・・・・・・・・山口波津女
蟻の列切れ目の蟻の叫びをり・・・・・・・・・・・・・中条明
蟻の道遺業はこごみ偲ぶもの・・・・・・・・・・・・・・雨宮昌吉
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