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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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西川勝『となりの認知症』・・・・・・・・・・・・木村草弥
認知症

──新・読書ノート──

     西川勝『となりの認知症』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・・ぷねうま舎2013/05/24刊・・・・・・・・

西川 勝とは、こういう人である。
1957年生まれ。
大阪大学コミュニケーションデザイン・センターター特任教授(看護・臨床哲学)
 在籍期間:2005年4月〜

【プロフィール】

2003年 大阪大学大学院文学研究科臨床哲学博士前期課程修了。

精神科病棟での見習い看護師を皮切りに、人工血液透析、老人介護施設と職場を移しつつ、二十数年にわたって臨床の現場での経験を積む。
その一方で、関西大学の二部、大阪大学大学院文学研究科にて哲学を学び、看護の実際に即してケアのあり方をめぐる哲学的考察をおこなう。
現在は「認知症ケア」に関わるコミュニケーションの研究・実践を進行中。

【主な著書】
『ためらいの看護』(岩波書店、2007年)

「哲学」では、鷲田清一の弟子を自称する。現に哲学は鷲田に習った。
いま流行りの「認知症」だが、認知症の患者との付き合い方は、今も手探りというのが実情である。
この本のカバー裏に、こう書かれている。

   <答えのかえってこない、“しじま”と向き合って、
    どうすれば関係をつくれるのでしょう。
    舞踊の実験(とつとつダンス)をはじめ、
    “老い人”や若者たちとの共働によって、
    沈黙に豊穣な匂いと音を聴き分ける方法を探ります。
    私たち自身が変わる──「となり」に居る苦しさを、
    終幕ではなく、新しい経験の場にするために。
    看護・介護の現場での二十数年におよぶ経験を踏まえて、
    “その人”に寄り添うとはどういうことかを考えます。>

各章ごとに、唐仁原教久さんの爽やかな装画が入る読みやすい本である。

各章のタイトルを引いておこう。

序章 となりの認知症
第一章 木陰で老い人の不思議な語りを聴く
第二章 とつとつダンス
第三章 「伝わらない」ことの魅力
第四章 介護は感情労働?

この本の「あとがき」を引いておく。
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   あとがき
思いがけないかたちで、ここ数年に書いた文章や話したことが本にな
りました。ぼくの最初の本、「ためらいの看護——臨床日誌から』(岩波書
店、二〇〇七年)の編集を担当してくださった中川和夫(ぷねうま舎)さんに、再
びお世話になりました。ありがとうございます。
本のタイトルになった「となりの認知症」は、共同通信社の岩川洋成
さんの提案でした。二十数社の地方紙が「となりの認知症」を連載して
くださって、多くの人に読んでもらうことができた文章です。ぼくを臨
床哲学に誘い入れてくれた鷲田清一さんの記事を岩川さんが担当してい
て、認知症ケアを考えていたぼくのことを聞いてインタビュ—にきてく
れたことが連載のきっかけでした。

ぼくが大学の教員になって九年目になります。看護師として働いてい
たときとは違って、いろんな人と一緒に認知症と呼ばれる人とつき合う
ようになりました。そして、つくづく思うのは「認知症」を医療や介護
の狭い世界で考えることの空しさです。いま、大学では「認知症コミュ
ニケーシヨン」という授業を担当していますが、受講生のほとんどは
「認知症」に職業的にかかわることのない人たちです。隔週で三時間の
授業を行い、認知症にまつわるテ—マをじっくりと対話しています。
公開講座として一般の人にも参加してもらっているので、受講生の年
齢は広範囲にわたります。大学院生が自分の祖父や祖母と同じぐらいの
社会人と、夜の九時頃まで話し込んでいるのです。授業は、いつも話し
足りないという熱気に包まれます。簡単にはわからない「老い」や「認
知症」の課題だからこそ、考えたいし、話し合いたいのです。
「とつとつダンス」を機緣に、砂連尾理さんと一緒に活動することが
増えました。特別養護老人ホ—ム「グレイスヴィルまいづる」は、施設
長の淡路由紀子さんの理解と支援によって、老人介護とは直接関係のな
さそうな「シリ—ズとつとつ」を継続して展開しています。ダンスや、人
類学に興味を持った若者たちが、高歸者施設に集まって きます。そこで
は、要介護高齢者や認知症と呼ばれる人は、ケアの「対象」ではありま
せん。一緒に何かをする仲間になっているのです。
ダンスがうまくできるか、できないか。人類学の話がわかるか、わか
らないか。そんな評価をすることは、一緒に楽しむことのすばらしさに
よって無用のことになります。それぞれの人が、それぞれのままで、一
緒にいること。自分のとなりは、自分ではない人のためにあけておく。
この当たり前のことが、「認知症」と呼ばれる人と、その人と一緒に生
きていく人との希望につながると信じています。
二〇一三年四月 西川勝

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私が日頃お世話になっている稲田京子さんは、昨年末に「ケア・マネージャー」の国家資格を取得され、開業に向けて準備中であるが、
私からの開業祝代りに本書を進呈するものである。
因みに、この資格の正式名称は「介護支援専門員」というが、介護保険の要介護者の「介護度」を認定して必要な措置を講ずる役目である。
この試験は難しくて合格率は20%というもので難関である。「ケア・マネ」として、京子さん、おきばり下さい。




ねそびれてよき月夜なり青葉木莵森かへてまた声をほそめぬ・・・・・・・・・・・・・穂積忠
oaobazukuあおばずく

    ねそびれてよき月夜なり青葉木莵(あをばづく)
       森かへてまた声をほそめぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・穂積忠


アオバズクは梟の一種で、鳩くらいの大きさ。「ほうほう」と二声づつ含みのある調子で鳴く。
オーストラリア辺りから渡ってくる夏の渡り鳥だという。

夏の、よい月の夜、寝そびれて、ふと聞きとめた青葉木莵の声。
途絶えたと思うと、思いがけない方角の森で、また鳴きはじめた。
声を細めて鳴きはじめるのが何とも言えず、ゆかしい感じがする。
引き込まれてアオバズクの声を追っている気持が「森かへて」や「声をほそめぬ」によく表れている。
鳥声に心もいつか澄んでゆく。

穂積忠は明治34年静岡県の伊豆に生まれ、昭和29年に没した。教育者だった。
中学時代から北原白秋に師事したが、国学院大学で折口信夫(釈迢空)に学んで傾倒、歌にもその影響が見られる。
昭和14年刊『雪祭』所載。

アオバズクは四月下旬頃に南方から飛来し、都市近郊の社寺などの森に棲んで5、6月頃に産卵、十月頃南方に帰る、という。
そして夜間に活動して、虫や小鳥、蛙などを食うらしい。名前の由来は、青葉の森の茂みの暗がりと声の感じがよく合って、この命名となったものか。
俳句にも、よく詠まれる題材で、少し句を引いてみる。

 こくげんをたがへず夜々の青葉木莵・・・・・・・・・・・・飯田蛇笏

 夫(つま)恋へば吾に死ねよと青葉木莵・・・・・・・・・・・・橋本多佳子

 青葉木莵月ありといへる声の後・・・・・・・・・・・・水原秋桜子

 青葉木莵さめて片寝の腕しびれ・・・・・・・・・・・・篠田悌二郎

 眠れざる者は聞けよと青葉木莵・・・・・・・・・・・・相生垣瓜人

 青葉木莵おのれ恃めと夜の高処・・・・・・・・・・・・文挟夫佐恵

 五七五七と長歌は長し青葉木莵・・・・・・・・・・・・高柳重信

 青葉木莵産着のかたち縫ひ急ぐ・・・・・・・・・・・・杉山岳陽

 青葉木莵次の一語を待たれをり・・・・・・・・・・・・丸山哲郎

 考えを打ち切る青葉木莵が鳴く・・・・・・・・・・・・宇多喜代子

 眼を閉ぢてさらに濃き闇青葉木莵・・・・・・・・・・・・山口速

 うつぶせに寝る癖いまも青葉木莵・・・・・・・・・・・・石川美佐子

 青葉木莵遠流百首を諳じる・・・・・・・・・・・・野沢晴子

 青葉木莵夜もポンプをこき使ふ・・・・・・・・・・・・鷹羽狩行

 青葉木莵木椅子を森の中ほどに・・・・・・・・・・・・井上雪


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