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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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中西弘貴詩集『厨房に棲む異人たち』・・・・・・・・・・木村草弥
中西_NEW

──新・読書ノート──

     中西弘貴詩集『厨房に棲む異人たち』・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・編集工房ノア2015/10/15刊・・・・・・

この本は中西弘貴の第六詩集になる。
中西氏は1942年京都市生まれ。 詩誌「座」同人。 日本現代詩人会会員。
既刊詩集に『消息』 『水獄』 『花街』 『虫の居所』 『飲食』 (第19回富田砕花賞受賞) がある。 現在、京都府城陽市在住。
同氏については、このブログに『飲食』『虫の居所』で書いたことがあるので ← 参照されたい。

この本の「あとがき」に、こう書かれている。

   < あとがき

       食事をしに
       とおくへゆく

  私の初めての詩集『消息』に収載した「過客」という詩の冒頭の詩行です。
  人ひとり、この世を生きていくということは、食事をしに遠くへ行くこと──。その思
  いに若い日の私の生への不安と決意があったように思います。この食べることと旅のイメ
  ージは前詩集『飲食』に結実したのですが、私にとって食べるということ〈飲食〉は、さ
  らに、働くということ〈労働〉とも強く結び付きます。
  この度の詩集は、厨房の用具そのものの形状や機能をモチ—フとして、働くこと〈労
  働〉を詩化しようとしたものです。
作品「塔」はその主題からは外れたものですが、「過
  客」の二行に呼応するものとして巻末に置きました。
  古風の香りが立ち昇ることを希って、今回も編集工房ノアの涸沢純平さんに託しました。  >

下線を引いた部分は、私が引いたものである。

ここには、この詩集の性格を的確に、簡潔に書かれている。 敢えて最初に引いた所以である。
この詩集の「目次」を開くと24の詩の「見出し」が出ている。
「厨房」「薬缶」「笊」「焜炉」「鍋」「落し蓋」「杓子」・・・・・などという具合である。
先に上梓された詩集『飲食』─おんじき、と呉音で訓む─に引き続いて、中西氏の拘りのテーマという訳である。
作品は、いずれも短いもので、一篇の詩は見開き2ページに収まる長さである。
以下そのうちのいくつかを引く。
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     下し金

   小なりといえども
   肩いからせて
   いちめん
   刃の目を立て
   武骨を張っての渡世でありますれば
   接するに
   傷受けぬよう
   ちょっとばかりの覚悟を要しますぞ
   身体だけを貸す身なれど
   水平を拒み
   垂直を嫌う性格だから
   傾斜の角度を加減しつつ
   観念して
   自身の体重をかけ
   圧力と速力を加えていくとよい

   言っとくが
   言い分は一切聴かぬ
   過去をまるごとすり下すのみ


       

        オソロシイノデス
        罪ヲ重ネテイルヨウデ

   身震いの毎日です
   身を震わせると
   わたしの身体を通して
   落ちていくもの
   残るもの
   勝手に選別されて
   もとよりわたしに
   選り分けの意志はないから
   落ちていったもの 残ったもの
   それぞれの行く末は
   知らない
   だれが定めたのか
   身を震わせるしか
   生業は無いのだから
   身震いを続けるほかありません



        

   木塊を
   刳る
   底部にむかって
   まるみを帯びて
   湾曲すること

   刳られて
   極度まで耐えて
   さいごのところで
   押し返す
   椀のかたちは
   ひと掬いの粥に托された
   ほのかな熱さを
   木肌から
   両掌に通わせる
   羞恥を含んだ
   思いの深さ




        

   若い時分は
   身体を張って
   粋がってもみた

   担がれて
   揺すられて
   怖い目に逢ったこと
   一度ならず

   あの女への
   千の思いを漬け込んで
   悶々念々

   いまはなに
   締め上げる箍も緩んで
   凄みに欠けるって
   てやんでい
   その分思處は深くなったさ
   薄暗い厨房の片隅で
   こうして
   水を満たして
   出入りの機を窺っている

   なんじゅうねん
   黙然と

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現代詩は、もっぱら「比喩」で成り立つものである。
同氏の作品の場合も「厨房」の器具に仮託して、同氏の心情を「盛った」ものである。
例えば、最後に引いた「桶」の詩句を読み直してもらいたい。

   若い時分は
   身体を張って
   粋がってもみた

   担がれて
   揺すられて
   怖い目に逢ったこと
   一度ならず

   あの女への
   千の思いを漬け込んで
   悶々念々

など、お見事な「喩」の成果である。
中西氏は多芸の人で、掲出した画像にも見られる「カット画」は、同氏の手になるものである。
掲出画像でも読み取れる「帯」文も、この本の中身を旨く要約し得ている。
多くの方々に広く読まれることを期待して、ご恵贈に感謝して、この紹介を終わる。有難うございました。


終末に向き合ふものの愛しさかハル・メギドの野は花に満ちたり・・・・・・・・・・・木村草弥
anemone2.jpg

──イスラエル紀行(3)──

       終末に向き合ふものの愛(かな)しさか
        ハル・メギドの野は花に満ちたり・・・・・・・・・・・木村草弥


はじめに「ハル・メギド」の野ということについて少し説明しておく。
新約聖書の「ヨハネの黙示録」に「ハルマゲドン」の最終戦争、というようなくだりがあり、一般人にも、このハルマゲドンという言葉が知られるようになったのは、
サリン撒布事件などを起した麻原一派の恣意的な解釈、からである。
聖書の中の、この記述は邪悪な悪魔と、正しい信仰ないしは正しい人生との戦いを言ったものであり、本来的に「ハルマゲドン」とはイスラエルにある地名である。
紀元前何世紀かの戦場跡と言われている。現地の発音に忠実にいうと「ハル・メギド」と言うのが正しい。
「ハル」とは「丘」の意味である。今は草花の咲く草原である。


イスラエルで売られる本には、そのハル・メギドの草原の写真が載っている。
掲出の写真①はアネモネ属の花で、イスラエルでは、アネモネは「国花」になっている。
春になると野原一面に咲くアネモネ。
赤・白・黄色・紫・ピンク・青と、さまざまな美しい色で、気持ちを明るくさせてくれる。
イスラエルに行く機会のある人は、是非この季節のアネモネの一群を見てもらいたいものだ。

麻原一派の事件が起こった時、私は、すでにこういういきさつは知っていたので、こんな歌を作った。
第二歌集『嘉木』(角川書店)に載.る。

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   ハルマゲドンそは丘の名と知らざるや世紀末なる憂愁深く

   くるふ世とみな言ふべけれ僧兵が毒液ふりまく擾乱(ぜうらん)なれば

   ハルマゲドンかの丘原に展(ひら)けしは「たましひ救へ」の啓示ならずや


はじめに 掲出の歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載せたもので、自選60首にも採っているのでWeb上でもご覧いただける。
top野の花④

イスラエルという土地は旧約聖書などを読んでも、昔から、川の流れる流域以外は砂漠の不毛の地だったらしい。
今でも農耕が行なわれ豊穣の土地と言われるのは「約束の地」と呼ばれる限られた地域だけである。
その風土的な極端な特徴がユダヤ教などの宗教が発生する精神的なものの基礎を形成したことは確かである。
だから、当然、その肥沃な土地をめぐる争奪戦が繰り返されたのも理解出来よう。
百聞は一見に如かず、であり、本で読んで知っていても、実際に現地を見てみると、十全に理解できる。
私は2000年5月に訪問して、このことをはっきりと知ったのである。
かの地ハル・メギドの野に咲く花のいくつかを写真にして掲出するが、詳しくは私は知らない。

irishanita3.jpg
ハニタのアイリスという草花

私は、掲出した、この歌で「終末に向き合ふものの愛(かな)しさかーー」と呼びかけたが、
これには聖書の「ハルマゲドン」の記述や西洋のキリスト教会で見られるタペストリーの絵解き物語を踏まえている。
「哀しさ」「悲しさ」とは、私は言っていない。「愛(かな)しさ」と言っている。この言葉は「いとしさ」と言い換えてもよい。
その表現の中に、私は未来に対する希望を盛ったのである。
あと二、三イスラエルの野の花を載せておく。

karumerit1.jpg
カルメラ

marganit1.jpg
ルリハコベ属の花

現地イスラエルに行くと、この歌の背景の豊穣の土地を外れると、砂ばかりの不毛の地が続く。
同じ歌集に載る私の歌の

   断念を繰り返しつつ生きゐるか左に死海、右にユダの沙(すな)

ガリラヤ湖周辺の肥沃な地を離れて、ヨルダン川沿いに南下してゆくと、上の歌のような風景が現出する。
ユダ沙漠は広大なもので、この沙漠を越えて西に行ったところにエルサレムの街がある。エルサレムの街は、東から入るにしても西から入るにしても、うねうねとした道を延々と登り下りした高い丘の上にある。
旧市街は高い城壁に囲まれている。新市街は、その城壁の外に広がっている。

   あたらしき千年紀(ミレニアム)に継ぐ風景は?パソコンカフェのメールひそかに

同じ歌集に載る私の歌のひとつである。ここにも私の問いかけと願いをこめてあるのは、勿論である。
イスラエル紀行の歌は、歌集に載せたものだけでも80首を越えるが、いずれも愛着のあるものだが、今日は、この辺でくぎりにする。




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