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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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白菖蒲過去なくて人生きられず・・・・・・・・・・・・・・稲垣きくの
img_203065_50018109_9白菖蒲

     白菖蒲過去なくて人生きられず・・・・・・・・・・・・・・稲垣きくの

「花菖蒲」はアヤメ科の多年草。「ノハナショウブ」の栽培変種で、観賞用に水辺・湿地に栽培され、品種が多い。
先日、カキツバタについて書いたところで、それらの違いについて触れておいた。
江戸時代から多数の品種が作られ、広く栽培されて、菖蒲園には愛好家がつめかけたという。
hanasyobu1429ss菖蒲田本命③

hanasyobu1418ss菖蒲田本命④

先日、カキツバタのことを載せたBLOGで、関連として菖蒲あやめのことを書いたところで、菖蒲は6月にならないと咲かないと言ったが、これは間違いで、
5月中旬からそろそろ咲き始めるということである。
菖蒲田が満開になり田一面が花で埋まるのが5月下旬から6月上旬にかけてのことである。
私の住む辺りでは豊富な地下水を利用して各種の花卉栽培が盛んだが、5月中旬には「菖蒲まつり」が開催され、来会者に花菖蒲3本づつがプレゼントとして配られるという。
掲出する写真はいずれも菖蒲あやめである。色や柄もいろいろのものがある。私などは、やはり紫色が好きだが、これは各人の好みだろう。
hanasyobu1468ss菖蒲田本命②

私より二つほど年長の花卉栽培専業農家の人が居て、先日の端午の節句には菖蒲をたくさん戴いた。
これは露地のものではなく、ビニールハウスによる促成栽培のものである。
栽培農家としては蕾のうちに出荷し、花屋ないしは消費者の手元についてから花が開くようにするのが普通であるので、
私の方に戴いたのも、もちろん蕾のものであった。花が開いてからは開花期は短く二日ほどで萎れてしまう。
こういう端午の節句の菖蒲とか、お盆の蓮の花とかいう、期日の決まったものは期日に合せて出荷しなくてはならず、それまで花を保存するために
「冷蔵庫」を設置するなど多くの投資が必要である。
一時的に花を切る必要があるので、その時は臨時に人を増やして雇うこともあり、なかなか端(はた)から見て羨むほど楽な仕事ではないらしい。
こういう一時的な需要の集中する花は、その日が過ぎると、とたんに花の相場は大きく下がるのである。
この辺に農家としても経営的な手腕が求められるのである。
hanash花菖蒲

俳句にもたくさん詠まれているが少し引いておきたい。

 夜蛙の声となりゆく菖蒲かな・・・・・・・・水原秋桜子

 花菖蒲ただしく水にうつりけり・・・・・・・・久保田万太郎

 花菖蒲紫紺まひるは音もなし・・・・・・・・中島斌雄

 雨どどと白し菖蒲の花びらに・・・・・・・・山口青邨

 菖蒲剪つて盗みめくなり夕日射・・・・・・・・石田波郷

 菖蒲見に淋しき夫婦行きにけり・・・・・・・・野村喜舟

 黄菖蒲の黄の映る水平らかに・・・・・・・・池内たけし

 花菖蒲ゆれかはし風去りにけり・・・・・・・・高野素十

 菖蒲髪して一人なる身の軽さ・・・・・・・・田畑美穂女

 京へつくまでに暮れけりあやめぐさ・・・・・・・・田中裕明

 花菖蒲水のおもてにこころ置く・・・・・・・・加納染人

 白菖蒲空よりも地の明るき日・・・・・・・・中村路子

 ほぐれそめ翳知りそめし白菖蒲・・・・・・・・林翔

 咲きそめて白は神慮の花菖蒲・・・・・・・・藤岡筑邨

 てぬぐひの如く大きく花菖蒲・・・・・・・・岸本尚毅

 花菖蒲どんどん剪つてくれにけり・・・・・・・・石田郷子

 菖蒲田のもの憂き花の高さかな・・・・・・・・糸屋和恵
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「菖蒲しょうぶ」と「あやめ」は厳密には区別されているらしい。
アヤメは野生のものを指し、菖蒲は栽培種を指すらしい。「属」が同じものか違うのか、などは判らない。一応お断りしておく。



栗咲くと森のいきものなまめける・・・・・・・・・・・・・・・能村登四郎
kuri2栗の雄花

     栗咲くと森のいきものなまめける・・・・・・・・・・・・・・・能村登四郎

栗の花が濃艶に匂う頃となった。
私の歌にも、こんなのがある。

     をとこにて栗の花咲く樹下にゐる鬱情の香の満つる真昼を・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。

「栗の花」というと少し説明が必要だろう。
栗の花は、ちょうど男性のスペルマの臭いと同じ香りを発する。だから栗の花というと、文学的には「精液」あるいは「性」の暗喩として使われることが多い。
栗の花が咲くのは梅雨前のむせかえるような時期で、男性のスペルマのような特有の青臭い臭いを甘たるくしたような臭いは、嗅いだ人でないと理解できないかも知れない。
だから、私の歌も、そういう「喩」を前提にした歌作りになっている。この歌の収録される項目の名が「フェロモン」というのから察してもらいたい。
掲出した能村登四郎の句も、同様な「喩」を含んでいるのである。

写真②は図鑑から拝借したものだが、雄花と雌花を一緒に見ることが出来る。字で説明してあるのでわかり易い。雌花の棘のようなものが、のちに栗のイガになる。
kuli2栗の花

栗咲くと面のすさぶ翁かな・・・・・・・・飯島晴子

栗咲く香血を喀く前もその後も・・・・・・・石田波郷

栗の花ふり乱すなり多佳子の忌・・・・・・・・平畑静塔

栗の花ねつとりと粥噴きこぼれ・・・・・・・・橋間石

まどろめばあの世の栗の花匂ふ・・・・・・・・滝春一

ここに引用した五つの句などは、掲出句とともに、先に書いた「栗の花」の意味する「喩」のイメージで作られていることは、間違いない。
このような「イメージ」「喩」については西欧文学でも同じことであって、向うでは、もっと徹底していて、それらを「イメージ小辞典」として一冊の本にまとめられていたりする。

以下、栗の花を詠んだ句を引いて終わる。

 栗の花脚の長さは尚ほ仔馬・・・・・・・・中村草田男

 栗咲けりピストル型の犬の陰(ほと)・・・・・・・・西東三鬼

 ゴルゴダの曇りの如し栗の花・・・・・・・・平畑静塔

 赤ん坊に少年の相栗の花・・・・・・・・沢木欣一

 花栗のちからかぎりに夜もにほふ・・・・・・・・飯田龍太

 栗の花匂ふとき死はみにくいもの・・・・・・・・桂信子

 栗咲く香この青空に隙間欲し・・・・・・・・鷲谷七菜子

 中年や栗の花咲く下を過ぐ・・・・・・・・神蔵器

 栗の花より栗の実がうまれけり・・・・・・・・平井照敏

 父いまもゴッホを愛し栗の花・・・・・・・・皆吉司

 老人に花栗の香の厚みかな・・・・・・・・橋本郁子



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