K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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京都府宇治田原町・正寿院に詣る・・・・・・木村草弥
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 ↑ 正寿院 新築の「客殿」外観
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 ↑ 正寿院 「客殿」内部 (ただし、この写真は天井画を嵌め込まれる前のもの。ご了承を)
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 ↑ 「猪目窓」─ハート形をしているとして若い女の子に人気
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↑ 「猪目窓」いわれの説明
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↑ 快慶作の不動明王 (奈良の博物館に寄託中)

      京都府宇治田原町・正寿院に詣る・・・・・・・・・・・・木村草弥

テレビで見て印象深かったので、﨑川君を誘って見に出かけた。
新「格天井画」の客殿の建物は新しくて、四月中旬の春大祭に合わせて一般公開される予定らしいが、見ることは出来た。 
大阪芸術大学の教員や学生などの執筆で、ネット上でも見られる。 → 正寿院「格天井画」
本堂の江戸度時代の天井画は、ちょうど檀家の法事があったので見られなかった。これもネットで見ることが出来る。

正寿院(しょうじゅいん)とは、こういう寺である。  ↓ Wikipedia─正寿院

高野山真言宗 慈眼山「正寿院」は、琵琶湖を一望でき、大和の大峰山に対し北大峰と称され栄えた霊山である鷲峰山の麓にある。
717年に建立された医王教寺の塔頭寺院として建立されたと言われているが、創建年は不詳である。
資料として残っているのは、慶長年間に祐胤大徳が再興されたとある。「不動明王坐像」は鎌倉時代初期 快慶 の作で、国の重要文化財である。
快慶は東大寺南大門にある阿吽像、高野山金剛峯寺にある孔雀明王、醍醐寺にある不動明王などを造像した名匠である。
正寿院像は、とても力強く、姿が若々しく、眼が玉眼で左右の眼に動きがあるのが特徴である。
また東大寺、興福寺、法隆寺に次ぐ大寺で、現存しない幻の大寺「内山永久寺」(跡地は天理市)の関係遺宝であるとされ、歴史上においても貴重な像である。

玄関先では樹齢300年を超える「サルスベリ」がお迎えする。
行事は2月節分星祭り、4月春の大祭・正御影供、毎月28日は縁日護摩、毎月第二土曜日は阿字観がある。

所在地 宇治田原町奥山田川上149
電話   0774-88-3601

交通アクセス
国道307号奥山田大杉トンネル先100m 旧奥山田小学校付近、奥山田会館手前の宮垣外交差点を右折し、約1km道なり右手山側(宇治田原側から)にある。

ホームページ
http://shoujuin.boo.jp/(外部リンク)

こんなサイトもあるのでアクセスされたし。「猪目窓」や縁起物ものなどを授かることが出来る。   → 「marryのサイト」
夏には「風鈴まつり」なども催される。 このサイトなどもいい案内になる。 → 「たまやんの独り気ままな神仏巡り!」
新規に投稿された。 →  公開された「天井画」のいくつかが見られる。





Post Coitus 不思議な店のマスターは至つて無口シェイカーを振る・・・・・永田和宏
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 ↑ 精子の電子顕微鏡画像

        ■Post Coitus 不思議な店のマスターは
                   至つて無口シェイカーを振る・・・・・・・・・・・・永田和宏


この歌に引き続いて

     受精後と読むは科学者 性交ののちと言ふとももとより可なり

     よろこびか哀しみか然(さ)あれ受精とは精子を迎へ容れること


と続いている。 これらの一連は角川書店「短歌」誌2015年一月号に載るものである。
ご存じのように永田は細胞生物学者で、京都大学を経て、目下、京都産業大学教授である。
有名な歌人・亡河野裕子の夫である。 Wikipedia─永田和宏

この歌の出だしのラテン語「Post Coitus」というのも、いかにも学者らしい、ディレッタントなもので、私などは、こういう知的な「言葉遊び」に微笑む。
実際に、こんな名前のバーがあるのかどうか、も私には判りかねるし、フィクションとして捉えるのが、むしろ面白い、と言える。

つづいて、こんな歌が見つかったので引いてみる。

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       ■はなたれてちぢむペニスよこのあした
                <東大教授>もパンツを脱いで・・・・・・・・・・・坂井修一


この歌の作者はコンピュータ学を専攻する東大教授であり、かつ歌人である。
この歌には詞書「朝風呂」と振られており、かつ「11/9」という日付がついている。
この歌は歌集『亀のピカソ─短歌日記2013』に収録されているものだが、初出は、ふらんす堂のホームページに「短歌日記」という一年間の連作のシリーズとして掲載されたものである。
これらは、もちろん「歌」作品であるから、フィクションとして捉えるべきであろう。
朝風呂でなく夜の風呂だったかも知れないが、詩的真実=リアリティ、として呈示されていると理解すべきである。
しかし「東大教授」という地位に居る人物の歌だからこそ、そして坂井修一という知の巨人の背景がわかるからこそ面白いのである。

彼の経歴について、Wikipdiaを引いておく。   ↓

坂井 修一(さかい しゅういち、1958年11月1日)は日本の歌人、情報工学者、東京大学教授。愛媛県出身。
短歌結社「かりん」に所属し馬場あき子に師事。科学者としての視点を生かしながら人間的な振幅を示す表現が特徴。現在、現代歌人協会理事。また、工学の分野でも活躍し、電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)に勤務していたときに、汎用性があるという意味で世界初といわれている高並列データ駆動計算機「EM-4」の開発に参加する。その後マサチューセッツ工科大学に学び、筑波大学助教授、東京大学工学部助教授、情報理工学系研究科教授。情報処理学会フェロー、電子情報通信学会フェロー、日本学術会議連携会員でもある。
妻は同じく歌人の米川千嘉子。

こんな歌は、どうだろうか。

海図

      ■断食(ラマダン)を正しく守る前相撲
                 大砂嵐はエジプト人なり・・・・・・・・・・・三井修


この歌は歌集『海図』に載るものである。 三井修氏は、私がいろいろお世話になっている人である。
角川「短歌」誌2015年一月号に載る巻頭・特集の文章によると、

<大砂嵐の本名は アブダラハム・アラー・エルディン・モハメッド・アハマッド・シャラーン。
 四股名・大砂嵐は、本名に因んで、砂=シャ、嵐=ラン、から付けたというのは本当か。>

と書かれている。 私も真偽のほどは判らないが、相撲部屋の親方が、上のようなことで付けたとすれば、極めて愉快である。
その彼も今や幕内力士の中堅として活躍している。
私も注目する一人である。
本名を見ると、イスラム教でも、キリスト教と同様に、ミドルネームに聖人などの名前を連ねるらしい。
三井修氏は東京外国語大学でアラビア語を専攻され、商社で何度も中東の地に駐在員として活躍された人であり、中東研究の第一人者である。  Wikipedia─三井修
歌集『海図』については、このブログで先年に紹介した。

今日は、現在、トップを走る歌人たち三人の「言葉遊び」と私が呼ぶ歌を引いて、書いてみた。 いかがだろうか。


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