K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201704<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201706
和合亮一詩集『詩の礫 起承転転』『廃炉詩篇』・・・・木村草弥
和合②
↑ 徳間書店2013/03/11刊
和合①
 ↑ オンデマンド思潮社2013/04/01刊(販売Amazonのみ)

──新・読書ノート──(再掲載)初出2013/05/03

     和合亮一詩集『詩の礫 起承転転』『廃炉詩篇』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
        
img_1511484_61085400_0和合亮一
 ↑ 和合亮一

東日本大震災・大津波から丸六年が経った。 今日は「フクシマ」の惨禍の意味するものは何だったのか、振り返る意味で、これを「再掲載」しておく。了承されたい。

先にも採り上げたことがあるが、和合亮一は福島の地にあって、福島原発の爆発事故の直後から、ツイッターを駆使して詩を発信して、
現地のなまなましい現実を送信して、放射能の危機を世界に訴え続けてきた。
それは、こんな呟きから始まった。

   <放射能が降っています。 静かな夜です。>

2011年3月16日のツイートから二年。 原発事故は収束したか、福島は変わったか。
この国は刻まれた痛みを忘れてはいないか───。

『詩の礫 起承転転』は、2011年に発表した『詩の礫』の続編であって、未だ事態は解決していないので、<起承転結>ならぬ『詩の礫 起承転転』と題してある。
『廃炉詩篇』は、廃炉を訴える詩7篇を収めたものである。いずれも「朝日新聞」や「現代詩手帖」に発表されたものが再録されている。
この本は図版をよく見ていただくと判るが、吉増剛造の写真を天地逆に配置してある。
彼とは和合亮一が詩人として駆け出しの頃に福島の地に招いて講演をしてもらったりして以来の親しい仲だという。
大地震、大津波という天地がひっくり返った災難が起こったのに因んで、写真を逆にした演出は的確である。
『詩の礫 起承転転』の画像を、よく読んでもらいたい。
<いいのか なかったことに されちまうぞ。>
<俺たちはやはり 再びの 時間の稼働を 認めてしまうのだろうか>
と、なしくずしの原発の再稼働その他の動きを、世人に強く訴えて、無関心の進行に警鐘を鳴らしているのである。
とかく詩人や文化人というのは、権力者や世の中の多数に対して、反対のポーズを採るのを文学的と錯覚する風潮がある。
岡井隆の、歌集『ウランと白鳥』以来の「原発は悪くない」とか、死んだ吉本隆明の同様の発言とか、がそうである。
またオウム真理教‎の事件─1984年(昭和59年)、麻原彰晃(本名・松本智津夫)たちの起こした「サリン」を使った一連の殺人を含む騒動に際しても、
岡井隆のエピゴーネンたちの、当時オウム真理教のスポークスマンだった「上祐さ~ん」という短歌の発表なども、私の記憶に生々しい。
日本人の大多数のコンセンサスと良識を逆なでするような、茶化すようなポーズは、人々の反感と憤りを買ったものであった。
知らない人のために少し書いておく。
岡井隆の歌集『ウランと白鳥』という奇妙な題名の由来は、こういうことである。
もう、ずっと前だが、岡井は電力会社か電気事業連合会かの誘いで原発の視察に出かけた。その近くに白鳥の飛来地があったというわけである。
これで判るように、彼は、その頃から電力会社の金で視察をし、彼らの言う通りの「支持者」となったのである。
だから原発爆発事故の今となっても、先に書いたような言動になっているということである。
「原子力発電所」というものが、ポツンとオブジェのように存在するのではないのだ。
人間は間違いを犯すものであり、その人間が作った原子力発電というシステムが暴走したのである。
私は、岡井隆や吉本隆明の思想ないしはポーズを断じて認めるわけには行かないことを、ここに断言しておく。
岡井隆に至っては、かつては左翼の闘士のような態度を取りながら、今や宮中の歌会始の選者や宮内庁御用掛を務めて皇族に歌の指導をしているらしいが、
何らかの世俗的栄誉の恩典に預かろうとする魂胆が見え見えである。
文学作品と、それを書いた作者の世界観とは切り離せないものである。日本では、とかく、それらが軽視されるのが残念である。

少し話が脱線するが、吉本隆明のことだが、彼が死んでから一年ということで記事が出たりしたが、今になってくると彼の言についての「負」の話が出てきている。
彼は原書が読めなかったので、すべて翻訳書に頼っている。
日本では注目すべき哲学者として扱われていたので、フーコー、ガタリ、イリイチ、ボードリアルなどが吉本と逢っている。
当然、会話も出来ないだろう。
フーコーとは往復書簡をやりとりする約束になったが、議論は生産的には進まなかった、という。
ヨーロッパのインテリは、母国語のほかに二か国語は読み書きできるのが普通である。つまり英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語などのことである。
それらが出来ないということになれば、向こうの連中には先ず尊敬はされないだろう。インテリとは認められない。
また彼の歴史的な内容を基盤にした著書も、さまざまの時代の事象や言説を、その時代の歴史的事情を考慮せず超時代的にまとめたものが多いと言われる。
また彼は批判に対して過剰なまでに反応して罵倒に至ることもしばしばだったという。
つまりダイアローグないしはデイスカッションではなく、ディベートに終始して、相手を言い負かすことに執心した、と今になると言われだした。
一種のデマゴギーというべきだろう。当時、私が何となく「うさん臭い」と感じていたことが、彼の死後いっきに明るみに出てきたという感じである。閑話休題。

ネット上の「産経ニュース」で彼・和合は、こう語っている。

福島 起承転転(中)詩人・和合亮一 怒り鎮める鬼の踊り
2013.3.20 03:39

<〈私は ある詩人に こんなふうに叱られた 「あなたは黙ることを知らない 困った詩人だね」 それは 違うよ 詩人さん 黙っているのは この目の前の世界なのさ 何も語らないのは ほら 数字だけ 0.912(平成24年5月27日)〉

 --震災後の活動や詩が詩壇の一部で厳しい批判にさらされた。新刊「詩の礫(つぶて) 起承転転」には、そうした批判に対する思いが率直につづられています

 和合 (厳しい声には)やはり傷つきました。これまで20年間、ずっと仲良くしてくれていた先輩が離れていったり、詩を書くことを応援してくれた大学の後輩や飲み友達の中にも離れていく人がいたり。孤独も深くなる。自分の行動は間違っているのか? 同じことを続けることが逆に福島を見つめたくないという気持ちを招き、風化を早めるのでは? 何度も自問しました。でもそうしたことをすべて受け止めて言葉にしていくのが自分の文学だ、とも思ったんです。ずっと励ましてくれた詩人もいましたから。教員として落ち込む生徒に「おまえのことを助けてくれる友達は必ずいる」と普段は言っているけれど、「この言葉、自分にも当てはまるよなあ」なんて思いましたね(笑)。

 --来月には現代詩集「廃炉詩篇」も刊行される。震災前に和合さんが追求してきた抽象度が高く、難解な詩が並んでいます

 和合 「詩の礫」を続けながら、震災前までやってきた縦書きの現代詩を書けるだろうか?とずっと不安でした。「詩の礫」は降ってきた思いをすぐに直球で投げる。現代詩集の「廃炉詩篇」の方は、一つの詩に1カ月くらい時間をかけて、言葉の結晶度を高めている。比喩が込められ抽象性も高い。「廃炉詩篇」では震災のことを書きながら、違う次元のことを書きたいと思ったからです。普遍性のあるものに昇華させよう、と。

 --創作のアプローチが違います

 和合 一昨年に「詩の礫」を出したときは、自分の中でも「今までやってきた詩とは全く違う。実況中継のような感じだな」と思っていた。でも今回「廃炉詩篇」のようなシュールレアリスム(超現実)の現代詩を書いて、即時性のある「詩の礫」とも自分の中で重なりあっていく感触があった。思いはどちらの詩集も同じなんですね。方法が違うだけ。「この福島の現実を描きたい」という気持ちは変わらない。

 〈私の中には 鬼がある 鬼よ 恐ろしい形相の鬼たちよ どうか これらの地獄の季節を 剣を持ち 舞いながら 鎮めて欲しい この世の 残酷さを 無念さを 食べてしまって欲しい(平成25年2月16日)〉

 --今年に入って、ツイッターに「鬼」のイメージを多用した詩が出てきます

 和合 2月に北上市(岩手県)のデパートで伝統芸能の「鬼剣舞(おにけんばい)」を見る機会があって、鬼のイメージがずっと頭の中にあったんです。日本には鬼の話や踊りがいっぱいある。鬼というのは、災いで人々が感じた悲しみや怒り、嘆きを、その人たちに代わって厳しい顔をして踊ってくれるものでは…と僕は考えたんです。だから今回の震災を機に、新しい鬼の踊りを福島でつくりたいと思う。踊りの謡いや前口上に詩を入れる。それが震災の意味を伝える象徴的な何かになるのではないか、と。100年後に残そう、と考えたときにツイッターの詩だけではだめ。結晶度の高い現代詩の言葉とも交ぜ合わせながら、後々まで伝えられる言葉を探したい。(取材記事・海老沢類) >
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
詩を引きたいのだが、いずれも長いので引き切れない。
先の『詩の礫』以後、2012/03/16から「一歩のために」というツイッター詩を発信し始めた。

<今日のこの日 私たちに 再び 渡された 日本よ 世界よ 宇宙よ 福島よ たった一人の私よ たった一人のあなたよ>
<失った一人一人を 想っています>
<一つの命の後を 手に入れられなかった 無念の人々のために 私たちは 私たちへ誓う 生きるのだ 燃えあがるように生きて いのちをかなえるのだ>
          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一年経った2013/02/16には、こう締めくくられる。
<海なのか 太陽なのか 月なのか 土なのか 風なのか 雨なのか 「危険ですから雨には触らないで下さい」 そんなアナウンスをずっと記憶している 何かに嚙みつきたくて いつ探し回っている 恐ろしい形相 激怒だけが鬼に棲んでいる 彼の歩く後ろには 憤りだけがある>
<私も あなたも 命も 魂も 言葉も ふるさとも たった一つ>
<どうた どうた どどとうた どうた どうた どどどうた どうた どうた どどどうた どうた どうた どどどうた 足 踏みならす 決して あきらめない 夜明けまで 踊るのだ>
<通信3 昨年の3月15日から続きました「起承転転」は、今日で一区切りになります。およそ1年の区切りとしたいと思います。>
<お願いです 私に 詩を とうか 詩を 書かせて下さい>
<春に 僕は 春を 生きていく 決心 をしたのだ>
<祈る 三度目の 春に/つぶやく 詩を もっと 書かせて下さい/もっと 詩を/詩よ 詩を>

これらは詩の朗読のために書かれているので、読者の皆さんも、口に出して朗読していただけば、より趣が出ると思う。
これらの詩を、権力者や原発安全神話を振りまいて原発の危険性を軽視して安全策を怠った電力会社や、文学者をきどる「エピゴーネン」たちに、ぶつけたい。
和合の態度は、原発を廃止したいという、大多数の日本国民の良識を代表するものである。 


和合亮一とは、こういう人である。 ↓ Wikipediaから。

和合 亮一(わごう りょういち、1968年 - )は、日本の詩人。福島県福島市出身。

来歴
福島県立福島高等学校、福島大学教育学部卒業。同大学院修了。福島県の高校教諭の傍ら詩作活動を行う。
1998年、第一詩集『AFTER』で第4回中原中也賞受賞。2006年、第四詩集『地球頭脳詩篇』で第47回晩翠賞受賞。
2013年、第30回NHK東北放送文化賞受賞。
ラジオ福島でラジオ番組『詩人のラヂオ 和合亮一のアクションポエジィ』のパーソナリティを務めるなど、多彩な活動を展開している。
「歴程」同人、「六本木詩人会」主宰。

2011年の東日本大震災では自らも被災し、現場からtwitterで「詩の礫」を発表し続け注目を浴びた。 当日は福島県伊達市の福島県立保原高等学校で入試の合否判定会議中であった。
遠藤ミチロウ、大友良英らとともに、NPO法人「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げ、福島を盛り上げる活動をしている。

著作
詩集
『AFTER』思潮社、1998年
『RAINBOW』思潮社、1999年
『誕生』思潮社、2002年
『地球頭脳詩篇』思潮社、2005年
『入道雲入道雲入道雲』思潮社、2006年
『黄金少年 ゴールデン・ボーイ』思潮社、2009年
「詩の礫 2011.3.16-4.9」(『現代詩手帖』2011年5月号収録、思潮社)
『詩ノ黙礼』新潮社、2011年
『詩の礫』徳間書店、2011年
『詩の邂逅』朝日新聞出版、2011年
『私とあなたここに生まれて』写真:佐藤秀昭、明石書店、2012年
『ふたたびの春に』祥伝社、2012年

ノンフィクション・エッセイ
『パパの子育て奮闘記―大地のほっぺたに顔をくっつけて』サンガ、2008年
『ふるさとをあきらめない フクシマ、25人の証言』新潮社、2012年

共著
谷川俊太郎『にほんごの話』青土社、2002年
佐野眞一『3.11を越えて― 言葉に何ができるのか』徳間書店、2012年

その他の作品

作詞
「福島県立喜多方桐桜高等学校校歌」(作曲:新実徳英)
「箱根中学校校歌」(作曲:新実徳英)
福島市制施行100周年記念讃歌「ふくしまをてのなかに」(作曲:新実徳英)


copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.