K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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高階杞一詩集『夜とぼくとベンジャミン』・・・・・木村草弥
高階_NEW

──高階杞一の詩──(10)

     高階杞一詩集『夜とぼくとベンジャミン』・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・澪標2017/07/20刊・・・・・・・

高階さんの最新詩集である。 
初出は2012年から2017年にかけて、先生の主宰誌「ガーネット」をはじめ「交野が原」などに発表されたもの40篇ほどである。
この本への収録作品数は30篇で、40篇ほどの候補作の中から最終的に30篇に絞り込んだという。

題名になった詩「夜とぼくとベンジャミン」は2016年8月に「つばさ」14号に発表されたものらしい。
ここで雑学を披露しておくと、「ベンジャミン」という人名は英語の男子名。 ユダヤ人名(ヘブライ語)の「ベンヤミン」に由来する。
旧約聖書に登場する「ヤコブ」の末息子。「右手(ヤミン)の息子(ベン)」の意味。「右手」には力・栄光・権力・正義・勝利、といったプラスの概念があるようである。
イギリスの国会議事堂の時計塔を作ったビッグベンの本名がベンジャミン・ホール。
「ビッグ・ベン」(Big Ben) という名称は、工事責任者で国会議員のベンジャミン・ホール卿(Sir Benjamin Hall, 1802年 - 1867年)の名にちなんで命名されたという説である。
ドイツ語、オランダ語では「ベンヤミン」。 イスラエル首相ネタニヤフ(私は嫌いだが)もベンヤミンである。  (閑話休題)

高階さんの詩にはメルヘンがあった。 
だが、この本に載る詩は難しい。語彙は易しいが、描いてあることが不気味である。 怖い。 
私は詩を読み解く評論家ではない。 無力な鑑賞者に過ぎないから「感覚」で物を言っている。

Ⅰ 土下座の後で   に載る一連は「武士」で貫かれているようだ。
「野にも山にも若葉がしげり」とか「実のひとつだになきぞかなしき」とか「爺、急ぐぞ」とか、歌曲や和歌やテレビ・ドラマの台詞の一節とかが巧みにコラージュされている。
この辺のところが現代詩の自由なところで、現代短歌の世界では、こういう自由は許されない。「剽窃」などとうるさい。
こういうコラージュを見て「にやり」とするところなどは私の好きな分野だが、現代短歌の世界は何とも窮屈なことであるのだ。
昔の俳諧、連歌、連句、和歌の世界では、そうではなかった。 いろんな「由来」「来歴」に、いかに通じているかが教養だったのだが・・・・。

この本の「あとがき」の中で、こう書かれている。  ↓

<今回ほどバラツキの多い詩集はない。
 それは見方を変えれば、前詩集以降、さまざまな表現法を模索してきた結果であるとも言えるのだが。
 詩の内容と形式は連動している。
 ラーメンにはどんぶり鉢が適しているが、京風の会席料理にどんぶりは似合わない。
 料理にはそれぞれ適した器がある。
 それを無視したら、せっかくの料理も台無しになる。
 それと同様、詩にも内容に合わせた器が必要になる。
 本書が多様な形式の混在となったのは、それだけたくさんの器を必要とする料理(思い)がこの五、六年、自分の中に少しずつ堆積してきていたからだろう。>

と書かれている。
私が、この本を読んで、今までの高階さんの「メルヘン」とは違った印象を持ったのは、そういうことなのだろう。

        浴室の歌

   ゴミ箱に牛が捨てられていた
   あふれそうなティッシュの上で
   牛は
   ぽつんと
   横を向いて立っていた

   夏の終わり
   高原でたくさんの牛を見た
   どこまでも続く牧場で 牛は
   草を食んでいた
   いつか不意打ちのように訪れる死のことなんか
   (たぶん)
   考えもせず
   牛は無心に草を食んでいた
   その横で
   ぼくはソフトクリームを食べていた
   おいしかった

   そんなことを 思い出しながら
   歯を磨いていたら
   浴室から歌が聞こえてきた
   さっきまでぼくの隣ですやすや寝ていた女の子
   (湯船の中だろうか)
   気持よさそうに歌っている

     《 花の香り おちちの泡だち
      牛乳石鹸 よい石鹸*

   ぼくが教えた歌だった

       *三木鶏郎作詞「牛乳石鹸のうた」より
---------------------------------------------------------------------
この詩などは、今までのメルヘンぽい高階さんの作品の流れと言えるだろうか。
今でもあると思うが「牛乳石鹸」の赤い箱を思い出してみてもらいたい。
この詩は、その外箱を見ながら作られたものである。 上手いものである。

Ⅳ 歌のアルバムは9月に始まって8月に終わる一年間の12の作品がある。
月の行事などに関連する作品が作られている。 
よく知られた流行歌の歌詞の一部が埋め込まれている。 章末には、原曲名と歌手名が列挙されているが、これは著作権をおもんばかってのことであろう。

Ⅴ 雨、みっつよつは、新しい表現を採っている。
高階さんにしては、かなり長い一連で、「〇」を付けて連詩のように詩を連ねてゆく形式である。

例えば、高階さんは犬が好きなので「犬と歩けば」という作品がある。

        犬と歩けば

   目の前を歩いている犬を見ていると
   まるで死などないように思える
   ただ歩いて
   しっぽをふって
   ときには走って
   全身まるごと 生きていることだけで
   できている

   そこが
   ニンゲンと ちょっと
   ちがうところかな

       〇

   犬の生涯
   人の生涯
   ノミの生涯
   どれも遠い所から見たら
   きっと同じに見える
   一瞬のうちに
   始まって 終わる
   悩んだり苦しんだりしていたことも
   一瞬のわたしとともに
   消えていく

   口笛を吹くように
   犬と歩けば

       〇

   棒に当たる
   この棒はどこから落ちてきたんだろう
   見上げれば
   ふかく青い空
   あの向こうから
   あやまって落としたひとのことを
   考える

       この棒 何に使っていたのかなあ

          (中略)

        〇

   犬は草むらが好き
   そこにはいっぱいステキなものがあるようだ

        〇

   春が来て
   木々の芽もふくらんできた
    
   まだ風は冷たいけれど
   犬は
   先へ先へと進む
---------------------------------------------------------------------------------
こうして書き抜いてみると、最初に書いた「不気味」とか「怖い」という感じは、しなくなった。
いつものメルヘンチックな「高階ぶし」のような気がしてきたから不思議である。

久しぶりに高階さんの詩に浸って「連想ゲーム」のように、「連詩」のように思考の繋がりを体感させてもらった。
長い詩が多いので多くは引けなかったのを、お詫びする。
有難うございました。




昏梅雨をつきて盛れる火の祭たいまつの男は汗みどろなる・・・・木村草弥
img_1288966_38644592_0那智の火祭り

    昏(くれ)梅雨をつきて盛れる火の祭
       たいまつの男(を)は汗みどろなる・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載る「み熊野」と題する一連の中のものである。
毎年7月14日に行なわれる「那智の火祭」は熊野那智大社の例大祭である。
この祭は12体の熊野の神々が大滝の前の飛滝神社に年に一度の里帰りの様子を表したものである。12体の大松明の迫力と熱気に、みんな我を忘れての歓声である。
2004年に「熊野三山の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されて、観光客も大幅に増えて来たという。
参詣道として世界で二例目ということでスペインの「サンチアゴ巡礼の道」からの視察団も表敬訪問してくれたという。

himatsuri2那智大社

写真②が熊野三山のひとつ熊野那智大社だが、社殿の前に熊野三山の守り神、三本足の神鳥「八咫烏(やたがらす)」の像が建っている。
熊野三山というのは、この熊野那智大社のほかに熊野本宮大社、熊野速玉大社をいう。
熊野那智大社は、ご神体は那智の滝であり、自然信仰の原点のように考えられるところである。
この大社に隣接して青岸渡寺があるが、明治初期の廃仏棄釈までは、両社一体の神仏混交のものであった。
前に書いたが、この青岸渡寺は「西国三十三ケ所霊場」巡りの一番札所である。
himatsuri5那智火祭②

写真④は、この火祭で松明をかつぐ役を奉仕した男たちが勢ぞろいして役目の報告をするところである。
himatsuri7那智火祭③

中世には「熊野詣で」と称して天皇や法皇などが行列をしつらえて京の都から遥々と参詣したのである。
今それらの道程が日の目を浴びて復活してきたのであるが、「歴史遺産」というのは古いままで保存されているのが原則であるのに、
道を整備し直して批判を浴びているという笑えぬ事態も出てきているらしい。

写真⑤は、この祭の一環として、火祭の前に奉納される「稚児の舞」である。和歌山県の無形文化財に指定されている。
himatsuri1火祭稚児の舞

いま歳時記を調べてみたが、那智の火祭ないしは火祭という項目は出て来るが、例句は無い。
今でこそ「熊野那智」の地は脚光を浴びているが1980年代あるいは90年代は、ローカルな行事として採録されなかったものと考えられる。
私の持っているようなものではなく、もっと大部の歳時記であれば載っているかも知れないが、お許し願いたい。
そんなことで、この辺で終りにしたい。



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