FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201901<<12345678910111213141516171819202122232425262728>>201903
POSTE aux MEMORANDUM(2月)月次掲示板
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
東日本大震災から七年。 被災された方々に
心よりお見舞い申上げ、死者に哀悼の意を表します。
一日も早い復興をお祈りいたします。 原発の放射能には怒りを。
                                 木村草弥
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

このトップページは「月次掲示板」です。最新記事は、この次から始まります。 ↓
2009.02.28ポンポン山の福寿草
↑ 高槻ポンポン山の福寿草(藤目俊郎氏撮影)

今年も、はや二月になりました。 
「二月は逃げる」と言われて早く経ちます。

 月日は行くにまかせて微かなる身なれば過ぎゆく人も追はずに・・・・・・・・・・・・・・北沢郁子
 いずこかに銀河の生れていずこかに銀河が滅ぶ 冬の陽穏し・・・・・・・・・・・・・・・・ 三井修
 愛児なる原発の最期見届けむ僭主はあはれ不老不死とや・・・・・・・・・・・・・・・・・水原紫苑
 乗りたくて後先みずにバスに乗るいづれこの世のどこかに着かむ・・・・・・・・・・蒔田さくら子
 限界の高さに伸びて樹木らはひれぞれの天に触れてよろこぶ・・・・・・・・・・・・・・・橋本喜典
 人の世の手放す時間ゆたかなる時のたっぷり 囲炉裏かこめば・・・・・・・・・・・・・ 玉井清弘
 胡坐から体育座りに変えながら「廃炉」の文字を持ちつづけおり・・・・・・・・・・・・・・吉川宏志
 顔の横へ手をふりあげる答礼はヒトラーにおなじ安倍首相なり・・・・・・・・・・・・・・一ノ関忠人
 いつの間にか武器売る国となり居しか逃れなくここに塊として・・・・・・・・・・・・・・大河原惇行
 御旗振り立て都市常民を脅迫す、かかる「愛国」にわれは与せず・・・・・・・・・・・・・・・高島裕
 塚本邦雄いまさばいかに歌ひますや 苦艾は淡黄の花つけるとふ・・・・・・・・・・・・雨宮雅子
 ひとつぶの種にも
あることの形にこもる意志を思えり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・武藤ゆかり
 用心の仕方がいかにも貂らしく摺り足ぎみに雪上をゆく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 久我田鶴子
 紫に凍てし茜を統べ終えてひとり光を放ちゆく月・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・清原日出夫
 世界週末時計はすすむ酷熱の五輪寒雨の学徒出陣・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原龍一郎
 桃のつぼみほころぶ朝 ささやきは麺麭の耳からわたしの耳へ・・・・・・・・・・・・・・・阪森郁代
 鉄を食ふ鉄バクテリア鉄の中・・・・・・・・・・・・・・・ 三橋敏雄
 冬枯や熊祭る子の蝦夷錦・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 正岡子規
 滴りてしんがりの透く氷柱かな・・・・・・・・・・・・・・・宮崎玲奈
 ふたつみつ咲き初む梅やアラビア語・・・・・・・・・・薮内小鈴
 漕ぎ出しは獣の目してスキーヤー・・・・・・・・・・・・青木ともじ
 懐手して旧友に会わぬよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・葛城蓮子
 着ぶくれて奥の奥なるチョコレート・・・・・・・・・・・・青島玄武 
 ストーブの近く雲母の棚の冷え・・・・・・・・・・・・・・・青本瑞季
 まだもののかたちに雪の積もりをり・・・・・・・・・・片山由美子
 セーターの毛玉を取れと神の声・・・・・・・・・・・・・・ 杉山久子
 少しだけ手伝つてみる雪まろげ・・・・・・・・・・・・・・ 岡田由希
 巨石文明滅びてのこる冬青空・・・・・・・・・・・・・・・・・ 仲寒蝉
 裸木の瘤は風得て太りゆく・・・・・・・・・・・・・・・・ しのぶ日月
 寝転べば金管楽器となる寒夜・・・・・・・・・・・・・・・ 柏柳明子
 春炬燵男腕組みして眠る・・・・・・・・・・・・・・・・・・中村与謝男
 塞ぎたる北窓と仮面の指紋・・・・・・・・・・・・・・・・・・青山青史
 鴉ゐて白鷺もゐて枯木立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・薮内小鈴
 妻書斎まで来てバレンタインデー・・・・・・・・・・・・・津野利行
 バス降りて走る塾の子寒昴・・・・・・・・・・・・・・・・・ 折勝家鴨
 鳥飼つて二月の空を明るくす・・・・・・・・・・・・・・・・ 青本柚紀
 関節に冬日をこぼしカルテット・・・・・・・・・・・・・・加藤絵里子
 関節が革手袋に出来上がる・・・・・・・・・・・・・・・・・仮屋賢一
 鉛筆の高さ揃へて春を待つ・・・・・・・・・・・・・・・・・寺沢一雄
 春泥の先へひよこを触りにゆく・・・・・・・・・クズウジュンイチ
 あかあかとてのひら舞へり雪兎・・・・・・・・・・・・・・・加藤御影
 描きかけの消防車なり出動す・・・・・・・・・・・・・・・・小池康生
 首かしげて犬鷲は空考える・・・・・・・・・・・・・・・・・・丸田洋海
 自転車の轍にじみて斑雪道・・・・・・・・・・・・・・ すずきみのる
 春立つと午前零時のメール鳴る・・・・・・・・・・・・・・ 江口明暗
 探梅や寄り来る猫の縞模様・・・・・・・・・・・・・・・・利普苑るな
 けふよりはびつこの黒き恋の猫・・・・・・・・・・・・・・きしゆみこ
 紅白の梅の匂へる神の里・・・・・・・・・・・・・・・・・ハードエッジ
 二ン月の谷や小さく鳥も見え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・堀下翔
 梅が香やガスのほのほを細くする・・・・・・・・・・・・・・・高梨章
 熊の湯は谷の深雪に五六軒・・・・・・・・・・・・・・・・前北かおる
 雪原の中のハウスや苺狩・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 杉原祐之
 寒月や珈琲あおく待つ夫人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・赤野四羽
 折紙のはじめに三角天に鶴・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 桑田佳穂
 探鳥の探梅行となりにけり・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤原千賀子
 交代の守衛の背中冬ざるる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森紀子
 月欠けてレノンは呼んでいるレノン・・・・・・・・・・・・・ 岩根彰子
 パラシュート閉づやう睡り雪しまき・・・・・・・・・・・・・・田中亜美
 風花や何処吹く風といふやうに・・・・・・・・・・・・・・・・市堀玉宗
 見取図と違うあなたのへその位置・・・・・・・・・・・・・・月波与生
 鉄条網ひとつひとつの棘に雪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・金子敦
 琉球の航海のよう甘藷(きび)穂波・・・・・・・・・・・・・・豊里友行
 節分の牛舎へ雪の小さき階・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木牛後


ご来訪くださいまして有難うございます。
ぜひコメントを置いてください。コメントには必ず返事いたします。 ただし不穏当なものは勝手ながら削除いたします。
コメントは各記事の末尾に「コメント」という欄がありますから、それをクリックしてお入りください。
私はこのブログを、WebのHP「木村草弥の詩と旅のページ<風景のコスモロジー>」と一体としたものとして運営しています。
このblogは、私の知人、友人にも公開しているので、閲覧の便宜のために少し説明させて下さい。
本文の中で「色の変っている」部分は「リンク」になっていることを意味します。クリックで当該記事へ飛びます。
 GoogleYahooで「木村草弥」や「K-SOHYA POEM BLOG」で検索して頂くと数千件のヒットがあります。重複も多いのですが、ここでしか読めないものもあります。

閲覧の仕方
「当月」の記事は開いている状態でご覧になれますが、「先月」などのバックナンバーの閲覧は、上部のカレンダーの « の印を押して「過去」へ進んでください。
「月別アーカイブ」は30件表示するようになっています。30件以上ある場合は「NEXT」を押して進んでください。
「カテゴリー」を選んでいただくと、当該カテゴリーの一覧として、ずらっと出てきます。よろしく。 
私の記事は、引用、リンク、転載フリーです。事後でもお知らせ下さると嬉しいです。
パソコンの画面は「最大化」でご覧ください。

私のブログは大きい写真が入りますので、チョン切れを避けるためです、よろしく。

★─My Works─★
著書──
 歌集 『茶の四季』(角川書店刊)
 歌集 『嘉木』 (角川書店刊)
 歌集 『樹々の記憶』(短歌新聞社刊)
 歌集 『嬬恋』(角川書店刊)
 歌集 『昭和』(角川書店刊) 
 歌集 『無冠の馬』(KADOKAWA刊)
 詩集 『免疫系』(角川書店刊)
 詩集 『愛の寓意』(角川書店刊)
 詩集 『修学院幻視』(澪標刊)
 紀行歌文集 『青衣のアフェア』 『シュベイクの奇行』 『南船北馬』(私家版)

木村草弥の本について
◆第六歌集『無冠の馬』、第三詩集『修学院幻視』は、下記のところで買えます。   
お求めはamazonをはじめオンライン書店や、一般書店からの取次ぎでお願いしたい。
アマゾンには在庫してもらってあるので、即刻の配達が可能の筈です。
◆私の「旧作」は、目下、出版社からは取り寄せ出来ません。amazon「日本の古本屋」に出回っていることがありますから、ここから検索してみて下さい。もう何人もお買いいただいています。
本(歌集、詩集)の詳細はWebのHPをご覧下さい。よろしく。

Wikipedia─木村草弥

Facebook─木村草弥

Twitter─木村草弥

ランキングを確認する ★ ──登録ジャンル:学問・文化・芸術>小説・詩
 これも戯れですが、結構おもしろいです。日々↑↓ します。アクセス数によるのでしょう。 ご覧ください。


banner99条守ろう

  9条守ろう!ブロガーズ・リンクに参加しています(0215)
 日本国憲法九条
1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

Banner_125x125_0003_D.jpg

   「地球上のすべての人が、
  人類すべての知識への自由かつ完全なアクセスを分かち合えたら、
  と想像してみてください。」
──── ウィキペディア創設者 ジミー・ウェールズ

「角川書店」話題の新刊書籍
「新潮社」
講談社BOOK倶楽部
「集英社文庫」新刊
「岩波書店」
「青土社・ユリイカ」
詩の本の思潮社
土曜美術社出版販売「詩と思想」
文芸春秋社・書籍ショールーム





日にちから風にちからや牡丹の芽・・・大嶽青児
33a8d59e893f1bb609452d3e0f09897a.jpg

     日にちから風にちからや牡丹の芽・・・・・・・・・・・・・・・・大嶽青児

牡丹の花は四月から六月にかけて咲くが、牡丹の芽は例年だと一月下旬から二月中旬には芽を出すようになる。
この頃には色々の木や草が芽吹いてくる。
牡丹はキンポウゲ科の落葉低木で中国原産だが、たいへん寒さには強く、晩冬、早春の今の時期に芽を覗かせる。
まだ辺りが枯れ一色の中に、その赤みがかった明るい芽は印象的であり、一種の潔さを感じさせる。

写真①のような芽は、三月頃に成長した芽らしい芽になったものである。

06c_botanme.jpg

今の時期では、まだ芽が出始めたもので、せいぜい写真②の程度である。↑

「起てば芍薬、坐れば牡丹・・・」という譬えがある通り、日本でも豪華な花とされるが、中国では古来、牡丹の花が国を代表するものとして珍重される。
写真①と写真②との間に

    折鶴のごとくたためる牡丹の芽・・・・・・・・・山口青邨

というような時期があるのであるが、写真③のような芽である。↓
35753092_v1291497006牡丹の芽

俳句の世界では、「春先の、その逞しい炎のような芽の勢い」を賞するのである。
いわば春の勢いの象徴とも言えよう。
以下、牡丹の芽を詠んだ句を引いて終わる。

 牡丹の芽或ひと日より伸びに伸ぶ・・・・・・・・菅裸馬

 ゆるがせにあるとは見えぬ牡丹の芽・・・・・・・・後藤夜半

 牡丹の芽ほぐるるは刻かけて待つ・・・・・・・・安住敦

 牡丹の芽当麻の塔の影とありぬ・・・・・・・・水原秋桜子

 牡丹の芽一つ二つを雪つつむ・・・・・・・・山口青邨

 咲かねばならず待たねばならず牡丹の芽・・・・・・・・加藤楸邨

 牡丹の芽萌えむとすなりひたに見む・・・・・・・・加藤楸邨

 牡丹の芽すでに紅糸をほぐしたる・・・・・・・・安住敦

 ゆつくりと光が通る牡丹の芽・・・・・・・・能村登四郎

 うごくかと思ひ見てゐる牡丹の芽・・・・・・・・斎藤玄

 人ごゑの遠巻きにして牡丹の芽・・・・・・・・岸田稚魚

 牡丹の芽青ざめながらほぐれけり・・・・・・・・加藤三七子

 よろこびのきわまるときの牡丹の芽・・・・・・・・高橋沐石

 南面の仏の視座に牡丹の芽・・・・・・・・北沢瑞史

 牡丹の芽まだ火の匂ひなかりけり・・・・・・・・坂本俊子

 むきだしの力を見せて牡丹の芽・・・・・・・・青柳照葉

そして五月になれば ↓ のような見事な牡丹の花ざかりとなるのである。

botan142牡丹



詩に痩せて二月渚をゆくはわたし・・・三橋鷹女
pr00035.jpg

       詩に痩せて二月渚をゆくはわたし・・・・・・・・・・・・・・・・三橋鷹女

もう二月も終わりに近づいてきたので「二月」「如月」「余寒」「冴え返る」などの季語に因む記事を急いで書くことにする。
二月とか如月とかを映像で示すのは、どうしてよいか判らない。
そこで写真には「冬の渚─砂浜に残る人の足跡」を掲出することにした。

掲出した三橋鷹女の句は、季語として二月という言葉はあるけれども、極めて観念的な句で、そこがまた、類句を超えていると思って出してみた。
「詩に痩せて」というところなど、今の私のことを言っているのではないか、とドキリとした。

 うすじろくのべたる小田の二月雪・・・・・・・・松村蒼石

 竹林の月の奥より二月来る・・・・・・・・飯田龍太

 雪原の靄に日が溶け二月尽・・・・・・・・相馬遷子

 枯れ伏せるもののひかりの二月かな・・・・・・・・遠藤悠紀

 山彦にも毀れるひかり二月の樹・・・・・・・・速水直子

 二月果つ虚空に鳩の銀の渦・・・・・・・・塚原岬

「二月」という季語を使った句を挙げてみた。
「如月」というのは陰暦の二月のことであるから、陽暦では二月末から三月に入るだろう。
「衣更着」の字を宛てるのは、寒さが戻って衣を更に着るからで、「きぬさらぎ」を誤って「きさらぎ」と使ったのだという。
したがって、この言葉は「余寒」のあることを念頭に置いて使うべきだという。

 きさらぎのふりつむ雪をまのあたり・・・・・・・・久保田万太郎

 如月や十字の墓も倶会一処(くゑいつしよ)・・・・・・・・川端茅舎

 きさらぎの水のほとりを時流れ・・・・・・・・・野見山朱鳥

 きさらぎやうしほのごとき街の音・・・・・・・・青木建

 きさらぎは薄闇を去る眼のごとし・・・・・・・・飯田龍太

二十四節気あるいは季語の上では「立春」以後は「春」である。
だから、立春以後、まだ残る寒さを「余寒」という。「冴え返る」という季語も、そういう時に使う。
「春寒」という季語と違うのは、力点が残る寒さの方にあるのである。

 鎌倉を驚かしたる余寒あり・・・・・・・・高浜虚子

 鯉こくや夜はまだ寒千曲川・・・・・・・・森澄雄

 余寒晴卵を割つて濁りなし・・・・・・・・青柳菁々

二月の終わりを「二月尽」という。この「尽」というのは毎月の終わりの日に使える。
もうすぐ三月だという季節感が盛られている季語である。

 ちらちらと空を梅ちり二月尽・・・・・・・・原石鼎

 束の間のかげろふ立てば二月尽・・・・・・・・森澄雄

 風邪の眼に雪嶺ゆらぐ二月尽・・・・・・・・相馬遷子

 よべの雨に家々ぬれて二月尽・・・・・・・・内田百閒



芝点の茶事の華やぎ思ひをり梅さき初むる如月の丘・・・木村草弥
wasai-kobo_1829_817712野点セット

      芝点(しばたて)の茶事の華やぎ思ひをり
            梅さき初むる如月の丘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWeb上のHPでもご覧いただける。

掲出の写真は野外で茶をたてる時に使う「野点(のだて)セット」というもので、この携帯用のものの中に茶をたてる最低必要なものが入っている。
「芝点」と称して芝に毛氈を敷いて茶会をやる時には、もう少し道具類を用意するのが普通である。
寒い風の吹く季節をやり過ごして、うららかな春になると、家の中ではなく、野外に出て「野点(のだて)」をやりたくなる。芝生の上でやるのが「芝点(しばたて)」である。
「芝点」では「旅箪笥」などを使って茶を点てるのが普通である。
その由来についてWEB上では、次のような記事が出ているので貼り付けておく。

honjien_001-16a-12-5.jpg

<旅箪笥(写真②)は桐木地・ケンドン扉・鉄金具の鍵付きの小棚で、小田原出陣の折、陣中にて茶を点てる為に、利休居士により創案されたものだそうです。
道具を中にしまって背中にしょって出掛けたのでしょうか。

旅箪笥を使って「芝点て」の稽古です。
準備は地板に水差しを、2枚ある棚板の下方に棗と茶碗を飾り、上方の棚の左端の切り込みに柄杓を掛け、柄杓の柄の元に蓋置を飾り、ケンドン扉を閉めます。
建水だけを持ち手前座に入り、扉を開け(この開け方もなめらかに静かに行います)道具を取り出しお茶を点てるのですが、棚板の1枚を抜き出し、
その上に棗・茶筅を置く「芝点て」は、花見時の野点の光景が目に浮かぶ様な気がします。その雰囲気を楽しむ為か旅箪笥はよく釣り釜とあわせられるそうです。
特に季節を選ぶ棚ではないと言われますが、その風情から早春~春に用いられることが多いそうです。風炉との取り合わせはないそうです。>
-----------------------------------------------------------------
上の記事にあるように、本来は野外で点てるのを、後世になると、「芝点」と称して家の中でお点前をするようになったものであり、ここまで来ると、「先ず茶道の作法ありき」という気がして嫌である。
私が「芝点」というのは文字通りの芝生の上での野点である。
私の歌は、梅が咲き初めた如月の丘に居て、もうしばらくすると芝点の時期がやって来る、楽しみだなあ、という感慨である。

以下、掲出の歌につづく一連の歌を下に引いて、ご覧に入れる。

      野 点

   芝点の茶事の華やぎ思ひをり梅さき初むる如月の丘・・・・・・・・・・木村草弥

   毛氈に揃ふ双膝肉づきて目に眩しかり春の野点は

   野遊びの緋の毛氈にかいま見し脛(はぎ)の白さよ無明(むみやう)のうつつ

   香に立ちて黒楽の碗に満ちてゐる蒼き茶の彩(いろ)わが腑を洗へ




冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ・・・木村草弥
0000005-syoumenn1.jpg

    冷えまさる如月の今宵
       「夜咄(よばなし)の茶事」と名づけて我ら寛ぐ・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、「夜咄の茶事」という11首からなる一連のはじめの歌である。
WebのHPでも自選に採っているので、ご覧いただける。

「夜咄の茶事」というのは伝統的な茶道の行事で、作法としても結構むつかしいものだが、私たちは、歌にも「寛ぐ」と書いたように略式にして楽しんだものである。
千利休などが茶道の基礎を固めはじめた頃は、茶道は、もっと融通無碍の自由なものであった。
それが代々宗匠の手を経るに従って、それらの形式が「教条主義」に陥ってしまった。
そういう茶道界の内実を知る私たちとしては、そういう縛りから自らを解放して、もっと自由な茶道をめざしたいと考えた。
だから先人にならって「番茶道」を提唱したりした。
利休語録として有名な言葉だが、

  「茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる」

というのが、ある。これは、まさに先に私が書いた利休の茶道の原点なのである。

この「夜咄の茶事」の一連は、私にとっても自信と愛着のあるものなので、ここに引用しておく。

     夜咄の茶事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ

   風化せる恭仁(くに)の古材は杉の戸に波をゑがけり旧(ふる)き泉川

   年ごとに替る干支の香合の数多くなり歳月つもる

   雑念を払ふしじまの風のむた雪虫ひとつ宙にかがやく
   
   釜の湯のちんちんと鳴る頃あひの湯を注ぐとき茶の香り立つ

   緑青のふきたる銅(あか)の水指にたたへる水はきさらぎの彩(いろ)

   恭仁京の宮の辺りに敷かれゐし塼(せん)もて風炉の敷瓦とす

   アユタヤのチアン王女を思はしむ鈍き光の南鐐(シヤム)の建水

   呉須の器の藍濃き膚(はだへ)ほてらせて葩餅(はなびらもち)はくれなゐの色

   釉薬の白くかかりて一碗はたつぷりと掌(て)に余りてをりぬ

   手捻りの稚拙のかたちほほ笑まし茶盌の銘は「亞土」とありて


春浅き耳洗ふとき音聴こゆ・・・林 桂
sakyu3砂丘本命

      春浅き耳洗ふとき音聴こゆ・・・・・・・・・・・・・・・林 桂

「春浅き耳」を「洗う」という言葉の捉え方が何とも独特で、快い。

私の歌に

    さらさらとまたさらさらと崩れゆく砂の粒粒春をふふめり・・・・・・・・・・木村草弥

というのがある。
この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
「風二月」という言葉があるように、二月も半ばを越すと季節は確実に春に向かって進んでゆく。
二十四節気に「雨水」というのがあり、先日二月十九日がそうだった。
雨水」とは、これからは一雨ごとに春に向かってゆくという意味の節気である。

私は子供の頃から内向的な性格で、砂や虫をじっと見ているというようなことが多かった。
もっと季節が進んで暖かくなると、家の縁側の下の砂地に、すり鉢形の「蟻地獄」があったりした。
これは「ウスバカゲロウ」の幼虫が、このすり鉢形の砂の斜面に蟻などの虫が差し掛かると、下から砂をさらさらと掻いて、すり鉢の底に引きずり込んでパクリと頂戴するという仕掛けである。
そんなのを、何するというのでもなく、また昆虫少年というのでもなく、ただ、じっと見つめていたものである。
ただ、今の季節では、そういう光景には早く、さらさらと崩れてゆく砂の粒粒に春の足音を私は、見たのであった。
「ふふむ」というのは「含む」の動詞の古い形である。
この歌のつづきに

   如月に幽(かす)かに水を欲るらむか祖(おや)ねむる地に雪うすらつむ・・・・・・・・・木村草弥

という歌が載っているが、この歌のように二月には雪の降る日もあるが相対的に雨は少ない時期であり、
先祖の眠る墓地に、うっすらと雪が積もる様が、祖先が水を欲しがっているかのようである、という歌である。
------------------------------------------------------------------------
掲出した写真は鳥取砂丘の砂浜のもの。かすかに「風紋」が見える。

寒さの中にも「春」が動いている様子を表す句を引いてみたい。

 春立ちてまだ九日の野山かな・・・・・・・・・・松尾芭蕉

 われら一夜大いに飲めば寒明けぬ・・・・・・・・・・石田波郷

 ブローニュに怒涛のごとく春来たる・・・・・・・・・・本井英

 渦巻ける髭と春くる郵便夫・・・・・・・・・・高島征夫

 立春の樹幹の水を聴きにゆく・・・・・・・・・・山本千舟

 立春へ笛吹きケトルのファンファーレ・・・・・・・・・・北川逸子

 白き皿に絵の具を溶けば春浅し・・・・・・・・・・夏目漱石

 空も星もさみどり月夜春めきぬ・・・・・・・・・・渡辺水巴

 春めくと百済観音すくと立ち・・・・・・・・・・和田悟朗

 バラ窓の真中に聖母春きざす・・・・・・・・・・福谷俊子

 春めくや波は光を巻きこみて・・・・・・・・・・飯尾婦美代

 兵馬俑軍団無言春寒し・・・・・・・・・・磯直道

 蓋開けて電池直列春寒し・・・・・・・・・・奥坂まや

 春めくや足の裏なる歩き神・・・・・・・・・・泉紫像

 うりずんのたてがみ青くあおく梳く・・・・・・・・・・岸本マチ子

 うりずん南風がじゆまる太き根を垂るる・・・・・・・・・・三原清暁

 美しき奈良の菓子より春兆す・・・・・・・・・・殿村莵絲子

 
地の意思を空に刻みて冬木立つ・・・馬場駿吉
cf176.jpg

      地の意思を空に刻みて冬木立つ・・・・・・・・・・・・・・馬場駿吉

この馬場駿吉の句をコラージュとして借用して、私は
   
   <地の意思を空に刻みて冬木立つ>男ごころと言ふべし 冬木・・・・・・・・・・・木村草弥

という歌を作ったことがある。
馬場は名古屋市立大学病院の教授で医師であったが今は名誉教授で耳鼻科を専攻した、前衛的な俳句作者としても著名な人である。
馬場の句は「地の意思」を「空に刻み」という立体的な句作りが独特である。
このような他人の作品を、歌なり句なり詩の中などに取り込むのを「コラージュ」という。

私の歌も、それを採用している。
この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、「阿音の形而上学」という13首からなる一連の中の一首である。
冬のきびしい空気の中に立つ冬木に「男ごころ」を読み取ったというのである。

「冬木」という冬の季語には、冬の間の、息をひそめたような木々を表わすものがあるのである。
以下、少し冬木の句を引いて終りたい。

 大空にのび傾ける冬木かな・・・・・・・・高浜虚子

 冬木中一本道を通りけり・・・・・・・・臼田亞浪

 夢に見れば死もなつかしや冬木風・・・・・・・・富田木歩

 つなぎやれば馬も冬木のしづけさに・・・・・・・・大野林火

 その冬木誰も瞶めては去りぬ・・・・・・・・加藤楸邨

 わが凭れる冬木ぞ空の真中指す・・・・・・・・八木絵馬

 みちのくの夕日あまねき冬木かな・・・・・・・・五所平之助

 猫下りて次第にくらくなる冬木・・・・・・・・佐藤鬼房

 冬木伐り倒すを他の樹が囲む・・・・・・・・武藤不二彦

 大冬木鹿の瞳何にうるほふや・・・・・・・・松野静子

 冬木の手剪られ切り口鮮しき・・・・・・・・稲垣きくの


水仙の香や一睡の夢の後・・・高橋謙次郎
narsissus3水仙

      水仙の香や一睡の夢の後・・・・・・・・・・・・・・高橋謙次郎

「水仙」はいろいろの品種があるが、日本水仙は12月頃から咲きはじめて、春先まで息の長いものである。
『山の井』に「霜枯れの草の中に、いさぎよく咲き出でたるを、菊より末の弟ともてはやし、雪の花に見まがひて」云々とあるのも、簡潔にして要を得た水仙の紹介である。
写真②は黄水仙である。

narsissus黄水仙

わが家の庭の一角にも1月中ごろから日本水仙が咲きはじめ、今も寒風の中に、けなげに咲いている。
水仙の集団的な自生地としては、越前海岸や淡路島南端などが有名で、観光バスを連ねて見物に大勢が来る。
水仙の球根は植えっぱなしでよく、変にいじくらない方がよい。数年に一度くらい掘りあげて植えなおしする程度でよい。
夏になると、地上部の葉は、すっかりなくなり、他の植物の陰に隠れてしまうが、寒くなると葉が地上に出てくる。
水仙は学名を Narissus というが、これはギリシア神話で美少年ナルシッサスが水面に映るわが姿に見とれ、そのまま花になってしまったのが水仙だという。
自己陶酔する人を「ナルシスト」というのも、これに由来する。
なお「水仙の隠喩」というのがあるので、「シンボル・イメージ」の世界では、こういう象徴的な捉え方をするので、参照してもらいたい。 

 水仙や白き障子のとも映り・・・・・・・・松尾芭蕉

 水仙に狐遊ぶや宵月夜・・・・・・・・与謝蕪村

のような古句があるが、この両句は、ともに水仙をじかに見て詠んだのではなく、「障子」を通して、障子に映る影からの印象を句にしている。
何分、水仙の咲く頃は厳寒だから、それも当然であろうか。

963-suisenスイセン

以下、水仙の句を少し引いておく。

 水仙を剣のごとく活けし庵・・・・・・・・山口青邨

 海明り障子のうちの水仙花・・・・・・・・吉川英治

 水仙花紙に干しある餅あられ・・・・・・・・滝井孝作

 水仙や古鏡の如く花をかかぐ・・・・・・・・松本たかし

 水仙花三年病めども我等若し・・・・・・・・石田波郷

 水仙花眼にて安死を希はれ居り・・・・・・・・平畑静塔

 水仙の花のうしろの蕾かな・・・・・・・・星野立子

 水仙や捨てて嵩なす蟹の甲・・・・・・・・大島民郎

 水仙や老いては鶴のごと痩せたし・・・・・・・・猿橋統流子

 水仙花死に急ぐなと母の声・・・・・・・・古賀まり子

 牛追ふや磯水仙を手にしつつ・・・・・・・・山田孝子

 水仙やカンテラに似て灯はともり・・・・・・・・飴山実

 水仙のりりと真白し身のほとり・・・・・・・・橋本多佳子

 水仙の吾を肯へり熟睡せむ・・・・・・・・石田波郷

 水仙や時計のねぢをきりきり巻く・・・・・・・・細見綾子

 水仙やたまらず老いし膝がしら・・・・・・・・小林康治

 水仙のしづけさをいまおのれとす・・・・・・・・森澄雄

 抱かねば水仙の揺れやまざるよ・・・・・・・・岡本眸

 水仙は一本が佳しまして予後・・・・・・・・鈴木鷹夫

 奪ひ得ぬ夫婦の恋や水仙花・・・・・・・・中村草田男

 水仙は八重より一重孤に徹す・・・・・・・・西嶋あさ子

 水仙花私淑は告ぐることならず・・・・・・・・山田諒子

 水仙の切り口に夜の鮮しき・・・・・・・・野崎ゆり香

 日の果てに水仙立ち止れば岬・・・・・・・・吉田透思朗



亡き友も五指に余るや牡蠣すする・・・本多静江
sg-kaki-sub1.jpg

    亡き友も五指に余るや牡蠣すする・・・・・・・・・・・・・・本多静江

冬の季節には「牡蠣」(かき)が美味なるものの一つである。
写真①は「焼き牡蠣」である。

フランス人も牡蠣をよく食べることは知られている。
Web上で見つけた「フランス落書き帳」というサイトによると、ボルドー(正確にはアルカッション)の牡蠣生産は有名らしい。
フランス国内需要の元になるチビ牡蠣の約70%を供給しているという。

a0008105_19524フランス牡蠣
↑ 写真②の、牡蠣9個、白ワイン、パン、海を見ながらのロケーションを含めて6ユーロ(約1000円)くらいだという。
(もっとも、これは産地で食べる値段であって、パリのそこそこの店で食べたら20ユーロ以上取られるらしい)
日本でも酢牡蠣にして食べるが、フランスでは生牡蠣にレモンをしぼって食べる。
また、この地方では焼いたソーセージと一緒に食べることも多いと言い、その場合は赤ワインとともに賞味するらしい。
私はオランダで「ムール貝」を食べたことがあるが、フランスで「牡蠣」を生食したことはない。

018.jpg

↑ 写真③は「牡蠣フライ」だが、外食しても、家庭でも、この牡蠣フライが一番ポピュラーではないかと思う。
牡蠣は「海のミルク」と表現されるように、栄養素を豊富に含んでいる。出来れば、海の汚染されていない、きれいな海の産地のものが望ましいだろう。
写真①に載せた「焼き牡蠣」は適当に水分が飛んで、しかも海水のほのかな塩気が食欲をそそる。
先年の1月下旬に安芸の宮島に遊んだが、そこで「焼き牡蠣」を食べた。
目の前で網で焼いてくれて熱々を食べる。ふーふー言いながらの美味で2個で400円だった。

写真には載せないが土鍋での水炊きもおいしいものである。冬の季節には暖かい鍋物は、体が温まって、ほっこりした気分になる。
妻が元気な時は、家でも、よく食べたが、妻が亡くなった今では鍋物はほとんど姿を消した。

06103_01049.jpg

↑ 写真④は牡蠣とホーレン草のクリームパスタである。
このように和風、洋風さまざまに料理は工夫できよう。今は年代によって料理の好みもさまざまであるから、ある料理法に固執する必要はないのである。
年配者向きには、牡蠣の使い残りで「牡蠣のしぐれ煮」なども喜ばれる。ご飯が少し余った時など、こんな佃煮も重宝なものである。
牡蠣雑炊なども水炊きの後のエキスの入った汁の活用として、おいしくいただける。
何だか、料理番組みたいになってしまったが、冬の味覚として私の大好きな食品である。

以下、牡蠣を詠んだ句を少し引いて終りたい。

 牡蠣はかる水の寒さや枡の中・・・・・・・・高浜虚子

 牡蠣鍋の葱の切つ先そろひけり・・・・・・・・水原秋桜子

 牡蠣の酢に和解の心曇るなり・・・・・・・・石田波郷

 だまり食ふひとりの夕餉牡蠣をあまさず・・・・・・・・・加藤楸邨

 牡蠣むきの殻投げおとす音ばかり・・・・・・・・中村汀女

 灯の下に牡蠣喰ふ都遠く来て・・・・・・・・角川源義

 母病めば牡蠣に冷たき海の香す・・・・・・・・野沢節子

 牡蠣好きの母なく妻と食ひをり・・・・・・・・杉山岳陽

 牡蠣そだつ静かに剛き湾の月・・・・・・・・柴田白葉女

 夕潮の静かに疾し牡蠣筏・・・・・・・・打出綾子

 牡蠣殻が光る鴉の散歩道・・・・・・・・藤井亘


赭土の坂をのぼれば梅の香はすがすがしかり肺を満たして・・・木村草弥
逋ス譴・convert_20091018124607

   赭(あか)土の坂をのぼれば梅の香は
         すがすがしかり肺を満たして・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
私の住む「青谷」という所は鎌倉時代からの梅の名所である。
今では「城州白」という品種の梅が「梅酒」の原料としてピカ一であるとかで珍重されているらしい。
「梅」の歌は、私はいくつも作ったし、BLOGにも再三載せてきた。
特に2月19日は私たちの長姉・登志子の死んだ日であり、このこともBLOGに書いたことがある。

梅の花は、その香気と花の姿が万葉集の頃から愛でられた。その頃は「花」と言えば梅のことであった。
桜が花の代表のようになるのは「古今和歌集」になってからである。
それに、梅の花は花期が長く、桜のように、わっと咲いて、わっと散ることはないから趣がある。
私は梅の名所に住んでいるから言うのではなく、梅の方が好きである。

hana565_1_ume紅梅

紅梅は白梅よりも花の開花がやや遅いのが普通である。
濃艶な感じがする。
尾形光琳の「紅白梅図」の絵の紅梅、白梅の対照の美しさが思い出される。

梅の花は古典俳句にもたくさん作られてきた。

 梅が香にのつと日の出る山路かな・・・・・・・・松尾芭蕉

 むめ一輪一りんほどのあたたかさ・・・・・・・・服部嵐雪

 二もとの梅に遅速を愛すかな・・・・・・・・・与謝蕪村

などの句が、それである。
その香気、春を告げる開花の時期に、句眼がおかれている。
以下、梅を詠んだ句を引いて終わる。

 山川のとどろく梅を手折るかな・・・・・・・・飯田蛇笏

 梅一枝つらぬく闇に雨はげし・・・・・・・・水原秋桜子

 勇気こそ地の塩なれや梅真白・・・・・・・・中村草田男

 悲しめば鱗のごとく梅散りしく・・・・・・・・原コウ子

 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ・・・・・・・・石田波郷

 てのひらを添え白梅の蕾検る・・・・・・・・大野林火

 梅白しまことに白く新しく・・・・・・・・・星野立子

 梅が香に襲はれもする縋られも・・・・・・・・相生垣瓜人

 梅咲けば父の忌散れば母の忌で・・・・・・・・安住敦

 梅挿すやきのふは酒のありし壜に・・・・・・・・石川桂郎

 梅二月ひかりは風とともにあり・・・・・・・・西島麦南

 静けさのどこか揺れゐて梅白し・・・・・・・・鷲谷七菜子

 月光に花梅の紅触るるらし・・・・・・・・飯田蛇笏

 うすきうすきうす紅梅によりそひぬ・・・・・・・・池内友次郎

 紅梅に雪かむさりて晴れにけり・・・・・・・・松本長

 伊豆の海や紅梅の上に波ながれ・・・・・・・・水原秋桜子

 一本の紅梅を愛で年を経たり・・・・・・・・・山口青邨

 紅梅の燃えたつてをり風の中・・・・・・・・松本たかし

 紅梅や熱はしづかに身にまとふ・・・・・・・・中村汀女

 梅紅し雪後の落暉きえてなほ・・・・・・・・西島麦南

 厄介や紅梅の咲き満ちたるは・・・・・・・・永田耕衣

 紅梅や一人娘にして凛と・・・・・・・・上野泰

 白梅のあと紅梅の深空あり・・・・・・・・・飯田龍太

 紅梅の紅のただよふ中に入る・・・・・・・・吉野義子

 紅梅の天死際はひとりがよし・・・・・・・・古賀まり子



凍蝶の越えむ築地か高からぬ・・・相生垣瓜人
muraムラサキシジミ

──京の冬の庭の句いくつか──

   ■凍蝶の越えむ築地か高からぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・相生垣瓜人

「凍蝶」については何度も書いた。最近にも載せたが、成虫のまま冬を越す蝶のことである。
写真①のムラサキシジミも、成虫のまま越冬することが知られている本州に棲む蝶である。
「築地」とは築地塀とも言うが、泥土を固めて作った塀で上に瓦を乗せてある。
京都の寺院の塀などは、みな築地造りである。
この句は、冬の季節の今、そんな築地を眺めながら、「凍蝶は、この庭のどこかで越冬しながら春を待ちこがねて、やがて春になれば、
この高くはない築地を越えてゆくのだろう」と思いをめぐらしているのである。
しみじみとした情趣のある句である。

800px-Kinkaku3402CBcropped.jpg

   ■如月の水にひとひら金閣寺・・・・・・・・・・・・・・・川崎展宏

俳句は17字と短いので語句を省略することが多い。この句も「ひとひら」ということについては何も書いてない。
この句の場合、「ひとひら」というのが、今の季節の梅の花びらが浮いているのか、あるいは水に映る金閣を花に譬えて「ひとひら」と言ったのか、
読者にさまざまに想像させる言外の効果をもたらすだろう。
何もかも言い切ってしまった句よりも、「言いさし」の句の方が趣があるというものである。

   春雪や金閣金を恣(ほしいまま)・・・・・・・・松根東洋城

   池にうつる衣笠寒くしぐれけり・・・・・・・・・名和三幹竹

f4b0df67.jpg

   ■寒庭に在る石更に省くべし・・・・・・・・・・・・・・・・・山口誓子

   梅天やさびしさ極む心の石・・・・・・・・・・中村汀女

   みな底の余寒に跼み夕送る・・・・・・・・・宮武寒々

これらの句は龍安寺で詠まれたものである。
写真③には雪の石庭を出してみた。
掲出の誓子の句は「石更に省くべし」という大胆なことを言っている。
この寺は臨済宗妙心寺派の古刹だが、応仁の乱の東軍の大将・細川勝元が創建したが応仁の乱で消失し、勝元の子・政元が再興したが
寛政9年(1797)の火災で方丈、仏殿、開山堂などを失い、現在の方丈は、西源院の方丈を移築したものという。
因みに、最初に掲出した相生垣瓜人の句は、ここ龍安寺で詠まれたものである。

kakura-nisonin35w愛新覚羅浩(嵯峨)家

  ■僧も出て焼かるる芝や二尊院・・・・・・・・・・・・・・・・五十嵐播水

   雪解(ゆきげ)水ここだ溢れて二尊院・・・・・・・・・波多野爽波

二尊院は嵯峨野の西の小倉山の山懐にある。
ここには正親町三条を源とする「嵯峨」家30代にわたる菩提寺で、写真④に掲出する嵯峨家の墓がある。
愛新覚羅浩という、元の満州国皇帝の弟に嫁いだ浩は嵯峨家の出身である。

    からくにと大和のくにがむすばれて永久に幸あれ千代に八千代に

昭和53年(1978)8月、日中平和友好条約が成立したとき、愛新覚羅浩が、わが身を顧みて、心からその喜びを歌に詠んだ。まな娘・慧生の23回忌であった。
小倉山というのは「百人一首」で知られるところである。

giouji1祇王寺

   ■祇王寺と書けばなまめく牡丹雪・・・・・・・・・・・・・・・高岡智照尼

    句を作る尼美しき彼岸かな・・・・・・・・・吉井勇

    祇王祇女ひそかに嵯峨の星祭・・・・・・・・・岡本綺堂

    声のして冬をゆたかに山の水・・・・・・・・・鈴木六林男

    祇王寺の暮靄(ぼあい)の水の凍てず流る・・・・・・・丸山海道

    しぐるるや手触れて小さき墓ふたつ・・・・・・・・・貞吉直子

「祇王寺」とは平家物語で知られる白拍子祇王ゆかりの寺である。寺というよりも庵であろうか。
平清盛の寵愛を受けていたが、仏御前の出現によって捨てられ、母と妹とともに嵯峨野に庵を結んで尼となった。
後に仏御前も祇王を追い、4人の女性は念仏三昧の余生を過ごしたという。
この庵は法然上人の門弟・良鎮によって創められた往生院の境内にあったが、
今の建物は明治28年に、時の京都府知事・北垣国道が嵯峨にあった別荘の一棟を寄付したものである。
所在は嵯峨鳥居本小坂町である。
この句の作者高岡智照尼については←ここを参照されたい。


2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい /ずっこけているほうがいい・・・吉野弘
20180514145919.jpg

──吉野弘の詩──(4)
  
       祝婚歌・・・・・・・・・・・吉野弘


   2人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい
   立派すぎないほうがいい
   立派すぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい
   完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと
   うそぶいているほうがいい
   2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい
   ずっこけているほうがいい
   互いに非難することがあっても 非難できる資格が
   自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
   正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
   正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと
   気づいているほうがいい
   立派でありたいとか 正しくありたいとかいう
   無理な緊張には 色目をつかわず ゆったり ゆたかに
   光を浴びているほうがいい
   健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに
   ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
   そして なぜ胸が熱くなるのか
   黙っていても 2人にはわかるのであってほしい
---------------------------------------------------------------------------
この詩は、吉野弘の作品の中でも、よく引かれるものである。
これは吉野が身内の結婚式に招待されたが、所用があって出られないので、式で、この詩を朗読してもらったというものである。
多少は説教ぽいところもあるが、心あたたまる詩である。



詩と連句「おたくさ」Ⅲ─1・・・鈴木漠
おたくさ_NEW

──鈴木漠の詩──(11)

     詩と連句「おたくさ」Ⅲ─1・・・・・・・・・・・・・鈴木漠

今どき現代詩人の中で「連句」を継続して、ずっと手掛けられているのは鈴木漠氏くらいしか居ないだろう。
その鈴木漠氏だが、高齢になられたので、一旦は、この「おたくさ」誌のピリオドを打つ予定でおられたが、「続けろ」の声で、第三次「おたくさ」を継続されることになった、という。
先ずは慶賀と申し上げる。
「おたくさ」とは「OTAKSA」紫陽花の学名。シーボルトが愛した女性・楠本タキ(お滝さん)に由来する。神戸市の市花ともなっており、グループ名と誌名に採用する。と書かれている。

先ず、表紙に載る「俳句」赤松恒子 騙し絵(トロンプ・ルイユ)抄 から、季節の句を三句
 
      島ひとつ手のひらに乗せ春の昼

      亀鳴くやトロンプ・ルイユ出られない

      春はあけぼのアンパン食べて死へ一歩

           句集『トロンプ・ルイユ』(2013年ふらんす堂刊)から

---------------------------------------------------------------------
  蜻蛉 句点読点
    蜻蛉形式。林天花創案「胡蝶」のヴァリエーション。
     四枚の羽根と胸から成るその蜻蛉の形態に合せ構成。
     ナカ8句は自由律、ただし長句は十七音節、短句は十四音節。


     寒夕焼襲の色に島ふたつ       赤坂 恒子 (冬)
       凍鳥空の句点読点          梅村 光明 (冬)
     テレヴィには韋駄天走り写りゐて   三神あすか (雑)
      筋トレをする孫のあけくれ       東条 士郎  (雑) 
   真ん丸よ僕の心とお月さま       在間 洋子  (月)
      紫苑は常の位置にけぶれる     藤田 郁子 (秋)
     地芝居に憎まれ役の恋敵        鈴木   漠 (秋月)
       この世あの世と愛の道行き     矢野千代子 (恋)
ナカ   思ひを込めて頭文字を袖に編み   安田 幸子 (恋) 自由律
       母の日のプレゼント似顔絵        あすか (夏)  〃
     水羊羹が竹筒から飛び出し           光明 (夏)  〃
       笑ひ堪へ薄茶など呈す            恒子 (雑)  〃
     ほしいままに花を賞でたる隠れ家       士郎 (花)  〃
      朝寝朝湯夜は書を繙き             洋子 (春)  〃
     よぎる蝶々の白き澪ひとすぢ          郁子 (春)  〃
      難病を治す薬はいつ?             幸子 (雑)  〃
ナオ  純情な挨拶発すロボットが        土井 幸夫 (雑)
      声冴えわたる廊下ぴかぴか      辻  久々 (冬)
    雪女月光を浴び透き通る             恒子 (冬月)
     貧乏徳利傾げ勧杯                光明 (雑)
    福引の景品いつもティッシュのみ        あすか (新年)
     残る氷はすぐに割れさう              士郎 (春)
    花祭り仮想の列に御父さん             洋子 (花)
     髯捻りつつ手には桜湯                漠 (春)

       2019年1月首尾  兵庫県私学会館  おたくさ連句塾

----------------------------------------------------------------------------

    非懐紙十八韻 ─尻取り押韻─
    山眠る

   山眠るよそほひ脱ぎて木々眠る     中野百合子 (冬)
    群るると見えて寒雀散り         鈴木   漠 (冬)
   縮緬を肌に用ゐる人形師         東条  士郎 (雑)
     後ろ姿に春時雨きて          梅村  光明 (春)
   汽笛今線路を覆ふ花ふぶき        赤坂  恒子 (花)
    不器用ながらぶらんこが好き      土井  幸夫 (春)
   隙ありと飛び込むきみの右心室     福永  祥子 (恋)
     質問ぜめも愛ゆゑにこそ       在間  洋子 (恋)
   こそばゆく弟きやあと奇声あぐ      安田  幸子 (雑)
     胡坐をかくす麦藁帽で         藤田  郁子 (夏)
   腕止まり塩なめる蝿みどりの眼      辻   久々 (夏)
     飲めない吾に四杯五杯と        矢野千代子 (雑)
   いと丸き不可思議の月昇りたり      三神あすか (月)
    垂り幕のごと並ぶ干柿          森本  多衣 (秋)
   がき大将涙ぐみゐる稲架の陰           士郎 (秋)
     家厳の怒り如何にしやうか           恒子 (雑)
   親族訪ふ歳徳神の方角に              光明 (新年)
     苦になる歌留多振袖が邪魔             漠 (新年)

   2019年1月首尾 兵庫県私学会館  おたくさ連句塾
     *尻取り押韻は挙句から発句へ循環回帰。

----------------------------------------------------------------------------------
お見事な捌きである。作品はたくさん載っているが、そのうちの三つだけを抄録した。
また「散文」では、ダンテ「神曲」の韻律「テルツァ・リーマ」などの解説が周到である。文字通り「蒙を啓かれる」思いである。
 鈴木氏の労を多としたい。 有難うございました。





     

       

電車は満員だった。/いつものことだが/若者と娘が腰をおろし/としよりが立っていた。・・・吉野弘
65aa77f70818c473d60ca7602d103484_s.jpg

──吉野弘の詩──(3)

        夕焼け・・・・・・・・・・・吉野弘

   いつものことだが
   電車は満員だった。
   そして
   いつものことだが
   若者と娘が腰をおろし
   としよりが立っていた。
   うつむいていた娘が立って
   としよりに席をゆずった。
   そそくさととしよりが坐った。
   礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 
   娘は坐った。
   別のとしよりが娘の前に
   横あいから押されてきた。
   娘はうつむいた。
   しかし
   又立って
   席を
   そのとしよりにゆずった。
   としよりは次の駅で礼を言って降りた。
   娘は坐った。
   二度あることは と言う通り
   別のとしよりが娘の前に
   押し出された。
   可哀想に
   娘はうつむいて
   そして今度は席を立たなかった。
   次の駅も
   次の駅も
   下唇をキュッと噛んで
   身体をこわばらせて-----。
   僕は電車を降りた。
   固くなってうつむいて
   娘はどこまで行ったろう。
   やさしい心の持主は
   いつでもどこでも
   われにもあらず受難者となる。
   何故って
   やさしい心の持主は
   他人のつらさを自分のつらさのように
   感じるから。
   やさしい心に責められながら
   娘はどこまでゆけるだろう。
   下唇を噛んで
   つらい気持で
   美しい夕焼けも見ないで。
--------------------------------------------------------------------------------
吉野弘の詩は、日常に見聞きすることを淡々と作品にしていて、サラーマンなどにも好評だった。
登場した場所もよかった。同人誌「櫂」の同人の川崎洋、茨木のり子や谷川俊太郎、大岡信などとの交友も有効だった。




恋すてふわが名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか・・・壬生忠見
800px-Utaawase10voledition_First.jpg
 ↑ 「歌合わせ」の書付(参照)
Hyakuninisshu_041.jpg
 ↑ 「百人一首」の札─この歌が書かれている

──非季節の一首鑑賞──

     恋すてふわが名はまだき立ちにけり
              人しれずこそ思ひそめしか・・・・・・・・・・・・・壬生忠見


この歌は平安時代、宮中の清涼殿で「恋」を主題にした「歌合わせ」の際に、壬生忠見が「秘めたる恋心」を詠んだものである。
実は、この歌は、バレンタイン・デーのプレゼントとして或る人から贈られたチョコレート菓子に添えられたものである。
この菓子は「小倉山荘リ・オ・ショコラ」の製造で、ぴりっとした「柿の種」を色とりどりのチョコートでコーティングしたものである。
もともと、この会社は「あられ」菓子が専門で、その特色を生かして製作されたものである。
テトラ袋に7.8個づつ個包装されて、食べるのにも簡便にできるようになっている。

壬生 忠見(みぶ の ただみ、生没年不詳)は、平安時代中期の歌人。右衛門府生・壬生忠岑の子。父・忠岑とともに三十六歌仙の一人に数えられる。

天暦8年(954年)に御厨子所定外膳部、天徳2年(958年)に摂津大目に叙任されたことが知られるほか、正六位上・伊予掾に叙任されたとする系図もあるが、詳細な経歴は未詳。

歌人としては天暦7年(953年)10月の内裏菊合、天徳4年(960年)の内裏歌合に出詠するなど、屏風歌で活躍した。
勅撰歌人として『後撰和歌集』(1首)以下の勅撰和歌集に36首入集。家集に『忠見集』がある。

逸話として
「天徳内裏歌合」で
     恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか(『拾遺和歌集』恋一621・『小倉百人一首』41番)
と詠み、
     忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
と詠んだ平兼盛に敗れたために悶死したという(『沙石集』)。
なお、『袋草紙』では悶死まではしておらず、家集には年老いた自らの境遇を詠んだ歌もあり、この逸話の信憑性には疑問が呈されている。



煮凝りの魚の眼玉も喰はれけり・・・西島麦南
nikogori2ひらめのアラにこごり

   煮凝りの魚の眼玉も喰はれけり・・・・・・・・・・・・・・・・西島麦南

煮魚を汁とともに寒夜おいて置くと、汁がこごり固まる。これが煮凝(にこご)りである。特に骨にはゼラチンが多く含まれているのでよく凝る。
掲出の写真は、ひらめのアラを使った煮凝りだという。アラを、このように捨てずに有効利用するとおいしい食物になる。
適当な写真がないので出せないが、掲出句に詠まれる煮魚の煮凝りは冬には普通に見られるものであった。

nikogori1ふぐ煮こごり

写真②は、高級食材の「ふぐ」の皮などを煮詰めた「ふぐの煮凝り」であり、ふぐのセット料理の一品としてだされるもの。
こうなると、たかが煮凝りなどとは言えない、高級料理である。

煮凝りは、どちらかと言うと、大人向きの食事で、子供向きではない。掲出の句は、そういう機微もうまく捉えた、ほのぼのとした句である。
以下、煮凝りの句が多くあるので、それを引いて終りたい。

 煮凝を探し当てたる燭暗し・・・・・・・・高浜虚子

 煮凝や色あらはなる芹一片・・・・・・・・大谷碧雲居

 煮凝や親の代よりふしあはせ・・・・・・・・森川暁水

 寂寞と煮凝箸にかかりけり・・・・・・・・萩原麦草

 煮凝や父在りし日の宵に似て・・・・・・・・草間時彦

 煮凝りを箸にはさみて日本人・・・・・・・・山口波津女

 煮こごりや夫の象牙の箸づかひ・・・・・・・・及川貞

 煮凝や他郷のおもひしきりなり・・・・・・・・相馬遷子

 煮凝りのひえびえと夜のかなしけれ・・・・・・・・長谷川湖代

 煮凝りや母の白髪の翅のごと・・・・・・・・土橋璞人子

 煮凝や死後にも母の誕生日・・・・・・・・神蔵器

 煮凝や凝るてふことあはれなる・・・・・・・・轡田進

 煮凝りて眼鼻なほあり鮒の貌・・・・・・・・松本翠影

 煮凝やますます荒るる海の音・・・・・・・・佐藤漾人

 煮凝や若狭の入江深うして・・・・・・・・辻桃子

 居酒屋のいつもの席の凝鮒・・・・・・・・沖鴎潮

 煮くづれしまま煮凝となりにけり・・・・・・・・来栖恵通子

 煮凝の喉にとけゆく母国かな・・・・・・・・大屋達治

 さびしさの煮凝り売りし頃のこと・・・・・・・・高島征夫


今日は楽しいバレンタインデー。あなたはチョコを貰いました?・・・木村草弥
chocotop02抹茶チョコ

──エッセイ──

   今日は楽しいバレンタインデー。
          あなたはチョコを貰いました?・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


写真①は宇治茶の茶問屋さん発売の「抹茶濃厚生チョコ」である。

今日2月14日は、女の人が男性にチョコレートを呉れる日とされている。
しかし、案外、なぜそうなったかを知る人は少ない。
「義理チョコ」なんていう奇妙な習慣まで出来てしまった。歴史的沿革をひもといてみよう。
--------------------------------------------------------------------
 バレンタイン・デーは、英語では「Saint Valentine’s Day」、訳せば「聖バレンタインの日」という意味です。
つまり、バレンタインというのは、人の名前なのです。どんな人だったかというと・・・。

 西暦3世紀のローマでのことです。皇帝クラウディウス二世(在位268-270)は、若者たちがなかなか戦争に出たがらないので、手を焼いていました。その理由は彼らが自分の家族や愛する者たちを去りたくないからだと確信するようになったクラウディウスは、ついに結婚を禁止してしまったのです。

 ところが、インテラムナ(イタリア中部にある町で、現在のテラモ)のキリスト教司祭であるバレンチノ(英語読みではバレンタイン)は、かわいそうな兵士たちをみかねて、内緒で結婚をさせていました。それが皇帝の知るところとなったから大変です。しかも、当時のローマでは、キリスト教が迫害されていました。皇帝は、バレンチノに罪を認めさせてローマの宗教に改宗させようとしましたが、バレンチノはそれを拒否しました。そこで、投獄され、ついには西暦270年2月14日に、処刑されてしまったということです。(269年という説もあります)。

Q) バレンタインデーはどのように始まったの?

A) ローマではルペルクスという豊穣(ほうじょう)の神のためにルペルカーリアという祭が何百年ものあいだ行われていました。毎年2月14日の夕方になると、若い未婚女性たちの名前が書かれた紙が入れ物に入れられ、祭が始まる翌15日には男性たちがその紙を引いて、あたった娘と祭の間、時には1年間も付き合いをするというものです。翌年になると、また同じようにくじ引きをします。

 496年になって、若者たちの風紀の乱れを憂えた当時の教皇ゲラシウス一世は、ルペルカーリア祭を禁じました。代わりに、違った方法のくじ引きを始めたのです。それは、女性の代わりに聖人の名前を引かせ、1年間のあいだその聖人の人生にならった生き方をするように励ますものです。そして、200年ほど前のちょうどこのお祭りの頃に殉教していた聖バレンチノを、新しい行事の守護聖人としたのです。

 次第に、この日に恋人たちが贈り物やカードを交換するようになっていきました。

Q) バレンタイン・カードの始まりは?

A) バレンチノは、獄中でも恐れずに看守たちに引き続き神の愛を語りました。言い伝えによると、ある看守に目の不自由な娘がおり、バレンチノと親しくなりました。そして、バレンチノが彼女のために祈ると、奇跡的に目が見えるようになったのです。これがきっかけとなり、バレンチノは処刑されてしまうのですが、死ぬ前に「あなたのバレンチノより」と署名した手紙を彼女に残したそうです。

 そのうち、若い男性が自分の好きな女性に、愛の気持ちをつづった手紙を2月14日に出すようになり、これが次第に広まって行きました。現存する最古のものは、1400年代初頭にロンドン塔に幽閉されていたフランスの詩人が妻に書いたもので、大英博物館に保存されています。

 しばらくたつとカードがよく使われるようになり、現在では男女とも、お互いにバレンタイン・カードを出すようになりました。バレンチノがしたように「あなたのバレンタインより」(From Your Valentine)と書いたり、「わたしのバレンタインになって」(Be My Valentine)と書いたりすることもあります。現在アメリカでは、クリスマス・カードの次に多く交換されているとか。

Q) どうしてチョコレートをあげるの?

A) 実は、女性が男性にチョコレートを贈るのは、日本独自の習慣です。欧米では、恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈ります。

 では、チョコレートはどこから出てきたかというと、1958年に東京都内のデパートで開かれたバレンタイン・セールで、チョコレート業者が行ったキャンペーンが始まりだそうです。そして、今ではチョコレートといえばバレンタイン・デーの象徴のようになってしまいました。クリスマスもそうですが、キリスト教になじみの薄い日本では本来の意味が忘れられて、セールスに利用されがちのようですね。

 自分の命を犠牲にしてまで神の愛を伝え、実践したバレンチノ・・・。今年のバレンタイン・デーは、そんな彼のことを思い出してください。
-------------------------------------------------------------
layer4_118ロイズ生チョコ
写真②は北海道の「ロイズ」ROYCE’の「生チョコレート<山崎シェリーウッド>」1080円、である。
写真①のような抹茶を使った変り種(定価1080円)もいいが、私はオーソドックスに生チョコと行きたい。
数年前に「ロイズ」の生チョコをもらってから、すっかり、ここの贔屓になった。北海道では他にも「六花亭」のものも有名ではある。
ROYCE'と書いてロイズと読ませるのも印象に残る。

バレンタイン・デーには、何もチョコをあげるばかりが能ではない。
ネット上では、さまざまのギフトが載っている。中には男性下着を贈るというのがあり、なまめかしい「Tバック」を贈る人もあるらしい。
「一緒に旅行に行く」というギフトもあるというが、これなど、まさに本命中の彼氏であり、身も心も捧げようという、いじらしい女心の発露と言えるだろう。





あり余るやわらかな光を/ ホームで/ 電車を待ちながら・・・吉野弘
station-kamakura-main-02.jpg

──吉野弘の詩──(2)

     陽を浴びて・・・・・・・・・・・・吉野 弘

   冬の朝
   通勤時間をすぎた郊外電車の駅
   人影まばらな長いホームの
   屋根のないところで
   やわらかな陽を浴び
   私は電車を待っていた

   ひととき
   食と性とにかかわりのない時間
   消費も生産もせず
   何ものかから軽く突き放されていた時間

   何ものか
   私を遥かな過去から今に送り出したきたもの
   無機質から生命への長い道程(みちのり)
   生命の持続のための執拗な営み
   信じがたいほど緻密で
   ひたむきでひたすらであった筈の意思

   その意思に収監されたまま
   私は、そのとき
   ひたむきでもなく
   ひたすらでもなく
   食と性との軛(くびき)を思い
   ぼんやりと
   冬の陽を浴びていた
   逸脱など許す筈のない意思が
   見て見ぬふりをしているらしい、ほんのひととき
   あり余るやわらかな光を
   私は私自身に、存分に振舞っていた
   ホームで
   電車を待ちながら

----------------------------------------------------------------
この詩のキーワードは「食と性」である。こういう言葉の選択の的確さが何とも言えず見事だ。
また「ひたむきでもなく、ひたすらでもなく」という、二字だけ変えたリフレインが利いている。
1983年花神社刊行の詩集『陽を浴びて』より。私の亡親友・宮田操の好きな詩人である。


「おこしやす」格子戸くぐれば梅一輪・・・戸田静雄
koushido.jpg

──京の冬の句アラカルト──

     <■「おこしやす」格子戸くぐれば梅一輪・・・・・・・・・・・・・・・・・戸田静雄

立春も過ぎたので歳時記の上では、もう「春」だが、まだまだ寒いので「冬」の季語の句を、まとめて載せてみたい。
「梅」は厳密には春の季語だが、ここでは大目にみてもらおう。
「おこしやす」は「よくおいで下さいました」ということである。
「やす」とか「やして」とかいう接尾語が京言葉の特徴である。
「やす」と「やして」とは、ちょっとニュアンスが違う。「やす」は言い切りの形だが、「やして」は語尾の余韻の引いたような言い方である。
「おいでやす」は標準語の「いらっしゃい」にあたるが、「おいでやして」は「よくいらっしゃいました」とか「よく来てくれましたなぁ」とかの言い回しになるだろうか。
こういう言い方は若い人には、段々忘れられて、というか「言い回しが使いこなせなくなって」廃れる傾向にある。

kityou4黄蝶

    ■凍蝶の恋に終止符仁王門・・・・・・・・・・・・・・・・・中野英歩

「凍蝶」については後にも書くが、蝶の種類によっては成虫のまま冬を越すものがいくつかある。
↑ 写真に載せる「黄蝶」も、その中のひとつである。
凍蝶が恋をする筈もないが、作者の中の恋の思い出が「仁王門」と結びついているのだろう。
面白い、ふくらみのある句である。

00.jpg

   ■冴えざえと宿に非常の縄梯子・・・・・・・・・・・・・・・・中田多喜子

「冴え」が冬の季語である。
普通、旅館や病院、ホテルなどには「非常階段」というのが設置されていて、緑色の避難経路の標識がある。
ただ小規模な建物の場合、非常の場合に備えて脱出口と縄梯子があるところもあるようだ。
この句は、そういう非常の時を想定する場合のさむざむとした印象を、うまく一句にまとめている。

sugukimainすぐき

    ■酢茎買ふ京の言葉にさそはれて・・・・・・・・・・・・・・・・松下セツ子

京都の冬の味覚として千枚漬や「すぐき」がある。千枚漬は初冬のものであるが、すぐきは保存が利くので一冬中ある。

      柴漬の茶づけ旨きや冬の京・・・・・・・・星野茜

      冬紅葉余韻涼しき京ことば・・・・・・・・清水雪子

p2-51-1.jpg

    ■なはとびにおはいりやしてお出やして・・・・・・・・・・・・・・・・西野文代

「縄跳び」が冬の季語である。
この句は「京言葉」をうまく句に取り入れて成功しているだろう。
「おはいりやして」という京言葉は「お入りになってちょうだい」ということであり、「お出やして」とは「出てください」ということである。
丁寧語の「お」が頭についているのは、言うまでもない。

     漬茄子は一夜にかぎる京の宿・・・・・・・・務中昌己

     京ことば聞こゆる街の暖簾かな・・・・・・・・松井広子

     はんなりと京の言の葉あたたかし・・・・・・・・八木沢京子

後の二句の季語がどれか、何時の季語なのかは今わからない。
京言葉に「おおきに」という感謝を表す言葉がある。
標準語でいうと「有難うございます」ということだが、この言葉の語源は「大きく有難う」の「大きく」=「大きに」という表現のうち、
後の方の「有難う」以下が省略されたものである。
大阪弁でいう「まいど」=「毎度」が「毎度有難う」の後半が脱落したのと、同じことである。

いずれにせよ、今では大阪弁というより吉本芸能系のドハデな、かつ「下品な」大阪弁というより汚い「河内弁」が、
あたかも大阪弁ないしは関西弁かのごとく振舞っているが、残念なことである。
正式の大阪弁というのは「島の内」辺りのものが純粋のものであるが、それらは今では形が崩れてしまって無くなってしまったと言える。
「知ったかぶり」をして京言葉なり関西弁を乱用してもらいたくないものである。


あおくけぶった空から/ 紙鳩のように /冬のひかりがおちてきた・・・苗村和正
d0054276_19415167枯れ葦

     あおい朝の湖辺で・・・・・・・・・・・・・・・・苗村和正

     あおくけぶった空から
     紙鳩のように
     冬のひかりがおちてきた

     こんな朝の
     だれも通らない湖へかたむく道は
     むきたての木の実のように固くしめっている

     こどもは
     そのひかる道を 髪をゆさぶってかけてゆく

     きくきくと風をならす
     折れ葦の中に ああ めざめている
     ちいさな太陽
     遠い距離となった
     こどもとわたしの間に
     駱駝のかたちで垂れさがっている

     まぶしい風景の
     きれぎれの寒さ

     撓みながらうごく
     遠い湖の波のうえに
     しろくしきりにうごくものはなんだろう

     あかあかと
     染まって
     こどもは まだ はしっている

(北溟社刊『滋賀・京都 詩歌紀行』から)
------------------------------------------------------------------
この詩に出てくる湖は「琵琶湖」である。
冬の琵琶湖に行く人は、観光客では、めったにないだろう。
枯れ葦も火を放って焼かれて、春の芽だちを促すようにされているだろう。
人も自然も、みな、来ん春の用意をしているのである。



水仙が咲いている/ ひと月余り/ 水仙の花は咲いている/ 私の部屋の花びんに・・・高田敏子
aaoosuisen2水仙

──高田敏子の詩──(20)再掲載・初出Doblog2006/02/02

       水仙・・・・・・・・・・高田敏子

      水仙が咲いている
      昨年の暮れから ずっと
      ひと月余り
      水仙の花は咲いている
      私の部屋の花びんに

      花は少し疲れて
      花びらのへりを少しちぢませて
      花は私を見ている
      夜 机の前に坐る私を
      家族の目のないときの
      誰にも知られない一人のときの私を
      少し疲れた花のやさしさで

      灯を消しても
      花の視線は私の上にあるのだった
      闇の中
      ほの白い清らかな星のかたちで
      私の生をいたわり
      静かな眠りへと誘ってゆく

(詩集『こぶしの花』から)



運転免許証を更新した・・・木村草弥
山城_NEW

      運転免許証を更新した・・・・・・・・・・・・・木村草弥

昨日、私の運転免許証を更新した。
七十五歳以上になると、運転免許証の更新は何度も「講習」を受けたりして手続きが煩雑になる。
先ず「認知機能検査」というのがあって、それに合格しないと先に進めない。
掲出した画像のものは、昨年に受けた「認知機能検査」のものである。
たかをくくっていて、前回の数値が少し悪かったので、今回は「記憶術」を駆使して努力したので、点数は、ご覧のように立派なものである。
先へ進むのにも時間がかかる。
第二回目の「高齢者講習」というのが昨日だった。講義と車の運転の実技とあり、二時間以上かかる。
「認知機能検査」の数値の悪い人は三時間である。更に悪い人は専門病院で診察を受けてください、となる。

私の場合、問題は「視力」が落ちていることであった。合格ラインは、0.7の視力があることだが、ギリギリでセーフだった。
城陽警察署での、更新の最終手続きで、その視力検査もクリアして、新しい免許証の発給を待つばかりとなった。
これで後三年間車に乗れる。
私のところは、ド田舎なので、車が無かったら、病院にも買い物にもタクシーなどを使わざるを得ないので不便である。
しかし、これが最終の免許証になるだろう。次回となると私は92歳ということになるから生きているかどうか。
まあ、そんなことで振り回された数か月だったが、やれやれ。



四つ葉は奇形と知ってはいても/その比喩を、誰も嗤うことはできない・・・吉野弘
clover_1.jpg

──吉野弘の詩──(1)

       四つ葉のクローバー・・・・・・・・・・・ 吉野 弘

   クローバーの野に坐ると
   幸福のシンボルと呼ばれているものを私も探しにかかる
   座興以上ではないにしても
   目にとまれば、好ましいシンボルを見捨てることはない

   四つ葉は奇形と知ってはいても
   四つ葉は奇形と知ってはいても
   多くの人にゆきわたらぬ稀なものを幸福に見立てる
   その比喩を、誰も嗤うことはできない

   若い頃、心に刻んだ三木清の言葉
   <幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか>
   を私はなつかしく思い出す

   なつかしく思い出す一方で
   ありふれた三つ葉であることに耐え切れぬ我々自身が
   何程か奇形ではあるまいかとひそかに思うのは何故か

------------------------------------------------------------------
この詩は詩集『陽を浴びて』に収録されているものである。
この詩もカトラン(ソネット)の形式に則ったものだが平易な言葉を使いながら、鋭い詩語となっている。
いましも、まだ風は冷たいが、もうすぐ春の野にクローバーが萌えいづることであろう。
季節に先駆けて、この詩を採りあげた。


枯蓮に昼の月あり浄瑠璃寺・・・松尾いはほ
15832784_org_v1291646405枯れ蓮
jyoururi12浄瑠璃寺①
 ↑ 浄瑠璃寺
09051537_522826a8b6dfa浄瑠璃寺・九体仏
 ↑ 浄瑠璃寺・九体仏

       枯蓮に昼の月あり浄瑠璃寺・・・・・・・・・・・・・・・・松尾いはほ

掲出句の背景として浄瑠璃寺の写真を出しておく。

普通、「ハス」は蓮根を採るための農作物だが、この頃では「生け花」用に「花蓮」が栽培されている。
私の方の近所でも花卉栽培農家があちこちに「蓮田」を作っている。
もっとも忙しい時期は、月遅れ盆の前10日間くらいである。お盆の行事に蓮の花を仏前に供えるからである。

「枯れ蓮」というのが冬の季語で、葉や蓮の実が残骸のように転がっているのが「あわれ」を催すというので、古くからの季語になっている。

以下、枯れ蓮を詠んだ句を引いておく。

 枯蓮の銅(あかがね)の如立てりけり・・・・・・・・高浜虚子

 蓮の骨日日夜夜に減りにけり・・・・・・・・青木月斗

 蓮枯れて水に立つたる矢の如し・・・・・・・・水原秋桜子

 湖の枯蓮風に賑かに・・・・・・・・高野素十

 枯蓮をうつす水さへなかりけり・・・・・・・・安住敦

 枯蓮のうごく時きてみなうごく・・・・・・・・西東三鬼

 ひとつ枯れかくて多くの蓮枯るる・・・・・・・秋元不死男

 白くさむく枯蓮の裾透きにけり・・・・・・・・草間時彦

 枯蓮の敵味方んく吹かれゐる・・・・・・・・清水昇子

 枯蓮(はちす)考へてゐて日が動く・・・・・・・・岸田稚魚

 枯蓮の折れたる影は折れてをる・・・・・・・・富安風生



心拍の打つリズムを聴いている。/ ああ!私のいのちのリズム!/1/f のいのちの揺らぎ! ・・・木村草弥
a0006_000216.jpg

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


──草弥の詩作品<草の領域>──再掲載・私の誕生日に因んで

      「1/f の揺らぎ」・・・えふぶんのいちのゆらぎ・・・・・・・・木村草弥

   心拍の打つリズムを聴いている。
   ああ!私のいのちのリズム!
   あたたかい血のぬくもりがリズムを打っている
   時にはドキドキしたり
   落ち込んでぐったりすることもあるが─────。
   1/f のいのちの揺らぎ!

   ロウソクの炎が揺れている。
   今日は私のン十年の誕生日
   自分で買ってきたバースデーケーキのロウソクに
   火をつけて
   じっと見つめている。
   ハピーバースデー ツー ユウ!
   口の中で ぶつぶつと呟いてみる。
   ローソクの炎が揺れている。
   1/f の炎の揺らぎ!

   買って来た「物」についているバーコード。
   同じ太さの線が等間隔に並ぶというのではなく
   細かったり、太くなったりするバーコードの線のリズム!
   その線の間隔の並びが心地よい。
   もっとも バーコードとは言っても
   マトリックス型二次元コードは駄目!
   1/f のバーコードの線の揺らぎ!

   どこかで メトロノームが
   かちかちと リズムを刻んでいる
   ヨハン・ネポムク・メルツェルが発明した────。
   規則正しい、ということもいいことだが
   一斉整列、一心不乱、というのは嫌だ。
   強弱、弱強の、
   寄せては返す波のようなリズムの
   波動が欲しい!
   1/f のおだやかな波動の揺らぎ!

   杉板の柾目の箱を眺めている。
   寒い年、暑い年、
   雨の多い年、旱魃の年────
   それらの気候の違いが
   柾目の間隔に刻印されている柾目。
   等間隔ではない樹のいのちのリズム!
   1/f の樹の柾目の揺らぎ!

   そよ風が吹いている。
   小川のせせらぎが聞こえる。
   自然現象は
   時には暴力的な素顔を見せることもあるが─────。
   今は
   そよ風が吹き
   小川のせせらぎの音が心地よい!
   1/f の自然のささやきの揺らぎ!

   どこかで
   ラジオの「ザー」というノイズが流れている
   周波数が合わないのか─────。
   もう片方の耳には
   妻の弾くピアノの音の合間に
   かちかちというメトロノームの
   規則正しい音が聞こえる。

   そのラジオのノイズの「ザー」という不規則な音と
   メトロノームの規則正しい音とが
   いい具合に調和するような
   ちょうど中間にあるような
   1/f の調和したリズムの揺らぎ!

   私の体のリズムと同じリズムである
   <1/f の揺らぎ>に包まれて
   <1/f のやさしさ>に包まれて
   今日いちにち快適に過ごそう!

──(2006.02.07 私の誕生日に寄せて)──
-------------------------------------------------------------------
この作品は私の詩集『免疫系』(角川書店)に収録した。
これは<1/f えふぶんのいち>という言葉に触れて、私の詩作の感受性が一気に開花したものである。
因みに申し上げると「1/f 」とは音楽用語というよりは科学用語である。関心のある方は、お調べ願いたい。
「f」=freqency周波数の略称というか、記号である。
この詩が成功しているかどうか、は読者の判定に待つほかないが、いかがだろうか。

「1/f ゆらぎ」については、このWikipediaの記事に詳しい。  



寒林の栗鼠が落ちこむ空ま青・・・龍居五琅
cf176.jpg
8084371624_a03a629d49リス

      寒林の栗鼠が落ちこむ空ま青・・・・・・・・・・・・・・龍居五琅

私は「裸木」という言葉が好きなのだが、この言葉の季語が無い。 たから、仕方なく「寒林」というのを引いておく。 

      裸木(はだかぎ)の蕭条と立つ冬の木よ われは知るなり夏木の蒼(あを)を・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
葉を落として粛然と立つ冬の木にも、緑の葉を茂らせた、華やかな夏木の季(とき)があるのである。
「冬の木よ、わたしはそれをよく知っているよ」という呼びかけである。冬木の姿を通して夏木を思い描いている歌である。

『栞草』に「夏木立は茂りたるをいひ、冬木立は葉の脱落したるさまなどいふべし」と書かれている。まさに簡潔にして要を得た言葉と言える。
俳句の季語としては「冬木」「寒木」「冬木立」「枯木」「寒林」などがあるが、この頃では「寒林」が多用されるという。
「枯木」という言葉は、葉を落としただけの冬木の表現としては適切ではない。文字通り「枯れた」木と紛らわしいからである。
掲出した私の歌のように冬木から夏木を連想するという意味では「枯木」は使いたくない。

いま「寒林」という季語を紹介したので、それを詠んだ句を引きたい。

 寒林の日すぢ争ふ羽虫かな・・・・・・・・杉田久女

 寒林の一樹といへど重ならず・・・・・・・・大野林火

 寒林を三人行くは群るる如し・・・・・・・・石田波郷

 寒林やとつくに言葉消えやすく・・・・・・・・石橋秀野

 寒林に日も吊されてゐたりしよ・・・・・・・・木下夕爾

 寒林の栗鼠が落ちこむ空ま青・・・・・・・・龍居五琅

 冬森を管楽器ゆく蕩児のごと・・・・・・・・金子兜太

 寒林に待つは若者眉根濃し・・・・・・・・星野麦丘人

 寒林の奥にありたる西の空・・・・・・・・鷲谷七菜子

 寒林の起ち上る夕日かな・・・・・・・・北野登

 寒林に海の匂ひがよぎりけり・・・・・・・・青木たけし



立春の風は茶原を吹きわたり影絵となりて鶸たつ真昼・・・木村草弥
7d3f2449カワラヒワ

      立春の風は茶原を吹きわたり
            影絵となりて鶸(ひは)たつ真昼・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌の前に

      立春の茶畑の土にくつきりと生命線のごと日脚のびたり

という歌が載っている。これらは私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
普通、「ヒワ」と呼んでいるが正しくは「カワラヒワ」というらしい。写真がそれである。
漢字で書くと「鶸」という字で、スズメくらいの大きさで、羽を広げたときの鮮やかな黄色がめだつ鳥である。
この鳥は「留鳥」ということであり、繁殖期以外は集団で行動する。
私の方の茶園は木津川の河川敷にあり、今ころになると茶畑でよく見られる。

私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)の中にも

   野分のなか拝むかたちに鍬振りて冬木となれる茶畝たがやす

   固き芽の茶の畝耕し寒肥(かんごえ)を施(や)れば二月の風光るなり

という歌が載っている。これらも掲出歌と同じ時期を詠んだものである。

昨日は「立春」だった。昔の人が「春立つ」と季節分けした日が来たのである。
今年は一月は、ずっと寒かった。
二月の声を聞くと、そんな寒さが嘘のように日中は最高気温も10度を越えて12、3度を示すようになった。
さすがに朝晩は寒く、田園地帯では、まだ結氷も見られる昨今である。
「大寒」が1月20日ころで、節分、立春というと名前とは裏腹に一年でも、最も寒い頃であるが、さすがに季節は争えないもので、
「光」が全くちがって来て、光量が豊かになってきたという実感がするのである。
これらは野良で、実際に日光を浴びたものでないと実感は出来ないかも知れない。
この頃になると「日の出」の時刻は冬至の頃に比べても十数分早くなった程度だが、
「日の入り」は、ずっと遅くなって、冬至の頃に比べると一時間半ほどは太陽が長く照っている。
「春の日は暮れそうで暮れない」という言葉が昔からある。
私の歌群は、そういう季節感を実生活に則して詠んだものである。

20090215085526ヒワ群舞
↑ 掲出した私の歌の場面を写真にすると、こういう写真になる(撮影はM.N氏)。

以下、ヒワを詠んだ句を引いて終わる。 なおヒワは秋の季語である。

 鶸鳴くや杉の梢に日の残り・・・・・・・・柏後

 砂丘よりかぶさつて来ぬ鶸のむれ・・・・・・・・鈴木花蓑

 鶸渡り群山こぞり山を出づ・・・・・・・・相馬遷子

 北の空暗し暗しと鶸が鳴く・・・・・・・・飯田龍太

 鶸渡る建てしばかりの墓の辺を・・・・・・・・飯田龍太

 大たわみ大たわみして鶸わたる・・・・・・・・上村占魚

 鶸渡る比叡へ流るる霧に乗り・・・・・・・・鈴間斗史

 つと飛びし真鶸高らに天がける・・・・・・・・今牧茘枝

 鶸渡る雨の峠の草伝ひ・・・・・・・・堀口星眠

 さざめきのありて真鶸の枝うつり・・・・・・・・斎藤夏風

 群れし鶸田の土を舐め木に散りぬ・・・・・・・・城取信平

 風と来てオロフレ山に鶸の声・・・・・・・・長谷川草洲

 

詩誌「カルテット」6号・・・木村草弥
山田_NEW

──山田兼士の詩と詩論──(16)

      詩誌「カルテット」6号・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・2019/02/02刊・・・・・・

詩誌「カルテット」は、図版でも読み取れるように、山田兼士、江夏名枝、山下泉、田原 の四人の同人による年刊(?)詩誌である。
だから雑誌の名前を「QUARTETTE」という所以である。
江夏名枝さんは、三井葉子さんが尽力された萩原朔太郎記念とをるもう賞受賞から羽ばたかれた人であるから、次のような詩作品を載せておられる。

    コワイワナア──三井葉子さまへ    江夏名枝

   「あんたたち、盗んだ ! 」
   東京の詩人さんに、しゃらっと云ったんですって
   そのとき目をパチクリしたでしょ、きっと
   トーキョーの詩人さんたち

   「テンノーさん盗んで、東に持ってった ! 」
   三井さんは可憐に、わたを編むみたいに譲らなくて
   いにしえよりも深きに遡ってしまう   
   昭和の御代を生きて

   問うて喰う
   (あんたら、いつまでも薄っぺらい ! )
   いたずらなのか、菩提樹の葉か
   チクリと刺すのか、気まぐれなのか

   とをてくう
   雨ヤ風トタタカッテ
   勝ッタリ負ケタリシテモ
   シャアナイネン

   嗚咽する電話口の石原吉郎をいなした
   いまは透ける葡萄色の湯のなか

         山田兼士「コワイワナア 三井葉子さん追悼」に導かれ

--------------------------------------------------------------------------
この詩は、在りし日の三井さんの口ぶり、仕種を彷彿させて秀逸である。
短時間ではあったが、三井さんの許の身を寄せた者として、身につまされる作品であった。

その他、ここには「公開対談」として2018/11/18の、関西詩人協会総会での「詩を書くことをめぐって」という小池昌代と山田兼士の対談の記事が面白い。

巻末の「詩集カタログ2018」には、私の詩集『修学院幻視』も採り上げてもらっている。

簡略な紹介だが、終わります。 ご恵贈有難うございました。






立春のどこも動かず仔鹿立つ・・・秋元不死男
852006200720E5B08FE9B9BFE38080E69DB1E5A4A7E5AFBA_E7B8AEE5B08F-abf0e小鹿
 ↑ 奈良公園の仔鹿
12_17p4出雲大社「立春大吉」符

       立春のどこも動かず仔鹿立つ・・・・・・・・・・・・・・秋元不死男

掲出句に合わせて「仔鹿」の画像を出しておく。

「立春」は二十四節気の一つ。暦の上では今日から「春」になる。
まだまだ寒いが、これから「立夏」の前日までの90日間の季節をいう。これを「九春」という。これは「春九旬(90日間)」のことである。
春は寒暑の移り変わりの時期で、二月は寒く、三月に入って寒暖を繰り返しながら、次第にあたたかくなって、四月に暖かさが定まるということである。
昨日は「節分」だったが、この字の「節」の通り、季節がこの日をもって分かたれるのである。寒い寒い冬よ早く去れ、春よ来たれ、という「春」が動きはじめ、春の「気持」が用意されてゆく。
写真①は出雲大社の「立春大吉」の吉札である。
この「立春大吉」という字はタテ書きにすると左右対称形になるから縁起がいい、と古代中国の時代から言い慣わされてきたお目出たい字である。
『山の井』という本に「よろづのびらかに豊かなる心を仕立つ」と書かれているように、春の到来を喜ぶ気持が生まれる頃である。
「春」という字は「張る」「発る」が語源だというが、万物発生の明るい季節感を表現したものである。

harunootodure和菓子「春のおとずれ」
写真②は「春のおとずれ」という名前の立春の季節生菓子で伊勢の「赤福餅」で有名な老舗のもの。
ここは先年、日付表示のことで世間を騒がせたが、「赤福餅」は伊勢のみやげとして欠かすことの出来ないものだから、お客さまの後押しも得て、徐々に立ち直ってきたようだ。
淡い紅色のういろう生地で、こしあんを包んで折りたたみ、梅の花に見立てた菓子である。
伝統的な和菓子の世界では、こういう季節感を大切にした、ほのぼのとした情緒が賞味できる。

siratamatubaki和菓子白玉椿
写真③は、同じ老舗の「白玉椿」という季節の生菓子で、茶道の炉の季節の茶花は何と言っても椿が主役。
早春の今、色つやの美しい葉に囲まれて白一重中輪の早咲き種の白玉椿が花咲かせているのに因む。
伊勢芋を練り込んだ特製の生地で、こしあんを包み、白い清楚な花が茶席の床を飾る白玉椿に見立てている。

「立春」という抽象的な概念を表現するのは難しいもので、ならば、こういう季節感を持った具体的な「物」で視覚的に表わした方がいいと考えて、やってみた。

img_risshunbin.jpg
P1151721立春初しぼり
写真④は日本酒の「立春搾り」という本日限りの限定版である。
日本酒は消費がじりじり減る傾向にあるので、こういう限定版の商品を発売して何とか売り上げを伸ばしたいという涙ぐましい努力である。
おかげで、こういう限定ものは、よく売れているらしい。インターネット上でも、いくつかの銘柄の立春酒が見られる。
昨年秋からの日本酒の仕込みも今が最盛期で、「蔵出し」の原酒などはおいしいものである。
左党ならぬ私なんかも美味だと思う。
このような趣向は、あちこちのメーカーが同じように採用している。

t-konoesiro近衛白(関西)

写真⑤は「白椿」である。
以下、「立春」を詠んだ句を引いて終わる。

 寝ごころやいづちともなく春は来ぬ・・・・・・・・与謝蕪村

 春立つや愚の上に又愚にかへる・・・・・・・・小林一茶

 雨の中に立春大吉の光りあり・・・・・・・・高浜虚子

 さざ波は立春の譜をひろげたり・・・・・・・・渡辺水巴

 立春や一株の雪能登にあり・・・・・・・・前田普羅

 かかる夜の雨に春立つ谷明り・・・・・・・・原石鼎

 山鴉春立つ空に乱れけり・・・・・・・・内田百閒

 春立つと拭ふ地球儀みづいろに・・・・・・・・山口青邨

 冬よりも小さき春の来るらし・・・・・・・・相生垣瓜人

 春立ちて三日嵐に鉄を鋳る・・・・・・・・中村草田男

 立春の米こぼれをり葛西橋・・・・・・・・石田波郷

 春が来て電柱の体鳴りこもる・・・・・・・・西東三鬼

 立春のどこも動かず仔鹿立つ・・・・・・・・秋元不死男

 立春の雪のふかさよ手鞠唄・・・・・・・・石橋秀野

 人中に春立つ金髪乙女ゆき・・・・・・・・野沢節子

 立春の鶏絵馬堂に歩み入る・・・・・・・・佐野美智

 立春のぶつかり合ひて水急ぐ・・・・・・・・会田保

 畳目の大きく見えて春立つ日・・・・・・・・八田和子



節分の春日の巫女の花かざし・・・五十嵐播水
091217kagura_akatukisai_700.jpg

   節分の春日の巫女の花かざし・・・・・・・・・・・・・・・・・五十嵐播水

掲出した写真は春日大社の節分祭で真夜中に行われる「暁祭」の巫女の神楽奉納。

「節分」は「立春」の前日で、追儺(ついな)──おにやらい、の行事が行われる。
豆を撒いて鬼を退散させ、自分の新しい齢の数だけの豆を食べるのが一般の風習になっている。
関西では戸口に鰯の頭を刺した柊ヒイラギの枝を差したりする。
また、「太巻き寿司」をそのまま、恵方の方角(今年は南南西)を向いて黙って一気に食べる、という風習が流行りだした。
もともと節分は一年に四回あり、季節の変わり目つまり「節」の変わり目にあったが、いつしか立春の前日に集中して行われるようになった。
旧正月で行われた行事──鰯の頭や柊の枝を戸口に差すこと、あるいは十二月晦日ないしは正月の追儺の行事も、節分に移行して、節分の行事となっている。

↓ 写真②は、奈良の春日大社の節分の行事である「春日万灯籠」のもので、三千とも五千とも言われる石灯籠に火が入った様は荘厳かつ圧巻である。
46282753_v1283755338春日万灯籠

京都、奈良には神社仏閣が多いが、この日にはあちこちで盛大な豆まきが行われる。客寄せのために有名人を招いて豆まきをさせたりする。
この節分の行事は室町時代から、今のような形になったと言われている。
壬生寺では壬生狂言「節分」が上演され、参詣者は素焼きの「ほうらく」を買って氏名、年齢などを墨で書いて厄除けを祈願奉納する。
この「ほうらく」は四月の大念仏会で上演される壬生狂言の「ほうらく割り」の中で割られ、これで厄除け、開運が授けられる。
img448c4fdezik3zj.jpg
↑ 写真③は京都の壬生寺の壬生狂言の中の「炮烙ほうらく割り」の場面である。

寺院では「星まつり」と称するところもある。
私の家の菩提寺は日蓮宗だが、特別御祈祷と称して、携帯用の小さい「お札」を呉れるので運転免許証のケースの中に入れて持ち歩くのである。
もちろん御祈祷料が要る。

なぜ節分が年一回になり立春の前日だけに集中したのか、それだけこの日が寒い冬から春に向かう日として一番印象深いからであろう。
その期待感については、明日の「立春」のところで詳しく書きたい。

掲出した句も、春日大社のものであるから、ここで春日大社について少し書いてみたい。

春日大社は710年、藤原鎌足の子、藤原不比等が平城京遷都の際に藤原氏の氏神を祀ったのが始まりとされる。
一方、春日大社の社伝によると、奈良時代後期の768年に現在地に創設されたのが始まりとされている。
このタイムラグは何なのかというと、新興氏族の藤原氏と、すでに他の神々が奈良の山々に居る中で新たに新興の神様を持ってくるためには、
関係者たちとのコンセンサスを得るのに時間がかかったという説があるらしい。(梅原猛『隠された十字架・法隆寺論』新潮文庫)
いわゆる「成り上がり」は「伝統」には弱いということである。
その後、平安時代に入って藤原氏が天皇の外戚となって強大な権力を持つと、皇族や貴族の春日大社詣が増え、庶民の間にも信仰が深まってゆく、というところである。
ついでに書いておくと「興福寺」は藤原氏の「氏寺」であり、現在の寺域は狭いが、当時は今の奈良国立博物館の辺りの奈良公園なども、すべて興福寺の寺領だったという。

setubun1.jpg
↑ 写真④は滋賀県の多賀大社の節分祭の様子。神官の撒いている豆が鬼にかかるのが見える。

話は春日大社に戻るが、毎年二月と八月に3000ある灯籠に火を入れるが、これらの灯籠の多くは庶民からの奉納であるから、民間信仰の広がりが伺える。
因みに、奈良の「鹿」のことだが、この鹿は「神鹿」として、野生だが人間が限りなく「保護」するものとして今日に至っているが、
御神体であるタケミカズチは白い鹿に乗って鹿島からやって来たとされ、現在に至るまで奈良の鹿は神のお使いということになっている。

IMG_84431.jpg
↑ 写真⑤は京都の八坂神社の「福鬼」である。この鬼はわざわざ「福鬼」と断ってあるように、この鬼に頭を撫でてもらうと悪魔が退散して福がもたらされるということである。
以下、節分を詠んだ句を引いて終わりたい。

 節分の何げなき雪ふりにけり・・・・・・・・・久保田万太郎

 節分や灰をならしてしづごころ・・・・・・・・久保田万太郎

 節分や家ぬちかがやく夜半の月・・・・・・・・水原秋桜子

 節分やちろちろ燃ゆるのつぺ汁・・・・・・・・村上鬼城

 節分の豆少し添へ患者食・・・・・・・・石田波郷

 節分や田へ出て靄のあそびをり・・・・・・・・森澄雄

 節分の雪の精進落しかな・・・・・・・・手塚美佐

 米洗ふみづひかりをり節分会・・・・・・・・原けんじ

 節分の陽に透き烏賊の滴れる・・・・・・・・池田和子

 節分の月傾けし軒端かな・・・・・・・・県多須良
---------------------------------------------------------------------
京都の「節分」行事では、色々の面白いものもある。
左京区聖護院の「須賀神社」では江戸時代の風俗「懸想文(けそうぶみ)売り」が出て、良縁を得る縁起物を売る。
上京区の「廬山寺」の「鬼の法楽」という演出は絵画的に面白いものである。
赤青黒三匹の鬼が踊りまわるが、護摩の火を受け、豆と餅を投げられて退散する。





copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.