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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「未来山脈」掲載作品・2019/04 「卆の字」・・・木村草弥
未来_NEW

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↑ 卒寿記念のTシャツの広告

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(16)

      「卆」の字・・・・・・・・・・ 木 村 草 弥
             ・・・・・・2019/04掲載・・・・・・

        「卆」の字    木 村 草 弥       

   卒の略字「卆」は九と十。わたしは今年卆寿だという

   卒は兵卒。古代中国には兵卒に印(しるし)をつけた服を着せたから

   宮崎信義は徴兵され中国戦線で一兵卒として苦労した

   卒は終わる、終えるの意味から「卒業」の熟語がある

   卒には「遂に」「俄(にわか)に」の意味もあると辞書に

   「卒中」「卒倒」「卒然」などの熟語がある

   卆寿とは「人生を終える」齢という意味なのか

   虚弱児だったボク──九十歳まで生きるなんて思いもしなかった

   どうやら「卆」の字が私の目下のキーワードらしい

   ああ、この夕餉に牡蠣(かき)に檸檬(れもん)を絞りつつ思うことである
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作品の中にも書いたが、虚弱児だった私が九十歳まで生きるとは、思ってもいなかったことである。
別に、お祝いをしてもらいたいとも思わないし、古稀や米寿のときも何もお祝いの行事はしなかった。
だから、そんなことに関心はない。まあ、しかし、作品に書いたような「感慨」はあるのである。







詩・身も心も・・・吉野弘
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 ↑  青土社; 増補新版  2014/4/21刊

──吉野弘の詩──(6)

     身も心も・・・・・・・・・・・・・吉野弘

   身体は
   心と一緒なので
   心のゆくところについてゆく。

   心が 愛する人にゆくとき
   身体も 愛する人にゆく。
   身も心も。

   清い心にはげまされ
   身体が 初めての愛のしぐさに
   みちびかれたとき
   心が すべてをもはや知らないのを
   身体は驚きをもってみた。

   おずおずとした ためらいを脱ぎ
   身体が強く強くなるのを
   心は仰いだ しもべのように。

   強い身体が 心をはげまし
   愛のしぐさをくりかえすとき
   心がおくれ ためらうのを
   身体は驚きをもってみた。

   心は
   身体と一緒なので
   身体のゆくところについてゆく。

   身体が愛する人にゆくとき
   心も 愛する人にゆく。

   身も心も?
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今どきは、何事も赤裸々になってしまったから、こういうピュアな心情は「死語」になったようにも思われるが、大切にしたいものである。



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