
はたはたのつるみてぬぎしもののなし・・・・・・・・・・・・・・秋元不死男
私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)にも
小さき雄が背中に乗りてオンブバッタ交尾の様も秋空の下・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
というのがある。
バッタ類の雄はみな雌よりも格段に体が小さい。交尾のために雄が雌の背中に乗っていると、まるで子供がおんぶしているように見える。
この虫はおんぶしている場面をよく見られるので、名前までオンブバッタとつけられてしまった。
この虫は畑といわず野っぱらにも、やたらにいる虫で、葉っぱを食べる害虫である。

バッタの仲間には40種類くらいのものがいるらしいが、写真②は「いなご」の雌雄である。
これも雄は小さい。漢字では、蝗と書くが、これは稲につく害虫である。
掲出の歌のオンブバッタは別名「きちきち」ともいう。飛んで逃げるとき、きちきちという羽音をたてて飛ぶからである。
これも「聞きなし」のものである。また地方によっては「はたはた」と呼ぶらしい。これも飛ぶ音からの命名だろう。
私の地域ではオンブバッタのことを「おんめ」と呼ぶ。
これは交尾のオンブの姿勢でみられることが多いので「雄雌」がつづまって「おんめ」となつたと思われる。
この虫は後ろ足を持つと体を揺するので「機織バッタ」とも呼ぶ。私の住む地域では子供が「おんめ、機(はた)織れ」とはやして後ろ足を持ったりする。
この私の歌の収録されている一連の歌を引いておく。
草 刈・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
田の平に立ちて眺むるふるさとは秋のさ中の青谷百町歩
わが盆地幅三里ほど南北長し右は生駒山系ひだりは笠置山系
草を刈るあとを追ひ来る鳥のむれ生きゆく知恵ぞ虫を啄む
めざとくも雲雀来たりて虫を食(は)む警戒しつつ鴉もくるよ
人が草を刈れば虫が食へるといふ生き物の知恵いぢらしきかも
小さき雄が背中に乗りてオンブバッタ交尾の様も秋空の下
草刈機の振動の余韻とどまりて腕(かひな)と指の揺るるを覚ゆ
湯浴みして洗ひたれども我の身に草の匂ひの残る宵なり
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歳時記から「おんぶばった」「いなご」の句を少し引いて終りにする。
きちきちといはねばとべぬあはれなり・・・・・・・・富安風生
はたはた飛ぶ地を離るるは愉しからむ・・・・・・・・橋本多佳子
はたはたのゆくてのくらくなるばかり・・・・・・・・谷野予志
はたはたのおろかな貌がとんで来る・・・・・・・・西本一都
はたはたの脚美しく止りたる・・・・・・・・後藤比奈夫
はたはたの空に機織りつづけつつ・・・・・・・・平井照敏
ふみ外す蝗の顔の見ゆるかな・・・・・・・・高浜虚子
一字(あざ)や蝗のとべる音ばかり・・・・・・・・水原秋桜子
豊の稲をいだきて蝗人を怖づ・・・・・・・・山口青邨
蝗の貌ほのぼのとして摑まるる・・・・・・・・原田種茅
蝗とび蝗とび天どこまでも・・・・・・・・平井照敏
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