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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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磬三たび打てど不在か師の寺を訪ふ門に紫式部のつぶら実が輝る・・・木村草弥
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      磬(けい)三たび打てど不在か師の寺を
         訪ふ門に紫式部のつぶら実が輝(て)る・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


磬(けい)というのは、もともと中国の石製楽器で、それが青銅製のものに作られ、仏教の儀式などに使用されたものである。
上部の紐穴に紐を通し、木製の磬架につるして鳴らす。

掲出の私の歌は第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載せたものだが、この歌の場合は、この「ケイ」は宗教儀式用のものではなく、師が中国から新作ものだが、古代の石製楽器に模したものを買って帰り、
門に呼鈴かわりに吊るしてあるものである。石製なので、カンカンという甲高い澄んだ音がするものである。庫裏の入口に掲げてあった。

中国の石製「ケイ」の写真をbittercup氏から教えていただいたので、中国のオリジナルの虎纹石磬の写真を出しておく。↓
出所は中国の「国家博物馆馆藏精品特展」という簡略体のサイトである。(草弥注・今はこのサイトは削除された) 
御礼申し上げて、ここに追記しておく。
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この歌のつづきに

  紫を禁色(きんじき)と誰(た)がさだめけむ紫式部のむらさきの実よ

という歌が載っている。もちろん日本朝廷が権威の象徴として高貴な僧などに限って着用を許したことは知っている。しかし、それを「誰かさだめけむ」と、ぼかすところが詩なのである。

ムラサキシキブについては先に採り上げたので、それを参照されたい。
私としては「ケイ」を詠った歌を採り上げたかったので重複する部分があるが敢えてアップした。
収録してある歌集も違うからである。
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この楽器についての解説をネット上から引いておく。

磬(けい)は古代の打楽器であり、中国で最も古い民族楽器の一つでもあります。素朴で古風な感じのする楽器で、とても精巧に作られています。磬の歴史はとても古く、遠い昔の《母系社会》で、磬は「石」や「鳴る球」と呼ばれていました。当時、人々が漁や狩猟で生計を立てていた頃、一日の仕事が終わった後にこの石を叩きながら様々な獣を真似た踊りを踊ったということです。このとき叩かれていた石がその後、徐々に改良され打楽器の磬となりました。
磬は当初人々の踊りや歌の中で演奏されていましたが、その後は編鐘(へんしょう)と同じように、古代の権力者が戦や祭りなどの場面で使うようになりました。

磬は使われる場所や演奏法によって特磬と編磬の二種類に分けられます。特磬は皇帝が天地と祖先を祭祀する時に演奏され、編磬は主に宮廷音楽に使われるもので、幾つかの磬からなる楽器で木製の棚に並べて演奏します。2000年ほど前の戦国時代、楚の編磬製造技術は既に比較的高いレベルに達していました。

1978年8月、中国の考古学者が湖北省随県の擂鼓墩で2400年ほど前の古墳(曽侯乙墓)を発掘したとき、その古墳の中から古代・楚文化の特徴を表す編鐘、編磬、琴、瑟、簫、鼓など120点余りの古代楽器や多くの文化財が出土しました。そのなかに32枚の曽侯乙編磬があり、上下に配置された青銅製の磬が棚の上に並んでいます。これらの編磬は石灰石や玉などから作られていて、通常は澄んだ明るい音色を出しますが、残念なことに出土した大多数がボロボロでヒビが入っており、音が出ない状態でした。1980年に湖北省博物館と武漢物理研究所が協力して作成した曽侯乙編磬の複製品は、本来の編磬とほぼ同じ美しい音色を再現しました。

1983年、湖北省音楽団が十二平均律に従い32枚の石製編磬を作ったほか、1984年9月には蘇州の民族楽器工場と玉彫刻工場が碧玉で18枚の編磬を作りました。

鑑賞曲:『竹枝詞』(曽侯乙編磬の複製品での演奏) ←この部分はリンクになっていない(草弥・注)



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