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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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秋の始まりは動物病院の看護婦とグレートデンのくちづけ・・・穂村弘
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↑ 穂村弘

         秋の始まりは動物病院の看護婦(ナース)
                とグレートデンのくちづけ・・・・・・・・・・・・・穂村弘


新潮社の読書誌「波」2019年十月号の連載のページ「掌のうた」は見開き2ページに右ページに短歌を、左ページに俳句を載せ、今は三枝昂之と小沢実が執筆している。
はしめに書いておくが、この歌は最近のものではないだろう。
今では男性もいるので「看護師」が一般的であるからだ。
私は穂村弘の歌は歌集なんかも見たことがないし、総合誌などで見かけるだけで詳しくはないからである。 → Wikipedia─穂村弘

この文章の出だしには、こう書かれている。
<いまの若手歌人にとって短歌の世界は穂村弘から始まる。
 極端にいえば、彼らは穂村より前の世代は眼中にない。その理由はどこにあるのだろうか。
    終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて
 例えば、この歌の〈降りますランプ〉のぴったり感だろう。これが「降車ボタンに囲まれながら」であればごく普通の表現、若者たちにはスルーされるだろう。
 身近な風俗を今日的な感覚にリニューアルする。そこに穂村の吸引力がある。・・・・>

三枝昂之は昭和19年山梨県生まれ。歌誌「りとむ」発行人。山梨県立文学館館長。宮中歌会始の選者。などを歴任する目下の歌壇の中心人物であるから言説に重みがある。
因みに、俵万智が角川短歌賞を受賞したときの次席が穂村弘なのである。 

話のついでに穂村弘と石田比呂志との確執について、ずっと以前に私のブログにこんな記事を書いたことがある → 「石田比呂志の歌」
ここで穂村との絡みについて書いているので参照されたい。

この三枝昂之の文章の末尾には、こう書かれている。
<・・・その穂村ももう五十代後半、昨年刊行した『水中翼船炎上中』には、
  「壜詰のアスパラガスのなんだろうこの世のものではないような味」がある。
  歌の軽やかな魅力に年齢的変化はなさそうだが、この後はどうなるのか、目が離せない。>

短歌の世界でも俳句の世界でも、今や、こういう「軽やかな」「ただごと」を詠んだ作品が主流を占めている。
「主題」を据えた重々しい作品は忘れ去られたようである。
今日は、私がいつも愛読している雑誌の記事から、書いてみた。


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