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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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芋の葉にこぼるる玉のこぼれこぼれ子芋は白く凝りつつあらむ・・・長塚節
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    芋の葉にこぼるる玉のこぼれこぼれ
       子芋は白く凝りつつあらむ・・・・・・・・・・・・・・・長塚節


長塚節は正岡子規の高弟。
初期「アララギ」を伊藤左千夫とともに主導した歌人・小説家。茨城県に旧家の地主の長男として生まれ、育った。結核のため36歳で没。
写生の歌に独自の境地を開き、鋭い観察と冴えた感覚には完成された風格があった。

掲出の歌は里芋の葉から地面に落ちつづける夜の露。その白玉の露がしみて、地中の芋は白く輝きながら実りつつあるだろう、という。
地中を凝視する目と想像力がもたらした印象鮮やかな歌。
ただ「芋」というと里芋のことである。
里芋は学名を Colocasia antiquorum var. esculenta というが、インドからマレーシアにかけての南アジアが原産地。
ミクロネシアなど南方に広がったタロイモは、その野生種に近いと言われる。
サトイモの方は、寒さに適応してアジア北部まで広がった品種で、中国では紀元前から栽培の記録あり。
日本では稲作が始まった時期よりも古く、縄文中期から栽培されたと考えられる。
つまり古代日本では、サトイモ栽培が稲作と共存していたが、連作が効かないサトイモに対して、
一度田んぼを作ると毎年連作できる稲作の方が日本の国土に合っていたのだろう。稲作が出来ない畑地などに、ようやく生き残ってきた。
東北地方で河原などで開かれる「芋煮会」の芋というのもサトイモのこと。むかしはサトイモはよく食べられた。
種芋を植えて親芋として太らせ、子芋、孫芋を増殖させて10月に収穫する。

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地方によって呼び方は違うと思うが、関西では写真(2)を「子芋」と呼ぶ。

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写真(3)は子芋の味噌和えの煮付けだが、子芋自体は甘みもない淡白なものなので、どんな料理にも合う反面、特徴のある味ではないので、人すきずきである。
親芋は京都では「頭(かしら)芋」と言い、お正月の雑煮に入れて、一家の家長に「頭にふさわしく」と言って食べさせるが、余りうまいものではない。
「衣被(きぬかつぎ)」というのは皮のついたままの子芋を茹でたもの。
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写真(4)(5)にサトイモの調理例を出しておく。(4)はサトイモと鶏肉の煮付け、(5)は鶏肉ミンチとのそぼろあんかけである。
サトイモが調理上嫌われるのは手がかゆくなるヌルヌルのためだが、その正体は蓚酸カルシウムの針状結晶のしわざ。
皮をむくときに皮膚について刺激する。茹でれば問題ないが、防御としては芋をむくときに、手に酢か塩をつけること。
濡らしたキッチンタオルで皮ごと一つ一つくるんで電子レンジにかけてから皮をむくとよい。
電子レンジ調理が一番手軽である。

俳句にも古くは松尾芭蕉の

   芋洗ふ女西行ならば歌よまむ

という有名な句があるが、現代俳句にも秀句があるので、それを引いておく。

 芋の露連山影を正しうす・・・・・・・・飯田蛇笏

 地の底の秋見届けし子芋かな・・・・・・・・長谷川零余子

 芋照りや一茶の蔵は肋あらは・・・・・・・・角川源義

 案山子翁あち見こち見や芋嵐・・・・・・・・阿波野青畝

 雀らの乗ってはしれり芋嵐・・・・・・・・石田波郷

 芋掘りし泥足脛は美しく・・・・・・・・平畑静塔

 箸先にまろぶ子芋め好みけり・・・・・・・・村山古郷

 風の神覚むるや芋の煮ころがし・・・・・・・・野中久美子

 芋の露天地玄黄粛然と・・・・・・・・平井照敏


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