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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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帚木蓬生『白い夏の墓標』・・・木村草弥
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──新・読書ノート・・・初出Doblog2007/11/11──

     帚木蓬生『白い夏の墓標』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・・新潮文庫16刷・初版昭和54年・・・・・・・・・・・

先日、同じ作者の『聖灰の暗号』を採り上げたが、多くの小説が書かれているので、引き続いて読んでみたいと思い、bk1から十数冊取り寄せた。
この小説は帚木の初期の作品で昭和54年(1979年)に新潮社から発表されたが「直木賞」候補に挙げられ注目を浴びている。
サスペンスの体裁を取りながら、採り上げているテーマが、いわゆる「細菌兵器」開発にまつわるということで、今日的意義を持っている。
細菌兵器開発といえば、古くは旧関東軍731部隊が知られているが、今でもアメリカをはじめ先進国でも、ひそかに開発が進められているらしい。
この小説は、「遺伝子」操作のことにも触れているように、極めて「身近な」危険性について考えさせる。
現代科学は、一体、われわれ人類をどこに連れてゆこうとしているのか、という不安をかきたてるが、利用の仕方ひとつで救世主にも悪魔にもなり得る現代科学の両面性を、この本は気づかせてくれる。

筋書きは、肝炎ウィルス国際会議に出席すべくパリを訪れた北東大学の教授、佐伯をストーリー・テラーとして、フランスおよびピレネー山中の小国アンドールを舞台に展開してゆく。
主人公は、仙台型肺炎ウィルス、いわゆる「仙台ヴァイラス」の研究で、米軍にその能力を買われて渡米した若き細菌学徒「黒田武彦」である。彼は発表した英文の論文を米軍によって発見され、細菌兵器開発のために「仙台ヴァイラス」株と一緒に連れ去られ、ピレネー山中の小国「アンドール」にある研究所に詰め込まれる。
研究者が発見し開発した「培地」が、大学からも強引に持ち去られたのには、日本の敗戦後数年という時期が関係していて占領軍である米軍の「強権」によるものである。
米軍が目をつけたのは、黒田の開発した「細胞融合」という手法にあった。
そして黒田は、その地でいったい何を研究していたのか?その結果いかなる運命に巻き込まれたのか?彼の死をめぐる真相は?

興味津々たるそれらの謎を、作者は佐伯の目を通して一枚、一枚はぎとってゆく。パリにおける佐伯とベルナール(黒田の所属した研究所の所長だった)との邂逅、佐伯と黒田との学生時代へのフラッシュバック、次いで舞台は現代に戻り、佐伯のウスト(ピレネー山中の現地)行き、一転して「黒田の手記」という形で、謎の核心が語られてゆく。

見所は、何と言っても第4章に登場する「黒田の手記」だろう。そこでわれわれは、ウイルスに憑かれた一人の男の秘められた生い立ちを知ることになる。<ウイルスは人間よりもきれいだ>と言い切るまでに至った男の苦闘をかいまみることになる。そこで暴露される細菌兵器開発の実態は、人類に背を向けた「逆立ちした科学」の不条理を明瞭に物語っていると言える。現代科学の暗い狭間に身を置いた黒田の「煩悶」が描かれる。
『聖灰の暗号』でも「マルティの手稿」なるものが、重要なキーになっていたが、帚木は、こういう主人公の「手記」なるもののプロットという手法を得意としているようだ。

物語は後半、黒田の死をめぐる真相に焦点が絞られる。アンドールの病院における黒田とジゼル・ヴィヴの出会い、二人の恋、そして決死の脱出行、など。

帚木は東京大学文学部仏文科を出ているのでフランス語には堪能で、小説の舞台にもフランスは、先の『聖灰の暗号』同様たびたび出てくる。
この小説でもフランス南西部の、いわゆる「カタリ派」の舞台が登場し、カタリ派のことにも、さらっとだが触れられる。「モンセギュール」の山も出てくる。『聖灰の暗号』では重要な場所であるが、ほぼ30年のちに書かれる小説の素材というか、素地が、すでにこの小説に「芽生えて」いることは興味深い。
「アンドール」という国名は、「アンドラ公国」として私たちが知っている国であろうか、アンドールとは、この国のフランス語読みの発音であろう。

時代と切り結ぶ先鋭なテーマ、それを生かす緊密な「プロット」と、清冽な文体──欧米の優れたミステリーのように、プラス・アルファの面白さを備えた、知的なエンターテイメント・ノヴェルと言えるだろう。
先にも書いたが帚木は、フランス文学を専攻後にTBSに勤めたのち、九州大学医学部に入り直し、医学を修めているから医学の知識も豊富で、付け刃でない緊密性のある文体を書ける人である。今は「精神科医」として開業しているようだ。
一年に一作という節度のある執筆態度も、好ましい。 いい小説である。


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