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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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北神照美歌集『ひかる水』・・・木村草弥
ひかり_NEW

──新・読書ノート──

     北神照美歌集『ひかる水』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・短歌研究社2018/11/13刊・・・・・・・・

北神照美氏から標記の本を恵贈された。
北神氏とは、私の第五歌集『昭和』を出したときに、三井修氏のお世話で東京で『昭和』を読む会を開いてもらったときに出席して批評をしていただいたのが縁である。
これは2012/07/28の暑さのひどい時期で、「東京ノアール池袋西武横店マイスヘース」で開催されたことを思い出す。
その後、北神氏の第三歌集『カッパドキアのかぼちゃ畑に』をいただいて書評を書いたことがある。 ← リンクになっているので読んでください。

前置きが長くなった。
この本は北神氏の第四歌集ということになるが、昨年、日本歌人クラブの「優良歌集賞」と日本詩歌句協会の「短歌部門大賞」を受賞されたという。おめでとうございます。
こうしてスキャナで取り込むと判らないが、クリーム地に真珠色のきらきら光る「帯」が巻いてある。
この帯には「塔」選者の小林幸子氏の文章が載っている。画像で読み取れるだろうか。
念のために、その部分を書き抜いてみよう。

    <さざなみの近江に生い立ち、蒲生野に遊んだ少女のおおどかさ
     を、北神照美さんは、いまも失っていない。標野に薬草を摘ん
     だ女たちの末裔のように、薬学を学び仕事に就き、東京湾を見
     下ろす高層の部屋に暮らす。古代から現代へ、時空を超えて通
     うゆたかな水脈が折ふしにひかり、歌が生まれる。  小林幸子>

     いちまいのひかりが長く伸びてをり
    東京湾ね。 耳元に声


極めて的確な要約と言えるだろう。
この帯にも書かれているが、北神氏は京都大学薬学部を出られたという。大学でドイツ語を学んだ先生が、「塔」の創始者・高安國世だったと書いている。
今その結社に所属していると不思儀な縁があるのである。

先の歌集の上梓が2012年だったので、あれから、ほぼ八年の歳月が過ぎたことになる。
それらの長い年月に書き溜められた歌群なので歌の数が多い。何首あるのか書かれていないので分からないが何とか引いてみよう。
歌はⅠ Ⅱ Ⅲ Ⅳ の章建てに分かれているが、章の名前は無い。製作年次の順だろうか。
自分や旦那さんの入院などの歌が見られる。
   ■千葉の地の鯖街道に回り来し津波のはなしを聞く五人部屋
   ■白き部屋に麻酔のための台ひとつ置かれてわれが自分でのぼる
   ■死ぬでなく生まれるでなき手術台 小さき内臓われから去りぬ
   ■白い光の前にあなたの顔だつたぼんやり像をむすんだものは
   ■病室の入口は夜もほんのりと雪あかりする雪はやみしか
五人部屋とあるから深刻な病気ではなかったのだろう。何の病気かは分からないが、そういう病気が出てくる齢に作者もなった、ということである。

   ■ICUから今朝病室に移りました。感情抜きたる電話が来たり
   ■海に臨む病室の窓に光差しあなたの顎をさらに尖らす
   ■「ご主人は今病気です」と書き留むる猫がゐてほし入院十日目
   ■病みてのち顔色蒼きあなたにと春色セーター一枚選ぶ
これは何の病気かは分からないが、ご主人も病気されたのである。本の真ん中くらいに載っている。

   ■わが赤き車の屋根に濃きミルク投げたるごときは鳥の挨拶
   ■光の粒が踊る音符であるやうな海を見にゆくプジョーとばして
   ■いちまいのひかりが長く伸びてをり 東京湾ね。耳元に声
作者は車が好きなようだ。それもプジョーとは日本では珍しい車。
そして、ここに「帯」に引かれている象徴的な歌が載っている。佳い歌である。

北神氏の先師は「潮音」の藤田武だったという。そのご逝去の歌
   ■初めての歌の師にして獅子のごと髪立ててゐき われは背きし
   ■終となる対面すればおだやかな顔でありたり鋭き眼を閉ぢて
   ■焼かるる刻なり するすると扉閉づるときこゑを聞きたりしづかな母音
   ■茜さす素数に還りゆくのだと降りしきる雪の中で見送る

ついでに高安國世にまつわる歌を引いておく。
     高安國世・高安醇 父と子作品展 二〇一八年二月銀座
   ■國世歌集『光の春』のあかるさが小さき画廊に溢れてゐたり
      「茜さす雲ひとつなく昏みゆく稍きさらぎの夕暮れ長き」 国世
   ■ゆふぐれとおもへぬ茜の鮮やかさ息子が絵にする父の晩年
   ■教室を歩く横顔忘れえず ドイツ語習ふも歌人と知らず   五十年前 必修ドイツ語
北神氏の学んだ、ずっと前になるが、私も第二外国語としてドイツ語を選択したときに、高安先生に学んだことがある。
北神氏が生まれた頃の話である。
私も、その頃は短歌に縁がなかったので歌人とは知らなかった。先生は教室でも短歌の話はされなかった。
教室で「シェーン イスト ユーゲント ヴァイ フローエン ツァイテン」という歌を教えていただいた。青春は美しい、という歌だが、今でも歌えるから不思議である。
(脱線した。元に戻そう)
若い頃には「背いたり、反抗したりしがち」のものである。そこから、また学んだりするのである。  

「あとがき」にも書かれているが、前の歌集にはなかった「薬学」など仕事の歌が、いくつか見られる。引いてみよう。
   ■〇・〇一グラムまで秤量合はせたり薬は毒にもなるものなれば
   ■その量は体表面積にて決まる野焼きのごとき薬と思ふ
   ■薬袋に青きカプセル入れ走るおゆみ野はむかし狩場でありき
   ■かつて標野の紫草に射しし日は調剤秤をあかねに染めをり
   ■ただ広き国際会議場に佇つ研究生活送りし名古屋の
   ■言ひよどみああ警告のランプつくパワーポイント終はらないのに
   ■残薬をなんとかせむと論かはす若き薬剤師の白き歯光る
 
旅の歌としてはスリランカやロシアの歌がある。
   ■満月がスリランカの闇に昇りくる圧倒的なつよき黄の色
   ■茶畑は山いちめんに続きたり茶を摘むをみなのサリーの赤、青
   ■仏歯寺の祈りはうねる声の束たびびとわれも素足で歩む
   ■古き名をセイロンといふ国の春 密林に来て象の頭に乗る
   ■桃の尻ならぶるやうなるシンハラ語ぷるぷるたのし駅の掲示板

   ■道のさきラスコーリニコフの下宿なり 黒い帽子の出で来るところ
   ■エルミタージユの地下に猫たち飼はれをり鼠を食べる任務を帯びて
   ■樫の森の冷気に立つはプーシキン決闘に死ぬまぎはの姿か
   ■大小の古き鐘そらへ鳴り始む鐘のひびきのやさしさに泣く
   ■天に向くあまた尖塔に三日月を付けるこころよ さみしいかロシア
作者は旅が好きである。前の歌集はトルコのカッパドキアだった。

この辺で、とりとめもない鑑賞を終わりたい。雑駁な文章で失礼する。
作者にとって今が一番楽しい時期である。ご健詠をお祈りして終わる。    (完)


「信天翁」私信と抽出歌・・・高旨清美。市川光男。
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・高旨清美。市川光男。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・高旨清美(「晶」「DOA」)

あたたかな冬でしたがねまだ寒暖差は続いております。
この度は御歌集『信天翁』を賜りましてありがとうございます。
現在は「未来山脈」に拠っておられるとのこと。
「信天翁」の一連、心にしみました。
   ■向うより径の来てゐる柿畑自が影曳きてさまよひにけり
「向うより径の来てゐる」がどことなく暗示的です。
そのほか「森の記憶」など、環境問題に触れたものに心ひかれました。
ご健詠をお祈りいたします。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・市川光男(「未来山脈」会員)

この度は歌集『信天翁』ご出版おめでとうございます。
   ■言葉は究極の兵器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
   ■人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない
   ■「自由」というだけで何でや?今どきの若者よ、それが時代の狂気なのだ
言葉は鋭利な刃物。地球は人間を良しとしない。
「美しい心が逞しい体に支えられる日がいつかは来る」そう、私も信じたい。



「信天翁」私信と書評・・・笠原真由美
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     「信天翁」私信と書評・・・・・・・・・・・・笠原真由美(「未来山脈」編集員)

寒冷地の諏訪にも温かい風が吹き始めました。関西はもうすっかり春でしょう。
この度は第七歌集『信天翁』を御恵贈いただき有難うございます。
さっそく拝読させていただきました。
特に印象的だったのは14ページからの「象形」で、わたくしの知らない「新短歌」の時代、宮崎信義や金子きみらが活躍したころの結社誌の熱気を彷彿とさせる、力強く重量のある自由律作品群に心奪われました。
「キティちぉん」、「言葉」などの連作については、これは短歌というより「詩」ではないのか・・、「詩もしくは「散文(独白)」を、ぷつりぷつりと切り離して一行づつ表記しているのではないのか・・そのような疑問を持ちましたが、「あとがき」105ページの記述を読み納得いたしました。
木村様には文語定型短歌の基本と蓄積があり、その上での実験や挑戦(遊び)が可能になっているのだと思いました。
(中略)
歌集の中から、特に心に残った歌を写させていただきました。        笠原真由美

   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■波動する意識をとどめようとして 目を閉じた 明くる日
   ■ふしぎにかぼそい光のタペストリー 孤立するまばゆい無限空間
   ■とどまろうとして なおも意識に墜ちてゆく どこへ

   ■白髭を蓄え口を開けて讃美しているのがシメオン
    その腕には幼子イエスがしっかりと抱かれている
    絵の中央で跪きながら二人を見守っているのがマリア

   ■水泳教室も新入生を迎えて活気づいている  (一番好きな作品です ! )
   ■峠を越えると突然、朝霧の歓迎を受けた
   ■砂漠に足を踏み入れ、暫くそこに身を置く

   ■白夜に近い状態だった 月だけが冴えざえと輝いていた
    氷雪の中に、雲霧の彼方に世俗を拒否する世界があった

   ■入り口に「プライペート」と書かれてしまえばおしまいである


 
水あふれゐて啓蟄の最上川・・・森澄雄
03080027ヒキ抱接①

  水あふれゐて啓蟄の最上川・・・・・・・・・・・・・・・・・・森澄雄

今日は「啓蟄」(けいちつ)である。
「啓蟄」は24節気の一つである。
「啓」は開くの意味。「啓蒙」という言葉があるが、これは蒙を開くの意味からきた熟語である。
「蟄」は巣ごもり、のこと。土中に冬眠していた虫が、この頃になると、冬眠から醒め、地上に姿を現しはじめる。
啓蟄を更に具体的に言った言葉に「地虫穴を出づ」「蛇穴を出づ」「蜥蜴穴を出づ」「蟻穴を出づ」などの表現がある。
この頃鳴る雷を「虫出しの雷」というが、そういうと昨晩というか未明に雷鳴とともに激しい雨が降った。
今ごろは、冬から春への季節の変わり目で、こういう気象現象が起りがちなのであろう。
いずれにせよ、地下の虫も動き出してきたか、という一種の感慨とともに、使われる言葉であり、季節感を、よく表現していると言えるだろう。
掲出写真は「ヒキガエル」の抱接だが、この類は、この頃に地中から出てきて抱接し、雌は水溜りに卵を生んで、また冬眠を続けるために地中に戻るという。
「交尾」と「抱接」とは、ちょっと違う。言葉の定義としては厳密に区別されなければならぬ。
交尾というのは雄が生殖器を雌の生殖器に挿入して受精するが、カエルの類は抱きあって、雌が放出した卵に雄が精子を振りかけて受精する仕組みになっている。
ついでに書いておくと、これと対応する言葉として「射精」と「放精」という言葉も区別して厳密でなければならない。
先年に或る未知の歌人から歌集が恵贈されてきたが、その中に「鮭の<射精>」という歌があって、この歌を今をときめく中堅の有名歌人が採り上げていた。
これは、上に述べたように言葉の使い方が間違っている。
魚類の生殖は交尾するのではなく、雌が産んだ卵に雄が精液をかける「放精」であるからである。
この有名歌人は大学の自然科学者であるから言葉には厳密であってもらいたい、と思ったことである。余談だが少し書いておく。

森澄雄は大正8年(1919年)兵庫県姫路市生まれ。昭和15年「寒雷」創刊と同時に加藤楸邨に師事。
彼は、戦後俳壇の社会性論議の域外にあって自分の生活に執し、清新な句境を拓く。
のち古典、中国詩、宗教書に親しみ、時間、空間の広がりの中に思索的な作品世界を構築した、と言われる。
晩年は体調を損ねておられたが、読売新聞の俳壇選者などを努めておられたが、2010/08/18に亡くなられた。
森澄雄の作品を少し抜きだしてみよう。

 チェホフを読むやしぐるる河明り・・・・・・・・・・・・森澄雄

 家に時計なければ雪はとめどなし

 明るくてまだ冷たくて流し雛

 雪夜にてことばより肌やはらかし

 雪国に子を生んでこの深まなざし

 田を植ゑて空も近江の水ぐもり

 春の野を持上(もた)げて伯耆大山を

 水入れて近江も田螺(たにし)鳴くころぞ

 火にのせて草のにほひす初諸子

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他の作家の啓蟄の句を少し挙げて結びにする。

 啓蟄の土洞然と開き・・・・・・・・・・・・阿波野青畝

 啓蟄や庭とも畠ともつかず・・・・・・・・・・・安住敦

 啓蟄の大地月下となりしかな・・・・・・・・・・・・大野林火

 啓蟄や解(ほぐ)すものなく縫ふものなく・・・・・・・・・・・・石川桂郎

 啓蟄を啣へて雀飛びにけり・・・・・・・・・・・・川端茅舎

一番あとの川端の句の啓蟄は、出てきた「虫」のことを指しているのである。


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