FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
202002<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>202004
「信天翁」私信と抽出歌・・・佐田公子。山下雅子。
信天翁_NEW

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・佐田公子。山下雅子。

     「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・佐田公子(「覇王樹」主宰)

桜が開花しはじめましたが、コロナ騒動で落ち着きません。
この度は第七歌集『信天翁』をご恵贈いただき誠にありがとうございました。
御礼が遅くなり申し訳ございません。
「未来山脈」にお入りになったこと、自由律にご挑戦、光本様も心強いと思います。
   ■一病を持ちては永きたそがれか野の豌豆の花の白さや
   ■原始、地上は森に覆われ、海には生命の胎動があった
   ■入り口に「プライベート」と書かれてしまえばおしまいである
定型に拘わらない自由さが、嬉しくなりました。

コロナウイルスの難関を乗り切りたいです。
どうぞ、ご自愛下さいませ。   かしこ
------------------------------------------------------------------------------

      「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・・・山下雅子(「地中海」会員)

この度御歌集『信天翁』を賜り、久々にお会いした思いになつかしく御祝、御礼を申し上げます。
「地中海」以来ごぶさたしましたが、折々歌壇その他でお名前を拝見し、ご活躍にエールを送っておりました。
この度の「あとがき」から、私と同年昭和五年生まれであり、突然の大病を機に、定型から口語自由律へ、現在があり、前向きに新しい立場にひたすらなお姿。
その気概に圧倒される思いで元気をいただきます。
木村さんの能力には足元にも及びませんが、下手の横好きの短歌一筋たのしんでおります。

   ■言葉は究極の武器。言葉は人を滅ぼす。言葉は要注意。
   ■卒寿とは「人生を終える」齢という意味なのか
   ■哺乳類の奇形として出発した「二足歩行」の未来は
   ■北原白秋に「時局」を諭され前田夕暮は自由律から定型へ復帰した
   ■香川進大尉は「自由律歌人」だからと陸士出の将校に殴打された

口語なればこその、すぱりと言い切る味合いかと。
光本恵子先生の「未来山脈」を拝見し、「地中海」でも口語の方がおられ、私は口語表現を歓迎し、あるいはいつか私も・・・。

ところで私事ですが、一年前、転倒し左骨盤のひびで半年以上入院。
現在、杖歩行でそれなり安定しておりますが、今日は足のリハビリのため、リハビリ介護施設におり(月に十日ほど)、ここで手紙を書いております。
それで、このような失礼なレター、乱筆、乱文をお許し下さいませ。
木村様も大病からのご生還、大変でいらっしゃいましたね。再びの命、大切にされますよう。
お互いに午年の身、自愛いたします。  



「信天翁」私信と抽出歌・・・小谷陽子
信天翁_NEW

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


       「信天翁」私信と抽出歌・・・・・・・・・・・・小谷陽子(「ヤママユ」会員)

新型コロナ・ウイルス出現で不穏ながら、空は明るい春の色です。
御歌集『信天翁』を賜り、大変うれしく御礼申し上げます。
なにより九十歳とは、にわかに信じられない程のみずみずとした若々しい感性と、深い教養、幅広い知識と経験に支えられた知性の織りなす「詩」を堪能いたしました。
私個人としては定型か否かというより、よりこちらに響いてくるものに惹かれました。
<桜><言葉><「卆」の字><森の記憶②><岩の造形>は、特に一連が、ひとつの思想を鮮やかに最終行に向かって収斂させていく魅力があり、共感いたします。
また一行から、ほっと呼び覚まされる言葉が多くありました。
  <村の見慣れた風景に眠ってゐる寓話をゆつくり呼びさましたらどうか>
  <レンブラントの光は可視化されているようでいて形而上の光である>
  <物は嘘をつかない、物が語りかけるものは嘘をつかない>
  <死と同じ重さの生 生と同じ軽さの死>
  <人間は生きるために樹木を必要とするが樹木は人間を必要としない>
  <人間を作る以前から樹木の細胞と長い付き合いがある>
  <もとあったところから流転して今の場所へ。そして留まる>
もちろん前後の言葉があって、よりひびくものと思いますが、一つ一つ、その背後にあるものは、深く広い、そして純粋な直観の力かと存じます。
<朝の儀式>には、少々驚きました。生命力の源のひとつはやはり「食」にあるのですね。それは「生」の美しい儀式なのですね。
<どうやら「卆」の字が私の目下のキーワードらしい>の次に<ああ、この夕餉に牡蠣に檸檬を絞りつつ思うことである>と結んでおられるのも、豊かな生命力を感じます。
拙い感想を述べました。
拝読できて幸いに存じました。   三月十八日        小谷陽子
---------------------------------------------------------------------------
敬慕する小谷さんから、私の作歌意図を鋭く突いた書評をいただき、作者冥利に尽きるというものです。
有難うございました。心から深く感謝いたします。 




生きる途中土筆を摘んでゐる途中・・・鳥居真理子
tukusikinokawa土筆

     生きる途中土筆を摘んでゐる途中・・・・・・・・・・鳥居真理子
 
掲出したこの句は「土筆を摘んでゐる途中」の描写の中に「生きる途中」という心象を盛って秀逸である。

私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものに、こんな歌がある。
 
    夜の卓に土筆(つくし)の吐ける胞子とび我死なば土葬となせとは言へず・・・・・・・・・・木村草弥

川の堤防の土手などに「つくし」が頭を出す時期になってきた。
採ってきた「つくし」をテーブルの上などに置いておくと、未熟なものでは駄目だが、生長した茎が入っていると、
私の歌にあるように「胞子」が白く下に溜まってばら撒かれることがある。

この頃では季節の野草としてスーパーなどで「つくし」が売られるような時代になってきたが、本来は春の野にでて「摘草」を楽しむものであろう。
「つくし」は「スギナ」の若い芽(正しくは胞子茎)で、学名をEquisetum arvense という。
スギナは嫌われものの野草で深い根を持ち、畑などに侵入すると始末に負えないものである。
食料として「つくし」を見ると、子供には、苦くて、旨くなくて、なじめない野草だった。大人の、それも男の大人の酒の肴というところであろうか。

昔の人は、土の中から、あたかも「筆」先のような形で出てくるので、これを「土筆」(つくし)と呼んだのである。

tukusi土筆

私の歌は「国原」という長い一連の中のもので、この歌の前に

    土筆(つくし)生(お)ふ畝火山雄々し果せざる男の夢は蘇我物部の

    あり無しの時の過ぎゆく老い人にも村の掟ぞ 土筆闌(た)けゆく


という歌が載っている。
こうして一首あるいは二首を抜き出すと判りにくいかも知れない。一連の歌の中で、或る雰囲気を出そうとしたものだからである。
掲出した歌も上の句と下の句とが、ちょうど俳句の場合の「二物衝撃」のような歌作りになっていて、
この両者に直接的なつながりはなく、それを一首の中に融合させようとしたものである。
敗戦後しばらくまでは、私の地方では、伝統的に「土葬」だった。
私なども町内の手伝いとして何度も、土葬のために墓の穴掘りに出たものである。すでに埋葬された人の人骨などが出てくることもあった。
キリスト教では基本的に土葬であり、土葬が野蛮とか遅れているとかいうことは出来ない。風習の問題である。
「火葬」は仏教に特異な遺体の処理法であると知るべきである。今では、当地も、すっかり火葬一色になってしまった。
墓が石碑で固めた墓地になってしまったので、私だけ「土葬」にしてくれ、といっても出来ない相談である。

二番目の歌について少し解説しておくと「蘇我物部」(そが・もののべ)というのは、蘇我氏、物部氏とも滅びた氏族である。
ご存じのように蘇我氏は渡来人系であり、物部氏は日本古来の氏族であったが蘇我氏などとの抗争で滅ぼされた。
だから私の歌では、それを「果せざる男の夢」と表現してみたのである。

墓地にはスギナが、よく「はびこる」ものである。
私の歌の一連は、そういう墓地とスギナとの結びつきからの連想も歌作りに影響している、とも言えようか。
「つくし」を詠んだ句は大変多いので、少し引いておく。
写真③が土筆が生長した「スギナ」である。まだ遅生えの土筆も見える。

sugina-apスギナ

 土筆野やよろこぶ母に摘みあます・・・・・・・・・・長谷川かな女

 病子規の摘みたかりけむ土筆摘む・・・・・・・・・・相生垣瓜人

 つくづくし筆一本の遅筆の父・・・・・・・・・・中村草田男

 土筆見て巡査かんがへ引返す・・・・・・・・・・加藤楸邨

 まま事の飯もおさいも土筆かな・・・・・・・・・・星野立子

 土をでしばかりの土筆鍋に煮る・・・・・・・・・・百合山羽公

 土筆折る音たまりける体かな・・・・・・・・・・飯島晴子

 生を祝ぐ脚長うしてつくしんぼ・・・・・・・・・・村越化石

 土筆の袴とりつつ話すほどのこと・・・・・・・・・・大橋敦子

 惜命や夜のつくしの胞子吐く・・・・・・・・・・神蔵器

 一行土筆を置けば隠れけり・・・・・・・・・・小桧山繁子

 土筆など摘むや本来無一物・・・・・・・・・・矢島渚男

 週刊新潮けふ発売の土筆かな・・・・・・・・・・中原道夫

 着ると暑く脱ぐと寒くてつくしんぼ・・・・・・・・・・池田澄子

 「はい」と言ふ「土筆摘んでるの」と聞くと・・・・・・・・・・小沢実

 生き死にの話に及び土筆和え・・・・・・・・・・増田斗志

 末黒野の中の無傷のつくづくし・・・・・・・・・・村上喜代子

 摘み溜めて母の遠さよつくづくし・・・・・・・・・・田部谷紫

 土筆たのし巨木のやうに児は描く・・・・・・・・・・国分章司



copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.