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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村草弥歌集「信天翁」を読む・・・光本恵子
光本_NEW

信天翁_NEW

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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     木村草弥歌集「信天翁」を読む・・・・・・・・・・光本恵子(「未来山脈」主宰)
             ・・・・・・長野日報2020/03/21「ポエムのある部屋」389掲載・・・・・・・

私が二年余り前から身を寄せている、口語自由律の結社「未来山脈」主宰者である光本恵子先生が、頭書のような書評を執筆してくださった。
画像で読み取れると思うので、ここに打ち直すことはしないが、私のキャノンの「スキャナ」はA4までしか撮れないので81%まで縮小した。
その過程で何字か消えているところがあるがお許しいただきたい。
私のブログに歌集の全文が出ているので欠けているところは補って読んでください。
このページは光本先生が長野日報に定期的に書かれる専用のページで、ここに載せられた二十年間の記事から『口語自由律短歌の人々』(鶫書房2019/03/29刊)という労作が誕生した。
ついでに書いておくが、この記事の初めの辺りに書かれている私の第三歌集『樹々の記憶』の解説を宮崎信義が、「帯」文を光本恵子先生が書いてくださった。
← 文中の赤字になっている部分は「リンク」になっているので、クリックして読んでみてください。
そのことを申しあげて、改めて御礼申し上げます。 有難うございました。


村島典子の歌「花を売る老婆」33首・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(41)

     「花を売る老婆」33首・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・「晶」109号所載・・・・・・・・

          花を売る老婆      村島典子

                   吟行より六日をへだててふたたび西教寺を訪ふ
   ひとり来てふたたびを来て西教寺に思ひをふかむ湖の見えをり
   鉦の音のけふもきこえく本堂に欄間の羅漢のみな笑みまさむ
   真盛上人の木像写真の片されて本堂すそけし淋しくなりぬ
   六日前のわれらと思ふ向かうから来る集団のありすれ違ひたり
   風景は溶けまじるなり紅葉と眼下の湖と坂本のまち
   一人なればひとりの時間門前町にふぞろひの柚子売られてありて
   坂本の門前町に迷ひいり柚子一盛りを百円に買ふ
                      夜々奇怪なる夢多し、  六首
   なにゆゑかかく鮮やかな夢を見つ勤めゐたりし二十歳のころの
   上司なる甚兵衛さんが能楽堂に仕舞をまへる摺り足に去る
   昨夜みしは舅しうとめ台所にチーズとらむと背伸びするところ
   白障子めぐらされゐる高層の家うち点りて巨塔のごとし
   障子ひらき鳥いつせいに翔びたつは夢の夜のそら神さぶるかも
   なよなよとなんだか頼りなき歌と評されそれより醒めて眠れず
   土に還ることのたふとさ叢にましろきビニール袋よあはれ
   ものとして転がりてある現実を霜月の雨が猛烈に打つ
   雨脚の物に触るると彼は言ひきしみじみとして雨を聴きをり
   「残夢童女」ダムの底よりあらはれしとふ文明を問ひき石牟礼道子
   ダムの底に時間は鎖され村落も墓石もとはに水漬きたりけり
   風景はかつて背景でありしこと、宗教画からリアリズムへと
   ただ湖はそこにありけりそれのみに今朝は元気にわれ在りにたり
   情感(サンサシオン)いづこからくる湖の面に小さき舟のとどまるが見ゆ
   「ねぢられた家」訳者が田村隆一であることのなぜにかくも嬉しき
                                 アガサ・クリスティー著
   味覚検査すべて辛しと応へをへ血液採らる犯罪者のごと
   実在は非在となるやたうとつにヒヨドリおまへ柿を持ち去る
   七十五歳をばあさんと呼びますか 「呼びますよ」独り笑ひしながら
   夕暮のわたしのまなこ花と死を取り違へたり「死を売る老婆」
   行きしことなけれどフィレンツェの街角の花売る老婆を思ひ描けり
   「ユリノキの大木なのか」「枯花を見よ、わたくしはユリノキである」
   情念を灯し思念を宿す木とユリノキ詠みし橋本喜典
   北沢郁子逝きたまひしとしみじみと書評のひとつ読みたりわれは
   非常なる内気のわれを知る人のはや無くなりて淋しかりけり
   月熟すと言ひし人はも鬼灯をかかげかの世の岸に待つらむ
   盥水もて山のひかりを見たまひて逝きましし師を今朝は思へり
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「私は、いま、どんどん近代短歌の方へ傾いています」という村島さんである。 
この一連が、その近代短歌に到達し得ているか、どうか。
益々のご健詠を。 有難うございました。



       
赤い椿白い椿と落ちにけり・・・河東碧梧桐
t-kurowabi黒詫助(関西)

   赤い椿白い椿と落ちにけり・・・・・・・・・・・・・河東碧梧桐

碧梧桐は明治6年松山市生まれ。
中学生の頃から同郷の先輩正岡子規の影響で俳句をはじめ、高浜虚子とは当時から親友であり、かつ好敵手だった。

この句は明治29年の作と言われ、印象明瞭な新世代の秀作だと子規が絶賛、有名になったという、初期の代表作。
この句は、読みようによっては、まず赤い椿が落ち、ついで白い椿が落ちる、というようにも読めるが、作者自身は、紅白二本の椿の下に赤い花、白い花それぞれが散っている情景に感興を得たようである。

t-konoesiro近衛白(関西)

碧梧桐は虚子と競って句や文章に活躍したが、次第に虚子との確執が抜き差しならないものになり、その後、「新傾向」と言われる運動に突き進むことになる。
この面では、毀誉褒貶あい半ばする、というのが本当だろう。

ここでは、碧梧桐を論ずるのが本筋ではなく、季節の花として「椿」を語ることにする。
椿は「山茶」と書くのが正式らしく、その字の感覚からも、さざんか(山茶花と書く)や茶の木と同種である。
木扁に春と書くように、日本の春の代表的な花である。豊臣秀吉の椿好きがよく知られ、俳人では石田波郷がこの花を好んだ、と書いてある。
「玉椿」は椿の美称。「つらつら椿」は連なり生えた椿で、万葉集に出てくる。落ち椿の印象が、よく詠われる。
以下、歳時記にも載る代表的な椿の句を挙げておきたい。

 水入れて鉢に受けたる椿かな・・・・・・・・・・・・鬼貫

 落ちなむを葉にかかへたる椿かな・・・・・・・・・・・・召波

 落椿投げて暖炉の火の上に・・・・・・・・・・・・高浜虚子

 落椿かかる地上に菓子のごとし・・・・・・・・・・・・西東三鬼

 御嶽の雲に真つ赤なおそ椿・・・・・・・・・・・・飯田蛇笏

 人仰ぐ我家の椿仰ぎけり・・・・・・・・・・・・高野素十

 椿見て一日雨の加賀言葉・・・・・・・・・・・・森澄雄

 雪解けの底鳴り水に落椿・・・・・・・・・・・・石原八束



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