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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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石川美南歌集『体内飛行』・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

      石川美南歌集『体内飛行』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・短歌研究社2020/03/20刊・・・・・・・・

敬慕する石川美南さんから標記の本をご恵贈いただいた。
石川さんの第五歌集ということになる。
この本には何も書かれていないが、東京外国語大学のご出身である。
前歌集『架空線』ほかについては ← を参照されたい。
ずっと若いが、同じ東京外語出身の千種創一の歌集『砂丘律』には、石川さんの「評」が裏表紙に載っている。
この本については『砂丘律』 ← をクリックされたい。

この本に収録されたのは「短歌研究」誌2017年一月号から三か月おきに2018年十一月まで八回にわたり連載された一連「体内飛行」が元になっている。
これに同じ「短歌研究」2019年一月号、四月号に発表された一連「1980--2019」他を付加して280首からなっている。
こういうのは「ふらんす堂」などが十年ほど前から企画、実行しているもので、著名歌人、俳人を競わせて評判になっているものである。
石川さんも今を嘱望される作家で、こういう企画を持ち込まれるというのは喜ばしいことである。

この本には書かれていないが、石川さんは1980年のお生まれであり、晩婚そして四十歳前後での出産ということでである。
本の題名にも、そのまま採られて、文字通り、この本一冊は妊娠、出産の記録の歌ということになる。
前の本と同様に、極めてブッキッシュな編集で「引用」「前書き」なども一杯で、私の好きな本である。
基本的に、自分の体、生活に立脚したリアリズムの歌作りである。
難しい比喩表現などは無い。

少し本に立ち入って見てみよう。
発表の一連毎に表題がつけられている。
 ⒈ メドゥーサ異聞
 ⒉ 分別と多感
 ⒊ 胃袋姫
 ⒋ 北西とウエスト
 ⒌ エイリアン、ツー
 ⒍ 飛ぶ夢
 ⒎ トリ
 ⒏ 予言

少し歌を引いてみる。
   ■メドゥーサの心にばかり気が行つてペルセウス座流星群の星見ず
   ■目を覗けばたちまち石になるといふメドゥーサ、真夜中のおさげ髪
   ■翼ある馬を産みたる悲しみのメドゥーサ、襟に血が付いてゐる        メドゥーサ異聞
   ■浅い雪 あなたと食事するたびにわたしの胸の感触が変はる
   ■逡巡の巡の音湿り、今週はあなたが風邪を引いて会へない
   ■夕暮れの薬缶覗けば大切な暮らしの中にあなたが暮らす
   ■眠りへと落ちゆく間際ひたすらに髪撫でてゐる これは誰の手     分別と多感
こうして彼女の「大切な」人が、彼女の中で育ってゆくのである。
 
         豆の袋に豆の粒みな動かざるゆふべもの食む音かすかにて   小原奈実
   ■『穀物』同人一人にひとつ担当の穀物ありて廣野翔一はコーン
   ■「燕麦よ」「烏麦よ」と言ひ合つて奈実さん芽生さん小鳥めく
同人誌創刊の光景である。この章には前書きや言葉書きが入る。いずれも的確。

   ■試着室に純白の渦作られてその中心に飛び込めと言ふ
   ■引き波のごときレースを引いて立つ沖へ体を傾けながら
   ■本棚に『狂気について』読みかけのまま二冊ある この人と住む
   ■二人して数へませうね暮れ方の蚊帳に放てば臭ふ蛍を
   ■勘違ひだらうか全部 判押して南東向きの部屋を借りる
   ■生活は新しい星新しい重力新しい肺呼吸
   ■柔らかなミッションとして人間の肌の一部に触れて寝ること
   ■慣れてしまふ予感怖くて皮膚といふ皮膚掻きむしりながら入籍
彼の愛に包まれながら、
だんだんと一緒に暮らす現実に慣らされて行くのである。

⒍ 飛ぶ夢 は、前書き、引用が多い。というより、すべてに引用が付く。

      燕燕は梢から飛び立ち、人々の頭上を回りながら滑空している。
        ひとしきり冷たい雫が落ちてきた。彼女が流した涙のようだ。   莫言「嫁が飛んだ !」

   ■医師とわたしのあひだボックスのティシュー置かれて、ひとたび借りぬ

      放心した自分の横顔に、富士の反射がちかりと来る   前田夕暮『水源地帯』
   ■をととひと同じ讃美歌、曇つては晴れゆく視界、はい、誓ひます
      濃淡さまざまの黄色に彩られた地球は、我が吊籠の周囲において徐ろにその円周を縮めつつあった。  稲垣足穂「吊籠に夢む」
   ■我が顔を心配さうに見下ろせる心配な心配なあなたよ
愛する祖母が、同じ頃に亡くなり葬儀があったのである。祖母を焼く儀式には出ずに婚礼支度をしていた。

   ■顔こする五本のゆびを見つめつつうかうか弾むわたしの声よ
   ■わたしとは違ふ速さに弾みゐる右心房右心室左心房左心室
   ■宿主の夏バテなんぞ物ともせずお腹の人は寝て起きて蹴る
   ■椅子までの八歩を歩む 立つたまま履けなくなつたパンツを持ちて
   ■つやつやの腹部ちらりと確かめて「ビリケンさんに似てきた」と言ふ
   ■陸亀のやうに歩めり「横顔」がいつも流れてゐた地下街を
   ■目を細め生まれておいで こちら側は汚くて眩しい世界だよ
   ■薄明に目をひらきあふときのため枕辺に置く秋の眼鏡を
ここまでが「体内飛行」の歌である。
そして「1980--2019」は石川さんの一代記の一年に一首づつの、誕生から現在までの連作である。
     1980 誕生
   ■廊に響く祖母の万歳三唱をわたしは聞かず眠りゐしのみ
     1990 小学四年一学期の保護者面談で
   ■「美南ちやんだけは女の武器を使はず戦つてゐて偉いと思ふ」
     1997 『短歌朝日』に投稿を始める
   ■岡井隆の顔写真 (その下にわたしが上げた小さな花火)
     2004 黒瀬珂瀾兄の結婚式に出席
   ■新郎の法衣はピンク 檀家さんが「いい男ね」とじわじわ騒ぐ
      2015 シンガポールで短歌朗読
   ■真夜中の樹を見に行かう この街ではストツキングを誰も履かない
      2018 「短歌研究」の作品連載始まる
   ■「会ふたびに薄着になる」と弾む声 五月、はためく蓮を見てゐた
       2018 出産
   ■うちの子の名前が決まるより早く周子さんがうちの子を歌に詠む
       2019 子どもの名前は透
   ■トーと声に出せば溢るる灯・湯・陶・問ふ・島・糖等、滔々と

結婚、我が子誕生、と、お慶びの連続する、作者にとっては「記念碑」的な一巻である。
お見事な歌いぶりで、何とも嬉しい気分になる本である。
歌作りと共に私生活でも充実した「生」を生きていただきたい。
九十歳の老爺からのお祝いのメッセージである。
ご恵贈有難うございました。               (完)
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これを読まれた石川さんからメールが来て、
<あとがきにも少し書いていますが、連載のタイトルを「体内飛行」にすると決めた時点では、
妊娠・出産はおろか、結婚も決まっていなかったのです。
あとから現実がタイトルに追い付いてしまって、びっくりしています。>
と書かれている。
「あとがき」には<第七回で「体内飛行」というタイトルに思いがけず実生活が追いついたときには、奇妙な問いさえ頭に浮かんだ>と書かれているが、このタイムラグの不思議さに、気が付かなかったのは私の間抜けだった。
ここに付記して、この符合に敬意を表して置こう。       (4/8記)





生欠伸とめどなく湧く昼さがり老いは近寄るつとさりげなく・・・木村草弥
Yawning_cat猫あくび
  
   生欠伸(なまあくび)とめどなく湧く昼さがり
     老いは近寄るつとさりげなく・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
春は若い者でも何だか眠いもので「春眠暁を覚えず」という諺もあるが、齢をとると「生欠伸」が出て仕方がないものである。そういう状況を、この歌は詠んでいる。
人間の生欠伸の写真を出したかったが、見つからないので、猫の生欠伸で代用する。

「欠伸」あくびというのは生理的には、体の中に酸素が不足しているので、それを補給するための「深呼吸」ということである。
「欠伸は伝染(うつ)る」と言われている。←このリンクを見てみられよ。

「あくびは伝染するか?」というアンケートをやった記録がある。Yesと答えた人は80%に及んでいるという。
テンプル大学のロナルド・バエニンガー(Ronald Baenninger)博士(1987年)によると、欠伸は脊椎動物のほとんどに見られる日常的な行動だという。ネズミや猫(最も頻繁に欠伸する動物とのこと)、犬、猿、馬、鳥など様々な動物に見られる反射運動で、多くの動物にも欠伸がまるで伝染するかのように他人からウツルことが認められているというが、そのメカニズムは不明(というより真面目に研究されていないのでは?)だそうだ。
動物学的には「緊張感の緩和」のためと言われている。
また「あくびと脳の酸素」の関係では、子宮内の胎児が「あくび」をする例があるそうで、そう考えると脳に酸素を送るためとも一概には言えないという。
医学実験では、生欠伸の回数と人間の意識レベル状態に相関があるとして実験や研究に生欠伸の回数を調べたりするらしいが、実態はナゾらしいという。
「あくびの発生する時刻」では、就寝時刻や昼飯の後に生じることが多いので、それらは恐らく「眠る」ことや「退屈」「満腹」と何らかの関係があると、論文などでは仮説されている。
フロリダ州立大学のマイク・メレディス(Mike Meredith)博士によると、欠伸それ自体の生理的機能は、呼吸する部位の筋肉を伸ばし、古くなった肺の空気を外に出すこと、と言う。

また「アニメのチンパンジーのあくびが本物に伝染、米研究」というユーモラスな記事もある。見てみてほしい。

長くなるので引用は、このくらいにするが、お読みになった皆さんは、いかが思われただろうか。
「欠伸」の私の歌からの、春の宵の連想である。





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