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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村安夜子歌集『言がたり』・・・木村草弥
木村_NEW

──新・読書ノート──

     木村安夜子歌集『言がたり』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・フジ456 j 舎2019/07/15刊・・・・・・・

この本は、いささか特異な形で上梓された。
第一に「クラウド・ファンディング」で一般から資金を募り、募金に応じた人に配本された。
私も案内を受けたが、いくらだしたらいいのか分からないので応じなかった。
今回は私の本を贈呈したお返しとして頂いた。
いま奥付を見ていて思ったのだが、発行者・木村義博とある。
もしや、これは作者のご主人の会社なのではないか。ご主人が六十五歳にして会社を起業されたということからの私の判断である。
間違っていたらゴメンなさい。
第二に本作りが凝られている。ドイツ装のように固い表紙で、かつ背は「和綴じ」で製本してある。
どちらも機械製本では無理で、手作業のものである。したがって製作費も高くつくだろう。
本づくりは一生に一度の思い出だから、ということも判るが、他人を巻き込んだ大層な出版には、私には違和感がある。
「自費出版」というのは、本来、「読んでもらう」ために出すのであって、そういう意味から私は賛成しかねる。
余計なお喋りになった。お詫びする。

作者は青森の人らしい。ご主人と二人で故郷を離れ、東京ほかを経て、今は大阪に落ち着かれた。
二人の子供を育てあげ、ケアマネージャーという難関の国家資格も得られて、今がある。
この本には主宰・光本恵子氏の4ページにわたる詳細な「序」文があり、そこに一代記から詳しく書かれていて、私がいまさら書き加えることはないが、少し書いてみる。
作者は宮崎信義の「新短歌」誌に所属十年、それ以後「未来山脈」ということである。
大阪では、井口文子さんの指導する「七花会」で歌を詠んで来られた。それらの経緯は「あとがき」に詳しい。
私も宮崎信義や井口文子さんとは、いささか縁があるし、書きたい私事もあるが今は遠慮しておく。その井口さんも、つい最近亡くなられた。 合掌。

作者は「定型」から短歌の世界に入られたらしい。
この本の初めの部分に「氾濫待つこころ」として18首の作品が載っている。
   ■わが内を少女のように躍らせて未知なる土地に銅鑼鳴らしゆく
   ■抱かれたくて飛び込みゆけば生駒山はるむらさきに霞んでばかり
   ■三十二年目のはかなごとケーキの前に君と子がいる
   ■遠景は宮崎信義 憤怒の時は金子きみ バイブルのようにまためくる歌集
これらの歌が、いつ作られたかは分からないが、「口語」の使い方が見事である。
あとは「1981~1999年 揺さぶってみるこころ」
    「2000~2007年 ずんずん景色が変わる」
    「2008~2013年 透明な声」
    「2014年から 覚悟が楽しい」
など、「見出し語」の付け方が独特で、作者の特異な才能をかいま見ることが出来る。

   ■死ぬなら五月がいいと言った寺山修司 澄み透る空見ている
   ■たらふく食べた胃を抱えながらソマリアの惨劇うつすテレビ視ている
   ■大阪から青森へ三十七才の手紙を投函赤いポストの向こうに故里
   ■点と線が上手く描けない 子供のはざまで仁王立ちになる
   ■二〇〇〇年のスタートに駆けだす 介護保険法に札束ぶらさがる
   ■もうすぐ四十八歳 何してるのと問う日の組合活動
   ■私の解雇は不成立 一九九九年八月六日裁判勝訴
   ■医師より夫の告知を受ける いきなり暗い小部屋
   ■無声の人となり筆談の夫 ことばの森を分け入るような
作者は、物事をはっきり言う人らしい。「介護保険」「組合活動」「夫の発病」など激動の様に息を呑む。

   ■二十歳の娘 十五歳の息子 ずんずん景色が変わるおいてけぼりの
   ■老後はビートルズと吉田拓郎がいいね 友と愉快なおしゃべり
   ■二〇〇〇年の言葉 介護保険 リストラ あなたの再起
   ■青虫二匹を水責めにした日 殺人事件の報道が賑やかだ
   ■A4の看板が軒下にゆれる『燕の夫婦子育て奮闘中』
   ■今日も六時から六時の勤務時間 長かったのか短かったのか
   ■PLの花火にバンザイする三歳の自閉児 おおきくなあれ
   ■生まれたばかりの児を見に行く日 宮崎信義遺歌集『いのち』が届く
   ■きっぱりと井口文子「一行詩です」その背に宮崎先生が見えた
   ■来年の約束をして朝顔のタネがころがる 手のひらにひんやり
   ■はやぶさみたいな白い雲が秋空に浮く あそこに憲法九条を描こう
   ■認知症の人を怒るな 難聴の人に舌うちするな 貴方もその一人です
   ■声を失くした夫と十五年 次は髄膜炎と病名もらう
   ■さみどりの葉を喰べつくす幼虫の澄んだ瞳 初夏の風ふく
   ■脳こうそくに倒れた集中治療室の井口文子 いつもの微笑みと短歌ひとすじ
   ■「俺はロックンロール」悪い奴じゃなかった 樹木希林の澄んだ瞳

雑駁な鑑賞なしの抽出になったが、お許しいただきたい。何分、何十年ぶりの本の批評は出来ない。
批評は光本恵子の「序」にお任せする。
ご恵贈有難うございました。ご夫婦ともども、ご自愛を。           (完)




藤目俊郎氏撮影「小塩山カタクリ」・・・木村草弥
DSC00840「小塩山のカタクリ」藤目俊郎氏撮影

      藤目俊郎氏撮影「小塩山カタクリ」・・・・・・・・・・・・木村草弥

藤目俊郎氏が美しい画像を送ってくださったので披露する。
元は大きい画像だが縮小したので、ご了承を。
有難うございました。


花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ・・・杉田久女
image20(3)着付け

    花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ・・・・・・・・・・・・杉田久女

この句は女性ならでは、の句である。昔の人は、皆、和服を着ていたから、特に女の人は着物を着るには、いろいろの紐が必要だった。
そこから、この句には一種のエロスが香り立つのである。
昨日付けで載せた中村汀女が、彼女に憧れて俳句を始めた、と書かれているので、ここに載せる気になった。

杉田久女 は鹿児島生れ。東京の高女を出てから、小倉中学校教師・杉田宇内と結婚。
「ホトトギス」で頭角を現すが、昭和11年「ホトトギス」を除籍される。その経緯などは判らない。

久女の句で、私の好きなものを抜き出してみよう。

 春の夜のまどゐの中にゐて寂し

 東風吹くや耳現はるるうなゐ髪

 燕来る軒の深さに棲みなれし

 バイブルをよむ寂しさよ花の雨

 照り降りにさして色なし古日傘

 足袋つぐやノラともならず教師妻

 右左に子をはさみ寝る布団かな

 ぬかづけばわれも善女や仏生会

 ちなみぬふ陶淵明の菊枕

 虚子留守の鎌倉に来て春惜しむ

 種浸す大盥にも花散らす

 ほろ苦き恋の味なり蕗の薹

 道をしへ一筋道の迷ひなく

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私は彼女については無知なのでWeb上に載る記事を引用しておく。

杉田久女
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

杉田久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月30日 ~ 1946年(昭和21年)1月21日)は日本の俳人。
本名は杉田久(すぎた ひさ)。

生涯
高級官吏である赤堀廉蔵と妻・さよの三女として鹿児島県鹿児島市で生まれる。父の転勤に伴い沖縄県那覇市、台湾嘉義県・台北市と移住する。1908年(明治41年)東京女子高等師範付属お茶の水高女(現・お茶の水女子大学)を卒業。この間に一家が上京する。1909年(明治42年)中学教師で画家の杉田宇内と結婚し、夫の任地である福岡県小倉市(現・北九州市)に移る。

1911年(明治44年)長女・昌子(後に俳人・石昌子となる)誕生。1916年(大正5年)兄で俳人の赤堀月蟾が久女の家に寄宿する。この時に兄より俳句の手ほどきを受ける。それまで久女は小説家を志していた。『ホトトギス』に投句を始め、1917年(大正6年)ホトトギス1月号に初めて出句。この年5月に飯島みさ子邸での句会で初めて高浜虚子に出会う。

1922年(大正11年)夫婦揃って洗礼を受けクリスチャンとなる。1931年(昭和6年)帝国風景院賞金賞を受賞。1932年(昭和7年)女性だけの俳誌『花衣』を創刊し主宰となる。しかし、5号で廃刊となった。1934年(昭和9年)中村汀女・竹下しづの女などとともにホトトギス同人となる。

1936年(昭和11年)虚子よりホトトギス同人を除名される。しかし除名後もホトトギスへの投句を続けた。
1946年(昭和21年)1月21日、太平洋戦争後の食料難により栄養障害をおこし腎臓病悪化により福岡県筑紫郡太宰府町(現・太宰府市)の福岡県立筑紫保養院で死去、享年57。

愛知県西加茂郡小原村(現・豊田市松名町)にある杉田家墓地に葬られた。戒名は無憂院釈久欣妙恒大姉。1957年(昭和32年)長野県松本市の赤堀家墓地に分骨される。ここに記された「久女の墓」の墓碑銘は長女・昌子の依頼で虚子が筆を取った。

作品集
ウィキクォートに杉田久女に関する引用句集があります。
杉田久女句集(1952年 角川書店)
久女文集(石昌子・編 1968年 石一郎)
杉田久女随筆集(2003年 講談社)

関連作品
杉田久女(石昌子 1983年 東門書屋)
花衣ぬぐやまつわる…-わが愛の杉田久女(田辺聖子・著 1987年 集英社)
俳人杉田久女の世界(湯本明子・著 1999年 本阿弥書店)
大正期の杉田久女(米田利昭・著 2002年 沖積舎)
杉田久女(坂本宮尾・著 2003年 富士見書房)
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ネット上で、→ 「愛の旅人」という杉田久女について2007/03/31の朝日新聞の記事が出ている。
いい記事なのでアクセスして読んでもらいたい。



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