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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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老いびとにも狂気のやうな恋あれと黒薔薇みつつ思ふさびしさ・・・木村草弥
fdp1黒バラ

   老いびとにも狂気のやうな恋あれと
     黒薔薇みつつ思ふさびしさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
バラに関しては、このBLOGにも何度か書いてきたが、四季咲きの薔薇があるとは言え、やはり今の時期が薔薇のシーズンである。
私の歌では「狂気」=黒、という連想のイメージから黒バラとしたが、何と言ってもバラは「真紅」が好きだ。情熱的な真っ赤が一番ふさわしい。
もっとも「黒」バラとは言っても、掲出した画像のような色のものを黒バラと称しているらしい。
薔薇は紀元前から北半球の各地に自生しているバラ科の植物だが、いまバラとして鑑賞されているのは、ほとんど「近代バラ」である。

957075レッドひろしま

近代バラの歴史は古くはなく、その黎明はナポレオン一世の皇后ジョゼフィーヌによって、ヨーロッパ原産の一季性大輪のものと、中国産の四季咲き庚申バラを交配させたことに始まる。
1867年にフランスの園芸家ギヨが、ラ・フランスという名花を作り出し、近代バラの主流の地位を確立して以来、今日までおびただしい新種が国際登録されてきた。
世界的に、それほど芸術の場に採りあげられた花はないし、どれだけ多くの男性が、バラを捧げて愛を告げたことであろうか。
花言葉は「愛」。単純、明快である。

今みつけた句に、こんなのがあった。

   薔薇大輪稚ければ神召されしや・・・・・・・・・・角川源義

この句は源義が、誰か肉親の死に際して詠んだものであろうが、私には身に沁みるものである。

957091マダムビオーレ

歳時記にもバラを詠んだ句は多い。
それらの中からいくつか選んで終わる。

 薔薇に付け還暦の鼻うごめかす・・・・・・・・・・・・西東三鬼

 タイピストコップに薔薇をひらかしむ・・・・・・・・・・・・日野草城

 咲き満ちて雨夜も薔薇(さうび)のひかりあり・・・・・・・・水原秋桜子

 手の薔薇に蜂来れば我王の如し・・・・・・・・・・・・中村草田男

 憂なきに似て薔薇に水やつてをり・・・・・・・・・・・・安住敦

 薔薇垣の夜は星のみぞかがやける・・・・・・・・・・・・山口誓子

 雨の伊豆海暗けれど薔薇赤し・・・・・・・・・・・・阿波野青畝

 薔薇剪れば夕日と花と別れけり・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 睡る嬰児水あげてゐる薔薇のごとし・・・・・・・・・・飯田龍太

 薔薇咲かせ心の奢り失はず・・・・・・・・・・・・稲畑汀子

 薔薇挿せど空瓶になほ洋酒の香・・・・・・・・・・・・桂信子

 おうおうと金春家いま薔薇のとき・・・・・・・・・・・・森澄雄

 足袋に散る薔薇の花びら更年期・・・・・・・・・・・・横山房子

 バラ垣をもて一切を拒みけり・・・・・・・・・・・・徳永山冬子


手にすくふ水に空あり菖蒲田の柵に病後の妻と凭りゐつ・・・木村草弥
img_shoubuden菖蒲田本命

  手にすくふ水に空あり菖蒲田の
    柵に病後の妻と凭(よ)りゐつ・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
私の地方は、豊富な地下水を利用して花菖蒲、かきつばた、海芋(かいう)カラーなどの花卉栽培の盛んなところで、この時期になると「花菖蒲」田が見ごろになる。
この歌は二十年前の亡妻の大手術の後の小康の頃の様子を詠っている。

手にすくった水に空の青さが映っている、という歌の意味であるが、今となっては、妻との思い出として忘れられない歌になってしまった。

「菖蒲」の句を少しひいて終わる。

   白菖蒲過去なくて人生きられず・・・・・・・・・・・・稲垣きくの

この句なども、作者にいかなる事情があったか分からないが、私の心象に激しく迫るものがある。

   菖蒲見しこころ漂ふ如くなり・・・・・・・・・・・・・藤田湘子

文芸のいいところは、読者が、作者の意図を離れても、さまざまに解釈し得るということである。
花菖蒲の群生を見ても、私の場合、妻に心が行って、「こころ漂う」というフレーズに心動かされるのであった。

hanasyobu1429ss菖蒲田本命③

   白菖蒲剪つてしぶきの如き闇・・・・・・・・・・・・鈴木鷹夫

この句なんかも私の身にびんびん響くものがある。それは、受け取る私の心が、そういう受動の個所に居るというからに他ならない。

   風渉りゐて菖蒲田の白ばかり・・・・・・・・・・・・篠崎圭介

この「叙景」は、何ともない情景のようであるが、心象に迫るものを持っている。

   ほぐれそめ翳(かげ)知りそめし白菖蒲・・・・・・・・・・・・林 翔

菖蒲が心を持つ筈もないのだが、人というものは、何につけても、心を盛りたがるものである。「翳知りそめし」という表現が秀逸である。


『山法師』松林尚志句集・評〈しなやかな野生美 山中葛子〉・・・木村草弥
20180902004901海原・創刊号
↑ 「海原」創刊号
松林_NEW
↑ 松林尚志句集『山法師』

──新・読書ノート──

      『山法師』松林尚志句集・評〈しなやかな野生美 山中葛子〉・・・木村草弥

金子兜太の「海程」の後継誌である「海原」に下記の記事が載っているので「転載」しておく。

『山法師』松林尚志句集〈しなやかな野生美 山中葛子〉

『海原』No.15(2020/1/1発行)誌面より。

松林尚志句集『山法師』 二十句抄(山中葛子・抄出)

 若き母白くいませり半夏生草
 今朝の秋布衣の雀もきてゐたり
 黄金田や女神の臥せしあと残る
 リュックには餡パン一つ山法師
 連なる蔵王茂吉メッカに秋惜しむ
 手術果つ羊の顔して夏の雲
 花かたばみ帰りはどこに佇んでゐるか
 術後二年泰山木の花仰ぐ
 母がりの遠の紅葉尋めゆかな
 新涼や那智黒を先づそつと置く
 亡羊を追ひきし荒野月赤し
 綿虫の一つ浮かんではるかなり
 広場にガーゼ踏まれしままに凍ててあり
 鉄棒に五月の闇がぶら下がる
 大根提げて類人猿のごときかな
 妻に紅茶われに緑茶や冬あたたか
 ポストに落す原稿の嵩年の果て
 虎ふぐでジュゴンでありし兜太逝く
 足寒し戦後を刻みしわが齢
 遠い日向見つむるわれも遠い日向

     しなやかな野生美  山中葛子

 あとがきによれば、「私は詩を読むことから俳句に入っており、無季を容認した瀧春一先生のもとで学び、また金子兜太さんの「海程」にも加わって歩んできた」とされる松林尚志氏は、「海程」「暖流」での活躍。また、俳誌「木魂」「澪」の代表を全うされておられる。ことに評論『古典と正統』『芭蕉から蕪村へ』をはじめ、多くの評論集を世に著しておられ、その研究心のゆたかさは『和歌と王朝勅撰集のドラマを追う』(「海程」五二一号)など記憶に新しい。さて、『山法師』は『冬日の藁』(平成二十一年刊)以後の、平成十五年から三十年までの七〇五句を収録されている。

 リュックには餡パン一つ山法師
 山法師心が急に軽くなる
 晩年は素のままがよし山法師

 自宅の目前に山法師の並木があり、その清楚な白い花を咲かせる好きな樹にあやかり、迷わず決めたとされる句集名の山法師の三句である。
 一句目の「餡パン一つ」に省略された旅立ちの心情は、臍もゴマもあるふわふわな笑みがこぼれてきそうな美学を思う比喩のあざやかさ。そして二句目の、自然界と溶け合った天人合一のみごとさは、三句目の「素のままがよし」の、白い花へのノスタルジーゆたかな晩年を称える自画像でもあろう。
 追悼句の多い一巻は、また吟行句も多く、能動的な野生をひきよせて実にドラマチックである。

 森は若葉縄文土器と府中郷土の森村野四郎記念館詩人のペン
 『実在の岸辺』パンジー濃紫
 逆白波の歌碑茂吉メッカ巡礼行黄落直中に
 月涼し百鬼も化粧して遊ぶ
 寝につくは地蔵を倒すごとき冬

 しなやかな野生美にみちびかれる作品世界は、まるで自然界を解明する文学の明かりのようではないか。

 近代を封じて駒場夏蒼し
 たつのおとしご空に浮かんで春夕焼
 遠い日向見つむるわれも遠い日向

 ここには前句集『冬日の藁』の暖色のかがやきが、さらに憧憬という閃きを存在させていよう。四片の苞の中心にある球形の花。湾曲した数本の脈のあざやかな葉形。空に上向く『山法師』は、宇宙空間にみごとな明かりをともしている。
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松林尚志氏とは、かなり前からの縁がある。
『日本の韻律 五音と七音の詩学』 1996 花神社刊 を読んだことが松林氏との始まりである。
これに基づいて宮崎信義の「新短歌」誌に記事を書いたのである。
昨年秋に、この句集『山法師』を頂いて、このブログで読後感を載せたので参照されたい。 → 松林尚志句集『山法師』
ここには私と松林氏との「なれそめ」も書いてある。


大いなる月の暈ある夕べにて梨の蕾は紅を刷きをり・・・木村草弥
E6A2A8E381AEE88AB1E382A2E38383E38397EFBC92梨の花

   大いなる月の暈(かさ)ある夕べにて
          梨の蕾は紅を刷きをり・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
写真は蕾でなく開いた梨の花だが、「二十世紀」という種類である。
ほぼ真白だが、心持ち少しピンクがかっていると言えようか。
写真②が純白の梨の花である。

CIMG22711梨の花

梨の栽培は、外国では芸術的な大きな梨は余り作らないので、なるべく手間のかからない栽培をするが、日本では労働集約的な手間をかけて立派な果実を作ろうとする。
梨の受粉も、花粉を人手で一つ一つ雌蘂に付けるという大変な手間をかける。
受粉が済んだら、よい実だけを残して、あとは全部もぎとる「摘果」という作業をする。
その後には一つづつ紙袋をかぶせるという手間をかける。
この頃では「無袋」栽培というのも一部では行なわれてはいるが、主流は「袋」ありである。
写真③が受粉作業の様子。

CIMG22701梨の受粉

筆の先に雄しべの花粉をつけて、花の雌蘂に一つ一つつけてゆく大変な作業。
梨の木は落葉する木で冬には幹と枝だけである。冬の間に徒長枝などを剪定して活かす枝だけを残す。
先年秋に、梨の実で、このBLOG記事に 梨の実 のことで少し書いた。二十世紀という梨の株の最初の開発者のことなども書いたので、参照してもらいたい。
写真④が広い梨畑に一斉に花が咲いた様子である。

CIMG23251梨の花畑

古来、梨の花は俳句に詠まれてきたので、それを引く。

 梨棚の跳ねたる枝も花盛り・・・・・・・・松本たかし

 青天や白き五弁の梨の花・・・・・・・・原石鼎

 梨咲くと葛飾の野はとのぐもり・・・・・・・・水原秋桜子

 梨の花わが放心の影あゆむ・・・・・・・・山下淳

 多摩の夜は梨の花より明けにけり・・・・・・・・斎藤羊圃

 能登けふは海の濁りの梨の花・・・・・・・・細見綾子

 梨の花郵便局で日が暮れる・・・・・・・・有馬朗人

 はてしなき黄土に咲いて梨の花・・・・・・・・青柳志解樹

 キリストの蒼さただよふ梨の花・・・・・・・・福田甲子雄

 梨の花白にはあらず黄にあらず・・・・・・・・信谷冬木


杭いつぽん打ちこみをれば野の蕗が杭の根もとに淡き香はなつ・・・木村草弥
f5b67ba27ba54689447d3393b21db5cd花のついた野蕗
   
   杭いつぽん打ちこみをれば野の蕗が
     杭の根もとに淡き香はなつ・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
この歌のつづきに

   ほろ苦き野蕗の茎は蒼々と生味噌まぶせばはりはり旨し・・・・・・・・・木村草弥

という歌が載っているので、一体として鑑賞してもらいたい。
蕗(ふき)は本来、野生していたものを人間が栽培して野菜用に改良したものが出回っている。
写真は花のついた野蕗である。食用には花のつく前の新芽の茎を摘む。
新しい茎を採って売られているが、季節の味覚として、ちよっとほろ苦いところが美味なものである。

fuki001蕗のとう

この蕗の新芽が写真②の「蕗のとう」である。
これは少し大きくなったもの。ほんの新芽は砲弾型している。
それは早春の野草狩で見られる。
これらの野生のものでなく山形県などでは、大型の2メートルにも達する蕗を栽培している。
いずれも茎だけを食用にする。
もっとも子供の頃は、このほろ苦さが嫌で、食べられなかったものである。いわば大人の味といえようか。
ここで写真③にフキノトウの芽だし直後の写真を出しておく。

fuki007蕗のとう

蕗は俳句にも詠まれているので、それを少し引いて終る。

 うすうすと日は空にあり蕗の原・・・・・・・・田村木国

 あらはれて流るる蕗の広葉かな・・・・・・・・高野素十

 蕗切つて煮るや蕗畠暮れにけり・・・・・・・・石田波郷

 母の年越えて蕗煮るうすみどり・・・・・・・・細見綾子

 風みどり母が蕗煮る時かけて・・・・・・・・古賀まり子

 言ひ勝ちて妻ほきほきと蕗を折る・・・・・・・・庄中健吉

 母とあれば風ゆづり合ふ蕗円葉・・・・・・・・神林信一

 よろこびの淡くなりたり蕗茂る・・・・・・・・本宮銑太郎

 きやらぶきを煮つめ短き四十代・・・・・・・・大島龍子

 夜の蕗むく父母の墓ねむりをらむ・・・・・・・・寺島京子



豊作を願う石楠花採りて来し学徒の戦死語りつぐべし・・・鳥海昭子
050520_001シャクナゲ②

   豊作を願う石楠花(しゃくなげ)採りて来し
     学徒の戦死語りつぐべし・・・・・・・・・・・・・・・・・・鳥海昭子


NHKラジオ深夜便の本『誕生日の花と短歌365日』によると、今日5月6日の誕生日の花は「シャクナゲ」ということになっている。
「花言葉」は「威厳」ということである。
「誕生日の花」については、本や著者によって、まちまちであるから、この本はあくまでも選定者の「柳宗民」氏によるものであることを付記したい。

この歌についている鳥海昭子さんのコメントによると

<ふるさとの山形県庄内地方には、シャクナゲを田の水口に供えて豊作を願う神事がありました。
 白装束の青年たちが、自生するシャクナゲを採りに鳥海山に登るのです。>

とある。植物と農耕との深い結びつきを示す神事と言えるだろう。
単なる植物観察や鑑賞の域を超えて、日本人の精神性に思いを馳せるのも無意味ではないだろう。

蛇足だが、私の持つ他の本では、今日の誕生日の花は「花蘇芳」「紫蘭」となっており、全くかけ離れている。
「シャクナゲ」に指定されている日というと「5月8日」であり、もう一誌は「シャクナゲ」の採用自体がない。
これも、どうかと思う。

シャクナゲは、ヒマラヤ地方、中国、北アメリカなどにも分布するというが、日本列島には大よそ10種類ほど種類があるという。
ヨーロッパでは早くから品種改良につとめ、日本へは「西洋シャクナゲ」の名で移入されていて、一般家庭のシャクナゲは、ほとんどこの西洋シャクナゲだという。
しかし、やはりシャクナゲは山で野生の状態で見るのが一番風情がある。

050520_003シャクナゲ③

以下、俳句に詠まれる句を引いて終わる。

 石楠花に手を触れしめず霧通ふ・・・・・・・・・・・・臼田亜浪

 石楠花や山深く来て雲の雨・・・・・・・・・・・・吉田冬葉

 白石楠花夜になり夜の白さなる・・・・・・・・・・・・加藤知世子

 しやくなげは天台ぼたん雲に咲く・・・・・・・・・・・・百合山羽公

 石楠花や鳥語瞭(あきら)か人語密(ひそ)か・・・・・・・・滝春一

 石楠花の一花残りて籠堂・・・・・・・・・・・・村越化石

 石楠花に渓流音をなせりけり・・・・・・・・・・・・清崎敏郎

 石楠花や水櫛あてて髪しなふ・・・・・・・・・・・・野沢節子

 石楠花や雨に削がれし牧の道・・・・・・・・・・・・皆川盤水

 石楠花の咲く寂けさに女人講・・・・・・・・・・・・角川春樹

 石楠花や那智大神に子は抱かれ・・・・・・・・・・・・斎藤夏風

 石楠花にかくれ二の滝三の滝・・・・・・・・・・・・宮下翠舟

 薬湯をたてて石楠花ざかりかな・・・・・・・・・・・・吉本伊智郎

 石楠花の山は高さを惜しまざる・・・・・・・・・・・・只野柯舟

 石楠花に溺れし夜の三斗小屋・・・・・・・・・・・・秋山花笠

 雲下りてくる石楠花のあたりまで・・・・・・・・・・・・北野石竜子



食卓に置きたる壺の山吹は散るにまかせつ黄の濃き花びら・・・木村草弥
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   食卓に置きたる壺の山吹は
    散るにまかせつ黄の濃き花びら・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。

030409t井手の山吹
山吹の花は太田道灌の逸話などで有名だが、写真②は私の住む隣町の井手の玉川の山吹である。
これは聖武天皇の義弟の橘諸兄がここに住むようになって山吹を愛でて植えさせたという故事に因む。
写真②では桜の花と一緒に咲いているのが判るが、山吹の種類や場所によっては遅速があるようである。

yamabuki04松尾大社ヤマブキ
写真③は、ここも山吹の名所として有名な松尾大社の花である。水路があって回廊の橋から撮ったもの。

山吹には一重と八重の両方がある。
私の家の山吹は八重であり、今が丁度みごろである。
山吹はせいぜい高さが1メートルくらいの木であり、単独で存在を示すというものではなく、他の大きい木に寄り添う形で存在する、控えめな木であると言える。

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写真④は一重の山吹である。
先に書いた太田道灌の故事だが、それは花は咲いても実がならないという山吹の性質に由来する。
その問題の兼明親王の歌をお見せする。

   七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

というものである。「実の」は「蓑」に掛け合わせてあるのである。

万葉集巻10歌番号1860の「よみ人しらず」の歌にも

   花咲きて実はならずとも長き日に思ほゆるかも山吹の花

とあるように、同じ趣旨の歌は、いくつもあるようである。
というより兼明親王は、この万葉集の古歌を知っていて、本歌どりで作られたのであろうか。
時代的には、そうなる。

一番に掲出の写真は八重の山吹である。

図鑑によると山吹は日本原産だという。
・薔薇(ばら)科。
・学名 Kerria japonica
Kerria : ヤマブキ属
japonica : 日本の
Kerria(ケリア)は、19世紀のイギリスの植物学者「Kerr さん」の 名前にちなむ。

この八重ヤマブキは実がならないという。では、一重ヤマブキは実がなるのかというと、私の読んだ本には、そのことは何も書いていない。
古来、多くの句が詠まれてきたので、それらを引いて終りたい。

 山吹や宇治の焙炉の匂ふ時・・・・・・・・松尾芭蕉

 山吹にぶらりと牛のふぐりかな・・・・・・・・小林一茶

 山吹や小鮒入れたる桶に散る・・・・・・・・正岡子規

 蕎麦すする夕山吹のなつかしき・・・・・・・・渡辺水巴

 山吹の中に傾く万座径・・・・・・・・前田普羅

 あるじよりかな女が見たし濃山吹・・・・・・・・原石鼎

 濃山吹俄かに天のくらき時・・・・・・・・川端茅舎

 山吹の黄の鮮らしや一夜寝し・・・・・・・・橋本多佳子

 やすらかに死ねさうな日や濃山吹・・・・・・・・草間時彦

 わがいのち知らぬ我かも濃山吹・・・・・・・・原コウ子

 山吹や酒断ちの日のつづきをり・・・・・・・・秋元不死男

 山吹や庭うちにして道祖神・・・・・・・・石川桂郎

 山吹の黄金とみどり空海忌・・・・・・・・森澄雄

 山吹の真昼を伎芸天伏し目・・・・・・・・井沢正江

 童女とて愁ひ顔よき濃山吹・・・・・・・・倉橋羊村

 山吹や家ふかきより老のこゑ・・・・・・・・宇佐美魚目

 沢蟹の水へしだるる濃山吹・・・・・・・・市川つね子



地球儀を廻せば果てなし世界地図母国がいつも中心にあり・・・愛知県 浅井のりこ
rinomainimg地球儀

      地球儀を廻せば果てなし世界地図
               母国がいつも中心にあり・・・・・・・・・愛知県 浅井のりこ


この歌は角川書店「短歌」誌の2013年1月号の題詠「球」の応募作として入選したものである。 選者は楠田立身氏である。
この歌は「地球儀」を詠ったものとしては、正確ではない。
「平面地図」であれば、ここに詠われるように、どこの国の地図も、いつも「自国」を真ん中に描いているだろう。
しかし「地球儀」は丸い地球を模ったものであり、ほぼ地球の現実の配置図になっているもので、例えば、日本は必ずしも地球儀の真ん中にはないからである。
地球儀というのは、「地軸」の傾きに沿って軸が貫いており、それをくるくる廻して各国を見るようになっている。
作者は、平面地図と地球儀とを「錯覚」して、歌に作られたようである。 歌の意味として違和感がある。


この記事を読まれた読者から「地球儀を回しても私の中ではいつも日本を中心にしてしまう、みたいな意味かな」というコメントがありました。
そういう捉え方をすると、私の解釈は正しくないことになる。解釈は難しい。ここに追記しておきます。


今しも、韓国が「日本海」を「東海」と呼称するよう求める動きが、アメリカ在住の韓国系住民から出てきたりしている。
これなども地図の「平面図」的な発想に発している。韓半島から見れば、確かに「東の海」であるからだ。
他方、日本なども「日本海」の表記にこだわる必要もないのである。
とにかく日本の苛酷な植民地支配に対する反感、反動が、いま民族感情のうねりとして噴き出ているのだ。
ついでに書いておくと、韓国に行ってみると判ることだが、「朝鮮」という言葉を使うことにも反発があり、「朝鮮半島」ではなく「韓半島」と呼ぶ、などである。

私宅にも子供たちの学習用に買ったものだろうか、いまも地球儀が一個ある。
この「題詠」の欄には全部で50余りの入選歌が載っているが、

   角のある小家具ばかりのわが部屋にけふは学習用地球儀を置く・・・・・・岩手県 加藤英治

という歌が選ばれている。
詠み方は違うが、この歌には何ら違和感はない。
こんな歌も採用されている。

   婆生まれし台湾さがすおさならは芋型よねと地球儀を見る・・・・・・兵庫県 清水勝子

この歌も面白い。台湾=フォルモサの形を「芋型」とは子供らしい表現である。
「球」という題詠の課題に対して地球儀を詠ったのは、この三つだけである。
他は野球の球やサッカーボールを詠ったものなどが多い。 では、他の歌を引いておく。

   卓球野球蹴球排球籠球と漢字は固くよく動けない・・・・・・神奈川県 越田勇俊

   青年の指黙黙と球根を育てるために花を摘みおり・・・・・・茨城県 杉山由枝

   天災に目覚めし国の団結の「絆」の文字が球に書かるる・・・・・・三重県 福沢義男

   溶ける球ぐるり回して吹きやれば丸き形の風鈴が出づ・・・・・・東京都 松永弘之

   隠し球持たぬ手の内吾が持つは少しの希望と多くの祈り・・・・・・東京都 芹沢弘子

   吹きつのる春の疾風にタンポポの綿毛は球のスクラム解かず・・・・・・和歌山県 久保みどり

   「別に」とか返す日続く反抗期言葉のボール帰らぬ九月・・・・・・神奈川県 高司陽子

   明日逝く夫の命を知らずして孫と遊びし球磨川下り・・・・・・千葉県 田中房枝

   夕暮れにボール片手に帰りゆく子等と蜻蛉に開かれしドア・・・・・・青森県 桜庭喜久枝

   何となく覚えづらくて苦手なりし球の体積・表面積を・・・・・・大阪府 遠藤八重子

   たつぷりともろてに抱き描きたるまるみなるべし球子の富士は・・・・・・千葉県 渡辺真佐子

   見逃せばホームランとなるフェンスぎは超美技となる刹那のジャンプ……静岡県 鈴木昭紀

   変化球少しは混ぜてみようかと職退きし後の生活プラン・・・・・・愛知県 藤田浩之

   石や川花に蝶々犬や猫そして私も地球のかけら・・・・・・神奈川県 ひかり

   



草餅を焼く天平の色に焼く・・・有馬朗人
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     草餅を焼く天平の色に焼く・・・・・・・・・・・・有馬朗人

この句については、別に何も注釈する必要もない。
この句は奈良の地を吟行したときのもので、遥か昔の天平文化に心を馳せて「天平」の言葉が入れられているらしい。
有馬朗人は東京大学理学部物理学科卒で、東大総長を先年つとめた。昭和5年生まれ。ホトトギスで山口青邨に師事。
句集『天為』により昭和63年第27回俳人協会賞を受賞。
教授として海外の滞在が長く、海外吟が多い。今は国際俳句交流協会名誉会長を務めている。
以下、句を引いて終わりにしたい。
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 山蚕(やまこ)殺しし少年父となる夕べ

 梨の花夜が降る黒い旗のやうに

 ミルクこぼれ一面復活祭の夜

 虹二重(ふたへ)二重のまぶた妻も持つ

 烏瓜もてばモジリアニイの女

 初夏に開く郵便切手ほどの窓

 裏街の福音耳まで凍てて聞く

 イエスより軽く鮟鱇を吊りさげる

 妻告ぐる胎児は白桃程の重さ

 異邦人どうしが分つ木椅子の冷

 初日さす寝巻すがたのバルザック

 失ひしものを探しに冬帽子

 ジンギスカン走りし日より霾(つちふ)れり

 麦秋やここなる王は父殺し

 紙漉くや天の羽衣より薄く

 光堂より一筋の雪解水

 晩成を待つ顔をして狸かな

 根の国のこの魴鮄(ほうぼう)のつらがまへ

 月山の木魂と遊ぶ春氷柱
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よく知られていることだが、ネット上に載る記事を転載しておく。
arima有馬朗人

有馬朗人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

有馬 朗人(ありま あきと、1930年9月13日 ~ )は、日本の俳人・物理学者・政治家。大阪府出身。東京大学理学部物理学科卒。

略歴
1953年3月:東京大学理学部物理学科卒業、
1953年4月:東京大学理学部大学院入学
1956年:東京大学原子核研究所助手
1958年:理学博士号を取得。
1971年:ニューヨーク州ストニーブルク校教授
1975年:東京大学理学部教授
1989年:東京大学総長(1993年まで)
1993年:理化学研究所理事長(1998年5月まで)
1998年:参議院議員(2004年7月25日まで)、文部大臣(1999年10月まで)
1999年:科学技術庁長官兼務(1999年10月まで)(文部省と科学技術庁の統合による文部科学省設置に基づく)
2000年:(財)日本科学技術振興財団会長
2004年: 科学技術館館長

受賞歴
1978年:仁科記念賞
1990年:フランクリン・インスティテュート・ウエザリル・メダル(アメリカ)、ドイツ連邦共和国功労勲章(大功労従事賞)
1993年:日本学士院賞、ボナー賞(アメリカ物理学会)
1998年:レジオン・ドヌール勲章
2002年:名誉大英勲章(KEO)
2004年:文化功労者、旭日大綬章

俳人としての活動
中村草田男・加藤楸邨らの亡き後の日本を代表する俳人として活躍。
「失いしものをさがしに冬帽子」などの句がある
『天為』主宰
東京大学俳句会の指導。

物理学者としての活動
原子核物理学の権威として、原子核構造論などでの研究を進める。
東京大学で研究を行い、のちに東京大学総長に登りつめる(在職:1989年 - 1993年)。
日本学士院賞、ベンジャミン・フランクリンメダルなどを受賞。
2005年の世界物理年では日本物理学会が組織した同日本委員会の委員長を務める。

政治家としての活動
1998年、自由民主党から第18回参議院議員通常選挙に出馬。同党の比例代表名簿1位に搭載され、難なく当選。(選挙出馬直前に埼玉大学で有馬氏を学長にしようという運動が本人のおそらく知らないところであり、一時期次期学長有力候補となったことがあった。)
東大総長・俳人・学者といったマルチな経験が買われ、小渕恵三の大英断によって、参院議員当選直後の小渕内閣から小渕内閣第1次改造内閣において文部大臣・科学技術庁長官に就任(1999年10月に退任)。
中央教育審議会会長在籍時に独自の「ゆとり教育論」を展開したが、官僚により別解釈に用いられたことを遺憾に思っている。提唱した教育論は、指導要領の増えすぎた科目を融合させること。例えば世界史と日本史を一元的に学ぶことや数学の言葉を英語で学ぶことにより知識の壁を取り払い、また科目の増化傾向を避け、応用力をつけさせることが重要と述べている。また、日本人の若者の学力は低下しているわけではないことを説明するなど、各地で行われる講演会での評判は高い。2002年、ある小さな予備校(早慶外語ゼミ)が将来の若者のためにぜひと講演依頼をした際には多忙な中でスケジュールを調整しボランティアで熱気あふれる講演したことは予備校関係者の間で伝説となっている。
2004年の第20回参議院議員通常選挙には出馬せず、参議院議員1期・6年で政界からは引退。

著書
原子と原子核
量子力学
物理学は何をめざしているのか
句集母国
句集耳順

浜松やらまいか大使としての活動
幼少期に静岡県浜松市在住だったことから、浜松市の親善大使『浜松やらまいか大使』20人の一人として2005年10月より就任。



「未来山脈」掲載作品2020/05「閉所恐怖症」・・・木村草弥    
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 ↑ エジプト ギザのピラミッド
005カタコンベ
↑ フランス パリのカタコンベ

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(29)

     「未来山脈」掲載作品「閉所恐怖症」・・・・・・・・・・・・木村草弥
                 ・・・・・・2020/05掲載・・・・・・・

          閉所恐怖症      木 村 草 弥

   私は閉所恐怖症だ。「閉じ込められる」のがとても怖い

   子供の頃、大仏殿の「胎内くぐり」を体験して怖かったのが初まり

   「何とかくぐり」というのはあちこちにあり何故人々は好むのだろう

   長野の善光寺の胎内くぐりも暗闇の中を手さぐりで進む

   壁伝いに列をなして闇を行くこと恐怖の数刻

   エジプトのピラミッドに行って中に入ったことがある

   中は入った人の体臭が籠り、むっとして気持わるかった

   巨大な石が全身を圧迫するようで心臓が割れるように打っていた

   何とか洞という鍾乳洞も怖い、垂下がる鍾乳石が怖い

   フランスのカタコンベという骸骨が立ち並ぶ地下の記憶



水にじむごとく夜が来て燃ゆるてふスノーフレーク白き花なり・・・木村草弥
0304273スノーフレーク③

   水にじむごとく夜が来て燃ゆるてふ
     スノーフレーク白き花なり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。

スノーフレークはオーストリア、ハンガリー、南ヨーロッパに自生する植物で、水仙と同じように育てていい球根植物である。
ヒガンバナ科で学名をLeucojum aestivumという。スズランの花とよく似た花である。
極めて耐寒性のあるもので、水仙などと同様に数年は植えっぱなしでもよい。
数年に一度、掘りあげて夏の間を陰干しして10月ころに地面に植えつけるだけでいい。
頭に何か横文字のつくスノーフレークという種類があるが、花も全く別のものがある。
私の方の庭にも数株あり水仙やムスカリなどと集団を作っている。
ひっそりとした、地味な、言い方を変えると「清楚」な花である。
だから私の歌のような表現になったと言えようか。
この作品は恐らく「花言葉」を元に群作を作っていた時のものだと思う。
たしか花言葉に、歌の前半のような表現があったのではないか。
清楚であるだけに夜になれば燃えるという情念的な作歌の方法である。

言い遅れたがスノーフレークとは「雪片」という意味であり、花茎の先に小さい花がスズランのように垂れて咲くのでスズランスイセンという呼び名もある。
早春に咲くスノードロップとは別の種類であり、花の形も違う。
歳時記には、載せていない本が多い。「花の歳時記」には載っていて、俳句もほんの少し載せてある程度である。
音数が「スノーフレーク」と7音もあるのが敬遠される由来である。
俳句は17音しかないから、7音も取られてしまっては、後の10音で一句を形成しなくてはならず、制約があり、窮屈であるからだ。
こういうことは字数の多い横文字のものには多々あることである。
早口で発音してしまえばいいのだが、堅苦しく考える人には出来ない芸当である。

   スノーフレーク子とその子らを迎へけり・・・・・・・市村究一郎

という句があるが、これはスノーフレークを5音に発音すればよい、ということである。
作者の市村氏はフランス文学者として著名な方であり、こういう縮める発音にも違和感がないのであろう。


暗闇を泳ぐ生きものだったからまなこをなくしたのねペニスは・・・佐藤弓生
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    暗闇を泳ぐ生きものだったから
        まなこをなくしたのねペニスは・・・・・・・・・・・・・・・佐藤弓生


佐藤 弓生(さとう ゆみお、女性、1964年2月15日 生れ )は、詩人、歌人、翻訳家。石川県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。
夫は作家・評論家の高原英理。 井辻朱美の影響により作歌を始め、1998年より歌誌「かばん」所属。
2001年、「眼鏡屋は夕ぐれのため」で第47回角川短歌賞受賞。幻想的な作風。

著書
詩集『新集・月的現象 』沖積舎 1991
第1歌集『世界が海におおわれるまで』 沖積舎 2001
詩集『アクリリックサマー 』沖積舎 2001
第2歌集『眼鏡屋は夕ぐれのため 』角川書店 2006(21世紀歌人シリーズ)
第3歌集『薄い街』 沖積舎 2010
第4歌集 『モーヴ色のあめふる』 書肆侃侃房 2015(現代歌人シリーズ4)
『短歌タイムカプセル』東直子、千葉聡共編著  書肆侃侃房 2018

訳書

翻訳
英国風の殺人 シリル・ヘアー 世界探偵小説全集 国書刊行会 1995
地下室の殺人 アントニイ・バークリー 国書刊行会 1998(世界探偵小説全集)

佐藤弓生の作品を私は余り知らない。 アンソロジー『角川現代短歌集成 』から少し引く。

  生まれる子生れない子とひしめいて保温ポットの中のきらきら

  わたしかなしかったらしい冷蔵庫の棚に眼鏡を冷やしおくとは

  かんたんなものでありたい 朽ちるとき首がかたんとはずれるような

  まっくらな野をゆくママでありました首に稲妻ひとすじつけて

  みずうみの舟とその影ひらかれた莢のかたちに晩夏をはこぶ

  往診の鞄おおきくひらかれて見れば宇宙のすはだは青い

  うさぎ入りガラスケースに手をかざし生がまだよく混ざっていない

  胸に庭もつ人とゆくきんぽうげきらきらひらく天文台を

  人工衛星(サテライト)群れつどわせてほたるなすほのかな胸であった地球は

  ほろほろと燃える船から人が落ち人が落ちああこれは映画だ

  百の部屋百の机のひきだしに息ひそめおり聖書の言葉

  コーヒーの湯気を狼煙に星びとの西荻窪は荻窪の西

不完全な引用で申訳けないが、この人は基本的に「詩人」だなと思う。
既成の「歌人」という分類では分けられないと思う。
掲出した歌も、恐らくは連作だろうと思うのだが、この歌の前後に並ぶ歌が判れば、もう少し判るだろう。
後から引いた12首の歌は作者の自選だから自分でも好きな作品なのだろう。
掲出歌と、この12首の歌とで連作として読んでも面白い。
「ペニス」に因んで、画像には「スペルマ」の顕微鏡写真を出してみた。



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