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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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重たげなピアスの光る老いの耳<人を食った話>を聴きゐる・・・木村草弥
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   重たげなピアスの光る老いの耳
     <人を食った話>を聴きゐる・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
この歌の前には

   一つ得て二つ失ふわが脳(なづき)聞き耳たてても零すばかりぞ・・・・・・・・・・・木村草弥

というのが載っているので、一体として鑑賞してもらいたい。
この歌については私が兄事する米満英男氏が同人誌「かむとき」誌上に批評文を書いていただいた中で触れて下さった。
リンクにしたWebのHPでもご覧いただけるので読んでもらえば有難い。
敢えて、ここに書き抜いてみよう。

 <何とも言えぬユーモア、あるいは洒脱な語り口からくる、本音に近い発想の楽しさを湛えている作品を抜き出して みよう。・・・・・車内で見た<老婦人>であろう。
隣の老人の語る<人を食った話>、つまり人を馬鹿にした話を  じっと聴いている。そしてその話をまた作者自身も、思わず聴いてしまう>

というのである。場面設定については読者によって違っていて、よいのである。
米満氏の批評は、私がユーモアないしは皮肉を込めて描きたかったことを、ほぼ書いていただいたと思う。
この歌で私が表現したかったのは<人を食った話>というのが眼目である。
その米満氏も亡くなって寂しくなった。 ご冥福をお祈りしたい。

ピアスその他の装飾品を身にまとうのは古代の風習であった。
今でも未開な種族では、こういう装飾品をどっさりと身につける習俗が残っているが、文明世界でも、この頃は装飾品が大はやりである。
耳ピアスどころか、ボディピアスとか称して臍のところにピアスはするわ、鼻にするわ、脚にはアンクレットというペンダント様のものを付けるなど、ジャラジャラと身にまとっている。
中には、ヴァギナのクリトリスの突起にピアスをするようなのも見られる。
こんなものをしてセックスのクライマックスの時に支障がないのかと、余計な気をもんだりする始末である。

私の歌にも描写している通り、この頃では老人も耳ピアスなどは普通になってきた。
最初には違和感のあったものが、このように一般的になると、そういう気がしないのも「慣れ」であろうか。




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