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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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「未来山脈」掲載作品2020/07「最後の審判」・・・木村草弥    
未来_NEW

800px-Conques_doorway_carving_2003_IMG_6330コンクのサント・フォア聖堂のティンパヌム(タンパン)
 ↑ コンクのサント・フォア聖堂のティンパヌム(タンパン)

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(31)
     
          「最後の審判」・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・・2020/07掲載・・・・・・・

      最後の審判      木 村 草 弥

   フランス、コンクのサント・フォア教会の「タンパン」

   タンパンとは教会の扉の上部の半円形のアーチ部分

   キリストの上げた右手に神の国、

   下げた左手に地獄の有様が彫られている

   十二世紀初めから一一三〇年頃の作品である

   シトー会の聖ベルナールは先立つクリュニー会の華美さを嫌った
   
   イエス・キリストの清貧な生活に帰れ、ということである

   だが、そのシトー会にしてからが讃美歌合唱に血道をあげていた

   ロマネスクの時代は「ヨハネ黙示録」の時代と言われる

   『新約聖書』の最後を飾る歴史物語が定着していった

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ヨーロッパの「中世」を語ることは、なかなか難しい。ヨーロッパの周縁部からの蛮族─異教徒が何波にもわたって侵入し、大混乱に陥っていた。
当然、キリスト教界も混乱を極め、「終末思想」が支配した。
「最後の審判」というのがささやかれた。
蛮族の襲来を何とか乗り切った後は、また別の精神世界が展開するが、それは、また別の機会に。



三井修エッセイ集『雪降る国から砂降る国へ』・・・木村草弥
三井_NEW

──三井修の本──(7)

     三井修エッセイ集『雪降る国から砂降る国へ』・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・青磁社2020/06/26刊・・・・・・・・

いつもお世話になっている三井修氏が、今まであちこちに発表された文章をまとめて、初エッセイ集を出された。
恵贈されてきたので、さっそく読んでみた。300ページに及ぶ大部の本である。
エッセイは面白くて、読み出したら途中で止められない。
装幀は千種創一君の本『千夜曳獏』と同じ濱崎実幸で、独特の面白いものになっている。
カバーの紙の裏面は柄の模様刷りになっていて、それを半分、折り返して、図版に見られるような体裁になっているのである。
濱崎実幸氏は有名な装幀家らしく注目されている。
私も2004年からブログを書いているが、言わば詩歌句にまつわる「エッセイ」のようなものである。
だから機会があれば、その中から選んで一冊の本にして上梓したい気持は前から抱いている。
そんな意味から、大変参考になった。

目次を見てみよう。
故里のこと
しただみ
父のこと
能登の熊
能登の少年
父の短歌
わたしの原風景

故里の歌人たち
自然詠の復活に向けて 坪野哲久の歌に思うこと
哲久の父
・・・・・
大野誠夫と津川洋三
風土の歌人 岡部文夫
富山における木俣修  風土と時代と人生
信仰と科学  津川洋三の場合
雪の歌人  岡部文夫
・・・・・
坪野哲久と島木赤彦
岡部文夫歌集『雪天』

アラビア語圏で
自然体で
・・・・・
中東の小さな島で一人詠む─ バハレーン歌日記
・・・・・
短歌に「アラブの春」
雪降る国から砂降る国へ
アラビアを垣間見た二人
鹹き水
・・・・・

歌人論
田中栄さんのこと
「その時七十歳」
永田和宏の母の歌
光の歌人
華麗なる文学的転変
宮柊二の後記歌集における韻律性──リフレイン、対句表現の多用
高安國世
高安國世の創作語
死を見つめた歌人  青井 史
釈迢空の墓
折口春洋の歌
「あな」考  葛原妙子作品を中心に
ヨルダン河の彼方
「アララギ」転機の歌集
牛飼いの歌
左千夫の連作論
開会宣言
「私にとっての方代とは・・・・・親戚のオジサン」
水野昌雄の叙情性について

多く引きすぎたかも知れない。
出典が明示されていないので分からないが、北陸中日新聞の歌壇の選者などもなさっているので、あちらの新聞に載せられたものかも知れない。
ひとつ短い文章を引いてみよう。

     短歌に「アラブの春」

  海外詠はそれぞれの時代で主な担い手や主な発信地があった。かつてはモスクワ在住の駐在員
  夫人たちの投稿グループがあったし、国際結婚してヨーロッパに住む女性たちの活躍があったし、
  男性でも駐在員の歌や、刑務所のような特殊な環境で発信される短歌も話題を呼んだ。
   中東に関して言えば、約二十年ほど前バーレーンに在住した商社員の三井修、三年前までアブ
  ダビで日本語教師をしていた斎藤芳生などの先例はあったが、それらはあくまで点としての存在
  でしかなかった。それが最近、面としての動きを示し始めていることが注目される。
   今年に入って「中東短歌」という雑誌が創刊された。これは現在ヨルダン在住の二十五歳の千
  種創一(東京外大の「外大短歌」出身)を中心に、前述の三井修、斎藤を含む柴田瞳、町川匙、
  幸瑞の、何らかの形で中東に関わりのある六人が参加している。

       絨毯のすみであなたは火を守るように両手で紅茶をすする     千種創一
       朝明けはモスクも霧の中なりき砂塵と祈りの声はとけ合う      斎藤芳生

  更に「中東短歌」とは別に、シリアの首都ダマスカスで研究生活を送った柳谷あゆみの『ダマ
  スカスへ行く 前・後・途中』という歌集が出版された。

       過ぎるたびなにやらひとりになる カーブ、あれは海ではなくダマスカス

  これらの中東を巡る短歌の新しい動きは、あたかもここ数年のいわゆる「アラブの春」に呼応
  するかのような印象さえ与えるが、その前途は「アラブの春」同様、混沌としている。

もう一つ引いてみよう。

          わたしの原風景

      故郷の雪の夜に居ると思うまで月光盈ちて明るき砂漠       三井修

  雪深い北陸で生まれ育ったが、大学を出てから就職したら、アラピアに転勤になった。駐在中、
  よく夜の砂漠へドライブをした。夜の砂漠は街の灯火がないので、星空は実に凄まじい。プラネ
  タリウムで見るよりもはるかに多くの星が、文字通りビロードのような漆黒の空に犇めき合って
  いる。原始人が見た夜空とはこんなだっただろうと思う。
   「月の砂漠」という童謡もあったが、月夜の砂漠も素晴らしい。明るいが無彩色である。墨絵
  という感じとも違う。そのうち、これは故郷の能登の夜の光景と同じだと思うようになった。
  全ての輪郭が明瞭であり、全てが無彩色なのである。全てが静かで、全てが自らの存在を静か
  に主張しているのである。私はアラビアの砂漠に居ながら、少年となって故郷の能登の雪の夜に
  居るような錯覚に襲われた。これから家に帰れば、まだ若い父母が居て、明るい電灯が私を待っ
  ているようにさえ思えた。
   故郷で暮らしたのが十八年、東京に出てアラビア語を学んで以来、アラビアと付き合い始めて、
  かれこれ三十年以上、うち、アラビアに住んだのが述べ七、八年になる。最近は故郷に帰ること
  も少なくなった。たまに帰る機会があっても、大体冬以外の季節である。冬の能登にはもう何十
  年も帰っていない。

この本の題名になっている「雪降る国から砂降る国へ」の項目の歌も引きたいが4ページと長いので、引くのは勘弁願う。
ネット上にある文章なら、簡単にコピペしたら転載できるのだが、紙媒体だとスキャナするか、手入力するしかない。
スキャナも便利だが、どうしても「文字化け」するので修正に手間を食うのである。
業務用の大きなスキャナがあれば話は別であるが。
まだ全部を読んだ訳ではないが、ゆっくり読ませていただく。
ご恵贈有難うございました。 コロナウイルス跳梁で不自由極まりないが、どうぞ、ご自愛を。       (完)





  
戦争に遠くブーゲンビリア咲く・・・玉山翆子
img075ブーゲンビリア④

   戦争に遠くブーゲンビリア咲く・・・・・・・・・・・・・・玉山翆子

この句の詠まれた場所は、沖縄であろうか、それとも東南アジアのどこかの国であろうか。
いずれにしても、さる世界大戦の苦い思い出のまつわる土地に違いない。鎮魂の深い思いのこめられた重い句である。
その思いがブーゲンビリアという真紅の花とマッチしているというべきだろう。
もはや敗戦後75年の歳月が経とうとしている。
戦後生まれの人が人口の大半を占めるとは言え、さる世界大戦の悲惨な記憶は、語り継がれるべきであり、文芸作品とて同じである。
そういう意味で、この句の語る奥行きは深いものがある。

dsc00762ブーゲンビリア③

二番目の写真は沖縄のものである。
ブーゲンビリアはハイビスカスと共に熱帯を代表する花。よじ登る性質の潅木である。
大きく花びらのように見える部分は苞葉で、受粉の手伝いをするハチドリを呼び寄せるためという。
苞葉は果実になる時期まで残る。
ブーゲンビリアは原産地はブラジルと言い、19世紀フランスの戦艦がソロモン諸島からヨーロッパへ持ち帰った木で、
その時の艦長の名前がブーゲンビリアBougain villea だという。学名は、この名前のあとにglabra がつくだけ。
オシロイバナ科の木と言われ、和名はイカダカズラという。
ブラジル原産だと言いながら、艦長が19世紀にソロモン諸島から持ち帰ったということは、
すでに古くからポリネシア、ミクロネシア一帯には広く分布していたことになる。
ブーゲンビリアの本当の花は、この苞葉の中に黄白色の小さな花が、それである。
イギリスでは、ブーゲンビリアを「ペーパーフラワー」と呼ぶらしい。
いずれにしても改良種など、色も紫から黄色、ピンクなど極彩色の数々の色がある。
蔓性のよじ登る性質があるので人工的な形にしやすくタイ国などでは巧みに細工したアーチなどのガーデンが見られる。

俳句では、ブーゲンビリアという7音が邪魔をして詠まれる句は多くはない。歳時記でも載せていないものも多い。
以下、その数少ない句を引いてみる。

 ブーゲンビリアテラスに読める老夫婦・・・・・・・・・・古賀まり子

 ブーゲンビリア無口になるも旅疲れ・・・・・・・・・・鈴木真砂女

 ブーゲンビリア咲かせ北大植物園・・・・・・・・・・千葉仁

 日を秘めてブーゲンビリア棚をなす・・・・・・・・・・森田峠

 ブーゲンビリア紅き緑蔭なせりけり・・・・・・・・・・山崎ひさを

 ぶつかるはブーゲンビリアバス走る・・・・・・・・・・小路紫峡

 天界をブーゲンビリアまた紊す・・・・・・・・・・北登猛

 ブーゲンビリア民話は死より始りぬ・・・・・・・・・・曹人

 咲きのぼるブーゲンビリア椅子涼し・・・・・・・・・・伊都子



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