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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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むずかしいことに/飽いて/どうしてもカンタンにしたい/では/イチニのサン・・・三井葉子
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──三井葉子の詩──

       木槿のはな・・・・・・・・・・三井葉子

     むずかしいことに
     飽いて

     どうしてもカンタンにしたい

     では
     イチニのサン
     わたしたちは肉体のはずかしさを手で拭って
     拭っても
     また垂れている紐のくちをへの字にして
     東の角を曲がる

     すると
     白いフェンスに
     木槿のはなが咲いているのでした。

この詩は、三井葉子詩集『草のような文字』(1998年5月深夜叢書社刊)に載るもの。

三井さんには、こんな俳句もある。

   ひらひらと逝きたまひしをむくげ咲く・・・・・・・・三井葉子

という三井さんの句を載せた。三井さんは俳句も作られているのである。句集も二冊出しておられる。
この句は誰か判らないが「逝きたまひし」と尊敬語になっているので、親しい目上の人の死に際して作られたものだろう。

いま、たまたま開いてみた詩集の中に、この詩を見つけたので載せてみた。
三井さんの詩は、使われている言葉自体は何でもないのだが、「詩」としては、とても「難しい」と、よく言われる。
<非>日常である詩句の典型であろう。
そこらに転がっている言葉を拾ってきて、<非>日常の詩句に仕立てる。
意味があるようで、無さそうで、それが三井さんの詩の特徴である。

例えば、この詩の 第二連の

   では
   イチニのサン

なんていうところが、それである。思いつきで付けられた詩句である。

「詩」は意味を辿ってはいけない。詩句に脈絡は無いのである。
詩人によって発想は、さまざまであり、詩句に起承転結のある人もあれば、「意味的」に辿れる人もある。私の詩などは、どちらかというと辿れる方である。
三井さんの場合は、「辿れない」典型であろう。だから、よく「難しい」と言われる所以である。
詩は、声に出して朗読してみるとよい。
この詩も短いから何度でも朗読できよう。
すると、この詩一編が、不思議な趣をもって立ち上がり、或る「まとまり」となって知覚できるだろう。
そうなれば「詩」の鑑賞として一歩近づけた、と言える。
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韓国では、この木槿ムクゲの花が「国花」になっている。韓国語で言うと「ムグンファ」と発音するが漢字で書くと「無窮花」となる。
次々と咲き継いでゆくので、この名前になったのだろう。日本名のムクゲもこの漢字から来ていると、私は思う。「木槿」は漢名だろう。
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今日は8月9日。長崎にプルトニューム原爆が落とされた。
太平洋戦争の末期だが、8月6日には広島にウラン原子爆弾が落とされ、市街が灰燼に帰した上に、数万人の人が放射線により死んだ。
今や戦後生まれの人が日本人の大半を占めて、戦争を知らない人々が殆どであるが、戦中派の一人として、この日は語り継がれるべきだと思う。
さすがの日本軍閥も敗戦を受け入れるきっかけになった両日である。
私は、その頃、軍需工場に動員され、旋盤工としてロケット砲弾の部品を削っていた。
あれから、もう75年が経つ。






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